寝付けなかった。





*〜アスタリスク〜




夏候惇と夏候淵は自宅につくなり部屋と二人の家人を私たちの専属に、と付けてくれた。
男女二人、景良と景葉と言う兄妹らしい。早速ののリクエスト、明日から使いたい動きやすい服、と言う要望にも
主人である夏候惇に掛け合って夏晃惇の若いころの服、を調達してきてくれるあたり、自分たちには勿体無いくらいに出来た人たちだとは思った。
で、ついた早々飾りを外しだしたの髪で景葉と共に遊び景葉と親しくなったようだった。






隣り合った部屋をあてがってくれた夏候惇たちの配慮にがありがたく感じながら床についたのはたったの何時間前だったか。

自分と共に飛ばされた私物の中にあった腕時計が微かな音で時間を告げた。
するり、と寝台を抜け出して昨日の夜のうちに見繕っておいた服を身に付ける。夏候惇の若いころの服に自分では、自分は服にふさわしくないなと
思いながら、まずは適当な布をサラシ代わりに胸を覆う。
右腕が不自由な分 体全体を使っての作業になったがそれでも何とか巻き終えると、袖の無い上着とズボン、と言うか下穿きをはいて
緋の鞘と白鞘の刀を腰に差し、少し大きめの袖の広い上着と布を小脇に抱えて室の戸を開けた。

ひんやりとした空気が初冬の寒さを語る。
いつもは一人じゃ寝られない!なんて泣き付いてくる従妹が今夜はそう言えば静かなもんだな、と隣の室に目をやってから動物の皮で出来た
靴を引っ掛けて廊下に出る。

そのまま音を立てないように廊下を進んで広い庭に出ると廊下の手すりに上着と布を引っ掛けて左手でそっとその鞘から刀を抜く。













練習用に仕立ててからもうすぐ二桁ともなる、相棒とも呼べる刀を昇ったばかりの朝日にかざせば鈍くも美しい光を放つ。
今までにこの刃が切り捨てたものの面影など微塵もない。

いくらが裏で動く事を嫌い、評判の宜しいグループだとしても、だからこそ亡きものにしようと企む敵対勢力は多い。
トップに君臨するの宗家となればその恰好の対象だ。

凶刃を前に 宗家を守る事が分家の仕事。
やりたくは無くても、国家の法に触れぬように刺客を撃退しなければこちらがやられる。守りたければ修羅にでもなるしかない。
にだってその事は嫌と言うほど判っていた。

己の刃が人を斬り伏せたこともある。
この刀が人知れぬ暗闇で命を貫いたこともある。自分が知らない相手を 殺している。

            はそれを知らない。

この世界に来た時点でにそれを知られることになると悟っていた。
人を斬る 狂気に駆られることが無いように幼いころから世界の表と裏とを見てきた自分は大丈夫であっても。
は大丈夫なのだろうか・・にだって裏があることを彼女は理解してくれるのだろうか?


       答えは その時にならないと 判らない。


考える事を止めてはその刀を横に凪ぎ、冬の空気を斬った。

所詮自分は自分でしかなく、ただ在るがままを受け入れることしか出来ないのだから。
納得がいかなくても、納得しなければならない。嫌だからといって首を降ってばかりではなにも進まない。
判っているからこそ、の刃に苦々しい物が残る。

二振り、三振り、

型を踏む様に鈍く光る刀を振り下ろせば少しずつ刀の振りから苦々しいものが消える。
純粋に白い心で己の剣が産む風と光の反射を楽しむ。















が教える剣術に満億と数えられるように存在する戦型は全てが実戦的で合理的で、個性的で。
に飽きることなく型を踏ませる。
十幾つ目かの型を踏み終えて、はとりあえず次で終わりにしよう、と一番の気に入りの型を踏もう、と右足を引いた。

「ほぅ、異界の剣舞とは、かくも数多に有るものなのだな。」
「元譲殿。」

ふ、と声のした方を見てそこに家の主の姿を認めて、構えを解いたはおはようございます。と挨拶した。

「いつから、見ていたんですか?」
「さぁな。お前が逆手から持ち直したあたりだ。その前は知らん。」
「・・・ほとんど全部ですよ。」

お早いんですね、とが夏候惇のいる廊下の手摺にかけてある布で滴るままにしていた汗を拭いに歩いてくる。

「お前こそ早いな。」
「片腕が折れていようとも、鍛錬は欠かせませんからね。」
「異界に飛ばされても・・か?」
「だからこそですよ。今までは戦いの無い世界にいたのだから、これからはもっと己を磨かないと。」

を守る事が私の使命だし、元譲殿の副官として恥ずかしく無い力は付けておかないと、とが笑って左手の刀を器用に右の腰の鞘に戻した。
その腰元を見て夏候惇が口を開く。

「お前は二刀流か?」
「いえ、右手一本ですよ。最も、槍なんかも使えるんでそっちの方が得意ですけれどね。」

今日鍛錬所に行ったら頼もうと思っていたんですよ。とが言った。

「ではなぜ、二本も脇差している?」
「ああ、こっちの白い鞘の方はこちらに来る寸前に祖父から貰って・・・そのままなんで。」

落ちてくるときに使っただけの新品ですよ、と夏候惇に見せるように白樺を抜いてみせた。
鞘から抜いて日にかざした瞬間に        寒気が走った。

白樺の刀身から冷機が漂ってくるかのようにの肌が凍る。
それとは逆に体の芯が暑く滾るように白樺の刀身を目の前の男に振り下ろしてみたくなる。

「・・・・・ぉい、、どうした?」

ビクリ、と体が夏候惇の声に反応する。我に返れば手摺をはさんで夏候惇が訝しげに自分を見ていた。

「どうした?そいつを抜いたとたんに黙ってしまったが。」
「・・・いえ、初めてじっくり見て、綺麗な波紋が付いているものだなぁ、と。」

取って付けたような笑みしか浮かべられなかったが笑って刀身が視界に入らないように鞘に戻した。


           この刀は
                 危険だ。


























拙話
ギャー惇兄の服ー!