本文へジャンプ             阿部泰隆の経歴
☆『最高裁不受理事件の諸相Ⅱ』(信山社、2011年)


『最高裁不受理事件の諸相Ⅱ』(信山社、2011年)

「高裁判事のやり放題を許すな」という副題を付ける予定だったが、

濱秀和先生の『最高裁不受理事件の諸相Ⅰ』(信山社、2011年)に続くもの。

    はしがき

 

   本書は、最高裁で門前払いされて敗訴した事件の上告理由・上告受理理由・意見書等を公表するものである。長年弁護士としてご活躍で、事務所でもお世話になっている濱秀和先生と同じ思いでご一緒にさせて頂くものであるが、2冊にもなったし、それぞれ執筆スタイルも異なるところから、別々にはしがきを書くこととした。両方をご参照賜りたい。

恥を忍んで、いわば弁護士(一部は意見書を提出した研究者)としての敗北という事実とその書面を公開する理由は次の点にある。

 

 2 最高裁判事は、退官後、その関与した事件などを書物で公表することがある。最高裁判事の国民審査でも、その関与した著名事件が公表される。最高裁のホームページ(   http://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/index.html)でも、裁判官毎にその関与した主要な裁判例が公開されている。調査官も、最高裁破棄判例を判例雑誌などで公開している。

 そこで、一般に、最高裁の評価はこれら公開事件を中心に行われる。最近は、行政訴訟で、小田急事件により原告適格が拡大したとか、処分性を拡大する判例が続出しているとか、在外邦人の選挙権を認めたことなどにより、最高裁が権利救済に積極的になったという論文は少なくない。また、「少数意見が時代を切り開く」「奇岩城が動いた」という副題で、最高裁の中で「暗闘」が行われて、最高裁内部でいかにも活発な論争が行われているかのような取材もある(山口進ほか『最高裁の暗闘』(朝日新書、2011年))。

 

3 しかし、現状では、大局的に見れば、まったく逆で、日本の司法は、行政関連訴訟に関する限り、ほぼ死んでいるか、少なくとも瀕死の状態にある。1、無茶苦茶判決に対して、「まだ最高裁がある」と、当事者が、巨額の費用を負担し(印紙代も算定可能とされると巨額である。一審の倍である。移転補償請求事件(第5章)では約6億円の増額請求なので、上告審の提訴手数料だけで、400万円弱の印紙代(当時)を払っている)、打ちのめされそうになりながら、最後のエネルギーをふり絞って、調査に奔走し、弁護士が、これまた超多忙の間に、50日の限られた期間内に(研究者としてはぎりぎり依頼されるので、本当に短期間である)、高裁判決が、いかに法解釈上明白な誤り、憲法無視、事実の歪曲、経験則違反を行っているかを一生懸命、丁寧に、分かりやすく整理して上告(及び上告受理申立)をしても、返ってくる答えは、大抵は、憲法問題ではない、受理すべきものではないという、不動文字で印刷された、まったく理由の付いていない、無情・非情な決定だけである。

   すなわち、

 ① 上告について

 民事事件について最高裁判所に上告することが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,違憲及び理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認若しくは単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。

  ② 上告受理申立てについて

 本件申立ての理由によれば,本件は,民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。

 

   これで一体理由になっているのか、はなはだ不満である。高額の印紙代と、多忙の中で一生懸命書いた書面に対するいわば領収書が、このような、専制君主の決定と見まがうばかりの無内容な判断でよいのであろうか。

 

4  これを受け取った当事者は、人生と社運をかけて、全力で頑張ったのに、裁判所は正義の女神として正しく秤にかけているはずだなどというのは完全に幻想だ、裁判はこりごりと、裁判不信症に陥ってしまう。最高裁判事が本当に「最高」なのかと疑問を持つし、元最高裁判事がみんな勲一等などをもらうと、違憲審査権を放棄して国会を守り、負けるべき行政を敢えて勝たせた勲章ではないかと、凝視したくなる。最高裁判事は、戦前たかが役所の局長級であった大審院判事とは異なり、違憲立法審査権と行政処分取消権などを得て、大臣級に昇格したが、現実にはこれらの権限をほとんど活用しないのであるから、権力簒奪ではないかとの疑念を持つ。

