「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
エピソード0
プロローグ
「ボクは、ミズキ ツキトっていうんだ」
その男―ミズキツキトと名乗る人物―は、
目の前でそう言った。
「実は…助けて欲しいんだ」
「……?」
助けて欲しい。
――何を?
・・・
助ける。
――何を?
「ボクは、今、帰れない。
・・・・
逆に言うと、帰りたいんだ」
目の前でそんなことを言う人物。
あいつは、一体何者なのだろうか?
いや、寧ろ人間なのだろうか?
目の前に人物。
――ん?
目の前に男。
――ん??
ただ人間の形をしている。
ただ男の格好をしている。
それだけでそうと決め付けてしまうのか?
これじゃ、暑いから夏。
葉だから緑。
そんなことじゃないのか?
暑いからといって、夏とは限らないし、
葉だからといって、緑とは限らない。
ただ、その可能性は高いってこと。
水は青。
血は赤。
確かにそれは当然だ。
でも、今言いたいことはそういうことじゃない。
・・・・・・・・・・・
物を見た目で判断するな、ということ。
何かが間違っている。
・
何かを間違っている。
・・・・・
何かがズレている。
おかしい。
そんなことを考えると、全てが変だった。
・・・・・・・
何もかも有り得なかった。
ここで、こうやって話していること。
ここに人が対峙していること。
時間は流れている。
・
時間が流れている。
当然のことと言えば、当然のこと。
普通のことと言えば、普通のこと。
あたりまえと言えば、あたりまえ。
ただ、その時間の中で何をやっているのかってことだけ。
・・・・・・・
何をするべきか?
・・・・・・・
何をしたいのか?
・・・・・・・
何をできるのか?
・・・・・・・・・・・・・
何をしなければならないのか?
・・・・・・・・・
――時間に流されている――
・・・・・・・・・
――時間に流されていた――
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 1
彼女と彼には事情がある
この話にはまだ続きがあった。
続きのある話。
続きのない話。
この場合、今の状況は、前者のほうだった。
そもそも7日後という、未来を表しているのだ。
当然続かなければ、おかしい。
さて、では続きのお話を、始めよう――。
僕は、いつもより疲れて家へ帰ってきた。
何に疲れていたか、なんて言うまでもないことだ。
「ただいま……」
いけない。
声にまで疲れが出ているようだ。
ちゃんと、いつも通りに。
いつも通りに……。
「おかえり」
そんな僕に返ってくる温かい声。
この声は……いや、今はやめておこう。
いずれわかることなんだし。
それよりも、今は本当に疲れた。
とりあえず、部屋に行こう。
僕は、自分の部屋がある、二階へと向かった。
……。
「あぁ……」
思わず、声に出してしまうほどに疲れていた。
何に疲れたなんてことではない。
何だか、全てに疲れていた感じだった…。
僕はベッドに横になる。
………。
……。
…。
「お〜い、健一〜」
しばらくして、扉を叩くノックの音。
うん?
誰だろう? …って、決まっているんだけども。
「何か用?」
「とりあえず、入るよ」
ガチャリ。
扉の音と共に一人の女性が僕の部屋に入ってきた。
若い女性。
背丈は、そんなに高くもなく、かと言って、低くもなく。
髪は、青の少し濃い目の、ショート。
服装は、Tシャツに、Gパン。
そして、エプロンを身に付けている。
「あんた、夕食は?」
「え!? もうそんな時間?」
僕が帰ってきたのが確か、夕方から夜になるという時間。
そして、今が部屋に戻ってすぐの時間だろ?
あれ? うちの夕食にしちゃ早くないか?
いつも、僕が帰ってきてしばらくは時間があるのに。
一時間以上は……。
「というか、あんたが帰ってきたのが、今日は遅かったし……」
「それもそうか」
まぁ、確かにいろいろあったわけだし。
何か走り回った記憶も……。
…って、それだけの理由で夕食までの時間がないのか?
あれ? あれあれ??
僕は何をしていたんだろう?
時間の辻褄が合わないというか……。
「何? 寝てたの?」
「え?」
あ、そういうことか。
確か部屋に入ってすぐに、ベッドに横になったんだった。
その後寝ちゃったのか…。
「だって、いつもなら荷物置いたらリビング来るじゃん」
「そうだね」
「でも、今日は来なかったし」
「うん。
…いや、いまいち時間の感覚がよくわからないんだけど、
多分寝てたんだと思うよ」
「今は、あんたが帰ってきて一時間くらい経ってるわよ」
「そっか」
もうそんなに経ってたのか…。
時間が経つのって早いな。
…って、何をいまさら! みたいな。
……あれ、僕まだ寝惚けてるのかな?
「で、そろそろ夕食にしない?」
「うん。…そうするよ」
何だか、いろんなことで疲れた気がするけど、
何か食べれば落ち着くかもしれない。
特に“早絵姉さん”のご飯は美味しいから……。
「じゃ、すぐに来てね。用意してあるから」
「わかったよ」
僕は夕食をとるため、下に降りることにした。
……。
さて、そろそろ紹介をしなければならないだろう。
健一が話した、“早絵姉さん”という人物についてだ。
この早絵姉さんというのは、本名は月代 早絵(つきしろ さえ)
という名前で、健一の近所に住む大学生だ。
なので、健一の実の姉というのではもちろんない。
健一の家は、両親が共に働いているため、家に居る時間が少ない。
(下手をすれば帰ってこないということも少なくはないようだ)
そこで、健一の面倒をいろいろ見ているのがこの早絵なのだ。
健一が小さい頃からずっとそばにいる人だ。
さて、僕はまた自分の部屋に戻っていた。
既に夕食を済まし、入浴も済ませていた。
早絵姉さんは、夕食を済ませて後片付けを済ませると、
いつもそのまま帰ってしまう。
…大学生も、いろいろ忙しいんだな……。
うん。
僕ももう寝ることにしよう。
明日もいろいろありそうだしな。
少なくとも、7日後までは――。
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 2
いざ、学校へ!!2
……。
朝。
…なのだろうか?
僕はいまいちよく分からなかった。
今、僕が起きているのか?
それとも、寝ているのか?
そこからよく分からない。
どうなっているんだろうか?
だけど、次の瞬間、急に意識が変わる…。
と思ったら、朝には聞きなれない声が耳に届いた。
「お〜い、健一〜」
……。
「朝ですよ〜」
「……」
「あれ? 返事がない…」
ダンダンッ、と階段を登ってくる音。
そして、急にその音が止まる。
…たぶん、僕の部屋の前まできたのだろう。
「健一、朝だよ」
「…う、うん」
「早く起きてきてよ」
「わかった…」
というか、違和感がある。
いつもの朝にはない。
……。
…。
しばらく、その何かの違和感の原因を考える。
なるほど。
いつもの朝に早絵姉さんは居なかった――。
続く
「マジロジ!」 2-2-2
朝。
いつもとは違う朝。
僕はわざと勢いよくカーテンを開けた。
カシャッ、と音を立てて眩しい光が僕に当たる。
「……うっ」
とりあえず、時間を確認してみる。
いつもより1時間は早い。
さすがに1時間も早いとなると、何だか変な感じだった。
昨日は、30分早く起きたけれども、準備を始めたのは、
結局、いつもの時間だった。
けど、今日は違った。
起きてすぐに準備を始めている。
この調子だと、朝の登校でムフフな展開が……。
「…って、『ムフフな展開』って何だよっ!」
すかさず、一人ツッコミ。
これも、貴重な朝の時間を使ってのトレーニングだ。
「…って、何の『トレーニング』だよっ!」
一人ツッコミ、パート2。
さてと、こんなことをやっていても埒があかない。
僕は着替えてダイニングルームへと向かった――。
僕はテーブルに着く。
「はい、朝ご飯」
そもそも、この人が朝にうちにいるというのが、
いつもと違う原因の一番大きな要因だった。
「いただきます」
とりあえず、食べることに。
トースト系の洋風な朝食だった。
「ねえ、何で早絵姉さんがここに居るの?」
僕は思い切って、さっきからずっと浮かんでいた疑問を訊ねてみた。
「居ちゃ、悪い?」
「いや、そういうわけじゃなくて…」
「何で朝に居るかってことでしょ?」
「そうそう」
わかってんじゃん。
「今日は、いつもより遅く行くから」
「あ、そうなんだ」
「で、帰りが遅くなるの」
「そうなの?」
「ええ、だから、ご飯のほうは自分で用意してね」
「うん。わかったよ」
じゃあ、今日は来ないってことなのかな?
「あ、大分遅くなるようだったら来ないけど、
少しくらいなら、なるべく来るようにするから」
「別に無理しなくてもいいよ?」
「だいじょぶ♪ 大丈夫。
あんたが心配するようなことじゃないって」
そうなのだろうか?
やっぱり、一応、女なわけだし…。
心配するというのが、義理なのではないだろうか?
「ごちそうさま。じゃあ行ってくるよ」
「気をつけて、いってらっしゃい」
まぁ、いいか。
姉さんなら大丈夫だろう。
その根拠は、不純だけど…。
…大学生も、いろいろ忙しいんだな……。
僕は玄関へと向かった――。
続く
「マジロジ!」 2-2-3
玄関で靴を履く。
……よし、と。
僕は扉を開けて外に出た。
…と、その前に。
時間の確認だ。
下駄箱の上の置時計で、時間を確認する。
かわいらしいキャラクターの形をした置時計だった。
(よくありますよね、こういうのって talk:みこと☆)
時間は……8時前。
まだまだ十分に余裕があった。
予鈴が8時30分に鳴るので、
それまでに校門をくぐらないといけないのだが、
家から学校までは20分もあれば余裕で着く。
したがって、歩いていけるという話だ。
ちなみに、昨日は、このくらいの時間から準備を始めていた。
よくそれで、毎日遅刻しないのが、今の自分にとっては不思議だった。
…カチャッ!
外に出ると、暖かい風が流れていた。
(春だよなぁ…)
といっても、桜はもうほとんど散ってしまっているのだけど。
(さて、と……)
学校へ向けて歩き出した。
あぁ、時間があるのはなんて素晴らしいことだろうか…。
なんてことを考えていたら、見知った…否。
この場合、聞き知った…だろうか? の声に呼び止められた。
「おはよう、健一っ!」
“っ”?
…じゃなくて。
その声に後ろを振り向く。
小学校からの幼なじみがそこには立っていた――。
続く
「マジロジ!」 2-2-4
「……あぁ」
「朝は『おはよう』だよ? 忘れちゃった?」
「…いや…おはよう」
そもそも、挨拶を忘れるわけがない。
…いや、たまに忘れたこともあったっけか。
「何だか元気ないね?」
「ん? そうか?」
「う〜ん? そんな感じなのかなぁ?」
「どんな感じだよっ」
「健一って、何だか暗いキャラって言うか……」
「だろうね…」
「もうっ、主人公がそんなじゃダメだって!」
「誰が主人公だよっ」
…ったく。
朝から疲れることだ。
僕は、いつもテンションの低い…そんな感じの人間だ。
それに朝が加わると、どういうことになるかというと……。
「ほんっとに、朝はめちゃくちゃ、テンション低いんだね」
「ほっとけ…」
とまぁ、そういうこと。
だって、僕はいたって……
(普通人間だからな……)
逆に、春菜はテンション高め。
元気なことは何よりです。
どっかの校長っぽくなってしまった…。
「それにしても、春菜は今登校か?」
「そうだけど?」
「でも、いつも会わないじゃん」
「当たり前だよぉ〜」
「どうして?」
「だって、健一…じゃあ、時間確認してみて」
「ヤだ。めんどくさい」
「もうっ…健一、今日は、いつもより早いんだよ?」
「あ、そっか」
周りを見回してみても登校中の生徒と思しき人達が
たくさん歩いている。
そして、また、僕らも歩いているわけだ。
これも、早絵姉さんが起こしてくれたおかげだ。
本当に感謝しなくちゃな。
「今日は、また、どうしたの?」
「…ん?」
「何でこんなに早いの? ってこと」
「あぁ…、今日は、何だか知らないけれど、早絵姉さんが朝から来たんだ」
「『早絵姉さん』って、いつも健一のお世話してくれてる、近所の大学生さん?」
「そこまでわかってるなら、一人しか居ないだろ。
わざわざ確認しなくても…」
「それもそうだね」
「で、朝からいろいろやってくれたんだ」
「そうなんだ…」
何か、最後のほうに隠れている気もしたけど…。
ま、それはいいか。
今が、ちょうど、家を出てから10分程だろうから…。
あ、この場合は体内時計だから、かなりアバウトな感覚だ。
流石に、1年ちょっと通うと、
歩いている場所で大体の時間の感覚もわかる。
腕時計もしているけれど、見るのも面倒臭いから。
で、ちょうど、家と学校の中間辺りだから10分、と予想。
簡単なことだった――。
続く
「マジロジ!」 2-2-5
「ところで、健一?」
「何?」
いきなり、転換だ。
話が変わるのだろうか?
いや、そうだろうな。
「紙のこと、何かわかった?」
「紙? 何のことだ?」
わざと知らないふりをする。
「昨日渡した、小さい紙のこと」
「あれ? そんなのあったっけ?」
なおも知らないふりを続ける。
「あったよっ! 健一が解くって言ってたよ!」
春菜がむきになりだした。
そろそろやめておこうか…。
「う〜ん。いや、あったかもしれないな」
「あったよっ!」
「いやいや、ちょっと待てよ……」
僕は、ズボンのポケットの中に手を入れる。
昨日の紙は…あった。
それは、確かにあった。
一瞬、ここになければ……。
そう思った。
できれば、昨日あったことは、全て夢であってほしいと…。
幻であってほしいと…。
しかし、夢ではなかったのだ。
それは、形を成して、しっかりと現実に存在していた。
夢ではない現実。
幻ではない実在。
「…どう、したの……?」
「……いや」
どうやら、ポケットに手を入れたまま、
考え込んでしまっていたらしい。
「どう…? あった?」
「なかった…」
妙にリアルに言ってみる。
「そんなぁ…」
「……」
「だって…昨日……確かに……」
途端に泣きそうになる幼なじみ。
どう見たって、僕が泣かせてしまったようにしか見えない。
というか、それが真実。
ヤバイ。
周りが見てる。
ここで、そんことされたら噂が怖い。
後で、どんな事を言われるか…。
それでなくても、ただ単に幼なじみだってだけで、
「付き合っている」とかそういう噂が耐えない。
僕と春菜は、単なる幼なじみであって、
決して、恋人なんかじゃない。
付き合ってなんかいない。
だから……。
泣くな…。
泣くなって…だから……。
「ほら……」
僕は、ポケットから出した。
その見えない真実を奥に秘めた、あの…小さな紙を――。
続く
「マジロジ!」 2-2-6
「これだろ?」
「うんっ。そうだよ!」
元気そうに頷く幼なじみ。
笑顔が似合う少女。
それは、いつだってそうだ。
そう。出会った頃から……。
「ねぇ? 健一?」
「ん?」
「何で、さっきとぼけたの?」
「さぁな…」
まぁ、実際、からかうとおもしろいかな。
程度のことで、やってたから…。
「まだ、わかんないからかな?」
直にからかったと言ってもよかったのだが、
それじゃ、本当に春菜が怒りそうなので、やめておく。
少しとぼけておけば、やり過ごせるだろう。
「何が?」
「その、数字の意味だよ」
「…やっぱり、意味があるのかなぁ?」
「そりゃあ…あるでしょ」
「そうだね」
やっぱり、さっきのことはもう気にしていない様子だった。
そして、すっかり流してしまってる気がするけど、
このとき、僕は春菜にまだわかっていないふりをしていた。
本当は、もう間違いない程度には解けていたのにも関わらずだ。
春名を巻き込みたくなかったからだろうか?
無意識にそうしている自分が、不思議だった。
自分が導き出した解答を、言ってしまえば、
随分と楽だっただろうに……。
僕は、あえて言わなかったのだ。
「解けそう?」
「どうだろう…」
「頑張ってね。私も考えてみるよ」
「え、いや、ちょっと…」
マズイ。
それは、だ。
つまり、春菜が解いてしまうかもしれないからだ。
僕は、春名を変に危険に巻き込みたくなかった。
ただ自分でも、何が危険なのかわからなかったが、
そんな予感がしていたからだ。
嫌な予感。
前にも言ったとおり、
こういうときの僕の感は極めて外れにくい。
そして、彼女の感は当たりやすい。
だから、春菜にはこの答えを知ってもらいたくなかった。
知ったら、巻き込んでしまうから――。
否。
巻き込まれてしまうから――。
そして、彼女は、嫌とは言わない。
寧ろ、参加したいと自分から言ってくるだろう…。
桃山春菜とは、つまりは、そういう女の子だ――。
続く
「マジロジ!」 2-2-7
「歩いて校門をくぐれるって、なんて素晴らしいことだろう!」
健一は、校門をくぐるなり、
そんな感嘆の混じった言葉を漏らした。
「いつも早く起きればいいんだよ」
全くその通りである。
「いや、だからだな、その……」
健一は、必死に言い訳の言葉を探すが出てこなかった。
春名の言っていることは全て正しいのだ。
僕に言い返す余地など無い。
「ほら、早く行くよ」
「お、おぅ…」
健一は、小走りに春菜へと追いついた。
校舎に入り、昇降口で靴を履き替える。
そして、教室までの廊下。
リノリウムの床を叩く、靴の音が硬く響く。
「解けそうなの?」
「え?」
「これ、これ」
春名は小さな紙を指差した。
といっても、春菜が持っているのだが…。
「あ、あぁ…どうだろうな」
「あれ? 昨日の発言は如何しちゃったのかな〜?」
そうなのだ。
健一は、昨日、春菜と久美の前で自信たっぷりに解くと言っていた。
「いや、考えてはいるんだぜ?」
嘘ばかりである。
既に解いているのに、健一は、わざと黙っていた。
それもこれも、春名を巻き込まないためなのだ。
「ふ〜ん」
「何だよ。信用してないな?」
「ううん。健一がそこまで頑張るのは、珍しいな、と思ってさ」
「そうだよな…」
健一自身不思議なのだった。
一体、何故自分はこんなにも頑張っているのか、と。
何だからしくないなと思いつつも、いつもの
「普通だよ……」
と言って、教室まで歩いた――。
続く
「マジロジ!」 2-2-8
教室には、毎度毎度同じように、
例に倣って、例に従い、あの男がいた。
「はははっ! 健一、今日こそ、覚悟しておけよ!」
全く、傍迷惑な奴である。
僕に、朝から余計な体力を使わせないでほしい。
たたでさえ、テンション低いってのに…。
「くらえ! 必殺、縦横無尽拳!!」
バカだ。
最悪だ。
何だ、そのネーミングは?
一体、何処から出てくるんだ?
いた仕方ない。
こういうのも、ありだよな。
こいつも、一回成功すれば、それでやめるかもしれない。
あぁ、きっとそうだ。
だから、くらってやろう。
――バシッ――
…バタッ……。
……。
…。
ひゅ〜……。
何だ? このみょ〜な、静けさは?
