目の前のこいつは





*〜アスタリスク〜





「お前、異界では人を斬った事があるのか?」
「まぁ・・・本当は罪となることなんだけれど。を守るために、何度か。」

自身はそのことを知らないけれど、と付け足す目の前の女に夏候惇は目を細めて、人を斬る重みを知っている目だな。と
を値踏みした。それに対して家と自分とのことを夏候惇に話す。

「斬らなければこちらがやられるし、世の中は綺麗事だけでは回らない。知っているから私は斬ることを躊躇うことは無いよ。」
「だろうな、中々にいい目をしている。」
「・・・元譲殿には負ける覚悟だろうけれどね。」

ふ、と笑って汗を拭う手を休めたが服の重ねを直す。
昔 若いころの自分が来ていた服を纏う目の前の女は自分は自分で主を守る立場を選んだのだから、と言い彼女が夏候惇と同じ守るべき相手の
ために戦う身である事を夏候惇に思い出させる。

「昨日の夜も、言っていたな。」
「・・・私は弱い人間だからね、自分が何であるかを自覚する機会は多に越したことは無い。」

汗で額に付いた髪を払い、ついでに首筋の髪を後ろになで付けで、背までの髪を振るう彼女の言葉は少し自嘲気味で。

「俺が声をかける前、もう一つ型に移るつもりだったんだろう?見せてみろ。」
「・・・見せるほどの物で無いけれどね。」

その言葉を否定したい夏候惇の口に出さない否定には己の心を見抜かれていることに苦笑して緋の鞘から刀を抜いた。














十歩ほど庭に出て左手で引き抜いた刀を体の右側を引いて一直線上に並ばせる。

突きから動作に入り、塚の部分まで使う返しに蹴りが加わり、一挙一動が攻撃と防御とにつながる無駄の無いこの型をは好いていた。
  無謀ともとれる体制は最強。
     無策とも取れる大股の突きはそれでいて堅固な守りも伴い
        怯えて下がるかのように払った横払いは 次の瞬間に相手のいるべき空間を抉る蹴りの囮であり 気づいたところで
           横凪ぎを避けずに蹴りを喰らうか横に払われるしかないかのような錯覚を生み出させる。

そして最後に敵の親玉を一撃で倒すかのように踏み込んで振るった刀の先はほんの僅かな差で夏候惇の懐に届く位置に止まっていた。
切っ先の制御を行っているも切っ先を向けられている夏候惇も何も言わずにただ風が吹きぬけた後に微笑んだ
刀を鞘に戻した。

「吹っ切れたか?」
「はい。形式ばったり、嘲ったり、馬鹿らしくなった。」
「・・・そうか。なら、朝食だ 行くぞ。」
「うん。」

庭から上がってきたが上着を羽織るのを見届けてから夏候惇が背を向けて歩き出す。

「それから。 俺のことは『元譲』でいい。敬語もいらん。」
「うん、分かった。   元譲。」

その後ろを静かに笑うが続いた。
























「おっはよ〜う、ちゃんも惇ちゃんも遅かったねぇ。」
「悪いけど先に食い始めてるぜ?」

食事の用意してある部屋まで行けば、夏候淵とがほのぼのとした雰囲気で食事を取っている。

を起こさないと、と態々が夏候惇に頼んで彼女の室に寄ってみればの姿は無く、布団にはぬくもりさえも残っていない。
それを訝しんで一通り屋敷を探してからここへ来たら、この様子なので朝から早々にと夏候惇が盛大なため息をつく。

「ため息ついてたら幸せが逃げていくんだよ〜?」
「・・そうですか。」

お前のせいだ、この呑気娘。とののしるわけにも行かずにの隣に夏候惇が夏候淵の隣、延いてはの向いに座り、
むっつりと食事を始める。

「そう言えば、。あんたいつ起きたの?」
「いつ・・・?」
「判らないな「ねぇ、淵ちゃん、私起きたのいつ?」
「さぁ、半刻ほど前じゃねぇの?」
「何で淵ちゃんが答えるの?」

ご飯を口に運んでいたの手と、汁物をすする夏候惇の動きが止まる。その後のの台詞を聞きたいとは思わない。
が、そんな二人の願いも虚しく、が頬を染めて真実を告げた。

「昨日の晩、一人で寝るのが怖くなっちゃって、
              淵ちゃんとこで一緒に寝たのv」
さん?なんであたしの所来なかったのかな?」
「だって・・・ちゃんより淵ちゃんのほうが暖かそうだもん。」
「それで俺んとこで一晩・・・「淵、一緒に寝たのか?」

それが問題だ、と夏候惇が目でと語り合う。

「まさか・・・大の大人とが一つの寝台で足りるわけ無いでしょう?」

希望が含まれたの台詞を

「ううん、一緒の寝台でぎゅってして寝たのv」

見事に裏切るのがと言う人物であり。

「淵ちゃんって暖かくってさぁ、もう朝までぐっすり寝れちゃった。」
「据え膳状態で苦労かけました。」
「いやいやいや、そういう謝り方は違うんじゃねぇのか?」
「大したものだな、淵。」

保護者的立場の二人の夏候淵に対する態度も大分可笑しなもので、

夏候家は朝からちょっと騒々しい。




























拙話
あはははは、なんか変な会話。