 最高裁は最近事件処理を速くして、溜めないようになっていると言われるが、その迅速処理が、拙速になっているのではないか。

 研究者としても、裁判所の門前払いには理解できなかったが、弁護士となってなおさら、法廷の向こうは暗闇、日本は法治国家ではない、放置国家だ、無法国家だと、暗澹とした思いに囚われる。元最高裁判事滝井繁男氏の『最高裁判所は変わったか』(岩波書店、2009年)の表現を借りると、『最高裁判所は変わっていない』。変えることができるポストにいながら、なぜ変えてくれなかったのかと恨みも言いたい。構造的な腐敗は大阪地検特捜部だけではないとの感想を持つ。

 しかも、本文で述べるネズミ捕り事件、井上事件に関与した裁判官は、それぞれ十数名、神戸空港事件に至っては、30名以上である。かくも多数の裁判官に軽くあしらわれたのであるから、なおさらである。

 

 5 もっとも、最高裁も、刑事事件では、痴漢えん罪事件(最高裁平成21年4月14日第3小法廷判決、判時2052号151頁、判タ1303号95頁)、死刑逆転差し戻し事件平成19()80号平成22年4月27日第3小法廷判決、判時2080号135頁、判タ1326号137頁で、高裁の事実認定の不備を指摘した。いずれも第3小法廷で、筆者も個人的に親交を得ている藤田宙靖、那須弘平判事が積極意見だったことは喜ばしいが、しかし、このような最高裁を変える姿勢が行政事件にまで及んでいないのは誠に残念である。

 

 6 こうして、上告事件の大部分は、上告棄却、上告不受理という屍の山と化している。最高裁における逆転勝訴の可能性は、まっとうな事件でも、競馬やパチンコとは比較にならず、宝くじを当てるようなものである。こうした不受理事件はどこでも活字にされない。闇から闇へと葬り去られている。

 したがって、最高裁の評価においては、不受理事件の評価こそが、肝心である。そのためには、不受理事件が公開されなければならない。

筆者はこのように考えて、不受理事件を公開し、問題を提起するものである。負けたのだから、私の書面が不十分だったのであろう、何を泣き言を言っているかと思われる方が普通ではないかと思うので、ここであえて恥を忍んで、見て頂きたいのである。弁護士諸氏におかれては、不受理事件に怒り狂っておられる方が多数だと認識している。同様に、不受理事件を公開して、最高裁の判断が妥当かどうか、それとも代理人の主張が的はずれかを議論していきたい。

 

 7  筆者としては、原判決に明白な事実の歪曲、重大明白な法解釈の誤謬があることを指摘したつもりである。それは、事実誤認であっても、採証法則違反、弁論主義違反、経験則違反として、法令違反であり、しかも、著しく重要な誤りであるから、最高裁で判断されて、高裁に差し戻されるべきものと考えたのである。

平成10年に民訴法改正により、上告制限が行われ、上告理由は違憲その他に限定され、上告受理理由は「法令の解釈上重要な事項を含む」ものに限定されたので、最高裁は、本書に掲げた例は、これに当たらないとの立場であろうが、しかし、憲法問題か、「法令の解釈上重要な事項」であるかどうかは、幅のある概念である。最高裁は、これを常に狭く解しているわけではない。あまり一般性がなく、個別の事例判断であっても、破棄することもある。その例として、序章の[追記2]には、葬儀場の目隠し事件を挙げておいたし、最高裁平成23年2月18日判決は武富士の長男が香港に生活の本拠を有していたかについて、否定した高裁判決を破棄して、租税法律主義を理由に(須藤正彦裁判官の意見)、事実上巨額の脱税を法の不備を理由に許容したが、それと比較すれば、本書に掲げた例はすべて「法令の解釈上重要な事項を含む」と解釈すべきものと信ずる。また、そのいくつかには重大な憲法問題もあると思う。この点に関する最高裁の判断は、前後一貫性がなく、恣意的な判断に陥っているのではないか。私見では、この問題を解決するには、上告制限を元に戻すように緩和する必要はない、裁判所が姿勢を変えれば一挙解決と思う。

また、調査官は、きちんと調査しているのか。事実認定でも、第八章で述べるように、一審の杉原則彦、高裁の富越和厚裁判長は、調査官でもあったが、誠に杜撰な、経験則、採証法則、弁論主義に反する事実認定、証拠評価を行っている。それを最高裁調査官が問題としないのであろう。調査官の世界では、このような杜撰な調査が正当化されているのか。闇社会のシンジケートではないかと暗澹たる思いである。『選択』(20112月号)には、「『門前払い』や審理方針で遣りたい放題、『独善』目に余る最高裁の黒子たち」という調査官の実情報告があるが、なるほどという感想を持ってしまう。調査官は民集登載判決だけではなく、却下判決でも名前を出すべきである。

