I S I Z E  への 43

夏の口紅
樋口有介

発行:角川文庫


 本屋でタイトルに「夏」のつく本を探していて偶然見つけた。よかったです。この著者の本は初めて読んだが、ファンになりそうですわ。

 主人公である礼司の親父が死んだ。親父は養子だった。母親とは15年前に離婚していて、大学生の礼司には、ほとんど親父の記憶はない。この親父はけっこうマトモ(わがままであるが、自分の美意識はちゃんとある)な男で、世間体など気にしない昆虫学者。恋愛においてもけっこう自由なようで、周りの迷惑には無頓着。母と離婚してからも違う女性と結婚していた。そんな親父が死んで残したものは、なんと蝶の標本。それが2つあり、自分とそして姉へということであった。姉がいたなんて初耳で、礼司の母と結婚する前に既に子供がいたのであった。話の1つは見知らぬ姉の居どころ探し。そしてもう1つは恋愛物語なのであった。

 母との離婚後、結婚した女性(すでに死んでいる)の姉から親父の遺産(蝶の標本)を取りに来いと言われる。そこで礼司はキリコ(親父が後に結婚した相手の連れ子)と出会う。第一印象はひどいものであった。むちゃくちゃ無愛想。なにしろまったく口をきかない。年は高校生くらいであるが、華奢な感じで、髪も短くきっていて、一見男か女かわからない。保護者がわりのおばさん(親父の後に結婚した相手の姉)はキリコがまったくしゃべらなくなったのは、頭の病気と思っている。キリコは学校にも行かず、本ばかり読んでいた。

 ジーパンにTシャツで、髪も自分で切って短くボサボサという無頓着さ。 Tシャツの下にブラジャーなんかもしてないので、腰を屈めた時に、乳首も見えてしまう有様であった。なにを言っても返事をしない。名前を聞いた時には「季里子」と紙に書いた。変なヤツだと思ったが、徐々に口を開いていく季里子は、バカでないことがわかる。それどころか、よく見るとこんなかわいい顔をした子はいままで見たことはない、なんて思うようになる。

 それまでは、5つ年上の女性とのつきあったり、生きる意味なんてものはないなんて、学生とは思えないような達観した人生感を持っていた礼司であったが、季里子に対して「初恋」をしてしまうのだ。

 どこがいいのか、っていうのが説明しにくなあ。読んでいて心地よい。世間ずれしていない季里子が魅力的だ。親父(季里子にとっては義父)の墓の前で、誰はばかることもなく、泣く季里子。原宿でそっと買ったやった口紅。そしてそれをつけてくれとせがむ(自分でつけたことがないので)季里子もまたかわいい。男ごころをくすぐられる。感情表現もいい。親父の墓にお参りにいった時、またもやTシャツの襟から胸が見えてしまうが(っちゅうか自然に目がいく?)、季里子がちゃんとブラジャーをしていることに礼司がホッとする。このホッとしたと感じるようになる、っちゅうところが、うまい!と思う。その時点で季里子は礼司にとって大事な人になっている、という礼司の心境の変化をうまく言い表していると思う。そんなとこかな。他の作品も是非読んでみたい。あいそうだ。

●樋口有介について
1950年生まれ。国学院大学文学部哲学科中退。放浪癖あり。 処女作『ぼくと、ぼくらの夏』でサントリーミステリー大賞読者賞を受賞。 最新作は『刺青白書』。やと思う。

おすすめ度:★★★★

(2000.9.10)



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