7月の日記
7月21日
娘のクラスで副担任に入ってくださっていた講師の先生が教師という仕事を辞められることになった。
先日、その最後の授業の後、娘たちは秘密裏に計画をし準備をして、先生を呼び出してギターの生伴奏入りで
先生に感謝の言葉を述べたらしい。とても感激をされて、自らの学生時代の話をしてくださったそうで、その内容に娘は大そう感動していた。多感な年頃、将来への迷いや悩み、多くの事を抱える娘たちにとって、とても素敵な話をしてくださったようだ。
我が家の女性陣が通う美容室、先日娘がカットをしてもらっていた時に、美容師さんに進路の悩みを話したそう。
その担当の若い美容師さんが、「自分がやってみたいと思うことを、選んだ方がいい。もし、力(技術)がなくても、それは想いがあれば、絶対に努力でついていくもの」と、アドバイスをしてくれた。その言葉が、娘の気持ちを揺さぶったようで、あれほど悩んでいた進路を決めることができた。
昨日のレッスンで、小学2年生の生徒から突然、「先生って歳をとったときに、どんなことがしたいん?」と、尋ねられた。
結構、質問は良く受けるが、その意外な内容にちょっとびっくりしたが・・・
「今、自分がやりたいな・・・って思っていることをやっているから・・・このまま、続くといいかな?」
「ふ〜ん、やりたいことがあっていいなぁ」・・・とても、子どもとは思えないコメントが返ってきた。
「先生、私はなぁ、老人ホームで働いて、おばあさんになったら、お習字の先生になって子どもに教えるねん」
何とも可愛い話に、思わず胸が熱くなった。
子どもたちと話をしているときに、健気に頑張っていたりすると、思わず涙腺が緩んでくることがある。以前「先生、泣いてるん?」と、するどく突っ込まれたこともあったけれど・・・
最近、ささやかだけれど、「いいなぁ〜」と、感じたお話でした。
7月18日
ひとりで伏見へ用事で出かけた帰り、フト、思い立って以前から訪れたいと思っていた「河井寛次郎記念館」へ出かけてきた。
教えていただいた「驚いている自分に驚いている自分」・・・この言葉に惹かれて、いつか・・・と思っていた。
ところが、最寄駅で降りたら、すごい雨・・・10分の道のりを雨の中、雨宿りをしながら何とか辿り着く。
河井寛次郎は、陶工でありながら、60歳から木彫りを始め、文筆活動も盛んに行っていた。
記念館(住居)には、彼の、日々の生活に「素」を尊んだデザインやアイディアが、至る所に息づき、「ものづくりに生きた人」としての寛次郎の暮らしぶりがみえる。
通常の博物館とは違って、手に触れられるものがたくさんあって、彼がデザインをした机や家具類が、生前の暮らしと変わることなく展示をされている。
大きく開け放たれた窓の向こうに雨の風景・・・それが又、とても心を落ち着かせてくれた。室内や、陶芸家であった寛次郎の作品、素焼き窯、登り窯なども自由に見学ができる。
書斎の椅子に少し座って、文筆に没頭をした彼の姿を想ってみた。
−すべてのものは自分の表現ー(河井寛次郎)「いのちの窓」より
7月17日
今日は「山鉾巡行」。
京都は相変わらずの猛暑だが、今朝は少し風があってしのぎやすい。
でも・・・きっと、スゴイ人出だろうな。自慢じゃないが、未だ「巡行」を見たことがない私。
さて・・・暑い、暑いとばかり言っていると、余計暑いので、そろそろ活動開始。
来週末は東京へ、その翌週は金森先生、山田洋次さんの対談を聞きに片山津温泉へ、ついでに
能登半島辺りを回る予定。遊ぶことなら、何とか元気が出そう・・・かな。
7月11日
今日は、琵琶湖へ出かけてきた。
時々、無性に琵琶湖が見たくなる・・・と、以前にも書いたかな?・・・
今日も「ほっこり」させてもらった・・・
今日の琵琶湖です
7月10日
久しぶりの雨。雷鳴も聞こえる。少しは涼しくなるかな・・・
先日来、どうもパソコンの調子が悪くて、プリンターが使えなくなっていたのだけれど、今朝、わからないままに触っていたら・・・復活。どこが悪かったのかは、未だ不明・・・そろそろ買い替えの時期かも。
UPしないと・・・と、気になっていた、今月、井手町での「サマーコンサート」へ出演をする「Joer」のふたりの写真と、「いまにし たいち」さんの写真をほんの少しだけ・・・(いつもの如く、上手く撮れていませんが)
先日のライブでの写真です。
ところで・・・いつのまにか「Joer」という名前が、雄介君たちのグループ名に・・・ふたりがこの名前を気に入ってくれたようで、おばさんとしては若者たちに使ってもらえると嬉しい・・・ということで「分家」を許可。
7月8日
今朝は家族が早く出かけ、レッスンもお休みなのでゆっくりと家事をこなし、昼過ぎからはCDを聴きながら手紙などの整理をしていた。いつもなら、「お出かけ木曜日」で、本当はいくつかの用事をこなしに出かけなければいけないのだけれど・・・クーラーと格闘中の私は、今日も又、惨敗だった(でも、午前中は我慢したけれど・・・)
まだ、夏本番ではないのに、この暑さ、8月がこわいナ・・・。
今日、唯一の外出は「アイスクリーム」が食べたくなって自宅から歩いて2,3分のところにあるコンビニへ(とっても便利です)外へ出てみたら、すごい入道雲・・・思わず「うん、今日はソフトクリームにしよう」・・・??
ついでに、「白熊アイス」も買って大満足。クーラーのかかった部屋で美味しくいただいた。
あ〜、いけない、いけない。明日からは心を入れ替えなければ・・・
7月7日
今日は「七夕さま」。
レッスンに通ってきている子どもたちに「短冊にお願い事を書いた?」と尋ねても、みんな、知らないそぶり。
なんでかな?・・・と思っていたら、ひとりの子に「先生、お願い事を人に話したら、叶わへんのよ」と言われ
謎が解た。なるほどねぇ。
娘たちが幼いころは、どちらかといえば、私の方が張り切って「笹飾り」を作って飾っていたなぁ。
「久しぶりに、作ろうかな・・・」と、昨晩話したら、「やめといたら、誰ものらへんし」・・・やっぱり・・・
でも、短冊だけは作って、密かに吊るしておこう。どんなお願い事かは・・・もちろん、内緒。
7月5日
今日も、暑い1日だった。
「いけない・・・」と思いながら、クーラーを朝からかけたまま・・・
「環境に悪い」、「身体にもよくない」、「不経済な・・・」頭の中でこの言葉がぐるぐる回っていたのだが
意気地の無い私は、この暑さに耐えられなかった。かなり反省・・・
昨日は京都駅辺りへ出かけてきた。
祇園祭前の賑わいで、あちらこちらで「コンチキチン」と、お囃子の音が。(テープです。念のため)
この音を聞くと・・・なお更に「暑い」と感じるのは、私だけかしら?
