里にも山にも冬が訪れようとしていた。
 落ち葉が散り、やがて初雪も降るだろう。
 それを風に空に感じながら、総司は両手をさしのべた。その足元にまっ白な兎が纏わりついてくる。
 思わず微笑んだ。
「……ふふっ、可愛い」
 総司はまっ白な兎を抱きあげると、そっと頬擦りした。そのまま歩き出してゆく。
 さらりと風が、その長い艶やかな黒髪をかき乱した。
 野原の中、そこに佇む総司の姿は幻想的なまでに美しい。小鳥を肩にとまらせ、その胸もとに兎を抱えた総司は、精霊そのものだった。やはり、人とは全く違う雰囲気を纏っている。
 土方の元から逃げ出して、もう三ヶ月の時が過ぎていた。
 あの後、すぐに山へ入り、里近くの山では土方に見つけられてしまうだろうと、奥へ奥へ歩み入った。ここはもう人の気配など全く感じさせない、山の奥深い地だった。
 だが、もうすぐ冬がくるのだ。
 そのことに、総司はため息をついた。
「……戻らないと……」
 ずっと守り続けてきたのだ、あの里を。
 冬になれば、あの里の山へ戻らなければならなかった。でないと、あの里は近辺の村々と同じように大雪に見舞われてしまうだろう。
 それを思うと、心が重かった。
 近くに行けば、どうしても彼の事が気になってしまう。
 今、どうしているのか。少しは総司の事を気にかけてくれているのか。
 それとも───
「もし……あの人がもう結婚していたら……?」
 総司はきゅっと唇を噛みしめた。考えただけで、涙がこみあげてきたのだ。
 本当は叫びたかった。泣いて縋りつきたかった。
 結婚しないで。私を愛してと。
 だが、そんなことできるはずもなかった。自分は人でなく、しかも少年だ。その上、あの定めがあった。彼の傍にいるべきではない存在なのだ。
 三百年もの間、逢いたかった。
 ずっとずっと恋しくて、逢いたくてたまらなかった。
 己のすべてで愛してくれた人。最期には、その命まで与えてくれた。
 だが、本当に逢えるなんて思ってもいなかった。いつか転生するとは知っていたが、まさか、あの里の当主として再び生まれ変わるなど。
 しかも、全く同じ姿で同じ名、錯覚しないはずがなかった。
 愛しくて愛しくてたまらなかった。
 あの頃のように無邪気に甘え、彼の愛を求めてしまいたかった。
 幸せだった時はわからなかったのだ。 愛されるということが、どれほど幸せな事なのか。どれほど大切なことなのか……。
(……歳三さん……)
 総司は目を伏せると、この世の誰よりも愛しい男の名をそっと呼んだ。








 久しぶりに見た里は穏やかだった。
 例年通り豊作だったようで、皆の表情も輝いていた。綺麗に刈り取られた田畑がその証だった。
 それに安堵しつつ、総司は山から里を見下ろしていた。
 自然、視線が里の中心にある屋敷へと向かってしまう。だが、ここからは全く様子を伺うことはできなかった。
 いくら精霊でも、そこまでは見えないのだ。
 総司は山の樹木の枝からするする降りると、雑木林の奥へ分け入った。
 樹木に囲まれたそこは、小さな草むらになっている。
 一本の樹木の根元に、総司が集めてやった木の実が小山となっていた。
 鳥や兎、鹿などがそれを食べている。
「……おいしい?」
 総司は傍にしゃがみこむと、優しく鹿の首筋を撫でてやった。獣のなめらかな毛の感触が掌に心地よい。
 静かに腕をまわすと、思わず縋るように鹿の首に抱きついた。
「あの人……見えなかったんだ」
 小さな声で呟いた。
 言葉が通じないとわかっていても、口に出さずにはいられなかった。
 こうして、総司はいつも己の苦しみや悲しみを動物達に聞いてもらうことで、心を少しでも癒してきたのだ。
 くすっと笑った。
「でも……それで良かったのかな。おかしいよね? 逢っても仕方ないとわかってるのに……結婚して幸せになる事を願ってるのに、でも……それでも、本当は見たくないんだ。あの人が他の誰かと幸せになってる姿なんて、見たらきっと胸が張り裂けてしまう……」