やめてくれ。何か…言ってくれ。
お願いだ。
じゃないと……。
僕が、ただのバカみたいじゃないか!
「『みたい』じゃなくて、『まんま』じゃん?」
…誰が、まんま、その通りだって?
…って言うか、今思っただけだよな?
口に出してないよね?
おいっ!
「いい加減にしろよ!」
「あ、怒った」
「何で…?」
「え?」
「何で…口に出してないのに……」
「あぁ…、それね。
そりゃ、何年も一緒にいりゃ、相手が考えてることぐらい分かるって」
そういうものだろうか?
「そういうもの」
やっぱり、読まれた。
どうして…?
「長年の勘って、やつぅ〜?」
「でも、さっきの言葉、何も知らない奴が聞いたら勘違いしそうだな」
「『長年の勘』が?」
「違う。その前」
「『相手が考えてることぐらい分かる』って?」
「おしい。もうちょい前」
「『何年も』……って、あぁぁ〜〜〜!!」
「途中で切るな。最後まで言え」
「いやだぁぁーー!」
「今更遅い」
「あぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
「叫んだって同じ」
「うっうっ、うえぇぇぇ〜ん!」
「泣いても、状況は変わりません」
「健一、ひどいっ」
「…うっ……」
ちょっとやり過ぎただろうか?
ところで、一体、周りは、
どんな状況になっているんだろうか?
そこが知りたい。
「…とりあえず、いい加減立ちなさいよ」
「うわっ! 大胆だねぇ…」
「そういう意味じゃない!」
――バシッ――
「いてぇよ!」
晋吾が、叩かれているスキに僕は立ち上がる。
そして、制服についた汚れを払い取る。
…流石に、全部は、取れないか。
…って、待て待てマテまて。
ちょっと待て。
「とりあえず、状況を整理してもいいか?」
「そんな複雑じゃないでしょうが」
「いや、状況説明を省きすぎた…」
「何言ってんの?」
「いいからいいから」
「…まぁ、いいけどさ」
「まず、いつも通りに晋吾が向かってきただろ……」
「で、何故か健一は、それを避けなかったんだよね?」
「そうそう…。で、俺は、当たって、倒れたんだよな?」
「いや、倒れたんでしょ? 聞かないでよ」
「悪い悪い。うん、そうだよな…。でも、俺は痛くない」
「当たり前じゃん」
「何で?」
「私が晋吾を止めたから」
「…そこら辺が、いまいちよく分からんのだが……」
「いい? 説明するからよく聞きなよ?」
「あぁ…」
「晋吾が振りかかっって、腹に隙が出来たから、叩いてやったのよ」
久美、お得意の『裏手チョップ』だ。
ツッコミの必須技だぞ。
これが、ツッコミをするときの基本技になる。
つまり、ツッコミを志すものなら、
必ず覚えなければならない技だ。
(…って、何で『裏手チョップ』の解説を真剣にやってるんだ?)
「何で叩くかなぁ…」
「だって、そうでもしないと、アンタ、ホントに殴ってたでしょ?」
「元からそのつもり……」
――バシッ――
「痛いって…」
「もちょっと、おとなしくしとけっ!」
「そうだぞ」
「アンタもアンタでしょうが!」
「何でだよ?」
「大体、何でわざわざ殴られようとしてんのよ」
「あ、いや、それはだな……」
わかるはずがない。
いや、信じるはずが無い…か?
何であれ、久美が理解するはずも無かった。
仕方ないので、僕は、適当にごまかしておく。
「それは?」
「それは、いい刺激になるかな、と」
我ながら、無理矢理だな…。おい。
「ふ〜ん。あ、そ」
納得された。
「そうそう。あ、もうチャイム鳴ったじゃん。
席座ろうぜぇ〜!」
「何かヘンね」
「気にすんな」
「……」
僕達は、各々の席に座るのだった――。
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 3
突然の来訪者
「ふあぁぁ〜」
思わず、欠伸(あくび)が出る。
とても、とてもだ。
眠い。
授業も、4時間目となると、流石に疲れる。
しかし、今眠ると、昼休みがどうなるか……。
果たして、起きることが出来るのか?
そこが、問題だ。
でもさ……。
眠いもんは眠い。
そりゃそうだ。
ってなわけで、寝よう。
おやすみ。
………。
……。
…。
パッカーン!!
「ぬぉ!」
何だ?
今の音は?
金属製の音…のような……。
ん〜…。
重くはなく、軽い音…衝撃。
僕の頭が何気に痛いのは、気のせいかな…。
「何を寝惚けた顔してる?」
「だって、寝てたから」
「いや、そりゃそうだろうけどさ…」
見ると、目の前には久美が、
何かじれったそうな顔をしていた。
一体こいつは何が言いたいんだろうか?
あ〜、眠っ……。
「だから、寝るな!」
「何で起こした?」
「昼休みだからよ。
寝てたいんだったら、寝ててもいいけどね。
昼休みの使い方は、個人の自由だからね」
「ふむ。俺は、その時間を有効に使いたい。
…ところで、その意味もあったんだが、もう一つのほうは?
「え?」
「『何で』起こしたかってこと」
「あ、あはは……」
あからさまに、おかしな笑いをあげる。
どう見てもおかしい……。
「その後ろに回している手を見せろっ!」
僕は、久美の手を引っ掴み、前へと持ってくる。
「おい…これは…何だ?」
「え、えへへ……」
「『えへへ』じゃねーーっ!」
パッカーン!!
僕は、手に持ったカンの筆箱で、久美の頭を叩く。
「いったーい!」
「よくも、こんな物で人の頭叩いてくれたなっ!」
「だって、普通に起こしても面白く無いじゃん?」
パッカーン!!
「だから、痛い」
「そりゃそうだろ…」
カンだぞカン。
こんなモンで叩かれりゃ、痛いに決まってる。
「しかも、どさくさにまぎれて、力入れただろ?」
「え…いやぁ…あははっ。そんなことないよっ?」
パッカーン!!
「無闇に女の子に暴力を振るったらいけないんだぞっ!」
「お前が言うな…お前が」
しかも、何気にかわいい声出してるし…。
萌えないぞ、全然。
「…って、萌えてどうする〜っ!」
「は?」
「…あ、いや、何でもない…ぞ?」
「まぁ、いいけど。
…って、あ、早くしないと、昼休み終わっちゃう」
「そりゃ大変だな」
「何か、全然慌ててない感じね…」
「学食組でもないからね」
「そっか」
「ま、かと言って、のんびりもしてられないか。
…ということで、出かけるわ」
「何処へ?」
「今日は、中庭にでもすっかな…」
「ふ〜ん。じゃ、私も行こうかな」
「はぁ? 何でお前が…」
「何か文句ある?」
「い、いえ…何も無いです……」
いっぱいあるがな。
そんなこと、こいつの前で言えない。
言える筈が無い……。
後先のことは、自分で考えることが最も大事だ。
「じゃ、行こっ!」
「あぁ…」
ということで、今日の昼食は、
中庭で、久美と一緒に取る事になった――。
…いや、『事』じゃなくて『羽目』か……?
パッカーン!!
いつの間にか、久美の手に渡っていたカンの筆箱で叩かれる。
「だから痛いって…」
つぅ〜か、何で叩く必要があるんだよ…。
「自分の胸に手を当てて、よく考えろっ」
はぁ…。僕は、昼休み無事に教室に戻ってこれるんだろうか?
心配にならずには、いられなかった――。
続く
「マジロジ!」 2-3-2
昼休み。
中庭。
時期が時期ということもあって、
この季節の中庭は、昼休みには人気がある。
…もっとも、女子ばっかりだけど。
男子は、食堂とかに行くことが多いみたいだ。
今日は、晴れてもいるし、人数は多めだった。
そこで、久美と一緒に昼食。
『女の子と一緒に食事なんて、そうそうできるもんじゃない、
お前、幸せだねぇ…。』
…なんて、いいものでもないんだぞ!
他ならぬ、相手が久美なんだから。
「で、昨日のこと、何か分かったの?」
「え?」
急な、久美の質問に僕は、思わず疑問で返した。
「昨日の、と言いますと?」
何故か変な敬語で返している、僕。
「あれよ、あれ」
『あれ』…何のこっちゃ。
……。
しばらく考えて、あぁ『あれ』かと考えつくが、
果たして、僕の考える『あれ』と、
久美の言っている『あれ』が一緒なのかどうかは、
わからない。
「はいはい、あれね」
あんまり訊き返してばかりいると、怒られそうなので、
とりあえず、わかった素振りをしておく。
「で、あれから、どうなった?」
「いや、どうにもならないでしょ」
上手く、話を合わせておく。
「あんなに意気込んでたのに?」
「意気込みは関係ないだろ。この際」
「大有りでしょ」
「そんなもんか?」
「そうよ。じゃ、まだ何にもわかってないの?」
「あぁ」
上手く、話を合わせていく。
「実は、お手上げだったりして?」
「そんなことないって」
「ホントに?」
「あぁ、ホント」
「今更、無理でした、はダメよ?」
「まかせとけって」
「信じちゃうよ?」
「信じてくれたまえ」
「アンタ、何様だ」
「神様だ」
「アホ…?」
「お前がな」
パッカーン!!
「痛いっつぅ〜の!」
いつの間にか、久美の手には先ほどのカンの筆箱が握られていた。
…ここでも出てきますか。
「もし―いや、ないとは思うけど―何かあったら大変だから、
早く解いたほうがいいよ」
「そうだな…」
僕もそこが気になっている。
何か分からないということは、
これが何か重要なことを訴えかけているメッセージなのか、
はたまた、単なる悪戯なのか。
そこもわからないということなのだ。
少なくとも、今とりあえず解いた時点では、
単なる悪戯、ということもなさそうだ。
本当に、何なのだろうか……?
「どうしたの? 考え事?」
「そんなところ」
「似合わねー!」
「うるさいわっ」
確かに、似合わないことをやっているのかもしれない。
改めて考えてみると、自分が何でこんなことになっているのか、
全然わからなかった。
「でもさ…」
「え?」
久美が、急に声のトーンを落として、話す。
「一度引き受けたんなら、最後まで頑張ってみなよ」
「あ、あぁ…?」
「男でしょ?」
はっはっは、と大笑いする。
本当に可笑しそうだ。
「何か、普段の俺が男っぽくないような言い方だな」
「そう聞こえた?」
「うん」
「なら、そうしといてよ」
「おいっ」
急に真剣なことを言うから、一瞬驚いたけど、
そうでもなかったのかな……。
「あ、もう、お昼休みも終わるね」
「そうだな」
「じゃ、教室戻る?」
「そうするか…」
教室へ戻る途中、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴った。
そして、僕たちは、自分の席へと着くのだった――。
続く
「マジロジ!」 2-3-3
午後の授業。
お腹もいい感じに膨れて、気持ちがいい。
=(イコール)眠い。
………。
……。
…。
いつの間にか、眠っていたらしい。
授業の内容は……?
「ここのxとyの関係が……」
こりゃ、呪文だな。
わかんねぇ…ってことで、また寝よう。
………。
……。
…。
キーンコーンカーンコーン。
やがて、授業の終了を告げるチャイム。
そして、下校。
ぞろぞろと教室を出て行くクラスメイト達。
中には、何でこんなに出るのが早いんだ?
みたいな奴もいるが、
あらかじめ鞄の用意をしていたんだろう。
さて…午後の予定は…っと……。
(ないな…)
それもそうだ。
部活にも入っていなければ、
放課後の学校に居ても仕方がない。
よって……。
(帰ろう…)
僕は、下校する生徒の波にのまれながら帰ることにした――。
続く
「マジロジ!」 2-3-4
ガサゴソ…。
(お、あった)
カチャカチャ…ガチャリ。
「ただいま〜。…って、誰も居ないよな…」
虚しくなる様なツッコミをして、
一人、家の中へと入る。
今日は、早絵姉さんは、遅くなると言っていた。
夕食の準備も自分でしなくちゃならない。
…大学生も、いろいろ忙しいんだな……。
こう見えても、料理を自分ですることは嫌いじゃない。
もっとも、好きということももちろんないけれど。
ただ、姉さんの作る食事はおいしいし、
何より僕なんかでは絶対に敵いっこない。
(これだけは、断言できます! 設定ですから…。 talk:みこと☆)
だから、滅多にしないだけだ。
それこそ、こんな予定にならなければ、考えもしないことだ。
…さて。
夕食にしては、2時間ほど早い。
何をしようかな……。
・自分の部屋でゴロゴロ…。
・テレビでも見るか…。
・今から、夕食の準備…。
そうだな…。
自分の部屋でゴロゴロして、時間を潰すか。
僕は、自分の部屋へと行く。
そして、ベッドの上で……。
ゴロゴロ…ゴロゴロ……。
…って、何してんだ!? 僕。
こんなことして何が楽しいんだろうか?
自分でやったことなのに、疑問を感じる。
(幼稚園児か…僕は)
否。
かなりの御幣がある。
今時、幼稚園児でもこんなことはやらない。
すると僕は…。
(ヘンな人!?)
たぶんね。
いや、間違いない。
そんな…どうでもいいことを考えながら、
時間は過ぎていくのだった――。
そうだな…。
テレビでも見るか。
そういえば、この時間ってどんな番組がやっているのだろうか?
僕は、普段でもあんまりテレビを見ないほうだし、
それに、この時間にテレビを見ることなんて、
滅多にない。
大体、暇があるときは、雑誌を読んで、
読み飽きるまで、それを読み続けるほうだから…。
僕は、密かな興味を抱きつつ、
テレビの電源スイッチを入れる。
…ワイドショーだった。
お昼のワイドショー…奥様のための?
たぶん、そうだろう…。
まさか、僕のような人間が、
この時間にこんな番組を見ているとも思えない。
というか、見ているとか止めて欲しい…。
何か他の番組はないか?
チャンネルを変える。
ピッ!
…今度はドラマだった。
サスペンスものの再放送だった。
くそっ、他のは?
ピッ!
これもドラマ。
ピッ!
うわぁお! ドラマばっか…。
しかも、昼からこんな過激な…。
…って違う! 違う!
どこのチャンネルもドラマばかりだった。
ピッ!
…ん? これは……?
…幼児向け番組だった。
この時間に、僕の興味をそそるような番組はなかった。
つまらない。
結局、テレビの電源だけを入れておいて、
雑誌を読むという、無意味な時間を過ごした――。
そうだな…。
今から夕食の準備でも始めよう。
今からかかれば、きっと凝った物が作れるだろう。
せっかく、自分で作るんだもんな。
少し、気合を入れてみても、罰(ばち)は当たらないだ。
…たぶん。
雨が降らないといいが…。
まぁ、自分で心配するようなことじゃないだろう。
降ったら、降っただ。
それは、仕方が無い。
僕は、半ば開き直りながら、
夕食の準備に取り掛かるのだった。
でも、そこには、
何故か窓から天気を覗っている自分がいた――。
続く
「マジロジ!」 2-3-5
夕食は、カップ麺にした。
いつも、姉さんの美味しいご飯を食べてるんだから、
たまには、こういうものを食べてもいいだろう。
僕は、お湯を沸かしてカップ麺を一人食べた――。
夕食は、豪華なものになった。
うん。これなら姉さんの作るご飯にも負けないだろう…
というのは、自画自賛だろうか?
まぁ、何でも良かった。
結局、食べるだけなのだから。
育ち盛りの男の子にとって、
食事を味わって食べるなんて、なかなかないことだ。
でも、自分で作ったものだからか、
姉さんとは違った美味しさがあった。
僕は、この量を一人で食べきれるのかと、
心配しながら、食べるのだった――。
食後。
リビングでソファにもたれながら、テレビを見ていた。
というか、流れているだけという感じだった。
満腹になり、気持ちよくなっていた僕は、
思わずそのまま眠ってしまいそうになっていた。
(もう、寝ようかな…)
時間を確認。
…まだ、寝るには早いような時間だった。
風呂でも入って、ゆっくりするか…。
まさに、そう思って立ち上がろうとしていたところだ。
その時、予想しなかった客人が訪ねてきた――。
続く
「マジロジ!」 2-3-6
ピンポーン♪
インターホン。
こんな時間に誰だろうか?
僕は急いで、玄関へと向かう。
「はい、どなたですか?」
「あ、私。春菜だよ」
春菜?
一体、こんな時間にどうしたって言うんだ?
ガチャッ。
僕は、疑いつつも扉を開ける。
そして、そこに姿を見せたのは、
紛れもなく春菜だった。
「うん? どうした?」
僕は、疑っていたことを直に聞いてみた。
少なくとも、僕の記憶の中に、
春菜が僕の家に来る用事などないはずだ。
しかも、こんな時間に、だ。
「今日ね、晩ご飯のおかず、肉じゃがだったんだけど、
多く作りすぎちゃって、それで、お裾分け」
「ふ〜ん。そうか」
なんだ、そんな用事だったのか。
急に来るもんだから、かなり驚いたぞ。
「じゃ、遠慮なく、頂くよ。
ありがとう」
「ううん。どういたしまして」
今日はもう食べられそうになかったが、
まぁ、明日にでも食べるとしよう。
「あのね……」
「ん?」
「せっかく来たんだし、上がってもいい?」
「え?」
…今、何ですと?
…って、今、何時だ?
こんな時間に、女の子を家に上げてしまってもいいのか?
それも、仮に幼なじみといっても、同学年の異性の家へ。
いいのか?
これは、そういう事を期待してしまっても良いのか?
…だめだ。
妙に興奮してしまっている。
こんなことではダメだ。
意識を戻して……。
そう、正常かつ冷静に……。
「……」
…って、無理じゃあーー!!
…マズイよな。
ダメだ、やっぱり、そんなことは……。
「どうしたの?」
いけない妄想で頭の中が渦を巻いていて、
おし黙っている僕に、聞いてくる春菜。
「あ、いや…。ま、今日は遅いからさ……」
「ちょっとだけでいいし、ね?」
『ね?』って…。
そのちょっとが、
ちょっとでは済まなくなるかも知れないぜ?
…とも言える訳がなく……。
「んじゃ、ちょっとだけだぞ?」
それ以上は危険だ。
僕にとっても、春菜にとっても。
あまり長く居られると、僕も一応は健康な男子だ。
僕の理性は、あって、ないものになりそうな気がする…。
「うんっ」
春菜は、そう元気よく返事して、
「おじゃましま〜す」
と言って、僕の家に上がってくるのだった――。
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 4
語られる謎
勘の鋭い奴。
普通の奴。
鈍い奴。
いろいろいる。
それが、人間。
それが、一個人の感覚だ。
なら、この場合はどうだろう?
勘の鋭い少女。
勘の鈍い少年。
こういう分け方になるのだろうか?
