姿は見えなくなった
 「今日は何の日でしょう」と聞けば、教会ならばもちろん「復活節」、あるいは「イースター」と答えが跳ね返ってくるでしょう。
 ノンクリスチャンに聴けば、ちょっと考えたあと、「釈迦の誕生日」と応えることでしょう。何年間か毎に一回重なります。
 2001年の4月8日、韓国の釜山で釈迦生誕日、国際市場の真ん中にある大きな寺の境内に立ち寄ってみました。その寺では、小学校低学年、高学年、中・高校、大学生クラス、青年会など、じつに活発な活動が展開されていました。その午後、本堂では、マイクを握った中年の僧侶が、政治家の演説に負けない声量と巧みな話術で、釈迦と基督とマホメットを比べて、一番先に登場した宗教家として、釈迦がいかに卓越した人物であるか、その救いの力の偉大さについても、踊り出しそうな勢いで熱弁を振るっていました。宣教活動の現場を見ていて、ここでは仏教が生きている、本気で伝道していると感じました。釈迦誕生日が近づくと二週間も前から寺では、昼も夜も木魚を叩いて、お経を上げ、信徒たちが踊りながら祈ります。ライブのような賑わいです。
 キリスト教の場合、ソウル駅(植民地時代に東京駅をモデルにして造られたのでよく似ています)前のロータリーには、時々肩から襷を掛けた男性が立っていて、「イエスさまを信ぜよ」と大声で叫んでいます。襷にも,真っ赤な墨で、「イエスさまを信ぜよ」と書かれています。あまりにも率直なので思わず苦笑してしまうほどです。
 韓国人は、宗教的感受性に恵まれているのだろうなあと、私は思います。
 それに比べて、いったい、いつから私ども日本人は、宗教的な熱狂性を失ってしまったのでしょうか。鎌倉時代の親鸞や日蓮や一遍上人の熱情が見えなくなりつつあります。
 日本のキリスト教は、例外的少数派の群れですが、明治以降だけを見ても、教育、医学、社会事業方面で近代日本の形成に寄与してきました。
 そのキリスト教の生命線は、復活信仰に尽きます。復活したイエスさまに出会った圧倒的な感動が、そのまま、原始キリスト教の誕生なのです。ですからイースターこそキリスト教のもっとも中心なのであり、イースターのお祝いぬきにキリスト教の年間行事は成り立たない。
 にもかかわらず、「復活」とは何か、まともに私ども一般庶民にこの信仰が根付いたとはとうてい思えません。
 が、「復活」という思想がマスコミを賑わした例外が1回だけありました。
 大正時代に島村抱月が建ち上げた芸術座の人気芝居の一つ。1899年、71歳のトルストイが発表した「復活」を脚色したお芝居「復活」です。
 その筋書きは、陪審員として出席した法廷で、かつて出会った女を捨てた男は、それが原因で転落した女(カチューシャ)が被告として裁かれる法廷で、立ち会うことになります。男は、自分が犯した過去の罪の大きさに苦悩して、罪を贖うために女と共に流刑地に従いていくのです・劇中に歌われた松井須磨子の「カチューシャの唄」を知っている方もいらっしゃるかもしれません。たしか「カチューシャ  かわいや 別れの辛さ せめて淡雪とけぬ間に 神に願いを ララ かけましょか」でした。
 しかし、トルストイの復活は、神の前での神による、死の克服ではなく、人間としての贖罪による人間の愛の復活を描いているのです。トルストイの復活とは、愛する人への強烈な思い出を抱き締めることなのです。あまりにも人間的なヒューマニズムです。
 私どもキリスト者にとって復活は、先に申し上げましたように、キリスト教信仰の生命線なのです。ただし、復活という文字、漢字が固い印象をもたらしています。そこに文学的哲学的な解釈が入り乱れて、なにやら難しい思想になってしまったようです。
 が、聖書に出てくる復活と言う言葉は、もともと、「起き上がらせる」。「横たわっている人を起こす」という動詞から来ています。極めて具体的、肉体的な意味なのです。これが十字架上で死んだイエスさまが辿った姿なのです。天の父が起こしてくださったのです。
 キリスト教書店出版部主催の、第二回本屋大賞の第一候補は、カトリックの医師・山浦玄嗣の気仙沼語訳の『ガリラヤのイエシュー』ですが、今日のテキストの24章の小見出しは、「復活する」ではなく、「死人(しびと)の中から立ち上がる」となっています。聖書本来の意味の通りです。主イエスさまと共に立ちあがること、これが永遠の命を与えられる復活なのです。神の力に導かれて「立ち上がる」、喜びに溢れた出来事です。
 今日の24章の主題は、文字通り(復活、立ち上がること)です。どの福音書も復活を証ししています。復活は、四福音書の共通の核心なのです。4福音書は、けれども合作ではありません。なぜならそれぞれの復活についての記事は、微妙に食い違っている。不一致です。だからこそ福音書が信用できる。復活の場面の具体的描写がない点も共通しています。そこにあったのは、空っぽの墓と亜麻布が残されていた事実だけです。六節「あの方は、ここにはおられない」という天使の言葉だけです。目撃者は誰もいない。この言葉とかつてのイエスさまの預言だけで、婦人たちは信じたのです。論理の力を誇る男たちがいかに信仰の奥義について鈍いことか。
 今日のテキストは、「エマオで現れる」です。マルコにも二人の弟子の場面はありますが、ほんの二節のみです。それに比べると、ルカの記者の構成力は、凄い。エマオへの帰宅途中から自宅での夕食までを舞台にした、不安と緊張感に満ちた、どきどきはらはらの息詰まる超短編物語りなのです。読み手の私どもには知らされていますが、登場人物の弟子二人には、道ずれになった旅人の正体が分からない。
 13節、「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら」、14節、「この一切の出来事について話し合っていた」、 15節、「話合い論じ合っていると」。
