いつも……思う事なのだが。


 総司は土方の腕に抱かれながら、ぼんやり考えた。
 肌を重ねるのは、どうしてこんなに気持ちいいのだろう。
 互いを隔てていた衣服を脱ぎすて、生まれたままの姿になって、素肌を重ねあわせる。
 その心地よさは、まるで夢のようで───


「……余裕だね」
 低い声で囁かれ、不意に最奥をぐっと突き上げられた。
 それに、総司は目を見開いた。
「ッ! ぁ…あッ」
 思わず身を仰け反らせた恋人に、土方は口角をあげた。
「事の最中に考え事とは、随分と余裕じゃないか」
 からかうような口調でありながら、男の黒い瞳は明らかな苛立ちをうかべていた。すっと、そのしなやかな指さきで首筋から胸もとへ撫でおろされる。
 きゅっと固く尖った胸の尖りをつまみ上げられ、総司は小さく泣き声をたてた。
「ぁっ、や…だっ」
「いや? なら、答えてごらん」
 くすくす笑いながら、土方は身をかがめた。より結合が深まり、息さえとまりそうになる。
「はっ…ぁ、ぁあっ」
「何を考えていたのか、答えて」
「んっ、やっ…土方、さん……っ」
「強情だね。それとも、あててあげようか。何を考えていたのか、云ってあげようか」
 顔を近づけられ、その黒い瞳で深々と覗き込まれた。
 端正な顔にうかべられた怜悧な表情に、総司は息を呑んだ。


 先程までの甘さは、微塵もなかった。
 彼は今、本当に怒っているのだ。
 逢った時からずっと怒っていたのに、なのに抑制してきた感情。
 それを、よりによって今、こうして二人の躯が深く繋がっている時に、剥き出しにするなんて……。


 そんな事されたこともないが、怒りのまま酷く蹂躙されるのかと、総司は思わず身をすくめた。怯えきった表情で彼を見上げる。
 それに、土方はすうっと目を細めた。
 小首をかしげ、きれいな顔で微笑んでみせる。
「……こんなに怯えて」
 すっと指さきで首筋を撫でられた。
「俺が怖い……?」
「やっ……」
 ふるふると首をふった。涙がこぼれる。
「ぃ…や、許して」
「許さないよ。本当のことを云うまではね」
 そう云うと、土方はゆっくりと腰をひいた。総司の蕾から男の猛りが半ば抜き出される。
 はぁっと息をついたとたん、一気にまで最奥まで捩じ込まれた。
「や、ぁああーッ!」
 悲鳴をあげ逃れかけた総司の肩を掴んでおさえつけ、そのまま激しい抽挿を始める。
 ずんと突き上げられ、感じやすい部分を擦りあげるようにして引き抜かれ、再び最奥を男の太い猛りで穿たれた。
 そのくり返しに、総司は凄まじい快楽の頂点へ無理やり追い上げられてゆく。
「ぁっ、ひ…あっ、やィやあっ」
「総司……熱いな」
「ひ…ぃッ、ぃくぅッぁっ」
 総司は必死になってソファの端を握りしめ、堪えようとした。
 だが、男の手でそれを掴まれ、乱暴に揉みしだかれれば一溜まりもない。躯の内側への刺激もあり、あっという間に達してしまった。
 男の指の間からぽたぽたと蜜がこぼれ落ちてゆく。
「先にイくなんて、いけない子だ」
 くすっと笑った土方を、総司は涙をいっぱいにためた目で見上げた。
「だっ…て、土方さんが……っ」
「この上、口答えか?」
 男の瞳が冷たい怒りの色をうかべた。
「俺の云いつけを破って、あの店へ行ったおまえが……?」
「……っ」
 その言葉に、総司は息を呑んだ。


 やっぱり、知っていたのだ。
 あの店へ行った事、彼は気づいていたのだ。


「どう…して……」
 ふるりと首をふった総司に、土方は微かに口角をあげた。
「香、だよ」
「え」
「気づいてないようだったが、待ち合わせに来たおまえの躯から、あの店で焚かれていた香が強く薫っていた」
「……あ」
「普通にしていれば気づかないが、いくら何でも身を寄せればわかる。あの香は独特のものだから、すぐに気づいたよ」
「ごめん…なさい」
 泣きながら縋りついてきた総司に、土方はため息をついた。いったん繋がりを解いてから抱き寄せてやったが、しばらくの間無言だった。
 やがて、静かな声で訊ねかけた。
「何を知りたくて、あんな所に行ったんだ。不安な事でもあったのか」
「……」
 総司は男の胸もとに身をよせ、長い睫毛をふせた。まだ怯えた声で答える。
「……あなたの……事を知りたくて」
「俺のこと? 俺の事が知りたければ、聞けばいい」
「そう…ですよね。本当に、ごめんなさい……」
 素直に謝ってくる総司に、土方は思わず苦笑した。