いや、違う。
バランスに問題がある。
この“勘が鋭い”も度が超えると、
大変、困った事になるのだ……。
靴を脱ぎ、玄関に上がってきた春奈は、
いつも通りに、
「じゃあ2階に行こっ」
と言ってきた。
そこで僕は、
「下でいいんじゃないか?」
と問い返す。
「どうして?」
「いや、長居しないんだろ?」
「だからだよっ」
「じゃあ、わざわざ2階に上がらなくてもいいじゃん」
「違うよっ」
「え?」
「わざわざ下で喋らなくても、いいじゃない?」
う…。
そんな気がしてきたぞ…。
春菜に言われると、いつもそんな気がしてくる。
間違いを正されているようで…。
それが、たとえ正解であってもだ。
やっぱり、雰囲気の問題なのだろうか…。
いや、いやいや。
そんなことで済ませていい問題じゃないぞ!
だったら、どうする?
「い、いや、で、でもだぞ?」
何を言う?
焦ったらだめだ…。
頑張れ。僕。
「2階って、俺の部屋だろ?
何もそこで話さなくたって、そこのリビングで話せば……」
「あっ! 何か、疾しい物でもあるんだ?」
…無い、とは言わない。無いとは。
でも、有るとも言わないぞ。
この年頃の男の子ならそりゃあ……。
「で、何の話だったっけ?」
わざと話を逸らしてみる。
「2階の部屋で話すってこと!」
…怒られた。
何で、僕が…。
しかも、何気に自分の意見を強調していないか?
この場合『2階の部屋』で、なくって『何処の部屋』だろ?
「…わかったよ」
「本当に?」
「ああ…」
「わ〜い!」
…喜ぶところか? そこ?
まぁ、どう転んだとしても、
最後はこうなっていただろう…。
それが、春菜の持つ不思議な雰囲気なのだから。
もう、如何なっても構わない…。
もう、如何なっても知らないぞ…。
春菜、いいんだな?
「先に行っててくれ。すぐ行くから」
「わかったよっ」
本当にうれしそうな春菜と別れ、
お茶を入れに向かう、僕の姿が、そこにはあった――。
続く
「マジロジ!」 2-4-2
チャッ。
「おっす」
「あ、ありがとう」
僕が、二人分のお茶を入れて来て、
自分の部屋に入ると、春菜が待っていた。
春菜は、いつも通り、部屋の何もない場所に
座布団を広げて座っていた。
別に、何の違和感もない。
僕は、手に持っていた、お茶の一つを春菜に渡すと、
奥のベッドに腰掛けた。
「よいしょっと」
ぱふっ。
ベッドに物が乗るときの軽い音がした。
この音や、弾む感覚が楽しくて、
小さい子は、ベッドで飛び跳ねて遊んだりするのだろう。
そんなことを考えていると……。
「ねぇ、健一?」
「何だ?」
「私のこと、好き?」
「ぶーーーっ!!」
僕は、飲みかけのお茶を思わず吹き出してしまった。
「あの〜、そんな真顔で言われると、俺、
困ってしまうんですが?」
聞き返す。
そして、何故か敬語。
…というか、告白?
マジで?
「ごめん、ごめん。冗談なんだ」
「冗談かよ〜っ!」
柄にもなく、かなりドキドキしてしまった。
そして、今も微妙に興奮している。
それを隠すためにも、悪ノリして返しておいた。
「それで、実は……」
「うん…」
ゴクリ。
今度こそ、真面目な話だ。
「最近、勉強やってる?」
「ぶーーーーーっっ!!!」
またも吹き出す。
本日二回目。
高等芸。
一回よりも、多く吹き出しておりま〜す!
…って、バカだ……。
自分で考えておいて、なんだけど。
一体、こいつは、僕に何が言いたいんだ?
「そんな野暮な事、聞くもんじゃないぜ!」
…僕は、何キャラだ。
「やってないんだ?」
「…ぁ、ぅ、ぇ……」
「そうなんだね?」
尋問か?
「…そ、そんなこと、どうだっていいじゃん!」
僕にとっては、本当にそうだ。
「よくないよっ」
だけど、春菜は怒った。
僕のために。
「ま、そりゃ、そうだけどさ…」
こんな僕のために怒ってくれている。
心配してくれている。
それは、幼なじみという理由だけなのだろうか?
それは、桃山春菜という人間が、
そうさせているんじゃないだろうか?
「勉強は、大事だよ?」
「そんなこと、わかってるさ」
わかってる。
そんなこと、僕にだって…。
「本当に?」
「あぁ…」
わかってるのだろうか?
そんなことを考えると不安になる。
「じゃあ、やりなよ」
「気が向いたらな」
だから、僕は、この話題から早く離れたかった。
「もうっ! またそんなこと言う!」
「なぁ…俺、どうして説教されてんだ?」
よく考えると、そこが根本的な問題だった。
そんなことを言うために、春菜は家に来たのか?
だとしたら、はた迷惑な話だ。
でも、そんなこといつも言ってるから、
わざわざ、ここで話すようなことじゃない。
しかも、こんな時間に…。
「だって、これは、
『健一に勉強をさせようとする作戦会議』だもん」
「何だそりゃ?」
そうだったのか?
いつの間に…。
って、違う!
これは、そんなふざけた名前の会議じゃない!
『えっちぃことを合理化する作戦会議』とか、
『春菜を今ここで襲っちゃおうとする作戦会議』だとか、
そういうのがいいんだよねぇ〜。
…って、僕、何考えてるんだ!
…あ、いや、内容としては、それでもいいような……。
だめだ、駄目だ。
こんなことで、妥協しててはいけないぞ。
「だ〜か〜ら〜、勉強してよって」
「あー、はいはい」
軽く流す。
元から、やる気がない。
「やる気、ないね?」
ギクッ。
ズバリ、当たってますよ…。
「そんなの、テスト前にすりゃ、十分さ」
僕は、開き直ってみた。
「違うよ! 勉強とは、日々の積み重ねが……」
「だーっ! そんなこと言うなら、帰れっ!
正直、鬱陶しくなってきた。
「…ごめんね」
「…あ、いや……」
しまった。
言い過ぎた。
そうだよな…。
春菜は、純粋に僕を心配してくれてるんだもんな。
「…ごめん」
だから、僕も謝った。
少し、調子に乗りすぎていたんだ。
いつも、こんな時間に春菜と話すことなんて、
今までなかったことだったから……。
「違うの…」
「え?」
何が違うんだろうか?
「本当は、こんなこと言うつもりじゃなかったの…」
「??」
僕は、春菜の意図して言いたいことが、
よくわからなかった。
「紙」
「かみ?」
「あの、小さな紙」
「あぁ…」
あの紙。
忘れようとしても、
それは、許されないかのような…。
「あのこと、何かわかったんでしょ?」
ギクッ!
「…どうして?」
僕は、なるべく声に焦りが表れないように、
極めて冷静に答える。
「そんなの、健一の態度見てれば、すぐにわかるよ」
「…そうなのか?」
「うん」
…忘れては、いない。
ただ、こんなに早く気づかれることはないだろうと、
たかをくくっていたのだ。
だけど、それが甘かった。
僕が、甘かっただけだ。
詰めの甘さ。
それは、時として全てを覆されることも有り得る。
僕が、春菜のことをもっとよくわかっていれば……。
いや、わかっていたら、どうなったというのだろう?
もっと違う展開になっていた?
でも、何れこうなることはわかっていた。
それは、結果を延ばすだけの行為にしかならない。
でも、それをしていれば……。
わかっていたはずだ。
この目の前にいる少女が、
どれだけ勘の鋭い子なのかってことを――。
続く
「マジロジ!」 2-4-3
堅い守りで。
絶対に崩されないと思っていた、鉄壁の守り。
それでさえも、防げない時がある。
そして、その時、それは、一瞬にして、
脆く、
儚く、
崩されてしまう。
相手による?
そうだ、相手による。
場合による?
確かに、場合による。
この場合の相手は、守りよりも、
攻撃で数段、上手(うわて)だったのだ――。
「じゃあ、もう何かわかってるんだ?」
「ああ。自分なりの解答も、出したつもりだ」
「本当に?」
「…こんなことで、嘘をついても仕方ないだろ?」
僕は、もう誤魔化すつもりはなかった。
嘘をつく気さえ、今の春菜の前ではわいてこない。
「健一なら、有り得るけどね」
普段からの行動が、こんな所で祟るとは…。
「でも、ま、今回は信じてあげるよ」
「そ、か…」
ここで信じてもらえないと、次に進めない。
たぶん、春菜もそれがわかってるんだろうな…。
「で、どういう解答なの?」
「やっぱり、言わなくちゃ駄目か?」
「当然でしょ」
「はぁ……」
深いため息が出た。
今から、自分の解答が聞かれるかと思うと、
どうしても、気が重い。
春菜に勘付かれないようにと、やっていた行動が、
全て裏目に出てしまって、結局、この結果。
何てことだろうか…。
「時間、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうか…」
時刻は、夜の8時過ぎ。
僕の家―部屋に、僕と春菜が二人きり。
男と女が二人きり……。
「この話は、長くなるかもしれないぞ?」
「構わないよ」
家が近いから大丈夫だろう…。
遅くなれば、送っていけばいい。
それだけだ。
「じゃあ、はじめるぞ……」
静かに始める。
あの時から、今に至ること……。
僕は、ゆっくりと、語り出した――。
続く
「マジロジ!」 2-4-4
「……と、こういうことで、今に至るというわけ」
ここまでの流れを、語り終えた僕は、
飲みかけのお茶を飲む。
「そんなことが……」
春菜には、多少なりとも影響力のある話だったようだ。
でも、それは、春菜自身が望んで聞いてきたこと。
僕がとやかく口を出すことではない。
「でも、何でそんなことすぐに言ってくれなかったの?」
「それは……」
今のような春菜の状態になるのを防ぎたかったためだ。
それともう一つあるが……。
言ってもいいのか?
これを。
それは、今、口にしても良いことなのか?
「それは?」
春菜のつぶらな瞳。
それは、今、まっすぐに僕を捉えている。
それが、今の僕には、とても苦しい。
「それは…春菜を巻き込みたくなかったから……」
僕の口から出たのは、そんな言葉だった。
苦しい。
胸が締め付けられそうだ。
痛い。
思いが刺さってくるようだ。
「健一……」
「……」と、黙って続ける。
「…春菜」と、抱き締めて、ギャグシーン。
「…春菜」と、抱き締めて、ちょっとエッチなシナリオ。
「……」
そうだ。
僕は、春菜を危険な目に遭わすわけにはいかない。
これは、男としての意地…というか、プライドの問題だ。
ただ、それだけの理由で、今まで黙ってきたのだ。
「そんなこと…」
「……」
「そんなこと…考える必要なんて、なかったんだよっ!」
「……!」
春菜は、立ち上がって怒った。
僕は、それに驚く。
二人とも、真剣に互いの顔を見据える。
「健一は、私のためだと、
そう思ってやってくれたんだと思う」
ああ、そうだ。
それに間違いはない。
「だけど…それは、健一のためになったの?」
それは……。
第一、僕のためになるとはどういうことだ?
「健一は、本当にそれで良かったの?」
なるほど。そういうことか。
しかし、それは、そうすることが良かれと思って…
それで、やったことなんだ。
「私のことを考えてくれたことは嬉しいよ」
「……」
「でも、そのために健一が一人で苦しむことは、
それ以上に悲しいことなんだよ…」
春菜は、私にとっては、と付け足した。
あぁ…。
そうかもしれない。
少しでも他人のことが考えられるなら…、
相手のことが思い遣れるなら…、
自分が助かって、
相手が傷つくことは、
とてもとても、たまらない…耐え難いことなんだ。
それを、もう少し早く僕が気づいていれば…。
もう少し早く、わかっていれば……。
「私のために…健一が……うっ…ぇ………」
…何かが変わったのかもしれない。
今のこの状況が、
少しでも良いものになったのかもしれない。
でも、もうそれは遅いんだ…。
過ちは、既に起こったことなんだ。
起こったことは、取り消せないんだ。
これが、現実。
これが、事実。
今、それが僕に、重く圧し掛かってくる……。
僕に、罰を与えるかのように…。
今の僕にできることは一体何なのだろう…?
……。
僕は、そのまま立ち上がって、
春菜をそっと抱き締めた。
思ったより細い体と、
いい匂いのする髪を、その時、春菜から感じた。
今の僕にできることは、
春菜を慰めることだけだと思った。
安心させてやること。
それだけだと思った。
「…ありがとう」
僕の口から、自然とそんな言葉が漏れた。
感謝の言葉。
それだけでは、弱いかと思ったけれど…。
全ての思いがそこに詰まっていると、
そう感じた。
「俺は、何でもわかっているつもりだった」
春菜を、自分の腕の中に感じながら、
僕は、話を始めた。
「でも、実際は、何もわかっちゃいなかったんだよな…」
わかっていたら、
こんなことにはならなかっただろう。
そもそも、こんな結果になることは、考えにくかった。
今、僕は、それを痛烈に感じていた。
自分の力のなさ…。
弱さ…。
起こって、初めて気づいたのだ。
「俺は、このことで全て、大丈夫だと思った。
けど、結局、両方とも、
嫌な思いをすることになっちまったな…」
嫌な思い。
言葉では、言い表せないことがたくさんあるけど……。
あえて言うなら、それはお互いの弱さだ。
今回のことで、僕たちは、お互いの弱さを見せてしまった。
そういうことだろう。
「俺が悪かったんだ」
こんな言葉で、全てにけりをつけようとしてる自分…。
腹が立った。
嫌になった。
卑怯に思った。
愚かに思った。
「ううん…違うよ」
でも、それを春菜は間違いだと正した。
春菜…この期に及んで、まだ、僕を慰めようというのか?
やめてくれ…もう、いっぱいいっぱいなんだ……。
「健一は、それがいいと思って、やったんだもん。
誰も悪くないし、何も悪くない」
あぁ…。
春菜は、なんて優しいんだろうか…。
今まで、この優しさに気づかなかったんだろうか…。
いつも隣にいながら…。
いつも傍にいながら…。
こんな春菜に、気づかなかった僕は…やっぱり……。
「お願いだから、自分を責めないで、ね?」
優しく声をかけてくれる。
僕は、それだけで、泣き出しそうになってしまう。
結局、しばらくの間、
僕たちは、黙ったままその場で過ごした――。
「…春菜」
僕は、春菜の体を抱きしめた。
…と、その刹那。
「……!」
バシッ!
強い衝撃。
僕は、後ろへ突き飛ばされる。
「何すんのよ!」
「…あ、いや、だからだな……」
「最低ね」
「あ、あの…」
「もう知らない!」
春菜は、そのまま帰ってしまった――。
You are Bad End!
…アホか。
そんなのは、妄想レベルでしかない話だ。
でも、実際も……。
「…春菜」
僕は、春菜の体を抱きしめた。
…と、その刹那。
「……!」
バシッ!
僕は、後ろへ突き飛ばされる。
「私に抱きつくなんて、いい度胸ね…」
「へ?」
春菜のまさかの対応。
僕は、戸惑う。
「僕、何かいけないことしましたか?」
体が震えているのがわかる。
「そう…。自覚がないなんてね……」
一体、何をする気だ?
そもそも、こういう展開を予想していたのか?
一体誰が?
「あの世で後悔しな!」
「明らかにキャラが違うだろ!」
「…って言うのは冗談で」
「冗談かよっ」
安心した。
…でいいのだろうか?
「…あ、もうこんな時間だね」
「ん? あぁ…」
時刻は、9時前だった。
「じゃあ、私、帰るよ…」
「お、おぉ…」
なんだかしっくりこない感じを覚えながらも、
そのまま、春菜は帰る支度を始めた――。
「…春菜」
僕は、春菜の体を抱きしめた。
柔らかい肌。
いい匂いのする髪。
細い体。
全てが、僕に伝わってくるようで…。
僕は、興奮していた。
自分でもわかるくらいに。
今まで以上に春菜が愛しく思えた。
僕の後ろには、ベッド。
向きを変えれば……。
僕は、春菜と向きを入れ替わる。
「え? 何?」
春菜の戸惑った表情。
僕は、気にせず続ける。
今度は、ベッドに倒す。
バフッ。
春菜が、僕のベッドに倒れる。
この場合、僕が春菜を押し倒した形だ。
「ちょっ…!? 健一…何?」
春菜は、ますます戸惑っている。
でも、こんな姿の春菜を見ているだけで、
僕は、興奮してくる。
そこへ……。
ガチャッ。
「え……?」
今度は、僕が戸惑う。
「ただいま〜」
「さ、早絵姉さん…?」
僕は、慌てて春菜から離れる。
そして、気まずい空気のまましばらく時間が流れていった――。
続く
「マジロジ!」 2-4-4
僕としても、名残惜しい気はした。
それは、当然の感情とも言えるけど……。
春菜は、玄関で靴を履き、扉を開けた。
僕もすぐに自分の靴を履き、その後に続く。
「それじゃ、行くか」
「うん」
そうして、春菜と外に出る。
外は、静かだった。
(ちょっと、寒いな…)
この時期は、昼間は暑いけれども、
夜は、結構冷えるものだ。
僕は、帰り支度をしている春菜に、
こう言っていた……。
「送って行ってやろうか?」
「え?」
「だって、もう遅いだろ?」
「うん…そうだね」
「じゃあ、送って行くよ」
「いや…やっぱりやめておくよ」
「どっちだよ」
「やっぱり、悪いしね」
「そんな、気にすることじゃないだろ?」
「気にするよ」
「そんなの、今更だって…」
「それは、そうかもしれないけどさ…」
「最近は、物騒になったからね。
夜道に、女の子一人なんて、危なすぎるよ」
「う〜ん…」
「別に、俺がどうこうするわけないじゃん」
「それって…」
「あー、変な意味に捉えるなよ?
あくまでも、普通に送って行ってやるって意味だ」
「じゃあ…遠慮しておくね」
「あぁ、まかせとけ! …って、遠慮って何だよ!」
「だって、私、健一嫌いだし…」
「だったら、家、上がってくんな!」
「家は、好きなんだよ」
「何だよ、それ…」
「ショック?」
「あぁ…ショック大きくて、寝込みそう…」
「寝込んで、寝込んで♪」
「何でそんな嬉しそうなんだよ…」
「気にしなーい、気にしない♪」
「気にするっつーの…」
「で、何の話だっけ?」
「それは、天然ですか、ボケですか?」
「冗談だよっ」
「こんなときに冗談言うな!」
「ごめん、ごめん。さ、行こうっ!」
「はぁ……」
どうして、こいつといる時、
僕は、いっつもこいつのペースに流されてしまうのだろう…。
それが、未だにわからない…。
そして、どうしてか、その後はいつも疲れてしまう。
でも、そんな春菜を好きなのも事実だ。
こいつと喋っている時は、元気になれる。
それが、どんなに落ち込んでいる時でも、だ。
久美にも、そういうところがある。
あいつも、元気な奴で、
僕は、その元気を分けてもらっている気がする。
でも、改めて考えてみると、
それが僕らの上手くいってる秘訣なのかもしれない。
僕達は、長い間、こうして仲良くやってこれた。
そりゃ、時には喧嘩をすることもあった。
でも、僕らは、その度に仲直りをしてきた。
いや、仲直りなんて、いつの間にかしていた。
どんなことでも、いつも、誰かが誰かに声を掛ける。
そこから始まっていた。
そんな毎日だった。
…って、こんな感傷に浸ってる場合じゃないよな。
僕と春菜は、そのまま玄関へと向かった――。
…とまぁ、こんな感じ。
成り行きなんて、正直どうでも良かった。
僕は、春菜と帰りたかっただけかもしれない。
春菜の家まで、二人で並んで歩いていく。
二人で並んで歩くことはよくある。
実際、今日の朝もそうだった。
でも、それは、僕にとって意識することじゃなかった。
いや、意識はするはずなんだろうけれど…。
異性と二人で、しかも並んで歩いているのに、
意識をしない、なんてのは、正直自分でも、
思わず笑ってしまうほどに、おかしな話だった。
でも、何だか意識しない。
逆に言うと、何でも気軽に話せてしまう、
そんな感情だった。
だけど、何でだろうか?
