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■ クーンツ・ディーン  インテンシティ (上)(下)  アカデミー出版

  (上)ひさびさのミステリー。インテンシティ(緊迫)の題にふさわしい内容である。ビスは狂っているのか、いないのか。常に冷静に行動するのは外人版酒鬼薔薇か?主人公チーナはなぜ再び犯人の車にのりこんだのか。さすがに超訳は読みやすい。
 (下)非常に面白かった。表の顔と裏の顔を使い分けるビスと暗い過去を持つチーナの最後の闘いはかなり迫力がある。

■ 鯨統一郎  「神田川」見立て殺人  小学館

  「犯人はこの部屋にいる」というのが間暮警部の口癖である。そしてそれがいつもズバズバ当たるから困ったもんなんである。いつもマグレ当たりとしか思えない。しかし、端から見たらマグレでも、この警部の頭ん中では論理だっているようでもある。9つの話からなる短編集。そして事件解明の鍵は古い歌謡曲。すべてが「見立て」殺人であると間暮警部はほざく。登場する時は、その歌を歌いながらだ。これがまた美声でまわりの人間を感心させる。助手の谷田貝警部も美声だ。マグレで真犯人を当てていく間暮警部。天才か大馬鹿者か、なかなか素敵だ。

■ 鯨統一郎  文章魔界道  祥伝社文庫

  大作家、大文豪(おおぶみごう)の初めて書いた大作が文章魔界道の魔王によって盗まれた。弟子のミユキは、魔界道に飛び込み、その作品を取り戻す為、番人や魔王と言葉の戦いを行う、というお話。読みどころは、魔界道での戦いにおける言葉のやりとり。これはなかなか凄い。凄すぎて、ちょっとしつこい。人類のストーリィ欲は夢体験システムによって満たされ、小説は将来なくなってしまうのだろうか?というのが大文豪(おおぶみごう)の作品のテーマになっている。そのタイトルは『小説とは何か』。

■ 鯨統一郎  邪馬台国はどこですか  創元推理文庫

  めちゃ面白い。読みやすい。もっと読みたい。1冊まるごと「邪馬台国」の話を読まされるのかと思いきや、さにあらず、6つの短編であった。登場人物はいつも同じ4人。舞台はダイニングバー。突飛な推論をするのが、宮田六郎。宮田はのたまう。「ブッダは悟りをひらいていない。邪馬台国は東北だ。聖徳太子はいなかった。織田信長は自殺した。維新は勝海舟の催眠術による。十字架を背負ったのはイエスではない」。日本史が専門の三谷敦彦教授はニヤニヤ。助手であり、世界史が専門の日本一の美女(?)早乙女静香は宮田を「バカ呼ばわり」して反論する。バーテンダー松永は店の売り上げの為に歴史談義を盛り上げ、絶妙のタイミングで水割を3人の前に置く。回を追う毎に、バーテンダーも議論に加わっていくのも面白い。それぞれ嘘か真か、納得させられる。しかも予備知識なしでもOK。信長と明智光秀の『謀反の動機はなんですか?』、イエスとユダの『奇蹟はどのようになされたのですか?』は特に狂気乱舞ものであった。

■ 朽葉屋周太郎  おちゃらけ王  メディアワークス文庫

 おちゃらけたい。というか、普段十分におちゃらけられない分、しっかりおちゃらけたものを読みたい。といことでワクワクしながら読んだ。結果は、まずまず。もっとおちゃらけてもいい、と思った。読んでる端からカタルシスが得られるような、おちゃらけ。真夏の部屋でもクーラーがいらんような、おちゃらけ。おちゃらけも難しい。倦怠王国ダルカリアの国王としての<怠惰こそが人間の多様性を生みだす> という流れも期待したが、おちゃらけとは方向性がちょっと違うかもしれん。おちゃらけは、怠惰ではいけない。第17回電撃小説大賞、メディアワークス文庫賞の受賞作。<優木まおみも大絶賛> とは帯の言葉。

■ 工藤キキ  姉妹7センセイション  河出書房新社

 ううっ。なんじゃこりゃ。ラップか?町田康の女版か???。7人姉妹で、7つの短編。読むのに息継ぎがむずかしい。やっぱ、ラップじゃなコレは。どっかで聞いたような言葉がじゃんじゃん出てくるので、注釈つけると『フェネガンズ・ウェイク』並みに大変なことになりそうだ。表紙の写真は緑帯の空手少女。沖縄の子か?本文のイラストがまたイロっぽくていい。コレもやっぱりJ文学ってヤツか?

■ クリスティー・アガサ   愛の探偵たち  クリスティー文庫

 クリスティー文庫、68冊目。安定の面白さ。マザーグースの歌であり、ラジオドラマ、小説、戯曲となった『三匹の盲目のねずみ』。ゲストハウスを経営することを思いついたモリー。怪しい客ばかり。特にパラヴィチーニ氏は何者?ミス・マープルが登場する『奇妙な冗談』(伯父さんの残してくれたものは意外なもの)、『昔ながらの殺人事件』(うまくやった者とそうでなかった者)、『申し分のないメイド』(申し分のない奴は怪しい)、『管理人事件』(みかけだおしの男は変わらない)。ポアロが登場する『四回のフラット』(オムレツには目がないポアロ)、『ジョニー・ウェイバリーの冒険』(夫婦と言えども)。そして『謎のクィン氏』以来となるハーリ・クィンが相棒のスタースウェイトとともに登場する『愛の探偵たち』。クィン氏は、愛し合う若い2人を救う。


■ クリスティー・アガサ   ヘラクレスの冒険  クリスティー文庫

 クリスティー文庫、67冊目。ポアロ物の短編集。名探偵ポアロも引退を考えるようになった。そして最後に自分のクリスチャンネーム、エルキュール(=ヘラクレス)に因んで、ヘラクレスの行ったという「12の難行」を自分に強いることにした。解決する事件もヘラクレスの神話と同じように「ネメアのライオン」から始まり、「ケルベロスの捕獲」で終わるように、それに因んだ12の事件を選ぶ。登場人物が再度登場したりするが(それもまた面白い)、それぞれ独立した短編として読める。短編でテンポが良く、一ひねり、二ひねりあり、ポアロの愛ある事件の解決も見事で、カタルシスが味わえる。


■ クリスティー・アガサ   運命の裏木戸  クリスティー文庫

 クリスティー文庫、66冊目。トミーとタペンスのシリーズ、最後をついに読んでしまった。『秘密機関』、『おしどり探偵』、『NかMか』、『親指のうずき』ときてついにラスト。この作品がクリスティーの実質最後の作となったらしい。2人合わせて45歳に満たない、スポーツ感覚で結婚したカップルが、とうとうどちらも75歳になってしまった。孫も登場する。助手のアルバートも健在。余生をのんびりするつもりで田舎に引っ越して来たが、やはりのんびりはできなかった。昔ほどのスピード感はさすがにないが、人生いろいろ経験してきておかげで、事件と直接関係ない薀蓄話が多い。この作品はクリスティー自身が83歳の時に書いたもので、さすがにそのゆったりした感じが味わえる。


