十人十色という言葉があります。
 十人集まったら10通りの意見が出ると言うことですが、診療していて何度もこの言葉が出てきます。 
 日本国中、治療は同じ処置が行われているような錯覚があります。
 ところがよくよく考えてみれば、その歯科医院の先生の考え方でずいぶんと違ってきます。
 虫歯の治療ひとつにしても、詰め物にどんな材料を使うかでも何種類かあります。
 歯随処置(歯の神経を取る)が必要か、歯を取るべきか、ブリッジにするのか、義歯にするのか、将来のことを考えたらどういった処置がいいのか。
 毎回毎回悩みに悩んでいます。
 大学の同級生で、同級生同士で結婚している知り合いがいますが、同じ診療所内で治療すると、診療方針で大喧嘩になるそうです。
 一緒の教科書、一緒の実習、さらに講義室が同じなわけだから同じ授業をリアルタイムで聞いていたわけです。
 それなのに、右と左に袂を分かつ状態になってしまう。
 まして、親子で診療している同級生もいますが、治療方法が30年前後違うと、今度は親子喧嘩が始まります。
 患者さんは安心して座っていられません
 医療にやり直しはありません。というより、やり直しできない一発勝負の連続だと言うことです。
 当たりくじを引き続けないといけないわけです。
一度行った治療をリセットしてもう一度やり直せたらどれほど気が楽か。
 悩んでいるそぶりを見せないのが上手に見えるから、自信満々な態度で治療しろと言われますが、もっといい方法はないか、歯を抜かない方法はないか、歯の神経を取らないで済ます方法を取れないのか、極端に言えば、歯を削らないで行える方法はないか、悪い頭を振り絞って悩んでいるわけです。
 結局、妥協の連続になっていくわけですね。
 これが正解と言った治療があればよいのですが、患者さんの症状も10人10色な訳ですから最善の医療は何かと言われたら、わからないと言わざるをえません。
  自費治療が保険内治療に優っているかといえば、治療の水準、機能性から言えば、ほぼ一緒だと思います。
 何が違うのかと言うと、審美性の向上や、快適さ、という付加価値がついてくるかどうかだと思います。
 治療しても、歯が生えてきた状態に戻るわけではありません。
 詰め物、義歯、すべては、単なる置き換えをしているだけであって、前の状態に戻すわけではなく、なんとか悪化しないように工夫しているだけだと考えています。
 虫垂炎いわゆる盲腸や,癌も、手術して治ったから退院してきたと言いますが、単に悪い部分を切除しただけで、機能的には元に戻っていません。
 歯科は、ある程度機能を回復しないと許してくれないのですが、ブリッジでおよそ80%、義歯にいたっては30%から40%の咀嚼能力の回復が精一杯です。
 もとあった状態から考えるとすべての処置が、劣った状態にしか回復できません。
 そこのところを患者さんに理解してもらえないと、歯科医師と患者との良好な人間関係が築けず、不満だけが残り、悪い結果になってしまいます。
 でも、痛くて何もかめない状態からだと、少しはかめるので、向上したと実感してくれます。
 実際、前向きな考え方をしてくれると、それだけ治療がうまく進みます。
 歯科医療だけでなく、医療の限界を理解してもらわないと、患者さんと医師との関係がおかしくなります。
 よりよい治療を探し出すのにも限界があるから、医師同士の意見の食い違いでてきます。
 再生医学が進んで、自分の歯が再生できるようになればこんな議論は昔話になるのですが。