指で弾いて・・




*〜アスタリスク〜





「せい。たあっ!」

徐晃の振るう斧が唸るように空気を切り裂いて兵卒たちは憧れの目で彼を見つめている。剣で斧を受けていた副将が衝撃で弾かれる。
朝議も終わり、一刻たとうかと言うこの時間帯は昼食にはまだ早く、多くの武将たちが鍛錬所に顔を出していた。

「やぁ、徐晃殿。おはよう。」
「これは殿、夏候惇殿!殿内の見回りは終わりでござるか?」
「ああ、元譲のおかげで早くここに慣れることが出来そうだよ。」
「早く仕事に慣れてもらわんと困るからな。」

廊下から鍛錬所へと歩きながら昨日付けで夏候惇配下となったが皮作りの箱のような物を背負って夏候惇と共に徐晃の傍までやってくる。

「腕が折れているのに、もう仕事をしているのでござるか?」
「こいつが聞かんのだ。腕ぐらいで仕事を休む気は無いそうでな。」
「だって勿体無いじゃないか、両足が健在なら、歩き回って何かの役に立つのだからね。
 そうだ徐晃殿、手合わせしないかい?」

突然空から現れた娘は、まるでちょっと茶屋にでも寄ろうか、と言うような気軽さで徐晃を誘う。
その様子を夏候惇が呆れたようにみている。

「片腕で大丈夫でござるか?拙者手加減は得意ではないのでもしものことがあったら・・」
「問題ない。朝から俺に投げ飛ばされても平気なくらいだ。」
「投げとばされって・・・夏候惇殿と殿は朝から何をやっていたのでござる?」

徐晃が恐る恐ると言った風に尋ねたのを意外だ、と言う風に夏候惇とは顔を見合わせる。

「「何って、朝練。」」
「然様でござるか。」

殿は夏候惇殿と同じ様な御仁なんでござるな・・と徐晃が言い、は元譲がどんな無茶かは知らないけれど。と笑う。

、無茶だと思うのなら自粛しろ。」
「そんなことしたら体が鈍るじゃないか。」

昨日の美しくて艶かしいはどこへやら・・と徐晃が呆れているうちには夏候惇に背の荷物を押し付けてさぁ、勝負。と
近くにいた兵から槍を借りて兵の集まりの無い、広い場所へと駆けて行く。

「拙者・・努力して手加減をするべきでござろうか?」
「止めておけ、あいつはお前より手加減と言う物をしらん。」

呆れるようにため息をついた夏候惇が壁際に置かれた長いすに座り、傍観を決め込もうとしているのをみて徐晃は苦笑しての元へと歩きだした。






























殿、殿の書簡を手伝っていただけませんか?」
「無理、私字が読めないもん♪でも、邪魔するのは得意!」

曹操の執務室、曹操のすぐ傍でが眩しいくらいの笑顔で書簡を抱える司馬懿に微笑みかける。

「では今朝渡した書簡に、盲判をついたということか?」
「ううん、ちゃんはちゃんと字が読めるからねぇ、お任せ?みたいな。」

アハハ、と無邪気に笑ってからが傍で黙々と決済や書簡の処理に終われる曹操を見て口を開いた。

「孟徳様も、よく字も読めない私を秘書官なんかにしたよねぇ。」
「・・・ワシとて、字が読めんとは思わなんだわ。」

せっかく手伝いを増やそうと思ったのに、とつぶやく曹操には無理無理ーと笑っていう。

「・・・仲達が教えてくれる?」

くりり、と大きな瞳でが司馬懿を覗きこむと司馬懿は少し、目を顰める。
いまだ嘗て、曹孟徳や司馬仲達を前にてここまで無邪気で恐れを知らずにものをいう女がいただろうか と考え、司馬懿はこの女のためなら
何でもやってやる、と豪語した女を思い出した。
、あの老成した雰囲気は少なからずその身をに変わって風雨に晒してきたのだろう。
よい腹心に恵まれたことだ、と何の考えも無く曹操にじゃれ付く彼女を司馬懿は見つめた。

「殿、殿を子桓様の話し相手にしてはどうでしょうか?最近は私も政務が立て込んでおりまして、話しの相手を探しているようなので。」

司馬懿の提案に曹操はその手があったか、とそばに置くには申し分ないこの娘とて仕事の邪魔が得意と豪語したあたり、厄介払いを考えていたのだろう。
彼女の従妹には申し訳ないが無断でを他へやることに曹操は異存なく思った。

「そうだのぅ、よ、ワシの息子の曹丕 子桓の相手をしてやってくれんか?アレはまだ妻がおらんで暇を持て余しておるはずじゃ。
 話し相手をしてやってくれ。」
「孟徳様の息子?ハーイ、お話してればいいんでしょう?私いってきまーす。」

そういっては執務室を軽い足取りで出て行き・・数歩歩いて戻ってくる。

「息子さんのお部屋、どこ?」
「仲達、連れていってこい。」
「御意。」

まだまだ、曹操と司馬懿の手を煩わせることとなる。

























「曹丕様、初めまして、って言います。」
「フ・・父がいっていた異界人か。私は曹子桓。子桓と呼べ、」

曹丕の部屋を退室する前に司馬懿が入れていったお茶からでる湯気を挟んで(曹丕が無理やり入れさせたお茶だが)表情の読めない曹丕と
逆に満面の笑み以外の何者でもない、が座っている。

よ・・異界とはどんなところだ?」
「異界・・ですかぁ?うーん、馬より早い乗り物がいっぱいでぇ、電気が夜でも街を明るくしててー、何ていうのかなぁ・・子桓様の知らない世界!」

