ひまわり助産院

先輩ママ達からの メッセージ



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No.20-01
令和2年1月1日

奏太朗くん、お誕生おめでとうございます


 不妊治療を始めて3年。ようやく第一子を授かることができ、お産をする場所を考え始めました。自分自身が助産師だということもあり、病院では色々な制限があり、1人の助産師に担当してもらうことや、フリースタイルなどの自然分娩が難しいことを知っていたため、理想のお産ができる助産所をさがしていたところ、ひまわり助産院と出会いました。
 別の助産院にも見学に行きましたが、奥先生のはっきりしきっぱり言ってもらえる人柄に安心感を感じ、夫にも賛成してもらえたため、ここで産むことに決めました。
 便秘や腰痛、逆子など色々なトラブルもありましたが、その度に解決策を教えてくれて、それが見事に効果があることに本当に驚きました。特にさらしの巻き方と麹水には本当に助けられました。
 37週以降に伝えられたメニューも、毎日こなしているうちに、自然と体が出産・産後に向けたものに仕上がって行くのを感じました。夫と毎日のように色んな所に歩いて出かけたのも本当にいい思い出になりました。この時間が2人で赤ちゃんを迎えるんだという気持ちを高めることが出来たと思います。
 出産にいたっては、予定日過ぎても全くお腹が張らず、年末年始ということもあり、そわそわして何とか年内に産めないものかと、陣痛にいいと言われる全てのことをやりましたが、全く効果がありませんでした。先生にも、「正月はゆっくりしといてもらおう。私、駅伝好きやねん。」と言われましたが、4日に浜中産婦人科に行かないといけないと聞いた時は、「それは嫌だー」と思っていました(笑)
 すると、31日の早朝から、初めて定期的な張りが。7時すぎから10分を切り始め、その日、もともと健診予定だったため、痛みのたびに休憩しつつ1時間かけて歩いてひまわり助産院へ。診察してもらい、1指開大、高位破水の診断。もう少し開いているかと思い拍子抜けしていたら、「こんな弱い張りでは産まれんわー。でも、また夕方くらいに来ることになるんちゃう。」と言われ、また歩いて自宅に帰りました。
 家に帰ると、どんどん痛みが強くなってきて、出血も羊水も出てきました。不安になって電話しましたが、「腰とかお尻にくるまではまだ!」と言われ、家で耐えました。もう声を上げずにはいられなくなり、自然と力が入る感じがあったため、自分で内診。その時は3-4cmしか開大しておらず、絶望しましたが、耐えられず電話。「晩ご飯食べたら来ていいよ。」と言われ、ようやく助産院に言ってもいいんだと、ホッとできました。後から思えば、ここまで自宅で粘れたのが良かったと思います。
 助産院に着いたら、立っていられずしゃがみ込む私に、奥先生がすぐに腰をさすってくれ、ようやく不安から解放されました。診察してもらい、「7cm強開大だね!」と言われ、ちゃんと進んでいることに安心。石黒助産師も加わり、さらに安心感が増し、着いて1時間で全開大に。もっとひどい状態になるものと思っていた私は、こんなにスムーズで安心感のあるものなのかと驚きました。
 すると、安心感に伴ってか、奏太朗の意思なのか、陣痛が徐々にあき6分間隔に。いきむけどちょっとずつしか降りてこず。病院でこの状態だと確実に促進剤の適応になると思った私は不安になり、何度も「進んでますか?これで大丈夫ですか?」と聞きましたが、その度に奥先生や石黒助産師に「大丈夫。ちょっとずつ進んでいるよ。」と言われ、安心することができました。奥先生に「お母ちゃんがいきむのが上手になったら、産まれられんねんで。」と声をかけられ、それまでなんとなく恐々といきんでいたのを、もうなりふり構わずいきまなきゃ、と気持ちを切替えることもできました。結局、19:48の全開大から発露したのは23:45頃(?)。この間すっと足や腰をさすってくださった石黒助産師には感謝しかありません。
 頭が挟まってどうしようもない痛みと、奏太朗のここに来てまでの凄まじい胎動で、力がガチガチに入った私の足を奥先生が背負って、ずっと頭の調整をしてくださったお陰で無事に会陰が裂けることなく、年越しの1日、0:05に出産になりました。
 先生達のお正月が全て私たちの出産にあてられてしまい、本当に申し訳なかったですが、私たちのかけげのない瞬間を支えていただき、ただただ感謝しかありません。お産の時の一言一言、さすってくれた手の温かさは、一生忘れられないものになるんだと痛感しました。
 産後の回復も早く、病院での出産との違いに本当に驚いています。こちらで産むことででき、本当に幸せです。産後の美味しい食事、厳しくもあたたかい指導のおかげでこれからの育児もあまり不安無く取り組めそうです。
 これからもよろしくお願い致します。


