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シュテフィー・グラフのフォアハンド。マイケル・ジャクソンのムーン・ウォーク。タイガー・ウッズのドライバーショット。ブルース・リーの蹴り。日本人で言えば、イチローのバットスイング。どれもがホレボレするような動きである。
そして…野口三千三の逆立ち。この人の逆立ちも凄い。身体が一直線になり、まるで天地が逆さまになって、ぶら下がっているようだ。自らも「ぶら上がり」と名付けている。 <生きている人間のからだ、それは皮膚という生きた袋の中に、液体的なものがいっぱい入っていて、その中に骨も内臓も浮かんでいるのだ> これが著者の考える生きている人間のからだのあり方(動き)の基礎感覚である。筋肉の緊張がなければ、人間の体はめちゃくちゃ柔らかいのだ。これは泥酔した人を担ごうとするとよくわかる。完全に相手に身を任せた状態。 著者は筋肉の緊張によらない、重力を利用した動きを追求した。それが「ぶら上がり」であり、「にょろ転」であり、「寝にょろ」などだ。非常に合理的であり、省エネであり、最も速く動くことができる。ムチのような動き。 <ある一瞬に働くべき筋肉の数が少なすぎることによる誤りはきわめて稀で、誤りの多くは、ある一瞬に働いてしまう筋肉の数が多過ぎることによって起こる> 頑張るのではなくて、さぼる。そしてじっとからだの中身のイメージを感じ取るのだ。気持ちいい、快感を伴う動き。からだのわがままをじっときいてやるのだ。一種の精神主義の否定でもある。 著者はこれらを『野口体操』としてまとめ、身を任せる、触れあうことの大切さ、そして「からだとの対話」の重要性を説き、独自の身体論、人間論を提唱した。「体操による人間革命」だ。その活動範囲も広く、演劇、美術、音楽にまで及ぶ。本書の他に『野口体操・からだに貞く』、『野口体操・おもさに貞く』(どちらも「柏樹社」)などがある。大正3年、群馬県生まれ。 おすすめ度:★★★★★ |
(1999.9.24)