寝室からも中庭の桜樹木が見えた。
ガラス越しに、はらはらと舞い散る様が、まるで映画のワンシーンのようだ。だが、そんな光景に見惚れていられたのも、ほんの数分だった。
シャワーをあびて出てきたとたん、ふわりと躰を抱きあげられた。驚いてみれば、土方が熱っぽい瞳で見おろし、首筋や髪に口づけてくる。
「土方、さん」
「先に俺がシャワーを済ませておいてよかった。こんな魅力的なおまえを見たら、我慢出来そうにない」
「魅力的、なんて」
その言葉は、彼にこそ告げたいと思った。
今も、その逞しい長身に濃紺のバスローブを纏い、総司を見下ろしている男のなんて魅力的なことか。しっとりと濡れた黒髪が額にかかり、切れの長い目が総司を見下ろしている。
黒い瞳にある熱情も、引き締まった口元も、そこにある甘い笑みも何もかも、冷たさの中に閉じ込められた炎のように、総司の心をとかしてしまうのだ。
思わずうっとりと見惚れた総司に、土方は目を細めた。少し眉を顰めると、苦笑まじりの笑みをこぼす。
かるく額に口づけた。
「云っている傍から……悪い子だ」
「何……?」
「男を惑わす天使だな。可愛くて綺麗な顔をしているくせに、男の腕に抱かれたとたん、蜜で蝶を誘い込む薔薇のように艶やかになる」
「ぼくは……薔薇じゃありませんよ。あんなに綺麗じゃない」
「綺麗だよ。だが、おまえが否定するなら……そうだな、桜の方がいいか。確かに、おまえには桜の方が似合う」
そんな会話をかわすうちにも、土方は総司を腕に抱いたまま、ゆっくりと部屋を横切った。広いベッドのシーツの上に、小柄な躰をそっと下ろす。
そのまま膝で乗り上げ、のしかかってきた男を、総司は潤んだ瞳で見上げた。
バスローブの間からのぞく逞しい胸もとに、早く縋りつきたくてたまらない。
細い両腕をのばすと、抱きよせてくれた。首筋や胸もとに、キスを落とされる。しなやかな指さきが体のラインをたどり、愛撫した。
甘いとろけるような愛撫に、吐息がもれる。
「……っ、は…ぁ……」
バスローブがするりとベッド下に落ちた。
桜樹木が窓ガラスごしに見えるベッドの上、二人は絡み合っていく。
男の体温、ぬくもり、熱を感じながら、総司は涙がこぼれるのを感じた。
どんなに、自分がこの人を求めているか、欲しているか、思い知らされた気がしたのだ。
彼を見ているだけでは、我慢できない。
傍にいるだけでも我慢できない。
……愛されたいのだ。
愛され、何もかも貪りつくされてしまいたい。激しく愛されている事を、知らなければ、不安で不安でたまらなくなる。
癒しも愛も、やすらぎも、すべて大天使があたえるべきものなのに、神から与えられた祝福なのに。
それを、悪魔である彼に求めてしまうなんて、ぼくはどこまで業が深いのだろう――?
