しみついた「効率第一」
「止まれば安全という問題ではない」。国土交通省鉄道局の河合篤・安全対策室長は、JR西からの電話報告に声を荒らげた。
運転再開2日目の6月20日夕。事故現場のカーブ手前で、特急が速度超過し、事故後に整備された自動列車停止装置(ATS)が作動、緊急停止した。「ATSは正常に作動しました」。なぜ速度超過したのか。超過速度は何`なのか。状況、原因が不明の発生直後から、JR西は報告で「安全」という言葉を繰り返した。
居眠り運転などの人為ミスを補う安全装置として有効なATS。未整備のカーブで起きた脱線事故を受け、国交省は急カーブでの設置を全鉄道事業者に義務付けた。このATSへの信頼性を揺るがすミスが起きたのは、事故約1か月後の5月20日のことだった。快速電車がATSの受信機を取り付けづ、大阪市内の阪和線約50`間を約1時間、営業運転した。2日前、別の車両の受信機が故障したが、予備品がなく、検査担当者がその日、運行予定のなかった快速電車の受信機を外して付け替え、そのままになっていた。
「例えば、週末しか走らない特急から外して、次の週末までに、どこかの列車から持ってくる。これまでも、そうやって急場をしのいできた」。検査担当者の一人は、そう打ち明ける。
予備品不足。その背景には、収益重視から、徹底した経費削減を進めてきたJR西の経営方針がある。事故現場を含む急カーブへのATS整備が先送りされてきたのも、そうした経営方針が色濃くにじむ。
人員削減のため業務の外注化が進むなか、JR西が5月末、国土交通相に提出した再発防止策「安全性向上計画」では触れられていない「子会社・下請け任せ」(JR西幹部)の体質も、運転再開後に露呈した。
列車見張員の資格を持たない警備員2人が高架工事現場に配置されていたことが6月30日、内部告発から明らかになった。工事発注先の下請け警備会社は「繁忙期で資格者が足りなかった」と説明。無資格者による見張りの常態化を、JR西も長年、見過ごしてきた疑いが強まっている。
その前日には、兵庫県内のJR山陽線で、保線作業を請け負った関連会社の下請け従業員が線路脇に置きっ放しにしていたスコップを、新快速電車が跳ね飛ばしていた。福井県内の北陸トンネルでも、線路脇の作業用台車と貨物列車が接触。一つ間違えば、脱線事故を招く恐れがあった。
関連70社の企業グループ。6月28日、社外有識者による安全諮問委員会の初会合の席上、委員長の永瀬和彦・金沢工業大学教授は「安全性向上計画には、本社のことしか書かれていない」と指摘、「グループ、下請け企業を含めた安全管理体制が不可欠」と提言した。
死者42人、負傷者614人にのぼった14年前の「信楽高原鉄道事故」。一方の当事者だったJR西では、その後も、東海道線で救急隊員2人が死傷した二重事故など重大事故、トラブルが相次いだ。社内の連絡不足、定時運行への過度のこだわり・・・・・。その都度、問題が指摘されたが、再発防止策は、運転士訓練施設の増設など「対処療法的なもの」(安全性向上計画から)にとどまり、全社的な安全意識の向上には結びつかなかった。
そして、4月25日朝、福知山線の大惨事が起きた。
【安全性向上計画】
反省点として「効率化による余裕のない事業運営」「管理者と部下の意思疎通の不足」などを挙げ、再発防止に向けた行動計画として、企業風土・価値観の変革に向けた取り組みや、教育・指導、情報伝達・共有のあり方の見直しなど7項目を盛り込んだ。今年度から4年間の安全関連投資も600億円積み増し、2900億円とした。 |
「安全意識を高めるには、まずコスト意識を変えることから始めなけらばならない」。安藤陽・埼玉大学教授(公企業論)は、そう強調し、「鉄道会社も効率を重視して収益を上げなければならないが、こと安全に関しては別ということを、全社員が理解する必要がある。安全最優先という理念を掲げても、これまでの強烈なコスト意識が植え付けられたままでは、なにもかわらない」と言い切る。
JR西の幹部は自嘲を込めて言う。「意識改革が組織に根付くには、気が遠くなるような根気と時間が必要かもしれない」