燦美会20周年記念原稿 今年で、大学卒業20年目。リッツカールトンホテルで同窓会が開かれます。10周年の時も記念誌を作りましたが、今回も記念誌を作ることになりました。こんなことを書きました。 1988年4月に
難生埋伏歯は口腔外科に紹介し、高度の歯科矯正は矯正歯科専門の先生に紹介し、インプラントも手がけず、自分の出来ることしかしない歯科医療をしています。平成6年から近くの小学校の歯科校医に任命され、保健室でのブラッシング指導等を提案しましたが行政の壁に阻まれ歯科講話ぐらいしかしていません。神戸リハビリセンターの歯科に少しだけ出務しましたが、たまたま歯科医院の引越しがあって中断し、その後復帰していません。
引越しのトラブルに尽力していただいた垂水区歯科医師会の理事会に恩返しの意味もあって、2004年から広報担当理事を引き受けました。理事といっても名ばかりで、理事の最重要任務は会員先生の逝去時のお葬式の手伝いです。他は見返りのない雑用などです。こうして振り返ると情けないことに、皆様に誇れることが何一つありません。開業当時、懇意にしていただいた大先輩の先生に「秀君、歯科医は細く長く続けなければいけないよ。」とアドバイスして貰いましたが、生来体も弱くどこまで頑張れるか自信がありません。子供は中学一年生と小学校2年生の女の子2人です。彼女たちと、製造責任者♀のためにも、もう少し歯科医業を続けなければいけないと心に誓っています。何かと風当たりの強い歯科界。その中で今にも吹き飛ばされそうな弱小零細歯科医院ですが、熱い思いは一杯詰まっています。
「学生時代の思い出」も書きました。
毎年恒例野球大会トーナメント 5月12日野球大会の試合があることを知っているものはいなかった。連絡係の藤川君が、知らせるのを忘れたのである。
偶々野間君が当日、野球部の人に出会ってわかったのだ。そこで、Aクラス選抜ならぬ、帰りそびれた寄せ集め軍団ができた。
スポーツ万能、アイスホッケー部のエース林 哲平投手の変化球にすべてを託した。
1回表守備の我がチームは簡単に2アウトを取った。2塁手横山君、打球は高いバウンドでショートへ。ところが横山君がグラブを出し、はじいたためにセーフ。これがきっかけで1点献上し、おまけに攻撃の時出塁しても牽制アウト。その後、平田哲也君の死球、哲平のホームラン、その他四球を絡めて4点を稼いで、4−2でリードした。
4回裏、相手ピッチャー交代で今日2度目平田哲也君の死球。動揺したピッチャーは、四球を連発してついに1アウト満塁。
打者は横山君、次が哲平。誰もが2アウト満塁で、この日2本目のホームランを期待していた。ところが、横山君ピッチャーゴロで、ダブルプレー、チェンジ最悪。
ローカルルールで最終回の5回。簡単に2アウトを取って、後一人コール。しかし、前打席でホームランを打っている元野球部キャプテンが打席へ。哲平の渾身の変化球をジャストミート、打球は哲平へ。これが抜かれると、ランニングホームラン必至。何とテッチャン避けた。しかし、反射神経の固まり、グローブだけ打球方向へ。ナイスキャッチ。
たまたまキャッチしたとの噂もあるが、無事ゲームセット。2回戦進出決定。
5月19日 土曜の試合は、2−7で負けました。結局2回戦で敗退。