今年は、猛暑との予報。いっそのこと、「軽井沢」へ避暑に出かけようか・・・と思ったが、頭の中で「それは無理」と言う
言葉がぐるぐる回っていた。ごもっとも・・・
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6月24日
我が家は「おつけもの」が大好物。
以前はぬか漬けを家でも漬けていたが、結構手間がかかるので長い間お休みをしていた。
・・・が、娘達のリクエストもあり、今日から又、漬け始めることに。
少し浅かったが夕飯のときに出したら、結構好評だった。
一旦始めると毎日手を入れないといけないので大変だけれど、これから娘達にも教えてあげようかなと、思っている。
実家の母は、らっきょうや、梅干し、冬には白菜のおつけものを樽につける。
娘達は、そんなおばあちゃんの味が大好きで、実家へ行っては色々と教えてもらっている。
年季が違うのだが・・・母が作る「おばんざい」には、私はまだまだ勝てそうにない。
6月22日
どうも、パソコンの調子がよくない。
「どうぞ、壊れません様に・・・」と、天の神様にお祈りを・・・
さて・・・先日、めでたく・・・はないが・・・誕生日を迎えてしまった。
気持と恰好だけは若く・・・と心がけているが、最近色々と身体に変化が・・・
やっぱり寄る年波には勝てないな・・と思いながら、身体にムチ打ちながらも色んな事に興味を持つことが出来る
自分が「ええ感じやん」と思えるようになってきた。
「天の神様・・どうぞパソコン同様、私の身体も壊れません様に・・・」
6月20日
先日、「きつねの先生」と、さわこちゃんから紹介があった「若夏(うりずん)に還らず」の話をしていたとき、先生が以前出かけた、沖縄にある小さな美術館の話をしてくれた。
「佐喜真美術館」・・・フェンスに囲まれた私設の美術館。すぐ隣は「米軍普天間基地」。
館長の佐喜真道夫さんは鍼灸師で、美術館がある土地は元々ご両親の土地だった。米軍の普天間基地となった土地を再び取り戻し、そこへ「生と死」。「苦悩と救済」、「人間と戦争」のテーマで、絵画を収集し、そのコレクションは数百点にものぼるという。
鍼灸師である佐喜真さんが、画家の丸木位里、俊夫妻を治療したことで知り合い、作品「沖縄戦の図」を展示する場所として今の場所を米軍に直談判し、そこへ別に所有をしていた土地を売り、建設費を捻出し開館へとこぎ着けたた・・・ということらしい。
「沖縄戦の図」は縦4メートル、横8.5メートルの作品。それは、すごい迫力・・・ということだ。
そして屋上からは眼下に飛行場、その彼方には海が見える。
庭には、戦没者の数を刻んだ石が置かれているという話も伺った。
6月17日
今日は「華くらぶ」の日でした。
6月15日
先日、我が家であわや、家族分裂(ちょっと、大げさ)・・・という事態になった。
・・・とある休日、私は「詩集」を広げ、ひとり気持ちよく朗読。
そこへ、ちょっと興味をもった連れあいが、聴かぬ振りをして私の朗読に耳を傾けていた・・いや、無理矢理聴かせていた?・・・
お気に入りの詩を一通り読んで、「詩」について雑談をしていた時、遂、何気なく、「宮沢賢治の『雨ニモマケズ』に出てくるような人物に・・・『私はなりたい』・・・」と、少々洒落を交えて話したら、「あれは、死が近い彼が書いた走り書きのようなものを、後に発表をしたものらしい。発表されたことを賢治は不本意に思っているかもしれないって、言われているそうや。」・・・と。「そうなんや。でも、こんな風に想える人って理想やわ。ここまで、人のためにつくせるって、すごいものね」「いやいや、この詩を賢治の代表作とされるのが、僕はいややなんやなぁ。そうじゃないよ。他の詩を読んでみたら、又感想が変わるって」そこへ、横にいた娘が・・・「どの詩から読んでも、かまわないんとちがう?人それぞれ捉え方がちがうんやし」「いや、それは違う、他の詩を読んでから・・・」「そんなん横暴やわ。それはお父さんの感じ方とちがうのん?。」・・・一応、家族のプライバシーを守る・・・ということで、これ以上は書きませんが・・・3人ともへとへとになるほど1時間近く語り合った・・・後日、娘が友だちにその事をはなしたら「あなたの家って、平和やね〜」・・・と、言われたそう。
6月13日
昨日は、午後から4時間ほど眠ってしまっていた。
家族がみんな出かけて、ソファーでちょっと横になっていたら・・・爆睡。
日頃、昼寝が出来ない「人」なので、よっぽど気が緩んでいたのかな。でも、起きたらすっきりしていた。
今日は、午後から恒例の「お茶」を飲みに・・・でも、あまりに清々しいお天気だったので「ドライブに行こう」ということになって、ふらふら・・・っと「笠置」まで・・・この地名に、とても愛着(?)があるので、時々訪れるのだけれど、今日は「温泉に入って帰ろう」と、更にふらふら・・・っと状態で・・・
笠置には、「わかさぎの湯」という天然温泉があって、「打たせ湯」「寝湯」「バブル風呂」「露天風呂」「サウナ」などが完備されている。サウナ以外(苦手なのです。息が詰まりそうになるので)を制覇し、ここでも「フラフラ」・・・。でも、とっても気持ちがよかった。疲れがとれた感じ。
では、ドライブの模様を少し(携帯のカメラで撮ったので、ピンぼけですが)
6月10日
男性の白骨化した遺体が見つかったというニュースを聞いた。
町中の、密集したアパートの一室で、20年間も発見されなかったという。
一体どういうことなのかな・・・と、考え込んでしまった。友人は?親族は?会社の同僚達は?近所の人たちは?・・・誰も気付いてあげられなかったのだろうか。
隣人の気配を感じることなく、関わることもなく、生活をすることが出来てしまうのか、そんなことが、あり得るのか・・・何とも、やりきれなく、淋しくなってきてしまった。。
誰にも助けを求めることも出来ずに死を迎え、20年間発見されなかったこの人の人生は、一体、どんなもの
だったのだろう。
6月1日
ご近所のおじいさんは、戦後すぐにソビエトに抑留され、シベリアの収容所で2年間を過ごされたという。
以前、頂いた「岡田京子うたの旅日記」を読んでいたとき、初代わらび座の座長だった横山茂さんも、同じ時期に
森林伐採などの重労働に従事されたと記してあったので、昨日、生協の仕分けをしながら、おじいさんにお話しを伺った。
やはり、森林伐採や、農作業などに駆り出されていたようで、かなりの重労働だったそうだ。冬には−45度までになるという寒さと闘いながら、懸命に頑張られたとか・・・−43度までは外での作業。凍土に腰を落とし、大きな岩を運ぶ作業をされていたらしい。そんな苦しさの中で口ずさむ「童謡」や「唱歌」・・・歌は心の支えとなっていたようだ。その歌声を聞いていた将校が、「もっと歌え」と、催促をしてくるらしい。そこで、おじいさん達は色々と知恵を出し合って、外での作業中、軍人達が好みそうな歌を口ずさんでみた。作戦は成功。「荒城の月」や「さくら」を歌い、ささやかな時間だったのだろうが、休憩時間が延長され、身体を休めることができた・・・という。時には、好みの曲がはずれたりして、失敗に終わったこともあったとか・・・
今年、84歳になられるおじいさんは、陶芸や、俳句の趣味を持ち、茶道の師範。とても、お元気で、お若い。“ひまわり”のメンバーも良く知っているのだけれど、みんなが目指す「パワフルなお年寄り」だ。
横山さんの事をご存じかと思ってお聞きしたが、はっきりとは判らなかったので、今度、本を見ていただいて、もう一度尋ねてみようかナ・・・と思っている。
過酷な状況をくぐり抜けた、その事を「さらり」とお話しされる様子に、真の「強さ」を感じる。
5月30日
今日は、京田辺市の国際交流協会主催の、「津軽三味線」のコンサートへ出かけてきた。
新潟出身の大野敬正(けいしょう)さんの演奏は、竹山節本流(竹山の孫弟子)ということだったが、中学時代にレコードかラジオかで高橋竹山さんの演奏を聴いたことがあったのだけれど、その時に憧れて津軽三味線を習いたいと親に訴えたことを思い出した。当時、お稽古をみてくれる教室がなく、親の理解もなくて、泣く泣く諦めたが・・・今なら、そして、ずっと続けていたなら、ひょっとしたら彼のように・・・にはならないにしても、多少、弾けるようになっていたかなぁ・・・等と、調子のいい事を考えていた。
3年前に東京を飛び越して、大阪へ出てきた彼は、「お笑い」が好きと言う理由で関西を拠点にすることを選んだとか・・・真実かどうかは判らないが、その話術もなかなかのもの。
前半は、羽織袴で正統派の津軽三味線を、後半は今時の若者らしく、洋服で「津軽じょんがら新節」等を、太鼓とのセッションで演奏。最後の即興曲「岩木」は、有名な曲だが、本当に素晴らしいものだった。
ちょっと、ファンになってしまって、HPもあるということなので、調べて、これからライブなどにも出かけてみようかな・・・と。CDも、出しているらしく、毎日放送の報道番組も今、彼を追いかけているらしい。
津軽三味線を純粋に愛し、既成のものではなく、独創的な演奏を要求されるというその世界で、伝統を重んじながらも、新しいものに懸命に挑戦をしている若者の姿が、おばさん達の目には清々しく、眩しく映った。
