土方の隠れ家はアパートメントの最上階だった。
 3LDKの間取りだが、その一つ一つが大きく、そして、大きなフレンチ窓からはセントラルパークが一望できた。
 その眺望の良さに、総司は思わず息を呑んだ。
「綺麗……! 中を歩いても素敵だけど、上から見ても綺麗ですね」
「あぁ」
 土方は、窓辺に立つ総司を後ろから抱きすくめながら、答えた。
「この光景は俺も気にいっているよ。いつか、おまえを連れてきたいと思っていた」
「ぼくとつきあうようになってからも、来ていたのですか?」
「いや、それはないね。一人で過ごすより、休みはおまえと出来るだけ過ごしたい」
「土方さん……」
 なめらかな頬を上気させた総司は、土方の腕の中、うっとりと目を閉じた。


 あの後、公園で二人は長い時を過ごしていた。
 ランチを食べたり、様々なことを話したり、身を寄せ合いキスしたり、本当に、普通の恋人同士のように過ごしたのだ。
 ここでは、誰も見とがめようとしなかった。まったくごく普通の恋人として過ごすことが出来るのだ。
 それが、総司には嬉しくてたまらなかったし、わざわざ、ニューヨークまで彼が自分を連れてきた理由もよくわかっていた。
 総司が彼の立場を慮ることを知っているからこそ、東京の公園などではなく、セントラルパークまで連れてきてくれたのだ。
 どこまでも総司の事だけを考えてくれる彼に、胸の奥が熱くなった。


「夕食はどうする? 俺がつくろうか」
 土方はキッチンの方へ歩き出しながら云った。それに、総司は慌てて駆け寄りながら云う。
「ぼくがつくります。土方さんは疲れているだろうし」
「だが、キッチンの使い方がわからないだろう。アメリカの食材ばかりだしね、二人でつくろう」
「はい」
「足りないものがあるから、買い物に行った方がいいね。一緒に来るか?」
「行きます」
 すぐさま答えた総司に、土方は微笑んだ。手をさしだしてくれる。
 その手を握りながら、総司は頬を染めた。


 少しでも一緒にいたいのだ。
 我儘だ、甘えただと思われてもいい。
 せめて、ここにいる時だけは、いつもの自分より素直になりたいのだから……。


 外に出た二人は、店が立ち並ぶ方へむかった。食料品や日用品も買いこんでゆく。
 実際、土方も総司も、荷物はたいして持ってきていなかった。そのため、購入しなければならないものが、多数あったのだ。
 それは、帰り道のことだった。
「……?」
 突き刺さるような視線を感じ、総司はびくりと肩を震わせた。
 慌てて周囲を見回すと、道端で信号待ちをしているらしい老婆が、じっとこちらを見ている。
 外国人だからかなと思ったが、それとも違った。まるで、信じられぬものを見たような表情をしている。
 じっと見つめ返した時、突然、土方の手が総司の肩を抱いた。そっと引き寄せられる。
 見上げると、土方もその老婆を見つめていた。
 彼にしては驚くほど、鋭いまなざしだ。
 息を呑んだ総司に気づくと、小さく微笑んでみせたが、それでも切れの長い目は油断のない光をうかべているように思えた。
「――」
 形のよい唇が何かを呟く。
 とたん、老婆の顔に恐怖の色がのぼった。慌てて後ずさると、足早に逃げていってしまう。
 それを総司は呆然と見送った。


