I S I Z E  への 43

007/わたしを愛したスパイ
イアン・フレミング

 訳者:井上一夫  発行:ハヤカワ・ミステリ文庫


 現在、007の映画『ワールド・イズ・ノット・イナフ』が上映中であるが、イアン・フレミングの原作物はとうの昔に終わっていて、007も映画の中だけのお話である(映画を製作するために書いたものは別として)。映画『わたしを愛したスパイ』はかなり以前に公開され(ボンド=ロジャー・ムーアの3作目)、フレミングが原作を書いている。

 映画『黄金の銃を持つ男』のパンフレットに<次回作は『わたしを愛したスパイ』、初のポルノ物ですよ>と書いてあったように記憶している。えっ?なんじゃ?007でポルノ物をやるのか!とビックリ(期待)したのであるが、なんのことはない、全然普通でした。いつもの007の映画。で、原作を前々から読んでみたいと思っていたところ、ハヤカワ・ミステリ文庫から改訳版として新しく出ていたので早速読んでみた。原作とはまるっきり違う。この原作を読むまえに『黄金の銃を持つ男』の原作を読んでみて、原作と映画はまるっきり違うと感心していたが、そんなものではない。映画は原作のあとかたもない。同じであるのはタイトルだけ。主人公さえも違う。映画の方の主人公は当然ジェイムズ・ボンドなわけですが、原作の方は、わ・た・し(別に間に・を入れなくてもいいのであるが)。

 わたし=女性。名前はヴィヴィエンヌ・ミシェル。友達はヴィヴと呼んだりする。「わたし」はフランス系カナダ人。8つの時、両親を事故で亡くし、叔母の元から尼僧院で教育を受けるが、嫌気がさしイギリスに渡る。そこでデリックという軟派野郎と仲良くなるが、相手は全く遊びのつもりであった。その後、新聞社に就職し、クルトという紳士風男と出会う。しかし、彼も子供ができたとわかったとたんに逃げ出した。傷心を癒す為に「わたし」は何故かアメリカ縦断をしようと思いつく。スクーターに乗り、時々小銭を稼ぎながら旅をつづける途中にモーテルに寄る。そこでたった1人になり(理由は長くなるので省く)、ギャングのような2人組みに暴力を受ける。なんとか逃げ出そうとしている時に、また1人、人相の悪い男が現れる。何を隠そう、そいつがジェイムズ・ボンドであった。(やっと出てくる)

 当然「わたし」はボンドに助けを求める。ボンドは映画のようにスマートでもなく、用心深く、思惑がはずれたりして人間味には溢れている。ボンドは結局2人組みをやっつける。そして、なんの利害関係もない「わたし」をしっかり守ってくれたボンドに「わたし」は恋してしまう。最後にベッドインとなるが、ボンドは手紙を残して去っていってしまう。

 後は地元の警察の登場だ。そこのベテラン警部は「ボンドにしろあのギャングにしろ、あなたには向かない。あの連中だけのジャングルの住人なので、甘い夢は見るな」なんてことを言う。しかし、「わたし」は今までの傷心はボンドによって拭去られていた。そして、ボンドとのことはいい思い出として胸にしまい、またスクーターに乗って行くのであった。

 なんとも奇妙な小説である。自分の身を挺して「わたし」を守り、「わたし」を愛してくれたボンド。しかし孤独なスパイという職業である彼は次の生死を賭けた仕事に行かねばならない。そんな<ジャングルの住人>の孤独さ・愚かさに対して母性本能が芽生えたのかもしれんなあ。

 かなり異色作ではあるが、ポルノ物でもないのであった。

おすすめ度:★★★

(2000.3.21)



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