若いっていいなぁ・・・でも・・・うちらも負けてられへんしぃ。
5月28日
最近、“ひまわり”の練習に「詩」の朗読が加わった。
「喜怒哀楽」を表す言葉は、普段の生活の中では、感情のままに自然と発せられているのだけれど、
「詩」を読むなかで、表現をするということは、とても大変。
自然に・・・ということ、「言葉」が持つ意味合いを考えて「読む」ということ・・・どちらも本当に難しい。
難しいのだけれど・・・でも、とても面白い。
「声に出して詩を読む」ことなんて・・・小学生以来かなぁ。
今、メンバーみんなで読んでいるのは、工藤直子の「のはらうた」・・・
これが、とても可愛くて、切なくさえなってくる・・・
岩波ジュニア新書・「詩のこころを読む」茨木のり子著は、読みやすくて結構面白い。
彼女が好きな「詩」を、テーマに分けて載せてある。「生まれて」「恋唄」「生きるじたばた」「峠」「別れ」
・・・一生やなぁ・・・
5月23日
昨日は、京都府船井郡日吉町で開かれた「かやぶき音楽堂」での、ザイラー夫妻のピアノデュオコンサートへ出かけてきた。
「胡麻」駅から、音楽堂までの道すがら、田植えの光景に出会ったり、とても美しい景色を見ながらすでに幸せな気分に。目印のような、大きな茅葺きの屋根が見えてきて、その横に鯉のぼり。水田、山、かやぶき屋根・・・何だか歌になりそう。
音楽堂の中へ入ると、正面にコンサート用のグランドピアノが2台置かれていて、その後ろの大窓から見える竹藪、山の景色が一枚の絵のよう。コンサートの最中、時折はらはらと落ちてくる笹の葉がとても素敵で、コンサートの雰囲気を盛り上げてくれていた。
中は、3階まで桟敷席があって、壁にもたれたり、足を投げ出して聴いている人がいたり・・・と、とても自由。奏者が「スリッパ」をはいて演奏されているのには、少々驚いてしまったが、コンサートホールで行われるような、張りつめた雰囲気のなかでの演奏会も好きだけれど、とてもリラックスをして聴ける、こういったコンサートも素敵。
途中休憩で出された、ワインや手作りのケーキ、帰りにいただいた自家製米のおにぎりも、とても美味しかった。
窓から射してくる陽ざしを感じながら、うつうつ・・・とした気持で、心地よいひとときを過ごせた。
今回“ひまわり”のメンバー数人と出かけたが、予想通りの騒がしさ。
帰りの賑やかさを少しだけどうぞ・・・
(「かやぶき音楽堂」の写真も撮りましたが、ここへ掲載をすることは、差し控えさせていただきます。)
5月18日
我が家の玄関先に、数年前からツバメが巣を作っている。
ドアの真上ならば「撤去」・・・だったかもしれなかったが「微妙な位置」で、なんとかセーフ。
1年目は・・・巣から卵を落としてしまって3羽程しか返らなかったヒナたちだったが、親ツバメが運んでくるエサを美味しそうに、大きな口を開けて啄んでいた。その姿は・・・「オバQ」そっくり。
よく見ているとヒナ達の性格はそれぞれ違っていて、とても要領よく前へ出ていつもエサをもらえる「ちゃっかり屋」の子や、口を開けてアピールするタイミングが、いつもずれてもらい損ねる「どんくさい」子、等々・・・
毎年毎年、巣の補強をしてツバメたちは子育てをするのだけれど、ここ2年ほどは「縄張り争い」で宿敵「すずめ」と戦って負けてしまっていた。・・・が、今年は見事に奪還し、今懸命に卵を温めているよう。
予定では、後少しで又「オバQ」ちゃん達が見られるはず・・・
まぁ、色々大変だろうけれど、お互い頑張ろうねぇ、ツバメの父さん、母さん。
5月15日
夕方から納戸掃除を始めたら、子どもたちの幼稚園や小学校時代のものが次々と出てきた。
「見てはいけない・・・」と思いながら、誘惑に勝てず座り込んでしまった。
子どもが書いた「おもしろ落書き」や、名札まで、よくもこんなものまで取っていたなぁ・・と、呆れてしまった。
先生との連絡ノートのやりとりをみていると、「一生懸命やったんやなぁ」と当時の自分を思いだして、ちょっと感傷的に・・・色々あったものねぇ。
無我夢中だった子育て・・・でも、成長を重ねてきた今のほうが、色々と大変なことが降りかかってきているような気がする。あの頃の子育ての答えが、今・・・そしてこれから出されていくような、そんな気がするなぁ。
そう思うと、ちょっと恐いかも。
「いやぁ〜、1年で10センチも背が伸びてるのに、体重は2キロしかふえてないわぁ」・・・娘達は、無邪気なもんだ。
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4月25日
ほぼ毎日、書いていた日記・・・飽きたのでも、面倒になったのでもなく、自分の事を一度しっかり振り返ってみようかな・・・と思っています。難しいことでも、大それたことでもなく、ただ、自分の為に。
そうして、又、気まぐれにかき出そうかな・・と。
4月18日
先週末の“ひまわり”の練習で、みんなで輪になって、詩を朗読した。
ひとりずつ、好きな詩を選んで読む。小学校以来、声に出して詩を読む機会などなかったが、結構これが楽しい。メンバーも「むずかしい〜」・・・とか、なんとか言いながらも、いつものように「やるときはやる」の精神でとっても前向き。
朗読の前に、ハンドベルの練習もしたが、こちらも本当に一生懸命取り組んでくれている。
真剣な顔はまるで、かわいい「少女」のよう。(だったよ)
「“ひまわり”作ろう!」と、言い出した私は、時々、みんなに押しつけていないかなぁ・・・と、思うこともあるのだけれど(「そういうときもあるわ」って、返ってきそうやなぁ・・・)大きな笑い声の中にいると「みんなで始めて良かった」と、嬉しくなってくる。メンバーは、いつも前向きで、優しい。私は、とても大きな懐の中で暖めてもらっている・・・そんな気がする。
4月16日
人を好きになれば、その相手が「あばたもえくぼ」で、とても素敵に見えてしまう。
今日、本を読んでいたらそんな言葉が目に飛びこんできた。別に恋愛の本ではないのだけれど
その一節を読んで、先日聞いた話を思い出してしまった。
メンバーの息子さんが高校時代、宗教学の先生が授業でこんな話をされたそう。
「結婚当初は、『あばたもえくぼ』・・で、お互いに良いところばかりが見えてしまう。それが、何年かすると『あばたは、あばた、えくぼは、えくぼ』に。・・・で、更に時間の経過と共に「あばたは、あばた、えくぼも、あばた」になり、更に更に、年数を経ていくと『あばたでも、えくぼでも、もう、どうでも良くなってしまう』ということになる」・・・思わず、「良くできた話だ・・」と納得してしまった私。
この話にはまだ続きがあって、その息子さん、お母さんに向かって言ったそう「・・・で、お母さん達は、今どの辺り?」
4月15日
今日は「華くらぶ」の日。かわいい生花を使って、陶器の器にアレンジをし、終わってからはいつものように楽しいおしゃべり。こばちゃんは今日も絶好調だった。
鍼灸師の匡子ちゃん、太極拳をやっているセンセーからは「老化防止の体操」を習い、みんなで実践し、歳を重ねていくこれからは、積極的に身体を動かさないといけない・・・という事を実感。「自給自足の生活、憧れるよね」・・・という話になると、「趣味の範囲なら良いけれど、毎日食べていくもの・・・となると大変よ」と、野菜作り経験者の節ちゃんの言葉に登美ちゃんがうなずく。
いつもの井戸端会議・・・それぞれが話題を提供しての、為になる話も結構多い。
私たちの年齢では、身体のことで不安になったりすることもあるのだけれど、お互いに情報を交換出来たりするこういった時間は、歳を重ねていく事に、とても大切になってくるような気がする。
4月13日
若いうちは頭のなかに浮かんだことを「まず、やってみる」事だと思う。
その特権で「しがらみ」や「怖さ」など、考えずに突き進めばいい。失敗をしたら、いくらでもやり直すことだって出来る。腰を据えるのは歳をとってから・・・と、おばさん達は思うのだけれど、どうも、今の若い子達(もちろんすべての人がそうではないけれど)はその「一歩」が出ないよう。
「若い頃に戻れるのなら、やってみたいこと、いっぱいあるよねぇ〜」・・・これは、今日のウォーキングでの、センセーとの会話。
若者よ・・・「おばさんパワー」を、分けてあげようか?
4月12日
上の娘は今、就職活動真っ只中。
大学へ入って4年目、今、一番頭を使っているようだ。
ペーパーテストに始まり、5次位まであるという試験に悪戦苦闘。
面接も色々なパターンを想定し、設問集を作成して妹を面接官に見立て「面接練習」をしている。先輩達から対策を聞いたり、エントリーシートの書き方に頭を抱えたり、新聞の経済面を読みふけっていたり・・本当に久しぶりに「真剣に取り組む姿」を見た。
今年は幾分、採用が増えたとはいえ、まだまだ就職難のよう。
懸命に頑張っても企業との「縁」というものもあるだろう。
「残念ながら、我が家には『コネ』がないので、自力で頑張って」と励ますしかない。
「いつまでも、子どもやなぁ」と思っていた娘、でも最近、ほんの少し「しっかり」「たくましく」なって来たように見えるのは・・・私の錯覚かしら?
