「海員組合の55%株主」は
           墓穴を掘るもの

                              
                                             弁護士   在 間  秀 和

  1. 「海員組合が筆頭株主に!!」
     昨年の4月1日付の「全日本海員組合関西地方支部 組合員ニュース」の見出しです。
     私は一瞬目を疑いました。こんなことは前代未聞です。
     私は、「海員組合」というのはあくまでも労働組合と思っていました。ところが、この記事は、本四海峡バスという会社で全港湾との労使紛争があり、それに対抗するために、海員組合が会社の55%の株を取得した、というのです。この記事は次のように堂々と誇らしげに書いています。
     「何故、株式を取得しなければならかったか。自ら守らなければならない会社を全港湾は誹謗し名誉を傷つけ、営業的にも大きな被害を与えています。全港湾を認め、更に誹謗され、すき放題にされれば会社の将来に明るさは見えないとして、現在の株主は経営参加意欲を無くしつつあるのが現状です。すべての株主が経営意欲をなくすようなことになれば、会社の存続はなく、海員組合とその家族の雇用も生活も守れなくなってしまいます。雇用と生活を守るためには、組合員自らが職場を守る闘いをしなければならないと決断したからです。」この記事の言いたいところは、「全港湾が会社を攻撃している。その会社を守るために、海員組合はその会社の経営者とならなければならかった。」
     世の中の多くの経営者は同じことを言います。「会社あっての労働者。会社の存続のためには会社の言うことを聞いてもらわないといけない。」こうした経営者に対し、労働者の権利保護を求めるのが労働組合の本来の役割のはずです。
     労働組合が労働組合であることを忘れれば、平気でこう言うことになってしまうのか、とつくづく思います。

  2. 会社における労働組合とは?
     このとんでもない間違いについては、改めて言うまでもないことと思いますが、今の海員組合の態度からすると、敢えて言わざるを得ないのでしょう。
     本四海峡バスという会社は、あくまでも「株式会社」です。株式会社と言う組織は、「株主」が金(資本)を出し合って利益を上げるために作る純粋な営利団体です。普通の個人の企業と違うところは、株主が直接会社の経営に当たるのではなく、株主が経営に当たらせる人を選び、その人たちに経営を任せるわけです。この経営を任される人たちが「取締役」です。この取締役は、会社の株主総会で選任することになります。そして、この取締役の人たちは、株主から委任を受けて、株主の利益のために会社の経営に当たることになります。ですから、取締役は、株主の利益に反して会社経営に当たるわけにはいきません。株主の利益に反することをすると取締役を解任されることになります。
     この取締役を株主総会で選んだり、解任するに当たっては、会社の株の過半数の株主の意思で決まります。要は、「過半数株主」は、会社の経営を概ね支配できるわけです。
     一方、会社には労働者がいます。労働者がいなければ会社は成り立ち得ません。会社がひたすら利益を追求するとなれば、その反面、そこで働く人たちの権利が奪われる危険性が増えてきます。そこで、働く人たちの権利を守るために、歴史的に、労働基準法などの労働者の権利保護のための法律が制定されてきたわけです。しかし、そうした会社の利潤追求から労働者の権利を守るために最も重要な役割を果たしてきたのが「労働組合」の存在です。労働者は資本家と比べて経済的に弱い立場にありますから、皆が団結して団体行動により自分たちの力を示し、経営者と交渉し、自分たちの力で権利を守っていく必要があります。憲法でも、「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」が認められているのは、こうした歴史的な流れがあったからです。
     しかし、経営者は、利潤追求のためには労働組合がしばしばジャマになります。そこで、多くの経営者は様々な手段を講じて労働組合をなきものにしようとしてきました。そうしたことは許されない、というのが、労働組合法での「不当労働行為」制度です。

  3. 「過半数株主」とはなにか?
     こうした中で、今回の問題は、「株主」とは何か?「過半数株主」とは何か?が考えられなければなりません。
     会社の経営者(それは正に過半数株主とイコールでしょう)と労働組合とは、基本的に利害は対立するところにあります。要は、それを1人が兼ねることができない、ということを意味しています。その役割を1人で両方兼ねることはあり得ないのです。こんなことは、労働法のイロハを知らなくても、常識の部類です。
     「会社を守るために海員組合が過半数の株を取得した」とは一体何を意味するのでしょうか?
     経営者に対して労働者の権利を擁護していくのが労働組合ですから、この労働組合に組織されている労働者の相手である経営者は「海員組合」ということになってしまったわけです。一方で、海員組合の組合員は勿論その組織の統制下にあります。しかも、海員組合は全国単一組織です。こうなると、本四海峡バスという会社では、海員組合に所属する労働者は、基本的にその会社の経営者の言うことに全面的に従わなければなりません。そうなれば、もはやここには「労使関係」はありません。そこにあるのは、利潤を追求する経営者と、ひたすらそれに従う労働者の存在しかありません。労働組合など存在のしようがありません。要は、「海員組合が過半数の株を取得した会社」にあっては海員組合は労働組合としては成り立ち得ないのです。その成り立ち得ない労働組合と会社が「ユニオンショップ協定」を締結し、海員組合以外の労働者を排除しようとしているのですから、ただあきれるだけです。

  4. 墓穴を掘った海員組合
     結論的に次のことが言えます。
     「55%の株を海員組合が取得した本四海峡バスにあっては、海員組合だけは労働組合としては存在できない。」
     今、本四海峡バスでは、多くの労働者が全港湾に結集しています。ですから、今、会社と正常な労使関係が成り立ち得る労働組合は全港湾だけなのです。
     現在、海員組合は最初に引用した組合ニュースで、誇らしげに「過半数の株を取得した」と言っています。そして、それは全港湾と対決するためだ、というのです。これは、「海員組合」が「労働組合」としての役割を自ら放棄したことを意味しています。遂に海員組合は墓穴を掘ってしまいました。
     今、本四海峡バスに働く労働者の人たちには次の選択が求められています。
     会社の経営者の言いなりになって文句を言うことすらできないまま働くのか、経営者に労働者としての権利を主張し、働く者の基本的な立場を守るのか。
     会社に正常な労使関係を作るとすれば後者の選択しかないのです。

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