「……何を考えている」
突然、低い声で耳もとに囁かれ、びくりと肩が竦んだ。
驚いてみれば、どこか苛立ちをうかべた土方が、眉を顰めながら見下ろしている。くっと唇の端をあげた。
「随分と余裕だ」
「違うの……っ、あなたの事、考えて……」
「俺のことを?」
土方は緩やかに躰を動かしながら、訊ねた。深く交わりつつ、細い両足を抱え上げて腿の内側の柔らかな白い肌を、きつく吸い上げる。
「っ、ぁあっ…んっ……」
「俺のことを考えていたって……どんな事を?」
「……ぼく、が……あなたを欲しくてたまらないってこと、でも、逆……なのに」
「逆?」
訝しげな男に、総司は縋りついた。
「ぼくは何もあげられないのに……なのに……求めて、ばかりなんて……」
「総司……求めてばかりなのは、俺の方だよ」
なめらかな低い声が囁いた。深く交わったまま、頬や唇にキスの雨をふらせる。
そうして、間近で見つめあった。彼の黒い瞳に、不安げな表情をした総司が映る。
「俺はおまえを求めつづけている。どんなに求めても、欲しても、たまらないんだ。もっともっと欲しくなってしまう……まるで渇きを癒そうとする男のように」
「土方…さん……」
「俺がおまえにしてやれることは、金で買えるものばかりだ。だが、おまえはそれ以外のものを与えてくれる。優しさも、やすらぎも、愛も……すべて、俺が今までどんなに望んでも得られなかったものばかりだ」
「……だって、それは……」
思わず云いかけた。彼が自分にしてくれる事ばかりだと。
だが、土方は唇に指さきをあて、小さく笑ってみせた。
「お互い、与えられあっていると思っているのなら、それでいい。ただ、一方的だとだけは思わないでくれ。おまえは、俺だけの大天使だ。俺の心も何もかも癒してくれる、最愛の恋人だ……」
「土方さん……」
総司はあふれる涙を隠さぬまま、土方の名を呼んだ。それが合図だったように、土方は総司の細い躰を二つ折りにし、のしかかった。
はっとして見上げれば、黒い瞳が熱情を湛えている。むき出しにされた男の情欲に、腰奥がずきんと甘く疼いた。
「総司、愛している」
そう囁きざま、土方は腰を沈めた。男の猛りが一気に蕾の奥まで貫く。
「ひぃっ、ぁあッ!」
甲高い悲鳴をあげ、総司がのけ反った。思わず逃れようとするが引き戻され、そのまま激しい律動が始まる。
力強く蕾の奥に太い楔を打ち込まれ、総司は声をあげて泣きじゃくった。熱い快感が躰を痺れさせてゆく。
「ぁっ、は、ぁ…ぁッ! んっ、ん…やぁ…ッ」
「嫌、ではないだろう? 総司」
「んっ…んっ、ぁあ…ぁ、あっ…だ、めぇ……っ」
激しい抽挿をくり返しながら、男の手が総司のものをぎゅっと握りしめた。それに、ひいっと泣き叫ぶ。
男の猛りで蕾を穿たれながら、自分のものを愛撫されては、一たまりもなかった。あっという間に頂へ駆けあがってしまう。
「ぁあーっ、ぁ、ぁあ……」
頤をつきあげ、泣きじゃくる総司のものから、ぽたぽたと蜜がこぼれた。
それを愉悦の色をうかべた目で眺めてから、土方は総司の躰を裏返しにした。白いシーツの上に這わせ、後ろからのしかかる。
獣のような体位で交わってくる男に、総司は「いやあっ」と泣き叫んだ。
「だ、だめぇ…い、今は待って…やぁ……っ」
「待たない」
低い声で断じた土方は、激しく腰を打ちつけ始めた。蕾の奥まで貫かれ、また引き抜かれる快感に、総司は泣き声をあげて身悶えた。
達したばかりの躰を責められる強烈な快感美は、総司を蕩かせ、狂わせていく。
「ひぃっ、ぁあっ、ぁあ…ぁっ」
「あぁ、総司……最高、だ……」
「んっ…ぁあっ、ひぃ、ぁあっ! ぅ、ぁあ―――」
桜色の唇から涙まじりの悲鳴がもれた。
その瞬間、腰奥に男の熱が叩きつけられた。泣きじゃくる総司を組み伏せ、射精しながら腰を打ちつける。
「ぁっ、ぁ、ぁあ……ぁ、つい…ぁ……っ」
啜り泣き、総司はベッドに突っ伏した。男の猛りを深く咥えこんだままの細い腰が、びくびくと震えている。
その艶めかしい肢体を見下ろすうちに、土方は己の熱が再び燃え上るのを感じた。自嘲するように、形のよい唇を冷ややかに歪めた。
(俺も際限がねぇな……)
