JR西日本 福知山線脱線事故
安全は           ― 運転再開1か月 ―
  取り戻せるか   ■ 上 ■  2005年7月19日 読売新聞
しみついた「効率第一」

 「止まれば安全という問題ではない」。国土交通省鉄道局の河合篤・安全対策室長は、JR西からの電話報告に声を荒らげた。
 運転再開2日目の6月20日夕。事故現場のカーブ手前で、特急が速度超過し、事故後に整備された自動列車停止装置(ATS)が作動、緊急停止した。「ATSは正常に作動しました」。なぜ速度超過したのか。超過速度は何`なのか。状況、原因が不明の発生直後から、JR西は報告で「安全」という言葉を繰り返した。



 居眠り運転などの人為ミスを補う安全装置として有効なATS。未整備のカーブで起きた脱線事故を受け、国交省は急カーブでの設置を全鉄道事業者に義務付けた。このATSへの信頼性を揺るがすミスが起きたのは、事故約1か月後の5月20日のことだった。快速電車がATSの受信機を取り付けづ、大阪市内の阪和線約50`間を約1時間、営業運転した。2日前、別の車両の受信機が故障したが、予備品がなく、検査担当者がその日、運行予定のなかった快速電車の受信機を外して付け替え、そのままになっていた。
 「例えば、週末しか走らない特急から外して、次の週末までに、どこかの列車から持ってくる。これまでも、そうやって急場をしのいできた」。検査担当者の一人は、そう打ち明ける。
 予備品不足。その背景には、収益重視から、徹底した経費削減を進めてきたJR西の経営方針がある。事故現場を含む急カーブへのATS整備が先送りされてきたのも、そうした経営方針が色濃くにじむ。



 人員削減のため業務の外注化が進むなか、JR西が5月末、国土交通相に提出した再発防止策「安全性向上計画」では触れられていない「子会社・下請け任せ」(JR西幹部)の体質も、運転再開後に露呈した。
 列車見張員の資格を持たない警備員2人が高架工事現場に配置されていたことが6月30日、内部告発から明らかになった。工事発注先の下請け警備会社は「繁忙期で資格者が足りなかった」と説明。無資格者による見張りの常態化を、JR西も長年、見過ごしてきた疑いが強まっている。
 その前日には、兵庫県内のJR山陽線で、保線作業を請け負った関連会社の下請け従業員が線路脇に置きっ放しにしていたスコップを、新快速電車が跳ね飛ばしていた。福井県内の北陸トンネルでも、線路脇の作業用台車と貨物列車が接触。一つ間違えば、脱線事故を招く恐れがあった。
 関連70社の企業グループ。6月28日、社外有識者による安全諮問委員会の初会合の席上、委員長の永瀬和彦・金沢工業大学教授は「安全性向上計画には、本社のことしか書かれていない」と指摘、「グループ、下請け企業を含めた安全管理体制が不可欠」と提言した。



 死者42人、負傷者614人にのぼった14年前の「信楽高原鉄道事故」。一方の当事者だったJR西では、その後も、東海道線で救急隊員2人が死傷した二重事故など重大事故、トラブルが相次いだ。社内の連絡不足、定時運行への過度のこだわり・・・・・。その都度、問題が指摘されたが、再発防止策は、運転士訓練施設の増設など「対処療法的なもの」(安全性向上計画から)にとどまり、全社的な安全意識の向上には結びつかなかった。
 そして、4月25日朝、福知山線の大惨事が起きた。
【安全性向上計画】
反省点として「効率化による余裕のない事業運営」「管理者と部下の意思疎通の不足」などを挙げ、再発防止に向けた行動計画として、企業風土・価値観の変革に向けた取り組みや、教育・指導、情報伝達・共有のあり方の見直しなど7項目を盛り込んだ。今年度から4年間の安全関連投資も600億円積み増し、2900億円とした。