 「一切の出来事」とは、婦人達が伝えた9節の「一部始終」のことです。弟子たちは、一部始終を聞いても、11節「たわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった」のです。「たわ言」とは、論理的でなくてめちゃくちゃということです。論理を誇る男たちは論理的でなければ信用出来ないという論理に呑み込まれてしまった哀れな存在です。真理を掴み取るのは論理とは限らない。直観があります、感じ取るしなやかな感受性もある。復活についての男どもの把握力の弱さを見ていると、私も男の一人として苦笑いしてしまいますし、反省せずにはいられません。
 60スタディオンは、およそ11キロくらいですから、エルサレムの郊外です。妻と私は、おそらくかつてのエマオはここだろうと言われてきた地に建てられているカトリック教会を訪ねました。そこは手を掛けた美しい花園でした。
 弟子二人は、17節、「暗い顔」をしていたのです。一緒に歩き始めた人がイエスさまだとは気が付かなかった。こういうことはしばしばあります。目が遮られているからです。他者の存在の重さが見えない。目があっても見渡す射程距離がない。自分の自我しか見ていない。つまり他者に寄り添う目がない。善きものは他者から外部から訪れて来るという経験が乏しいのです。
 たえず自分を吟味する、失ったものを想起して味わうことを通して油を補給する装置が機能しなくなっている。「暗い顔」とは、弟子たちの自我の現実そのものなのです。
 18節、それでいながら「この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか」と言って、旅人の無知をなじった。そしてここぞとばかり最新ニュースをキャスターばりにしゃべり伝えるのです。その無邪気と愚かさを私どもは、苦笑するのです。が、同時に正体を隠して同行しつづける、少し意地悪なイエスさまにも笑い出さずにはいられません。正体隠してのお忍び歩き、微行者イエスさまってユーモアです。
 さらに、弟子たちは、イエスさまのことを、21節、「あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」という言葉には明らかに誤解があります。イスラエルを武力革命によって解放してくれるはずだという思い込みによる期待をかけていたのです。旧約以来のメシア観が間違っています。これは、議員たちも同様であり、イエスさまの逮捕に踏み切った理由の一因でもあったのです。弟子たちは、それ故に、十字架刑による死と復活の預言も素直に受け入れていなかったことが分かります。論理を誇る知性は、勝手なイメージを作り上げて失望して意気消沈しています。22節、「婦人たちがわたしたちを驚かせました」も信仰とは結びつかなかった。23節、「天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです」、ここも信仰とは結び付かない。これが弟子たちの暗い現実なのです。そこでイエスさまは、旧約聖書のメシア観を総おさらいしてサービスするのです。そして聖書のあるべき読み方を手ほどきされたのです。
 しかし、その間、弟子たちは、イエスさまの顔を正面から見詰めたとは、書いてありません。おそらく横目で見ていただけです。これでは主と出会えるはずはありません。
 が、なおも先へと行かれそうな旅人の様子を見て、29節、「無理に引き止めたので、イエスは泊まるため家に入られた」。 ほんとうにユーモアたっぷりなおかしくて笑ってしまいそうなドラマの展開です。このドラマのもう一人の主人公は聖霊でしょう。聖霊の導きがあってドラマは頂点へと進行するのでした。そうです、ここからがクライマックス、頂点です。弟子の家での夕食の場面です。お客であるはずの旅人のほうがまるでホストであるかのように振る舞っています。この二人の弟子は、最後の晩餐の席にはいなかったはずです。しかしながらイエスさまの振る舞いは、あのときと全く同じです。30節、「イエスはパンを取り、讃美の祈りを唱え、パンをお渡しになった」。 きっとイエスさまとの愛餐会の席ではこうだったに違いありません。ここまで至って、二人の弟子は、あっと息を呑んだのであります。これはメシアが主宰する愛餐会なのだ。「主だ、主イエスさまだ!」と叫んだ瞬間、31節、「その姿は見えなくなった」のであります。「目が開けた」時、それは同時に主イエスさまが消える時だったのです。
 32節、「『道で話しておられたとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』。 イエスさまの導きによって聖書理解がぐうんと深くなった、メシアの本来の意味が迫って来た、心の隅々までが感動でいっぱいになっていった、
あの喜びがもどって来た時、この二人の弟子は、どうしたか。33節、「時を移さず出発して,エルサレムへ戻っ」たのであります。こんどは、ほんとうに二人だけで。しかしその顔は喜びで弾けそうになって。
 イエスさまは、さっき、25節で、「心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち」と叱りました。が、弟子たちが分かった以上、「もうこれでよい」と思われたのです。「あとはあなたがたの決断と信仰の表明と行動に信頼しているよ。さあ、立ち上がるのだ」とそっと背中を押してくださったのです。もう見えなくてよい。目にみえなくてもイエスさまと共に歩く、イエスさまと共に。こうして十一人の使徒たち弟子たちが、共に立ち上がった時から原始キリスト教が出発したのであります。教会は、復活信仰によって始まりました。イースターは、同時にどうじに受洗式をとくにおもんじる主日として定着していったのであります。
 この記念すべき今日、イースター礼拝をもてたことをお互いに喜びあいましょう。
 祈ります。 
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