平成16年秋合宿 鳳凰三山



 昨年は各自のスケジュールが合わず、とうとう夏合宿・秋合宿とも行われなかった。今年こそは、と目的地も鳳凰三山に絞 っていたのだが、7月、8月と連続の台風上陸で、なかなか機会が訪れなかったものである。
 もう、この週末を逃したら今年は無理、という9月末、本来ならとっくにどこかへ行っているべき台風21号が宮古島あた りで足踏みしてから日本列島縦断コースでちょうど我々の出発日めがけて進んで来たので、またも中止かとやきもきして いたのだが、昨日の夜遅く近畿地方を通過し、急ぎ足で過ぎ去っていく様子なので決行とした。
 メンバーは、いつものミズH(以下、"隊長"と呼ぶ)、いっちゃん、そしてミスターO改めカンボの3人。これまでの記録を 見ると明らかなように、この3人が揃うと必ずと言っていいように悪天候となるのだが、果たして今回はどうか?


9/30(木)
 午前10時、いつものJR石山駅前にていっちゃん、隊長と待ち合わせる。駅の階段を下りて行くと2年ぶりの人民解放軍号が 待っていた。
 ザックを積み込み出発。まだ時折吹き戻しの風が強く吹いており、厚い雲もかかっている。家を出る前にアメダスの降水 量をチェックしたところでは、山梨あたりはたいして降っていなかったようでひと安心。

晴れた八ヶ岳SA
 快晴となった中央道・恵那峡SAでまずいソースかつ丼を食べ、八ヶ岳SAでも休憩して、韮崎ICで高速を下りる。とり あえずは市内のショッピング・モールで山行中の食糧や酒を仕込む。定番のミックス・フルーツゼリーのカップを忘れずに加 える。
 給油の後、今夜の宿の青木鉱泉まで、送ってもらった地図のFAXを頼りに走る。一部ダートで途中から舗装路になり、最 後はまたダートで、午後4時前に到着した。ちなみにもう携帯電話は圏外である。
 青木鉱泉は女っ気の無い宿で、江戸末期からの歴史があるらしいが、釘を使わない挿し鴨居造りの木造建築とかの本館の奧 に、いつも座っている帳場の番頭という風情の人と、もっぱら客の相手をしてひょこひょこ動くおじさんの2人しか見かけな かった。本館と浴場の建物を挟んで向こうにある宿泊棟に案内される。今夜の客は我々だけということだが、なぜか2階の部 屋だった。さらにこの辺りにはモラルに厳しい気風でもあるのか、隊長の部屋と我々男性の部屋は間に一部屋挟んで遠く隔て られた。もっとも、常々いっちゃんのイビキに辟易している隊長は喜んでいた。
 山間の陽が落ちるのは早い。本館を入った薄暗い土間で夕食となる。ヤマメの塩焼きや山菜の天麩羅など、おじさんが作っ てくれた料理は素朴ではあるものの美味しい。瓶ビールを1本頼んで、天候に恵まれた幸先のいいスタートに乾杯する。 いっちゃんは到着してすぐにウイスキーを何杯も飲み、仮眠までしていたが、パクパクとよく食べお代わりし、またよく飲む。 どうなっとるんや、この男の身体は?
 食後、温泉に入る。透明な湯は「緑磐泉」とかで25度の鉱泉を沸かしているものらしい。やや熱めだが我慢できないほどで はない。鉄分が多く温まりやすいとのことだったが、実際に、とっぷり日が暮れたバルコニーに出ていっちゃんと話し込んで いてもちっとも湯冷めしないのだった。これには感心。ちなみにいっちゃん、浴槽の縁を歩いていた蜘蛛に湯をかけて殺害。 夜はとっぷりと暮れ、久々の満点の星と煌々と輝く月に見とれる。本当に静かな山奥の秘湯だ。静寂を破るものと言えば、そ う、いっちゃんのイビキのみ…。

10/1(金)