 「安全意識を高めるには、まずコスト意識を変えることから始めなけらばならない」。安藤陽・埼玉大学教授(公企業論)は、そう強調し、「鉄道会社も効率を重視して収益を上げなければならないが、こと安全に関しては別ということを、全社員が理解する必要がある。安全最優先という理念を掲げても、これまでの強烈なコスト意識が植え付けられたままでは、なにもかわらない」と言い切る。
 JR西の幹部は自嘲を込めて言う。「意識改革が組織に根付くには、気が遠くなるような根気と時間が必要かもしれない」
 死者107人、負傷者549人を出した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で不通になった宝塚―尼崎間の運転再開から19日で1か月を迎える。「安全を最優先する企業風土の構築」を掲げ、再出発したJR西日本に、安全意識は根付き始めているのか。最優先課題とした「風通しの良い組織づくり」は・・・・・・。現状を検証する。
現場の声 改革のカギ
 
 「あんたらは何もわかっていない」
 福知山線の運転再開前日の6月18日、兵庫県内のホテルで開かれたJR西日本の遺族説明会。事故で肉親を失った女性は、事故後、遺族に付き添う担当社員に「大変お世話になっています」と感謝の言葉を述べた後、経営陣に罵声を浴びせた。社員212人が、2人一組で、乗客106人の遺族の要望を聞き、葬式や遺品探しを手伝う社員もいた。一方、経営陣は会見で、運転再開日を知らせていない遺族から「理解は得られた」と発言、事故後1週間もたたないうちに合同慰霊祭を企画するなど、無神経さをさらけ出した。遺族の思いすら、担当社員から経営陣に伝わらないのが、社員3万2000人の巨大組織の現状だ。



 JR西は、安全性向上計画で「風通しの良い職場づくり」を最優先課題の一つに挙げた。
 6月から始まった「緊急安全ミーティング」。部長級以上の幹部が電車区、駅などに出向き、社員の意見を聞く。その声を毎週火曜日、役員らが報告を受け、さらに月1回、全10支社長も加わって協議する。
 緊急ミーティングは、すでに二百数十回開かれた。若手社員を中心に500項目近い要望が出されたが、役員の一人は「会社や我々への批判の声は、思ったほどではなかった」。
 実情はどうか。かつての同様の取り組みを知る中堅社員らは「そういう場では、本音は言えない」と口をそろえる。
 分割民営化翌年の1988年。100人を超える死傷者を出した東京・JR東中野駅構内の追突脱線事故が起きた、その年、大阪市内の電車区などで月に1度、区長が社員の意見を聞く「風通しの日」が始まった。上司を批判した運転士は後日、「本当にそんなことを言ったのか」と詰問された。「日勤教育」への不満の声も相次いだが、改善されなかった。しだいに参加者は減り、1年ほどで取りやめになった。
 JR西は、多くの前では話しにくいという社員のため、近く、文書で意見を募る「目安箱」を各現場に設置する方針だが、ある中堅社員は「密告を奨励するような形にならないか」と危惧する。
 どうすれば「本音」を引き出せるのか。その声をどう実行に移すのか。具体的な仕組みは、まだ定まっていない。



 「この中に、運転士免許を持つ役員はいるのか」。運転再開5日目の6月23日に開かれた株主総会で、垣内剛社長は、株主の質問に答えられず、押し黙った。執行役員以上31人のうち、運転士免許を持つのは和歌山支社長1人だけ。「現場を知らない幹部が多すぎる」との批判を受け、JR西は総会後の取締役会で、取締役10人のうち、技術系を2人から4人に増やした。
 その技術系の鉄道本部安全推進部が、事務系部署と会議室しかない本社4階から引越し、7月19日、鉄道本部の各部署が集まる8階で業務を始めた。
 同部は安全性向上計画で事故情報の収集・分析にとどまっていた機能の強化が明記された。安全対策を実行するため独自の予算権限を持つことになり、子会社に転出していたベテラン部員を呼び戻すなど人員の拡充も進めている。「現場に近い安推(安全推進部)改革が、組織改革のカギを握る」と、事故後、就任した山崎正夫副社長は話す。
 古川靖洋・関西学院大教授(経営組織論)は「組織改革には必ず反発する者がおり、時間もかかる。大事なのは、現場第一主義と経営トップの強い意志」と指摘。「様々な取り組みが、ただの行事と化してはいけない。経営トップは用事がなくても日常的に現場に足を運び、相互理解を深める。そうした地道な努力が、組織を動かすことにつながる」と進言する。
安全は           ― 運転再開1か月 ―
  取り戻せるか   ■ 中 ■  2005年7月20日 読売新聞
安全は           ― 運転再開1か月 ―
  取り戻せるか   ■ 下 ■  2005年7月21日 読売新聞
複雑な労組関係なお影