二人で夜に歩くことなんて、滅多にない。
だからだろうか?
変な感じだった。
普段は、意識しない。
そうだった…いや、そうであるはずだった。
でも、何だか意識してしまう。
ドキドキ…。
何故か、胸の鼓動が速くなっている。
(はは…)
どうしてだろう?
僕は、春菜を通して、異性…女性を、見ているのだろうか?
(ふ〜ん…)
でも、正直そういうのはどうでもいい話だった。
僕は、今の関係が気に入っていた。
春菜との、幼なじみで、何でも気軽に話せる、
友達っていう関係が。
それは、壊しちゃいけない気がする。
だから、それ以上は踏み入れないし、
踏み入る気も全然ない。
だけど……。
僕は、春菜の顔を見る。
だけど…だったら、春菜はどうなのだろう?
僕をどう思っているのだろうか?
僕を…異性として意識しているのだろうか?
その辺は、僕にはわからない。
「どうしたの?」
春菜が、声をかけてくる。
たぶん、僕が春菜の顔を見ていたからだろう。
僕は思わず驚く。
「あっ、いや…何でもないよ」
でも、最後は普通に返しておいた。
「ふ〜ん。変な健一」
僕たちは、普通の幼なじみ。
ただ、家が近くて…
年が同じで…
性別が違って…
それだけ。
(ふぅ…)
やがて、春菜の家にたどり着いた――。
続く
「マジロジ!」 2-4-5
こうして、春菜と夜の道を二人で歩く。
そして、それが春だと思い出すことがある。
あれは、中学の頃だっただろうか――。
桜の舞う季節。
夜の道を、僕と春菜は並んで歩いていた。
どうして、二人でこんな時間に歩いているかというと、
春菜が委員会の用事で残っていて、
僕もそれに付き合っていて、
結局、帰る時間が今になったというだけ。
僕は、春菜を家まで送って行くことにした。
「桜、だね……」
「桜だな……」
夜道の二人に散って舞う桜の花びらは、
この空間を、一段と幻想的なものへと仕立てていた。
「私、桜好きだよ」
「はは。もうその言葉、何度聞いただろうな」
春菜のその言葉に、僕は軽く笑って答えた。
僕のその言葉の通り、春菜の口からその言葉は、
もう数え切れないというぐらい、何度となく聞いてきた。
毎年、この『春』がやって来ると、
まるで呪文のように春菜が何度も口にする言葉。
春になれば、桜が咲く。
当たり前のことだ。
その桜が、春菜は『好き』だと言っていた。
僕も桜は嫌いじゃなかった。
どちらか言うと、好きなほうだ。
でも、春菜のその『好き』には、僕の『好き』は、
到底敵わなかったから、僕は敢えて自分の口から力を入れて
『好き』だとは言っていなかった。
「でも、桜、好きだもんっ」
春菜がむすっとした顔をして、そう言った
「ごめん。ごめん。そうだよな」
そう言って、僕は謝った。
春菜から、桜が好きだと聞くのは、嫌じゃなかった。
むしろ、好きだったし、何より嬉しかった。
僕は、春菜からこの言葉を聞くと、
「あぁ…春なんだな」と実感することが出来るからだ。
だから、ある意味、春菜のこの言葉は僕にとって、
『春の訪れを知らせる合図』
のようなものだった。
…いや、表現がちょっと違うかもしれない。
『春の訪れを知らせる魔法の言葉』
とでも言った方が、この場合には適当かもな。
「だって、桜って、淡いピンク色で、とっても綺麗じゃない」
この言葉も、もう何度聞いたことだろうか。
さっきの言葉と、今の言葉は、いつだってセットだった。
セットでお得だ。
…そりゃ、意味が違うね。
「あぁ、そうだな。このピンク色が好きだって人も多いからな」
「うん。…健一は、桜は好き?」
「そうだなぁ…。ま、嫌いじゃないな。
俺も好きだけど、春菜には敵わないよ」
「私って、そんなに好きって言ってるかなぁ?」
「うん。言ってる」
僕は苦笑しながら言う。
「そうかなぁ〜?」
そう言って、腕を組みながら顔を傾げ、
真剣に困った顔をする春菜。
僕は、そんな仕草をする春菜を妙に可笑しく思った。
「あ、笑ったなぁ〜?」
いけない。
いつの間にか笑ってしまっていたようだ。
「悪い。悪い」
僕は謝る。
「もう、酷いよぉ〜」
そう言いつつも、怒っている様子ではない春菜。
どちらかといえば、言いながらも笑っているようだった。
「何だかなぁ…」
「何?」
「俺、思うんだけどさ」
「うん」
「桜って、そんなに長い間咲いていない…って言うかさ、
すぐに散っちゃうじゃん」
「そうだね」
「それが、儚いって言う人が、
世間には少なくはないんじゃないかって思うんだ」
「なるほどだねぇ…」
暫く間をあけてから春菜はこう言った。
「でも、それもまた、桜を好きになる一つの理由なんじゃないかな」
「かもな。だとすると、儚いのがいいってことなのか?」
「儚いのがいい…って言うか、
もちろん、そういう人もいるんだと思う。
けど、その儚いっていうのも含めた上で、
桜が好きになれるんじゃないかって、私はそう思うよ」
「何だか、回りくどい言い方だけど…要するに、
なら、儚いっていうのもポイントなんだな?」
「私は、そう思う。…健一は、儚いと思うの?」
突然の春菜の質問に僕は、少し戸惑った。
でも、そんなのは本当にほんの少しだけだった。
「うん。そうだなぁ…俺は、
そんな深いところまで桜のことを考えたことはないけれど……。
だけど、やっぱり、儚いかなぁ、とは思うよ」
結局は、そんなことしか言えない。
もっと、普段から桜を意識して見ていれば、
違うことも言えたんだろうけれど…。
「そうなんだ。でも、私はそんなことは抜きにして、
桜って綺麗だから、好きなんだよ」
「だろうね」
僕は苦笑する。
春菜は、多分そんなに桜を好きだということに
深い意味はないのだと思う。
それは、多分僕が「普通がいい」って言うのと、
大して変わらないようなことなんだろう。
「でもさ……」
そこで、僕は言う。
「桜って、すぐに散っちゃうじゃん?」
さっきも言ったようなことを言う。
「うん」
春菜はそれに軽く相槌を打つ。
「どうして、こんなにすぐに散っちゃうんだろうね?」
「どうしてだろう……」
「で、さ。俺は思ったんだけどな」
「何を?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「儚いっていうのは、すぐ散ってしまうっていうことと、
・・・・・・・・・・・・・・・・
何か繋がりがあるんじゃないかって」
「あー…。それは、そうかもしれないね」
「だろ?」
「うん」
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 5
行動開始!!
翌日から健一は、行動を開始することにした。
何のことはない。
これは、健一が最初―謎を解いたとき―から決めていたことだ。
誰に言われて、行うことではない。
全ては、自分の意思だ。
確かに、昨日の春菜との一件は、多少なりとも、
健一に影響を与えたことだろう。
ただ、一人で行動することを、
健一は、予定していた――。
朝。
健一は、時計を見る。
…遅刻ギリギリの時間だった。
健一は、走って登校する。
昨日の登校の所為か、何故か少しの違和感を覚えた。
しかし、これが普段の光景。
昨日のほうが、違和感のはずなのだが……。
学校に着くと、予鈴2、3分前といったところだった。
そのまま、教室へと向かう。
朝の教室に何があるか、ということ。
覚えておられるだろうか。
(読者の皆様、もちろん覚えてますよね? talk:みこと☆)
…つまり、晋吾だ。
ガラッ。
教室の扉を開ける健一。
ダッ!
「今日こそは…!」
サッ。
すかさず、避ける健一。
ドサッ!
そのまま勢い余って、地面に倒れる晋吾。
健一は、それを気にすることもなく、
教室へと入っていった。
「くそっ…!」
「……」
こうして、呆気なく、朝の一騒動は幕を閉じた。
席に着く。
「おはよう」
「あぁ…」
隣に座っている春菜が声をかけてくる。
「だめだよっ。朝の挨拶は、お・は・よ・う」
「…おはよう」
「暗いね…」
「うん? こんな感じだろ? いつも」
「そう…なら、いいんだけど」
「……」
春菜も、昨日の一件を気にしているのだろう。
そんな会話。
やがて、午前の授業が始まった――。
休み時間。
「ふわぁ…」
朝の眠気は、結構強い。
しかし、そんなことをしている間にも、行動を開始したほうが良い。
そう思い、健一は席を立った。
健一は、何をしようとしているのだろうか。
席を立った健一は、そのまま近くの男子の席へ行く。
そこには、クラスの数人の男子生徒―
人数は、5、6人といったところ―
が集まっていた。
「よぅ」
健一は、声をかけ、その輪の中へと入る。
「おっす」
「うっす」
何人かの男子が、挨拶を返す。
「ちょっと、聞きたいんだけどさ」
健一は、早速用件を切り出す。
「ん? 何だ?」
どうやら、何かを訪ねるようだ。
「1週間後…といっても、もう5日後なんだけど、
その日って、何かあったっけ?」
健一は、自分でその日が何を意味しているのか
分からなかったため、他人に訊いてみることにしたのだ。
「5日後? 何かあったっけ?」
「さぁ…?」
「誰かの誕生日とか?」
「誰の?」
「そんなの、知らねぇよ」
口々に話し出す、男子達。
このままでは、埒が明きそうにない。
なので、健一は、こう訊いてみることにした。
「誰も分からないか?」
「…あぁ」
「…うん」
「…そうだな」
「…悪いな」
「…俺達にも分からん」
「分かった。ありがとう」
「力になれなくて、悪いな」
「いや、気にすんな」
「そうか?」
「別に大した事じゃない。
ちょっと気になったから、訊いてみただけだ」
「そうか、なら、いいんだが」
「何だ、そんなに気になるのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃない」
「だったら何だ?」
「お前が、何かに興味を持つのが不思議だっただけ」
「そ、か……」
「まぁ、気ぃ、落とすな」
「あぁ」
「そのうち分かるって」
「そんなもんかね…」
「だろ?」
「だったらいいけどね」
そして、健一は、もう一度、礼だけを言って、
席へと戻った。
暫く経つと、2時限目開始のチャイムが鳴り出した――。
またも、休み時間。
健一は、別のグループを当たっていた。
今度は、女子のグループのようだ。
「やぁ」
「あ、須藤くん」
「スドケンだぁ!」
「人を、もの珍しそうに…」
流石に、先ほどのような男子のように
接することはできなさそうだった。
「どうしたの?」
一人の女子が、健一に声をかける。
「あ、うん。5日後って、何かの日とかなのかな?」
心待ち言葉遣いが丁寧になっている。
その辺は、紳士的な面を持っている、健一なのだ。
「5日後?」
「そう」
健一は、その言葉に頷く。
「何かあったっけ?」
「さぁ?」
「何かのイベントとか?」
「何のイベント?」
「歌手?」
「誰よ?」
キャーキャーワーワー…。
勝手に騒ぎだす。
「わぁ〜、それかも知れないね!」
「そうでしょう?」
「でも、この子とか来て欲しくない?」
「欲しい欲しい!」
あんたらは、おもちゃが欲しい子供かよ…
と健一は、心の中でツッコんでいた。
この光景を、客観的にしか見れない健一。
どこか、もどかしさ…疎外感を感じていた。
健一は、この騒ぎを止める自信もなく……。
「うん…。わかったよ…ありがとう……」
言いたいことがまだあった気もするが、
それだけを言って、健一は、その場を後にした。
……。
その後も、何人かの生徒に訊いて回ったが、
結局誰もが分からないという返事ばかりだった。
そして、3時限目開始のチャイムが鳴り出した――。
続く
「マジロジ!」 2-5-2
昼休み。
これまでの休み時間で、クラスメイトのほとんどに、
あの質問を繰り返していた。
だが、返ってくる答えはどれも「わからない」ばかり。
(やっぱり、あいつらにも訊くべきなんだろうか…?)
しかし、クラスで訊いていない生徒といえば、
もうこの生徒たちしか居なかった。
健一は、迷っていた。
…久美や晋吾に訊くことだ。
あの二人に訊いてもいいのか?
訊いて怪しまれないか?
そして、健一が、一番恐れていること……。
それは、謎を解いたことがバレないか?
というものだった。
何故、そのことがバレてはいけないのか?
ここで、健一の考え。
それは、春菜のときにも考えたことだ。
巻き込んでしまうから……。
逆に言えば、巻き込みたくない…
いや、巻き込んではいけないのだ。
これ以上、危険かもしれないことに、
人を巻き込んではいけない。
人を増やしてはいけない。
危険な目に遭うなら一人で…
いや、もう遅い。
ならば、最小限の人数で、
最低限の被害で済む方法を考えなければならない。
もちろん、何もないことに越したことはない。
無事に済むことを誰が拒むか。
だが、もし、無事に済まなければ…?
もし、何かあったら…?
それが、もし、危険なことだったら…?
大変なことだ。
人数が増えれば、それだけ「力」が増すわけなので、
それは良いかも知れない。
ただ、健一の考え方は、人数を増やすというものではない。
これは、既に分かっていること。
ここで、この考え方を変えるつもりは、
もちろん、健一とてないだろう…恐らく。
ただ、どうしても勘繰られる事もある。
特に、この少年の考え方がわかっている者であれば。
その時、彼は上手くかわすことができるのだろうか――。
今日は、僕を含め、4人で昼食をとることになった。
各々が、何処にしようかと言っているうちに、
何となく、中庭に行くことになる。
人数が多くて、
それでいて、食事のとりやすいところといえば、
場所も限られてくる。
そして、この時期なら、中庭で食べるのが、
意外に新鮮味があって、何となくそこに来てる。
…なんてことは、よくあることだ。
中庭に着くと、既に何人か(恐らく10人前後だと思う)は、
もう好きな場所に座って、食事を取っていた。
弁当を広げるもの。
パンを袋から取り出すもの。
その様子は様々だ。
そして、僕たちもまた適当な場所に各々が座ることに。
「ふぅ…」
僕は、腰を下ろすと、声に出して息を吐く。
「うわ…おっさんくさ……」
久美が引いた声。
「うっせぇよ…」
余計なお世話だ。
「何か疲れることでもあったのか?」
晋吾が僕に聞く。
「お前、何も知らなさそうで、本当…幸せそうだよなぁ……」
呆れの混じった声。
「え? 何? 何かあったのか?」
…本当に知らないようだった。
つくづく呆れる。
「うん。お前は、正しく、正真正銘の木下晋吾だ」
「え? は? 何言ってんの?」
僕も分からない。
ただ、僕が今日、何をしていたか知らないなんて、
おかしいぞ。
クラスのほとんどの奴に訊いて回ってたのに。
いや、確かにお前には訊いてないけどさ。
「あぁ…。やっぱり、お前は、木下晋吾なんだなぁ…」
僕は、晋吾の肩をポンと叩く。
「はぁ? だから何言ってんの? お前」
僕に聞くな。
「まぁ、知らないんだったら、知らないでもいいんじゃないの〜?」
久美が流そうとする。
「それもそうだな…」
僕も、それに同意する。
いちいち詳しく説明するのも面倒だ。
春菜は、笑ってはいたけれど、同意のようだった。
「え? え? 何だよ教えろよ〜」
「めんどくせぇ…」
「まったくね」
「何でだよ。頼むよ〜」
「あー、うるさい、五月蝿い! さっさと飯食うぞ!」
そして、各々の昼食が始まる。
しばらく皆、黙っていた。
黙々と食べ続ける。
……。
そんな中、口を開いたのは久美だった。
「あのさ……」
その一言だけだった。
その一言だけで、僕はその後に続く言葉が、
わかった気がした。
後の言葉は良く聞こえない。
はっきりと聞こえたのはそこだけだった。
激しい雑音。
大きい騒音。
僕の耳が、まるで僕のものじゃないかのようだった。
……。
そう、思いたかった……。
「5日後…だっけ?
何で、その日に何があるか知りたいわけ?」
予想しなかったわけじゃない。
気づかないと思っていたわけじゃない。
寧ろ、こうなることは必然だったのだと思う。
でも……。
でも、できればこうならないほうが良かった。
そう思う自分がそこいた。
余計はことは、話してはならない。
余計なことを、知られてはならない。
だったら、今の僕はどうすればいい?
何でもない素振りをしてみるか?
それじゃ、余計怪しまれないか?
上手く話を逸らしてみるか?
でも、戻されないか?
素直に話す…は、絶対にダメだ。
これは、自分で決めたことだ。
この意志は曲げられない。
何故だろうか?
僕は、この意志に固執されている気がする。
考えてみれば、自分でも可笑しい。
思わず笑ってしまいそうだ。
だけど、この考えは変わらないのだろう…。
あぁー……。
「どうしたん?」
「あ、いや……」
もう時間がないぞ。
早く決めないと。
決断のときは迫る。
それは驚くような速さで。
それは瞬くような速さで。
容赦なく、確実に僕に近づいてくる。
そして、そのスピードは、恐ろしいくらいに速い。
逃れることはできない。
まして、時間の流れに抗うことなんて、
到底できないんだ。
「5日後…5日後ねぇ…5日後……」
「どうした?」
「大丈夫?」
「はは……」
苦し紛れの、苦笑い。
それしか、今の僕にはできなかった。
かわし方がわからない。
一体、どうすればいいのか。
言うしかないのだろうか?
