わたしたちの味方
マルコによる福音書9章38〜41節
 大阪が生んだ詩人に三好達治という昭和期を代表する抒情詩人がいます。この詩人のある作品の一行に、

  志衰えし日はいかにせましな

 有名な一行です。現代語に訳せば、「志が萎えてしまった日は、どうしたらいいでしょうか」です。優れた詩を次々に発表していた詩人でも志萎える日はあるようです。そんな日には、大きな名刹(由緒ある寺院)の境内をゆっくりそぞろ歩きするのだそうです。そうして世界というものを受け取り直して再出発するのでしょう。
 私どもはどうでしょうか。気が小さい、せっかち、あるいはあわてんぼう、いろいろな人がいますが、志衰える日には、ますます苛立ってきたりしませんか。
 私などは、この一週間、韓国語の翻訳、30枚あまりを急遽依頼されて、てんやわんやでした。朝三時起きしての翻訳にぐったり疲れましたが、最後まで意味が分からない部分があって自分の語学力の衰えに愕然としました。その他、本や雑誌の仕事が幾つも重なったのです。こうなると計画の悪さ、準備不足など自分の欠陥と責任ばかりが見えてきてどうにもならなくなります。完全に、「志衰えし日はいかにせましな」状態です。
 三好大先生に見倣おうと、時刻も顧みずに土師の町を歩いたのですが、異様な暑さで湯気が立ちたちそうな状態になり、熱中症になったのではと思うほどでした。七〇代になっていることは言い訳にならず、私に必要なのは、視力、記憶力のみならず基礎体力です。温泉に行けなくてもカラスの行水を何度もしながら、いつでも力強く飛び立つ体力を鍛えておかなければ牧師失格です。
 昨日あまりに蒸し暑くてパソコンで書評を書いていて、突然文章が乱れ、文脈が辿れなくなったりしたので、いつもの操作間違いに陥るのを恐れて、しばらく休憩することにしました。ふうと頭が弛んで、いろいろな想念の雲が渦巻いて流れて行ったり来たりして、こんな風にささやくのです。「お前の頭の営みなんてものの数にも入らない。第一お前の記憶力のおぼつかなさは自分で十分承知済みではないか。あの事、この事だって、いくら思い出そうとしても事の前後関係すら曖昧になってしまったではないか。それに、もうこれ以上思い出したくないというあの事だってお前自身の執着ばかりが大きくて、あの事自体は相手にとってほとんど問題にもなっていないことをどう考えているのだ」と。
 はっと目が冴えて、私はムキになって反論したのです。「相手にはどうでもいいことでも、当人の私には100パーセントの重い出来事なんです。いつだってそうではありませんか。自分が思うほどに、相手は思ってくれてはいないのです。愛の擦れ違いの悲劇の原因は、ここにあるのです。」 
 声の主が、突然高校時代の恩師に変わった。「お前は、自分の心の動きには人一倍敏感だが相手の他者の心を慮る想像力にかけては小学生以下だ。」
 50年前に津和野を訪れた時に、先生にこのように厳しく注意されたのでした。ここでほんとうに目が覚めました。
 それからゆっくり遅い晩飯を取って、「本の広場」の書評を仕上げたのです。
 みなさんには、こんな苛々はあるのでしょうか。私は、どうやら自分の能力にはちょっと無理ではないかという辺りに焦点を合わせて仕事するのを良しとする痩せ我慢好き紳士の気質があるようなのです。
 それで、思い出しました。大学時代のあだ名は、「日本の悲劇」だったのです、文字通り痩せこけた太縁眼鏡の暗い長髪の青年でした。自称「ノーテンキ詩人」だったのです。
 その後、生きるのに不器用でしたから、ガソリン屋の息子なのに車に興味がなく、真言宗の父に逆らって受洗をし、父に背いて京都の同志社にはいり、云々。それなりの苦労をしてきました。そしていつでも追い詰められると、こう祈りました。「どうか希望を持つ勇気をお与えください。」 と。
 三好達治の「山並み遠く春は来て 辛夷(こぶし)の花は天上に」という詩句に、祈りの美しいイメージを読み込んで慰められて来たのです。
 もう一つ、私の中の未熟な子どもは、いつまでも成長しないので重荷になることがあります。その最大の欠点は、家族(肉親)以外に対する警戒心敵意)でした。これがそのまま拡大されて、「身内」という感覚になりやすいのです。もちろんいまは克服したつもりですが、時々身内以外への敵意が零れ出る時があります。ここを乗り越えようとして、常に身内以外の土地の引っ越しが続いたのかなあとも思うのです。
 ようやっと今日のテキストに辿り着きました。今日の部分は、あまりにも道徳的、教訓的で教えそのものには、新しい発見はありません。「、、、、、の味方なのである」というさわりの格言さえ、じつはキケロの著作集にでてくる有名なさわりからパクっているというのです。がっかりします。では何故今日のテキストに取り上げたのだと言われれば、こういうことです。この短い部分は、ルカ福音書の9章49から50節ほぼ同じ形で出てきます。マタイにもやや脈絡は異なっていますが、出てくるのです。テキストの箇所の解釈はだれにでもそのままに入って来ます。すなわち40節、「わたしたちに逆らわない者は、私達の味方なのである」、この通りです。このイエス・キリストの言葉が三つの共感福音書に出て来るという事実を考えると、私どもが知っている原始キリスト教の厳格な信仰告白や教団形成とは異なるのではないかと疑問を持たざるをえないのです。ローマ帝国とユダヤ教の支配下にあって、異端視されたヨハネ教団やイエス・キリストを告白したキリスト教がじぶんたちの教団形成のためにどんなに苦労しなければならなかったか、よく分かるのです。が、にもかかわらずこの記事が共感福音書に出ている、編集者たちが採用しているということはどういうことでしょうか。
 ここに色濃く、疑いなく前面に出ている詩想は、寛容の思想です。イエスさまは、自分たちの集団だけが正統派であり、他派は認めないとはどこで発言していないのです。教会を造れとも発言していない。そういう生前のイエスさまの言葉としてでんしょうさえてきているからこそ三福音書の登場しているのです。格言を利用して、寛容を精髄とする宗教的核心を語っているのです。
 この推測は間違いないでしょう。そうだとすれば、41節、はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる物は、必ずその報いを受ける。」
 砂漠地帯に於ける水の貴重さは、今更言うまでもない。砂漠地帯でなくても水道設備が整っていない東南アジアに行ったら、水の貴重さはだれでも身に沁みる。水は無料だと思っているのは日本人くらのものではなかろうか。この日本でも猛暑が続けば雨乞踊り祈祷が始まるのである。水が、永遠の命の水にまで高められ、この頃の日本人にも現実性を帯びて迫ってせまっている。ここに報酬ではなく、名誉としての報償としての報いが始められるのである。他者との競争、国家間の争いにますます明け暮れる世界の現実に対して、イエス様の台詞はどんなに深く魂を潤すのか、知っている私どもは、自分を絶対化するのではなく、しかしイエスを信じる信仰の固く立って、伝道せずにはいられない。祈ります。
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