■ クリスティー・アガサ   死人の鏡  クリスティー文庫

 クリスティー文庫、65冊目。4話からなるポアロ物の短編集。『厩舎街の殺人』、この時代のイギリスの女性たち、ゴルフは身近なスポーツかな。ショーロック・ホームズの名前も出てくる。『バスカヴィル家の犬』?のことにも触れているのが面白い。『謎の盗難事件』、盗まれた設計図の行方。黒幕の女性と政治家の信念。ポアロの最後の言葉は、非難ではなく賞賛か。。黒幕の女性のメイドがかわいい。『死人の鏡』、探偵小説らしく、ポアロが一人一人に事情徴収する。ぶっ飛んだゴア夫人は面白い。母娘の愛情物語でもあるが、娘はなにも知らない。最後の言葉が切ない。『砂にかかれた三角形』、ポアロが言う一番怖ろしい女性は、一見地味だが実は頭の切れる人物。事件には直接関係しない<冷血極まる悪魔>


■ クリスティー・アガサ   無実はさいなむ  クリスティー文庫

 クリスティー文庫、64冊目。資産家の女性レイチェルが殺された。彼女には子供がいなく、5人の養子を持ったが、皆が曰く付きの子供達であった。その中の一番タチの悪いジャッコという男に殺された。彼は獄中で死んでしまったのだが、2年後に彼のアリバイを証明する男が現れたのだ。本当の犯人は誰なのか、その一家に訪れた迷惑な不安。お互いを疑いの目で見るようになる。ジャッコを除く4人の養子、殺されたレイチェルの夫、秘書、家政婦達だ。ジャッコのアリバイを証明するアーサー・キャルガリが事件の謎を解く。この設定だけでも面白いが、この一家のそれぞれのキャラクターが立っている。特に養子の1人で、何事にも自信のないヘスターという娘はかわいい。彼女は言った。<わたしは何者でもなかったわ。液体だった。そう、そのことばがぴったりする>


■ クリスティー・アガサ   第三の女  クリスティー文庫

 クリスティー文庫、63冊目。ポアロ物。ノーマ・レスタリックはサードガールであった。ルームシェアする三番目の人物。<主になる娘がまず家具つきのマンションを借りて、それから何人かの仲間で家具を分担する。セカンドガール(二番目)はたいてい友だちね。サードガールは心あたりがなければ広告をだして探すわけ>。そのノーマ、ちょっと足りないんじゃないの、と思われている。殺人をやった気になってポアロを訪ねた時、ポアロを見て<お年寄りすぎるから、ほんとにすみません>といって帰ってしまった。本作でポアロも年寄扱いにされてしまった。ポアロ物もあと3作品となった。久々のクリスティー、面白かった。お馴染みのアリアドニ・オリヴァも登場する。


■ クリスティー・アガサ   複数の時計  クリスティー文庫

 名探偵ポアロ物。作中でポアロがガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』を絶賛していた。<これこそまさに古典だよ!初めから終わりまで文句のつけようがない。…>。これは読まずにはいられない。ってことで、さっそく買って読み始めた。で、本書の『複数の時計』であるが、久々にクリスティーを堪能した。盲目の教師ペプマージュ婦人の家で、一人の男が殺された。秘密情報部員のコリン・ラムが活躍。彼の父親の友人がポアロというわけだ。アパートの窓から観察していたゼルラディンもかわいい。ところでポアロが友人のヘイスティングズを懐かしむ場面もあるのだが、今後登場してくるのかな。


■ クリスティー・アガサ   ねじれた家  クリスティー文庫

 クリスティーの中でも最も衝撃的な小説。凄いトリックなどではなく、すごく悲しく、痛々しい小説。主人公は外交官のチャールズ・ヘイワード。父はロンドン警視庁の副総監。チャールズの婚約者は、聡明な女性ソフィア。ソフィアの祖父アリスタイドは大富豪で、<ねじれた家>の大黒柱であった。その大富豪が死んだ。当然、ただの死ではない。殺人事件の始まりである。犯人について、チャールズの父は<大抵の家族には、なにか遺伝している弱点が1つある。それが面白いことに代々変わらないのだ。…両家ともそれぞれ他家の持っている欠点は持ち合わせていないわけだ。この両家の欠点をうけついだ人間を探せばいいわけだ>と言った。


■ クリスティー・アガサ   忘られぬ死  クリスティー文庫

 何巻末の解説で、文芸評論家の結城信孝氏は、この『忘られぬ死』をクリスティー、ベスト1に推している。理由は<作品全体の主題をあくまでも男女の恋愛感情に置いているところが『忘られぬ死』が有するきわだった美点であり、そこに作品の価値があるように思う>だそうだ。確かにトリックではなく、物語が面白い。それがクリスティーの真骨頂であると思う。ところでラスト近く、ピンポイントで登場したミセス・リース・トールバットは何者?


■ クリスティー・アガサ   鳩のなかの猫  クリスティー文庫

 何か面白いタイトルやなあ、と思っていたら、これはイギリスのことわざのようなもので、おとなしい鳩の群れに入れられた悪戯な猫、ということらしい。舞台はメドウバンク校という女子高で、おとなしい鳩というのが、そこの生徒と教師たちだ。と言っても校長はユニークな人で、今までにない学校を作るべく努力して来た。おかげで英国でも名門と言われるようになり、外国から生徒が集まってくる。今回面白いのは、事件の秘密を握った一人の女子高生がポアロに事件の解決の依頼をしにいくところ。


■ クリスティー・アガサ   復讐の女神  クリスティー文庫

 ミス・マープル物。『カリブ海の秘密』でマープルのベストパートナーであったラフィール大佐が亡くなった、ということを知った。そしてこの大金持ちの男・ラフィールから、マープルに依頼が届いた。詳細は知らされないマープルであったが、指示通りに動いていくと、段々と事がわかってきた。実はラフィールの息子があらぬ疑いをかけられていたのだ。そして、ラフィールはマープルに助け求めたのだった。話が進むにつれ、いろんな人物が登場して面白い。内容は少女殺人事件。犯人の動機は愛、というか、愛着だ。


■ クリスティー・アガサ   バートラム・ホテルにて  クリスティー文庫

 ミス・マープル物。<バートラムホテルにはじめての人だったら、まずびっくりする―もはや消滅した世界へ逆戻りしたのではないかと思う。時があともどりしている。まるでエドワード王朝時代の英国なのである>。そんなホテルが今回の舞台となる。女流冒険家のべス・セジウィックとその娘、エルヴァイラ・ブレイク。ホテル自体の秘密も大がかりで、母娘の物語も感動的であるが、母親べス・セジウィックの最後は壮絶過ぎる。


■ クリスティー・アガサ   ホロー荘の殺人  クリスティー文庫

 エルキュール・ポアロもの。今回も個性豊かなメンバーが登場する。その最たるものがルーシー・アンカテルだ。ホロー荘のホスト役ではあるが、子供のような天真爛漫さに皆が翻弄される。ヘンリエッタ・サヴァナクは芸術家であり、車好きの行動家。2人の男から求愛されるが、とらえどころがなく不思議な存在。そしてなにより、エドワード・アンカテルとミッジ・ハードカースルの恋愛物語は、これだけでも一冊の本になるくらい、ぐっと迫ってくるものがあった。


■ クリスティー・アガサ   カリブ海の秘密  クリスティー文庫

 ミス・マープルもの。甥のレイモンドの計らいで、西インド諸島に療養にでかけることになった。故郷のセント・メアリ・ミードと違う世界に最初はとまどっていたが、事件が起こると急に元気になった。今回は、一見鼻持ちならない金持ちの男、ラフィールといいコンビになる。


