団長の秘密



「では、後のことは頼んだぞ。」
そう言って団長はルーラを唱えた。あっと言う間に姿が消える。

「おい、団長、どこへ行かれたんだ?」
「さあ…すぐに戻るからとおっしゃってたが、かなり焦っておられたようだぞ。」
「何だか分からんが、極秘の任務かもしれん…」
「だが、早く行かねば間に合わん…とか、べホマスライムが…とか独り言をおっしゃってたようだが…」
「ああ、俺も聞いたぜ。何でもあの愛らしい色がたまらん…とか言っておられたような気もしたんだが…」
「…愛らしい色…って…?」
「べホマスライムという事は…ピンク色の事か…?」
「…さあ…オレにもそのへんはよく分からん…」
「…き、聞き間違いではないのか…?」
「そ、そうだな…きっと…」
「何か重要な秘密があるのであろう…」
「う、うむ…」

結局団長がその日どこに行ったかは謎のままだった…





次の日…
団長は恐ろしく機嫌が悪かった。
その美しい独特の額に深く刻まれた眉間のしわがいつもより一本多いくらいだったから、必要な時以外は
だれも団長に近寄ろうとしなかった。

「おい、団長どうされたんだろうな…」
「ああ…昨日帰ってこられてからずっとため息ばかりついておられる…」
「極秘の任務がうまくいかなかったんじゃないのか?」
「そうだな…それしか考えられん…」
「それにしても団長が行き先を言わずにここを離れられるなんて事、珍しいよな…」
「…だよな。いつもは必ずどこへ行くとか何の用でとかおっしゃるよな?」
「ああ…よほど重要な任務だったんだろう…」
「それがうまくいかなかったとなると…」

団員たちは顔を見合わせて苦い顔をした。
マイエラ修道院の団長は、若く猛々しい黒髪碧眼の男だった。
騎士団の精鋭たちはそれぞれ団長を心から尊敬し、慕ってもいた。
それ故皆、ため息をつき続ける団長を心底心配していたのだが…




団員の中に一人だけこの団長を屁とも思わぬ男がいた。
美しい銀色の長髪を一つに束ねたその男はそっと団長室を覗いた。
(兄貴が仕事でヘマをするわけがない…となるとあのため息は何か私生活に関係アリと見た…)
これは面白い事になりそうだ…と様子を伺っていると…



団長は握りこぶしで机を思い切り叩いた!
「くそっ!私とした事が!もう少し…もう少し早く行っていれば!」
非常に悔しそうに唇をかみ締める。
「一体何の為に団員に内緒にしてまであの店に行ったというのだ!?」
そう言って髪をかきむしる…
(あ〜ぁ、兄貴…そんなにかきむしったらますます毛がなくなっちまうぜ…)
「限定数5!世界でたったの5つしか作られなかったというのに!」
そう言って両手で額の生え際を引っぱった…
秀でた独特の額が更にはっきりと見える!

(限定数5?…何かの強力な武器か?)
(いや、それとももしかしたら案外美しい女の危ねぇ肖像画か何かかもしれねぇな…)
銀髪の男がそう考えてニヤニヤ笑いながら首をひねっていた所、突然後ろから声を掛けられた。

「あのぅ…団長様のお部屋はこちらでしょうか…」
「うわっ!びっくりするじゃねぇか!たしかにここ…だけ…ど…」
そこまで言いかけて、開いた口が塞がらなくなる。
声を掛けた男は、見るからに商人風の…どちらかと言うと遠慮がちな男だったが、手にしていたものが…
ピンク色の異様な物体だった!

「そうですか…ではちょっと失礼致します…」
そう言って男はいそいそと団長室に入っていった。

ちょっと待て!
今アイツは恐ろしく不機嫌なんだぜ?
そんなもん持って入ったらどんな目に合わされるか…

銀髪の男は心配になり、必要があれば助けてやらなくちゃなんねぇか…などとため息混じりに考えながら
様子を伺った…

「何という事だ!」
中から悲鳴にも似た団長の叫び声が聞こえ舌打ちする。
(チェッ、ほら言わんこっちゃない…)
仕方ねぇな…と呟いて扉に手をかけたが…

扉を開けたところで身体が金縛りにあったように動かなくなった…
銀髪の男が見た光景は…




…ピンク色の愛らしいべホマスライム模様の抱き枕を嬉しそうに抱きしめる団長の姿だった!!!
団長は今にも泣き出さんばかりに瞳をうるうると潤ませ、商人の男に礼を述べた。

「本当に…本当にこのような貴重な物を頂いてもよいのか!…何と…何と礼を言ったらよいか…」
感激のあまり声が震えている。

「喜んで頂けて光栄でございます。あの時のあなた様があまりにもお気の毒で見てられませんでしたので、我が家用に置いておりました試作品をお届けにあがったのですが…」
「おお…そうだったのか…やはり日頃から良い行いをしていれば必ずこのように良い事があるのだな…」

しみじみと感慨深げに話す団長…

「それと…これはウチの商品をあれほど必死の形相で求めて下さった方は今までおりませんでしたので、ほんの感謝の気持ちなのですが…」

そう言って商人はもう一つ謎のピンク色の物体を団長に差し出した。

「お気に召して頂けるかどうか分からないのですが、その抱き枕のスライムと同じ色で聖堂騎士団の
制服を洒落で仕立ててみたんですが…」
何!?
「団長様の背格好に合わせたものを二着ほど用意致しましたので、もしよろしければまた何かの折に
着用して頂ければ、私どもは嬉しいのでございますが…」

「おおぉ…」
喜びのあまり人相まで変わっている団長とは裏腹に銀髪の男は思わず顔が引きつり後ずさりした!

「何と素晴らしい…」

キラキラと眼を輝かせて嬉しそうに騎士団の制服を広げてみる団長。

「聖堂騎士団員ククール!」
(くそっ!そんな風に呼ばれたら返事しないわけにはいかねぇじゃねぇか!)
「…は」
「見てみろ!この美しい色の制服!私とよく似た背格好といえば、ここではお前ぐらいしかおらん。
早速試着させて頂こうではないか。こっちへ来い!」
「うへぇ〜」
ククールは思い切り嫌そうに返事をしたが、団長には全く通じなかった…




こうして、この後事あるごとに他の団員とは違う愛らしい色の…少し派手ではあるが…騎士団の制服を
着る事になった団長は一段と謎の人物として団員から恐れられ、尊敬される事になる。

だが、銀髪の男…ククールだけは、あの時面白半分に覗きさえしなければ、もしかしたらこんな派手な
制服を着せられる羽目にはならなかったかもしれないのに…とずっと後悔する事になるのだった…





〜後日〜

「しっかし、笑うよな…」
「…何がだ?」
「いや、兄弟って変な癖まで似るんだなと思って…」
「変な癖とは…いったい何の事だ?」
「…枕…抱かねぇと眠れねぇのかよ?」
「何だと!…くっ!お前もか!?…だがあのべホマスライムの抱き枕だけは譲らんぞ!何といっても健全なる精神には充分な睡眠が必要だからな!」
「へぇへぇ…」