 総司は鹿の首に頬を擦りつけながら、深くため息をついた。
「私は…なんて我儘なんだろうね……」
 その時だった。
 不意に、ぴくっと鹿の耳が震えた。
 え?と顔をあげると、あっという間に鹿は身をひるがえしてしまう。鳥は飛び立ち、兎も去ってしまった。
 総司は呆然とそれを見送った。
 いったい何が起こったのかわからなかった。その意味を理解したのは、背後でかさっという落ち葉を踏みしめる音を聞いた瞬間だった。
「……総司」
 かけられた低い声に、びくんっと顔をあげた。
 目を見開き、鋭く息を呑んだ。躯中が細かく震え出す。
 信じられなかった。
 だが、聞き間違えるはずがないのだ。
 この世の誰よりも、愛しくて愛しくてたまらない。
 ただ一人の──
「……っ」
 意を決し、総司はふり返った。
 そこには──やはり、彼が立っていた。
「……歳三…さん……っ」
 確かに、彼だった。
 あの三百年もの間、恋焦がれてきた愛しい男だった。
 濡れたような黒い瞳で、まっすぐ総司を見つめている。
 彼のしなやかな躯を包む黒いコートが、初冬の樹木の中で映え、まるで一枚の美しい絵のようだった。
 土方はその黒い瞳で総司を見つめながら、ゆっくりと手をさし出した。
 あの──助け出してくれた夜のように。
 静かな声で呼びかけた。
「おいで……総司」
「……っ……」
 総司は目を見開いたまま、喘いだ。
 行きたい。彼の腕の中に飛び込み、抱きしめられたい。
 だが、そんなこと許されるはずがなかった。他の誰が許しても、自分自身が許せないのだ。
「……だ…め……っ」
 今にも泣き出しそうな声で答えた総司に、土方は眉を顰めた。
 きっと形のよい唇を固く引き結び、手を下ろすと静かに踏み出した。そうして、また手をのばし、今度は総司の細い腕を掴もうとしてくる。
 それに総司は息を呑み──後ずさった。
 次の瞬間、勢いよく身をひるがえしていた。先ほどの鹿のように、樹木の中、走り出してゆく。
「……総司っ!」
 冬空に、男の鋭い声が響いた。
 が、それをふり返ることもできなかった。
 自分はこの人の傍にいてはいけないのだ。それに……いたくもない。
 他の誰かと幸せになろうとしている彼の傍に、どうしていられるの? どうして堪えられるの? 悲しみに胸が張り裂けてしまうと思った。
「はぁ…ぁ、はぁ……っ」
 いったい、どれだけ駆けたか。樹木の中、白い息があがった。
 それでも総司は逃げつづけた。逃げなければならなかった。
 だが、必死に走る総司の足元がふらついたとたん、その細い腰を力強い腕が素早くさらった。あっと思った時には、背中から抱きしめられてしまっている。
「手間かけさせやがって……っ」
 男の低い声が、荒い息の下から告げた。全身に愛しい男の存在を感じた。
 総司は思わずぎゅっと目を閉じた。
「いや……離して……っ」
「離すものか……!」
 無理やり躯を反転させられ、覗き込まれた。
 獰猛な獣じみた光を宿した黒い瞳が、総司をまっすぐ見つめた。
「おまえは俺のものだ! 絶対に逃がさねぇ」
「…やだ、離して……っ」
 激しく首をふり、男の広い胸に両腕を突っぱねた。
 何度もその肩や胸を叩いたが、土方は表情一つかえなかった。それどころか、少年の背と腰に腕をまわすと、きつく息もとまるほど抱きしめてくる。
 どんなに抗ってもびくともしない男の逞しい腕に、総司は恐怖した。怖くてたまらなくなる。怯えたように見上げた総司を、土方はより強く抱きしめた。
「……あ……っ」
 思わず小さく声をあげた総司の柔らかな髪に、土方は顔をうずめた。
 ようやく探しあてた。
 抱きしめることができた華奢な躯が、愛しくて愛しくてたまらなかった。
 だが、一方で、その愛しい恋人が、己の腕の中で今にも消えてしまいそうな儚さに、不安がつのる。
 もう──どこへも逃がしたくなかった。
 二度と離したくなかった。
「……どれだけ探し求めたと思うんだ……っ」