■ クリスティー・アガサ   死が最後にやってくる  クリスティー文庫

  やっぱりクリスティーは面白い。安心して楽しめる。今回の舞台はなんと紀元前二千年頃のエジプト。家長のインホテブは墓所を管理する墓所僧侶。そして死者がでるとミイラにする習慣が描かれている。この辺りは古代エジプト?クリスティー自身も<といっても場所も年代も物語自体にとっては付随的なもので、どこの場所でいつ起こったとしても構わないものです>と言っている。職業や習慣は違うが、人の行動は同じというわけだ。登場するのは家長のほか、三人の息子と一人の娘、母親、妾、いとこ、書記、お手伝い、奴隷の娘等だ。今回のポイントは人の見かけの性格は変わる、ということ。家長が妾をつれて帰って来た。すると家族の各々の性格が変わり、次々と殺人事件が起きる。おお、恐。


■ クリスティー・アガサ   ゼロ時間へ  クリスティー文庫

 ひさびさのクリスティー、面白かった。<殺人事件は結果なのだ。物語はそのはるか以前からはじまっているーときには何年も前からー>。というのは八十歳近い弁護士・トレーブの言葉だ。<もし自分が書くなら、今この瞬間から書き起こすだろう。老紳士が暖炉の前で手紙の封を切っているとろこから始めてーゼロ時間に向かう…>。そしてクリスティーは書いた。今までにないパターンだ。殺人事件もなかなか起こらない。そして本当の目的は、それだけではなかった。練られた物語の中にロマンスもあり。クリスティーの真骨頂だな。他の作品では影の薄かったバトル警視も本作品では大活躍する。


■ クリスティー・アガサ   親指のうずき  クリスティー文庫

 ご存知?、トミーとタペンスシリーズ。『秘密機関』、『おしどり探偵』、『NかMか』に続く第4弾。この夫婦探偵も初老となった。トミーの叔母さんを老人ホームに尋ねるところから物語りは始まる。そこで出会ったある老婦人が、突然どこかに行ってしまった。タペンスはその老婦人を助け出すべく動き出す。タペンスの一直線ぶりに手を焼くトミーは、年をとってもあいかわらずだ。実際墓地で頭を殴られたり、部屋に連れ込まれて毒を飲まされそうになったりする。物語はさすがの大転回で、パズルが嵌め込まれていく。このシリーズ残るは『運命の裏木戸』一作となった。楽しみはとっておこう。


■ クリスティー・アガサ   ヒッコリー・ロードの殺人  クリスティー文庫

 ヒッコリー・ロードにあるその学生寮には、外国人の留学生が多く、イギリス人以外にフランス人、アメリカ人、ジャマイカ、西アフリカ人が住む。そこで相次いで盗難事件が起き、ポアロが呼ばれ、学生たちがざわめき立つ。そしてついに死者が出た。盗難事件の裏にある核心に迫るポアロ。決め手となるのは、<詐欺や殺人を計画するような悪知恵があり、それを実行する大胆な度胸のあるのはだれか>、また<残酷でうぬぼれが強いといえばだれか><虚栄心が強いこと、執念深いこと、向こうみずなこと>ということになる。ポアロが割り出す犯人像には、それなりの資質があるのだ。そこが納得できなければならない。今回は西アフリカ人のアキボンボが、惚けた感じでいい味出している。


■ クリスティー・アガサ   葬儀を終えて  クリスティー文庫

 いきなり葬式で始まる今回のお話。死んだのは当主のリチャード。それに続いて妹のコーラが殺される。弁護士はポアロに助けを求めた。ポアロは例によって、残った人間を観察する。殺された変わり者の妹・コーラと彼女の家政婦・ギルクリスト、しっかり者の姪・スーザン、規律正しい義理の妹・ヘレン、女優で美人だがあまりにも単純でストレートな姪・ロザムント等、女性陣が面白い。特にロザムントが”あること”について”決心を固める”ところがなんともかわいらしい。男どもは今回も情けない役回りだった。


■ クリスティー・アガサ   マギンティ夫人は死んだ  クリスティー文庫

 エルキュール・ポアロは愛のキューピットでもある。今回もあるカップルの結婚を願うというか予想する。本書以外でも何度か、うまくいきそうな2人ならばキューピット役となる。ポアロは犯人を見つける時も、その人間の性質(たち)を良く観る。そのようにしてベストカップルを浮かび上がらせるのだ。人間観察のなせる技だ。なつかしい友ヘイスティングズの名前が出てきたので、ご本人登場かと期待したがさにあらず。しかしもう一人、なつかしい推理小説作家・アリアドニ・オリヴァが登場する。今回の話はちとややこしいので、再読するかな。


■ クリスティー・アガサ   満潮に乗って  クリスティー文庫

 <およそ人の行いには潮時というものがある、うまく満潮に乗りさえずれば運はひらけるが、いっぽうそれに乗りそこなったら、人の世の船旅は災厄つづき、浅瀬に乗り上げて身動きがとれぬ。いま、われわれはあたかも、満潮の海に浮かんでいる、せっかくの潮時に、流れに乗らねば、賭荷も何も失うばかりだ。シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』(四幕三場)>。という訳だ。ところで賭荷は「とに」か?今回のポアロ、ラストで若者3人を集め、諭すように事件の全豹を語るところは父親のようだ。エピローグでのリン・マーチモントの男の乗替えっぷりにはちょっと引くが。まあご愛嬌ってことで。


■ クリスティー・アガサ   殺人は容易だ  クリスティー文庫

 これはやられたな。素人探偵が最後につきとめた、と思った意外な真犯人。まったくのせられた。ここに書くのも今回の犯人は、『愛国殺人』の犯人に似ているが、違っているのはこういうとこでムニャムニャ〜。なんて考えたりしたが、そのわりに未だ多くのページが残っているなー、なんて。最後まで読んで、あぁ、そーですか。


■ クリスティー・アガサ   五匹の子豚  クリスティー文庫

 ポアロが16年前に起こった殺人事件の真相究明を依頼された。殺されたのは著名な画家。殺したのはその妻。依頼主は娘である。ポアロはその時の関係者に事件の供述を聞いたり、書いてもらったりする。それぞれが思い込みによる間違い、または嘘があるものだ。ほんの些細な、事件に直接関係ないけど何か腑に落ちない事、そこから解決の糸口をつかむ。解釈を変えることで、全ての言動がすっきりと収まるようになる。ポアロの得意技が光る。


■ クリスティー・アガサ   鏡は横にひび割れて  クリスティー文庫

 今回は他人の気持ちはほとんど考えない、お節介やきのおばさんが死ぬ。こういう人はヤバイかも。殺人の動機がポイント。テーマは母親。泣かせる。ジェーン・マープルもますます年老いた設定となっている。


■ クリスティー・アガサ   白昼の悪魔  クリスティー文庫

 エルキュール・ポアロは、カッコイイ犯罪と言った。用意周到で鮮やかな犯罪であった、ということだ。ジグソーパズルの一片一片を、ピッタリと当てはまるまで考えるポアロの頭からは湯気が出ていたに違いない。江戸川乱歩もクリスティー作品のなかでも五本の指に入ると言ったらしい。&解説の作家・若竹七海さんもこれを強調している。5本の指に入るかどうかは、全部読んで決めよう。ラストは鮮やかであり、厚みがある。


■ クリスティー・アガサ   なぜ、エヴァンスに頼まなかったのか?