 いよいよ山行初日。通常は7時30分からという朝食を無理を聞いてもらって7時にいただく。漬物と味噌汁主体のこれま た素朴なもの。
 小屋の前でおじさんに記念撮影してもらって7時30分に出発。川沿いルートを辿る。最初は広い堰堤工事中の河原を通る が、やがて左岸の高巻きとなり、沢の音を聴きながら樹林帯の道となる。南精進滝の展望ポイントで一服。その後も白糸滝や 五色滝等のポイントで一服する。滝壺まで下りる道があったりするがパス。
 昭文社の地図ではルートはずっとドンドコ沢の左岸を辿っていることになっているが、実際には右岸に渡ったり小尾根を越 えて向こう側の沢筋に入ったり左岸に戻ったりと単純ではない。

青木鉱泉にて

南精進滝

ドンドコ沢の登山道

 快晴の真っ青な空に黄と赤の紅葉そして緑と、上に行くほど沢沿いの樹々は鮮やかな色の饗宴を繰り広げる。素晴らしい秋 山の一日!…と言いたいところだが、どうも今回、私は不調なのであった。日頃の運動不足のせいも多分にあるのだろうが、 どうも足が重い。こんな筈では…と思うのだが、あの登りの遅い隊長にまで置いてけぼりをくう始末。どうやら原因は今回初 めて履いたユニクロのトレッキング・パンツにあるようだ。以前、特売で買ったものだが、ずっとタンスの奧で眠っていた。 買った当初に白馬かどこかの山行に持って行ったことがあるのだが、宿で試し履きしたところ膝のあたりの摩擦が多く重たい のでやめたものだ。今回もどうしようかと思ったのだが、一度くらい通しで履いてみようと思ったのが運のつき、足を上げる たびに抵抗があり、綿なので汗を吸って更に重くなる感じ。結局、いっちゃんと隊長に10分遅れでついて行くという具合に なった。
 いっちゃんは今回、歩行中も水分補給できるという水筒セットを装備していて得意げに見せびらかす。これは見たところ、 ザックの背中に水枕を逆さにして固定し、ホースをつけ、端っこのマウスピースを口の傍まで伸ばしたようなものである。歩 行中は立ち止まることなくマウスピースをくわえてジュビッとすすればよいので便利かも知れない。しかし小休止の時など、 屈み込んで地面に下ろしたザックから伸びたホースをくわえている姿にはやや奇異なものがある。

白糸滝

鮮やかな紅葉

鳳凰小屋にて

 12時45分に鳳凰小屋着。小屋の主人に迎えられる。いろんな山行記録を見ると、いずれにも「愛想のいい小屋の主人に 声をかけられ」といったようなことが書いてあるが、しばらく観察していると、どうやらこの主人は関所の番人のようにずっ と通行する旅人を見張っているようであった。そして、なるべくドンドコ沢の下りや中道ルートの下りを利用せず、御座石鉱 泉ルートを利用するよう勧めるのである。なんでも御座石鉱泉の経営者とこの小屋の経営者が親戚だからとかいう噂であるが、 真相のほどは知らない。青木鉱泉で「青木鉱泉に下りるルートはやめたほうがいいと言われるかも知れないけど気にしないで」 と言われたことを思い出す。こんな爽やかな自然の中にも人間同士の熱い闘いがあるんだな。
 小屋は二階が客室で、更に二段になっており、明かり取りの窓が小さいため昼間でも薄暗い。そのためヘッドランプを点け て荷物整理している人もいた。
 小屋の前のテーブルでお湯を沸かしカップラーメンを食べてから、荷物を小屋に残して出発。隊長はいたって元気で、みん なの分の水などをサブザックに背負ってくれる。
 小屋を出てからまたまた樹林の中の登りとなるが、やがて地蔵岳のオベリスクを間近にザレ場となり、小屋の主人の言った とおり1時間で賽の河原に着く。疲労源のユニクロ・パンツからジャージに履き替えていた私は、まだダメージが尾を曳いて いたもののオベリスクが近づくと少し元気が出て来て、賽の河原に寄らず近道でオベリスクを目指す。尖端の二つの岩の合わ さった固定ロープのあるところまではグングンと登れた。せっかく来たのだからてっぺんまで登るべきか…。しかし明瞭な ホールドやスタンスも無さそうなところを足の疲労が大きいのに無理して登ってどうだろうと判断に迷っているところにいっ ちゃんが追いついて来て、さっさと1mあまり登りかける。しかしすぐに「やっぱりやめとこ」と下りてくる。お互い、「落 ちて"年寄りの冷や水"と言われるのもなぁ」と大人の分別を再確認し合ったのであった。
 地蔵岳からは、蒼天の下、甲斐駒ヶ岳や北岳などが目の前に大きく見える。期待していたとおり雄大な風景だ。来てよかっ たなぁと3人でうなずく。
 賽の河原から来た道を戻りかけると、ザレ場の中程にへばった顎髭のおっさんがしゃがみこんでいた。ちょっと心配だなと 思いながらも、とにかく小屋へ戻る。