 激しい執着をあらわすように、白い首筋や胸もとに唇を押しあてた。そんな男の荒々しい愛撫に、総司が身を捩り小さく喘いだ。
 その可憐な仕草に、躯中がかっと熱くなるのを覚えた。
 土方は口早に告げた。
「おまえが俺の前から逃げ出して、気が狂いそうだった。もう二度と取り戻せねぇのか、このまますべてが終わってしまうのかと、焦燥感と怒りで、頭がおかしくなりそうだった。なのに、ようやく見つけたおまえを、この俺が手放せると思っているのか……!」
 そう一気に云いきった土方は、不意に息を呑んだ。
 腕の中の総司を見下ろし、ゆっくりと目を見開いた。
「……総司……おまえ……」
「……っ」
 顔をそむけたが、顎をつかまれ仰向かされた。
 それに、総司はきつく唇を噛みしめた。
「おまえ……泣いているのか」
 驚きにみちた声が訊ねた。
 その涙に濡れた頬にそっと指さきでふれ、痛ましげに眉を顰めた。
「俺のせいか。俺のせいで、おまえは泣いているのか」
「だっ…て……!」
 とうとう、総司は叫んだ。
 大粒の涙をぽろぽろこぼし、子供のように嗚咽をあげながら、叫んだ。
 ずっとずっと堪えてきた気持ちがあふれ出した。もうとめる事なんかできなかった。
「あなたは結婚するのでしょう!? あの…琴って娘さんと。だったら、私の居場所なんかもう何処にも……っ。こんな…人でもなく少年の姿形の私なんか放っておいてくれたらいいのに……っ」
 言葉が途切れた。
 いきなり、土方が噛みつくように口づけてきたのだ。深く唇を重ねられ、乱暴に貪られる。
 総司は目を見開き、逃れようと男の胸を両手で押し返したが、それさえも強く握り込まれてしまった。
 やがて、総司がその身を男の腕にあずけると、キスは甘く優しいものになった。そっと頬や首筋を撫でながら、何度も甘く口づけてくる。
「……ぁ……っ」
 長く甘いキスの後、総司は男の胸もとに顔をうずめた。力強い腕に抱かれたまま、小さく喘いでいる。
 その艶やかな髪に、土方はそっと口づけた。低い声が囁いた。
「……結婚なんかするものか」
「嘘……」
「本当だ。俺にはおまえがいる。ずっと待ち続けてきたおまえと再会できたのに、今更どうして他の女と結婚しなきゃならねぇんだ」
「そんなの……っ」
 総司はぱっと顔をあげた。怒りに頬が紅潮している。
「そんなの信じられる訳がないでしょう!? あんな綺麗な娘さんなのに。婚約者だって聞いたのに、なのに……っ」
「婚約は解消したよ」
「……え……」
「俺もだが、琴の方も他に好きな奴ができたらしくてさ。もともと、親同士が勝手に決めたものだったんだ。俺たちの気持ちなんか全く無視してな」
「……」
 呆然としている総司に、土方はくすっと笑った。
 耳もとに唇を寄せると、低い声で囁いた。
「……愛してる、総司」
「──」
「あの社の前で俺は誓っただろ? おまえしか愛さない、望まないと……」
「!」
 総司の目が大きく見開かれた。
 その桜色の唇が震え、愛しい男の名を紡ぎ出す。
「歳三…さん……?」
 それに土方は頷き、微笑んでみせた。
 総司の華奢な躯を、そっと優しく両腕に抱きすくめた。
「おまえに逢える日を、ずっと待っていたよ。おまえが三百年もの間、この俺を待ってくれたように」
「歳三さん? 本当に歳三さんなの……っ?」
 それでもまだ信じられない思いに、総司はくり返した。
 土方はくっくっと喉を鳴らして笑った。
「そうだよ、おまえの歳三だ。まだ幼かったおまえを許婚とし、ずっと育て愛してきた俺だ」
「歳三さん……でも、いつ? 生まれた時から全部知ってたの?」
「いや、違うな」
 土方は僅かに小首をかしげた。総司のなめらかな頬を掌で包み込んでやりながら、優しい声で答えた。
「当主になった時だ。あの刀を抜いた瞬間、すべてを思い出した。あまりに衝撃的な記憶の嵐に、一晩、俺は気を失っていたらしいが」
「そんな…前世の記憶を覚えているなんて……歳三さん、辛いでしょう?」
 思わずそう訊ねた総司に、土方はゆるく首をふった。
 身をかがめると、その瞼に頬に甘いキスを落とした。