 タイトルが強烈だ。なんとなくオドロオドロしい話を予想したが、さにあらず。主人公のボビィ・ジョーンズと伯爵令嬢のフランシス・ダーウェントの軽快な探偵ぶりが、この小説を明るく、愉快なものにする。主人公ボビィ(ロバート)・ジョーンズは、あのゴルフの球聖ボビィ・ジョーンズではもちろんない。しかしゴルフが大好きなんである。小説の始まりも、ゴルフのシーンから始まる。9番アイアンのことを「ニブリック」と呼ぶのをこの小説で知った。もちろん伯爵令嬢のフランキーもゴルフをやる。「トミーとタペンス」ばりの痛快な小説であった。


■ クリスティー・アガサ   リスタデール卿の謎  クリスティー文

 短編集。ストーリーは単純だが好きなのは『エドワード・ロビンソンは男なのだ』。ある間違いから事件に巻き込まれ、最初は面食らったが、相手がエドワード君のことを人間違いであると気づいたとたんに形勢逆転。相手を煙に巻いて脱出成功。これにアドレナリンがドバっと出たのか、彼女に猛烈アタックして見事婚約成立。最初の『リスタデール卿の謎』は心温まるハッピィエンド。最後の『白鳥の歌』は恐ろしい。


■ クリスティー・アガサ   愛国殺人  クリスティー文庫

 読みどころは何と言っても、最後のポアロと犯人との対決。静かな対決であるが、ある意味恐ろしい対決でもある。何故なら犯人は一向に悪いと思っていないことだ。公と私事。そこにある「ある種のおおまかさ」に含まれる恐ろしい考え方。それは驕りである。そして、ポアロの強い人格が勝つ。江戸川乱歩もベストに押すという作品だ。


■ クリスティー・アガサ   未完の肖像  クリスティー文庫

 メアリ・ウェストマコットの名で発表された作品。何の心配もなく育てられてシーリアは、ダーモットとの結婚後、心のすれ違いに参っていく。支えであった母親の死でさらに孤独となる。さらっと言ってしまえばなんでもない話であるかもしれないが、幼少時代から伝記的に描かれていて、すっかりシーリアの身内になった気分になる。微妙な心の動きが良く伝わり、まさにクリスティー自身のことではないか、と思わせる。人生には、いわゆるガッツってやつが必要なんじゃ。


■ クリスティー・アガサ   シタフォードの秘密  クリスティー文庫

 「攻撃の角度」。人それぞれ問題に対処する時の方法。同じことでも自分で感じた内容で、自分のやり方で行う。それが自分の「攻撃の角度」なのだ。フィアンセが逮捕され、その濡れ衣を晴らさんとばかりに活躍するエミリー・トレファシス。彼女が大切にするのがこの「攻撃の角度」ってやつだ。なかなか面白いではないか。クリスティー小説の女闘士、ここにもいた。そしてお供の新聞記者チャールズ・エンタビーも活躍。


■ クリスティー・アガサ   杉の柩  クリスティー文庫

 久しぶりのポアロ物。クリスティーの良さは読みやすさ、そして終わりの良さだ(『春にして君を離れ』は除く)。今回も締めくくりがいい。ポアロもそういうところは物分りが非常にいいのだ。それと主人公のエリノア・キャサリーン・カーライルは今までにないタイプだ。詳しくは言えないが。/font>


■ クリスティー・アガサ   春にして君を離れ  クリスティー文庫

 本書もいわゆるミステリーではない。しかし解説の栗本薫も書いているように、ある意味哀しく、恐ろしい本である。理想的な家族を築いていると思っている主人公のジョーン・カスダモア。しかし内実は、夫も子供たちも心は彼女から離れていた。旅行に行って環境が変わり、そういうことに気づき始めて改心しようとした。しかし。。。ラストもハッピーエンドでは終わらない。実際に人殺しがあるわけではないが、精神的な人殺しとも言える。心が開かれないのは、やはり哀しい。


■ クリスティー・アガサ   愛の旋律  クリスティー文庫

 クリスティー最大の長編小説である本書は、ポアロもマープルも出てこない。主人公であるヴァーノン・ディアの子供の頃から青年になるまでの大河小説である。原題は『巨人の糧』という。創造者は、全てを捨てることを要求される。天才音楽家であったヴァーノンはそういう人であった。それを取り巻く奔放な従妹のジョー、実務家でやり手のセバスチャン、真の芸術家ともいえるジェーン、そして彼らのような才能はなく、ごく普通の美少女のネル。そこで彼らは刺激し合い、求め合う。本当に誰を求めているのかはその状況で変化していく。人を求めることと芸術の糧とされることが実生活が両立することはなかった。黒か白かを突きつけられるギリギリの場面が随所に表現され、その時の心の動きが良くわかり、非常に面白い小説であった。


■ クリスティー・アガサ   そして誰もいなくなった  クリスティー文庫

 ポアロも、ミス・マープルも出てこない、クリスティーの代表作。インディアン島に集まった10人が順番に死んでいく。本編では謎の事件で終わるが、エピローグで全てが明らかになる。必要十分、過度の装飾がなく、読みやすい。間違いなく面白いから、皆さんもどうぞ。


■ クリスティー・アガサ   謎のクィン氏  クリスティー文庫

  ハーリ・クィン、これまた不思議な探偵だ。突然フット現れて、暗示的な言葉を残し、スッと消えていく。実態があるのかないのかわからない。そこで、なんやかやをするのは、62歳のしなびた男、サタースウェイト氏だ。他人の生活に興味津々、上流階級の人間や芸術家の友人も多い。クィン氏の示唆を受けて、サタースウェイト氏が行動する。事件を振り返りこの2人は言う、<人間の身に起こりうることで、死は最大の不幸でしょうか?…いいえ、たぶん死は最大の不幸ではありません>。ハーリ・クィン=道化師。ハーレクインロマンスと関係ありやなきや。


■ クリスティー・アガサ   おしどり探偵  クリスティー文庫

  読む順番を間違えてしまった。『秘密機関』の次はこの『おしどり探偵』を読むべきであった。ああ、それなのに『NかMか』を先に読んでしまった。『NかMか』では、2人は結婚して大きな子供までいたのだ。しかし『おしどり探偵』では、結婚して6年目。子供はいない。やっぱ彼らの成長とともに読むのが良い。ま、そんなところで、今回の『おしどり探偵』、2人のおっちょこちょいぶりも健在だ。長官カーターからの依頼は、壊滅状態になっている探偵事務所を建て直すこと。トミーは、所長シオドア・ブラントになりすましてタペンスと共に「国際探偵事務所」を開業。しかも、こいつら探偵小説はくさるほど読んでいるので、事件によっていろんな探偵になりきるのだ(ポアロも登場するぞ)。客が来れば、タイプをガンガン打ち始め、いかにも流行ってます状態にする。タペンスとの息もぴったりだぜ。おっと、助手のアルバートも忘れちゃいけねえ。全15篇からなる(お笑い)短篇集なのだ。


■ クリスティー・アガサ   パディントン発4時50分  クリスティー文庫

 いきなり殺人事件で始まる。それを目撃したのが、マープルの友人マギリカディ。始まりも強烈だが、それより強烈なのがスーパー家政婦、ルーシー・アイルズバロウだ。オックスフォード大学の数学科を出た秀才であるが、学問の世界には行かず、金を得るために、深刻な不足は何かと考えた。それが家事労働の世界であったのだ。そして家政婦のプロとして誰もが認める人物となった。ミス・マープルは、今回の事件解決にこのアイルズバロウを起用する。料理もうまく、人扱いもうまいアイルズバロウは、思惑通りの大活躍だし、ミス・マープルも負けてはいない。最後にちょっとした演技を見せ、見事に決める。ところでアイルズバロウは勤め先の庭を探索するのに、ゴルフの練習をするというのを口実にするのだが、家政婦がゴルフの練習てのも日本じゃ?だ。なんかいいよな。


