「……えーと、それは……」
 総司はちょっと絶句してから、上目使いに男を見上げた。
 が、珍しいほどの冷ややかな表情で見返され、思わず口ごもってしまう。
 二人は今、街の小奇麗なオープンカフェで食事をしていた。否、正確にはしようとしているところだ。
 だが、不機嫌そのものの土方の様子に、ウェイターもびびってしまい、まったく近寄ってこない。
 総司は先に注文しておいたジュースのストローをくわえると、ちょっとだけ飲んだ。それから、もごもごと云う。
「そんなに怒ることないじゃない……」
「……怒ってなんかいない」
 低い声が答えた。
 顔をあげて見ると、土方は薄い色のサングラスをかけたまま、総司をじっと見つめていた。椅子の背に軽く凭れかかり、すらりとした足を組んでいる。
 淡いブルーのシャツにジーンズという出で立ちのため、サングラスもあってか、誰も彼を代議士土方歳三とは気づいてないようだった。だが、別の意味で、店の前を通る人間も店内の女性も皆ちらちら視線を投げてゆく。
 あまりにも端麗すぎるのだ。
 そうしている様はまるでドラマのワンシーンのようで、どこかのモデルかと思わせた。身に纏う男の艶がどうしようもなく人を惹きつける。まるで、たっぷりと甘く濃厚な蜜で蜂を誘いかける花のように。
 それを云うと、土方はいつも「花はおまえの方だよ」と甘く囁いてくれたのだが──
(……今、とてもそんなこと云える状況じゃないものね)
 総司はあーあとため息をついた。
 久しぶりのデートなのに、何でこうなっちゃたのだろう。そんなこと口に出せば、即座におまえが悪いと断言されそうなので、何も云わなかったが。
(怒ってないって……完璧に怒ってるじゃない。だって、サングラスも外してくれないし)
 ちょっと唇を尖らせた。
 もう一度ちらっと彼の方を見ると、薄い色のサングラス越しに鋭い視線を返された。
 僅かに眉を顰め、形のよい唇を固く引き結んでいる。そのため、端正な顔だちがひどく酷薄に見えた。総司のだい好きな黒い瞳は薄いパープルのサングラスに隠されているから、尚更のことだ。
 いつもいつも甘く優しい顔しか見せなかった男の冷たさに、総司は泣き出しそうになった。
「……っ」
 きゅっと唇を噛むと、総司は思い切って身を乗り出した。そして、突然、手をのばすと、彼の顔からサングラスをもぎ取ってしまう。
 とたん、先ほどからちらちら彼を見ていたカフェの客たちの間から、あっという声があがった。晒された素顔に彼が誰なのか、バレてしまったのだろう。
「……」
 だが、いきなりサングラスを取られた男は、まったく動じなかった。ふっと唇の端を僅かにつりあげただけで、まっすぐ総司を見つめている。
 その大人らしい落ち着いた態度に、総司は無性に腹がたった。子供みたいに駄々をこねてしまいたくなる。
「……だって……っ」
 聞かれてもいないのに、言い訳をしていた。
「あなたがサングラスしてるの、嫌いなんだもの。ちゃんと前に云ったのに……」
「だから、無理やり外したのか」
「……怒ってる?」
 おずおずと訊ねた総司に、土方は微かに苦笑した。
 ようやく、ほんの少しだけ黒い瞳が和らいだ気がした。それに安堵した総司は、慌てて言葉をつづけた。
「ごめんなさい。でも、でもね……あなたに意地悪されるの、すごく悲しくて……」
「意地悪? おいたをしたのはおまえの方だろう」
「ごめんなさい……」
「人の云いつけを守らない悪い子には……お仕置きが必要かな」
 男の口調に、どきんっとした。顔をあげた総司は、思わず息を呑んでしまった。
 熱っぽい瞳が、こちらを見つめていたのだ。
 ベッドの中でしか見せないはずの、獣のように濡れた黒い瞳──
 ゆっくりと手がのばされ、しなやかな指さきが総司の首筋にふれた。まるで猫を可愛がるように、柔らかく撫であげてくる。
「ん……っ」
 思わずもれそうになった声を、総司は慌てて押し殺した。それに、くっくっと喉を鳴らして笑った。
「また、前みたいにして欲しい?」
「や……!」
 男の言葉に、慌ててふるふると首をふった。
