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『おんみつ蜜姫』 〜米村圭伍〜

おんみつ蜜姫
 平井和正作品以外に所持している書籍(小説や資料、趣味の本など)を紹介するこのコーナー、記念すべき(そうなのか!?)第1回は、米村圭伍の『おんみつ蜜姫』を取り上げる事にしました。この米村圭伍は、最近私が注目している作家であり、『おんみつ蜜姫』は最初に買った小説であります。

 まず、米村圭伍について簡単にその経歴を紹介しますと、1956(昭和31)年、神奈川県横須賀市で生まれましたが、横須賀育ちではないそうです。早稲田大学政治経済学部卒業後、会社勤めをしましたが、その後、松竹シナリオ研究所に学びます。1997(平成9)年、『安政の遠足異聞』で菊池寛ドラマ賞佳作入選。1999(平成11)年、『風流冷飯伝』で小説新潮長編新人賞を受賞、小説家としてデビューしました。以降、『退屈姫君伝』、『面影小町伝(元の題名は「錦絵双花伝」)』、『紀文大尽舞』、『影法師夢幻』、『退屈姫君 海を渡る』、『エレキ源内 殺しからくり』などを発表。軽やかな語り口と話の運びのうまさ、該博な知識と爽快な読後感には定評がある……と、本の帯に書いてあることをそのまま抜き出して書きましたが(笑)、私が興味深く注目している、時代娯楽小説の名手と言っても良いくらいの小説家であります。

 さて、『おんみつ蜜姫』ですが、もともと2002(平成14)年9月から2004(平成16)年3月にかけて、『藍花は凛と咲き』の作品名で、岡山日日新聞、三陸河北新報、北鹿新聞、大分合同新聞、新日本海新聞、デーリー東北新聞の6社で順次連載された、著者初の新聞連載小説で(何でこんなややこしいことに……苦笑)、新潮社より単行本化されるにあたり、修整を施して、『おんみつ蜜姫』と改題して刊行されたものであります。
 時は八代将軍吉宗の頃、九州は豊後温水藩二万五千石の藩主、乙梨大和守利重の末娘、蜜姫はゆえあって(その理由はあえて書かないが、読むと笑ってしまう)国許でやんちゃに育ち、めでたくも讃岐風見藩二万五千石の藩主、時羽(ときば)壱岐守光晴に嫁ぐ事が決まるのだが、これが政略結婚。と来ればよくある話だが、ただの政略結婚ではなく、なんと温水藩と風見藩の合併を意図したものだった。そんな折、蜜姫の父、乙梨利重が謎の刺客に襲われる緊急事態発生。父を襲った刺客の正体とその背後にある陰謀は一体何か?吉宗の陰謀と勘違いした蜜姫は隠密として陰謀を阻止する事を決意、ついに忍び猫のタマとともに藩を出奔するのであります。しかし、海賊、武田忍び、尾張柳生、そして徳川天一坊ら次から次へと難敵が出現。四国、備前、尾張、江戸、そして甲斐。行脚を続ける蜜姫は想像もしなかった陰謀に巻き込まれますが、はたしてそれを打ち破る事ができるのか?……といった具合の物語であります。
 簡潔に感想を言いますと、これはまさに「痛快娯楽活劇」であります。「痛快娯楽活劇」なんてとうの昔に絶え果てて、随分と久しくなりましたが、ここに復活したんだとの思いでいっぱいであります。なんと言っても主人公の蜜姫の「吹っ飛び振り」が読者に笑いと爽快感を与えてくれるのがなんとも心地良いのです。自分の藩に隠密になるべき人がいないなら自分が隠密になればよいと考えるところからまず吹っ飛んでいます。私、こういう吹っ飛んだキャラクターが大好きです。『退屈姫君伝』のめだか姫も吹っ飛んでいましたが、(ネタバレをすると、このめだか姫、『退屈姫君 海を渡る』で風見藩に渡る際、茶汲み娘のお仙に武芸者の格好に化けるよう勧められたが、この蜜姫を引き合いに出して、そんなおてんばではございませんと言って断っているが、お仙に、充分おてんばだと思うけどと、突っ込まれている)蜜姫の吹っ飛びぶりもなかなかでございます。父が閉じ込めようとすれば、機を見て抜け出すのは朝飯前。我流の剣術で海賊退治をしたかと思えば、御前試合に出るなど大暴れ。一番の得意技は、金の無心と頼み事でしょう。何ぞかんぞと色んな人たちに路銀を頼むなど、いろいろと要求しています。それを見てある人は、「……つむじ風のような姫君でしたなぁ」と、こぼしています。
 また、蜜姫の生母、甲府御前と呼ばれる宇多もすごい吹っ飛びぶり。ま、あの娘にしてあの母あり、か、この母にしてこの娘あり、なのか。娘が出奔すると聞くや、なんら慌てることなく、むしろのんきに娘の出奔の準備をする始末。自分の部屋の天井に潜んでいた、武田忍びの笛吹夕介に年甲斐もなく胸をときめかせ、挙句の果てには自分も娘について行くという、ある意味この作品の最強キャラクターかもしれません。しかし、この甲府御前の存在がなかったら、この物語の華やかさは著しく色褪せていたかと思うと、ぞっとするものがあります。
 私のお勧めのキャラクターは、忍び猫のタマです。甲府御前が乙梨利重に側室として嫁ぐ際に、やってきた猫の三代目に当たりますが、なかなかのクセモノ。あまり蜜姫に懐きはしないものの、蜜姫に危機が迫ると、忍び猫の本領を発揮して蜜姫を助けます。圧巻は名古屋城下での猛烈なる咆哮に尽きます。一体何をするつもりなのか?それは実際に読んでいただきたく思います。
 さて、あらすじで天一坊の文字が出ましたが、もちろん「天一坊事件」の天一坊であります。徳川吉宗のご落胤を騙って処刑されたものですが、この作品には天一坊事件が発生した背景が、生々しく描かれております。これを読んで私は、吉宗がそういった意味で「暴れん坊将軍」なのかと感心しました(苦笑)いったい、天一坊が何を企んでいたのか?読んでからのお楽しみです。

 ずっしりと読み応えがあって、しかも軽やかな気持ちになる。なかなかこういう小説というものが少ないのですが、これはまさに本物の「痛快娯楽活劇」であります。月並みな言い方ですが、米村圭伍のこれからの活躍を期待したと思っていますし、できるならば、「おんみつ蜜姫」の続編も期待しています。蜜姫とめだか姫の競演(共演ではない)を見たい気もしますが、50年離れているから、難しいだろうなぁ……。(ガブリエーレ)


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