沖縄の古きをたずねて
沖縄は、私の好きな地域です。今回は、3度目の訪問です。
自然の美しさはもちろん、琉球王国時代の城(グスク)の跡も大好きです。
でも、沖縄は、美しい景色ばかりではありません。太平洋戦争で、唯一地上戦が行われた悲しい歴史をもって
います。悲しい歴史を物語る景色も至る所で、見られるのです。
海中道路を通って、伊計島に渡る橋です。 沖縄では至る所に見られるシーサーが橋を守っています。 |
|
ここは伊計島にある伊計ビーチです。本来ならばビーチに 入るのにお金がいるそうですが、この日はあいにくの雨模様。ただで入ることができました。海の美しさは、やはり本州とは 違います。 |
|
琉球王国時代の城(グスク)跡、世界遺産になっている勝連城趾です。琉球の統一をもくろんだ阿麻和利の城として知られています。 | |
城からの景色です。山を利用して作られている城なので、 景色がとてもすばらしかったです。 |
|
沖縄の歴史を語るには、避けて通れない基地問題。 ここは、嘉手納基地です。道の駅「かでな」から、基地を 一望できます。広大な敷地です。 |
|
私たちが、10分ほど展望台にいる間に、なんと4〜5台の 飛行機がすごい轟音とともに基地内から飛び立ちました。 いったい一日にどれくらいの数になるのでしょうか。 |
|
一年を通して、様々な花が咲き乱れる沖縄。 これは、ハイビスカスの花でしょうか? |
|
ぼんぼりのようなかわいい花です。 これは、何の花? |
|
ここは、勝連城趾と同じく世界遺産に登録されている 座喜味城趾です。アーチ門がとても美しい城です。 |
|
沖縄戦前には日本軍の砲台や、戦後には米軍のレーダー基地が置かれたため一部の城壁が破壊されてしまったそうです。現在は城壁も復元されています。 |
|
城門のアーチには楔石が用いられており、アーチ門では古い形態とされているそうです。 | |
沖縄と言えば、シーサー。 至る所で、実に様々な表情のシーサーを見ることが できました。 |
|
これは浮き玉です。琉球ガラスの透明感をやさしく 編み込んだロープがとても美しいです。 |
|
ここは残波岬です。 沖縄で一番高いという灯台が建っていました。 夕陽の美しさで有名だそうです。 |
|
灯台の上から眺めた眼下の様子です。 海は紺碧。 この日は、とてもいい天気だったので、恐ろしいほどに 美しく澄んだ海です。 |
|
次に訪れたのは、真栄田岬です。 ここは、ダイビングスポットとして有名な場所だそうです。 |
|
遊歩道を通って、海のすぐ近くまで降りていくことができます。 遊歩道には、アダンの木がたくさん植わっていました。 |
|
次の岬は、沖縄一番の夕陽のメッカ、万座毛です。 琉球時代の王が「一万人が座れる広い原っぱ」と 評したことからついた名前だそうです。 ゾウの鼻の形に似ていることも、有名です。 |
|
反対側を眺めるとリゾートホテルが見えます。 沖縄らしい景色です。 |
|
ブセナテラスホテルのビーチからの夕陽です。 少し曇ってきましたが、青い海と真っ赤な夕陽のコントラストが とても美しい。 |
|
ブセナ海中展望台です。 残念ながら5時までしか入場できず、中に入ることが できませんでした。 中からは、珊瑚礁の様子や魚たちの泳ぐ様子なども 見れるそうです。 |
|
ここは、沖縄第一の聖地、斎場御嶽に向かう道からの景色です。人の進入を拒否するかのような神々しさがあります。 | |
斎場御嶽です。琉球の始祖「アマミキヨ」が造ったとされ、国始めの七御嶽の一つといわれる琉球最高の聖地です沖縄の人にとっては、とても神聖な場所だそうです。ここも世界遺産に 登録されています。 |
|
海の向こうに、うっすらとですが、久高島が見えています。 | |
平和祈念公園内にある「平和の礎」です。1995年に建立され ました。世界の恒久平和を願い、国籍や軍人・民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなった全ての人々の氏名を刻んだ祈念碑です。 |
|
平和祈念公園から南の海を眺めました。 美しい景色ですが、太平洋戦争で唯一地上戦が行われた この地では、この海にもたくさんの人の命が消えていった ことでしょう。 |
|
沖縄戦での激しい戦闘でほぼ全滅した沖縄陸軍病院第三外科壕の跡に立つ慰霊碑「ひめゆりの塔」です。右端の小さな塔です。沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校の職員・生徒で編成されたひめゆり部隊は日本軍の従軍看護婦として同行し、戦闘が続く中解散命令が出されたため、多くの犠牲者を出したのです。 | |
これは、アメリカ兵がゴミ捨て場として利用していた ガマ(壕)だそうです。 ひめゆりの塔の隣にある資料館では、伊原第三外科壕を底から見上げた様子の実物大のジオラマがあります。第三外科壕での生存者は、96名中たった5人だったそうです。 このジオラマから壕の外を眺めていると、ここにひそんでいたたった15歳〜20歳ほどの女の子達の心中を考えると涙が とまりません。 |
2009.12.28〜30訪問