 先日、同じようなことでもめた時、ホテルの部屋に連れこまれ、さんざん鳴かされたのだ。いつもストイックな印象がある土方だが、ベッドの上では全く別人だった。意地悪で、だが優しく執拗な愛し方で、幼い総司をとろとろに蕩かせてしまうのだ。しかも、その時の夜はもの凄かった。翌朝、ベッドから起き上がれない程だったのだ。
 土方は静かに言葉をつづけた。
「なら、もう少し云うことを聞いた方がいい。二度目は許さないと云ったはずだ」
「……」
 それに、総司は俯いた。思わず胸もとのペンダントを指さきで弄ってしまう。
 土方はすうっと目を細めた。総司の前に手をさし出すと、有無をいわせぬ口調で命じた。
「それをこっちへ渡しなさい」
「でも、これは……」
「総司」
 強い口調で云われ、総司はしぶしぶペンダントを外した。受け取ったそれを土方はちらりと一瞥してから、自分のジーンズのポケットに滑り込ませてしまう。
 あ、と思わず抗議の声をあげそうになった総司の手を、土方は不意に掴みとった。白昼のカフェ、人目があることも構わず、その白く細い指さきにキスの雨を降らせてくる。
「ひ、土方さん……!」
 慌てて両手を引っ込めた総司に、、土方はもう一度念押しした。
「いいね? もう二度と受け取ったら駄目だ」
「……はい」
「よし、いい子だ」
 にっこりと極上の笑顔をうかべ、土方は総司の髪を優しく撫でてくれた。もうすっかり、いつもの彼だ。
 ふり向き、あらためてウェイターを呼ぶ恋人を見ながら、総司は深くため息をついた。








 その夜のことだった。
 許されたと思っていたが、お仕置き云々の言葉は本気だったらしい。
 もう随分と長い間、甘い悲鳴と泣き声が響いていた部屋は、今はただ小さな喘ぎだけに満ちている。
 夕食後、いきなりホテルの一室に連れこまれ、貪るように抱かれたのだ。
 お仕置きと称した男の愛し方でさんざん鳴かされた総司は、ぐったりと広いベッドに突っ伏していた。まだ、その桜色に濡れた唇から甘い喘ぎがもれている。白い肌のあちこちに紅い花が散らされてあり、情交の激しさをものがたっていた。
 少年特有のしなやかな背を、ベッドに腰かけた男が掌で撫であげた。少年は裸身のままだが、男はもうバスローブを纏っている。
 思わず身を捩った。
「や! も…や、だ……っ」
 それに、土方は耳もとに唇を寄せると、囁いた。
「もう懲りた?」
「う、ん……」
 総司は涙目のまま、こくこくと頷いた。
 土方は満足げに微笑んだ。
 喧嘩の原因──斉藤がつくってプレゼントしてきたペンダントは、ソファの上へ無造作に放り投げられてある。土方にしかわからないが、それに纏わりつく斉藤の気配さえも不愉快だった。
 むろん、自分でも嫉妬深さに呆れてしまうほどだ。だが、それほど、この天使に溺れきってしまっていた。
 土方は総司の躯に白いシーツをそっと掛けてやった。
「も…しない?」
「あぁ」
「……もう、意地悪しないで……」
「意地悪なんかしないよ。ただ、おまえが可愛いだけなんだ」
 身をかがめ、白いシーツごとその華奢な躯を両腕に抱きすくめた。びくりと震えた総司を宥めるように、その柔らかな髪にキスを落とした。
「すまない……怖い想いをさせて。でも、それも皆、おまえが愛しくてたまらないから……」
「土方…さん……」
「前にも云っただろ? いつも不安になってしまうと。俺は本当に……おまえを誰にも奪われたくないんだ」
「どこにも…行かないのに?」
 総司は舌ったらずな云い方で、答えた。
 大きな瞳が男を見上げた。
「ぼくは…あなたの傍にいます。ずっとずっと……いつまでもあなただけを愛してる」
「総司……」
「だから…もう、そんな不安な瞳をしないで。……ぼくも泣きたくなってしまう……」
「あぁ、そうだな」
 土方はくすっと笑った。
 しなやかな指さきで、まだ濡れていた頬をぬぐってやった。
「おまえが俺のせいで泣くのは、ベッドの中だけでいい」
「誰のせいと……」
「すまない、俺のせいだな。今夜はさすがに酷くしすぎた、疲れただろ?」