だが、それも大天使だからこそなのだ。
この愛しい恋人だからこそ、狂ったように貪ってしまうのだ。それこそ、盲目の愛のままに。
再びのしかかった男に、総司がはっと息を呑んだ。
「ぃ、やぁ……っ」
逃れようと身もがくが、男の逞しい躰に組み伏せられては、たいした抵抗も出来ない。その痛々しいまでに華奢な躰に、男を受け入れるしかないのだ。
だが、その躰も声も、やがて、甘くとろけてゆく。
再び熱く甘く愛しあいはじめた恋人たちを、桜樹木だけがひっそりと見つめていた。
翌朝、総司が目を覚ますと、土方はもう起き出していた。
ちょうど身支度を終える処だったのか、ベッドに腰かけ、僅かに目を伏せながら、ワイシャツのカフスボタンを嵌めている。
プレスされたシャツに包まれた広い背中に、総司は思わず抱きつきたくなった。
だが、そうするより先に、土方がふり返った。目を覚ましている総司に気づくと、優しく笑いかけてくる。
「起きたか」
「はい……」
「ざっと躰は拭っておいたが、シャワーをあびてくるか?」
「そうします」
こくりと頷いた総司を抱きおこし、土方はバスルームまで連れていってくれた。シャワーをあびて出てくると、柔らかな上質の衣服が用意されてある。
ホテルにあるものとは思えないから、土方が用意したのだろう。
どこまでも贅沢に甘やかしてくる恋人のことを思いながら、総司はそれを纏った。着替えて出ていった総司に、土方は目を細めた。
「あぁ、よく似合う」
「土方さん……」
そっと彼の胸もとに凭れかかってから、総司はふと顔をあげた。窓ガラスごしに、昨日の桜樹木が見える。
朝の光の中で見る桜は、また違った美しさだった。
昨日は妖艶な感じもあったのだが、今朝は、とても清らかで可憐だ。
「本当に……おまえのようだな」
ぼんやり見つめていると、土方が静かに呟いた。それに、え?と見上げたところを、後ろから抱きすくめられる。
ふわりと昨日のショールをかけられ、それごと抱きしめられた。
「夜は艶めかしくて美しくて、なのに、陽の光の下では清楚で愛らしい。本当に、おまえは桜がよく似合うよ」
「それは、桜が白に近い…から? ぼくが大天使だから……?」
「さぁ、どうだろう。ただ、昨日も云ったが、おまえに白が似合うのは事実だ」
「黒は似合わない?」
小首をかしげた総司に、土方はくすっと笑った。
「似合わない事はないさ。ただ、白は……黒に染まるが、黒は白に染まらないからね」
「白に染まらない……?」
不思議そうに問いかけた総司の首筋に、土方は黙ったままキスを落とした。そうして身をおこすと、総司の肩を抱き、中庭へと歩き出す。
「朝食の用意が、そろそろ整う頃だ。もうすぐ運んでくるだろう」
「え、今朝もここで食事できるのですか?」
ぱっと顔を輝かせて訊ねる総司に、土方は悪戯っぽく笑った。
「他の場所の方がよかったか?」
「まさか。この桜の樹木の下で食事するのは、だい好きです」
「なら、良かった」
頷いた土方に、総司は幸せそうに寄りそった。それを、土方は冷たく澄んだ瞳で見下ろした。
先ほどまでの会話を、重要なことだと考えていないらしい。それはそうだろう。総司にとって、恋人同士の他愛のない会話にすぎないのだから。
だが、男にとっては違った。
(おまえを黒に染めていいのは、俺だけだ)
例え、それがどんな現世のものであっても、許せない。
総司が黒に染まる時、それは、彼とともに堕ちる瞬間なのだ。
清らかな大天使たる身も心も黒い闇に染まり、そして、純白の翼さえも闇の輝きに染めながら、我と彼の身を抱きしめあい、煉獄の底へと堕ちてゆく。
その瞬間こそが、黒に染まる刻だ。
そっと抱きよせた土方を、総司があどけない表情で見上げた。
視線がからむと、きれいな笑顔をみせてくる。
それに微笑みかえしながら、土方は思ったのだった。
白は黒に染まるが、黒は白に染まらない。
そして。
一度黒に染まった白は、二度と白には戻れないのだ……。
もしかしたら黒を白に染める方法ってあるかもしれませんが、比喩的ってことでスルーしてやって下さいませ。ラストまでお読み下さり、ありがとうございました♪