平成18年夏合宿 甲斐駒ヶ岳・仙丈ヶ岳



 今年の梅雨は異常に長かった。
 いくつかの山行プランから夏合宿の候補を絞り込み、最終的に北沢峠から甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳をピストン登山することに決めた。ここのところ知らぬ間に明けていることが多い梅雨明けパターンを読んで、7月15日前後を狙ったのだが、完全予約制になっている北沢峠付近の宿がどこも満杯となっていて、やむなくなんとか長衛荘が取れる8月4日前後に日程をずらしたのが結果的に遅い梅雨明けに巻き込まれずに済むこととなった。
 学生時代には夏山といえば7月下旬から8月上旬に登っていたのだが、仕事に就いてからはなかなかこの時期に日程を合わせることは難しくなり、本当に久しぶりの「夏山シーズン真っ最中」の山行である。
 あちこちに大きな被害をもたらした梅雨末期の大雨も上がり、中部以西に晴れ間が戻ってきた8月3日の朝、恒例のメンバー、隊長、いっちゃん、そしてカンボの3人は、晴れ渡る強い日差しの下、JR石山駅前に集合した。

(右の図で赤い線は1日目緑の線は2日目の行程

8/3(水)
 本日は移動日である。大阪からその日のうちに北沢峠まで入ろうとすると、南アルプス林道バスの最終便に間に合うよう戸台口に着くためには、朝早く集合しないといけない。また、「長衛荘」の予約は8月4日しかとれなかったこともあって、本日は林道バスの起点でもある「仙流荘」に宿泊して、明朝一番のバスで北沢峠に上がり、そのまま甲斐駒ヶ岳に登って下山後、「長衛荘」に泊まるというプランにした。
 午前9時半、いつものJR石山駅前から人民解放軍号にザックを積み込み出発。名神・瀬田東インターから中央道・伊那インターをめざす。途中、駒ヶ岳SAで「ソースひれかつ丼」の昼食。なぜかいつもこのパターンである。
 伊那インターを降りて高遠方面に向かう途中の伊那市内のスーパーで携行する食糧やペットボトルを買い出し。これまた毎度のことながらいっちゃんはいそいそと焼酎のパックを買い物カゴに入れていた。ここで何故か隊長、いっちゃんの二人とも腕時計の電池交換をすると言い出したので、クルマの傍でソフトクリームを食べて待っていたのだが、あまりの暑さにどんどん溶け出して手がベトベトになってしまった。いっちゃんのカシオの高度計付きの時計はここの店の職人の手に負えず、それどころかかろうじて表示されていたデータも全く表示されなくなり、故障かも知れないという悲惨な状態になってしまったようだ。
 まだ午後2時過ぎなので、高遠にある隊長の先祖の墓参りに付き合うこととなり、線香も買う。高遠市内で隊長が墓前に供える花を調達しに行っている間に、いっちゃん、またもや目に付いた時計屋に入り電池交換に再度のチャレンジ。こちらの職人はまともだったようで無事動くようになった。
 結局、花は手に入らなかったけれど、お寺2カ所を回って登山の安全祈願もし(たらしい)、4時前に「仙流荘」に到着。
 翌日からの山行に備えて食糧の分配とクルマに残していく荷物の仕分けなどおこなった後、大浴場でゆったり露天風呂に浸かり、鹿肉鍋など趣向を凝らしたボリュームたっぷりで美味しい夕食に舌鼓を打つ。部屋はツインの洋室だったが、空調、バス、トイレとも町中のホテルと遜色ない快適な宿である。
 いっちゃんはいつものように焼酎を黙々と飲みながらテレビを観ていたが、そのうちいびきを立て始めたので消灯。

8/4(金)

仙流荘発 6:05(バス)― 7:05 北沢峠 7:20 ― 7:30 北沢駒仙小屋 7:35 ― 8:00 仙水小屋 ― 8:30 仙水峠 8:40 ― 9:50 駒津峰 10:00 ― 11:10 甲斐駒ヶ岳(昼食)13:05 ― 14:00 駒津峰 14:30 ― 14:55 双児山 15:00 ― 16:00 北沢峠・「長衛荘」(泊)

