JR西日本福知山線転覆脱線事故
問われる公共交通の社会責任
 4月25日JR西日本「福知山線」で起きた転覆脱線事故は、死者107人、負傷者540人におよぶ大惨事となった。報道によると脱線事故の最大の原因は、速度超過にあるといわれている。その速度超過にいたった大きな誘因として、利益第一の超過密ダイヤとミスに対する重すぎる懲戒処分などが、運転士への過大なプレッシャーとなった為であると指摘されている。
 JR西日本では、ミスを犯した運転士に対し、「日勤教育」と呼ばれる懲罰的な再教育がなされていたという。脱線事故後、JR西日本の南谷会長はテレビで「プレッシャーは必要」と、JR西日本の日勤教育を含む労務管理の正当性をアピールする発言をした。はたしてそうだろうか。その労務管理がもたらしたものは、処分や転勤のプレッシャーから、上司の命令に唯々諾々と従うだけで、「危険性」や「現場の実情」などの具申すらできない管理職を生み、ことが起これば部下という弱いところに責任転嫁、実際の運行現場の声が通らない最悪の企業体質だった。
 脱線した快速電車の運転士の友人が朝日新聞の記者に語った内容(読売新聞から)によると、「ダイヤの遅れを取り戻すための回復運転≠ヘ日常茶飯事だったという。また、昨年6月のオーバーランでの訓告処分で強いられた日勤教育≠フ非人間的な過酷さや、『今度やったら(運転士を)おろされるかもしれない』などと、ミスに対する厳しい処分への不安を話していたという」。欧米航空業界などでは、ミスの報告に処分を科さず、より多くのミスを拾い上げ原因を究明することで、安全確保に役立てている会社も少なくないという。
 脱線事故後オーバーランがクローズアップされ、各地でオーバーランが頻発している実態が浮き彫りになってきた。これは運転技術の未熟さゆえではなく、無理な運行ダイヤが原因ではなかろうか。この頻発するオーバーランこそが、まさにヒヤリ・ハット※であり、運行ダイヤが限界を超えている事象であろう。サービスと称して乗客を奪い合う無軌道なスピード競争が見え隠れする。経費削減の名の下に、運転士は過剰な運行業務をこなすべく睡眠時間を削って疾走する。
 5月17日参議院国土交通委員会は、JR西日本の垣内社長と徳岡専務兼鉄道本部長らを参考人として呼び、集中審議をおこなった。その審議において垣内社長は、「責任を痛感している」と謝罪し「企業風土の改革の道筋もつけなければならない」と述べたが、懲罰的な『日勤教育』について「大部分では再教育の趣旨は生かせたと思う」と、『過密ダイヤ』についても「原因になっているとは思わない」とした。さらに『回復運転』についても「速度を越えて回復運転をすることはない」と強調した。また徳岡鉄道本部長は、「回復運転による速度超過が常態化している」とする複数運転士の証言について、「そんな事実はないと考えている」などと述べた。発言は、JR西日本の企業体質を如実に語る。
 記憶に新しい関電の蒸気噴出事故やJCOの臨界事故などは、能率(経費削減)を重視するあまり本来の手順を無視した作業で、危険状態を繰り返すという意識的なミスを犯し大事故につながった。JR西日本も超過密で無理な運行ダイヤのなか、『回復運転』を繰り返すという危険状態を続けていたという。脱線事故は今回たまたま起こったのではなく、これまでたまたま起こらなかっただけである。この脱線事故は、行過ぎたダイヤ短縮を放置した運輸行政のあり方にも疑問を投げかける。そして同時に、JR西日本にとどまらず公共交通機関の社会への責任が問われているのではなかろうか。
 安全を考える上で重要な事は、人は人間である以上、意識・無意識にかかわらずミスを犯すという前提にたって、ミスを犯してもそれが直接事故につながらないようなシステムを構築することであると、専門家らは口をそろえる。

※【ヒヤリ・ハット】
 「ヒヤリ・ハット」とは、事故にはならなかったけど “ヒヤリ”としたり “ハット”したことをいいます。この「ヒヤリ・ハット」が300件あると、うち29件は小さな事故に、さらにそのうち1回は大事故になるという、安全活動では必ずでてくる1:29:300のハインリッヒの法則です。「ヒヤリ・ハット」は、人間が人間である以上絶対に避けられないヒューマンエラー(ミス)によって発生するといわれています。
 安全対策においては、この「ヒヤリ・ハット」をできるだけ多く拾い集め、その要因を排除したり、それが直接事故につながらないような設備やシステムを作ることが有効であるといわれています。300件の「ヒヤリ・ハット」を30件に減らせれば、小さな事故が1件になり、大事故は限りなく“0”に近づきます。

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