 土方は総司の躯をベッドに仰向けで横たえてやると、毛布とシーツを引き上げてやった。空調のきいたホテルの部屋は少し肌寒いぐらいだったのだ。
 甘えるように見上げる総司に微笑んだ。それに小首をかしげた。
「土方さんは…一緒に眠らないの……?」
「少し仕事があるんだ。隣の部屋で片付けてから休むよ」
「ごめん…なさい。待ってられなくて……」
「そんなの気にしないでいい。眠った方がいいから」
 土方は身をかがめると、柔らかな前髪をかきあげ、白い額にキスを落とした。
「……おやすみ、総司」
「おやすみなさい……」
 小さな声で答えた総司は瞼を閉ざした。
 よほど疲れていたのか、土方が見守るうちに小さな寝息をたて始めた。夢の中へ落ちてゆく。
 それを見届け、土方は立ち上がった。寝室を出るとしっかりドアを閉め、スイートになっているリビングへ入った。
 眩しいほどの夜景が広がる窓際に立ち、すうっと目を細める。 
 やがて。
 その形のよい唇に、冷たく酷薄な笑みがうかんだ……。









 真夜中だった。
 だが、この不夜城都市は眠らない。
 イルミネーションが輝き、人々の声も足音も夜空に反響した。どこかで賑やかな音楽も鳴っている。
 その街の外れ。
 奇妙なほど人気の少ない一角だった。
 薄暗い路地裏を、一人の男が必死に駆けていた。何度も後ろをふり返っているところを見ると、追われてでもいるのだろう。
 だが、それも終わりだった。
 突然、男の行き先に一つの影が立ちふさがったのだ。
「……残念ながら、追いかけっこは此処迄ですよ」
 静かな口調で云いながら歩み出たのは、斉藤だった。闇に、鳶色の瞳が光っている。
 男は悲鳴に似た声をあげ、後ずさった。
 それに、傍から嘲るような声がかけられた。
「あーらら、怯えちゃって。これで天使さまって云うんだもの、呆れちゃうわね」
 廃墟ビルの窓枠に腰かけ、くすくす笑っているのは黛だ。
 するりと猫のように降りてくると、男の顔を覗き込んだ。
「ふうん、これがあの裏切り者の茨木かぁ。たいした男じゃないわよね」
「あなたの審美眼にかかったら、大抵の男がクリアできませんよ」
「いいじゃない。あたしの好みなんだから」
 そう云いざま、黛は手の中に闇の光を集め始めた。その瞳に残酷な愉悦の色がうかんでいる。
 ぺろりと猫のように舌なめずりした。
「ねぇ、これ、あたしにやらせてよ。すっごく虐ぶり甲斐がありそう」
「駄目です」
 にべもなく斉藤は答えた。
「この茨木だけは連れてくるよう云われてますから。だいたい、腐っても天使。あなたの手にはおえませんよ」
「天使、ねぇ。裏切りと密告のご褒美に、天使にして貰ったくせに」
「あなたも天使になりたいのですか?」
「まさか、あたしは悪魔であることが大好きなのよ。これでもプライドってのがあるんだから」
「それは失礼」
 斉藤と黛が軽口を叩きあう間も、茨木は必死に逃げ道を探し周囲を見回していた。飛ぶ事はできない。先ほど、斉藤に翼の骨を折られてしまったのだ。
 不意にくるりと背をむけると、再び走り始めた。
 二人の隙を突き、逃げ出してゆく。だが、それも一時の逃亡だった。
「!」
 突然、ばさっと大きな音が頭上で鳴ったのだ。
 はっとして見上げた彼らの前、漆黒の翼が広がった。
 夜の底、濡れたように輝く闇色の翼。
 神に祝福された、純白の翼ではなかった。
 そして。
 天使以外で翼をもつのは、ただ一人だ。
 その身に宿す邪悪と残酷さを現すがごとく、漆黒の翼を広げた───
「ま、魔王……ッ!」
 思わず、茨木は後ずさった。
 ひいっと悲鳴をあげ、地面へ転がってしまう。慌てて四つ這いになって逃げようとする目前へ、ふわりと土方は降り立った。
 黒いシャツにブラックジーンズを身に纏っている。
 艶やかな黒髪を煩わしげに指さきでかき上げながら、かつての悪魔を冷ややかに一瞥した。
 ふっと視線を外し、斉藤たちをまっすぐ見据えた。
「珍しく失態か」
「今、捕まえようとしていた処です」