 いったい、彼は何を云ったのだろうか。
 この場所から、あんな所まで声が届くはずもないのに。


「……土方さん」
 再び歩き出しながら、総司は訊ねた。
「さっき、何て云ったの?」
「え?」
 訝しげに、土方は小首をかしげた。
「何の話だ」
「だから、さっきです。あのおばあさんに対して、何か云ったでしょう」
「あぁ。こちらを見ていたから、何か用か? と聞いただけだ」
「そう」
 こくりと頷いてから、総司は大きな瞳で彼を見上げた。
「あのおばあさん、どうしてぼくたちを見ていたのでしょう? ぼくの正体がばれたとか」
「さぁ。アメリカは人種のるつぼだからな、大天使の正体ぐらい見抜ける者もいるだろう」
 そう答えてから、突然、土方はおかしそうに笑った。くっくっと喉を鳴らす。
「……本当に、人種の坩堝だ。油断も隙も無い」
「土方…さん?」
「いや、何でもないよ。少しおかしくなっただけだから」
 まだ低く笑いつづける彼に首をかしげつつ、総司は、抱きよせてくれる土方の腕のぬくもりに、気持ちがもっていかれてしまった。
 小さな異変など、この愛しい恋人と過ごす日々にくらべれば、些細なことなのだ。
「帰ったら、すぐに食事にしましょうね。ぼく、頑張ってつくります」
「二人でつくろう。その方が早く出来るよ」
「でも、いいのですか? 土方さん、疲れているだろうし」
「大丈夫。それに、後でもっとおいしいデザートをおまえから貰う予定だしね」
「デザート? ぼくから……?」
 不思議そうに呟いた総司は、すぐさま、男の言葉の意味に気づいたようだった。ぱっと顔を赤くすると、恥ずかしそうに男の胸もとに顔をうずめてくる。
 耳朶まで桜色に染まっているのが、たまらなく可愛かった。
「……」
 その愛しい大天使を腕の中に抱きながら、土方は静かに目を細めた。











「A dessert is given?」
 そう聞かれたのは、夕食も片付けもおわって、二人ともシャワーをあび、ふかふかのバスローブに身を包んで寛いでいる時だった。
 総司はぱっと顔を赤くしたが、こくりと小さく頷く。
 それに微笑んだ土方は身をかがめ、総司の腰と膝裏に腕をさしこんだ。優しく抱きあげ、キスをおとしながら寝室へと運んでゆく。
 大きなダブルベッドが置かれた部屋は照明が落とされ、とてもロマンチックだった。真っ白なリネンの上に降ろされる。
「土方さん……」
 潤んだ瞳で見上げた総司に、土方は柔らかく微笑んだ。バスロープの紐に手をかけ、するりとほどけば、白い裸身が現れる。
 思わず目を細めた。
「綺麗だ」
「……っ、恥ずかし……」
「誰よりも綺麗だよ、総司」
 甘やかな声で囁きかけ、体のラインを手のひらでなぞった。びくびくっと震える総司が可愛い。
 久しぶりなので、準備には時間をかけた。もともと、こんなにも華奢な躰に男を受け入れさせるのだ。できるだけ負担は少なくしてやりたかった。
 土方は、総司を可愛がり甘やかし、そして時折、弄ぶこともあるが、決して傷つけようとはしなかった。
 素直で柔らかな心と清らかな躰を、何よりも愛しく思っているからこそだった。
 魔王であるがゆえに、大天使の純粋さに惹かれる。
 そして、また、大天使も、その邪悪な美しさゆえ、こんなにも魔王に惹かれてしまうのだ。
「好き……だい好き、愛してる……」
 激しいキスの合間に、総司が囁いた。白い両腕が男をかき抱き、ぬくもりを求めあう。
 それに応えてやりながら、土方は総司の細い躰を抱き起した。何度もついばむような口づけをあたえ、身も心もとろかせてゆく。
 下肢に手をのばし、準備を施した。従順に躰を開いてゆく総司が愛しい。
「……力を抜いて」
 土方の言葉に、総司は小さく頷いた。男の肩に手をかけ、ゆっくりと腰を下ろしてゆく。
 できればとは云われたが、自分から求めて欲しいと云われたのだ。
 たまには、総司から求めて欲しいのだと。
 それを断れるはずもなかった。
 総司も彼が欲しいのだ、好きで好きでたまらないのだ。その事を少しでも彼に伝えられるのなら、どんな事だって出来ると思った。
「っ、ん…は、ぁ…ッ」
 総司の細い眉が顰められた。ぎゅっと唇を噛みしめる。
 熱く固い猛りが総司の蕾を犯していた。苦痛で思わず腰を引きそうになる。だが、それでも、まだ半分も入っていないのだ。
「大丈夫か?」
 土方が気遣い、総司の腰をゆるく抱いた。そっと背中をあやすように撫でてくれる。
 彼の優しさが嬉しくて、総司は小さく笑った。思い切って腰を下ろしてゆく。
「ぃっ…ぁ、ぁ、ぁああーッ!」
 膝の力が抜けた。一気に坐りこみ、蕾の奥まで男の猛りが深々と貫いてしまう。
 悲鳴をあげ、のけ反った。男の肩に爪をたててしまい、はっとして息を呑む。
「ご、ごめんなさ……」
「構わない、総司」
 掠れた低い声で、土方が囁いた。背中に手をまわして引き寄せられ、耳もとに優しく囁きかけられる。
「爪をたててもいい、俺にしがみついてくれ」
「土方…さん……」
「その方が俺はいいから。おまえとすべてを分かち合いたいから」
「……っ」
 歓喜に躰中が熱くなった。男の言葉が嬉しくて、ぎゅっと抱きつく。その総司を優しく抱きすくめたまま、そっと土方は躰を倒した。
 シーツの中にうもれた総司は、大天使そのものの清らかな美しさだ。可憐で愛らしく、誰の心も惹きつける。