■ クリスティー・アガサ   NかMか  クリスティー文庫

 スポーツ感覚で結婚した『秘密機関』のトミーとタペンス。なんと中年のおっさんとおばはんになっていた。子供も2人。デリクとデボラ。今回は仕事がなくて嘆いていたところに、スパイを突き止める仕事が舞い込み、トミーは「無憂荘」へ。盗み聞きしていたタペンスも黙っちゃいない。即行動だ。今回は何といってもベティー・スプロケットのキャラがいい。と言っても幼児である。舌足らずの口調で皆の注目の的だ。そして絶対絶命。おしどり探偵今回も大活躍。


■ クリスティー・アガサ   ポケットにライ麦を  クリスティー文庫

 ミス・マープルもの。今回のキャラでは、しっかり者の家政婦メアリー・ダブがなかなか良くて、彼女はどういう結末になるんだろうか、と気になった。やはり一癖あるヤツだった。そして何よりも、小間使いのグラディス・マーティンがマープル宛てに書いた手紙。これには泣かされた。この無邪気な手紙を最後に持ってきたクリスティーの演出が光る。


■ クリスティー・アガサ   ポアロのクリスマス  クリスティー文庫

 シメオン・リー氏の住むゴーストン館に、クリスマスということで次々と家族が集まって来た。殺されるのはこのシメオン・リーだ。金儲けに長け、女ぐせの悪い老人で、誰からも恨まれそうな男だ。殺されても当然、てな人物だけに動機がある人間は多い。ポアロはいつものように殺された老人の性格、また真犯人の性格から入っていく。動機があっても、殺人ということができる人物であるかどうかだ。家族のようで家族でない人物。また家族でないようで実は家族であった人物が入り乱れる。それにしてもシメオン・リー、家族つくり過ぎ。


■ クリスティー・アガサ   魔術の殺人  クリスティー文庫

 ミス・マープルもの。今回はジェーン・マープルの個性があまり感じられなかった。その他に強烈な個性も見あたらない。ちょこちょこ読んだので、イマイチ調子にのれんかった。多くの人が騙されて、変なやつと思われている人(本書の主人公)が一番マトモ、ということもあるっちゅう話。


■ クリスティー・アガサ   死との約束  クリスティー文庫

 冒頭のストレートな会話も強烈だが、途中の金持ちで独占欲の強いポイントン夫人の言葉、<わたしは決して忘れませんよ―どんな行為も、どんな名前も、どんな顔も>、というのもインパクトがある。実はこの言葉が事件解決のキーになる。最後はトンビに油あげされわれた状態であるが、まあなんとかOK。恋愛物語としても面白いが、やはり男は頼りなく、女が強い。


■ クリスティー・アガサ   ナイルに死す  クリスティー文庫

 映画は昔観たが、内容はてんで忘れていた。これで二度楽しめる。美人で大金持ちのリネット・リッジウェイは、親友のジャクリーン・ド・ベルフォールの婚約者であったサイモン・ドイルと結婚し、エジプトへハネムーン旅行。いろんな人物がその旅行に合流し、そして殺人事件。登場人物も多いので少々ややこしいが、犯人はやっぱりそうか、と納得のいくものだ。いつものことだが、ポアロは殺人の動機と殺人犯の性格をジックリ検討する。キャラが立った人物はジャクリーン・ド・ベルフォール、作家オッタボーンの娘ロザリー、金持ちスカイラーのいとこのコーネリアってところで、男どもはてんでダメ。ラストのポアロ、今回は非情。


■ クリスティー・アガサ   予告殺人  クリスティー文庫

 ミス・パープルもの。チッピング・クレグホーンという村のすべての家に配達される新聞紙《ギャゼット》に殺人予告が掲載された。リトル・パドックス邸には、何の用事もないのに、というかなんか用事があったフリをしてゾロゾロ人が集まった。そらまあ、場所と時間を指定しての殺人。そしてそれを村のみんなが知っている。当然暇な人たちは集まってくる、という訳だ。今回の事件解決の糸口は、順番によく思い出すこと。ああ、あそこにあの人が。。。


■ クリスティー・アガサ   もの言えぬ証人  クリスティー文庫

 依頼者エミリイ・アランデルはすでに死んでいた。しかし、ポアロはこの死んだ依頼者の為に行動を起こす。報酬は犬一匹。ボブだったが。。。今回もポアロは、犯人の性格から推測される行動パターンに注目する。ポアロの言葉で感心したのは<しかし、かえってわたしに話してしまわれたら、あなたはもう安全です!秘密が口をついて出れば、事実が自動的にあなたを保護することになるんです>というところ。この「自動的に」というのがいい。〜It's automatic〜♪。犯人には心底恐ろしい、と思ったが、死んだ依頼者の古い友人・キャロライン・ピーポディでホットする。お馴染みのヘイスティングス氏も登場だ。


■ クリスティー・アガサ   動く指  クリスティー文庫

 ミス・マープルもの。だけどこのおばちゃん、今回なかなか登場しません。最後の方でささっと出て、しゅしゅっと終わる。そこんとこは一寸不満が残る。本書の面白さはそこではない。ミーガン・ハンター、彼女の個性につきる。先夫の娘というまあ恵まれない立場におかれ、みんなから無視されているが、そこは「ボロは着てても心は錦」なんだな。


■ クリスティー・アガサ   ひらいたトランプ  クリスティー文庫

 そのままで外見が悪魔にそっくりなシャイタナが殺された。犯人はシャイタナが開いたパーティーの招待客で、ブリッジをしていた4人のうちの一人。同じ招待客にポアロ、諜報局員のレイス大佐、彫刻のような顔をしたバトル警視、そしてクリスティー自身とも思われる、ちょいとおっちょこちょいの探偵作家、アリアドニ・オリヴァ夫人がいた。この4人が真犯人を探す。例によってポアロは、4人の性格、人柄を重視して進めていく。そして最後の切り札を。。。。なんであるが、よくポアロが使うのがダメ押しの偽の証言。これで犯人が観念するのだ。ちょいとズルイが非常に有効だ。


■ クリスティー・アガサ   メソポタミアの殺人  クリスティー文庫

 この物語は、看護婦のエイミー・レザランの手記である。レザランが起きたことをありのまま書いたことになっていて、本書の1/3まで殺人事件は起こらない。いつものように最後でポアロが全員を集合させて真犯人を言い当てるのだが、一から解説するのでやけに長い。その分盛り上がり効果は抜群だ。推理の経緯がそれまでわからないのも、手記を書いたレザラン自身がその場で初めて聞いたからだ。集合した者全員が疑われ、一喜一憂する様も面白い。クリスティーは、オリエント急行でバグダッドまで行き、メソポタミアの発掘現場を見学して本書の構想を得たが、ポアロは逆にこの事件のあと「オリエント急行」の事件に巻き込まれることになる。