私って、こういうこと表現するのが苦手なの。とは申し訳なさそうにいうと、曹丕は口元を緩める。

「では、この館で何が一番面白いと思った?」
「一番ですか?」

そうだ、と話しの最中でコロコロと変わるの表情を楽しむことにした曹丕が茶をすすった。
目の前のは首をひねって、朝議でみた文官の帯が実は解け掛かっていたのが面白かったとか、女官に頭を下げたら平伏されたのが可笑しかったとか、
曹丕にとってはなんでもないことが彼女にとっては驚きであったり面白いことであったりするのを興味深げに聞き取っていく。
そんな最中に二階である曹丕の室に窓の外から聞き慣れない音色が入り込んでくる。

「あ、ちゃんのギターだ!」
「ぎたー?」
「弦のある楽器なの!」

窓に駆け寄ってちゃーん、とが手を振った。

というのは?」
「私の従姉!一緒に異界から来て、今は惇ちゃんの副官なの!」

そう言えば、自分の室のこちら側の窓は鍛錬所に面していたな、と曹丕は思いつつの隣から窓の外をみやった。









































「はぁー、面白かった!」

ヒュ ヒュッと軽く音をたてては槍を振るって持ち主の兵に返す、受け取って兵は仲間たちと共に徐将軍を倒した槍だ、等と
騒ぎながら立ち去っていく。

「結局手加減してやったのだな、徐晃。」
「・・手加減とかの余裕無いでござるよ、実際。」

槍を使うものだから間合の広い戦いになると踏んでいた徐晃に対してはというと槍が不得意とする接近戦で逆に槍を利用した戦法を取ったのだ。

「油断は禁物だよ、徐晃殿。私みたいな捻くれ者は正攻法なんて使わないからね。」
「全くだ、どこの奴が槍を足場に怪我した右腕で相手を殴る。」
「拙者、その後の死角から飛びだした鞘にも驚いたでござるよ・・。」
、全身これ武器なり。何てね。」

夏候惇が観戦していた長椅子に三人で座って徐晃は布で汗を拭う。

「元譲、それ貸して。」

は右手を支えの布から抜いたまま夏候惇に預けていた皮のケースを受け取って 中身を取りだす。

「何だそれは?」
「これはギター。弦を使った楽器さ。今日は気分がいいから一曲弾こうと思ってね。」

ポーン、とが弦を弾いて音を慣らす。左の指が違う場所を押さえる度に澄んだ違う音がこぼれる。

ちゃーん!」
?」

近くの二階の室の窓からが男性と共に顔を出しているのが見え、は右の腕を上げる。

「そっち行っていーい?」
「いいよ・・・・ってえぇぇぇええ!」

の言葉を聞き届けるか否かのタイミングでは窓の枠を越えて飛び降りる。
あわててが窓の下に走っていくが間に合いそうになく、夏候惇がの音に惹かれてかの真下を通って鍛錬所に顔を出そうとしていた、
夏候淵に怒鳴った。

「淵!上だ!」
「おっオオ!?」

さすがは武将、夏候淵が立派な反射神経でを受け止めて何でが上から降ってくるんだ?と腕の中のを覗きこんだ。

「ヤッホー淵ちゃん。」
「・・・・・ヤッホー じゃ無い。危ない事しないでって・・・頼むから。」

ハー、とようやく夏候淵の元にたどり着いたが夏候淵の腕の中のにため息をつく。

「んー、このほうが速いかなって。」
「二度とやらないで下さい本当お願いします。」

必死でを説得するは迷惑な娘で本当にゴメンね、淵ちゃん。とひたすらに夏候淵に謝る。
その横に日をさえぎる形でマントをなびかせた曹丕がを真似て窓から降りてきた。

「妙才叔父、、大丈夫か?」
「子桓、お前まで真似するな。」
「元譲叔父。」
「ほら、良い子の曹丕様まで真似したじゃない。」
「じゃあ、今度から良い子は真似しないでね?って言わなきゃ。」
「・・・・・むしろ今度はナシでお願いします。」

ほら、とりあえず淵ちゃんからおりなよ、とを促して下ろすと、夏候淵は別に軽いからかまわねぇけどな、とに笑って見せた。

「そうだ、ちゃんと子桓様は初対面だったよね?」
「ん、まぁ。」
「子桓様、こっちが従姉のちゃん。ちゃんこの人が孟徳様の息子で曹丕 子桓様。」
「どうも、が初っ端から迷惑かけててすみません。です。」
「曹子桓だ。子桓と呼べ。お前の従妹は中々面白い。」

互いに握手をしてが最近謝ってばっかりだ・・・と哀愁を漂わせた。

「そう言えばちゃん、ギター弾くの?」
「ん、誰かのせいで騒然となったけど。そのつもり。」

拙者も楽しみでござるよ、と徐晃がギターをに差し出した。放り投げての元へ急いだときに、徐晃が偶然受け止めてくれたらしい。

「あ、ありがとう徐晃殿。」
「ねぇ ねぇ、私が唄っていい?どうせちゃん唄わないんでしょ?」

が徐晃からギターを受け取って長椅子の方へと戻りながらいいよ、とに言う。

「惇ちゃんも淵ちゃんも子桓様も聴いて?ちゃん程じゃないけれど、私も結構上手いのよ?」

もともとそのつもりだった夏候惇に続いて夏候淵と曹丕がの回りに集まる。

「何にするの?」
「aikoの『恋堕ちる時』、大丈夫でしょ?」
「うん。じゃぁ・・」
「1・・2・・3」



歌声が空に響く―――。




































拙話

無茶苦茶。とりあえず丕ちゃん出せてノルマ達成。