4月11日
今日は昨日と同様、汗ばむようなお天気。
先週の「つづき・・・」で、食事に出かけてきた。
古都の静かな町並みや山々が見渡せるホテルのレストラン・・・このお店は、京野菜を使った、お箸で食べる洋風懐石がとても美味しい。ゆっくりと食事を楽しんだ後は、蹴上・インクライン〜哲学の道までの散策。
東京に首都が移ってから人工も産業も急激に衰えた京都。その復興のために計画をされたのが琵琶湖疎水事業だった。琵琶湖から水路を配置して水力発電を行い、それにより工場を建て、船による運搬で物資の流通を活発にするのがねらいだった・・・らしい。日本人の手によって行われた初めての大土木事業で、明治24年には蹴上(けあげ)に日本初の水力発電所が登場した。疎水の利用用途は時代と共に大きく変化をし、当初の目的の1つであった水路による運搬は明治30年代から行われなくなり現在では、水道用水をはじめ、発電、灌漑、防火、工業など多目的、効率的に利用されている・・・ということらしい・・・以上、「疎水の歴史」でした。
4月10日
今日は、初夏を思わせる様な晴天・・・半袖や、ノースリーブ姿で元気一杯走りまわる子どもたちとすれ違ったり・・・本当に、暑い一日だった。
明日は、末っ娘の18歳の誕生日。バースデーケーキを選んで、メッセージを書き込んでもらいに一緒にお店へ出かけた。もう、ケーキなんて嬉しくはないかな・・・と思っていたら、お店の人から可愛いバラの花をもらって、ニコニコ顔でケーキの箱を抱えている娘・・・「やっぱり、まだまだ、子どもなんだ」と、母は少し嬉しい気持になった。
「何が食べたい?」と聞くと、「お寿司がいいな」というので、今日は手巻き寿司に決定。
煮物や、和え物、お寿司が大好物の娘。彼女がお腹にいたときも、やっぱり同じものが食べたくなった私。「あなたはお腹の中にいるときから、お母さんに『これを食べたい、あれを食べたい』っていってたんやよ」というと
「そうなんや」と、ニヤニヤ。
さて・・今晩は18本のローソクをつけて、「ハッピーバースディー」を弾き語りで歌ってあげようかナ・・・と、密かに企んでいる母・・・嫌がらないでね。
18歳・・・色々あるだろうけれど、自分のペースで、ゆっくり、ゆっくり歩いて行って欲しい。無理はしないで・・・ね。
4月9日
掲示板に書き込んでくれたり、この日記にも、そのお名前が登場する「さわこさん」。
彼女は、石川県の保育士さん達が作っていらっしゃる、歌とコカリナグループ「旬」のメンバー。彼女と私は、互いに笠木さんのファンで、雑花塾のメンバー、たぐちさんのHPで知り合った。同い年ということもあって、意気投合。「メル友」だけでは満足出来ず(?)石川、京都を往き来する仲に・・・。
さわこさんから教えてもらったこと、出会わせて頂いた方々は、今の私の活力源になっている。
「旬」の歌は、「子ども」、「家族」がテーマになっていることが多い。
微笑ましく、暖かく、時には「ほろり・・・」としたり・・・
私が好きな「吹立菜の春」という曲・・・途中の語りが、味があって最高。
語りの名人、ともこさんの「かわいい、ばぁちゃん」がとってもいい感じ。
歳を重ねて、更にパワーアップしていく「猪突猛進」の私たち・・・今年は、あちらこちらへ飛んでいこうと
ただいま、密談中。 ちょっと、こわい・・・かも。
4月6日
K君は9年間、レッスンに通って来てくれた。勉強やクラブと、ピアノのレッスンとの両立が難しくなり、今日で辞めることになった。
最初、30分のレッスンが5歳の彼には苦痛で、ピアノの前へ座る・・・ということも大変だった。小学校へ上がり、少し落ち着いてレッスンが受けられるようになり、中学生になった今は、私の背丈を追い越し、少し「はにかみながら」話す少年へと変わった。
レッスンは、1対1。疲れが「ピーク」となる夕方、生徒達はやってくる。
友達と喧嘩をして、泣きながらやってくる子。悔しくて、しかめっ面をして怒りながらやってくる子。
その日の出来事・・・「嬉しい」、「悔しい」、「悲しい」想いを、それぞれが抱えて・・・
1週間に一度、何年も通ってくるうちに、心を許して「胸の内」を訴えて来る子もいるので、
なだめて、話を聞いて、それからレッスン・・・ということも結構ある。
K君とも、そんな話を、色々としてきたなぁ。
今日は、最後に初めてのレッスンの話をしたら「そんなことあったっけ?」と、少し恥ずかしそうに笑っていた。
彼を見送ろうと外へ出たら、お母様が挨拶に来てくださっていた。「長い間、ありがとうございました」といって涙ぐまれた姿を見て、私も思わず胸が詰まってしまった。
別れがあり、出会いがある・・・
彼と入れ替わるように、今日、新しい生徒がレッスンに通って来た。
4月5日
今晩は、本当に綺麗な満月・・・ウォーキングの途中「うさぎのお餅つき」もはっきりと確認できた程。
見とれて、上を向いて歩いていると、その月を横切る様に白く細長い線が動いている・・・一瞬「流れ星・・・?」
と思って見直したら、その白い線は上へ向かって登っていった・・・そう、月に照らされた飛行機雲。
昼間には何度も見かけるが、夜、飛行機雲(なのだろうなぁ?)を見たのは初めてだった。
月の光に照らされた、夜の飛行機雲・・・とってもきれいだったなぁ・・・
ふと、笠木さんの「流星雨」という詩を思いだした。作曲は安川誠さん
「どこかに美しい島はないか」に収録されている曲なのだけれど、どの曲もとても優しい感じがして、私的には、とても好きなアルバム。
・・・・夜空をきって 流れる流星雨 ☆ 流れる星に願い事を
縦横無尽 光の軌跡 ☆ 三回言えば かなうという
消えたかと思う その一瞬に ☆ そんなに簡単に 言えるほど
鮮やかに燃えて 無限の空間 ☆ ぼくの願いは小さくはない
☆
人間は どこから来たのだろう ☆ 人間は どこから来たのだろう
人間は どこへ行くのだろう ☆ 人間は どこへ行くのだろう・・・
あの、飛行機雲・・・やっぱり、流れ星だったら良かったのにナ・・・
4月4日
今朝は、朝寝坊をさせてもらった。
昼頃から、桜でも見にいこうか・・といっていたが、あいにくの雨模様で、おまけにとても寒い。
予定変更で「カラオケ」へ何年振りかで、出かけた。
ちょっと、若いこの歌でも歌おうかな・・・と思ったが、「流行の歌」が全くわからない。
「曲名は知っている、サビの部分も何とかわかる!」・・・と、無謀にも挑戦はしてみたものの、途中でリタイア・・・。かといって、笠木さんの曲もリストにはないし・・・本当に困ってしまった。もうすこし今時の曲も聞いて、練習しておかないといけないかなぁ・・・
結局、落ち着いた先は杏里や、イルカ、かぐや姫・・・だった。
2時間熱唱・・・今、ちょっと「エヘン虫」が暴れている。
4月3日
今日は、朝から美容院へ出かけた。お店は、電車を乗り換え、40分程かかる場所にある。
担当の美容師さんが言うには、私の髪は癖毛で、おまけに生え方も変わっているらしい。
どこの美容院へ行っても、1ヶ月も経たないうちに癖が出てきて収まりがつかなくなる・・・ずっとそうだった。
お陰でどれだけのお店を巡ったことか・・・
今の美容室を紹介してもらってから4年、ずっと「浮気」をしていない。
私の癖を良く把握してもらっていて、長さだけ告げて後は「おまかせ」で・・・
美容師さんの仕事は、本当にハードで食事も満足に取れないらしい。
今日も、娘と同い年の子と話をしたが、2日以上のお休みはもらえないので遠くへの旅行は出来ないとのこと。「今度、一泊で伊勢へ行くんですよ。温泉へ入って、のんびりしたいです」何とも健気なその言葉に、まだ若いのに、厳しい世界で頑張っているんだなぁ・・・と、母の気持ちになってしまった。
お客さん相手の仕事・・・時には嫌な想いもするだろうし、オーナーからの厳しい指摘もあるだろけれども、彼女・彼たちは、笑顔で頑張っている。歳は若いが、その心遣いに、いつも「プロだなぁ」と、感心する。
カットを任されたばかりの若い美容師さんを見ると、「良く頑張ったね」と・・・・こちらまで嬉しくなってしまう。
4月2日
常々「しんどいことは深く考えないように、前を向いて、流れのままに委ねていこう・・・嫌なことは明日には持ち越さないように」そう心がけるようにしている。
でも・・・時にはその「想い」が崩れそうになる出来事が起こったりして、後ろを向きそうになったりもする。
「私はいつも前を向いていたい・・・真っ直ぐ正直に生きていきたい」・・・メンバーが作った詩の一節が心に染みる。
元気付けてくれる人たちに、感謝・・・
4月1日
今日は、“ひまわり”のメンバーと「錦市場散策」へ出かけた。いつもは四条界隈へ出かけた帰りに、慌ただしく夕飯の「おばんざい」を買い求めるだけだが、今日はじっくり時間をかけて歩いた。
最寄り駅まで、匡子ちゃんが車を出してくれたが(帰りの大荷物を想定して)すでに、こば師匠は絶好調。いきなり車内は「笑いの渦」に・・・。恐るべし、こばパワー。
錦では、お豆腐やさんが作る「豆乳ドーナツ」や「豆腐のチーズケーキ」を買い求めて、その場でお味見を・・・。とても美味しかったが、まだ着いたばかりなのに、この食欲・・・ここでも、恐るべし・・・だった。
帰り道、予想通り「おみやげ」は両手一杯に。匡子ちゃん、ありがとう。みんな、お疲れさま。
<過去の日記> 2004年 日記3月
3月31日
我が家では、酢は「玄米酢」砂糖は「きび砂糖」。これで、すし飯を作ると見事な「薄茶色」に・・・。
家族も、最初は抵抗があったようだが、今では慣れてしまったみたい。
油は決まったものしか使わないし、醤油は「減塩醤油」、味噌は毎年手作りする。大豆を一晩浸けて、煮て、ミンサーで潰して、塩、麹と混ぜて、そしてボール状に丸めて、容器に詰め込んでいく・・・結構手間がかかるのだが、我が家の味になってしまったので、なかなか辞められない。麹と大豆を混ぜたときの、さらっとした感触がとてもいい気持ち。
私の、ちょっとした「拘り」・・・かな。
3月30日
ピアノを習いに来ている子どもたちが、部屋に飾ってある「華くらぶ」の作品を見ては「やってみた〜い」と興味を示すので、昨年の夏休み、センセーにお願いをして「華くらぶ」子ども教室を開いた。春休みも・・・ということで、今日は何とも頼りないことだったが、私がセンセーに代わって5人の子どもたちと、リース作りに挑戦。今回は、結構根気のいる作品なので、どうかな・・・と思っていたら、案の定、10分経った時点で「はぁ〜」と言うため息が・・・「頑張れ〜」と励ましながら、何とか50分程で完成。小学生の集中力って、こんなものなのかなぁ〜。
制作中のおしゃべり、高学年ともなれば、「好きな子」の話に・・・。私が何気なく「先生、3年生の時にボーイフレンドがいたよ。毎日、2人で遊んでいたけど」と言ったとたん、目がキラキラ輝いて、質問責めに・・・
「先生・・・で、いつ別れたん?」・・・質問も手強い。
3月29日
今朝、新聞の投稿欄に興味深い記事が・・・
〜今は「地震、雷、火事、おかん」ともいうそうで「ゴミ捨て」は主の仕事、お酒、タバコ、あげくの果てにはお金遣いの荒さまで責められる。悲しいかな「おかん」に頭が上がらない。平穏に過ごすには逆らわないことが一番で、運命と諦めるしかない。居場所は片隅でも、おうように構えてにこにこと・・・でも「主人」という名のプライドだけは持って〜というような、内容だった。
我が家の「ゴミ捨て」は連れ合いの仕事・・・
「面白い記事があるよ・・・」と、さり気なく私に読むことを勧めたのは・・・みなさん、もう、お解りですね
でも・・・私は決して「おかん」ではない・・・と、思う・・・のだけれど・・・
3月28日
やり始めると止まらないこの性格、常々何とかしなければ・・・と思っているがどうにもならない。
ピアノも、宿題を抱えながら、弾かないときは全くなのだが、やりはじめると知らない間に、数時間・・・ということも。
「万年寝不足」なので、少し横になろう・・・と、わずかな空き時間に思うのだが、そういうときに限って「これってどうだったっけなぁ」等とひらめくと、もう、どうしようもなくなってしまう。本当に難儀な性格。
今日も少し時間が出来たので、昨日録音したものを「ほんのちょっと聞いてみよう」・・・と、軽い気持ちでスイッチON・・・それが間違いの元だった・・・気がつけば、3時間。ちょっとでも、身体を休めれば良かった・・・とまたまた反省。「睡眠時間の少なさは、身体によぉない(良くない)なぁ、気をつけなあかんわぁ〜」等と反省しながら、この日記を打ってる私って・・・なんなの?