 世界中の誰よりも邪悪な魔王さえも虜にする――。


「……愛しているよ、総司」
 そう低い声で囁いてから、土方は総司の細い両足を抱え上げた。そのまま奥を穿つ。
「ひぃ…ぁああッ」
 総司の頬が薔薇色にそまるのを確かめると、土方はより力強い律動を始めた。まるで犯すような激しさで腰を打ちつけてゆく。
 そのたびに、総司の唇から悲鳴があがった。
「ぁあっ、ひぃ…ぁ、ぁああッ」
「……総司、可愛いな」
「ん…ぁ、ぁあ、ぁんッ、んっ」
 次第に、総司の瞳がとろりと潤み、快感に溺れ始める。それに低く喉奥で嗤い、土方はより深く激しく大天使の躰を貪った。
 指と指を深く絡め、口づけ、身も心もとけあわせてゆく。
 やがて、総司のものが弾けそうになり、土方がしなやかな指を絡めると、仔猫のような泣き声はより甘く掠れた。
「だ…め…っ、さわっちゃ…あッ、ぁあっ」
「総司、いい子だな……ほら、素直になってごらん」
「んっ、ぁあ…いっちゃ、いっちゃう…―…っ」
 総司の頤がぐっと突き上げられた。とたん、男の手のひらの中に白い蜜が迸る。
 同時に、蕾がきゅっきゅっと男の猛りに絡みつき、土方は思わず喉を鳴らした。
 その華奢な躰を抱きすくめ、はぁっと息を吐いた。
 この大天使は無邪気な顔をして、男を悦ばせる――。
「可愛い総司……」
 土方は汗ばんだ黒髪をかきあげ、総司を見下ろした。なめらかな頬に口づける。
「さぁ、今度は俺の番だよ。たっぷり満足させてくれ」
「ぁ…だ、め……待って、土方さ……」
 総司が怯えたような顔で首をふった。達したばかりなのだ。まだ躰が痺れている。こんな状態で犯されたら、狂ってしまいそうだった。
 だが、土方は優しく微笑った。
「駄目だよ、待たない」
「ぃ、や…ぁあっ」
 悲鳴があがった。土方が総司の細い腰を鷲掴みにし、激しく腰を打ちつけ始めたのだ。たちまち、総司の悲鳴が部屋中にまき散らされた。
「や、だぁっ…ぁああっ、ぁっ」
「……っ、熱いな……」
「は、ぁあ…許し、許して…ひ、ぃッ」
 四つ這いにされた総司は、さんざん後ろから責めたてられた。男の猛りが濡れそぼった蕾の奥に、何度も激しく打ち込まれる。
 総司はもう半ば朦朧とした目を見開き、泣きじゃくるばかりだった。強烈な快感で何も考えられなくなっているのだ。
「ぁあっ、ひぃ…ぁあっ、ぁあ…」
「総司……っ」
「ぁ、ぁあっ、土方さ…ぁあっ、ぁああッ」
 一際甲高い声をあげた瞬間、総司の腰奥に男の熱が叩きつけられていた。それに、びくびくと少年の躰が震える。
 腰奥に広がる熱い感触に、総司は啜り泣いた。だが、その涙は甘美なものだ。
 後ろから抱きすくめてくれる男が、誰よりも愛しかった。何をされても、どんな事をされても、構わないほどに。
「……土方さん……好き……」
 小さくそっと囁いた総司を、土方は抱きおこした。向きあい、再び深く口づけてゆく。
 躰の奥の熱に火を灯すようなキスは、恋人たちの夜が始まったばかりであることを、告げていた。
 シーツの波におぼれる恋人たちを、窓から月だけが静かに見つめていた。













