命のパン
ヨハネによる福音書6章34〜40節
 先週2月21日、受難節第二主日礼拝の午後3時から、天満教会を会場にして、日韓合同礼拝が開催されました。大阪教区と在日大韓関西地方会の主催です。説教は金必順(キム・ピルスン)牧師(関西地方会堺教会)でした。金牧師は在日の三世として京都に生まれて社会構造が生み出した差別意識に苦しめられ、抗い、鍛えられ、信仰によって克服して育った人物です。今年度の説教は、その差別との戦いをきわめて分かりやすく力強く福音の導きの下に語ってくれました。
 金牧師は、去年度は聖餐式の司式を執り行ってくれました。大韓大阪教会の礼拝堂の真ん中から両手を高く突き上げて、大きなフランスパンをまっぷたつに引き裂きました。主の体を食べる迫真力に満ちた聖餐式でした。会堂を埋めた日韓の聖徒たちは命のパンをいただく感動を新たにして家路に着きました。
 さて話は五〇年余り前に遡ります。国際基督教大学(ICU)を舞台にして、主にアジア人青年が集ってセミナーが開かれました。
 当時同志社大学の大学生だった私は、外国人と共に行われる聖餐式を初めて経験しました。大きな金属製カップと大きな焼きたてのまん丸いパンが用意されました。ひとつのパンを全員が千切って食べました。ひとつの大きな葡萄酒が入ったカップが次々に手渡されて回し飲みをしたのです。聖餐式の持つ迫真性を身をもって経験しました。
 その夜開かれた夕食会で、湯浅八郎総長は、「国際基督教大学(ICU)は、C(クライスト)ビトウィーンY(あなた)アンドI(私)。 つまりキリストがあなたと私の間に立っている正三角形の共同体なのです」。 と短いが適切なコメントをしてくださって感銘を与えられました。湯浅八郎学長は戦時中、軍部に睨まれて同志社大学から追放されました。戦後、原爆を投下した事実を深く悔いたアメリカの良心的な人々がロックフェラー財団の支援によって創設したのが国際基督教大学です。その初代総長として湯浅八郎さんが迎えられたのです。
 戻ります。さて、みなさんは今朝の朝食はパン食でしたか。米食でしたか。東京よりも大阪の方がパン食が普及している事実をご存知でしたか。大阪の食パンは五切れが普通ですが、東京は四切れです。が、この頃は明白な違いはなくなっているようです。
 パンと言っても違和感がなくなっているのが日本の実体のようです。が、韓国や中国は庶民は今でも米が中心のようです。パンは断然日本の方がおいしいです。古臭い言い方ですが菓子パンは、日本に来る外国人に特に人気があります。
 文語訳聖書では、「人はパンのみにて生きるにあらず」とありますが、明治人は違和感はなかったのでしょうか。私が初めて韓国の大田に赴任した当時、1978年(38年前)には大学の教授はホテルでも、「米、米のご飯はないのか」と従業員に向かって大声で叫んでいたのです。当時の韓国語のある聖書には、「人は餅のみにて生きるにあらず」とあったので、びっくりしました。その意味ではでは、1960年代後半以降の日本では、つまり昭和40年代以降急速に餅つきの風習が消えていきました。あの頃までは、12月28日あるいは30日に、庭や玄関先で餅を突いていたものです。突きたての餅をあんころや辛み餅にして食べるのが楽しみでした。
 もうそういう風景はなくなってしまいました。
 いまの日本人は、パン食を洋食のメニューの一つだという概念はほとんどありません。
 「私は、今朝洋食でした。そして洋服の背広を着て来ました。」 と言ったら笑われてしまうでしょう。洋食としてのパン食、洋服としての背広という感覚はとっくにさようならをしたのです。
 新約聖書175頁、ヨハネによる福音書6章27節をご覧ください。「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。」とイエスさまは言われました。「朽ちる食べ物」とは、私どもが口にする日常的な食べ物ばかりではなく、お祝いで食べるご馳走などすべてです。
 が、「いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物」と言ったらどんな食べ物を思い描けるでしょうか。これはもう謎々です。しかもイエスさまは付け加えたのです。「これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。」 と。
 イエスさまの言葉は、いつも飛躍します。「働きなさい。」 と言って、「与える」と続ける。弟子たちの頭は混乱する。そこでイエスさまはすかさず、32節の後半、「わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。」 33節、「神のパンは、天から降って来て、世に与えるものである。」
 あなたの口にパンを与えるとは言っていない。「世に命を与える」と言っているのです。すなわち人間の住む現実世界全体に、と言わるのです。
 弟子たちは、どのようにこの言葉を受け取ったのでしょうか。34節、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください。」
 そこでのイエスさまの応答は思いがけない言葉だった。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」
 弟子たちの目はまん丸になった。あなたが命のパンなら、まさか、食べろと言うのでは、」、 どうしたらいいのか、分からない。しかもどうやら食しなさいと言うのではないらしい。
 イエスさまは、続けて、「しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。」 ああ、また主はおっしゃった。パンと信じるはどういう関わりがあるのか、分かりません。命のパンとは何のことでしょうか。主よ、あなたを尊敬しています。が、いつもあなたの言葉は飛躍していて従っていけません。もしかしたら私どもにも飛躍しろとおっしゃっているのでしょうか。
 どこへ。
 イエスさまは弟子たちの戸惑いを十分見抜いていて、しかも謎の言葉を続けるのです。37節、「父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。」 
 弟子たちは考える。私どものことだろうか。
ならば、「追い出さない。」 とはどういう意味だろうか。イエスさまは立て続けにお答えになる。38節、「わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。」 イエスさまの父は大工のヨセフではなかったのか。どうもそうではないらしい。
 天にいらっしゃる父とはどんな人なんだろう。天から降って来たイエスさまとは、何をなさりたいのだろう。
 39節、「わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。」 サドカイ派に人々は、復活なんて信じないと公言しているが、私どもは正直言って、永遠の命がほしい。飢え渇くことがないパンがほしい。だが、それにしても「わたしが命のパンである」と断言するイエスさまとは何者だろう。何をしろと言うのだろう。
 ここで今日のテキストは終わりなのです。が、その次の段落を読んでいるとユダヤ人
たちが激しく論じあう場面なのです。イエスさまははっきり答えています。五四節、「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。」 五五節、「わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。」 ここまで言われても弟子たちは真実の意味を理解しえなかったのです。やがて最後の晩餐を経て、十字架の酷い刑死、そしてイエスさまご自身の復活に触れて、初めてこの言葉がほんものの真実であることが分かったのです。 
 「わたしが命のパンである」であるという言葉は比喩ですが、比喩であると同時に真実であり、現実なのです。
 振り返って見れば、50年余り前に、国際基督教大学で外国人と一緒にまん丸いパンを裂いた聖餐式を体験して深い感銘を受けた大学生であった私は、イエスさまから招かれたのです。二千年間受け継がれて来た聖餐は、キリスト教信仰の花なのです。イエスさまの肉を食べ、イエスさまの血を飲むこと、それはイエスさまによって生かされること、主と共に生きることなのです。
 復活信仰がキリスト教の精髄でありますが、
その精髄を生きることは、世界の主を伝道することです。
 受難節の日々、私どもキリスト者は、この世に与えられたイエスさまを見上げて、激しく歩んで行きましょう。
 祈ります。
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