本文へジャンプ          阿部泰隆の研究領域と特色

研究領域と特色

  研究の出発点

 専攻は行政法学+憲法学である。もともと、田中二郎先生の助手として採用されたが、先生が最高裁判事になられたので、雄川一郎先生の助手として、行政裁量と行政訴訟の研究から出発した。論文としてまとまったものは、『フランス行政訴訟論』である。この研究で、フランスの行政訴訟は、フランス人の自慢とは逆に、権利救済の点できわめて不備であることが判明した。そこで、留学先としては、裁判を受ける権利の包括的・実効的な保障を判例法で確立し、さらに立法化している(旧西)ドイツを選び、当初は六甲台財団の資金でヘルバート・クリューガー(Herbert Krueger)教授(ハンブルク大学)で勉強したが、続いて、フンボルト財団の留学生として、義務づけ訴訟を、裁判官として、学者として、創造したバッホフ(Bachof)教授(チュービンゲン大学)のもとで勉強した。その成果が田中古稀、追悼論文集に書いた義務づけ訴訟積極論である。これはその後、『行政訴訟改革論』(有斐閣、1993年))に収録された。2004年の行政事件訴訟法の改正で、不十分ながら、義務づけ訴訟が立法化され、この苦労が報いられた。また、この過程で、法規の執行の不全(Vollzugsdefizit)に関するドイツの論議に興味を引かれた。それが、日本の法システムの実態の法社会学的分析、その見直しの研究(つまりは、政策法学研究)へとつながっている。

 その後、2度目の留学では、ドイツ・フランスのほか、アメリカに半年滞在し、特にアメリカ流の司法国家や経済学的発想を学んだ。

  また、1993年にはドイツ・トリア大学の資金で、3ヶ月間であるが、教授として招聘された。

 そして、これらの外国法を参照しつつも、外国法屋になることなく、日本法を合理的に解釈し、また、立法することに幅広く取り組んでいる。

 研究分野は、行政法総論、行政争訟法、国家補償法、行政の法システムの組み替え、都市計画法、環境法、地方自治法、公務員法、行政法政策法学など、行政法全般とこれらに関する憲法である。

 

 二   行政の法システムの構造的把握

 行政法は無数の法規からなるので、そのシステムを適確に把握しないと、適切な解釈も、立法もできない。行政法を「行政に関する法」などと把握し、「行政」の概念、「公法と私法」、「行政行為」などという、古色蒼然とした無意味な解説でほぼ終わる従来の体系書では、この要請に応えない。その観点から、現行日本法のしくみなりその構造を明らかにし、その不合理な点を、解釈論、立法論の両面にわたって改善する方向を示したのが、『行政の法システム(新版)上下』(有斐閣、1997年。初版は1992年)である。全く新しい、諸外国にもない、創造的な取り組みを行ったつもりである。解釈論、立法論に大いに寄与できるものと自負している。

 さらに、行政法の存在意義を考究する最近の論文が、「基本科目としての行政法・行政救済法の意義(1ー9・未完)」自治研究77巻3号、4号、6号、7号、9号、78巻1号、78巻4号、5号、7号である(2001年)。

 

 三   解釈学

 実定法研究者である以上、仕事の多くは実定法の解釈である。私見は、解釈学として、新しい解釈を提案して、司法の場で採用されているものも少なくない。また、弁護士からも多数の意見書を依頼されているが、そのなかで理論的にも正しいと思われるものについてこれに応じて裁判所に意見を提出している。その一部は公表されているが、たとえば、『行政法の解釈』(信山社、1990年)には、古いものであるが、阿部説が採用された例がある程度あげられている。その続編として、『行政法の解釈(2)』(信山社、2005年)が発刊された。行政法解釈のあり方、判例の是非をまとめたものが、「行政法解釈のあり方」自治研究83巻7~84巻1号(2007~8年)である。また、単著29 『行政法解釈学Ⅰ』(有斐閣、2008年)、30 『行政法解釈学Ⅱ』(有斐閣、2009年)は、こうした解釈学を総まとめしたものである。その自らの紹介として、「『行政法解釈学』の目指すもの」書斎の窓2009年4月号がある。

 

 四   立法学の提唱

 立法の場では、日本の勤続(金属ではない)疲労した法システムを改造して、権利を守りつつ、合理的・効率的な法システムを創造すべく、『日本列島法改造論』を唱えて、『政策法学』を建設しようとして、『政策法務からの提言』、『政策法学の基本指針』、『大震災の法と政策』、『政策法学講座』、『やわらか頭の法戦略』を出版した。これも、これまでの法律学にはない試みである。おそらく諸外国にもない試みである。

 

 五    特に行政訴訟に関して

 行政訴訟法学においては、特に、権利救済と、行政の適切な運営とのバランスにも配慮しつつ、権利救済の包括的・実効的な保障の観点から、解釈論と立法論を展開している。それは、『行政救済の実効性』、『行政訴訟改革論』、『行政訴訟要件論』として論文集にまとめたもののほか、今般の行訴法改正の不十分さを指摘して、次の改革に備える『未完の行政訴訟改革』をまとめたい。『行政法解釈学Ⅱ』の第9章行政訴訟は、今時の改革の内容を分析批判して、あるべき方向を工夫する。