■ クリスティー・アガサ   ABC殺人事件  クリスティー文庫

 面白い。おもわず読み返してしまった。この事件、一旦解決したかに見えた。しかし、ポアロにとっては終わっていなかったのだ。<わたしは何も知りませんー何一つ知らないままなのです!なぜもなんのためにもわからないのです>。ポアロの納得いく殺人者の動機がなく、人格のイメージが違っていたのであった。最初に手紙を受け取った時の違和感。そこに立ち戻って再考をした。それは直感ではない、今までの知識と経験からくるものなのだ。(ポアロはこの点を強調する。「直感」という言い方は良くないと)。旧友ヘイスティングズ氏も今回は出まくりで(南アメリカにある農場からロンドンに出てきたのだ。妻は農場運営のために残る)、普通の人ぶりを発揮。ポアロ自身納得いくまで終わらん、という凄まじい執念を見せつける。ラストの盛り上がりも良く、今まで読んだクリスティーものの中での最高傑作。


■ クリスティー・アガサ   雲をつかむ死  クリスティー文庫

 クリスティーにはめずらしい飛行機の中での殺人事件。もっとも飛行機自体が、クリスティーの時代ではデカイものはなく、本書の「プロメテウス号」も21人乗り、となっている。今回面白いと思ったのは、ポアロが語る職業と人生の関係について。<口ではどんなことをいっても、たいていの人は、内心ひそかに望んでいる職業を選ぶものなのです。…“ぼくは探検がやってみたい、遠い国で荒っぽい暮らしがしてみたい”…その人は、そんなことの書いてある小説を読むのが好きなのであって、実際には、事務所の椅子に座って安全で生ぬるく気楽な人生を送るほうが好きなのです>。なるほどね。(ヘイスティングズ氏、今回も出てきません)。


■ クリスティー・アガサ   三幕の殺人  クリスティー文庫

 今年も行くぜ、クリスティー。ってことでこの『三幕の殺人』では元役者チャールズ・カートライトが主人公となる。またもや役者の登場であるが、今回は探偵役になる。ポアロはその手助けをするという形で物語は進む。事件の陰に女あり。今回の犯人の殺人動機は非常に切ない。ところで最近ヘイスティングズ氏が登場しないのはなんでかな?


■ クリスティー・アガサ   オリエント急行の殺人  クリスティー文庫

 ポアロは2つの解を出した。あれとあれだ。どちらが正しい解答であろうか?といっても遠い昔、映画で見たので犯人は最初から知っていたのだ。イングリッド・バーグマンをリアルタイムで初めて観た(かなりのおばちゃんになっていたが)。ショーン・コネリーも出演してたような。今回も役者が出てくる。って言っても小説の中での役者。後でわかるが、これがまた相当の曲者だ。内容を知っていても面白いが、何も知らずに読むのが一番じゃな。それくらいオチが強烈。


■ クリスティー・アガサ   書斎の死体  クリスティー文庫

 ミス・マープルもの。本書にはめずらしく序文がある。その中でクリスティーは、探偵小説におきまりのテーマ「書斎の死体」、この「よく知られたテーマに変化をつけた素材」を長年模索してきたという。書斎はオーソドックスかつ伝統的なもの、そして死体は奇想天外な、あっといわせるもの、というのが自分でつけた条件であった。はてさてその出来はというと、「書斎の死体」についてはかなり強引じゃな、これは。まあ、でもミス・マープルの人を見る目はなかなかのもの。例によって、長年住んできたセント・メアリ・ミード村での様々な人物に当てはめていく。今回の主人公でもある脚の不自由な初老の男の心も見事にその例に当てはめてみせるのだ。まったく嫌なおばはんである。小説の中で探偵小説好きの少年が、作家のサインを持っていると自慢するシーンがあるのだが、その作家の中にちゃんとアガサ・クリスティーも入っていた。


■ クリスティー・アガサ   七つの時計  クリスティー文庫

 前作で『チムニーズ館の秘密』というのがあったが、またもや同じ場所、チムニーズ館で殺人事件が起こった。このチムニーズ館の所有者はケイタラム卿という。この人がなかなか「おもみき」のある人物なんである。政治には全く興味なしで、そのかわり<数々の玄妙な人生の楽しみ>を充分堪能しているのだ。自宅の庭でゴルフの練習をする場面があるのだが、左手のリストをどの様に効かそうかと悩んでいる。自分の館で殺人事件が起こったのに、なかなか「おもむき」があるではないか。そしてその娘アイリーン・ブレンド、通称バンドルは積極果敢なヤンチャ娘だ。愛車「イスパノ」を爆走させ、事件に顔をつっこんでいき、その騒ぎを大きくする、てな感じだ。ラストでめでたく結婚をする。今回のどんでん返しも見事で、大変「おもむき」のある作品であった。


■ クリスティー・アガサ   エッジウェア卿の死  クリスティー文庫

 出ました。役者です、役者。今回も出まくりです。クリスティーの得意技。役者は人に化ける、役者は人を騙せる。ああ、役者、役者。という訳で、今回は美人女優ジェーン・ウィルキンスンと、個性派女優カーロッタ・アダムス。そしてブライアン・マーチンの登場です。さあ、どいつが一番役者か。ポアロも騙されかける。お馴染みヘイスティングズも彼なりに大活躍。ポアロも云う通り、ヘイスティングズはヘイスティングズでなければならない。決して第二のポアロであってはならない。平凡な人柄。これこそがミスター・ヘイスティングズだ。しかし、名探偵ポアロ。今回も納得のできるええ仕事してます。


■ クリスティー・アガサ   青列車の秘密  クリスティー文庫

 今回ヘイスティングズ氏は登場しません。思うにクリスティーの小説には、変装名人がよく登場する。普通の人たちにはわからないが、みる人が見ればわかる。見るポイントは耳の形だそうだ。前回のビッグ4に出てくるナンバー4も変装名人であった。でもある行動の癖があったのだ。本書にも変装名人が登場する。彼らの職業は現役の役者か、元役者だ。お話はブルー・トレイン(青列車)の中での強盗殺人事件。ひかえめなキャサリン・グレーが印象的。


■ クリスティー・アガサ   ビッグ4  クリスティー文庫

 いやビックリですね。クリスティーがこんな冒険小説のようなもんを書くとは。世界を闇で動かしているのが、ナンバー1の中国人。ナンバー2は、大富豪のアメリカ人。ナンバー3は、フランス人の科学者。ナンバー4は、変装名人の殺し屋。ポアロとヘイスティングズがこのビッグ4と対決する。彼らと対決するポアロの秘策はなかなか凄いぞ。ナンバー4の殺し屋との直接対決も、迫力がある。本書では、ポアロの兄アシール・ポアロが登場する。アシールとは、アキレスのこと。またエルキュールとは、ヘラクレスのことらしい。短編をつなげて1つの物語にしたというだけあって、面白ネタは満載だ。


■ クリスティー・アガサ   ポアロ登場  クリスティー文庫

 ポアロ登場っていうから、最初にポアロが登場したいきさつなんかが書かれているのかと思いきや、さにあらず。いきなりポアロとヘイスティングがしゃべっている。やっぱりポアロは『スタイルズ荘の怪事件』でデビュー、という認識にしておこう。本書は14の話からなる短篇集。特筆すべきは、最後の『チョコレートの箱』。ポアロが唯一解決できなかった、失敗談である。