「5日後は……そう、テレビだ」
「テレビ?」
久美が聞き返す。
「この前、何の番組だったか忘れてんだけど、
来週のこの日に何かあるって言ってたんだ。
けど、その何かを聞いてなくってさ」
はは、と僕は最後に笑った。
「ふ〜ん」
納得したのか、していないのか、
判断をつけにくい返事を久美はした。
「で、聞いて回ってたってわけ?」
一瞬、久美が何を言っているのかわからなかった。
が、すぐに僕は自分が午前中にしていたことだと理解する。
「そう」
僕は、短い返事をして返しておいた。
あくまでも、平常を装っての反応。
そして、なるべく感情を読み取られ難(にく)いよう、
短い言葉を選んだ。
…でも。
でも、春菜は知っている。
このことの全てを。
もちろん、今、僕が言ったことは全て(5日後以外)が、
嘘と、出鱈目で塗りつぶしたような話だということを…。
よって、春菜は正すことができる。
そう、僕が言ったことを。
…でも、春菜はそうしなかった。
「抜けてるねー。健一は」
笑顔でそう言う春菜。
「……」
春菜の予想外の反応に僕は戸惑う。
何で?
如何(どう)して?
そんな反応をするの?
そんな反応ができるの?
「……」
やっぱり、言葉が返せない僕。
今、何か言ってしまえば疑問しか出てこないだろう、きっと。
「どうしたの?」
何もしゃべらない僕を不審に思ったのだろう。
春菜が聞いてきた。
いや、春菜じゃなくとも、今ここに居る僕以外の三人、
不審に思っているに違いない。
だから、声を出す。
「いんや、別にどうってこたぁないさ」
表現は軟らかめに僕は喋る。
「え?」
「何が?」
春菜と久美が、ほぼ同時に聞き返す。
「俺が抜けてたってこと」
「へぇ〜」
「そうだね」
「俺もそう思うぞ」
それに晋吾も混ざって、三人で肯定する
「…って、誰でもいいから否定してくれよ〜!」
「できない」
「その気がない」
「する必要がない」
三人で、言葉の攻撃。
…とは、こいつら思ってないんだろうなぁ……。
「…マジで?」
僕は、恐る恐る聞いてみる。
こくり。
頷く三人。
「俺は…そんな男だったんだね…?」
僕は、わざと疑問にしてみる。
うんうん。
またも肯く三人。
「いいさ、いいさ。僕はどうせそうですよーだ」
何となくキャラが違う。
+(プラス)拗ねた。
というか、わざとそう言ってみた。
「あ〜あ、拗ねちゃったよー」
「いじけちゃったね」
「ショックだったんだろ?」
春菜と久美は少し反省した顔。
たぶん、少しは自分たちが悪かったことを認めているのだろう。
いや、少しだとしたら、それはそれで嫌なのだが…。
変わって、晋吾は人を馬鹿にするような笑いを上げていた。
「ごめん」
「ちょっと、調子に乗りすぎちゃった」
そう言って、春菜と久美は僕に謝ってくれた。
一方、晋吾はというと……。
「俺としては、そのまんまの方がいいけどねぇ……」
くっくっく。
と、堪えるように笑う。
既に、僕の怒りは頂点だった
僕は、お茶を飲む。
…と見せかけて、口に含むだけにする。
喉には通さない。
そして、晋吾の真ん前にまで座ったまま移動する。
これは、かなり奇妙かもしれないな、と思った。
そして、晋吾の目の前で……。
「ぶーーーっ!」
顔に思いっきり吐きかけてやった。
「ぶはぁっ! 何すんだよ、てめぇ…」
晋吾は、目を閉じて、
お茶(しかも僕が含んだ)をいっぱいに浴びた、
その顔を僕に向けた。
それが、妙に可笑しかった。
「自分が悪いんだろ?」
事も無げな感じに僕が言う。
明らかに、自分が悪いとは思っていない声。
「どこが?」
まだ顔にお茶(しかも僕が含んだ)を付けたまま、
晋吾が僕に聞く。
「はぁ…胸に手を当てて考えてみろ」
僕は、呆れ交じりのため息をつきながら言う。
ピトッ。
「なっ…気色悪いわぁ!」
晋吾が僕の胸に手を当ててきた。
「だって、お前がしろって言ったんだぜ?」
さも、俺の意見が正しいんだぜ、
みたいな言い方で晋吾が言い返してくる。
「自分の胸だ、自分の胸! 他人の胸触ってどうすんだよ!」
だから、僕が怒声をあげながら言い返す。
「そうだったのか」
「そうだよっ!」
そして、晋吾はまじめに自分の胸に手を当てて、
「何もわからないぞ?」と言っていた。
……。
それ以降は、いつもの会話に戻っていた。
何とか、かわしつつ、会話は流せた…のか?
とにかくその場では、もうその話題が出ることはなかった。
僕たちは、またいつものように明るい笑顔の見える、
他愛無い会話で時を過ごした――。
続く
「マジロジ!」 2-5-3
意味のない世界――行動開始!!
自分のやっていることに、果たして意味があるのだろうか?
そう、考えたことはないだろうか?
いや、意味なんて、元からないのかも知れない。
じゃあ、何でこんなことをしているんだろうか?
それさえもわからない。
ぼくは、そういう『世界』の中にいた。
皆とは違う世界。
他とは違う世界。
与えられた場所から離れた世界。
それは、遠いのか。
あるいは、近いのか。
それさえもわからない。
日常の中に感じていた『普通』の世界。
少なくともそこからは離れていた。
戻らないと……。
直感的にそう思った。
だけど、戻れない。
ぼくは、その場所に足を踏み入れた時から、
如何しても戻れなかった。
如何してだろう?
何でだろう?
何故だろう?
ぼくは、こんな所に来たくはなかった筈だ。
もう一度考えてみる。
ゆっくりと。
そして、じっくりと。
でも、何度考えてみても、辿り着く場所は同じだった。
同じ答え。
全てが全く同じ答え。
その答えが…変えられない。
変更できない。
変換できない。
変身できない。
変心できない。
固定された概念。
…いや、そういうことじゃない。
だけど、そう思いたい。
それが希望だから。
それは望みだから。
それは希(のぞみ)だから。
だから…ぼくは、ここ…この場所…
この世界に臨んで来たわけじゃないのだと。
望んで来たわけじゃないのだと。
これは、自分の意志じゃない。
もちろん、意思でもない。
そう、思いたかった…。
だけど……。
この状況が変えられるわけでもなく。
でも……。
全てに抗うことすらもできなくて……。
反抗することも。
抵抗することも。
はむかうことも。
逆らうことも……。
そういうことは、一切許されないんだ。
この『世界』では。
もし、そういうことをしようとするなら…
間違いなくこの世界からは、『消える』だろう。
僕自身。
いや、世界そのものが。
全てが成るようになる。
全てが生るようになる。
全てが為るようになる。
そういうものだ。
予め、考えられた世界。
皆…みんな、流されている。
ううん…流されていた。
だから、僕も流されるんだ。
いいさ。
いいよ。
流されよう。
流されてみよう。
流されてやるよ。
流されるさ。
ぼくは、それに従って、『道』を進むことにした――。
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 6
謎の視線と殺気の死線
時が経って――。
といっても、放課後だ。
今からの行動予定は、とりあえずこうだ。
1.各部活動が始まるまでの間、他クラスの生徒に訊き込む。
2.部活が始まれば、後は教室に残っている生徒に訊き込む。
…そして、下校で帰宅。
…うん、完璧だ。
…って、アホアホだぁ……。
それは、とりあえず置いといて…。
さぁ、行動開始だ。
………。
……。
…。
我ながら、地道な作業だということはわかっていた。
ただ、やってみようという気力だけが、
僕を動かしているほとんどだから。
けど、ここまで時間と労力がかかって、
さらに、あまり多い人数にも訊けないという感じだった。
僕は、その後もその行動を続ける。
…。
……。
………。
やっぱり、結果は予想通り。
誰もわからない、ということだった。
僕は、そのまま途方に暮れて家へと帰った――。
続く
「マジロジ!」 2-6-2
僕は、家経て帰ってくると、夕食まで
のんびりとすることにした。
まぁ、いつものこと。
しばらく、時間もあるし、なぁ…
どうするか?
う〜ん…。
ベッドの下?
そこに、何があるって言うんだ?
…いや、知ってるさ。
それは、僕自身がそこに置いたのだから。
でも…それは、待て。
駄目だ。
禁断だ。
…やめておこう。
これ以上この話題に触れてしまうのは、
質を落とす原因だ。
(…って、何の質よ?)
(もちろん、小説の質です…。 talk:みこと☆)
……。
…。
何だか暇だ。
何でも暇だ。
何とも暇だ。
うぇ〜、退屈で死にそうじゃ〜!
(人間、退屈では死ねません talk:みこと☆)
しかし、やることが本当にない。
かと言って、僕に勉強をしろというのは、
あり得ないことだ。
(あり得ろっ! talk:みこと☆)
じゃあ、何をするのか?
…。
やっぱろ、部活はするべきなんだろうか?
だったら、もし、僕が部活に入るとして、
何部がいいだろう?
「ノック、いくぞ〜!」
カィン!
パスッ!
キィン!
パシッ!
カィン!
ポスッ。
コロコロ……。
「何、落としてんだ〜!」
「ランニング、グラウンド10周。
今すぐ、行ってこい!」
「はいっ!」
……。
…。
野球部はダメだな。
じゃあ、この部は?
「よしっ、パスッ!」
シュッ。
「下げろ!」
バスッ!
「馬鹿野郎っ! きつ過ぎるだろっ!」
「すいません!」
「じゃあ、次。シュート練習、いくぞ!」
「うぃっす!」
バスッ!
「バカ! ど真ん中に打つ奴があるか!」
「グラウンド10周! 行ってこい!」
「はいっ!」
……。
…。
う〜ん、サッカー部もダメだな…。
つぅ〜か、僕のイメージが何かに固執されてる気がする…。
気のせいなのか?
ま、部活には入らなくてもいいか。
別に今の状況が嫌な訳でもないし。
寧ろ、幸せなくらいだ。
自分で好きな時間が持てる。
これは、素晴らしい事だとは思わんか?
なぁ、同士?
…わけわからんな……。
また、暇なときはこんな事でも考えよう。
(嫌な趣味…にならないといいけど……)
そんなこんなで、その時間は過ぎていった――。
続く
「マジロジ!」 2-6-3
夕食は早絵姉さんのご飯を食べた。
1日食べなかっただけでも、
おいしさはこんなにも変わるものなのかと思った。
そして、リビングでゆっくりしていると……。
「あちゃ〜」
「ん? どうしたの?」
キッチンから聞こえる早絵姉さんの声。
どこか、がっかりしているような感じがする。
僕は、テレビから目を離して、そちらのほうを見る。
姉さんは冷蔵庫の前にいた。
「牛乳が切れてるのよ…」
心底残念そうな早絵姉さん。
姉さんのこんな姿を見ていると、
僕の気分まで落ち込んでしまう。
ただでさえ、早絵姉さんは、普段から明るい人だ。
そんな姉さんが、がっかりしていると、
そのギャップが激しい。
「本当に?」
僕は、確かめてみる。
「えぇ…」
さらに残念そうな声が返ってきた。
「そりゃ、マズいな……」
「でしょ?」
不敵な笑い。
この顔は、絶対に何か企んでいる。
そうだ。
間違いない。
僕は、咄嗟の勘…いつものパターンから判断して、
逃げる体勢を整える。
「ま、まぁ…今日は飲まなかったらいいだけだし〜…?」
一歩。
二歩。
じわり。
じわり。
逃げる。
離れる。
「お姉さんは、今日、今、飲みたいのよねぇ〜?」
早絵姉さんが、こんな優しそうな態度で頼むのは、
絶対に何か裏がある。
僕は確信した。
「それは、残念」
三歩。
四歩。
返事は適当に返しながら、離れる。
入り口までは…およそ、残り十歩。
そろり。
そろり。
「どうしようかしら?」
「さぁ…どうしようねぇ?」
五歩。
六歩。
七歩。
さらに早絵姉さんの、猫撫で声は続く。
ここで屈しては男ではない。
僕は、それとなく徐々にスピードを上げる。
嫌な予感は、益々、募るばかりだ…。
「やっぱり、ここは、健一に頼もうかしら?」
ほら、きた。
やっぱり。
「何で、俺がっ!」
ピタッ。
…八歩。
九歩。
ヤバイ。
ツッコむのに、一瞬だけど、止まってしまった。
今は、この一瞬でさえも、
大事にしなけりゃならないってのに…!
これは失態は、大きいぞ。
「そんなこと言わずに、行ってよぉ〜〜」
「嫌だよ…」
猫撫で声。
それは、さらに、さらに、甘くなってくる。
くっ…。
男としては、これに屈してはならない。
だけど、漢(おとこ)としては…!
…って、ぶるぶるブルブル……。
こんなことで負けていてはならない。
他にきっと楽しいことはあるはずだ。
だから、今は、逃げよう。
必死で。
死に物狂いで。
早絵姉さんの猫撫で声=(イコール)危険。
これは自分の常識。
これは日本の常識。
これは世界の常識。
常識であって、
掟であって、
決まりであって、
法律であるのだ。
…と言っても、過言じゃないし、
過言だとも思わない。
「そんなこと言わずに、行けっ!」
「嫌じゃ!」
いつしか、それは頼みから命令へと変わっていた。
変貌だ。
豹変だ。
天変地異だ。
(それはないな…)
…なんて、意味不明なこと考えてる場合じゃない!
ダッ!
僕は逃げる!
逃げる。
逃亡。
逃避。
逃げるが勝ち。
直(ひた)逃げ。
逃走。
逃げ切れんのか?
ダッ!
バッ!
僕は、姉さんに行く手を阻まれる。
それでもそれをかわそうとする。
バンッ!
ガスッ!
最早、戦闘と化していた。
哀れ。
戻るも行くもできない。
ドカッ!
スタッ!
ガシッ!
…捕まった。
僕の抵抗も空しく。
「うふふふふふ〜……いい? 頼んでも?」
どうせ命令なんだろ?
とも言えず……。
「はい……ようでござんすよ…」
怖い。
恐い。
ヤッバいわ。これ。
言葉とか、まともに喋れないって。
「じゃあ、この牛乳買って来てね」
早絵姉さんは、僕に空の牛乳パックを見せる。
…いつも飲んでいる種類だ。
「へ〜い」
というわけで、なぜか牛乳を買いに行く羽目になった、
僕なのであった――。
続く
「マジロジ!」 2-6-4
僕は、支度をすると外へ出た。
外へ出る前……。
『じゃあ、これがお金ね。
気をつけて行ってらっしゃい』
と、早絵姉さんに牛乳代を貰った。
(ふぅ……)
面倒臭い。
かなり。
よりによってこんな時間からかよ、という感じだ。
(あぁ〜あ…)
ついてねぇーなぁ〜…。
「姉さんが行ってくりゃいいんだよぉ〜!」
景気付けに一発。
ガチャッ。
「え……?」
嫌な予感。
扉の前には…早絵姉さんの顔。
「ご近所の迷惑になるから、静かに、ね?」
……。
おぉ〜…怖っ!!
「うんっ。うんうんうんっ!」
必死に返事。
「じゃあ、気をつけてね〜♪」
「……」
ガチャリ。
なんて心臓に悪い人だ。
…って、僕のせいだけど。
はいっ、そこぉ〜! 自業自得とか言うな〜!!
………。
……。
…。
そのまま、しばらく歩くと、
やがて、近くのコンビニへとたどり着いた。
そこで、ふと思う。
このコンビニは、2、3年程前にできた店だ。
24時間営業している、今日び、あまり珍しくもない
ごく普通のコンビニだ。
ただ、ここのコンビニが出来る前はいろいろ不便だった。
それは、このコンビニを使っているから感じることだろう。
このコンビニが出来る前には、そんなこと思ったこともなかった。
でも、このコンビニを利用するようになってからは、
駅の近くにある、スーパーでさえも
遠くて不便だと感じるようになった。
ここのコンビニが出来た時のことを思い出す。
ここが出来たときには、近所の皆も喜んだものだ。
そう考えると、都会という雰囲気が漂うこの街も、
まだまだ田舎なのかなと思ったりもする。
それで良かったのだろうか?
いや、良かったのだろう。
この街が便利になっていく。
この街がさらに都会へとなっていく。
それは、この街の人々にとって、
あるいは、この街に訪れる人々にとって、
素晴らしくて、良いことなのだ。
もちろんこの僕も含めてだけど。
だけど、何故かしっくり来ないところもあった。
これは、僕だけが感じていることなんだろうか?
そうかもしれない。
だって、この街が田舎のままならそれでもいい、
なんて思ってるのだから。
緑の草がが見える。
でも、灰色のアスファルトへとなって行く。
それに対して感じることは、
僕にとっては寂しい感情ばかりだった。
…と、そんなに湿っぽくばかりなっていても仕方がない。
僕は、コンビニの中へと足を踏み入れた。
店内へ入ると、パックの飲み物などが並んでいる場所へと、
向かう。
もはや、勝手知ったる場所である。
いつも家で飲んでいる牛乳を2本を手に取り、
レジで精算をする。
買って店を出た、その時だ。
まさにその時。
僕の身体に、
何ともいえない戦慄が走ることとなる。
それは何なのか?
はっきりしない。
でも、確かに感じる。
これは何なのか?
――視線。
そう、視線だ。
僕は、強い視線を感じずにはいられなかった――。
続く
「マジロジ!」 2-6-5
夢。
…ではなくて、現実だ。
今いる世界は紛れもない現実。
拭い去ることも出来ない現実世界だ。
そして、ボクの存在もまた、この世界に実在している。
それは、本当だ。
真実と言うには、あまりにも普通すぎる誠(まこと)だ。
ボクがこの世界に来て、まだ5日か…。
そして、“彼”と出会う予定がさらに5日後。
う〜ん、7日というのは流石に長かっただろうか?
“彼”にしてみてもボクにしてみても。
まぁ、いいか。
気にすると、かなり気になってしまうけれども、
気にしなければ、別段あまり気にもならない。
何かしようと思えば、予定の日までに、
もうちょっと、おもしろくしてみてもいいのだけれど
…肝心のことが伝わらないと、マズいからなぁ…。
難しいところだ。
と、色々と考えながら、暇だったので
(と言っても、この時代に来てからは、ずっと暇だけどね)
外をブラブラと、行き先も決めず、予定も立てず、
観光がてらに歩いていた。
これを、散歩だというのだろうな、などと思っていた。
この時代はそれなりに楽しい。
…と、そんなことを言ったら、
この時代の人には怒られるかもしれないけれど。
とにかく、それなりに楽しいのだ。
と言うのも、ボクの時代にはすっかり無くなってしまっていたり、
あても、形の変わってしまっているものなんかも、
この時代では見れる。
だから、ボクなりにこの時代を楽しんでいた。
(へぇ〜。これが、この時代のコンビニ…)
少し感動。
ボクは、歩いていると、一軒のコンビニを見つけた。
確かに、ボクの時代にもコンビニはある。
実在している。
実存している。
目で見えるよ。
しか〜し。
ここで聞いて欲しいのだ。
皆様方、このボクの話に、しっかりと耳を傾けてくだされ。
いいかい?
これは、未来のお話なんだ。
でも、今回は特別にちょっぴり教えてあげるよ。
これは、貴重なんだ。
絶対に聞き漏らしてはいけないよ?