藤田宙靖前最高裁判事は、最高裁判決は、裁判官と調査官の共同作業で、調査官判決というのは誤っていると言われている「法律学と裁判実務」法学74巻5号115頁(2010年))が、本書で取り上げた事件も本当に藤田判事が調査官ときちんと議論した上の結論なのか、日頃藤田教授の鋭い論説を知っている筆者としては、納得がいかないところである。

法解釈でも、本書の各章で述べるように、行政法の解釈は、基本的な解釈ルールに反している。調査官がまともな法解釈を調査していないのではないか。それとも、調査官も、民事裁判官出身であるので、行政法の調査と言えば、最高裁の判例や裁判官の執筆になる解説しか参照せず、不備な判例の自己増殖現象を生じているのではないか。これを解決するには、調査官にも外部の光を当てることが必要である。筆者は学術調査官の採用を長年提案してきたが、行政法の学説に精通し、調査官と論争しても負けない研究者を調査官に採用すべきである。

なお、田中豊『事実認定の考え方と実務』(民事法研究会、平成20年)には経験則違反で破棄差戻しされた例が多数出ているが、本書に掲げる例よりは、その誤りの程度が低いと感ずる。ますますもって、本書に掲げた例が、なぜ破棄されなかったのか、納得いかない心境である。

 

8  このように、最高裁が、憲法問題、法令解釈上の重要な事項を極度

に狭く解釈して、これらを門前払いとするため、逆に、高裁においては、この程度の誤りは最高裁では取り上げられないと、きわめて杜撰な判断をする傾向にある。先にも述べたが、高裁判事のやり放題である。これでは誤判ばかりである。本来は、職権濫用罪ではないか、国家賠償請求も認められるべきではないかと思う。筆者は「行政えん罪」という言葉を発明した。刑事事件のえん罪は注目されても、行政事件の誤判は注目されていない。しかし、行政事件の誤判も、人の人生、会社の盛衰を完全に左右するものである。それはまさにえん罪である。絶対に許してはならないものである。

 

  9   筆者はこうした最高裁と高裁の現状に深く絶望している。日本は法治国家ではない。裁判官は決して尊敬すべき職業ではない。行政訴訟は抹殺されたと感ずる。

 しかし、なお、立派な裁判官も残っていると信じて、最後の勇気を振り絞って、次の提案をする。

上記の悪循環を防止するためには、まずは最高裁が、まともな上告、上告受理申立ては、すべて取り上げるべきである。それは事実認定の誤りであっても、弁論主義違反、経験則違反、採証法則違反として、法令解釈上の重要な事項である。杜撰な法解釈は、法令解釈上の重要な事項とすべきである。また、憲法は実定法の解釈の背景にある重要なものであるから、憲法を無視した法解釈は、憲法違反というべきである。

そして、杜撰な判断をした高裁判事を出世コースから外すべきである。そうすると、高裁判事も、あえて明白な事実の歪曲、重大明白な法解釈の誤りは犯さず、当事者の主張に耳を傾けるようになるであろう。こうして、日本の司法は蘇るのである(具体的な無茶苦茶判決を例に挙げて、この点を主張したのが、阿部泰隆「司法改革の本当の課題(1)~(3)」(自治研究86巻4号以下、2010年、「自治体の訴訟法務と裁判」ジュリスト1411号、2010年)である)。

最高裁がまともな上告事件を取り上げると、超多忙になるであろうが、それなら、とりあえず調査官を増員すればよい。現役の裁判官が足りなくなるなどという必要はない。司法修習生の優秀な者をアメリカ並みに裁判官毎に数人付ければよいし、学者から学術調査官を採用すればよい。そのためには法改正は不要である。そうすれば高裁では丁寧に審理するので、まともに上告できる案件が減り、ちょっと経てば、最高裁は超多忙から脱却できるであろう。 

 われわれはあえて捨て石になって、本書を世に送る。ぜひとも、司法再生の輪を広げていきたい。

 

 10 なお、最高裁の内部に詳しい信頼しうる情報によれば、最高裁ではグード・ケイスが来ると考えるという(これは第4章でも述べている)。かねて実務家の感覚がそういうものだということは聞いていたので、その通りであろうと思う。そして、筆者は、ここに掲載する事件はすべて筋が良く、救済すべきものであり、そのために理論構成をしたつもりである。そして裁判官は、法と良心にのみ基づいて判断するはずであるから、冷静に判断すると信じてきたのである。それでも、筆者の理由書・意見書は、相手にするに値しない謬見とされたのであろうか。ここに書いたことくらいでは裁判官に理由を付けさせるだけの価値さえないというのであれば、そのようなご指摘を理由付きで頂ければ幸いである。