「俺なんかより……おまえの方がずっと辛かったはずだ。三百年もの間、一人ぼっちにして本当に済まなかった……」
「あれは歳三さんが謝ることじゃありません。私の弱さが招いた結果だったし、その上、あなたの命まで奪ってしまった」
「総司……」
「でも、信じて。私はあなただけを愛してたんです。あなたの帰りだけを待って。なのに、あんな……っ」
「総司」
 静かな声で土方は遮った。
 はっとして彼を見上げた総司の髪を、土方は優しく撫でた。
「わかってる。俺は全部わかってるから……もう何も云わなくていいんだ」
「歳三さん……」
「愛してる。何があっても、俺はおまえを愛してる。だから……お願いだ、これからも俺の傍にいてくれないか」
 そう真摯な声で云った土方を、総司は潤んだ瞳で見つめた。
 愛しい人。
 三百年前も、今も。
 かわらず愛してる、この世の誰よりも大切な男。
 本当はわかってるのだ、傍にいるべきでないと。だが、それでも、もう嘘はつけなかった。
 この人を愛してるという気持ちには───
「……愛してます」
 ゆっくりと、細い両腕で男の首をかき抱いた。そのぬくもりが何よりも愛おしい。
 瞳を見つめあい、想いのたけを込めた声で静かに囁いた。
「私を…あなたの傍において下さい」
「総司」
「もう二度と離さないで……」
 そう告げた総司の躯が、次の瞬間、きつく抱きすくめられた。背中がしなるほど抱きしめられる。
 土方は総司の頬や首筋にキスを落としながら、何度もくり返した。
「愛してる……おまえだけを愛してる……!」
「……歳三さん……」
 ようやく取り戻せた愛しい男の腕の中、総司は静かに目を閉じた……。








 屋敷に戻った総司を、山崎や斉藤はあたたかく迎えてくれた。
 人でない事はもう知られていたが、この里の特性なのか何ら躊躇いもなく他の皆も受け入れた。それどころか、この里を守ってきた精霊として慕い、敬ってくれた。
 涙がこぼれそうなほど、嬉しかった。
「……本当によかったよ」
 ある日の午後、斉藤は書類の整理を手伝う総司の傍で、一緒に作業しながら云った。
 それに、え?と小首をかしげた総司に、笑いかける。
「おまえが土方さんのもとに帰って来てさ」
「斉藤さん……」
「おまえがいない間、あの人、すごく荒れてたから。おれはおまえが自らの意志で出ていったなら、追うべきじゃないと思った。だが、それでも、おまえを捜し求めて、毎日のように山を歩き回るあの人の姿は、本当に見ていられなかった……」
「毎日……?」
 総司は驚き、目を見開いた。
 そんなこと聞いていなかった。なら、あの日、総司のもとに現れたのは、たまたまではなかったのか。
 斉藤は頷いた。
「あぁ、毎日だ。仕事を終えると、毎日、誰が止めても山へ入っていった。そして、日が落ちる頃に、ぼろぼろになるくらい疲れきって帰ってくるんだ。炎天下の下を歩きまわりすぎて倒れた事もあった」
「そんな……」
「何も聞いてないのか?」
 そう訊ねられ、総司は慌てて頷いた。
 それに、斉藤は苦笑した。
「あの人は本当におまえを大切に思ってるからな。きっと、余計な心配をかけたくなかったんだろう」
「歳三さんは優しいから……」
「そうだな」
 もの思いにふけりながら、斉藤は頷いた。
「確かに、土方さんは優しい人だ。だが、これもよく覚えておいた方がいい。あの人の本質は燃えあがる焔だ」
「……」
「おまえを優しく愛する一方で、裏切りを決して許さない厳しさがある。もしまた逃げたりしたら、今度こそ屋敷の奥にでも監禁されてしまうぞ。あの人のおまえへの執着は、ちょっと常軌を逸しているからな」
 それに怯えたように総司が息を呑んだ時だった。
 突然、縁側の方から声がかけられた。
「……誰が常軌を逸してるって?」
 驚いてふり返ると、そこには土方が立っていた。
 外出先から帰ってきたばかりなのか、スーツを纏っている。ダークな色合いのスーツは、しなやかな男の躯つきを引き立て、思わず見惚れてしまうほどよく似合っていた。