「逃がしかけたのに?」
 斉藤は肩をすくめた。
「どのみち、あなたご自身の手で始末するんです。ここでやっても、連れて帰っても同じ事でしょう」
「……」
 土方は僅かに目を細め、斉藤を見やった。が、それ以上何も云うことはなく、茨木へ視線を戻した。
 形のよい唇の端がつりあがり、冷酷な笑みをうかべた。
「久しぶりだな、茨木」
「……ふ、復活して……」
「あぁ、見てのとおりだ」
 ゆっくりと、土方は両手をひろげてみせた。それに従い、漆黒の翼が広がり、ばさっと音をたてた。
 しなやかな男の躯にその闇色の翼は美しく、いっそ魅力的でさえあった。
「百年前、伊東にやられた傷も癒してな。あの時はおまえも随分な活躍だったじゃねぇか……まさか裏切られるとは、俺も思ってなかったよ。まったく油断したものだ」
「……」
「さぁ……云い残すことは?」
 土方はしなやかな指さきの中に闇の光を集め始めた。だが、それは先ほどの黛のものとは段違いの凄まじい強さだ。みるみるうちにそれは形をなし、闇色にぎらりと光る大振りの剣となった。
 茨木が這い蹲り、啜り泣きながら後ずさる。
 それに、土方は僅かに小首をかしげてみせた。
「光栄に思えよ。魔王である俺自身がわざわざ手を下してやろうと云うんだ」
 土方はすっと剣の刃を茨木の首筋にあてがい、微笑んだ。
 思わず見惚れるような、優しく綺麗な笑顔。
 だが、その唇から告げられる声はゾッとするほど冷ややかで、残酷だった。
「おまえは他の誰にも殺らせねぇ。俺の手にかかって、未来永劫、煉獄の焔に灼かれればいい……!」
 そう云いざまだった。
 土方が剣をいったん振り上げたかと思うと、次の瞬間、勢いよく右へ薙ぎ払った。ザクッと音が鳴り、断末魔の悲鳴が闇に響きわたる。
 あっという間だった。
 茨木の体が鮮血を吹き出したが、それも一瞬の事だった。そのままシュウッと音をたてて消え去ってしまう。後は灰のような塵が風に吹き散らされてゆくだけだ。
 それらの惨劇を一瞥することもなく、土方は剣をおさめた。
 ゆっくりと歩き出そうとして、ふと気づいたようにふり返った。ジーンズのポケットから何かを取り出すと、それを斉藤にシュッと放り投げた。
 反射的にそれを受け取った斉藤はそれを見たとたん、驚いたように息を呑んだ。
 土方は冷たく澄んだ黒い瞳で、斉藤をまっすぐ見据えた。
「……命じたはずだ」
 低い声が響いた。
「あれには何も贈るなと。おまえは俺を怒らせたいのか」
「わざわざ魔王の怒りを買おうとする者などいませんよ」
「なら、何故こんな事をする。不愉快だ」
 僅かに眉を顰めた土方に、斉藤は嘆息した。
 手の中のペンダントを弄びながら、呟いた。
「そんなに、あの天使が大切ですか」
「……」
「魔王である事を忘れてしまう程に?」
「忘れてなどいない」
「どうだか」
 斉藤は肩をすくめた。
「おれは、これからも総司に物を贈りつづけますよ。それはおれの自由だ。あなたに何か云われる筋合いじゃない」
「……おまえは、さっきの茨木のようになりたいのか」
「まさか」
 くすっと笑った。
「あなたがそんな事する訳ないでしょう。あの天使への嫉妬に狂った挙句、このおれを始末するなんてありえない」
「随分と自惚れてるんだな」
「おかげさまで」
 一礼した斉藤に嘆息し、土方はしばらく何かを考えるように目を伏せていた。
 が、やがて、背を向けざま、かるく手首をひらめかせた。
 その瞬間、斉藤が手にしていたペンダントがボッと音をたてて燃え上がった。慌てて地面へ放り出したが、斉藤の手は闇の焔で傷を負ってしまっている。
「土方さん!」
 思わず叫んだ斉藤に、土方は僅かにふり返ると薄く笑った。
 綺麗だが、ぞっとするほど冷たい魔王の笑み──
「これぐらいで済んで良かったと、感謝しろ」
「……」
「もう一度だけ云っておく。あれは俺のものだ……生かすのも殺すのも、この俺が決める。おまえは一切手出しするな」
 そう云い捨てると、土方は今度こそ背をむけた。
