閉院 引越し 開院

 平成15年の正月は何とか平穏なお正月を迎えれました。

 許可が下りないと暗い年越しとなっていたところです。

 建築協定運営委員会の承認を得たことで、1月開催の垂水区歯科医師会理事会で移転の許可を取っていただくように取り計らってもらいました。

 垂水区歯科医師会に入会してから15年たっていて、ここ数年例会、委員会、会員旅行、懇親会、総会、ほとんどすべてに出席しました。

 おそらく出席率では垂水区歯科医師会会員の中で1番だと思います。

 そういうこともあって、歯科医師会の入会委員会の先生方をはじめ多くの先生方に快く協力していただきましたので、無事承認も得られ、最短で、1月下旬に歯科医師会の許可が下りると1月末までに書類をそろえると、1月31日にテナントの診療所を閉院して2月1日から新診療所での診療が可能となりました。

 近隣移転(新診療所と旧診療所との距離が1キロ以内)なら、保健所、兵庫県歯科医師会、診療報酬支払い基金の届出は、移転後2週間以内でよいことになっています。

 1日で引越しできればの話ですが。

 こうなったら、少しでも早いほうが良いので最短移転を目指しました。

 平成15年2月1日は土曜日で、2月1日(土)と2日(日)の2日間かけて引越しする計画を立てました。

 デンタルチェアーは1台だけ新品を購入しましたのでいつでも置けそうですが、動力のコンプレッサーを31日ギリギリまで使用するので、結局2月1日(土)に業者の移動していただくようにしました。

 パノラマレントゲン、デンタルレントゲン2台も配線だけしておけば移動はすぐできます。

 自動現像機は液さえ抜けば簡単に移動できます。

 ある程度移動できるものは移動したかったのですが、31日まで診療体勢にして置かなければならないので、土日勝負になることになりました。

 歯科助手の家族の方にも車を貸していただき手伝っていただきました。

 直線距離で1キロなんですが、ロッカー、スチール棚、など2人3人がかりで2階から運び出すのは重労働です。

 これほどこまごましたものがあると、何回も何回も行き来しました。

 1キロ離れただけなのに、電話番号も変更になってしまいました。丁度電話番号の境界線をまたいでいたのです。

 電話番号、ガス、水道、電気、の切り替え手続きなどはもとより、レントゲン機器の廃止、認可などは直接保健所、歯科医師会館に出向かなくてはいけません。

 借入金のためどうしても銀行や、都市公団に平日診療を休んでいかなくてはいけません。

 しかし、こういう事柄は、走り回りさえすれば何とかなりますが、住民の意思となるとどうしようもありません。

 住民の意思=建築協定運営委員会の許可 という足枷が解けたので、精神的には楽でした。


 テナント診療の限界を感じ、バリアフリーの診療所でいろいろな工夫を取り入れて地域医療に貢献したいと考えて実現するためにはどうしても移転しなければなりません。

 簡単に移転できるとは思っていませんでしたが試行錯誤を繰り返すうちに失敗からいろいろと知識が増えていきました。

 一見道が閉ざされたように見えても何とかいろいろな人の助けや知恵を借りると何とかなることもわかりました。

 なんとか現在の場所に移転してこられましたが、周りの人たちの協力が無ければ一歩も進めなかったと考えています。

 今回の移転において、これからどれだけ地域医療に貢献できるか分かりませんが、微力ながら頑張っていこうという気持ちになりました。