 いよいよ山行初日。4時に起きて5時から朝食。美味しい食事をたっぷりいただき、頼んでおいたお昼の弁当をもらって宿を出る。
 始発のバスを待つ人で既に停留所には列が出来ていたが、伊那市営の南アルプス林道バスは客がおれば何台でも増発するので、すぐに乗ることができた。ベテラン運転手さんの車窓ガイドを聞きながらバスはぐんぐんと高度を上げて、1時間で北沢峠に到着した。途中で見えた稜線がこれからの好天の夏山山行を予感させわくわくさせる。
 バスを降りてすぐ「長衛荘」にチェック・インし、ザックは残して本日の山行に必要な物のみサブ・ザックに詰めて出発する。林道を広河原方面に少し下ってまもなく左側にそれ、仙水峠へのルートに入る。ほどなく「北沢駒仙小屋」(旧「北沢長衛小屋」)に着く。小屋前にはテントがいくつも張られていた。さらに歩を進める。途中、沢沿いにあるいは沢を渡り楽しい道だ。堰堤のところには「釣り禁止」の看板があったので、岩魚でもいるのだろう。やがて食事が美味しいことで評判の「仙水小屋」に着く。何故か小屋の前には入れないようにロープが張ってあった。水場の水が冷たく美味しい。仙水小屋を過ぎてほどなく、樹林帯を出てガレ場にさしかかり急に視界が開ける。ガレ場の裾を巻くような感じで進み、仙水峠に到着した。前には摩利支天と甲斐駒がそびえ立ち、後ろを振り返れば明日登る仙丈ヶ岳への稜線が見える、絶景のポイントだ。ゆっくりしたいところだが、これからの急登のことを考え、写真を撮ったりで小休止の後、すぐ駒津峰への登りにかかった。

北沢峠。後ろは「長衛荘」

「北沢駒仙小屋」

「仙水小屋」
 北沢峠〜仙水峠はさしたる登りもなく、本日の行程でメインの登りはこの仙水峠〜駒津峰である。いっちゃんも私も、だらだら長い緩い登りよりも一気に高度を稼ぐ短期決戦の急登のほうが好きであるが、隊長は逆らしい。とまれ1時間強で駒津峰に登り、稜線に出た。定番のカップ入フルーツゼリーなど食べて小休止の後、白い花崗岩の甲斐駒ヶ岳頂上に向かう。途中、直登ルートと巻き道ルートの分岐があったので、登りは直登ルートを選ぶ。とくに難場も無く、1時間強で山頂に着いた。早速お昼の弁当を食べる。おにぎりが美味い!

仙水峠から甲斐駒を望む

駒津峰への登り

仙丈ヶ岳を望む

鳳凰三山。地蔵岳がよく見える

駒津峰から甲斐駒を望む

お約束の”昼寝”


富士山をバックに

 雲がかかって北半分の展望がよくないのだが、それでも絶好の夏山日和に変わりはなく、時折雲の合間から、一昨年登った鳳凰三山の右に姿を現す富士山を眺めたり、ピーカンでないことを幸いに、冷んやり気持ちいい岩の上で昼寝したりと2時間ほどゆっくり過ごす。
 もっと長居したかったのだがそうもいかず腰を上げる。下りは巻き道ルートをとることとし、摩利支天の方に向かう。いっちゃん、いつものごとく下りではさっさと先に行ってしまい、隊長と私が時々振り返って甲斐駒の堂々とした偉容に見とれたりしているうちに姿が見えなくなってしまった。摩利支天の手前で何カ所か巻き道への分岐があるのだが、はて彼はどこを辿ったのやら?
 巻き道を辿って直登ルートとの分岐に出たが依然姿は見えない。もしかして摩利支天まで行ってしまったのかなぁ、ま、気がついたら戻ってくるやろなどと言いながら駒津峰に着く。仮にいっちゃんが正しく巻き道をすっ飛ばして行ったとしても必ずここで我々を待っているはずであるが、やはり姿は見えない。とりあえずここで様子を見ようということになり、30分ほど甲斐駒の方を眺めていると、やがてどう見てもいっちゃんらしい人影が稜線に姿を現した。合流して、どないしてたんと尋ねると、ずっと我々を待っていたんだと言う。どこでどう行き違ったのか謎である。