鳳凰小屋からの登り

甲斐駒ヶ岳をバックに

地蔵岳オベリスク

 小屋へ戻っても、あいかわらず主人は関所の番をしている。この小屋のいいところは、水が豊富で、常に流しっぱなしのそ れは飲んでもうまい。一方、トイレは小屋の外のテント場の横にあって、中は真っ暗、しかもトイレ小屋のすぐ裏側の涸れた沢 に排泄物をそのまま流しているのであった。いわゆる"おわい谷"だなこれは。とにかく辺りのトイレ臭はすごい。 風向きによってはテント泊は辛いだろう。そういえば誰かの山行記録にも「トイレの臭いがするようになったらまもなく鳳凰 小屋だ」と書いてあった。どこの小屋でも結局は自然投棄しているのであろうが、目につきにくいよういろいろ工夫している と思う。これほど開けっぴろげなのにはビックリだ。
 午後5時から名物のカレーの夕食。この小屋いつもカレーしか出ないらしい。手作りカレーと書いてあった記録もあるが、 業務用カレーの味がしたぞい。主人が「おいしいでしょう!うちのカレー。お代わり自由ですよ。」と何度も言うので、みん な自由を奪われた奴隷のように「お代わりお願いします」と皿を差し出すのであった。いつも山では少食で何かを残す隊長ま でお代わりを願い出て、そしてすぐにいっちゃんに半分食べてと頼むのであった。カレーと一緒に出た味噌汁に先程の顎髭の おっさん一家が道々採ったというキノコが入っていた。
 夕方点いた蛍光灯が、6時40分にはもう消灯。みんな寝るしかなくなる。何やら「強権支配」やら「管理的」という言葉 が浮かんでは消える。今日はいっちゃん静かなほう。それはなにより。

10/2(土)


観音岳への道から
 5時過ぎに目が醒めたが、朝食が6時からなので待つ。メニューは生卵と味付海苔、漬物、味噌汁。小屋の主人がまたまた 中道ルートはコースタイムより1時間余分に時間がかかるとかの説明を始める。でも主人が尋ねると中道ルートを利用する人 ばかりで、最後には「ドンドコ沢から登って中道下るのが一番いいね、時間はかかるけど。」と少し残念そうに言っていた。
 6時45分に出発し、観音岳への近道ルートを登る。この道もぐんぐん高度を稼ぐ登りだ。途中、木々の間から地蔵岳のオ ベリスクが見える。私のコンディションは昨日よりはましなものの、まだダメージが尾を曳いていて、いっちゃん、隊長から 少し遅れる。
 8時すぎに観音岳着。ここからは地蔵岳よりも北岳が間近に見える。浅間山の噴煙や富士山の雄姿も素晴らしい。何時間で もゴロリンとしていたいところだがそうもいかず腰を上げる。
 30分もかからず薬師岳に到着。ここからは中道ルートの下山となるので、素晴らしい山岳パノラマに名残を惜しんで今一 度じっくりと眺めてから青木鉱泉へと道をとる。
 9時に薬師岳を出てから、樹林帯の中の滑りやすい木の根っ子の道をただひたすら下る。いっちゃんは今日も快調に飛ばし て行って、あっという間に見えなくなった。隊長もその後を追いかけて行ったが、どうも下りでは足が不調らしく少し先に姿 が見え隠れする。下りでも連日の不調の蓄積か足が重いので、せっかくの清々しい大自然の中だ、のんびりとマイペースで下 ることにする。時々下から少人数のパーティーが登ってくる。みんなしんどそうだ。登りに使うにはドンドコ沢のほうが風景 も変化に富んでいて楽しいし、滝や河原などの休憩ポイントがあってペース配分が楽である。今回のコースは正解だった。