 大人の男特有の艶がこぼれるようだ。
 僅かに乱れた黒髪をうるさそうに指さきでかきあげながら、土方は部屋へ入ってきた。総司の隣に腰を下ろし、もう一度訊ねる。
「いったい、何の話だ? 常軌を逸してるって……」
「あなたの事ですよ」
 平然と斉藤は返した。
 総司にちらりと視線をむけながら、言葉をつづけた。
「あなたの総司への執着は、常軌を逸してると。もしもまた逃げたりしたら、屋敷の奥へ監禁されるだろうと話していたんです」
 その言葉に、土方はくすっと笑った。
「……当然だ」
 片手で総司の項を掴むようにして引き寄せ、その白い頬に口づけながら、云い放った。
「また今度逃げたりしたら、監禁どころか鎖で繋いでやるよ。総司は俺のものだからな……」
「歳三さん……」
「確かに、俺の執着は常軌を逸してるのだろう。だが、それが何だ。俺は総司を愛しているし、総司も俺を愛してくれている。それでいいじゃねぇか」
「……」
 斉藤は僅かに目を細め、深く愛しあう恋人たちを見つめた。
 鳶色の瞳に、深い懸念と不安が揺れた。が、それを押し隠し、斉藤は静かに立ち上がった。
 部屋を出ざま、わざと明るい声でからかってみせた。
「はいはい、御馳走さまでした。いちゃつくなら、別のところでやって下さいよ」
 ひらりと手をふり、斉藤は部屋を出ていった。
 それを見送りながら、よりきつく抱きすくめようとする土方に、総司は唇を尖らせた。
「もう、斉藤さんに呆れられちゃったじゃないですか」
「別にかまやしねぇだろ? 俺とおまえの仲は、この屋敷の中じゃ公認だ」
「だからって…ぁ、ぁあん、ん……っ」
 襟もとを肌けた胸もとに熱い唇を這わされ、総司は甘く喘いだ。
 するりと衣擦れの音が鳴り、男の手が帯を解いてゆく。それを感じながら、総司は恥ずかしげに身を捩った。
「やっ…こんなところじゃ……」
「誰も来やしねぇよ。安心して、声を出せばいいさ」
「そういう意味じゃ……あ、ぁあ…ぁん、んぅ…っ」
 やがて、畳の上、艶やかな着物を纏わりつかせ、白い裸身が横たえられた。それを世にも稀な宝物のように大切に愛してやりながら、土方は優しい声で囁いた。
「可愛いよ……総司、愛してる……」
「ん、ん……私も、ぁ…んっ」
 躯の芯までとろかされ、総司は喘いだ。
 だが、まだ躯はひんやりと冷たい。雪の精である自分が本当に熱くなる事はありえないが、それでも、彼の熱を感じることは心地よかった。
 この世の何よりも幸せな瞬間なのだ。
「お願い……」
 総司は白い両腕をさしのべ、囁いた。
「あなたの熱をちょうだい……」
「総司……」
「あなたの熱で…私を甘くとかして……」
 その言葉に、土方の奥にある欲望が一気に燃え上がったようだった。
 スーツ姿のまま前をくつろげると、総司の躯を荒々しく組み伏せた。
 噛みつくようなキスをあたえ、なめらかな白い躯を開かせる。そのまま両膝を抱え込んで蕾に己の猛りをあてがうと、一息に貫いた。
「ぁあぁあーッ…!」
 掠れた声をあげ、総司はのけぞった。
 その華奢な躯が男の腕に抱きすくめられる。
 耳もとで、男の声が熱く囁いた。
「総司……愛してる……っ」
 それを感じながら、総司は目を閉じた。
 ゆっくりと躯が揺らされ始める。甘い疼きが全身に広がり、愛しい彼の熱を深く感じた。
 男の背にまわした手に力をこめ、ぎゅっとしがみつく。
(……歳三さん……)
 やがて、熱く甘い波が総司を翻弄し、快楽の彼方へとつれ去っていった。








 その翌日の早朝だった。
 白い粉雪が降る中、土方は総司をつれて石段をのぼっていた。
 里の守り神である雪の神の社への参道だ。三百年前と何ら変わることない石段を踏みしめ、ゆっくりとのぼった。
 昔、幼かった総司を抱いてのぼった時のように、周囲は静まり返っている。ひらひらと、雪が花びらのように男の肩に舞い落ちた。
 ようやく長い石段をのぼりつめ、社の前に出た。
 それを、二人は黙って見上げた。