・・・で、“ひまわり”のみんな〜CD、出来たよぉ〜!
3月26日
今日は陶芸の日。やっと、焼き上がってきた「季節はずれのお雛様」・・・素焼きにして、釉薬は焼き締め風に・・・のつもりが、ひどい色むら・・・に。
ちょっと、残念だなぁ。でも、仕方ないか・・・
3月25日
朝日新聞をとっておられたら、今すぐ一面のロゴの部分を見て欲しい。(ひょっとしたら、他の新聞もそうかもしれないのだが・・・)
新聞の「新」は、普通「立つ、木」と書くが、朝日新聞のロゴは「立つ、末(正確には、上の一の部分のほうが長い)」と書いてある。「朝」という字の左側も「十」の部分が上下とも突き抜けていない(言葉で書くと、ややこしいのだが)
「そんなこと、知ってるわ」と・・・、お叱りのことばも聞こえてきそうだケド。
fast・・・は、ご存じのように「速い」という意味だが、この「fast」、実は“じっとしている”という意味だったらしい。
BREAKFAST(朝食)という単語があるが、元々は、break(破る)fast(断食)で、“断食を辞めた後の食事”を指していたそう。“(断食で)じっとしている”→“しっかりしている”→“しっかり走る”→“速い”になったとか・・・
こんな、雑学が我が家では飛び交っている。前者は娘、後者は連れ合い・・・
でも私は、そのことが正しいのかどうなのかなど・・・知ったことではない。
(間違っていたら、ゴメンナサイね)
3月24日
用事があって、母の里へ出かけてきた。
長いなぁ・・・と思っていた、家まで続く坂道や、はるか向こうに見えていたのに、と思っていた線路は(いつも、列車が通る音がすると、慌てて前庭まで駆けだして、手を振っていたな)こんなに近かったんだ・・・。かやぶき屋根に、冬は掘り炬燵。叔母が織る西陣織の織機の音で、毎朝目が覚めていたっけ・・・。夏は、家の前の畑で、とまとやキュウリをもぎ取ったり、ほおずきを取ってきては母にせがんで教えてもらうのだけれど、いくらやっても、あの「キュッ、キュッ」という心地よい音は出なかったなぁ。
おじいちゃんや、おばあちゃんの部屋から、離れまで繋がる中二階の階段は、従兄弟たちとかくれんぼや、鬼ごっこをするには恰好の場所だった。でも、騒ぎすぎて、良く叱られもしたけれど・・・。
立て替えられた今の家には、土間や、五右衛門風呂もなくなっていたが、庭の低かったさざんかの木が、見事な枝振りになっていたり、片隅にあった小さな鳥居はそのままだったり・・・幼い頃の記憶が少しずつ蘇ってきた。
そんな話を従兄弟たちとしていたら、いつのまにか「順ちゃん」・・・に戻ってしまっていた。
3月22日
ウォーキングを始めて、もう2年近くになるだろうか。センセーと夜な夜な(?)歩きに出かけている。
「老化は足腰から・・」の言葉が、我が身に迫ってくるお年頃。「いつまで続くかなぁ」等とふたりで話ながらも、どうにかこうにか続いている。週末、雨の日はお休み・・・という少々軟弱なところもあるのだけれど、でも最初、設定コースを1時間程かかって歩いていたのが、今では45分程に。(これはすごいことでしょう)
歩きながら、色々な話で盛り上がることも・・・
最近では、火星の接近で、毎晩空を見上げ、変わっていくその位置に感動したり、月の満ち欠けに心を惹かれたり・・・時には、世の中の不穏な動きを嘆いてみたり、「今晩のおかず」の話になったりも・・・それはそれはバラエティーに富んだ内容のおしゃべりが続く。
一日の用事を終えて、うっすら汗をかいて、私にとっては身も心も「ほっこり」するひとときだ。
3月21日
「こだわり」と言う言葉がある。「気にして、心がとらわれる様」と言う意味で、あまり良い印象ではないかもしれない。漢字で書くと「拘り」ー拘束する・・・自由がないーなどという窮屈なイメージも感じられる。
でも、最近この「こだわり」「こだわる」という言葉にとても惹かれてしまう。
そんな「こだわり」の人が友人にいる。彼女は自分にとって「素晴らしい」と思うものを、時間を掛けて、じっくりと厳選する。例えば、家具。テーブル、イス、食器棚など民芸調のものを彼女はそろえているのだけれど、これが本当に、素敵なものばかり。衣服にしても、自分にあった素材や、デザインのものをちゃんと見つけていて、それがとても似合っている。食についても然り。物事に対しても、「じっくり」と考える。その、ひとつひとつが彼女にとっての「こだわり」なのだろうけれど、でも、彼女自身、その「こだわり」に拘っていない。(話が、ややこしいが・・・)要するに、自身が自然に求めるものをただ「揃えている」だけなのだそう。そこが私には、とても「素敵な女性」に思えるところ。
歳を重ねてくると、色々な「しがらみ」や「邪念」がまとわりついてくる。
そんなものを取っ払っていつも自分の想いに正直でありたいと思う。
私も、ぼちぼちこだわって生きてみたいのだけれど・・・
3月20日
今日は、我が家の週末恒例の(知る人ぞ知る・・・)「買い出し・喫茶店巡り」へ。
平日は、買い物に時間をとられたくないので、生協の共同購入と、週末のまとめ買いをしているのだけれど
プラス「ここがいいよ」と、喫茶店情報等を頂くと、連れ合いとお茶を飲みに出かける・・・というのが、週末行事になってしまっている。時には、あてもなく走って、2度と行けないような住宅街の中の「素敵なお店」に遭遇することも。
今日は掲示板でお馴染みの「センセー」の推薦で、大阪府枚方市にある農園「杉の五兵衛」へ・・・。
農園で採れた旬の野菜を使った料理、四季折々の花々や、田舎の風景をみながらの食事を・・・というのが狙いのよう。テラスハウスには、ちょっとした舞台もあって、シャンソンなどのコンサートも行われているらしい。足元には、お店一面、「おがくず」が敷き詰められている。「籠盛ランチ」というのを頼んだが、玄米のおにぎりが、とてもおいしかったぁ。あっさりしていて、私には量も丁度いい感じ。食後、雨模様だったが、少し園内を散策。ロバや山羊にエサをあげたり・・・と、結構おもしろい。もう少し暖かくなれば色とりどり、花々が咲き乱れるよう、今度は“ひまわり”のメンバーと出かけてみようかな。
戻ってからは、新鮮な「いかなご(新子)」が手に入ったので、「くぎ煮」づくりを。
台所に、春の甘い香りがいっぱいに広がった。
3月19日
「ゆっくり、時間を掛けて料理がしたい」最近、よくそう思う。
もともと、台所で色々と考えながら料理を作るのが大好きなのだけれど、毎日「忙しなく」時間に追われ
じっくり、味見をすることもなく、栄養面では色々と考えてはいるけれど、「簡単」「速い」のクイック料理を食卓へ並べることが多くなってしまった。
5,6年前は、我が家で、ささやかだけれど「クリスマスパーティー」を開いて、家族それぞれの友人を招いては楽しんでいた。パーティー料理のメニューや、盛りつけを考え、材料の買い出し、食器選び・・・もちろん、ゆっくり料理が作れるので、私にとっては「至福の時」だったなぁ。外国からのお客様もいらしていたので、時には本場の「手作りケーキ」や「パイ」を作って持ってきてくださったり・・・子どもたちも自然と「食の異文化体験」が出来ていたように思う。でも、受験や子どもたちの都合で・・と、その「楽しい集い」もなくなってしまった。
先日、知人のお宅で手作りのとても美味しい料理を頂いたのだけれど、焼きたてのパンからデザートまで、手間暇掛けてくださっていて、本当に「心」も「お腹」も幸せ一杯になった。
「食べているとき」は誰もが幸せな顔になるという。
「食する」事は、ただ、空腹を癒すだけではなく、作り手の気持ちや、手間暇に感謝をしていただく・・・と言うことのように思う。・・・とすれば「料理をつくる側」もそういう気持ちで作らないといけないんだなぁ。
さて・・・家族の顔がほころぶような「美味しいご飯」を、又、作りましょうか・・・
3月18日
掲示板でも話題になっていたが、今、卒業式があちらこちらで行われているようだ。
思えば母になってから7回、子どもたちの「巣立ちの時」を経験してきた。
「元気に、お友達と遊んで、楽しい思い出ができて良かった」と、単純に感激した幼稚園のころから
進路に悩み、親子の仲もぎくしゃくしたことがあった、思春期まっただ中の中学、高校時代・・・
子どもがいれば、その頭数分だけ「悩み」や「苦しみ」が降りかかってくる。
理屈や、理想通りいかないのが「子育て」で、驚くような結末になることもしばしば・・。