■ クリスティー・アガサ   チムニーズ館の秘密  クリスティー文庫

 クリスティーの描く女子は冒険心に富んだ魅力的な人物が多いな、と思っていたが、今回の主人公は非常に魅力的な男だ。その名をアンソニー・ケイドと言う。明るく、冒険心に富む。しかし、その彼もこういうことを言う。<だれだって代価を払えば、ほしいものが手に入るーそれがぼくの持論です。そして十中八、九まで、その代価はなんだか知ってますか?妥協ですよ>。なんのことはない、彼は恋してしまったのだ。s<…ほしい女を手に入れるために、ぼくはーぼくはいま、まともな仕事に就こうとさえしている>。とさ。お話はかなり大掛かりだ。ヘルツォスロバキアの王政復古を望む者、石油の利権を争う者、そして大泥棒。彼らがチムニーズ館に集まる。個人的には、大泥棒のキング・ヴィクターにもっと活躍して欲しかったかな。


■ クリスティー・アガサ   邪悪な家  クリスティー文庫

 今回の主人公で、エンド・ハウスの女主人であるニック・バックリーもなかなかの女性だ。ポアロをも騙そうとする。若くて美人で、悪い女。ポアロはよくぞ冷静でいられたもんだ。ところで、ポアロの友人のヘイスティング、本書では妻帯者となっている。さすがにこの女主人ニックや、従姉妹のマギーを見てもくどく事はなかった。人の良さは変わらんが。


■ クリスティー・アガサ   火曜クラブ  クリスティー文庫

 火曜クラブとは、ちょいと暇な人たちが毎週火曜日に集まり、自分の知っているある事件の話をみんなに聞かせる。そして、犯人当てゲームを行うのだ。その中のメンバーにミス・マープルがいた。ミス・マープル短編初登場という訳だ。この世にミス・マープルが登場したのは、先に読んだ『牧師館の殺人』よりも、こっちが先のようである。すべての事件に関してマ−プルはズバズバと当てていく。この事件は前にあったあの事件とそっくりです、てな具合である。そして、こういうタイプの人間はたいていこうする、のだと言う。つまり推理するのではなくて、すでに知っているのだ。大変嫌なおばはんなのだ。全13話。12話目の『バンガロー事件』が特によかった。


■ クリスティー・アガサ   牧師館の殺人  クリスティー文庫

 ミス・マープル、長編初登場というのが本書である。「一芸に秀でた者は、万芸に通ず」とはこのミス・マープルのことだ。田舎町、セント・メアリ・ミードに住むこの老嬢は、一日中編み物をしながら過ごしている。そして、この村にすむ人々の様子をじっと観察しているのだ。村の人間を深く、良く観察すれば、人間というものがわかる。どこに住んでいる人間もしょせんは同じ。人間はいかにバカな存在かということを知っている、大変嫌なおばさんなのだ。多分、クリスティー本人に最も近い登場人物なんでしょうな。


■ クリスティー・アガサ  茶色の服の男  クリスティー文庫

 これまた奔放な女子だ。前回のタペンスよりもブッ飛んでいる。考古学者の娘、アン・ベディングフェルドだ。そして、登場する悪党?がイカス。アン自身もこの悪党に対しては、<わたしは彼を尊敬していた。おそらく根っからの悪党なのだろうがーそれにしても愉快な悪党だった。その後、彼の半分ほども面白い人物にお目にかかったことがない>。てな具合だ。恋あり、冒険あり。なかなかよかった。アンにしろこの悪党にしろ人生を楽しんでいる感じが凄くいい。


■ クリスティー・アガサ  秘密機関  クリスティー文庫

 いいなあ、仲良くて。というのはこの物語の主人公2人。トミーとタペンスだ。ふたり合わせても45にもならない若さ。暇で退屈なもんで、二人して青年冒険家商会を設立した。するとたちまち依頼が来たのだった。この名コンビ、とにかくよく飯を食う。何事もとりあえず飯をくってから、って感じが凄くいい。貧乏なんでそんな高い店には入らない。こんな溌剌とした主人公の物語をクリスティーが書いていたとはちょっと意外であった。タペンスの結婚観というのがまたいかす。「スポーツよ!」てな具合だ。そういや全体的にスポーツ感覚あふれ、非常に小気味いい。仕事もスポーツマンシップが大事だと誰かが言っていたが、まさにそんな思いがした。結婚もスポーツ感覚がけっこういいのかも知れんな。すっかりこの2人のファンになってしまいました。


■ クリスティー・アガサ  アクロイド殺し  クリスティー文庫

 女好きのポアロの友人、ヘイスティング大尉。残念ながら今回は登場しません。この『アクロイド殺し』、フェアかアンフェアか、なんてことが後に議論になったりしたようである。しかしながらこの小説でクリスティーは、英国探偵小説の代表作家の地位を築いた、と解説にある。ともあれ注目された作品であったようだ。真犯人らしき者が次から次へと現れる。みんなそれぞれ怪しいのだ。そしてその人物の愛人、関係者は、彼・彼女らが真犯人かもしれないと勝手に思い込み、庇うために本当のことを言わなくなってしまうのだ。それが真相をわかりにくくさせる。正直に言うと疑われる恐れがあると思ってしまうのだ。と言うか、みんな行動が怪しいのだ。それぞれ事情はあるやろうけど、怪しいやつらの集まりなんである。そこでポアロは論理的に秩序立てて本当のことだけを見抜いていくという訳だ。最後は、そうか!ではなく、う〜ん、という感じ。面白かったけどね。ヘイスティング大尉が登場しないのも読めばわかる。


■ クリスティー・アガサ  ゴルフ場殺人事件  クリスティー文庫

 ↓『ポアロ初登場』というタイトルはなかった。『ポアロ登場』でした。さて、この『ゴルフ場殺人事件』であるが、語り手であるポアロの友人、ヘイスティング大尉、なかなかの男です。というのは、会った女性には(もちろん美人)には、必ずといっていいほど愛の告白をする。本書においても2人の女性に「愛している」といっている。前作の『スタイルズ荘の怪事件』でも「結婚してくれ」とほざいている。この調子やと毎回しよると読んだ。タイトルは『ゴルフ場殺人事件』であるが、ゴルフ好きやからと思って読むと大間違い。何故ならほとんどゴルフとは関係ないから。(死体が建設中のゴルフ場のバンカーの中にあっただけ)。どちらかというと『なんちゃら荘殺人事件』なんであるが、前作が『スタイルズ荘〜』であったので、タイトルにメリハリをつける上ではいいと思うが、ゴルフ場ってかあ?って感じである。今回の見所の1つは「人間猟犬」刑事ジローと「灰色の脳細胞男」ポアロとの対決。


■ クリスティー・アガサ  スタイルズ荘の怪事件  クリスティー文庫

 エルキュール・ポアロ初登場の作品かな、と思ったが、短編集で『ポアロ初登場』というのがある。そっちの方が先かな?ポアロは、ベルギー人で元警察官。彼がいらいらした時の癖は、花瓶などを正しい位置に置き直すというのだが、これがようわからん。心を静めようとしてやっとんのかな。この『スタイルズ荘殺人事件』でポアロが最後の方で言うのが、ポアロが考える「この世で一番大切なこと」。そうかも知れんな、と思った。