 三百年前と変わりはない。だが、ここにいる自分たちは何て変わってしまったのか。
 変わらぬのは、互いを愛しあう気持ちだけだった。
「……それでいいじゃねぇか」
 不意に、土方が云った。
 雪が降りしきる中、総司をふり向くと、静かに微笑んでみせた。
「何が変わっても……俺はおまえさえいてくれればいい。もう、それしか望まない」
「……歳三さん」
「俺はおまえを愛し、おまえも俺を愛してくれる。これ以上、何を望むと云うんだ?」
 それに黙ったまま、総司はこくりと頷いた。
 その細い肩を抱き寄せながら、土方は囁いた。
「なぁ……総司」
「はい」
「俺と結婚してくれねぇか」
「……え」
 総司は驚き、目を瞬かせた。
 それに、土方は照れたように笑ってみせた。
「勿論、わかってはいるさ。籍を入れることは無理だが……それでも、式をあげることはできる。内外に、きちんとおまえを俺の伴侶だと公表してしまいたいんだ」
「だって……そんな……っ」
 総司はふるふると首をふった。
「私は今、少年なんですよ。それに、人でさえない。そんな私がどうして……!」
「三百年前、おまえは俺の妻になるはずだった。だが、それは出来なくて……長い年月を超えた末に、俺たちは再びめぐり逢った。今度こそ、俺はおまえと生涯をともにしたいんだ。おまえは俺のものだと、俺だけの愛しい存在だと、皆に告げてしまいたい」
 土方は黒い瞳で総司を覗き込むと、くすっと笑った。
「こんな俺はいやか? 強引すぎるか? 身勝手だと思うが、どうしようもなくおまえに執着しちまうんだ。おまえを俺の傍においておけるなら、どんな事でもしてみせる」
「歳三さん……」
 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
 彼の言葉が、自分にむけられるあふれるほどの愛が、嬉しく……そして、切なかった。
 切なくて悲しくて、尚更、涙があふれた。
 だが、それでも、総司は頷いた。
 涙をいっぱいにためた瞳で彼を見つめ、答えた。
「愛してます……あなたの伴侶になります」
「総司!」
 ぱっと土方の顔が輝いた。
 嬉しそうに笑うと、総司の細い躯をぎゅっと両腕に抱きしめた。高揚した気持ちのまま、頬や額、あちこちにキスの雨を降らせてくる。
「愛してる。ずっと大切にするよ。今度こそ、おまえを幸せにしてみせる……!」
「歳三さん……」
 男の腕の中、総司は目を伏せた。その綺麗な瞳に昏い翳りが落ちたが、土方は何も気づかなかった。
 総司の白い手をひいて社の前に歩み寄ると、二人並んで佇んだ。
「祈願しようか。これからの俺たちの幸せを」
「……はい」
 こくりと頷いた総司に微笑みかけると、土方は社へ向き直った。
 両手をあわせ、目を閉じた。
 静かに祈る男の端正な横顔を、総司はじっと見つめた。
 ……愛してる。
 この世の誰よりも。
 だが、それでも定めは変えられないのだ。
 もうすぐ、あと二年であの日から数えてちょうど三百年めがやってくる。その時、私は精霊としての命を終え、だが、輪廻に戻ることもできず、儚く消えてしまうのだ。
 まるで、この粉雪のように……。
「──」
 総司は天を仰ぎ、見つめた。
 あとからあとから、降ってくる雪の花びら。
 いつか訪れる日、私は雪のように消える。むろん、それを避ける方法も存在していた。
 たった一つだけ。
 それさえ成就すれば、私は人になれる。人として生き、あれほど渇望した輪廻の中に再び戻る事ができる。
 だが、その定めはあまりにも残酷だった……。
「……総司?」
 気がつくと、土方がこちらを訝しげに見つめていた。
 それを見つめ返した。
 この世の誰よりも愛しい人──
「総司? どうかしたのか?」
 そう訊ねられ、総司は首をふった。
 にこりと笑ってみせると、手をのばし男の腕に指をからめた。
「少し冷えてきたから……ね、早く家へ戻りましょう」
「あぁ……あ、ちょっと待て」
 自分がしていたマフラーを外すと、それを総司の首にふわっと掛けてくれた。