でも、本当に悩んでいる我が子を前に「あなたの好きにしなさい!」等と、むち打つようなことは、とてもじゃないけれど言えない。「想い」を受け止めて、話を聞いてあげることぐらいしかできないけれど、それは、それは本当に「しんどい」こと。時には、ぐっと堪えて「様子伺い」に徹することもあるけれど、こちらの忍耐も続かず、爆発することも・・また、それがとてもパワーのいることで「爆発」→「後処理」・・と始末をつけなければいけない。
幾晩も、話し合ったり、又再燃したり・・・。
大変なことが目白押しの「子育て」だけれど、でも、そのひとつひとつの出来事に「親」として育ててもらってきたような気がする。
・・・と、先日、我が子にその話をしたら「ふ〜ん」・・・と言って、それからほんの少し“ニヤッ”って微笑んだのを、母は見逃さなかった・・・のよ。
3月17日
昨日は、大阪へ出かけた。私は大阪出身なのだが、梅田の地下街へ入ると、自分の今いる位置がさっぱりわからなくなってしまう。若い頃から「梅田(キタ)」、「なんば(ミナミ)」を歩くときは、いつも人の後ろにくっついていたので、未だに、自分が何処に立っているのかが判らず、迷子状態になってしまう。昨日は娘と一緒だったので「私がしっかりしないと」と、行く先が表示されている看板を見ながら、何とか・・・。
時間があったので、以前から「乗ってみたいなぁ」と思っていた「HEP FIVE」の観覧車に念願叶って乗ることができた。360度、眺め良し。でも、大阪の町を上から眺めてみると、何と「ごちゃごちゃ」雑然としていることか・・・「ほんまに、忙しない町やなぁ」そんな印象。
さてさて・・・この辺りで本題へ・・
ニュージーランドの歌姫、ドラマ「白い巨塔」のエンディングテーマ「アメイジング・グレイス」を歌っている「ヘイりー」のコンサートが、昨夜「フェスティバルホール」で開かれ、彼女のファンである娘のお供で、私も一緒に出かけた。
ヘイりーは、路上ライブから認められ、14歳でデビューしたという。現在、16歳ということらしいが、とても大人っぽい外見、でも歌声は「ピュア・ボイス」と言われているように、とても澄み切った透明感のある声だった。 ニュージーランドの原住民、「マオリ族」の歌も、昨晩のプログラムにあった。彼女の曾祖父がマオリ出身と言うこともあって、文化、言語に関心を持っているという。愛する相手が海に旅立ってしまう「ポカレカレ・アナ」や、自分の娘を寝かしつけるときに歌う子守唄「ヒネ・エ・ヒネ」を原語で歌った。
コンサートの構成は・・・イマイチかな・・・というところもあったけれど、彼女の澄み切った歌声は、素晴らしくて、その美しさに何度も、何度も胸が詰まってしまった。
3月15日
一生のうち、一度ぐらいは「頑張って勉強をしたな〜」と、思うことが誰にでもあると思う。
私は、学生時代「一夜づけ」の名人だった。(なんの自慢にもならないけれど)試験前日、学校から帰るとすぐに勉強を始める。とにかく暗記・・・数学だって、物理だって「どうして、そうなるか・・・」ではなく数字を含め、問題を丸ごと・・・英語、歴史はもちろんのこと。それはそれは、過酷な作業だ。
夕飯、お風呂へ入る以外はテレビだって見ない(いや・・・見ることが出来ない・・・)少しは仮眠を取るが30分単位で目覚ましを掛ける。いつも、うつらうつら見る夢は、決まって「白紙の答案」を前に真っ青になっている自分。その悪夢で「現実」に戻る。時間がない・・
真夜中になると、俄然、目が冴えてきて結構、頭に入り出す。何となく形がついたな・・・と、時計を見ると午前5時・・・小鳥がさえずりだし、新聞屋さんのバイクの音が聞こえる。ここからが、最後の追い込みだ。1時間の仮眠をとったあと、6時に起きてもう一度「暗記」の確認。ここでやっと、(その日の)テスト勉強が終了。そして、学校へ・・・で、帰ってくると、又勉強を始め・・・こんな調子の学生時代だった。一応、定期考査は、それなりの成績をもらえたが、何せ「一夜漬け」、覚えたことはその日のうちに忘れないと「次の科目」が頭に入らない。こんなことを繰り返していたので、実力テストはさっぱりだった。よく、先生から「おまえ、何で実力テストで点数が取れへんのや?」と尋ねられたが・・・そんなこと、絶対に言えない・・・
今、娘が同じような事をしているのをみると「やっぱり、親子やなぁ」と、変に納得してしまう。
3月14日
「あなたは、パワフルやね」と、最近よく言われる。
「そう言われれば、そうやなぁ」・・・と、自分でも感じる。いったい、何がそうさせるのかな・・・
人間、生きていると色んな出来事、状況に出くわす。人から見れば取るに足らない事であっても、当事者の中では、どうにも受け止められないくらいの事であったりする。私も、ずっと心に引っかかりを持ちながら、時には「自分の心」を責めながら、それこそ、若い・・ということもあったのだろうけれど、「しんどい」状況の頃があった。深く考えなければ、きっと、もっと強くなれたのだろうけれど、その事柄に対して自分の相反する、矛盾した「心」にも、とても悩んでいた。そんなとき、いつも支えてくれたのは、周りにいる友人であったり、親であったり、家族であったり・・どれ程、私の「想い」を聞いてもらっただろうか。「言葉」にして外へ出してしまうと、幾分心が軽くなる。そんなことを、くりかえし、くりかえし、過ごしていたように思う。「つらい事、苦しい事など、経験しない方がいい」・・・それはそうなのかもしれない。その頃は「絶対にそうだ」・・・と思っていた。でも今は「その事があったからこその、今の自分」だと心底、思える。周りの人から「温かな想い」をたくさんもらっていたことが、知らないうちに私の財産になっていたみたいだ。
時々「ほんまに、おせっかいやなぁ」と、自分で呟くことがあるのだけれど、私の話を聞いて、支えてくれた周りの人たちのように、私もそうなりたいと・・・烏滸がましいが、そう思っている。
この分だと・・・「パワフル・お節介」は、永遠に続きそうだなぁ。
3月13日
今日は、“ひまわり”の練習会場の申込みに出かけた帰り、2時間ほど「町散策」へ・・・。
いつも使っている会場の近くに、最近、地場の野菜を使った「おつけもの屋」が出来たので、覗いてみた。
特産のタケノコを梅酢で漬けたものや、壬生菜(水菜とは違って、葉が、ギザギザになっていない京野菜)切り干し大根を梅酢で漬けた珍しいものが並んでいた。即席漬けはよく作るが、我が家はかなりの漬け物好き。味見をして、家族の、肥えた舌にあうものを購入。
お漬け物の袋を下げて、今度は、河川敷まで歩いた。風は結構強かったけれど、よいお天気だったので爽快な気分。サイクリングロードになっているので、自転車に乗った人、散歩の親子連れが行き交う。遠くに、橋の赤い欄干や、背の低い山が見える。「おにぎりでも、持ってくればよかったね。そこのコンビニで買ってこようか?」と一緒に出かけた娘に言うと「え〜、いいわぁ」と、あっさり却下されてしまった。あなたも、おばさんになったら、きっとそう思うって・・・。
さて、次の目的場所・・・お茶やさんが経営している喫茶店へ出かけた。お店には、お茶に、ちなんだメニューがたくさんあるのだけれど、娘は「抹茶ドリア」私は「ほうじ茶のマロンパフェ」を注文。抹茶アイス・・は、よくあるけれど「ほうじ茶アイス」は、珍しい。でも、これがとても美味しいんです。
よく歩いて、少々疲れたけれど、娘とたっぷり、色んな話が出来たし、お腹も一杯。ささやかだけれど、とても幸せな気分だった。
3月12日
日記・・・というタイトルがついていながら、その日の出来事を少しも記していなかったので、この辺で少し今日の出来事を・・・。
今日は、陶芸教室へ出かけた。“ひまわり”のメンバーには手先が器用で、手作りでとても素敵なものを「ちょちょい」・・・と作ってしまう人がいるのだけれど、私は、どちらかというと「ささっ」・・・と、いい加減でも出来ればいいか・・・というタイプ。でも、これから歳を重ねていったときに、少しは形のある「まとも」なものを残してみたい・・・そう思って、陶芸を始めた。幼稚園のときに親しんだ、粘土細工の要領で・・・と思ったが、これがなかなか、奥が深い。手びねりの手法では、土を「へびさん状態」にして、それを積み上げていくのだけれど、結構、その「ヘビさんづくり」が大変な作業だ。太さを均一にしないと、積んでいったときに、厚みが同一にならない。高さ、広がり具合、焼きしめた時の縮み分・・・色々と考えながら作らないと、大変なことになる。揃いの椀が、揃いでなくなるし、収納をするにも、とっても不便。ああでもない、こうでもない・・・と思案しながらの作業だ。 始めてから半年、やっと「楽しい」と思えるようになった。マイ茶碗や、大皿、煮物椀(・・・のつもりだったが、ちょっと大きすぎて小どんぶりになってしまったケド)普段使いの食器も、テーブルに登場し始めた。今、作っているのが「お雛様」・・・本当は、3月3日までに出来る予定だったのだけれど、ちょっと時間配分を間違ってしまって、間に合わなかった・・・まっ、いいかぁ。でも、自分で言うのも何だけれど・・・これが結構、可愛い。今日、目を入れて、完成したので、後は、本焼きで、仕上がってくるのを待つばかり。