 謝るくらいなら、初めから行かなければいいものを。
 もっとも、何を知りたくてあそこに足を運んだのか、わかりきってはいるのだが。


 土方は総司の頬にキスを落し、目を伏せた。
 彼としてはもう少し苛んでやっても良かった。彼自身の奥にある邪悪で残酷な獣が、この清らかな大天使のすべてを喰らい尽くしてしまえと囁きかける。
 だが、己の腕の中、潤んだ瞳で怯えたように縋りついてくる可愛い恋人の姿に、その気持ちは変化した。
 どこまで絆されているのかと、己の甘さに苦笑してしまうが。


 傷つけるより、優しく愛してやりたい。
 身も心も一つにとろけるまで、抱きしめたい。
 そのあたたかなぬくもりだけを、求めて……。


「……愛してるよ、総司」
 土方はなめらかな低い声で囁きかけると、そっと細い躯を抱きすくめた。
「おまえだけを愛してる」
「土方さん……」
「だから、何も不安がる事はないんだ。おまえは、俺の傍にいればいい」
「はい……」
 こくりと頷いた総司に、土方は微笑んだ。そっと唇を重ねてゆく。
 スイーツのような甘い甘いキス。
 それを受けながら、総司は小さな声で云った。
「……あのね」
「ん?」
「さっきの考え事」
「……」
 思わず眉を顰めてしまった土方に、総司は慌てて言葉をつづけた。
「あのね、思っていたのです。どうして、肌を重ねるのってこんなに気持ちいいのかなぁって」
「……」
「でも、それってだい好きな人とだから、ですよね。愛するあなたとだから、こんなにも気持ちいいのだと思うから……」
「総司……」
「ね、抱きしめて……いっぱいキスして」
「あぁ」
 土方は微笑むと、可愛い事を云ってくれる恋人の望みどおり、キスをした。深く唇を重ね、身も心もとろけさせてゆく。
「ぁ…ぁ、ん…っ…」
「……総司……愛してるよ」
「ん、は…土方、さん…ぁあ…っ」


 恋人たちの時間。
 二人は何度もキスをかわしながら、愛の蜜事を再開した。
 今度こそ、恋人たちの愛を交わすために。
 互いの躯を抱きしめ、甘く激しく愛しあう二人に、もう言葉は何もいらなかった……。












 バスルームでも戯れてから、総司は土方に抱かれて寝室へと運ばれた。
 糊のきいたまっ白なシーツの上に降ろされ、安堵の吐息をもらす。冬であるのに、熱い情事のためか火照った躯に冷たいシーツが心地よかった。
「……気持ちよかったです」
 先程までの情事を思い起こしながら、総司はうっとりと呟いた。それに、隣へ身をすべりこませながら、土方がくすっと笑う。
「それは良かった」
「土方さんは? 土方さんは……気持ち良かったの?」
「当然だろう。おまえと躯を重ねる事は、俺にとって一番の快楽だ」
 そう告げざま、かるくキスを落とした。まだ少し濡れた黒髪が頬にふれ、それがくすぐったい。
 総司は彼の胸もとに身を寄せながら、小さな声で云った。
「ごめんなさい」
「ん?」
「あなたに黙って、あの店へ行って……本当にごめんなさい」
「……」
 謝る総司に、しばらくの間、土方は黙っていた。無言のまま、総司の髪を撫でている。
 やがて、低い声で問いかけた。
「あの女に何を聞いたんだ……?」
「え」
「どんな言葉を告げられた? 魔女の占いはあたっていたか?」
「わかりません」
 魔女と呼ぶ彼に違和感を覚えつつ、総司は答えた。
「でも、あなたの事を……闇に堕ちた星だと云ってました。あなたをぼくが捨てたら、世界が終るとも」
「それはそうだ」
 くすっと土方は笑った。悪戯っぽい瞳で、総司の顔を覗き込む。
「おまえに捨てられたら、俺の世界は終ってしまうよ。それは、占わずともわかると思うけどね」
「土方さん……」
「だが、それがおまえの知りたかったこと? 俺の何が知りたかったんだ?」
 問いかける土方に、総司は目を伏せた。彼の裸の胸に細い指さきをふれさせながら、答える。
「あなたのすべてを……」
 躊躇いつつも、つづけた。
「秘密にしている事も、すべて」
「……俺がおまえに隠し事をしていると?」
「秘密のない人なんて、いないでしょう」
「まぁ、確かにね」
「だから、あなたのすべてを知りたいと思って……でも」
 小さく唇を震わせた。
「すべてを代償にできるかと、聞かれたのです。ぼくのすべてを投げ出す事ができるのかと。それだけの覚悟がなければ、知ろうとするべきではないと」
「……」
「ぼくはあなたを愛してます。あなたの為ならどんな事だって出来る。でも、もしも……間違いをおかしたら。その時になって、あなたの為にすべてを投げ出す事ができなくて、あなたをまた傷つけてしまったら……」
 総司はぎゅっと両手を握りしめた。その細い指さきが白くなる。
「そんな自信のない自分が、不意に怖くなったのです。あなたをそれだけ愛してるって、云いきれない自分が悔しかった。それだけの自信も覚悟もないくせに、あなたの秘密を知ろうとした自分が、たまらなく恥ずかしくなったのです……」
 総司の言葉に、土方は何も云わなかった。ただ黙ったまま、少年の細い躯を抱きすくめている。
 互いのぬくもりと鼓動だけを感じあっていた。
 ゆっくりと瞼にキスしてから、土方は己の腕の中にいる優しい大天使を見つめた。
「いつか……」
 低い声で、ゆっくりと云った。
「いつか、話してあげるよ」
「土方さん……」
「俺の気持ちに整理がついて……おまえに話せる心境になれば、いつか必ず話してあげる。俺のすべてを、おまえに」
「……」
「だが、それまでは……待っていて欲しいんだ」
 土方は深く澄んだ黒い瞳で、総司を見つめた。微かに掠れた声で、言葉をつづける。
「今までどおり、俺の傍にいて、優しいおまえのぬくもりをあたえて欲しい」
「土方…さん……」
「愛してほしい。おまえの笑顔を見せてほしい。その占いどおり、おまえを失えば、俺の世界はすべて終ってしまうのだから」
「……っ」
 総司は涙があふれそうになった。