 ばさっと音が鳴ったかと思うと、漆黒の翼が大きく羽ばたいた。そのまま地を蹴り、夜空へと舞いあがってゆく。
 一枚の絵のごとく、美しく見事な光景だった。
「……」
 それを見送り、斉藤は苦笑した。
 肩をすくめながら、黒焦げになったペンダントを拾い上げた。
「……全部、お見通しって訳か」
 そう呟いた斉藤に、傍らでずっと息をつめたままでいた黛が訊ねた。
「お見通しって……何を?」
「おれの思惑って奴さ。あの人があの天使をどうするつもりなのか、それが不安だったんだ」
「どういう事?」
「確かに総司は可愛いが、それでも大天使だ。いざとなった時、魔王に敵対する立場にある。それを愛してるあの人が、総司を抹殺しなければならなくなった時、躊躇いなく手を下せるのか、それがおれは不安だったんだが……」
「あら、さっきあの人も云ってたじゃない」
 黛は斉藤の肩に手をかけて凭れかかると、云った。
「生かすも殺すも、自分が決めると。あの人はね、ちゃんと覚悟が出来てるのよ」
「そうだな、おれの思い過ごしだった。あの人はやはり魔王だ。おれが唯一膝を折った人だ……」
 斉藤はそう呟き、再び夜空を仰いだ。
 が、唯一の主である魔王の姿はもう何処にもない。ただ、細く突き刺さるような月だけが銀色に輝いていた。
 それでも、じっと夜空を見上げる斉藤に、黛が甘えた声で云った。
「ねーえ、それよりもつきあってくれない?」
「どこへですか」
「あたし、お腹がすいちゃったの。ついでにお酒も飲みたいし」
「あなたの場合、ついでなのは食事の方でしょう」
 やれやれと云いたげに首をふり、斉藤は歩き出した。それに黛がまとわつくように歩きながら、艶めいた唇を尖らせる。
「ね、つきあうの? つきあわないの? 早く答えてよ」
「……その店はこの近くなんですか?」
「もっちろん! 最近、見つけたの。きっと斉藤も気にいるわ」
 うきうきした口調で云うと、黛は斉藤の腕に手をからめた。
 それを見下ろし、二日酔いは確実だが、たまにはいいだろうと思った。酒に酔ってしまいたい夜もあるのだ。
 いつも、あの魔王の悪に闇に魔に、酔わされているこの身であっても……。 
「久しぶりに、思いっきり飲みますか」
「そうよそうよ、ほら、レッツゴー!」
 そして。
 二人の悪魔は歩き出していったのだった。
 美しく輝く不夜城都市の底を───








 翌朝、総司はご機嫌ななめだった。
 昨日の夜のうちにちゃんと仲直りしたはずだったのに、何故か夜明け前に叩き起こされ、無理やり抱かれてしまったのだ。おかげで、昼前の11時過ぎ、総司はベッドから降りることもできない状態だった。
 可愛い天使をそんな状態に追い込んだ男は、扉のところで受け取ったワゴンを押して部屋に戻ってきた。
 まっ白なワイシャツにネクタイをしめ、スーツのボトムを身につけている。
「ほら、総司……朝食が来たよ。いや、もうブランチだな」
 優しい声に、だが、総司はぷいっと顔をそむけた。
「いりません」
「そんなこと云わないでくれ。おまえの好物ばかり揃えたから」
 ちらりと見てみると、そのとおりだった。
 銀色のワゴンの上、焼きたてのクロワッサンが香ばしい匂いをたて、紅茶のポットも甘い匂いをふりまいている。ガラスの器に盛られた苺とオレンジ。とろりとしたスクランブルエッグに、かりかりに焼いたベーコン。まっ白なヨーグルトには総司のだい好きなブルーベリージャムがたっぷりかけてあった。
 思わず、こくりと喉を鳴らしてしまった。
 それに土方が嬉しそうに笑った。
「ほら、もう機嫌を直してくれ」
「誰のせいだと思ってるんです」
「俺のせいだな。だから、こうして謝ってる」
「……」
 歩み寄り、両手をさしのべてきた土方を、総司は大きな瞳で見上げた。
 ちょっと拗ねたような声で云った。
「もう……あんな事しない?」
「しない。俺も悪かったと思ってるんだ」
「土方さんっていつも優しいのに、ベッドじゃ別人になっちゃうんだもの……」
「すまない」
 素直に謝る土方を見つめ、総司はちょっと頬を紅潮させた。
「無理やりとか、あんまり乱暴なのは嫌だけど……でも」