時期はずれだけれど、出来上がってきたら、何処かへ飾ろう・・・っと。
3月11日
幼い頃、夏休みになると伯父の家へ泊まりに出かけていた。
「町では、子どもらしい遊びが出来ない」と、休みが始まる頃、半ば人さらいのように、連れ去られて(?)いた。私と弟は、両親と引き離され、最初は淋しい想いもしたのだけれど、従兄弟たちと、毎日、都会では出来ないような遊びを体験していくうちに、毎年、「田舎暮らし」を楽しみに待つようになった。
伯父はとても頑固で、子どもである従兄弟たちには厳しい父親だったのだけれど、反抗をしない(?)私たち姉弟をとても可愛がってくれて、結構色んな場所へ連れて行ってもくれた。
木の切り株を乾燥させたものを彫刻刀で削り、光沢が出るまで磨くと、とても綺麗な置物ができるのだけれど、伯父は、自分の趣味であるそれを、ある時、私にも「やりなさい」と言った。従兄弟たちと遊びたいし、あまりやりたくはなかったのだけれど、「嫌だ」とは言えない。仕方がないので、一生懸命作っていると、これが結構ハマってしまって、何日もかけて見事、仕上げてしまった。出来上がったものを見せると「それを、夏休みの作品に持っていけばいい」と、口数少なく答えてくれた。私のことを想っての、その優しさに、当時は全く気付かなかった。
国鉄の鉄道管理局に勤めていた伯父に代わって、従兄弟たちが私たちを迎えに来てくれるようになっても、局がある駅に列車が着くと、制服姿の伯父が必ず乗り込んできた。少し、はにかみながら、でも、とても嬉しそうに一言、二言、話をして列車から降りていく。それは、今でも、はっきりと思い浮かぶ光景だ。
そんな伯父が、脳卒中で倒れ、半身麻痺になって、言葉も以前のように話せなくなった。
私の結婚が決まったときには、すでに身体を悪くしていたので、周囲から結婚式に出席するのはとても無理だ・・・と、言われていたのだけれど、当日、私の花嫁姿を見たいからと、無理をして式に出てくれた。
伯父が号泣する姿を見て、私も、こらえきれずに涙が溢れてきた。
伯父が亡くなったとき、私は最期のお別れが出来ず、その事が今でも悔やまれる。
無口だったけれど、本当に優しかった伯父のことを、時々「ふっ」と想い出すことがある。
3月10日
最近、眠っていたフルートを引っ張り出し、又、吹き始めた。
以前使っていた楽器が、傷んできたので、数年前に新しく購入をしてしまったのだけれど、結局それも触ることなく、そのままになっていた。
先日、ドラマのエンディングで 「アメイジング・グレイス」 が流れてきたのを聴いて
「 この曲をフルートで 吹 い て みたい」そう思って引っ張り出したのは良かったのだけれど・・・家族のいない昼間を狙って、先ずはロングトーンから、と吹き始めたが、肺活量も歳の精か、かなり落ちている。途中で息が切れて続かないし、高音も「ピ〜ヒャラ、ピ〜ヒャラ」と、耳障り。けれど、1時間程吹いていると、楽器も慣れてきてくれたのか、何となく落ち着いた音に治まってくれた。(やれやれ)
せっかく始めたのだから、気まぐれにならないように、頑張らなければ・・・(ねぇ。)
我が家には、他にも「深い眠り」についている楽器がたくさん。本当は、息を吹き込んであげたり、触ってあげないといけないのだけれど、なかなか・・・。
3月9日
京都、西陣と言えば、自ずと「京織物・・・西陣織」と浮かんでくる。
1467年から、10年に及ぶ「応仁の乱」で、西軍の総大将、山名宗全が陣を敷いた地に、各地に飛散していた織り職人が、その大乱後に集まって、機織りを始めた。それが、その地域を「西陣」と呼び、織物が「西陣織」と呼ばれるようになった由来だという。
「西陣の町屋・古武」の主宰者、古武博司さんは、そういった西陣の歴史、特に町屋文化に詳しく、急速に消滅しつつある町屋を守っていこうとされている。
「古武邸」は、町屋を現況のまま活用することで、使い勝手の良さ、使いにくさの両面を感じ、先人の住居に対する感性、それを支えた様々な職人の技、近隣地域に配慮をした住まい造り、町づくりの考え方に触れる機会を・・・と、屋敷を文化的な催し会場として、活用されている。
ご縁があって、昨年の5月、私たちはその「古武邸」をお借りして「春の催し・町屋で手づくり展」を開いた。
古武さんから「西陣の町屋の歴史」について講演をしていただき、石川のコカリナと歌グループ「旬」の皆さん、たぐちおさむさんのコンサート、私たちも“ひまわり”結成前だったが、有志で色々なジャンルの音楽を発表した。皆で持ち寄った手作りの作品を展示し、玉露茶、手作りのケーキを頂き、落ち着いた町屋で、とても心地よいひとときを過ごさせてもらった。
先日、久しぶりに「古武邸」へお邪魔をさせていただいた。冬支度の町屋も、又一段と美しくて、屋敷のあちらこちらに、古武さんの細やかな「心遣い」が感じられた。
3月8日
“ひまわり”のメンバーは、とても元気だ。年齢的には、私が一番下なのだけれど、みんなの溢れるパワーには勝てない・・・等と、書くと、きっと「何言うてんのん!」と、突っ込みが入りそうだなぁ・・・
でも、きっと同年齢の「おばさん」よりも、気持ちも容姿も(これも、言っておかないと・・・)若いと思う。色んな事に興味を示し、経験してみる、そして細かいことをとやかく言わない。普通、女性が13人も寄れば色々と問題が起こりそうなものなのだろうけれど、そんな事は全くない。“ひまわり”としては、昨年の夏から活動を始めたのだけれど、それ以前からも「華くらぶ」というサークルを、メンバーのひとりが指導をしてくれて、月1回集まっている。今も続いているので、月に2度は、皆で顔を合わせていることになる。子どものこと、世の中の出来事、等々(本当は、もっと盛り上がる話題もあるのだけれど・・・それは、ご想像にお任せして・・・)持ち寄ったお菓子や御馳走を食べながら、話が途切れることがない。お天気の良い日は、おにぎりを持って、近くへ蔓取りに出かけたり、日帰りで「かに」を食べに行ったり・・・練習やサークルの集まり以外でもあちらこちらへ出かける。何処へ行ってもどんなところでも、すごく盛り上がってしまうのは“ひまわり”パワーなのか・・・(周りの方々には迷惑をかけているかもしれません)気持ちが落ち込んでいるときも、皆がいる場所に出かけていけば、帰る頃には笑顔になっているし、悩み事を抱えていても、そんなことは、取るに足らないことなんだな・・・と、自己完結が出来る。誰も、人の話を聞いていない・・・という難点を除けば、とても素敵な仲間だと、思うのだけれど。
「おばあさんになったら、毎日、何処かの家へ寄って、日がな一日、おしゃべりをして、持ち寄ったおかずをみんなで分け合う・・・そんな風に暮らしていこう」・・・本当に出来るかどうかは判らないが、そんな老後の人生設計まで出来ている。
「決して、独りにはならない。独りにはさせない」・・・まんざら、夢ではないような気がするなぁ。
3月7日
昨年は、色々な場所へ出かける機会がとても多かった。岐阜、石川、・・・と、自分でもびっくりするくらい。方向音痴・・・等と考えていると何処へも行けない。「尋ねたい事を相手に伝えられれば、どんなところへだって行けるんだ!」と、ちょっと不安な気持ちを奮い立たせあちらこちらへ、と出かけていった。
年が明けて早々、新潟県関川村の「ままや」というレストランで笠木さん、雑花塾のみなさんのコンサートがある・・・ということで出かけた。関川村は、新潟県北部にある小さな村。昨年11月には、村の重要文化財に指定されている「渡辺邸」という屋敷で「小さな村のコンサート」が開かれている。今回は、殆どがそのコンサートにスタッフとして関わってこられた皆さんがお客様だということだった。
私が訪ねた数日前の関川村は、猛吹雪で大変だったと聞いた。雪かきに、雪下ろし・・・と、雪国の暮らしは大変そうだ。関川でも、昔は家の2階部分まで雪が積もったとか・・今年は雪が全くないお正月を迎えた・・・と、地元の方がおっしゃっていた。楽な反面、降るものが降らないと、村に元気がなくなるとも。雪が積もって除雪車が出ると、地元の建設業者が活気づくという・・・なるほど。
今回のコンサートが開かれた「ままや」は、木の香がするステキな場所。床暖房の暖かさが心地よく、室内に飾ってある木の実や蔓も、その優しい雰囲気と、とてもよくマッチしていた。ここで、週に2,3度日替わりで