■ クリスティー・アガサ  パーカー・パイン登場  クリスティー文庫

 パーカー・パインはクリスティーの小説の中ではマイナーな探偵のようだ。しかし、なかなかいい味でてます。「あなたは幸せ?でないならパーカー・パイン氏に相談を」と新聞広告に出す。これを見て依頼者が来るのだ。パイン氏は探偵になる前に35年間、ある官庁で統計収集の仕事をしていた。その経験を生かして仕事をするのだ。不幸というものは五大群に分類できる、とおっしゃる。そして依頼者の内容も詳しく聞かずに「知っている」という。統計によって依頼者をパターンに分けるのだ。そして治療。パインの弟子たちに一芝居打たせるのだ。ジゴロ風の男、妖婦等。犯人を当てるだけの探偵ではない。心の治療を行うのを得意としている。パインが休暇で旅行している時にも依頼がくる。これがよくわからんのだが、困っているような人に誰かが、パーカー・パイン氏に相談しろ、とメモを渡す。こいつはいったい誰なんや。パーカー・パイン自身か?そして相談者に会うと最初に、休暇中は仕事をしない、などと言うくせに結局は仕事を引き受ける。やっぱりパイン、お前か。


■ 栗本薫  いとしのリリー  角川文庫

 著者いわく「多重人格者の内面のドラマ」。ジョーという男とリリーという女の2つの人格を持つ男。リリーを愛したのはジョーの親友のタカクラケンであった。タカクラケンもまた、リリーによって生みだされた人格であった。治療の為、1つの人格になるということは、同時にリリーとタカクラケンの死でもあった。タカクラケンがリリーを誘い、死へと向かう姿は非常に切なく、悲しい。人間だれもが多重人格者であり、著者も栗本薫と中島梓という多重人格者である。


■ 車谷長吉  赤目四十八瀧心中未遂  文春文庫

 何の当てもないのに会社を止めた男が、尼崎の「温度のない町」、流人たちの掃寄せ場と呼ばれるところで生活をした思い出を語る。牛や豚の臓物を切り刻み、鳥の肉を腑分けして串刺しにする毎日。そこのアパートでの、怪しげなヤツらの中にアヤ子という女性がいた。「いっしょに逃げて」とせまられる。そして「赤目の瀧」へだ。主人公の男は中途半端なあかんたれである。ずるずると周りに流されるタイプだ。自ら動くことはあまりない。しいて言えば、会社を止めたことぐらいか。生きる意味などない、ということに囚われた消極的人生である。しかし、その気持ちもわからんではない。アパートでの生活ぶりは読んでいて面白い。


■ 呉智英  危険な思想家  双葉文庫

 危険な思想家たらんとする呉智英さん。本書では、現代社会における人権主義・民主主義のあり方にメスを入れる。人権主義も民主主義も単なるイデオロギーに過ぎない、と言う。決して人間の心のうちから出てくるようなものではない。標語は、<差別ある明るい社会>。漫画の評論も良いが、呉さんにはやはりこういったものを書いてほしい。久々に切れ味の良さを満喫できた。丸山真男『日本政治思想史研究』、宮本常一ほか監修『日本残酷物語』(平凡社ライブラリー)もいつか読んでみたい。


■ クレスピ・ミシェル  首切り  ハヤカワ文庫

 帯の言葉が、<フランス推理小説大賞に輝いた、究極の「リストラ」サスペンス>。思わず買ってしまいました。ド・ワーヴルという人材紹介会社でテストを受け、テストに合格すると、それなりの企業に紹介してくれるという、失業者にとっては願ってもない話が本書の骨格となる。そのテストというか研修に参加したものは、グループ別で模擬の会社経営を行う。誰がリーダーとなり、それぞれどういう行動をとっていくか等がチェックされる。それぞれが仕事を得るため、いい結果を残そうと必死になる。必死になるあまり、最後はおぞましい結果になる。失業者でありながら結構優秀な人物であるのも、今では日常の光景になってしまった感じだ。本書は、失業のストレスからくる極端な爆発を描いたもので、似たような小爆発は実際あるやろうな、と思う。


■ 黒井千次  働くということ  講談社現代新書

 働くということはどういうことであるのか。仕事は金をかせぐ為のものと割り切って、趣味に生きるのはつまらない。趣味はしょせん、趣味。趣味が高じて仕事になったら、趣味ではなくなる(楽しめなくなる)。著者は15年間サラリーマン生活を送り、その後作家になった。企業を止める時、自分はそうであるとは思っていなかったが、いかに自分が企業の人間であったかを思い知らされたそうである。やはり、1日8時間以上も拘束されるのであるから、その仕事が楽しくできるようでありたい。


■ 桑原晃弥  スティーブ・ジョブス名語録  PHP文庫

 メチャメチャ前向き男だ。スティーブ・ジョブスという男は。やりたいことをとことんやる。周りの人間は付いていくのは大変だろうな。パワハラなんて何するものぞ、って感じ。ただ目標が<世界を変えてやろう>という高いものであり、それを実現させようとしているのだ。そして、しつこくやり続けるのだ。<問題に向かい合っても、初めに思いつくのはひと筋縄ではいかない解決法で、たいていの場合はそこで中断してしまう。それでもタマネギの皮をむくようにたゆむことなく続けていると、簡潔で当をえた解決に行き当たることが少なくない。多くの人はそこまでは粘らず、根気も続かない>。また彼は33年間毎日<もし今日が人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思うか?>というのを自問自答していたらしい。松下幸之助語録よりも熱く、本田宗一郎語録よりも過激だ。


■ クンデラ・ミラン   存在の耐えられない軽さ 集英社文庫

 ニーチェの永劫回帰のように何度も繰り返される人生であれば、反省をしてやり方を変えていくことができるが、一度きりの人生としか考えられない場合は、重さのない、軽いものとなるであろう。ドイツの諺に「一度はゼロ度」というのがあるという。一度の人生はゼロ度の人生。こういう人生に責任や義務の重荷を背負い、地に足付けて生きることがいいのか。もっと軽くなって自由になる方が良さそうに思えるが、その時に人生が無意味となり、そういう状態に逆に耐えれるのか、という重い話ではある。主人公の外科医トマーシュ、恋人のテレザ、愛人のサビナ、息子のシモン、サビナの愛人フランツ、犬のカレーニンらが登場。当時の社会情勢(プラハの春等の)で、チェコを離れたり、またチェコの田舎に戻ったりしながら、トマーシュは重さと軽さをいったりきたり。最後は年老いて軽くなり、恋愛対象とは少し違うテレザと共に幸せな気分を味わったようでもある。


■ クンデラ・ミラン  不滅  集英社

 ある日私はプールサイドで、アニュスという美女を目にした。アニュスの夫ポール、アニュスの妹ローラ。ポールに対するアニュスとローラの愛と性について語る。そしてゲーテと愛人ベッティーナ。ベートーベン、ヘミングウェイ、ダリなど登場し、愛と性と作品の永遠性ついて語る。イマゴローグによって人間はそのイメージによって決定される世の中にあって、人は死んでも残る作品のようなものに不滅性を求める。<創造は権力より以上のものであり、芸術は政治より以上のものである…><感情というものは、そもそも、われわれの中に知らず知らずに、そしてしばしば意に逆らって湧き上がってくる。われわれがそれを感じようと欲すると、感情はもはや感情でなくなり、感情を模倣する紛い物、感情の誇示になってしまう。><われわれは誰しもすべて、われわれ自身のある部分によって、時間を超えて生きている。たぶんわれわれはある例外的な瞬間にしか自分の年齢を意識していないし、たいていの時間は無年齢者でいるのだ。>。ゲーテの愛人ベッティーナもゲーテを愛していたというよりも、ゲーテを愛したということで<歴史>の中に存在させたかったからだという。




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