 そっと手をのばすと、総司は男の胸もとに凭れかかった。甘えるように頬を擦りよせる。
「あんなふうに激しい土方さんも、好き、だからね……」
 それに、土方は苦笑した。
 総司の細い肩を抱いてやりながら、囁いた。
「これ以上煽らないでくれ。また理性がもたなくなってしまう」
「え、もう今日は嫌ですよ。絶対に無理」
「わかってる。今日は一日、この部屋で昨夜の償いをさせてもらうよ」
「でも、だって……お仕事なんでしょう? そのスーツ……」
「朝のうちに済ませた。おまえが気絶して眠っている間にね」
 そう云いざま、土方は男の言葉に顔を真っ赤にした総司を、両腕にそっと抱きあげた。部屋を横切ってソファへ下すと、クッションをうまい具合に整えてくれる。
 ポットから紅茶を注ぎ、クロワッサンを半分に綺麗に切ってホテル特製の苺ジャムを塗った。カトラリーも綺麗にそろえ、総司が食べやすいように色々と気を使ってくれる。
 それに、総司は幸せそうに笑った。
「贅沢な朝ご飯ですね」
「少し頼みすぎたか?」
「ううん、メニューもそうですけど、土方さんみたいに格好いい男の人に食事させてもらう男の子って、ぼくぐらいじゃないかな。すっごく贅沢」
「おまえのためなら、俺は何でもしてやるよ」
 甘い声で囁きざま、隣に坐った土方は総司を引き寄せ、優しいキスを落とした。ぺろりと総司の桜色の唇を舐めてから、悪戯っぽく笑った。
「……甘いな。苺ジャムの味がする」
「もっと味わう?」
「だから、理性がもたないって云ってるだろ」
 くすくす笑いながら答え、土方はソファに腰かけなおした。彼も食事をとり始める。
 それを、総司は大きな瞳で見つめた。
 彼が機嫌がよいことを確かめてから、おずおずと訊ねた。
「それで、あの……土方さん?」
「何だ」
「昨日の、その……ペンダントの事なんだけど……」
 そう口に出したとたん、スクランブルエッグをスプーンですくい、総司の口にはこぼうとしていた男の手がぴたりと止まった。が、それも一瞬の事だった。総司の唇にスプーンをそっと入れてから、そっけない程の口調で答えた。
「……燃やした」
「えっ、も…燃やした!?」
「あぁ。もう黒焦げだろう」
「だって……あれ、すっごく綺麗なエメラルドだったんですよ。あんな高そうなもの……っ」
「高価な宝石が欲しいなら、俺が幾らでも買ってやるよ」
「じゃなくて、ぼくが斉藤さんから貰ったものだったのに」
 拗ねたように唇を尖らせた総司に、土方は嘆息した。相変わらず丁寧な手つきでカトラリーを置くと、総司の方へ向き直った。
「俺はおまえを愛してるんだ」
「それは…わかってますけど……」
「わかってるなら、頼むから他の男に何か貰ったりするのはやめてくれ。おまえだって、俺が他の女たちから物を貰ったりするのは嫌だろう?」
「でも、土方さん、いつも降るように貰ってるじゃない」
「だが、全部、身につけてない。俺が身につける贈り物は、おまえからのものだけだ」
 そう云うと、土方は両手をのばし、少年の細い躯を引き寄せた。強い執着と愛を感じさせるように、ぎゅっと抱きしめた。
「俺はおまえを本当に愛してる。おまえが他の誰かから貰ったものを身につけるなんて、絶対に我慢できない」
「土方さん……」
「独占欲でおかしくなってしまいそうなんだ……」
 掠れた声で囁かれ、胸がどきどきした。
 艶やかな黒髪がさらりと頬にふれる。少年の背をかき抱く男の手に力がこめられた。
 全身で彼のぬくもり、鼓動、息づかいを感じながら、総司はそっと目を閉じた。
 執着してくれる彼の愛が少し怖いくらいだった。だが、それを上回る歓喜が身の内にある。決して自惚れるつもりはないけど、でも、こんなにも特別な人がぼくを愛してくれているのだから。
 他の誰かからのレゼントを身につけただけで嫉妬して、縋るようにぼくを抱きしめて。その執着を愛を、素直に示してくれた。それが嬉しくてたまらなかった。 
 それに──独占欲なんて。
 ぼくはずっとずっと前から、あなただけのものなのに…ね?