観音岳山頂

薬師岳にて

薬師岳からの富士山

 途中、おいてけぼりにされた迷子のようにしょんぼり休んでいる隊長に追いつく。いっちゃんに追いつこうと必死に歩いた がかなわなかったのだと。よほど焦っていたらしく、御座石という巨石にも気がつかなかったと言う。誰でも目に入ると思う けどなぁ、あれは。さらに途中、後ろからスタスタと近づいてくる足音に振り返って一瞬我が目を疑った。あの地蔵岳のザレ 場でへたっていた顎髭のおっさんがフットワークも軽やかにさっと追い抜いて消えて行くではないか?
 薬師岳から2時間下った、軽トラックがやっと入れる荒れた林道の終点のところに、いっちゃんと、その顎髭のおっさんが 休んでいた。なんで下りがそんなに早いのかと尋ねると、スキーをやっているので、下りの筋肉の使い方が違うんだと言う。 登りはからっきしダメらしい。若い時は私も下りは駆け下りるように速いものだったが、おそらくは50代半ばくらいであろ う年齢であのスピードはたいしたもんだと感心。おっさん一家はキノコ採りを趣味にしているとのことであったが、おどろく べきことに、いっちゃんも下りの道すがらキノコを採取していたのである。彼が「これ食べれますかねぇ。弾力性があるから 大丈夫と思たんですけど」と袋から出して見せた白いキノコは、「ダメだねこれは、食べられないですよ」の一言で土に返る 運命となった。なんでも弾力性があるというのは判断基準にならないらしく、いっちゃんに、弾力性があるのは大丈夫って書 いてあったんか?と尋ねたところ「いや、そんな気がしたんや」と屈託がない。しかし、なんといっても、このキノコのおっ さんと遭遇したおかげで、いっちゃん一家は悲劇を免れたのである。
 3人揃って下り始めたのに、またまたすぐにいっちゃんの姿が見えなくなる。12時前に小武川の林道に出たが、いっちゃ んは待っていない。ここからは林道をとぼとぼと約1時間で青木鉱泉だ。道々、隊長と、「なんで、いっちゃんは待ってなか ったんやろ?」と話す。彼のことなので、さっさと青木鉱泉に戻って着替えを済ませ、煙草をふかしながら我々を待 ってるんやろという説と、いやいや、早く辿り着いてすぐクルマで迎えに来てくれるかもという説が出る。後者の確率につい ては二人とも10%という結論であった。それでも林道歩きの退屈さを紛らわすために、前者を私、後者を隊長で、缶ジュー スを賭けることにした。単調な林道歩きであるが平坦なだけに疲れた足には楽である。あっけなく終わってしまった山行の余 韻に浸りながら30分ほど歩いていると、やがて聞き慣れたエンジン音が近づき、カーブの向こうから人民解放軍号が我々を 迎えに来てくれたのであった。

 普段着に着替えて韮崎に戻り、ネットで見つけておいた宿に電話して部屋を確保。この頃から天気は下り坂となり、鳳凰三 山にも雲がかかりだした。今回は、我々にとって"3人寄れば雨"のジンクスを吹き飛ばした記念すべき晴天下の山 行であったが、先ほど登山路ですれ違った人たちにとっては不運な天候変化だ。小淵沢の「道の駅」でざる蕎麦を食べ、富士 見高原の宿に向かう頃には雨が降り出した。

(カンボ)

コースタイム
10/1(金)
 青木鉱泉 7:30 − 8:45 南精進滝 8:55 − 10:45 白糸滝 11:00 − 11:30 五色滝 11:45 − 12:45 鳳凰小屋(昼食) 13:45 − 14:45 賽の河原 − 15:00 地蔵岳(オベリスク) − 15:15 賽の河原 15:25 − 15:50 鳳凰小屋

10/2(土)
 鳳凰小屋 6:45 − 8:05 観音岳 8:20 − 8:45 薬師岳 9:00 − 11:55 林道出合