三重・関宿

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東海道53次の内の江戸から数えて47番目の宿場町、関宿。関宿の範囲は、東西追分の間約1,8km。その間に江戸時代から明治時代に建てられた古い町家200軒あまりが残っています。昭和59年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。町全体でこれらの歴史的建造物の保存・修復に努めながら新しい町作りに取り組んでいるそうです。

JRの関駅です。このお隣に道の駅「関宿」があり、そこに車を止めて、関宿めぐりをスタートしました。

このような町家がずら〜っと並んでいます。もちろん、現在も住んでいたり、商売をしていたり・・・という家がほとんどです。
2階建てのものが多く見られます。2階の手摺りの意匠や格子の組み方にもそれぞれ違いがあり、様々な工夫が見られます。
ポストも町並みに配慮してか、昔風です。
倉庫だと思うのですが、私の地元の多木化学のマークを見つけ、思わずシャッターを押してしまいました。
石に刻まれた標識、これは、観光地化されてからのものでしょうね。
桶屋さんです。道具とかもあって、たぶん現役でしょう。制作しているところをぜひ見てみたかったです。
江戸時代にタイムスリップしたような錯覚をおこします。
玉屋・会津屋とともに関を代表する旅籠の一つ、鶴屋です。江戸時代の終わりには脇本陣もつとめたそう
です。座敷の前についた千鳥破風が格式の高さを表しています。
百六里庭・眺関亭から眺めた関の家並みです。関宿が江戸から百六里あまりにあることからこの名がつけられたそうです。
関宿には、川北本陣と伊藤本陣の2軒の本陣があったそうです。これは、伊藤本陣跡です。参勤交代の大名や公家などの偉い方たちが利用した格式の高い宿泊施設です。
関郵便局は、江戸時代には高札場があったところだそうです。これも復元されていました。
ここにある町屋の多くが、こんなふうに前部分が短く、後ろ部分が長くなっています。
ここは、薬局屋のあとを使ったカフェです。中には、古い薬瓶などがそのまま飾ってありました。出格子は明治時代以降に取り付けられたものがほとんどだそうです。
電柱も地中化され、江戸時代にはこんなふうだったんだろうなあ・・・と思いをはせることができる美しい関宿の町並みでした。今、東海道を歩くツアーというのがあるそうです。昔の町人になって、歩いてみるのも楽しいかもしれません。

                                                                                (2010.8.9訪問)