甲斐駒山頂からのパノラマ(クリックで大きい画像)

甲斐駒を下る

この後、いっちゃん一時不明に

双児峰から駒津峰、甲斐駒、摩利支天
 駒津峰から先は、ヤマケイに載っていたプランどおり、双児山を経由して北沢峠に下るルートを選んだが、眺望の良くない樹林帯の中の単調な下りであり、仙水峠経由で下るべきであったと後悔する。午後4時、北沢峠に着き、「長衛荘」に入る。
 朝にチェック・インしていたせいか我々に割り当てられたスペースは1階だった。混雑時は1枚の毛布に3人とか聞いて覚悟していたが、この日は1枚に1人であった。翌日は土曜なので相当混むと従業員が言っていた。通路部分と桟敷になった宿泊スペースを仕切るためにカーテンが付いているのが珍しい。また、一階しか知らないが、他の小屋なら二段ベッドになっているところを一段にしているのも収容能力の点からはもったいないような気がする。

「長衛荘」の夕食

小屋の中
 食事は食堂のスペースが狭いので交代制で、我々は一番の4時45分からの回だった。内容的にも量的にも満足のいくものだった。ただ、この小屋の特徴として、朝食が弁当となる。その理由として「朝早く出かけるお客さんのために朝食を出していたら、ゆっくり寝ていたいお客さんに迷惑になるから」と何度も説明していたが、一方では「たいていの人は4時頃には出発で、5時にはもうほとんど残って居ません」とも言う。なら4時や5時に朝食を出しても問題ないように思うのだが…。あるいは立地条件からして食堂棟を増築すれば済むようにも思う。他の利用者のぼやきを聞いても、この小屋への不満はこの点に尽きると言える。トイレは水洗でよく管理されており快適である。ちなみに、この小屋も「仙流荘」と同じ伊那市の経営になるものらしい。
 午後7時30分に消灯。水力による自家発電のため、発電機に常に一定の負荷をかけていないとならないらしく、消灯後も通路やトイレの電灯は点けてある。ヘッドランプを付けてトイレに行かなくてよいのでありがたい。

8/5(土)

北沢峠 4:55 ― 6:20 大滝頭 6:25 ― 7:15 小仙丈ヶ岳 7:25 ― 8:20 仙丈ヶ岳 8:50 ― 9:05 仙丈小屋 9:10 ― 9:40 馬の背 ― 9:50 馬の背ヒュッテ ― 10:10 藪沢小屋 ― 10:30 大滝頭 10:45 ― 11:50 北沢峠


「長衛荘」の朝食弁当
 午前4時起床。すでに半数近くの人は出発しているような感じだ。この小屋は宿泊客の荷物を2日目も無料で預かってくれるので、今日もサブザックで身軽に山頂まで往復しようと思うのだが、朝食用の弁当は途中で食べようにも縦にしてサブザックに入れるのは難しく、やむなくまだ薄暗い小屋の前のテーブルでヘッドランプの灯りを頼りにモサモサと口に押し込む。普通の小屋ならほかほかのご飯と味噌汁がおかわり自由で、熱いお茶もあるはずなのだが、昨晩渡された冷えた弁当を小屋前の水場で汲んだ水で流し込むだけである。
 5時前に出発。早速、樹林帯の中の登りだが、もうヘッドランプが無くても十分明るくなっている。黙々と登って行くが、例の朝食弁当のせいなのか早起きのせいなのか、隊長が胃がムカムカすると言う。昨日と同じ30分歩いて5分休憩のピッチでひたすら登る。振り返ると仙水峠に朝日が昇っていて美しい。途中、「2合目」という標識がある。麓から2合目だとすると、北沢峠がすでに2,000mほどあるので計算が合わない。北沢峠から仙丈ヶ岳山頂までを数えているのだろう。だとすると1合あたり約100mの標高差という勘定になる…などと考えているうちに5合目の大滝頭に着く。当初は仙丈ヶ岳からの下山ルートを大平小屋にしていたのだが、長衛荘で大平小屋から北沢峠に上がってくるのがロスという話を聞き込んだので、藪沢からここへ戻ってくることにする。
 大滝頭からさらに登り、森林限界を超えて、日当たりの良い小仙丈ヶ岳への尾根に出る。7時過ぎに小仙丈ヶ岳に到着。小休止の後、稜線沿いに仙丈ヶ岳に向かう。短いが気持ちのいい縦走路だ。