いや…読み漏らさないでってことか。
とにかくっ、僕の話を聞いてくれ!
読んでくれ!
ボクの時代では、
コンビニは既に人間が主に利用する場所となっている。
この時代には、スーパーというものがあるだろう。
(ボクもこの前、駅前で見かけた)
それが、ボクの時代では、ほとんど無くなってしまっていて、
コンビニがその役割をも果たしている。
もっと言えば、百貨店と言うもの。
(お土産とかそういうものを買うって事かな)
それさえもコンビニで揃えることが出来るのだ。
いやはや、便利な時代になってしまったね。
コンビニエンスだよ…はは。
全く。
だからそれを考えると、(それがたとえコンビニであっても)
ボクにとっては感慨深いものなのだ。
とりあえず、中に入ろうか。
中の品物を見てみるのも、また面白いかもしれない。
ボクはこの時代のお金を持ってはいない。
そこはそこ。
やはり、お金というのは時代背景の要素も兼ね備えてるわけで…。
早い話が、ボクは金欠だった。
というか、初めからお金が無い。
寧ろ、ここまで生きてたのが不思議なくらいだ。
…なんて、そんなことはない。
時代は進んでいるんだ。
ボクらの時代では、緊急用の食料の対策もバッチリさ。
ちなみに、その量を日に換算すると…
僕の持っている量ならば、半年は大丈夫だった。
もちろん、ボクも半年もこのままでいるつもりはないけどね。
そのために、“彼”を呼んでいるのだから。
うん、うん。
話がいい感じに逸れたねー…。
…戻そう。
コンビニだったら、本を立ち読みするくらいは、
タダなんだろう?
それに知っている。
コンビニのほうが、
本屋よりも立ち読みがしやすいって事も……。
よし、入ろう。
そう思ったときに……。
(あ、あれは!?)
ボクは、まさに今入ろうとしていた、
コンビニの入り口を見てみる。
間違いない。
“彼”だ。
まさかこんな所で会うとは思ってもみなかった。
これはチャンスだ。
いい機会だ。
うん、ちょっと試してみよう。
ボクが期待を寄せている少年は、
どれほど鋭い感覚を備えているかってね。
果たして“彼”は気付くかな――?
続く
「マジロジ!」 2-6-6
視線。
刹那、強い視線を僕は感じることになった。
一体、如何いうことだろうか?
一体、誰が?
一体、何のために?
疑問で頭が埋め尽くされそうだ。
この視線は何処から来ている?
あるいは、何処にある?
あっちか?
こっちか?
そっちか?
どっちだ?
何処だ?
僕は、その場で辺りをキョロキョロと見回した――。
続く
「マジロジ!」 2-6-7
ふふふ。
如何やら気づいてくれたようだね。
気づいてくれなかったら、如何しようかと思ったよ。
しかし、そこは君。
よく気付いてくれた。
これは、褒めるに値することだよ。
ボクは嬉しい。
キミのことだ。
今度は何処からか探しているんだろ?
じゃあ、もっと強くしてあげよう。
今は弱い(これでも強いほうだと思うけれど)から、
気付き難いだけで、強ければ、キミも気付きやすいだろう。
うん、そうだね。
なら、殺気なんかは如何だろう?
殺気なんかは強い感覚だろうね。
それじゃあ、殺気を混ぜてみよう。
果たして、君は気付くことが出来るかな――?
続く
「マジロジ!」 2-6-8
何処だ?
何処に居る?
そのまま、ゆっくり歩き出す、僕。
不審に思って、その場を離れてみても、
やっぱり、視線は強いままだった。
まるで、僕を追ってくるかのように。
…え?
追ってくる?
それって、何かの間違いだろ?
僕は後をつけられるようなことをした覚えはないぞ。
だったら何でだ?
小走りに家へと向かう僕。
だけど、このまま家に戻ってもいいのか?
…いや、よくないだろう。
しかし、家まで追ってこられたら本当に敵わないな。
まずい。
これこそまさに、ピンチだ。
そう、ピンチ。
つまり、危機。
危急存亡。
まさに、一世一代の危機が僕の身へと迫っている。
僕は、逃げるように走る。
おかしいよな。
何処にその視線の招待があるのかわからないのに、
“逃げる”なんて表現はおかし過ぎる。
でも、“逃げる”んだ。
僕は“逃げる”。
誰が何と言おうと“逃げる”という行為を行っている。
そこに間違いはないはず…だ。
…ん?
僕は、迫ってくる視線が一層強くなった気がした。
『個数』が増えたような感覚じゃない。
『威力』だ。
これは“力”と表現するべきだ。
“強さ”がさらに大きくなっているんだ。
何だろう、この感じは?
この感覚は?
おぞましい恐怖を感じるような、そんな感覚。
これは……殺気?
何故だ?
僕に恨みでもあるのか?
恨み。
怨み。
だけど『怨恨』なのか?
これは、そうなのか?
違う。
僕は、直感でそう思った。
これは、そんなんじゃない。
だったら何だ?
何所からか、僕を狙っていて、一気に襲ってくるつもりなのか?
『襲撃』
僕の頭に一瞬だったけれど、その言葉が過ぎった。
でも、そんな考えを追い払う。
それも違う。
僕は今、この状況において、冷静な判断力を失っている。
それは自分でもわかる。
しかし、やっぱり、これも直感だけど、
・・・・・・・・・・・・・・
これは、僕に気づいてもらうための行為なのではないだろうか。
それが、僕の考え。
僕の結論。
論理めいてはいないけれど。
理論づいてはいないけれど。
行き着く先がそこだっただけだけれど。
わからない。
分からない。
分らない
判らない。
解からない。
解らない。
何をどうして、どう考えてみてもわからない。
だったら、考えられる―わかる―事を考えろ。
考えろ。考えろ!
何処から来る?
視線の正体は?
…あっちか?
…こっちか?
…そっちか?
…どっちだ?
・・
僕は、確信を持ったその方向に『視線』を向けた――。
続く
「マジロジ!」 2-6-9
ふふふ。
また気付いてくれたようだね。
勘の良い君のことだ。
今度は、狙われているとか、
そういうことを思っているんだろう?
続く
「マジロジ!」 2-6-10
急に、視線が消えた。
突如としてその気配は僕の回りからは消えたように感じた。
さっきまで感じていた視線。
殺気まで感じていた視線。
(洒落てみました talk:みこと☆)
それが、突然消えた。
唐突に。
突発に。
忽然と。
その姿(いや、そう表現するのはおかしいのかも知れない)は、
もう今はない。
僕は、もう一度感じてみようと試みる……。
やっぱり、感じられない。
どうしたのだろう?
唐突に現れ、突如としてその姿を消す。
全くの謎だ。
でも、もう感じなくなった以上、ここにいる意味はないと思う。
なので、急いで家路を辿る。
その時だった……。
まさにその時、僕は、急に歩けなくなって、
道に座り込む…へたり込んでしまった。
え?
何が?
如何したって言うんだ?
何の前触れもなく、何の兆候もなく、動けなくなった。
何だか、急に足の力が抜けて…そして、そのまま力が入らない。
足に、力が入らないということは起き上がれない。
もしくは、立ち上がれない。
何度、立とうと頑張ってみても…無理。
結果は何度やっても同じ。
よく考えろ……。
どうして、こんなことになってしまったのかを……。
………。
……。
…。
よくはわからないけれど…。
多分、こういうことなのだろう。
視線。
殺気の含まれた視線。
確かに殺気はあった。
だが、そこに敵意があったのかというと…
そこまでは感じられなかった。
ただ単に、そこまで感じることが出来なかっただけなのか。
あるいは、元からそんなものは含まれてはいなかったのか。
でも、そう考えると明らかにおかしい。
矛盾が出てくる。
果たして、敵意の含まれてない殺気なんてあるのか?
普通、殺気が混ざるのは相手に何らかの恨みを持った場合か、
若しくは、憎しみとかを持ったときだろう。
でも、さっきのは違った。
僕は、そう感じた。
いや、それは、単純な話、僕が鈍感なだけかもしれない。
それは、大いに有り得る線だ。
だが、しかし。
相手が、気付いて欲しいが為だけに、殺気を視線に混ぜた。
そういう考え方をすることも出来るんじゃないだろうか。
絶対に有り得ない線ではない。
まぁ、そこに確固たる証拠も根拠すらもないのだから、
いくら思考を働かせて、想像を膨らましたところで、
この状況がどうなるわけでもない。
それは、確かだ。
なら、今動けないことはどう解釈する?
殺気の混じった視線。
そこから考えてみる。
そこに意識し過ぎていたかもしれない。
自分でも無我夢中だったので、よくは覚えていないけど。
だから、気を張りすぎていることに気付かず、
その反動がこうして、今の体の状況に現れているのではないだろうか。
うん…その仮説が一番正しいか。
さて、それじゃあ、これからどうするよ?
このままじゃあ、流石にマズイだろうしな…。
いくら夜で、しかも、普段から人通りの少ない道とは言え、
人がここを通らないとも限らない。
で、たまたま通った人が僕を見たらどう思うだろうか。
…怪しいと言うことだ。
むしろ、怪しすぎる。
怪しすぎて、逆に怖い。
いや、この言い方はおかしいか。
怪しいから怖いんだもんな。
怪しすぎて、かえって街と同化してしまう。
この表現とかは近いかもしれないな。
…って、そういうことじゃなくって。
とにかくだ。
この状況を何とかしないと。
あんまり遅くなったら、早絵姉さんも心配するだろうし。
とは言え、中途半端に遅いと、怒るだろうし…。
難しいところだなぁ……。
よし。
僕の頭に、一つの考えが浮かぶ。
ふむ。これは妙案だ。
その考えというのは……。
こうなったら、這ってでも帰ってやるぜ!
…ヤバイ。怪しすぎるし、ダサすぎる。
むしろ、奇妙で、珍妙で、陳腐だ。
はぁ……。
一体全体、僕はどうしたというのだろうか?
何がどうなっちゃってるんだ?
むぅ……。
だけど、何とか腕に力は入るようだな。
じゃあ、壁を伝って歩こう。
しばらくすれば、歩けるようになるだろう。
そして、僕は壁を支えにして、そこにもたれかかるようにして、
歩き出す。
………。
……。
…。
そして、一時はどうなることかと思ったけれど、
それでもまた時間が経つと、普通に歩けるようなった。
僕は、そのまま普通に歩いて、家へと帰った。
本当に良かったと、心底思った。
そして……。
いつもより、行きよりも3倍近くもの時間がかかって、
家へと帰ったのだった――。
続く
「マジロジ!」 2-6-11
ところで。
その頃、木下晋吾は、というと……。
家でゲームをしていた。
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 7
マジカルロジカルと行動の選択
そして、日が明け、翌日に。
今日は、何ともいつもより気だるい感じを覚えながらも、
健一は、特に慌てることもなく学校へと向かった。
……。
…。
朝の教室前。
もはや、恒例と化しているこの流れ。
…晋吾のパターンは、相も変わらず、
いつもと同じだった。
いやはや、慣れは恐ろしいものだな、と健一は思った。
とりあえず、健一は晋吾を蹴り返してみることにした。
「うおぉ〜!」
朝から暑い声と行動で健一の前へ迫ってくる晋吾。
「相変わらず、喧しい奴…」
健一は、溜め息こそつかなかったものの、
晋吾の行動に聊(いささ)か、呆れたようだった。
「ていっ!」
晋吾が健一に襲い掛かる。
晋吾の魔の手から、果たして健一は助かることが出来るのか!?
……。
「ふんっ!」
バッ……ドグシッ!
簡単だった。
余裕だった。
晋吾は、
健一の蹴りで気持ちいいぐらいに後ろへと吹っ飛んでいった……。
「あばよ…」
「そこまで飛ぶか!」
晋吾が倒れていたのは、健一の位置から5歩ぐらい前の場所だった。
「飛んだらよかったのに」
「無茶言うな!」
「こう、鳥さんみたいにさ…バタバタ、と」
「あのねぇ、それって、湖で罠に引っかかってる鳥にしか見えないんですけどぉ?」
「あぁ、そう?」
「そうだっつぅの!」
「鳥さん、キャーッッ!!」
「え? 鳥さん、どうしちゃったの??」
「いや、この場合は、
鳥を見ている女の子が水辺で可愛いと言っている情景なのだが……」
「細かっっ!」
「まぁ、いいじゃん。と言うかさ、
俺としては鳥“さん”ってとこをツッコんで欲しかったんだがな」
「あぁ……」
「でもさ…無茶はお前だよな」
「何だとぅ!」
「『とぅ!』って、どんな発音だよ…」
「ほっとけ!」
「あぁ、ほっとくさ」
そして、健一は晋吾から離れて席へ向かおうとする。
……。
「やっぱり、ほっとかないで!」
「どっちだよ……」
やっぱり、呆れてしまう、僕。
「もうちょっと、遊ぼうぜ!」
「その格好で、か?」
「ん? あぁ…そうだな」
晋吾が倒れたときに付いた埃を払うのとほぼ同時に……。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴った。
「じゃ、席、着くぞ」
「お、おぉ…そうだな……」
残念そうな晋吾と共に、
健一は、席に着くのだった――。
続く
「マジロジ!」 2-7-2
その後、授業は滞りなく進んでいった。
だが、健一には授業の内容など、
まるで頭に入ってはいなかった。
それは、何故か。
これまでに何があったのか。
いろんなことがあり過ぎて、健一は頭の中が整理できずにいた。
謎の紙のこと。
それには、暗号が示されていたこと。
そして、それを解いたこと。
答えが「7日後、河原へ来い」だったこと。
そして、それはもう間違いないということ。
その根拠はいくつかある。
紙を渡したという男―まだはっきりとはしないが―
の存在。
それと言葉。
それに、不自然なことも最近多い。
だが、この不自然さこそが、答えの裏づけになるかも知れない。
そう考えただけのこと。
昨夜のこともその一つ。
殺気の混じった視線。
死線をに臭わすような死線。
明らかに、不思議でしかも不自然なものを感じ出したのは、
あの紙の件、以降のことだ。
そして、昨夜のそれは、より強いものとなって、
健一の身に迫った。
しかし、その件―あるいは、他の件―でも、
謎を解いたことが、原因ではないのかもしれない。
答えを出したことが、原因ではないのかもしれない。
あの紙の関わったことが、原因かもしれない。
否。それ以前に、あの紙を見てしまったことが、
そもそもの原因かもしれない。
はたまた、何の原因も、或いは因果も、
其処には理由すらもないのかも知れない。
考え出すと、全てが悪因のようにも健一には思えた。
原因も。
因果も。
要因も。
理由も。
根拠も。
そこにはないかも知れないし、あるかも知れなかった。
もし、複雑に何らかの因果がそこに絡んでいるとするならば。
そこには、どれだけのロジックがあっても。
あるいは、一つのセオリーだけでは。
扉を開くことは、出来ないのではないのだろうか。
道を進むことは、出来ないのではないのだろうか。
ここの突破して、さらに進行するには、マジカルなロジカル。
そして、リリックのきいたセオリーが必要だろう。
そうじゃないと、ここは切り抜けられない。
それならば、それでもいい…と、
健一は、この少年はそう考えるのだろう。
この少年は、そういう性格だ。
今までも、そうして生きて…否。
毎日を過ごしてきた。
それが、世の中を安全、かつ楽に渡っていく方法。
そうだ。
それに間違いはない。
だが、それが本当に正しい方法なのか、
必ずしも最良の方法なのかと言えば…
そうとも言い切れないだろう。
何故なら、他にも方法が存在するからだ。
一つしかない方法なら、その方法―手段―しかないだろう。
しかし、数があるならば……。
その中に正解も何種類かあるはずだ。
もちろん、その中に間違いもあり、
また正解は一つしかないかもしれない。
もしかすると、全てが間違いということもありえる。
だが、ここは正解があるものと仮定して、
話を進めていくことにしよう。
何種類かある方法。
決めた手段。
しかし、敢えて別の方法を選ぶとするならば……。
それは、危険な世渡りだと言えるだろう。
では、これを今回の場合に当て嵌めてみる。
今回の場合、方法―それは、『手段』とも、
あるいは『道』とも言い換えられるかもしれない―
は、2つある。
簡単な選択。
簡潔な選択。
簡易な選択。
1つは、“関わること”。
もう一つは、“関わらないこと”。
ここで、健一の選択。
1番だ。
健一は、1つ目を選んでいた。
そして、迷っているのが次の選択肢。
1つは、“このまま続ける”。
2つ目は、“ここで止める”ということ。
“止める”ということは、この場合は、
つまり『諦める』ということと同義だ。
そして、この少年は、ここで諦めてはならない。
立ち止まってはならないのだ。
さらに進んでもらわなければならない。
もちろん、先へと進めないのなら、それでも構わない。
周りは、何も言うことはないだろう。
だが、しかし。
・・・・・ ・・・・・・
この少年は、先へと進める。
・・・・・・・・・
その道の向こうへと。
言い換えれば。
・・・・・・・・・・
扉を開くことが出来る。
・・・・・・・・・・・・・・・・
更なる高みへと目指すことが出来る。
しかし、今、この少年は、ここで立ち止まろうとしている。
それは、自分に自信がもてないからだ。
だから、誰かが後ろから、自然に背中を押してやらないといけない。
なら、この役は、一体、誰が担うというのだろうか――?
続く
「Magical Logical 〜論理は理論と違うんだ!!〜」
第二章 8
授業を抜け出そう!
苦し紛れの選択は、
手前とか己とか、
彼等とか彼女等とか、
君とか私とか。
「いいかい? よく聞くんだよ」
「相手は、手助けはしてくれるんだ」
「でも、最後に選ぶのは君自身なんだよ」
そうかも知れないな、と思った。
続く
「マジロジ!」 2-8-2
2時間目が終わって、休み時間。
「ふあぁ〜…」
何とも間抜けな声を上げて、
僕は大きな欠伸を一つした。
「お眠そうですね」
そこに何とも妙な喋り方でやって来たのは、晋吾だった。
「そりゃ、2時間も授業終えりゃね…」
いろいろあるわけだ。
「ま、せいぜい寝ないようにな」
「お前なんかに言われなくとも、わかってるよ」
「かっち〜ん。俺、ちょっと気分悪くしたよー?」
「そのまま気分悪くなって、保健室行ってこい」
「うわー。冷てぇ…。とても親友とは思えんお言葉」
「そうだな」
「しれぇ〜っと、
『僕は君とは親友なんかじゃないんだ』みたいに言うな!」
「うん? そうだけど? それ以外にどんな意味が含まれてんだ?」
「あんたねぇ〜…。つぅ〜かさ、俺の『気分悪い』ってのと、
お前の『気分悪い』ってのは、意味が違うんじゃないか?」
「今頃、気付いたのか?」
こいつは、『皮肉』という言葉というか、
そんなものも知らんのか?
