「……ふうん、そんな事があったの」
黛はくるんとカールした巻き髪を指さきに絡めながら、小さく呟いた。
いつもの斉藤のジュエリーショップだ。
クリスマス前の一騒ぎも終わり、彼の店もいつもの静けさを取り戻している。
仕事前の一時、前から頼んでいたネックレスを受け取りに来た黛は、ショーウインドの一角に腰を下ろしていた。窓の外を眺めながら、斉藤の話を聞いていたのだ。
斉藤は新作のジュエリーをショーケースにならべ、言葉をつづけた。
「結局、仲直りしたみたいですけどね。イヴの夜に、総司があの人の部屋の前で待っていたとか」
「ドラマみたいね……で、そのけなげさに絆されて?」
「というか、最初から本気で怒ってなかったみたいですし。まぁ……白き炎をあびせられたのは、予想外だったみたいですけど」
「でしょうね」
細い眉を顰め、黛は珍しく難しい顔になった。
「あたし、何度か見た事あるから。あの光をあびたら、あたしなんか一巻の終わりよ」
「一巻の終わりですか」
「そんな愉しそうに云わないでよ。あたしにとってはもの凄い脅威なんだから。でも……まぁ、あの人なら多少の傷で終わるでしょうけど」
黛の言葉に、斉藤は小さく嗤った。
何よ?と見返した黛に、答えてやる。
「多少の傷どころか」
「?」
「無傷だったらしいですよ」
「えっ、まさか!」
黛は大きく目を見開いた。
「だって、あの白き炎は人にも悪魔にも等しく影響するものなのでしょう? なのに、どうして」
「答は、総司が教えてくれましたけどね」
くっとくっと斉藤は喉を鳴らして笑った。愉しくて仕方がないと云いたげだ。
「あの人の総司へ抱いている気持ち……だそうですよ」
「気持ち?」
「つまり、愛情の深さ、大きさって事ですか」
「……」
黛は呆気にとられたような顔になった。
「それ……ほんとなの?」
「えぇ」
「悪を退ける力よりも、愛する力の方が強かったという事?」
「まぁ、端的に云えばそうなりますね」
肩をすくめた斉藤に、黛は立ち上がった。歩み寄ると、ショーケースに寄りかかる。綺麗にマニュキュアされた指さきが、美しいジュエリーにふれた。
「その事、あの人は認めたの? 認める訳ないわよね」
「さぁ……どうでしょう。あの人自身、己の気持ちをどこまで理解しているのか、掴みようがありませんからね」
「でも、そんなに愛しちゃってるなんて……斉藤は心配なんじゃないの?」
「オレが、ですか」
「魔王としての立場とか、力とか、しがらみとか、色々難しい事考えて、またここに皺つくっちゃうんじゃないの?」
くすくす笑いながら、黛は指さきで斉藤の眉間をつんっと突っついた。
それから、くるりと踵を返すと、不意に大きな声で云った。
「あぁ、いいわよねぇ……!」
「何がです」
「恋よ、愛よ。クリスマスはもう終わっちゃったけど、あたしも合コンにでも行って、恋を見つけようかな」
「あなたの場合、恋より獲物を見つけるの間違いじゃないのですか」
「失礼ねぇ」
黛は朱いルージュを塗った唇を尖らし、斉藤を眺めやった。腰に手をあてて、訊ねる。
「そういう斉藤は、どうなのよ」
「何がです」
「恋、してるの?」
「……」
斉藤は僅かに目を伏せた。鳶色の瞳に、複雑な色がうかぶ。
俯いたまま、微かに笑った。
「そう…ですね。恋、してますよ。決して……成就するはずもない、永遠の片思いの恋をね」
「……斉藤」
黛は深く息を呑んだ。
何となく、わかってしまったのだ。
斉藤が誰に恋をしているのか。
否、恋どころか、どこの誰を愛しているのか……を。
だが、それを口に出すのは憚られた。恐れたと云ってもよい。
その恋は、斉藤の立場上、許されるはずもないものだったから───
「……このピアス、綺麗ね」
黛は、ショーケースの一角に飾られたピアスを指さした。
真紅に輝く、美しいピアスだ。
それに、斉藤は微笑む。
「あぁ……クリスマスの時につくったものですよ。ある注文のルビーのピアスと一緒にね」
「これはルビーじゃないの?」
「レッド・スピネルです」
斉藤はピアスを取りだし、掌にのせて見せた。
「混同される事も多いですが、全く違う宝石です。ルビーの代用品、偽物としてスピネルが使われる事も多いですね」
「本物じゃないってこと?」
「これはこれで本物ですが……でも」
「でも?」
「真実の……愛の炎ではない、という事かもしれません」
そう答えた斉藤は、真紅に輝くピアスへ視線を落とした。
鳶色の瞳が僅かに翳る。
もしも。
このオレが、あの大天使から白き炎をあびせられた時、傷をおわずに抱きしめられるのだろうか。
この秘めた想いが試される、時。
大天使の審判は、どちらに下されるのだろう──?
「斉藤」
「え?」
顔をあげた斉藤に、黛はかるく身を乗り出した。頬にキスをしてから、眉間を指さきでもう一度つっつく。
「ここに皺、よってるわよ」
「……」
「あまり考え込まないようにね。じゃ、そろそろ行くわ」
ひらりと手をふってから、黛は踵を返した。トップモデルらしいしなやかな歩き方で、店を出てゆく。
それを見送った斉藤は、再び掌の中へ視線を落とした。
気がつけば、土方が贈ったルビーのピアスの事を考えている。
いつか総司の白い耳朶を飾るだろう、真紅の輝きを。
美しいルビー。
愛の炎を。
斉藤は目を伏せると、微かに笑った。
もう一つの愛の炎は
誰に知られる事なく
彼の胸奥で、ひっそりと燃えつづけている……
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