「わかりました」
 総司はこくりと頷き、甘えるように土方の胸もとに頬を擦りつけた。まっ白な糊のきいたワイシャツ越しに感じる彼の体温が、とても心地よい。
「もう二度と、受け取ったりしません」
「約束してくれるか?」
「はい、約束します」
 にっこり笑い、それから総司はまた土方の躯に抱きついた。男の広い背に手をまわし、猫のようにじゃれついた。
「だい好き、土方さん……!」
「あぁ、俺もだ。だい好きだよ」
 土方は微笑みながら、優しい声で返した。
 腕の中で嬉しそうに身を擦りよせる総司を見下ろし、僅かに目を細める。 
 愛してる。
 そう──この世の誰よりも。
 他の誰かに奪われるくらいなら、この手で殺してしまいたいくらい……愛してるよ。
 いつか。
 おまえが俺の命を奪うのか、それとも、俺がおまえに手を下すのか。
 それはわからない。
 だが、これだけは確実だ。
 おまえは俺のものだから。
 この俺だけの、愛しい愛しい天使。
 おまえの愛も死も生も──すべて何もかも、この俺が手にしていればいい。
 他の誰の介入も許さない。
 他の誰かの手にかかることも。
 おまえの命を奪いとるのは、この俺しかありえないのだから───
「……ね、土方さん?」
 不意に総司がぱっと顔をあげると、覗き込んできた。
 それに、僅かに小首をかしげてみせる。
「何だ?」
「ん、あのね」
 総司は可愛らしく笑うと、少し甘えるような声で云った。
「今日ずっとこの部屋で過ごすなんてつまらないから、どこかへ連れていって」
「どこがいい?」
「水族館もいいけど、今日確か古本市があるって聞いてるし……うーん、どうしよう」
「ゆっくり考えればいいさ。どこでも構わないから」
 土方はそう囁き、総司の躯を両腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
 そっと、綺麗な瞳を覗き込んだ。
「俺はおまえのためなら、何でもしてあげるよ……」
 ──そう。
 可愛いおまえのためなら、何でもしてやろう。
 喜びも涙も、……絶望さえも。
 おまえのすべては、この俺があたえてやるのだから───
「……愛してる」
 そう囁きかけると。
 幸せそうに微笑む天使に、土方は、甘く──そして残酷なキスをしたのだった……。















 

[あとがき]
 私が魔王って翼あるのかなぁ?という疑問に、「漆黒という言葉がぴったりの艶やかな黒い羽──」と蒼依さまが返して下さり、サイト開設のお祝いに何かリクして頂けたら書きますと申し上げた私に、「魔王の羽を広げる土方さんを♪ 勿論、総司の目の前でそんなことはしないでしょうから、斉藤さんと黛さんと何かやらかしてくださいませ」というリクを下さった蒼依さまのために、書いたものです。
 のりまくって一日で書いちゃいましたよ(笑)。蒼依さまが少しでも気にいって下さったら、嬉しいのですが。蒼依さま、素敵なリク、本当にありがとうございました♪ 
 サイト、頑張られて下さいね。私めも陰ながらせっせと応援させて頂きますので。お互い、土沖好き好きーっで頑張りましょう!
 これからも、末長くよろしくお願いしますね♪


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