「家庭料理のランチ」が出されている。心に病を持った人や、近くの作業所からやって来るスタッフが、元気に店内で働いていらっしゃるという。
そんなレストランでのコンサート。「ままや」に集まった皆さんの表情がとても輝いていて、身体を揺すって笑顔で聴き入っていらしたその姿に、感動してしまった。コンサートでは、メンバーの佐藤せいごうさんが起こした『アクシデント』(?)があったりもしたのだけれどそれは、「ひ・み・つ」ということで・・・。(とっても、お気の毒でした・・・)
今回、東京から「クッキング・ハウス」の松浦幸子さん、スタッフの方々もいらしていた。「ままや」には、『松浦ファン』がたくさんいて、松浦さんの隣の席は奪い合いになっていた。思い思いに話しかけてこられる皆さんに「うん、うん」と笑顔でお話しを聴いていらしたが、コンサートが始まると「さぁ、歌を聴きましょうね」と、優しく促されていた。その、とても自然で温かな振る舞いに、感激してしまった。
「小さな村」関川村に、障害を持っている人も、そうでない人も、お年寄りも子どもも、みんなが集まれる居場所づくりを・・・と始められた「ままや」の活動。スタッフの平田ゆかりさんは、常に基準を一番弱い立場の人に合わせるということを心がけていらっしゃるという。NPO法人「Hop
step げんき!」を立ち上げ、壊れかけた農機具小屋を600万円かけて改装したときの彼女の奮戦記を聞いて、この人のパワーを感じた。とても芯の強い人だけれど、でも、きっと、苦しさや悲しさは、人の何倍も感じていらっしゃるのだろうな。
そして、目立たないけれども、裏で静かに「ままや」を支えていらっしゃる方々にもお話しを伺って、強く心を惹かれた。
かたちは違うが、私たちも今、みんなで集える事に喜びを感じ始めている。想いは同じなんじゃないのかな・・・と。
4月には、そんな「ままや」の活動を記したCDブックス「ひとつだけの村」が発売される。「ままや」のスタッフの皆さん、関川村の人たちの想いが詰まったこの本、早く読んでみたいな。
CDブック「ひとつだけの村」
3月6日
時々、琵琶湖が無性に見たくなる。ボートに乗るわけでもなく、泳ぐわけでもない。ただ、眺めるだけなのだけれど。
四季折々、色々な顔を見せてくれる湖に本当に心が癒される。先日、小春日和の一日、琵琶湖へ出かけた。行先を決めず、湖岸道路をひたすら走り、途中コンビニで買ったケーキと、持参したホットコーヒーで、ティータイム。丁度コハクチョウが飛来している場所だったので、その可愛い姿を見ながら「ほっこり」。ささやかな事だけれど、とても贅沢な気分になった。更に走って「近江八幡」へ到着。手作りのお弁当を広げ、大好きな琵琶湖に向かって食べ始めたが、いくら「小春日和」といっても2月。湖からの風はやっぱり冷たい。丁度、犬の散歩にいらしていたご夫婦の視線が「何も、こんなところで食べなくても・・・」と言いたげだったけれど、気にしない、気にしない。やっぱり外で食べると、美味しいなぁ。
近江八幡といえば「水郷めぐり」。船頭さんが、説明をしながら、時には歌いながら、ゆっくり、ゆっくり船を進めてくれる。特に夕暮れ時は本当にキレイ。
波の音や、滝の水が落ちる音、川が流れる音を聞くと心が穏やかになる。そう言えば、「琵琶湖」を見たくなるときは疲れていることが多い様な気がする。私にとっての「琵琶湖」は、安定剤なのかもしれないな。
3月5日
アメリカ、バーモント州に住む絵本作家、ターシャ・テューダーは、今年89歳になる。
日本でいえば、「楽隠居」・・・となる身なのだけれど、彼女は自分で野菜、果物、ハーブを採取し、山羊の乳でバターやチーズを作り、布を織り、縫い物をし、ローソクを作り・・・生活のほぼすべての事を手作りするという
ナチュラルライフを、満喫している。そんな彼女の生活を紹介している本を、何冊か読んだ。
生きているこの世界を素晴らしいと想い、やろうと思えば出来る楽しいことがたくさんある、とそのことを実践している彼女の生き方。とても前向きで、豊かな生き方に憧れる。
将来私も、彼女のような素敵な「おばあちゃん」になりたいな。
3月4日
佳織さんのキーボード演奏を初めて聴いたのは、昨年の夏、中津川市の雑木林窯で開かれた「やんちゃ冒険学校」でだった。「星のコンサート」という題名で、学校、老人ホーム、などで100回以上のコンサートを開かれた、というお話を伺って、驚いた。
佳織さんは、譜面を見て弾くのではなく、聴き取った音をアレンジして演奏をされるという。
時々微笑みながら演奏する、彼女の可愛い表情から「音楽が好き」・・・という想いが、聴く側に熱く伝わってくる。
その時の出会いから3ヶ月後、私たちの町で、「星のコンサート」を開いてもらった。
コンサートで話をしてくださったお父様の言葉が今も耳に残っている。「佳織は、保育園の時に自閉症と診断されました。一瞬、目の前が真っ暗になりましたが、次の瞬間、うぬぼれかもしれませんが、神様が私を見込んでこの子を授けてくださった、私ならば将来、この子の人生をすばらしいものに導いていけると」
佳織さんを見つめる、ご両親の優しい眼差しがとても印象的だった。
3月3日(水)
「菜の花が咲いたよ」 という本を読んだ。笠木透さんと一緒に、雑花塾でもコンサート活動をされている
茨城県のフォークグループ「ヒューマンファーマーズ」の北嶋誠さんと、その仲間の方々の物語。北嶋さんは、6年前、くも膜下出血で倒れ、幸い一命はとりとめたが、両眼の光は失ってしまった。当時、農民運動と、酪農を営む家での仕事に、それこそ、寝る暇も惜しんで頑張ってこられ、体力的にも気力的にも極限だったようだ
北嶋さんが倒れたあと、周りの仲間達が、援農というかたちでフォローする。
援農は、自分や家の経営のことは二の次にして頑張ってきた北嶋さんの姿を見てきた人たちが、北嶋さんの魅力に惹かれ、長い時間をかけて培ってきた信頼関係の中から生まれた事だった。
物静かな方・・・そんなイメージを北嶋さんには持っていたが、芯が強く、自分が歩んでいく方向をしっかり見つめていらっしゃる人だということが、この本を読んで判った。
最近、「人とのつながり」の不思議さや、素晴らしさを感じることがよくある。
何となく希望が持てないような世の中だけれど「そうでもないかな・・」と思うことにも出会ったりする。
目立たないけれど、一生懸命生きていこうと頑張っている人たちも、たくさんいる。
大きな単位の中でなくても、ささやかに寄り添って生きていくことが、とても大切な事のように感じる。
3月2日(火)
先日、友人から「100年前に作られた日本製のピアノの試弾を頼まれたんだけれど一緒にどう?」とお誘いを受けた。とても興味があったので、出かけていったのだけれど、なんと、そのピアノ理髪店のお店の真ん中に置かれていた。なんでも、お店の奥さんはアンティークなものを集めるのが趣味で、ピアノも、お知り合いの方から譲り受けたものらしく、修理をして復元してもらったもの、とのこと・・・。日本のピアノの歴史に深く関わってきた当時のメーカーのものらしい。そんな貴重なピアノ、弾いている途中で弦が切れてしまわないかと、少々不安になりながらも触ってみた。何となく、こもったような不思議な音色・・・友人と2曲ほど連弾で演奏してみたが、少し狂っている音も、それはそれで、趣がある。この音色にピッタリの曲・・・そう、映画「スティング」のテーマがいいかも・・・。そう思って少し弾いてみると・・・これが、とてもいい感じ。
アンティークなお店の雰囲気、ご主人や奥さんの暖かな人柄が心地よくて、2時間ほどおしゃべりをしてしまった。ここでサロンコンサートをしてみては・・・という話にもなった。少人数でゆったり音楽を楽しんで、その後にティータイムを・・・。帰りの車の中、夢見るおばさん二人は、大いに盛り上がってしまった。
3月 1日 (月)
機械音痴、方向音痴(これは関係ないか・・・)の私。
好奇心だけで、遂にホームページを立ち上げてしまった。
以前「やろう!と思った時点で夢は殆ど叶っているのよ」と、私が尊敬する「旬」のさわこさんから教えて貰った。今回、その言葉だけを頼りに頑張ったのだけれど・・・。
メモリーの増設、意味不明な店員さんの説明。買い求めた「ホームページビルダー8」の、これ又、判るような判らないような説明書を片手に、老眼になりかけた目を「しょぼしょぼ」させながら、頑張ったんだけれど
ようやく「出来た!」と喜んでいたら、ぜ〜んぶデーターを消してしまって、1からやり直し・・・。
でも、今回のことで割と我慢強かったんだって、自分の良いところを発見。
歳をとったら、絶対プラス思考で生きなくっちゃ。