No.20-02
令和2年2月20日

椿月ちゃん、お誕生おめでとうございます



No.20-03
令和2年3月11日

鴇子ちゃん、お誕生おめでとうございます



No.20-0
令和2年3月31日

海大くん、お誕生おめでとうございます

 看護学校で助産院実習をしてから、助産院での出産を夢見てましたが、近くに助産院がなく、主人にも何かあった時に近くの病院の方が安心だと言われて、結局、上の子3人を総合病院で出産しました。第1子、第3子は、会陰裂傷。第2子は、会陰切開で傷ができ、産後しばらくは痛かったことを覚えています。前回も子ども立会いもできて、それなりに良かったと思い、3人目の出産で終わりだと思っていました。
 堺市に転居後、4人目を考えるようになり、年齢のことで、赤ちゃんのこと、今の生活のことなど、いろいろ葛藤もありましたが、そんな中、本当に4人目を授かり、これはもう助産院での出産しかないと、初めから思いました。主人も、自分がいいようにしたらいいよと言ってくれ、主人なりに近くの助産院や助産院でのお産を調べてくれてました。その中で、知り合いの助産師がいることもあり、ひまわり助産院を選びました。
 年齢的に、赤ちゃんの異常など心配はありましたが、エコーで丁寧に診ながら「きれいだから、大丈夫」と言ってくださり、安心できました。毎回、エコーの画像を「かわいい、かわいい」と言っている奥先生の姿が印象的です。
 上の子達と違って、予定日より1週間ちょっと早く陣痛が来たことに、私自身もびっくりしましたが、主人と子ども達全員で赤ちゃんの誕生を迎えることができました。何度経験してもやっぱり痛いものは痛く、力が入り叫んでいましたが、奥先生に言われて赤ちゃんの頭に触れた時は、ふぁ−と力が抜けた感じでした。
 自分で赤ちゃんを迎えにいき、胸に抱いた時は本当に幸せでした。子ども達も間近で赤ちゃんの誕生を見て、「赤ちゃんの色が変わってきた!」と言っていたのが印象的です。主人も、初めて臍の緒を切らせてもらい、その後はみんなで胎盤を見せてもらうなど、貴重な経験ができました。
 産後も、ヨガやおっぱいマッサージに、おっぱいがよく出るようにとお灸もしていただき、4人目にして初めてづくしでした。
 毎回の食事も本当にどれも美味しく、出産前は胃が圧迫されて苦しかったため、まともな食事も食べていなかった私にとって久しぶりにゆっくり季節を感じながらの食事で、最高でした。どれも優しい味付けで、自分が子ども達に作っている食事を見直すきっかけにしたいと思います。
 今回、世間では感染予防のために面会や立会い制限が厳しい病院ばかりのなか、家族全員で赤ちゃんを迎えられたことや、赤ちゃんとの時間を過ごすことができたのも、助産院を選んだことこそだと思います。
 幸せなお産、幸せな時間をありがとうございました。





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