 「1企業1組合を目指し、組織拡大を図る」
 JR西日本の4労働組合のうち、組織率88%の最大労組・西日本旅客鉄道労働組合(JR西労組、組合員約2万7000人)が15日、大阪市内で開いた臨時中央委員会。森正暁委員長は壇上のマイクを握り締め、語気を強めた。この日、国土交通省のJR西への保安監査(立ち入り検査)が終了したばかり。事故後の労使安全会議に唯一参加せず、対立を強めるジィアール西日本労働組合(JR西労、同約1200人)の幹部は、民営化から18年間、労使協調路線を続ける西労組を「会社へのチェック機能を失った御用組合。事故を招いた責任は、会社側と最大労組にある」と指弾した。
 会社側との対立関係から事故後、安全対策について西労組との共闘≠進める他の2労組も、森発言には不快感をあらわした。



 <ICOCA(イコカ)の売上を伸ばす><備品管理を徹底する>
 福知山線で脱線した快速電車の運転士(死亡)が所属していた大阪・京橋電車区。事故前に開かれた労使による「安全衛生委員会」の議事録には、営業方針などの記述があるだけで、社員の健康状態や事故の発生状況など本来、報告、検討されるべき事項が記載されていなかった。
 同委員会は、労使双方の代表者と産業医が職場環境の改善などを協議するため、労働安全衛生法で月1回の開催が義務付けられている。ところが、京橋電車区では、幹部と中堅社員が営業会議後などに開催。西労組所属の中堅社員を「労組代表」とし、営業会議の議題を形だけ議事録に残していた。産業医は過去3年間、一度も出席していなかった。
 JR西には145の同委員会があるが、清掃作業員が列車にはねられた死亡事故でさえ議事録に記載されていないケースもあった。
 花見忠・上智大名誉教授(労働法)は「現場の声を会社に伝える機会が失われた」とし、「委員会の形骸化を容認した労使双方に問題がある」と指摘する。



 西労を除く3労組は、事故後の労使安全会議で一定の成果を上げた。懲罰的と批判が出ていた「日勤教育」の見直しでは「要求どおりの内容を勝ち取った」(3労組幹部)と自賛する。しかし、人員削減など安全にかかわる今後の課題では、微妙にスタンスが違う。一方、事故後も痛烈な会社批判を繰り返す西労には、3労組とも「会社はつぶれないという『親方日の丸』意識が抜け切れていない」と対立色を鮮明にする。
 複雑な労組関係は、職場に暗い影を落としている。
 福地山線のある運転士は「組合が違う者同士はあまり話しをしない。西労組員の要望しか聞こうとしない管理職も多い」と漏らす。
 見習運転士を育成する指導役に、20歳代の運転士が目立つJR西。経験豊富で技量の高いベテラン運転士であっても、西労組以外の組合員が選出されることはほとんどない。JR西の幹部は「見習運転士は、各労組の引き抜きの対象。技術指導に専念する若い運転士の方が好ましいという一面がある」と打ち明ける。技術の継承にも、労組問題が少なからず影響を与えているのが実情だ。



 520人の命が奪われたジャンボ機墜落事故から20年の今年、管制官の指示を無視した離陸開始や整備ミスの放置など重大ミスが相次いだ日本航空(JAL)。旧日本エアシステムとの経営統合に伴い、労組は10団体に膨れ上がり、労使関係はより複雑化した。
 JALの再発防止策を参考にしたJR西の安全性向上計画には、JALと同様、労組問題というい重要課題が抜け落ちている。
 墜落事故後の安全対策にかかわったJAL元幹部は「両社は共通の問題を抱えている」と指摘し、安全体制の構築には「労使双方がチェックし合い、議論を重ねることを抜きにして考えられない」と断言する。そして、両社の各労組に「安全を、他のいかなる問題より優先して考えるということを再確認していほしい」と注文を付けた。
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