「!」
 思わず目を見開いた総司に、土方は柔らかく微笑んだ。
「ほら、これで少しはあたたかいだろ?」
「……えぇ」
 総司はマフラーに顔をうずめ、小さな声で答えた。
 もちろん、雪の精が冷たさなど感じるはずもない。だが、それでも彼の優しさがあたたかかった。あまりの幸せに涙があふれそうだった……。
 土方は総司をつれて歩き出した。ゆっくりと石段を降りてゆく。
 その隣、彼のぬくもりを感じながら思った。
 ただ一つだけ残された手段。
 三百年もの苦しみから解放され、再び輪廻に戻れる術。
 それは──
 総司は土方の横顔を見つめた。
(この人を……)
 静かに思った。
(……この人を殺せば、私は救われる──)
 あの呪われた刀で。
 彼を殺せば、その命によって私は救われるのだ。
 消えてしまう恐怖からも、三百年もの間味わってきた苦しみからも解放される。だが、そのためには、この手で彼を殺さなければならなかった。
 私を誰よりも愛してくれる、この人を───
「……」
 総司は黙ったまま、土方の腕に頬を押しつけた。甘えるように擦りつけ、ぎゅっと抱きつく。
 それを見下ろした土方が、小さく微笑んだ。優しい瞳だった。
「愛してるよ……」
 ひらひらと、白い粉雪が花びらのように降ってくる。
 天から、優しく静かに。
 そんな夢のような光景の中、土方は総司の躯を両腕に抱きしめた。唇を深く重ね、甘く静かに互いを求めあった。
「……歳三さん……愛してる」
 キスの後、そう囁いた。また抱きしめてくれる男の背に、総司は柔らかく手をまわして抱きついた。
 彼の体温を。
 熱い鼓動を全身で感じた。
 今──確かに彼が生きている証を感じながら、深く想った。
 ……いつか。
 この手であなたを殺しても。
 血塗れの手で、あなたを抱きしめることになっても。
 息絶えるその最期の瞬間まで、あなただけを愛してる。
 この世の誰よりも、永遠に。
「愛してる……」
 もう一度そう囁くと、総司は男の胸もとに顔をうずめた。そっと優しく抱きしめてくれる彼のぬくもりが心地よい。
 そして。
 愛しい男の腕の中、総司は微笑んだのだった。
 ひっそりと静かに。
 零れおちる、美しい花のように……。





      ひらひらと
      降り舞う花雪に包まれながら───……























 

[あとがき]
 「花雪綺譚」一応、完結です。えっと……これでもハッピーエンドのつもりなんですよ! と必死に抗弁。初めに最上さまからリクを頂いた時に思い浮かんだ光景は、冒頭のシーンでした。ドラマ「あなたの隣に誰かがいる」の中で、北村一輝さんが女の子を片腕に抱いて神社の階段をのぼってるシーン。あれがぱっと浮かんで、土沖変換となりました。最上さまのリクに色々くっつけてゆくと、もうどこから見ても別物になってしまった気が……。最上さま、平身低頭して謝らせて頂きます! しくしく。
 で、もともと最上さまからはシリーズ化のご希望を頂いてたのですが、いかがなものでしょう。読み切り連載って形で時々出そうかと思ってるのですが。打って変わって激甘で♪ もちろん、危ない感じを孕みつつ、奥様は雪女みたいなノリで。この土方さんは自覚あるとおり、狂気じみた執着を総司に抱いてますので、その辺りもいろいろ。
 艶やかな着物姿の総司を抱きしめる、ダークスーツ姿の土方さんというシュチュエーションが、すっごく萌えまくるんですけど(笑)。どこか倒錯的でお耽美でしょう? もし、シリーズ化賛成!という方がいらしたら、ぜひぜひメッセージしてやって下さいね♪
 最上さま、素敵なリクをありがとうございました。なのに、完全に形にすることができず、本当に申し訳ありませんでした。今回の事を教訓に、せっせと勉強に励ませて頂きます。
 皆様、最後までお読み頂き、ありがとうございました。



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