私はカヨ

次に私は診察台につれていかれる。
(なんか歯医者さんの椅子みたい・・・)

回りにいくつも同じような椅子がある。
どの椅子も肘掛けの左側あたりに黒 いゴムのグローブでできた人間そっくりの手首がニュッと突きでている。

背もたれを後ろへ倒されると、黒い手首のロボットが私の左の手をつかむ。
まるで本物の人間の手みたい。
(最近ロボットも器用になったのね・・・)  

この椅子で私は催眠術をかけられるらしい。
どこか天井の方から先生の声が聞こえてくる。
「1・・・2・・・3・・・4・・・5・・ ・」
ロボットの手がそれに合わせて私の開いた指を親指から順番に数を数えるよ うに折り曲げていく。

「1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・、1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・」
声に合わせて ロボットの手は何度も何度も私の指を折り曲げては開き、折り曲げては開きを 繰り返す。

天井から落ち着いた声が重なるように降りてくる。
「はい、何か想 い浮かべましたか。また別のことを想い浮かべましょうね。」

私の他にも何人 か同じように催眠術をかけられている。
私の隣の人、首を後ろに落として、も う眠りに入ったみたい。

数を数える声はだんだん速くなっていく。
「1・2・3 ・4・5 、1・2・3・4・5 」
ロボットの手の動きもそれにつれて速くなる。
「はい、また何か想い浮かべましたか。また別のことを想い浮かべましょうね。」
私も・・・・・・眠りに・・・・・・入っていく・・・・・・  

眠りに入った私を男性の看護夫さんが3人で私を持ち上げ、私の足首や肩を とって別の部屋へ運んでいく。
催眠術で眠っているのだけれど、目は見えるし、 意識もある。

幾重にもなった大きな同心円が見える。
とっても奇麗。
その中心に、運ばれ ていく私自身の姿がみえる。
右隣、左隣にも同じような同心円がみえる。
それ はきっと別の人のものね。

私、一度こういう画をコミックスで見たことある。
いつか読んだ少女マンガのひとコマそのもの。
そう思って私は思わず「ウフッ」 と微笑む。
それが私の唇の片端に小さな気泡を作る。
(そう、ここは空気中じゃなかったのね。)

横に付いて歩いている看護婦さんがすばやく私の唇にできた気泡を拭い去る。
これから私が寝かされる白いベッドが近づいてくる。

まだ空のベッドの傍らに女の子が真剣な顔して座ってる。
紺のブレザー・・・私の高校の制服だ。
(この人はきっと私の親友か何かなんだわ。)
(きっと私、とっても重い病気なのね。)
運ばれていく私の姿はその子には見えないみたい。

その横に立っている学生 服の男の子は誰?
卒業証書の筒みたいなもの持ってる。
(ア、今日は卒業式だったのかしら。もしかそれは私の卒業証書?)
持ち物に名前がついている。
加藤くん・・・ていうのか。
きっと生徒会長か学級委員の人でしょうね。
牛乳瓶の底みたいな大きなメガネをかけて・・・何笑ってる のかしら・・・。バカみたい・・・。

寝かされた私の右手のひらの親指のつけ根あたりに看護婦さんが注射器の針 を近づける。
鈍い痛みが走る。
麻酔を打ったのだ。

ア・・・・・・・・・意識がだんだん・・・・・・遠のいていく・・・・・・・・・


1986.10.23 6:50 AM の作品

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 解説

 主人公の視点は、「眠りに入った」前後で大きく変化している。

 「眠り」以前は、視点がしっかりと自己の身体に据え置かれている上、「ロボットも器用になった」などと、ぼんやりした中にも冷静な観察がされている
のに対し、「眠り」以降は「私自身の姿がみえる」に端的に示されるように視点はもはや自己の身体から遊離している上に、「親友」であるらしい人物もだれなのかもわからなくなっている。

 そういった非現実性は、「空気中じゃな」い、となぜか納得したり、ベッドの傍らの人物に自分の姿が見えないという認識に至っては、まるで肉体までもが現実世界から遊離したかのようなレベルにまで高められている。

 そういった浮遊感が、「少女マンガのひとコマ」に重ね合わされるようにヒロインになったかのような自己陶酔感も伴って高じられてくる。

 そして、「麻酔」によってさらに深い世界へ......

 あー、すばらしい作品だなあ...(^ ^)