【作者自身による解説】
まず、作品の作成過程について述べる。1.〜3. で若干の作曲がなされている他は全て完全即興である。1.〜3. は楽器に慣れる過程の習作と位置付けられる。3.
は、日本の「かくれんぼ」という遊びに潜む怖さ・淋しさを現している。
次に、このアルバムの中心を成す 組曲「11月の舟」 について以下に述べる。即興演奏において、理性は作品を陳腐化させる。演奏者は演奏に先立ち、ビールをしこたま飲んで理性が頭をもたげない状態に自分自身を置いてから作品に取りかかったとされる。即興演奏の過程では、多くの部分で旋律はハプニングによって決定されている。一例を挙げれば、 4'02" から始まる
part 2 は、左手でAのキー、右手でEのキーを押さえてこのパートを始めようとしたところ、右手は誤ってFのキーを押さえてしまっている。そして、このハプニングを正当化しようとする心の働きが、次の同音3連打並びに引き続く4音の旋律を創出するのみならず、これを含む最初の4小節の旋律パターンを決定付けている。この組曲は、このようなハプニングによる旋律の創出という過程の繰り返しの結果生まれたものであり、この傾向はとりわけ同パートにおいて顕著である。キーを選ぶようなたどたどしいタッチは、このような瞬間的な創作の連続の結果といえる。
最後に、この作品の使用楽器であるが、9. がYAMAHA ソプラノリコーダである他は、全てカシオのCasiotone MT-35が単独で使用されている。このうち、7.〜10.
は原音に若干の処理が施されている。7.と8.は元のテープを英会話練習用のLLテープレコーダで速度を落として再生し、マイクで拾っている。9. は3ヘッドカセットデッキで録音中の音をスピーカから出し、マイクに戻すことでディレイおよびフィードバックをかけている。また10.
は過入力状態でカセットデッキに録音することでディストーションをかけている。演奏自体は全曲一発録りである。
(2000.1.18 11月の舟)
(Artist : 11月の舟 Title : 組曲「11月の舟」)
(それぞれの曲名は試聴用mp3ファイルにリンクしています)
【ライナーノーツ】
ついに、伝説の名曲 組曲「11月の舟」を含む11月の舟の初期作品集が、CDの形で発表された。これほどまでに待ち望まれた作品がこれまでにあっただろうか。ごく一部のマニアしか耳にすることのできなかった貴重な音源がようやく我々が耳にすることができたことは、無上の喜びである。
使用楽器にまず驚かされる。YAMAHAソプラノリコーダとは、小学校の音楽の教材で誰もが使った、あの「笛」であり、Casiotone
MT-35とは、キーが3オクターブ半しかない単なるオモチャである。これだけの機材を使って、このようなイマジネーティヴな音世界が描き出されていることは驚愕の極みである。
このライナーを書いている段階では、まだデモ・テープしか手許に届いていないが、これらの作品群の完成度の高さには圧倒される。このアルバムで聴ける曲は、どれも暗く、重たく、陰鬱であるが、聴く者を心の深い部分で捕らえて離さない「何か」がある。この「何か」こそが、11月の舟の魅力ではないだろうか。深く沈み込むような「作品2」で、このアルバムは始まる。奔放にキーが流れるような「作品3」では、既に大作「組曲...
」の原型が見え隠れする。続く「かくれんぼ」は、エキゾチックで日本的な雰囲気を漂わせ、このアルバムの白眉であろう。日本人 "yellow" をイメージしたとされる「yellow
machine」は、小作品ながら、驚くほどの構築性と完成度を誇っており、隠れた名曲といえる。イメージ的には「組曲... 」にかなり近いものがある。前半最後、空気
"air" をイメージさせる「air machine」は、アバンギャルドな中にも秩序を保った秀作だ。"machine" は、説明するまでもなく、作者がこよなく愛する
Soft Machine に敬意を表したものに違いない。
さて、「組曲 11月の舟」は、6つのパートに分かれている。各パートのタイムは(4'02" / 3'46" / 1'47" / 3'35"
/ 4'41" / 1'24")となっている。各パートを簡単に紹介しよう。
Part 1. 16分音符の連打が踊る。陽がまだ高く、波がきらめいて見える。そんなイメージの中にもどことなく不安が漂う。まだテーマは現れない。
Part 2. 前パートが突然途切れ、いきなり第一のテーマが流れる。危うげでたどたどしい旋律が魅力である。陽が次第に傾いてきた。テーマが徐々に示されながら確立していき、最終部では執拗に繰り返される。
Part 3. 旋律は緩やかさを極める。夜はさらに深まり、底知れぬ静寂に襲われる。
Part 4. 胸の鼓動が高鳴る。人の気配がしてきた。何やら準備を始めている。後半部、再びテーマが現れ、収束しかけた後、発散する。Pink
Floyd の Atom Heart Mother を彷彿とさせる。
Part 5. 優しく幻想的なCamel 風の導入に続き、息をひそめたような静寂の中にも緊張感が漂う。後半部、本組曲の物語性は少し影をひそめ、聴く者はひたすら曲の展開のダイナミズムに心を奪われてしまう。収束−発散が繰り返され、最後にテーマが提示される。
Part 6. ベースは Soft Machine 風の重いF−Cのリフレインで一貫され、Part 2, 5 と並んで組曲最大の聴き所である。
以上簡単に作品を紹介したが、全ては聴く者のイマジネーションにかかっている。さあ、11月の舟と共に悪夢に浸れることを祈る。