大滝頭

森林限界付近

小仙丈ヶ岳

小仙丈ヶ岳からのパノラマ(クリックで大きい画像)

仙丈ヶ岳への縦走路

足下には可憐な花も

カールと「仙丈小屋」

仙丈ヶ岳山頂

 昨日の甲斐駒と違って雲もかからず、仙丈ヶ岳の山頂からは360度のパノラマを目にすることができた。中央アルプスから御岳、乗鞍、北アルプスは槍穂、剣・立山、後立山、さらには妙高、八ヶ岳や、もちろん北岳をはじめとする南アルプスの盟友も間近に見える。昨日の甲斐駒ヶ岳が2967m、仙丈ヶ岳は3033mだから66mだけこちらの方が高いということになる。山頂に憩う人々は盛んにカメラのシャッターを切り続けていた。隊長の胃のむかつきもいつの間にか収まったようだ。
 昨日のようにゆっくりと昼寝でもしたいところだが、今日は最終日で、大阪まで帰らなくてはならないため、30分ほどの大休止で下山にかかる。稜線をカールの縁を辿るように下り、カールの底にある「仙丈小屋」に向かう。小屋の付近は、同じカールでも木曽駒の千畳敷や穂高涸沢のそれと違い、ゆったりと静かな時間が流れている感じで、いつかここに一泊してみてもいいなと思わせる。小休止で隊長の犬の儀式の後、小屋のすぐ下にある水場で冷たく美味しい水を飲み、空になったペットボトルに補給する。これぞまさしく「南アルプス天然水」だ。
 「仙丈小屋」から馬の背を経て藪沢に下り、大平小屋への分岐で沢を渡り、さらに途中、涼しげな水しぶきを上げる小さな沢をいくつかまたいで、往路に通った大滝頭に出る。ここでクッキーやチーズかまぼこなど携行食の軽い昼食を済ませ、風通しが悪く暑くなってきた樹林帯の道を往路を逆に下って、北沢峠に着いたのは正午前だった。

仙丈ヶ岳山頂からのパノラマ(クリックで大きい画像)

山頂より甲斐駒を望む

「仙丈小屋」

カール

「馬の背ヒュッテ」

藪沢源流部にて

無事、山行終了!

 「長衛荘」に預かってもらっていたザックを引き取り、バス待合所に並ぶ。正式には次は1時の定時便なのだが、この南アルプス林道バスは、客が溜まればどんどん臨時便を出してくれるので、12時30分には北沢峠を後にすることができた。登りは1時間かかったバスも下りは40分で「仙流荘」に着いた。ちなみに、広河原方面へのバスは定期便しか出ないらしい。峠を挟んでそれぞれ伊那市と南アルプス市が運行するバスなのだが、運営の柔軟さには大きな違いがあるようだ。ま、それにしてもその昔、我々が若くてよく山に登っていた頃、南アルプス・スーパー林道問題といって広河原から北沢峠を経て戸台に至るこのルートを開発することについて、自然破壊につながると多くの登山者や自然愛好家が反対したものだったけれど、年を取ってみると、北沢峠まで楽に入れることについて、正直有り難いものだなあと思ってしまうのであった。
 「仙流荘」の立ち寄り湯で汗と垢を落とし、山の格好から着替えて、山を後にする。途中、「道の駅・南アルプス」で土産を買い、伊那インターの手前でラーメンと餃子を食べて高速に乗り、いつもより遅い夜8時前にJR石山駅で解散となった。

(カンボ)