 この関係では、立法論としては、「行政事件訴訟法改正の提案」月刊民事法情報91号(1994年4月号)、「行政訴訟からみた憲法の権利保障」ジュリスト1076号(1993年)、「行政訴訟における裁判を受ける権利」ジュリスト1192号(2001年)、「行政訴訟改革の方向づけ」法時73巻4号(2001年4月号)、「行政訴訟改革への1視点」ジュリスト1218号(2002年)、「行政訴訟の新しいしくみの提案」自由と正義2002年8月号、「行政事件訴訟法第二次改正シンポジウム」(斎藤 . 阿部泰隆. 小早川光郎中川丈久氏との共同)(判例時報2159号、2012.10.21)、「改正行政事件訴訟法施行状況検証研究会報告書の検証」判例時報2099号(予定)などがある。

 また、司法改革、行政訴訟法改正にあたっては、積極的に、新しい行政救済法の建設のために意見書を提出している。司法制度改革推進本部に提出したものはそのホーム頁に掲載されている。

 訴訟戦略としては、単著28『対行政の企業法務戦略』を出版している。

 

 六     行政法学の再建

 行政法学は、これまで、六法に入れてもらえないことから、司法試験の選択科目でもなくなり、辺境科目扱いされたが、実は国家の法体系は、憲法を頂点に、私人間の法律関係を扱う民事法と、国家の刑罰権の行使に関する刑事法のほか、国家と国民などの法律関係に関する行政法の3つからなるので、行政法は基幹科目である。それ以外の知的所有権法、労働法、社会保障法、経済法、租税法、環境法などはこれらの応用科目である。この阿部泰隆の年来の(しかし、行政法学者としても斬新な)主張は、今般の司法改革の中で取り入れられつつある。法科大学院でも、基幹科目として、行政法を含む公法、民事法、刑事法の3科目を教える。したがって、「六法」という言葉は死語にすべきである。

 そうすると、行政法学者は、その責任の重大さを理解して、行政法学をもっと深く正確に研究しなければならない。そこで、私は、行政法学再建のため「行政法研究フォーラム」を創設しようと努力した。2002年7月6日にその第一回研究会が開催された。これは研究会として恒久組織とするという合意がなされている。世話人は世代交代のために降りたが、私がまいた種はその後も生長している。

 単著29,30『行政法解釈学』はこうした行政法学再生の試みでもある。

 

  七   他の分野との交流・学会

 行政法学は、他の法律分野とは異なり、行政という切り方なので、単に行政にかかわる特殊な法制度だけではなく、法制度全般を勉強しなければならない。私は、常に憲法の人権保障、法律による行政、行政訴訟では裁判を受ける権利の実効性を念頭においている。行政訴訟法を研究する際には、民事訴訟法を常に参照している。印紙代、弁護士費用の敗訴者負担など、民事訴訟法学の領域にも踏み込んだ行政訴訟法学を建設している。公務員法の研究においては、労働法に配慮し、国家補償法の研究においては民法の不法行為法を念頭におく。行政法の制度は常に民法と比較して、より効率的な制度であるべきだという観点から、民法を参照している。といっても、普通は行政法学以外には発言しないものであるが、行政法をこえて、定期借家、短期賃貸借保護廃止、民事執行法などの民事法の抜本的な改正にも発言し、司法改革にもささやかながら取り組んできた。

  このように、幅広く研究している関係もあって、行政法学以外の分野からも、学会理事に推薦されることが多く、最大で8学会、現在3学会の理事に名を連ねている。また、学会賞も、公法学会にはないが、他分野の学会から、これまで7回受賞している。

 これらにおいては、あるべき法制度は、法と経済学の分析、あるいはミクロ経済学、特に新古典派の理論を参照して建設しなければならない。それには定期借家、あるいは都市住宅学会における経済学者との交流が大いに有用であった。アメリカの判例法であるコモンローは、こうした経済学的な分析に支えられているところであり、これからは日本の裁判官、解釈法学者も、この方面の知見を高める必要がある。もちろん、私の理解はまだまだ不十分である。

 

 八  国際交流

 もともと、フランス行政訴訟から出発したことは先に述べたが、その後、主にドイツ、アメリカ中心に交流を深めて、英独文で行政法・環境法関係の論文を発表し、さらに、台湾、韓国での報告、講演など約10編を集めて、私製版の論文集を作っている。

 

  九  裁判

 また、2005年に弁護士登録した。2013年には弁護士も9年目に入り、かなりの戦果を上げた。神戸市長を被告に10勝以上しているほか、某大保険金会社が放火だとして支払わない保険金の請求訴訟で、3年以上かかり、執拗な抵抗をはねのけ、2009年2月18日に、ほぼ全面勝訴の判決を勝ち取った。被告は控訴したが、広島高裁で有利な和解を勝ち取った。インターネットによる一般用医薬品販売禁止事件で勝訴した(最判2013年1月11日)。このほか、弁護士業務も、長年の行政法学の研究成果と訴訟実務の経験が評価されて、難事件で相談を受け、一緒に入っているものもある。

 

一〇 これから

 2005年、神戸大学を、2012年中央大学を定年退職した。神戸大学名誉教授の称号を授与された。これまでの学問を整理し、さらに、学問を発展させなければならない。  

行政法学の学問と実践を統合した新しい業務開拓を目指している。そして、日本の行政はまさに放置国家だ、これを実質的法治国家(『行政法解釈学』の副タイトル)に変革させるべく、「違法行政と戦う」(BLJ2009年4月の巻頭言)ところである。


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