 ……たまらなかった。
 切ない声で囁いてくる彼が、世界中の誰よりも愛しくて愛しくてたまらなかった。
 まるで、捨てられようとしている幼子のようだと思った。


 思わず両手をのばすと、総司は男の躯に抱きついた。逞しく広い背に両手をまわし、ぎゅっと縋りつく。
「あなたを失ったら、世界が終ってしまうのはぼくも同じなの……! あなたは、ぼくのすべてだから」
「総司……」
「だから……ごめんなさい。あなたを傷つけるような事をして、ごめんなさい。何も話してくれなくていいから。あなたが辛いなら、悲しいなら、ぼくはそんなこともう望まない」
 そう云うと、総司は彼の胸もとに小さな頭を擦りつけた。
 土方は黙ったまま、その細い躯に両腕をまわした。そっと抱き寄せ、額に頬に花びらのようなキスを落とす。
 やがて、静かな声で囁いた。
「ありがとう……総司」
「土方さん……」
「愛してる。おまえだけを……愛してる」
「ぼく…も、ぼくも愛してます……あなただけを、いつまでも」
 なめらかな天鵞絨のような夜の底、愛しあう恋人たちは何度も囁きあった。互いのぬくもりを求め、感じ、微笑みあう。
 恋人たちだけに許された、甘い睦言の一時。
 やがて、彼の腕の中、総司はそっと目を閉じた。長い睫毛が頬に翳りをおとし、小さく開いた唇から寝息がもれ始める。
 ゆるゆると夢の底へ落ちてゆく大天使を見つめながら、土方はその髪を優しく撫でた。
 ふと目を伏せた。


(……闇に堕ちた星、か……)


 相変わらずだと思った。
 天使でも悪魔でもなく、人として生まれながら人ではありえぬ力をもつ彼女。
 たとえ事情を知らずとも、魔女である彼女ならば、一目で総司と土方の正体を見抜いた事だろう。
 それは、夜空に輝く星のように明らかな事だった。
 時代が変わっても、あの姉は変わらないのだ。白き魔女でありつづけようとする、その潔さは決して変わらない。たとえ、胸に刃を突きたてられても、どんな酷い屈辱を受けても、それを恨む事なくただ正しくあれと念じつづける。憎しみや怒りは、彼女には全く無縁のものだった。
 昔は、彼もそれに従うつもりだった。正しくあろうとした。
 だが、その果てにあったものは、何だったのか。
 彼を待ちうけていたのは───


『……歳三さま……!』


 思わず固く瞼を閉ざした。
 あの瞬間の身を斬るような絶望と慟哭は、遠い時を隔てた今も尚、これ程までに鮮やかだ。まるで、昨日の出来事だったかのように。
「……」
 土方はゆっくりと目を開くと、腕の中の総司を見つめた。


 世界中の何よりも愛しい恋人。
 ようやく探しあてた、彼だけの───


「大丈夫だ……総司」
 そっと白い額に唇を押しあてた。
 まるで──誓いの刻印のごとく。
「おまえは、俺のためにすべてを投げ出してくれる。俺だけを愛してくれる。それは、決して変わらない運命なのだから……」
「……ん……」
 土方の声が、夢うつつに届いたのか。
 それとも、幸せな夢にただよっているのか。
 彼の腕の中、総司は小さく微笑んだ。まるで、可愛らしい花のように。
 それに、土方はくすっと笑い、もう一度キスを落とした。
「……おやすみ、俺の総司」
 静かな声で囁くと、恋人の華奢な躯を両腕に抱きすくめた。あたたかなぬくもりを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じる。



 そして。
 身も心もとけあわせた永遠の恋人たちは、遙か遠い夢の彼方に、優しく静かにつつみ込まれていったのだった。








     ───天鵞絨の夜の底で。


















 

[あとがき]
 占いの女性は、お信さんでした。白き魔女でございます。今回のお話は色々伏線がありまして、今後の展開に繋がってゆきます。
 またいつかupできましたら、読んでやって下さいね♪
 ラストまでおつきあい下さり、ありがとうございました。