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さらば愛しき女よ
レイモンド・チャンドラー

 訳者:清水俊二  発行:ハヤカワ文庫


  チャンドラーの長編の1作目が『大いなる眠り』で、本書は長編の第2作目である。主人公はもちろんあの私立探偵のフィリップ・マーロウだ。チャンドラーはかつてこう言ったそうである。

<従来の型の推理小説は傑作も劣作も五十歩百歩であって、リアリティに関するかぎりすべてゼロである。これは冷静なプロット構成力と生き生きした性格描写力とは同一作家に共存しないからである。・・・>

「従来の型の推理小説」とは、ベントリー、クリスティ、クロフツ、セイヤーズ等の推理小説のことである。彼が推奨するのは、あの『マルタの鷹』等を書いたダシール・ハメット唯一人。

 江戸川乱歩は、この意見に対しては好意的ではなく、
<私は彼の一種詩味ある簡潔清新な文体にはかなり惹きつけられている>
としながらも、
<…私には純アメリカ好みのハード・ボイルド型が好きになれないのである>
と『クリスティに脱帽』では述べている。

 で、『大いなる眠り』、『プレイバック』、『さらば愛しき女よ』を読んでみた。この中では、『さらば愛しき女よ』が一番面白かった。だんだん面白くなってきたのかもしれない。マーロウの個性がだんだんわかってきたのかも。大概の場合、彼はすぐに出ていこうとしない。まず、シャワーを浴びて、コーヒーを飲んでからだ。この辺の人間くささが良い。事件よりもまずコーヒーだ。飯だ、トイレだ。一見だらけているような気もするが、そうではない。まずはコンディション作りからだ。仕事はきっちりこなすが、よけいなこと(依頼者にとって)にも首を突っ込んでいく。行動はすばやいがよく殴られ、ノックアウトさせられる。そして、覚醒するとひとり言が言うクセがある。誰もいないところで本当に声に出して、自分の声であることに驚いたりする。ウィスキーをいつも持っているので、酒好きの男女から情報を聞き出すのは得意だ。当然自分も酒は好きで仕事中でも飲む。道徳感はないが、倫理感は旺盛。出会った女とすぐに寝ることはない(『プレイバック』以外)。強がりで、キザなセリフも照れずに言える。

 もうこうなりゃ、この人物の面白さで充分読める。マーロウがどんな行動をし、どんなことを言うのかが楽しみとなる。探偵小説独特のトリックの奇抜さを期待すると面白くないかもしれない。その点はすでにあらゆる評価をくぐり抜け、今日まで残っているものなので(というかもう古典的名作)、今さらとやかく言う必要もないが。

 さて、『さらば愛しき女よ』であるが、依頼人はいない。イヤ、正確にはいたのであるが、依頼された人物探索の為に行った理髪店でではなく、その2階の「フロリアン」というナイト・クラブで事件がおこるのである。つまり、依頼された仕事は最初の1ページで終わってしまうのである。この時点で、通常の探偵小説とはおさらばする。そして、得意の(?)自ら事件につっこんでいくパターンとなり、周囲にイヤがられる。クラブ歌手であったヴェルマを愛し、探し続ける大男、大鹿マロイ。そして過去を知られたくない富豪夫人。まさに人間ドラマって感じである。ラストはちょっと悲しい。

 チャンドラーの小説を続けて読んでいきたい。『高い窓』、『湖中の女』、『かわいい女』、そして名作と言われている『長いお別れ』がある。楽しみだ。

おすすめ度:★★★★★

(1999.11.29)



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