「あ、のなぁ〜…。ま、いいけどさ」
「…あ、そうそう」
「ん?」
「俺、次の授業フケるわ」
僕は、考えた後、そういう結論を出した。
「マジか…?」
晋吾が顔を顰(しか)めて疑いにかかる。
「マジのマジ。大マジさ」
「んじゃ、俺もそうすっか」
「はぁ? お前、俺のやろうとしてること意味分かってる?」
「ナメたらいけないよ。俺にもそれくらい理解できるというものだ」
「そ、か……」
「おぅ」
「まぁ、何でもいいや。じゃ、次の時間のチャイム鳴る前に教室出るぞ」
「よっしゃ!」
そのまま僕たちは、教室を出て行った――。
続く
「マジロジ!」 2-8-3
追い詰められて、逃げ場もなくて……。
そうして、限界に達したときの、
最後の苦し紛れの選択は、
手前とか己とか、
彼等とか彼女等とか、
君とか私とか。
また、貴方とか御前とか、
彼とか彼女とか、
相手とか自分とか。
あるいは、貴様とかコイツとか、
アイツとかソイツとか、
俺とかオイラとか。
もしくは、敵とか味方とか、
僕とか私とか、
拙者とか皆とかが出すものだ。
「いいかい? よく聞くんだよ」
「相手は、手助けはしてくれるんだ」
「でも、最後に選ぶのは君自身なんだよ」
確かにそうだな、と思った。
続く
「マジロジ!」 2-8-4
僕たちは暗いところに居た。
そして、狭くて…何より臭い。
人の声は外で聞こえ…。
その声は、一つの空間から入ってきて、
壁を通して僕たちの耳へと聞こえてくる。
曇った…否、篭(こも)った声。
賑やかな生徒たちの喧騒は、今の僕たちには正直、
疎ましいものにさえ感じられた。
そんな中。
二人の息遣いのみが、この空間には響いて…
響かないよなぁ……。
「ハァ…ハァ……」
「ハァ…ハァ……」
これが男女だったらどうなのだろうか?
ふと、僕は考えてみる。
………。
……。
…。
(只今、妄想中につきもうしばらくお待ちください talk:みこと☆)
うわぁっ!
…ヤッベェ…、エロぉ〜、この展開……。
あんなことがこんなことになって、
うおっ、どうしてそんなことに!?
いや、いいのか!? そんなことしても!?
うきゃぅ、ぬおぅ、うぉぅ……。
(只今、妄想中につきもうしばらくお待ちください2 talk:みこと☆)
…というのは、男女ならの想像。
幸か不幸か、この場所に居るのは、男二人だった。
「はぁ…何が楽しくて、男二人、トイレの
しかも同じ個室居なきゃなんねぇのかな…」
僕はぼやく。
「そりゃ、こっちのセリフだって…」
晋吾もどうやら、僕と同じ心境のようだ。
「しかも、男二人でハァハァ言ってんだぜ?」
「一歩間違えりゃ、危ない関係だな、こりゃ」
「ははは。お前、もしかしてまだ間違ってないと思ってる?」
僕は退屈だったので、ちょっと晋吾をからかってみることにした。
「そりゃあ、お前、間違ってたらマズイでしょ…」
「じゃあ、今はマズイな」
「何で?」
「間違ってるからさ」
「何が?」
「お前との。カ・ン・ケ・イ(ハートマーク)」
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
僕は、艶かしいポーズをつけて言ってみた。
…正直、自分でも気持ち悪い……。
「あ、あのさ、ぼ、僕らは、いい友達って事でいようぜ。な?」
焦る晋吾が面白い。
おい、一人称が変わってるぞ。
僕は構わず続ける。
「お、俺…もう我慢できなくなったんだ」
「げ?」
『げ?』ってなんだ…。
『げ?』って……。
「晋吾と…こんな関係を続けていくこと……」
「ぬわぁぁぁっっ!!」
だから、こんな所で騒ぐなって…。
まぁ、こんなことやってる僕が悪いんだけどさ。
じゃあ、そろそろネタばらし…ってところにするか。
「ま、まぁ、お前がそういうことなら…」
なら、なんだ?
「ははは。冗談だっつぅ〜の」
僕は笑った。
「は、はぁ……」
晋吾は心底胸をなでおろしたようだった。
「俺が、そんな異常性癖持ってたら絶対、
お前と友達にはなってなかっただろうな」
「どういう意味だ? それ」
「好きなように受け取ってくれたまえ」
「なんだよ、それ」
言いながら、晋吾も笑った。
僕と晋吾はいつもこんな調子で学校生活を送っている。
楽しい学園生活がおくれるのも、たぶん晋吾のおかげなんだろうな、
と僕は思った。
まずは、状況説明ってところかな。
僕と晋吾は教室を移動する、生徒と教師(主に後者のほうだけど)
をやり過ごすために、トイレの個室に二人で息を潜めていた。
二人で、授業を抜ける(フケる)としても、
教室へと向かう教師に見つかったら、その時点でアウトだ。
授業開始から、教室に居ることになってしまう。
しかも、教師の貰って嬉しくないオマケ、お咎め(Mサイズ以上)付きだ。
ということで、隠れたい場所が要るわけなんだけど、
この場所がそうそう学園内にはない。
一番、手っ取り早い場所がトイレ、しかも個室内というわけだ。
しかし、この場所は臭くて、異様に蒸し暑い。
出来れば、あまり長くは居たくない場所だ。
「しかし、一つの個室に二人ってのは、キツイな……」
僕は思ったことをそのまま呟く。
「仕方ねぇだろ。男子トイレは、個室が一つしかないんだから」
「まぁ、そりゃそうなんだけどさ…」
男子トイレには、個室がそんなに要らない為か、
この学園が、変にケチくさいのか何なのか
(たぶん、前者だとは思うけど)
とにかく、この学園の男子トイレには、
何故か、個室が一つしか付いていない。
いや、待てよ…職員室に近いトイレは、個室が2、3個付いていたかな?
何だろうなぁ……。
まぁ、とりあえず、それはいいとして、だ。
今のこの状況が一体、何時まで続くのか?
その辺りが問題なのだが……。
と、そこでチャイムが鳴る。
おぉ〜、助かった…。
僕は思わず、胸をなでおろす。
だが、ほっとするのはまだ全然早い。
どれぐらい早いかというと……、
番組が始まる30分も前から録画準備をしているぐらい早い。
…例えが微妙過ぎて、わかんねぇ……。
チャイムの音と同時に、生徒たちの足音、
喧騒が高まってくる。
しかしながら、ここまでは、あまり聞こえてこない。
………。
……。
…。
生徒たちが教室へと入って行くと、
暫くして、静かにいくつかの足音が聞こえてきた。
…教師が教室へと向かう足音。
生徒の上靴と違う、教師のスリッパの音というのは、
どうもこういう場合には、非常に分かりやすいらしい。
そして、その音も、やがて聞こえなくなってくる…。
……。
…。
僕たちは、トイレからようやく出ることにした。
とりあえず、手持ちの時計にて、時間を確認。
授業が始まって、5分ほど経っていた…。
「ぷはぁ〜…」
「はぁ〜…」
二人で廊下の空気を吸う。
トイレの、しかも個室の空気より、
たとえ、学園内の廊下の空気といえども、はるかにマシだった。
僕は、何となく、コソコソと自分の教室へと覗きに行ってみる……。
……。
…。
わっ!?
今、久美と目が合った!
…って、なんでやねん。
つぅ〜か、何であいつ、廊下なんて見てんだ?
はぁ…。
後で、ネタのされそうな度合い80%越えだったけれども、
折角、出来た時間だ。
有効に使わないとな。
時間は有効に使いましょう、だ。
じゃあ、何処に行こう――?
続く
「マジロジ!」 2-7-5-1-1
僕たちは、とりあえず教室から離れることにした。
やっぱり、教室の近くにいるのは何かにつけて不安だ。
というわけで、階段を下りていた。
「おい、健一」
「何だ?」
「『何だ?』で、なくって」
「だから?」
「何処行くんだよ?」
「そうだなぁ……」
そこが問題だ。
こういうときには、普通、何処に行くのだろうか。
…旧校舎?
アニメとかゲームとか、とにかくそういうのなら、
ここは、間違いなく、『旧校舎で寝る』選択肢は必須だ。
けれど、生憎(あいにく)、聖花学園に旧校舎なんて洒落たもの
(果たして、洒落てるっていうのかは謎)はなかった。
…僕の知る限りで、だけど。
「晋吾、何かいい場所知らねぇ?」
「俺が知ってるわけないじゃん…」
「そうかぁ…」
だったらどうすればいいんだ?
授業フケっても意味ないじゃん!
このままじゃあね……。
兎にも角にも、結局。
…何処に行くと言っても。
(ネタは尽きてるんだよなぁ〜)
そもそもネタがない。
あったら、今頃ハッピーだ。
(どうハッピーなんだろうね…)
分からん。
それで、考えた挙句、来てみたのが…音楽室だった。
「おい、何で音楽室なんだよ?」
晋吾が訊いてくる。
当然だ。
晋吾じゃなくとも、誰だってそんな反応をするだろう。
よりにもよって、授業をサボってまで来る所が、
音楽室だなんて……。
「さぁ…?」
僕にもわからない。
「まぁ、いいや。…と言うか、入れんのか?」
「開けてみろよ」
「あぁ…」
音楽室の扉は結構特殊…ってわけでもないんだけど。
他の教室のように横に開くタイプではなく、
ノブをまわして引いて開けるタイプのドアだ。
しかも、この扉がやけに重かったりする。
ノブを回して、引くときに結構な力が要る。
女の子だったら、さぞかし大変だろうなぁ…と、
この扉を開けるときはいつも思う。
たぶん、防音関係でこんなにも分厚く重い扉になっているのだろう。
…と、軽く分析してみたりなんかしちゃったりして。
カチャッ。
…と、晋吾がドアノブを回す。
扉は……開いた。
まぁ、僕の予想通りだ。
「入るかぁ」
あんまり、乗り気じゃなかった晋吾が入る気満々の態度だ。
なんだよ、それ…。
で、入る。
中には音楽の教師と思われる女性が一人居た。
・・
僕は、この先生を知っている。
「…で、先生、居るんですけど?」
晋吾が明らかに嫌そうな顔をして、
僕のほうを向いて言ってきた。
ここの音楽室は、入り口から中の席までが少し通路になっている。
その通路の端には、恐らく吹奏楽部のものかと思われる、
金管系の楽器が置かれていた。
晋吾は、僕より先に席のほうへ向かったようで、
そこでどうやら、先生を発見したらしい。
僕もすぐに後から行って確かめる。
確かに、先生はピアノ近くで作業中のようだった。
遠目から見た感じでは、プリント類の整理といった感じだ。
「やぁ、先生」
僕は何にも悪びれずに挨拶する。
「あら、スドケン君?」
それに先生は、嗜(たしな)めるような口調で返してきた。
「今日は、どんな御用かしら?」
少し笑いながら、目の前の先生は、
何か保健室の先生みたいな言い方をした。
そこがどう保健室の先生っぽいかというと、
怪我や病気の具合を訊くような感じだった。
とにかく、普通なら、まず最初に怒るところだろう。
けれど、この先生は怒ったりはしなかった。
「別に用って程でもないんだけど…」
でも、諭すように。
「あらそう。でも、ここに来たって事は、何かあったのよね?
しかも、今は授業中よ? 知ってた?」
と笑いながら言った。
「そりゃ、知ってるさ。何年ここの学生やってると思ってんの?」
「う〜ん。…1年ちょっとかしら?」
「そんなの真面目に答えなくてもいいです…」
晋吾が呆れたように言う。
「それより、俺たち、今日は、先生の授業を受けに来たんだよ」
「えっ!?」
晋吾がマジに驚いていた。
「そうなの? それじゃあ、何か授業しましょうか」
「はい」
「へ〜い…」
こうして、『何か』の授業が始まった――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-1-2
斉藤千佳といえば、聖花学園の音楽の教師だ。
全学年、全クラス…とまでは、流石にいえないが、
それでもほとんどの生徒の音楽は、この先生に教えている筈だ。
健一が一年生の頃…、彼女は健一のクラスの担任だった。
健一は行儀正しい…という生徒でもなく、
時々、クラス…そして、担任に迷惑をかけていた。
そんな時、彼女―千佳先生―は、決して、健一を叱ることはなかった。
健一は、はじめのうちは、担任なんてどうでもいいと考えていた。
しかし、この先生は……。
この先生なら……。
僕はついて行けるんじゃないかと、
僕は心を許し、開くことが出来るのでないか、
やがて健一は、そう考えるようにさえなっていった。
2年生。
クラス替え。
当然のように、健一は、彼女のクラスには、なれなかった。
だが、一番仲のよかった、春菜、久美、晋吾、そして健一は、
また同じクラスになることになった。
この時、健一は、複雑な気分だった。
どういうことかというと、大好きだった先生のクラスとは違うことになったが、
大好きな友達とは、また一緒になったことだった。
それは、嬉しいような、悲しいような気分だった。
しかし、それから数日経ったある日、
そんな健一と廊下ですれ違った千佳先生は、健一にこう言ったのだった。
『クラスが違うけれど、また何かあったら、私で良ければ、
いつでも相談にのるわよ』
こう言って貰えた健一は、何か救われた気持ちになった。
また、僕はいつでもこの先生を頼っていいのだと。
だから、こうしてまたやって来たのだった。
先生の……。
健一の大好きな……。
千佳先生の居る……。
この音楽室へと。
『私は、大抵の場合は、音楽室に居ると思うから』
……。
「…それで?」
「ん?」
物語は、いつも突然に始まる…ってのは、
どこかで聞いた話だ。
午前の授業中の音楽室。
幸い、どこのクラスも音楽の授業がなかったようだった。
僕と千佳先生は話をしていた。
晋吾は、というと……。
「うわっ! これがドラムかぁ…。かっきーぃ!」
などと言って、音楽室の中にあるものを見たり触ったりして、
楽しんでいるようだった。
「今日は、何でここに来たの?」
千佳先生は、この状況では当たり前のことを訊いてきた。
「それは……」
それに口ごもる僕。
「別に言いたくなかったら、それでもいいんだけど?」
「う〜ん。いや、そういう訳でもないんだけど……」
「アレに関する悩みなんだよな?」
晋吾が突然話に入ってきた。
お前、いつの間にここまで来たんだよ…。
「アレって何だ? アレって…」
「『性』に関するお悩み」
いやらしく笑いながら、晋吾がそう言ってきた。
「えっちぃのは、ヤメレ! えっちぃのは……」
「俺のは、えちぃから大丈夫なんだよ」
「どう大丈夫なんだ?」
「“っ”の違い」
「そりゃ大丈夫かもな…って、そんなわけあるかーっ!」
裏手チョップ。
晋吾の胸にヒット!
「ノリツッコミ、上手くなったじゃん」
「そういう問題か…」
「何で? エッチなのは嫌ですか?」
「あのなぁ…。元来から、下ネタというのは、本当に下品なもので、
それで笑いをとっても、かなりお下劣なものさ。俺はそう思うね」
ここぞといわんばかりの得意顔で僕は言った。
「でも、笑いとしては『性』関連のネタが、
一番ウケが良かったんじゃないかしら?」
少しばかり、置いてきぼりにされていた、千佳先生が話に加わった。
「ト○ビアかよっ!」
はい、ツッコミ〜♪
「へぇ〜。そうだったのか…」
晋吾がわざとらしくそう言う。
微妙にわかるような返し方すんな。
「…って、この話は、これくらいにしてだな……」
「何で?」
「いちいち、『何で? 何で?』訊くんじゃねぇっ!」
「うわぁ〜ん。健一君がキレたよ〜〜」
「お前、完全に遊んでるよな?」
「ああ、もちろんさっ!」
ドスッ!
「う、ぅぉぉ……」
僕のパンチが晋吾の鳩尾(みぞおち)にヒットする。
晋吾は、腹を押さえながら屈み込み…そして、
そのまま前のめりに倒れた。
「ねぇ、大丈夫なの?」
先生が心配そうに訊く。
「大丈夫でしょ」
晋吾だから、と僕は付け足して笑いながら言った。
晋吾はうつ伏せに倒れたまま、手足をピクピクさせている。
「さて……」
「どうしたの?」
「今日は、相談というか…悩みがあって」
「うん」
「詳しいことは言えないけれど、
それで、ちょっと授業を受ける気になれなくて……」
「それで、ここに来たってわけ?」
「そうっス。保健室というのもありな気がするけれど、
それもどうかと思って」
「そうね。元気なのに保健室なんて…というのは、
あるかもしれないわね」
「です。だから、特に何処にも行くところが無くって……」
「そうね」
と笑いながら千佳先生は言う。
「じゃあ、せっかく来てくれたことだし、
何か落ち着くことをしましょうか」
「え?」
言って、千佳先生はピアノを弾く準備をする。
「え? え??」
僕には何のことだかさっぱりわからなかった。
まさか、歌え、とでも?
そんなバカな。
今は音楽の授業じゃない。
たとえ、僕が自らこの場所に来たとしてもだ。
僕は歌うことは正直、あまり好きではない。
けど、千佳先生の授業だからってことで、
僕も頑張ってたってだけのこと。
…嘘だ。
そんなことだったわけがない。
そんな冷たい考え方で僕は、
千佳先生の授業を受けていたのか?
それこそ、大バカだ。
僕は、千佳先生が好きなんだろう?
うん、いや。
何でそんなことを自分に問うているんだ?
結局、僕の考え方なんて冷たいものにしか
過ぎなかったってことか?
…くそっ!
どうにもこうにも思考が纏まらない。
……。
そして。
千佳先生は、ピアノを弾き始めた――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-1-3
落ち着いた曲。
纏めて言えば、そういう曲だ。
心安らぐ曲。
優しい曲。
ゆっくりとして、しっとりとしていて……。
心に染み入るような…、
深く、深く響く曲。
この曲は…この音色は、
いつか聴いたことがあるような気がした。
いや、聴いたことがあるような気がしただけだ。
たぶん、僕はこの曲を知らない。
聴いたことのない曲だった。
でも、どこか懐かしい…心が温まるような……。
とにかくそんな感じの曲だった。
この曲から感じることを言葉でなんて、
とても表せられない。
「……」
僕は、やっぱりバカだった。
先生がピアノを弾く準備をしただけで、
僕は歌うんだとか決めつけてしまって……。
それで、どんどん思考が纏まらなくなって……。
この先生には、僕は多分一生敵わないんだろうな…と思った。
―♪―♪―
〜♪〜♪〜
僕は近くにあった席に着く。
晋吾もいつの間にかさっきまで倒れていた場所に座って、
その曲に聴き入っているようだった。
そのまま、僕たちは優しい雰囲気の中で。
落ち着ける空間の中で。
安らげる時間の中で。
温かい想いの中で。
静かな。
そう、本当に静かな。
神秘的な時を過ごした――。
「お〜い。朝ですよ〜」
「……ぐぅ」
そこには三人の人間が居た。
一人は、女性。
残りの二人は、男子。
一人の女性は起きていて、
二人の男子は寝ていた。
その女性は、一人の男子の傍で声をかけていた。
「スドケンく〜ん」
「…ぐぅ…」
女性は、どうやら起こしているようだ。
しかし、起こされている男子は起きる気配がない。
「…何だろうねぇ」
「ぐぅ……」
あるいは、男子は起きているのかもしれない。
「ねぇ? 本当は起きてるんでしょ?」
「…ぐぅ…ぐぅ…」
「じゃあ……」
一瞬の沈黙。
そして……。
「ア・ナ・タ、朝ですよ〜。起きないとキスしちゃうわよ〜」
女性は、甘い声で寝ている男子の耳元で、そう囁いた。
男子は、あぁ、それもいいかもしれないと一瞬思った。
だが、その考えもほんの一瞬に過ぎなかった。
次の瞬間には、男子はこう言っていた。
「……! ヤメレ!」
男子は、須藤健一。
女性は、斉藤千佳。
飛び起きる僕。
そして……。
「やっぱり、起きてたんじゃない」
「ぐっ……」
そうです。
微妙に起きてましたよ〜。
あぁ、そうだよ。
それがどうした。
コノヤロー!
