しばらくすると
ヨハネによる福音書16章16〜24節
 温度差が極端な日々が続いています。真冬には違いないのですが、変化が激しいので落ち着かない毎日です。どうかお体を大切にしていたわってください。
 斜め向かいの北田さんの弟さんの庭の紅梅は、時が満ちて、春に先駆けて、咲いています。寒さの中で凛として咲く姿は道行く人の足を止めずにはいません。まさに、「冬来たりなば 春遠からじ」です。
 明日からはもう二月です。気の早い子どもたちは、「どじょうっこだの鮒っこだの 春が来たなと思うべな」と歌い出すでしょう。と言いたいのですが、今の子どもはこの歌を知らないでしょう。
 先日、庭の窓辺の日当たりにイヌノフグリが咲いていました。「どこかで春が生まれてる」と歌う私は、古い化石のような世代ですが、信仰によって神の体である教会に連なっています。全世代が一つの体として生きている教会だと捕らえているのがキリスト教が誇っていいところなのです。
 さて、今日の説教題は、「しばらくすると」です。辞書的な意味では、少しの間、しばし、ちょっと、です。
 「しばらくすると」と聞くと、歌舞伎十八蕃、漢字で書く「暫」を思い浮かべる人もいるでしょう。筋書は単純で、皇位を狙う清原武衝(きよはらのたけひら)が自分の意に従わない臣下の者どもを斬ろうとしたときに、「暫く〜」という掛け声と共に颯爽と現れた鎌倉権五郎が人々を救うという物語です。筋書よりも様式美の完成度が高く、その扮装の奇抜さ、あっと驚かす衣裳と顔の隈取りが人気の原因です。成田屋の18番。
 まあ言わば、「ちょっと待て」というご挨拶を転換点として展開するお芝居です。
 テキストに入りましょう。ヨハネによる福音書では、16節、「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、私を見るようになる。」
 イエスさまは、謎のような不可思議な言葉を語るのです。
 しばらくが、時間的にどれくらいなのかは、主観的な問題です。神さまの目から見れば、私どもの人生も一瞬なのです。
 と言えば、思い出さずにはいられない日本史史上の人物がいます。誰でしょう。誰でも知っている秀吉です。
 朝鮮侵略の野望の虜になって、アジア帝国への壮大な夢に掛けた狂気に走ったあの豊臣秀吉が残した辞世の歌は、このように言っています。
 
   露と落ち露と消えにし わが身かな
   浪速のことも夢のまた夢
 
 「人生は一瞬の夢、露に等しい」と言っているのです。これは日本人特有の無常美意識です。
 しかし、こんな程度の低い辞世の歌と引き換えに、日本人の朝鮮人の膨大な命を犠牲にして顧みなかった秀吉を、私は全く評価できない。これは狂人でしかない。巻き添えにされた人々の魂は五百年余りも呻いているのです。
 遙かに朝鮮海峡を見渡せそうな佐賀県の壮大な名護屋城の遺跡群を歩いていて、私は突き上げる秀吉への怒りを抑えることができなかった。秀吉が犯した最大の罪は、自分自身を神に仕立てたことです。豊国神社が現在京都にありますが、朝鮮人の耳をそぎ取って葬った耳塚近くにある事実が、何よりも民衆への侮蔑、裏切りです。
 あの日、名護屋城の城址で、私は、またしても十戒を想起したのです。

   一、 あなたは、私をおいてほかに神があってはならない。
   六、殺してはならない。
   十、隣人の家を欲してはならない。

 再びテキストの16章の16節に戻りましょう。「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが。またしばらくすると、わたしを見るようになる。」
 弟子たちにとってこの摩訶不思議な謎の台詞で繰り返される「しばらくすると」は、今日の私どもには背景が痛いほどに分かるのです。訣別の説教のあとに展開するイエスさまの血がしたたる祈り、官憲による逮捕、裁判、ゴルゴダの十字架の死刑執行、葬り、弟子たちの絶望、闇、絶望のしばらくの間。
 そして「またしばらくすると」イエスさまが見える。まさに三日後の復活。
 の二つの「しばらくすると」です。この前半と後半の「しばらくは」全然意味が違うのです。
 弟子たちの動揺は続いている。16章の5節から、謎の台詞が始まった。
 5節、「今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。」 
 茫然自失というのはこのことでしょう。
 弟子たちは謎を解く手係りさえ見つけられなかった。しかし、イエスさまは弟子たちを励ます保証をしているのだが、それも意味が分からなかった。
 すなわち、7節、「「実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。」 
 8節、「その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。」 
 と断言されていたのです。強力な弁護者が弟子たちが抱え込んでいた疑問の山を解明してくれると言うのです。
 イエスさまは、「しばらくすると」という言葉を二度繰り返した。
 それは、イエスさまの死と復活の二つの面、絶望を意味する面、と、復活したイエスさまとの再会が保証する永遠の希望との面という二つの決定的な違いを区切る「しばらくすると」なのです。
 と言うわけなので、イエスさまが送ってくださる弁護者は、聖霊さまなのです。聖霊さまの出産と言ってもいいでしょう。
 ただし、これは信仰を与えられた私どもキリスト者だから理解できる事であって、訣別の説教を聞いている当時の弟子たちは、復活の出来事の現場を経験するまでは、茫然自失、、悲嘆に明け暮れていたしばらくの間だったのです。弟子たちの悲しみが喜びに代わるまでのゴルゴダの死刑から復活のイエスさまとの再会する決定的な現場までの劇的な心の進行形を、21から22節は語っています。
 産婦の陣痛を例にして鮮やかに語っています。キリスト者に女性の方が多いのはこの比喩が一役買っているのではないでしょうか。
 22節の4行目、「その喜びをあなた方から奪い去る者はいない。」 
 なんという喜びでしょう。生きる保証としての決定的な希望なのです。洗礼の意味、教会の誕生の意味はここにある。
 受洗したあの日を思い出してください。
 現住陪餐教会員として神の体に加えられたあの日のことを思い出してください。
 23節、「その日には、あなたがたはもはや、私に何も尋ねない。」
 聖霊さまであるイエスさまが私どもの体内に参入なさったからです。
 ここからキリスト者の確信に満ちた祈りが生まれたのです。23節の二行目をご覧ください。「はっきり言って置く。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。」
 24節、「今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」
 今日のキリスト者は、当然のようにイエスさまのみ名によって祈っていますが、じつはヨハネによる福音書が、み名による祈りの保証の始まりなのです。
 キリスト教は一神教ですが、じつは父なる神と、子なるイエスさまと、弁護者である聖霊さまが、同一の神の多面体であるという論理を越えた奥義なのです。神秘なのです。
 死をも支配して、永遠に生きている神さまから与えられた復活信仰に生きる私どもは、究極の幸せ者です。その根拠を今日のテキストから学べたことを感謝して、この地の伝道にさらに励もうではありませんか。
 イエスさまのみ名によって祈りましょう。
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