 朝、目覚めると、指さきが土方の手にふれた。
 白いカーテンごしに朝の柔らかな光が射し込んでいた。今日もいい天気だ。
 総司はそっと息をひそめ、僅かに身を起こした。土方は瞼を閉じ、眠っている。珍しいことだった。
 いつも総司といる時、先に彼は目覚めていたのだ。だが、今、ぐっすりと眠っている。
 まるで少年のような寝顔で。
 隠れ家だと云った彼の言葉を、思い出した。
 ここはきっと、彼にとって寛げる場所なのだろう。秘密の隠れ家のような、本当の自分でいられる居場所。
 そんな大切な場所に連れてきてもらえて、本当に幸せだと思った。
「……好き……」
 そっと小さく囁いた。
 彼を起こさないよう、微かな声で囁きかける。
「だい好き……土方さん」
 しなやかな指さきも、その笑顔も、声も、瞳も、何もかもが愛しかった。そして、その身に宿る魂そのものが愛しくてたまらなかった。
 初めて逢った時から、不思議なほど惹かれたのだ。まるで約束されていた出会いのように。
「もしかして、前世で逢っているの……?」
 そう呟いた瞬間だった。
 突然、土方が目を覚ました。長い睫毛が震え、薄く目を開く。
 ぼんやりと天井を見上げ、呟いた。
「……総司……?」
「はい」
 慌てて返事をした総司に、土方は視線をむけた。そこに総司の姿をみとめたとたん、安堵したように微笑む。
 その綺麗な笑顔に、何故だか、涙がこぼれそうになった。
 こんな優しい笑顔をむけてもらえる資格が、自分にあるのだろうかと思ってしまう。
 じっと見つめている総司に、土方は手をのばした。そっと頬にふれてくる。
「どうした、怖い夢でも見たのか?」
「ううん、そうじゃないの」
 総司は小さく笑ってみせた。
「逆に、とても幸せで。今が夢みたいに幸せで……覚めなければいいと、思っていたのです」
「夢じゃないよ」
 土方はくすっと笑った。
「これは夢ではなく、現実だ。俺はおまえを愛しているし、おまえの傍にいる。そして……おまえも傍にいてくれる」
「土方…さん……」
「たとえ、この先」
 土方の声が僅かに掠れた。
「何が俺たちを引き裂こうとしても……永遠に一緒だ。俺はもう二度と、おまえを離さない」
 男の言葉に、総司は小首をかしげた。
 まるで、一度手放した事があるような言葉だと思ったのだ。だが、気のせいだろうと、土方の胸もとに寄りそう。
「はい……土方さん」
 素直に頷いた。そっと頬を寄せれば、彼のぬくもりが伝わってくる。それが何よりも愛しかった。
 その華奢な躰を抱きよせながら、土方は目を伏せた。


 何が俺たちを引き裂こうとしても、二度と手放すつもりなどなかった。
 非難したければ、非難すればいい。
 こんな罪は許されぬのだと、恐れ慄くがいい。


(あの老婆は、俺たちの本当の姿を見抜いていた……)


 何者かはわからぬ。
 おそらく、古い民族の出なのだろう。
 老婆は、そこに佇んでいるのが邪悪な魔王であること、そして、その腕に抱かれているのが聖なる大天使であることを知ったのだ。
 だからこそ、恐れ慄いた。
 二人の姿に、この世の終わりを見たのか。
 あの老婆を見た時、土方は苛立ちを覚えた。総司との二人の時を邪魔するものを、許せなかった。
 古い呪いを意味する言葉を呟いたとたん、逃げ去った老婆。消し去ることは簡単だったが、傍に総司がいる以上、追う気にもなれなかった。
 だが、あれが真実なのだ。
 この世界が俺たち二人を見る目なのだ。
 決して許されぬ恋。
 禁忌の愛。


(それを、おまえは知らない……)


 土方は腕の中にいる総司を見つめた。


 いつか、俺が魔王だと知った時、おまえはどうするのだろう。あの老婆のような恐怖にみちた目で、見るのか。
 いや、優しいおまえのことだ。涙をためた目で俺を見つめるのだろう。
 そして、その清らかな手で、俺を滅ぼすのか。
 俺とすべてを共にしたいと望んだ、総司。
 ならば、すべてを共にしよう。
 生も死も愛も。
 あの前世で、おまえが望んだように。
 ――――地獄の果てまでも。





「……愛してる、総司」
 そう囁いた土方に、総司が驚いたように目を見開いた。
 だが、すぐに小さく笑うと、幸せそうに彼の背に手をまわした。
 そして、答えたのだった。
「ぼくも……愛しています、土方さん」






 ───どんな地獄も、歳三さまとなら共に参ります。



 この愛だけは。
 永遠に。





















ラストまでお読み下さり、ありがとうございました。


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