…すみません。
…ごめんなさい。
…悪かった。
もうそんなこと言いませんから。
許してください。
…って、誰に謝ってるんだ、僕はぁぁ!!
「どうしたの?」
「え?」
「急に黙っちゃってさ」
「あ、それは……」
誰かに謝ってたからです。
“誰かに”です。
それは、僕にもわかりません。
「まぁ、それはいいわ。どう? 少しは落ち着いた?」
「え?」
「何かに煮詰まった時には、
こうして何かで心を休めることが大切よ」
「そうなんですか?」
そんなんですよ、と言って、千佳先生は笑った。
僕もそれにつられて笑った。
「あ、笑ったわね?」
「先生が先に笑ったんでしょ?」
「あら、そうだったかしら?」
「そうだったんです」
何だろうなぁ…この人のテンポは……。
「でもね……」
「?」
「…本当は心配してたのよ」
「何を?」
「君が深刻そうな顔をしていたからよ」
「あぁ…」
「でも、もう大丈夫そうね」
「どうして?」
「だって、君は笑えるんだもの。なら、大丈夫!
笑うっていうのは、やっぱり、体にとっても、
すごくいいことだと思うの。
暗い顔ばかりしてたら、どうしても暗い気持ちになっちゃう。
でも、笑ってたら、楽しい気持ちになるじゃない?」
「そう…ですよね」
「うんうん」
微妙に個人的な意見が混ざっていた気がするけれども…。
それでも、僕にとっては十分説得力のある話だった。
「どんなときでも、笑うことを忘れてはいけないのよ?」
「はいっ!」
何となく場違いな気もしたけれど、僕は元気良く返事した。
「さて」
「ん?」
「今日はこれくらいで」
「そうね。また、いつでもいらっしゃい」
「はい」
「大抵は、ここに居ると思うから」
「ええ」
「あ、授業はちゃんと出るのよ?」
「わかってますって」
そして、僕は晋吾を蹴飛ばして起こす。
「…ん? どうした? もう朝か…?」
「いやぁ…お前はお気楽でいいよな」
「?」
「何にも悩みとか無さそうじゃん」
「失礼な! 俺にも悩みの一つや二つあるさ!」
「ほぅ。じゃあ、それは何だ?」
「それは、もっちろん! 『性』に関するおなや……げふっ!!」
僕は、晋吾の腹部に一発殴る。
「な、何しやがる……」
「何となくお前の言わんとすることが理解できたからな…」
「そ、そいつはすげぇ…な……」
「まぁ、伊達に何年もお前と一緒に居ないってこったな」
「はぁ…そうだよな……」
「さぁ、そろそろ行くぞ」
「えっ。もう?」
「あぁ。先生、さようなら」
「はい。またね」
そうして、僕と晋吾は音楽室を後にした――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-2-1
授業をフケったところで行くところのなかった僕は、
結局、中庭へと出てきた。
やはり人間、行き着くところにしか行き着けないものだ。
…って、なんて悟ったようなことを……。
ただ単に、そんなところぐらいしか、
行く場所を知らなかっただけだ。
教室の場所は、大体の場所は把握している。
でも、実際には、場所を覚えていたところで、
こんなときには何の役にも立たなかった。
「中庭って…また、見つかりやすそうな場所に来たもんだな」
「やっぱそう思うか」
そりゃそうだろ、と晋吾は言った。
「でも、ここぐらいしか
ゆっくり出来るような場所を知らないからなぁ…」
「なんて、世界の狭い男なんだ。健一、お前はよ…」
「じゃあ、お前は、どこか良い場所知ってんのかよ。晋吾くん?」
「そんなもん、知るか」
「あのなぁ〜……」
「そんなの知ってたら、俺たちここにいないだろ?」
「まぁ、そりゃそうだけどさ…」
当然のことながら、中庭という場所は、校舎の間にあるもので、
つまり、近くの校舎からは中庭というのは、丸見えなのだ。
それに加えて、聖花学園には、校舎というものが、
大きく二つしかない。
ということは、何処からでも丸見えなんだな、これが。
それでも、何だかここのベンチに座りたかった、
というのは自分の中にあった。
「嫌なら、帰ってもいいんだぜ?」
正直、邪魔なだけだけだから。
とまでは言わなかったけど、僕はいやらしく言ってみた。
「バカ言うな。俺も、お前と一緒に行くって決めたからな。
こんなところまで来て、そう易々と帰るわけにはいかねぇの」
変なところで、頑固な晋吾だった。
僕たちは、二人でベンチに腰掛ける。
春の陽気な風が僕たちの間を静かに吹き抜けてゆく――。
こうしていると、自然と眠気が襲ってくる。
やがて、瞼が閉じて…おやすみなさい。
………。
……。
…。
そんな閑散とした場所、静寂な空間に突如として、
緊張を齎(もたら)したものがあった。
・・・・
人の気配だ。
僕は、一瞬にして目が覚めた。
ここは学園の中なのだから、人の気配がするのは当然だろう
…と、そういうことじゃない。
・・・・・・・・・・
明らかに、学園の者とは違う気配。
何かがそれは、おぞましい…『悪』と呼べるような気配。
何なんだ?
この気配は何なんだ?
この感覚。
この気配。
この雰囲気。
この悪寒。
この寒気。
この冷汗。
「……」
この感じ。
味わったことがある。
それも、かなり前ではなく、つい最近のことだ。
何だ?
何だ、何だ?
考えろ…思い出せ……!
……。
…。
そうだ。
あれだ。
昨日。
夜のこと。
・・・・・・・・・
あの、殺気の混じった視線。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの視線が、今の気配と繋がっているならば……。
・・・・・
それは、同一のものなのだ――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-2-2
ボクは何もすることがない。
何もやることがない。
…と言えば、嘘になるんだけど。
ボクは、何のアテもなく歩いていると、
いつの間にか“彼”の通う学校へと来てしまっていた。
(何だろうねぇ〜…)
やっぱり、キミとボクとでは、
何かの因果関係があるんじゃないのかな?
と、考えてみるのも、なかなかおもしろいね。
ボクは、せっかくなので、中へ入ってみることにした。
前回、ここへ来たときには、中へは入らなかった。
きっと、ボクにも何かの躊躇いがあったんだろう。
でも、今日は入ることにしよう。
あのときは、まだこの時代に来たばかりで、
ボクも何が何なのか、よくわからなかった部分はあったから。
まぁ、今はこの時代に来て、もう既に何日か経っている。
僕もそろそろ慣れてきた頃だ。
という訳で、いざ中へ。
………。
……。
…。
うぅ〜…。
妙な静けさ…。
暫く校内を歩いてみたボクが持った感想は、そんな感じだった。
思わず寒気がするような雰囲気が辺り一面に漂っている。
こういうのは、いつの時代だってそうなんだけど、
学校内に部外者が立ち入るというのは、
はっきり言って、捕まりに行くようなものだ。
ボクは慎重に歩を進めていく。
そんなことをしたところで、見つかるときは見つかるんだけどね。
………。
……。
…。
犬も歩けば、棒に当たる。
なんてのは、そんなもので、ボクは犬ではなかったけれど、
やっぱり歩くと、何かに当たることになった。
それが、“彼”だった――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-2-3
「おいっ。健一! どうしたんだ?」
新語の僕を呼び掛ける声。
でも、何故かその声が遠く感じられる。
本当はすぐ隣にいるというのに…。
「……」
駄目だ。
声が出ない。
嫌な汗が、体中の至るところから、絶えず噴き出してくる。
この感じは嫌だ。
すごく嫌だ。
すぐにでもこの場所から離れたい。
「お…おい、晋吾……」
僕は晋吾に縋(すが)るように話しかける
「どうした?」
一方、晋吾は特に気にした風でもなく応える。
「この場所から離れよう。今すぐにだ!」
「は? 何言ってんの、お前?」
何だって?
今の反応はどうなんだ?
・・・・・・・・・・
晋吾、お前はこの気配に気付いていないのか?
だとすると…これは、僕の思い過ごしなのか?
それだったら、それに越したことはないけれど……。
「どうも嫌な気配がするんだ。お前は感じないのか?」
「嫌な気配? 俺は何にも感じないけど?」
「…それは、どういうことだ?」
「どういうことも何も、健一が感じてるその気配ってのを、
俺が感じてないってことだろ?」
「そ、そんなことって……」
おかしい。
やっぱり。
何もかも。
このときの『おかしい』は、
不思議なこととか思わず笑ってしまうこと…とは違う。
怪しい。
怖い。
これが、この場合の『おかしい』が示す意味。
(意味…意味、ねぇ……)
『おかしい』漢字に直せば『可笑しい』。
だから、これは、思わず笑ってしまうこと。
果たして、意味なんてものがあるのか?
この『視線』それと『気配』に意味なんてあるのか?
僕に視線を向ける意味。
僕が視線を浴びる意味。
あぁー…。
全然わからない。
釈然としない。
気持ちが悪い。
…とりあえず。
「逃げよう」
「え?」
僕たちは、足早にその場を後にした――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-2-4
“彼”は、また僕と出会った。
出会う偶然。
出会った偶然。
どちらにしても、ここで“彼”と僕が出会ったことは偶然だ。
…いや、偶然を『運命』とでも言い換えれば、
少々言葉の響きはカッコいいかも知れないね。
さて、今日はどうしよう?
今回はどうする?
僕は何でもいいよ。
そうだなぁ…また『視線』を浴びせてもいいけれど……。
何だか、それもあんまりおもしろくないね。
じゃあ、こういうのはどうだろう?
『気配』。
これで、“彼”は気付くのかと訊かれたら、
ボクは迷わずに“気付く”と答えるだろうね。
それほど、“彼”の感覚は敏感なんだ。
まぁ、だから、こうして楽しませてもらえるわけなんだけれども。
正直、“彼”の感覚の敏感さには、僕も驚く部分がある。
あれは、間違いなく“危ない”ね。
これは、断言できる。
そう、間違いない。
いろんな意味で、『危険』な存在になるに違いない。
言わば、あれは『凶器』だ。
『凶器』は、殺すためにしか使えない。
そういうものだ。
・・・・・
そして、何かを殺す。
この先。
きっと。必ず。
だから、今のうちに磨いておかないとね。
自分でコントロール出来れば、
ある程度は使えるようになるだろう?
どんなに曇ったものでも、磨けば、
どんなものよりも輝いてくれるとボクは信じているから。
それは、磨き手にもよるだろうし、
あるいは、磨き方にもよるだろう。
そうそう。
だから、ボクが、その磨きのお手伝いをしてあげようと、
こういう訳だ。
おわかり頂けたかな?
よし、よし。
それじゃあ、僕のこんな戯言は、こんなところにして……。
では――。
・・・・
健一くん。
準備は整ったかい――?
続く
「マジロジ!」 2-8-5-2-5
“逃げる”…と言っても、何処へ?
僕らに逃げるところなんて、既に無かった。
だって、僕たちは既に逃げてきていたのだから。
授業から。
考えることから……。
この世界のドロドロとした鈍く汚い苦しい渦の中から、
僕らは抜け出せない。
逃げ出せない。
根本的なところで、僕らは逃げ出せてはいなかったのだ。
逃げることが不可能。
なら……。
ならば、迎え撃つしかないのだろうか?
それしかないのかもしれない。
逃げてばかりでは駄目だ。
それはわかっている。
頭の中では理解出来ている筈だった。
否。
理解しているつもりだった。
そんな簡単なこと……。
そんな難しいこと……。
僕たちは、校舎の間を影に隠れたりしながら進んでいた。
でも、その『気配』は一向におさまることも見せず、
むしろ、ついて来ていた。
何でなんだ?
これじゃあ、昨日の夜と全く同じだ。
相手は何の目的があって、こんな真似を?
わからない。
こんな言葉で片付けてしまうのもどうかと思うけど…。
わからない。
正体は?
…恐らく、昨夜のものと同一だろう。
このまま逃げていても、埒が明かない。
なら……。
一か八か、立ち向かえ。
これは、昨日の夜にはしなかったこと。
昨日と同じにしたくないのなら……。
やるしかない。
あぁ、やってやろうじゃないか!
恐れるな。
怖れるな。
前を向け。
後ろは向くな。
ただひたすら正面を。
時々左右の確認。
あとは、なんとかなるから。
今は、今のことをやれ。
今、出来ることを行え。
じゃあ、今出来ることとは何だ?
戦うことだろう?
闘うことだろう?
違うか?
間違っているか?
これしかないんだ。
今の僕がこの世界に存在する限り。
だから――。
「おい、晋吾」
「何だよ…」
「たたかうぞ」
「はぁ?」
「やるしかないんだ」
「何を?」
「立ち向かっていくしかないんだ」
「……」
恐れるな。
怖れるな。
(以下略)
「もう、うかうかしていられる時間はないんだ」
「…よし」
「……」
「じゃあ、何が何だかよくわからないけれども…
微力ながら、俺も助太刀することにしよう」
「サンキュ!」
「でも、この借りは大きいぜ?」
「缶ジュース1本」
「昼飯」
「炭酸ジュースだな?」
「何で、昼飯が炭酸なんだよっ!」
「だって、炭酸は腹が膨れるぜ?」
「あのなぁ…」
「わかってる。…ただし、安いのだぞ?」
「ラッキ〜♪」
「まぁ、お前が生きてたらの話だがな…」
「あのぉ〜、サラリとおっそろしい事を、言わんでもらえますか」
「ははっ」
「へへっ」
僕たちは笑った。
死にゆくときは、皆、笑顔なんだ。
…って、死なねぇけどな。
たぶん……。
いや、マジで。
そうこう言いながら、僕たちは今来た道を戻っていくことにした――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-2-6
ふふふ。
本当におもしろいことになってきたね。
どちらかと言うと、この『おもしろい』は『興味深い』感じだね。
英語で言うと、interesting?
あ、英語で言わなくてもよかった?
あ、そう。
まぁ、それはいいとして、ボクは“彼ら”をつけていた。
追っていた。
そうすることで、ある程度の恐怖…いや、焦燥感?
いやいや、プレッシャーかもしれないね。
ともかく、そんなところの『感覚』が与えられるかと思っていた。
実際、その方法は成功した。
それも思っていたままの方向で。
けれど、全てにおいて、成功を収めたかと言えば、
そうとも言い切れる訳ではなかった。
どういうことかと言うと……。
『感覚』は、予想通りの『反応』と言う形で返した。
でも、その『反応』が、予想通りとはいかずに、
違う方向へと動き出した。
その辺りで、成功したとは、非常かつ非情にも言い難かった。
…少し、比喩を強くし過ぎたかな?
まぁ、端的に言うとすれば……。
・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・
“逃げる”と思っていたのに、“逃げなかった”。
・・・・・・・・
立ち向かってきたんだ。
そこは予想外だった。
でも、その辺はなんとかカバーできる。
ここで問題なのは、“彼”の傍に居る“彼”だ。
ややこしいね。
では、“彼2”としておこう。
つまり、何が大きな問題かと言うと、
・・ ・ ・・・ ・・・・・・
“彼2”は、『未知数』だということ。
・・ ・・・・・・
言い換えれば、『危険』だということ。
全てにおいてね。
“彼2”の力が知りたい。
・・・・
そう、木下晋吾くんのね。
ボクは、取り敢えず、彼の力をはかってみることにした――。
続く
「マジロジ!」 2-8-5-2-7
ザッザッザッ…。
教室から聞こえる教師の声と、時々聞こえる生徒たちの喧騒。
そして、僕たちはその校舎の傍を、砂利を踏みながら歩いていた。
最も、速さは、早歩きぐらいのスピードだ。
今の僕たちの顔…いや、僕だけだろうか。
緊張した面持ち…そんな表情なんじゃないだろうか。
傍から見れば、明らかに変な奴にしか見えないだろう。
しかもこの組み合わせだ。
怖がってる奴と、
何も考えてなさそうな奴。
面白過ぎて滑稽なこの二人。
そして、今は授業中。
やっぱり、おかしな二人だ。
何で、僕らはこんなことをやってるんだろうか?
でも…そんなことを考えると、いつまで経っても先に進めない。
だから、今は考えるのは止めよう。
しばらく歩く。
……。
…。
すると、『気配』は、どんどん大きくなる。
丁度、校舎の角に差し掛かった時、
『気配』は、一層、強さを増した。
僕は直感で思った。
・・・・・・・・・・・・・
ここに『気配』の正体があると。
ボクは、注意して角の先を見てみる。
(……)
だが、そこに『気配』の正体は無かった。
否。
『気配』の正体どころか、そこには何の形跡も無かった。
(そんなバカな……)
こんなことって……。
こんなことって、ない。
しかも、『気配』まで消えている。
折角、ここまで来たというのに……。
ここで振り出しに戻ってしまうのか?
(何だよっ……)
人が、その気になったってのに…!
出て来いよ!
出て来て、ここに姿を現せよ!!
おいっ!!!
バンッバンッ!
僕は、拳を校舎に激しく打ち付ける。
「おいっ! 何してるんだよ…」
晋吾が横から呼びかけてくる。
知らない。
「何って…見りゃわかるだろう!」
でも、知らない顔をする訳にもいかないので、
晋吾に当たった。
「わかるけどよ…。そんなことして何になるんだよ」
「何にもならない…」
僕は、自虐的に呟いた。
「何だって?」
「何にもならない…。だから俺は、こうするしかないんだ!」
荒れている。
僕の心…精神の状態はすごいことになっているだろう…。
僕は、目的を失った人間だから……。
「違うだろう!」
晋吾が怒ったような声を上げる。
「何?」
僕も声は怒っているように聞こえるだろう。
「そんなんじゃない。もっと、やるべきことがあるだろう?」
「やるべき…こと?」
「そう」
やるべきこと…ねぇ……。
じゃあ、それを見失っちまった人間は、一体どうすればいいんだよ?
誰か、教えてくれよ!