 

11  本書に収録するのは上告理由、上告受理申立て理由、あるいは上告審段階における意見書を中心として、控訴理由書等である。わかりにくい点もあるが、コメントを付け、事案の大筋、論点は分かるように示したつもりである。本当はまだまだ掲載したいが、経費の関係もあり、これだけに限定した。なお、内容的な修正はしていないが、「てにおは」を直したところがあるほか、引用判例が判例集に登載されたり、法令が改正された場合には、その旨を附記した。出典も執筆当時のままである。

 

 12  序章に、このような理由不備の判決スタイルへの疑問をまとめた。怨嗟の声が元裁判官の弁護士からも沸き上がっていることを知ることができる。

 筆者にはこのほかに目下上告中の事件が多数ある。最高裁が、高裁のやり放題を是正して頂けることを期待して、鶴首して待っているものである。本書の2冊目を出す必要が生じないようにして頂きたい。 

 

13 はこのような問題提起に共感を寄せられて、本書の出版の苦労を厭わない熱意を示して頂いた。心から感謝するものである。

                                            平成23年 

                                                 阿部泰隆

 

 

『追記』 第三小法廷の近藤崇晴判事が66歳で2010年11月21日に亡くなられた。歴代の最高裁長官は結構長生きが多く、激務ではないと思っていたが、この若さでは誠に気の毒である。ただ、官舎には壁一面に小説、中島みゆきなどのDVD,漫画などが並んでいて、年に200冊の小説を読破していたという(朝日新聞2011年4月9日夕刊)。人間の幅を広げないとよい裁判はできないとは思うが、しかし、すでによい裁判ができるということで最高裁判事になられたのであるから、定年になるまでは、裁判に専念していただき、定年後に小説を読んでいただきたかった。もし年に200冊の小説を読む時間に上告理由書・受理申立て理由書を精読する時間に回していただけたら、本書に掲載した判決のいくつかは逆転したのではないかと残念である。

 

 

 

 

初出など

序章  「三行半上告棄却例文判決の問題性」 16頁

 初出は第1章の論文と同じく、「三行半上告棄却例文判決から見た司法改革」『園部逸夫先生古稀記念 憲法裁判と行政訴訟』(有斐閣、1999年)505頁以下に掲載されたものである。

 

1章  「違法な都市計画事業を事後的に正当化する都市計画変更決定の誤魔化し」       1000字 16頁 

「三行半上告棄却例文判決から見た司法改革」『園部逸夫先生古稀記念 憲法裁判と行政訴訟』(有斐閣、1999年)

 

2    「京都大学 井上教授事件  大学教員任期制法の騙し討ち」

 

第1節 意見書―大阪高裁平成18年1月26日判決についてー地位確認訴訟  37頁

 

第2節   大阪高裁(平成16年(行コ)第54号)平成17年12月28日判決についてー「失職」通知の処分性 17頁

計 54頁

    

3章  「神戸空港小型機用地訴訟  法的に売れない飛行場用地を売れるという初歩的な法解釈も誤り」

コメント           2頁

第1節 平成17年度神戸空港訴訟控訴理由書 37

第2節 平成17年度神戸空港訴訟上告受理申立理由書    14頁

 計  53頁

 

 

4   「ネズミ捕り訴訟   速度規制裁量の極度の濫用の公認」

添付資料 国道357号線の地図、走行状態の写真 8頁

コメント  9頁

第1節 控訴理由書等  65頁

第2節 上告受理申立理由書 22頁

第3節 上告理由書  6頁

 計 110頁

 

 5  土地収用法77条に定める建物移転料補償の考え方―

移転補償の適用法条の基本的な誤り   23頁

 

 第6章 御影工業高校跡地コンペ方式売却違法事件                   

上告受理申立理由書 35頁

 

7章 給与条例主義違反の給与支出に関する住民訴訟法上の法律問題

意見書  10頁

                                                 

 

第8章                    特商法違反事件、消費者行政における権力濫用

 第1節 控訴審での口頭意見陳述 11頁

第2節        上告受理申立理由書 54頁

  64頁

 

計381頁

 

 

 なお、本来、下記のものも掲載したいと思ったが、費用の関係もあり、それぞれの出典に当たって頂ければ幸いである。 

①   「取消判決の拘束力による不整合処分の取消義務に関する一事例ー在留更新不許可事案についてー」『法治国家と行政訴訟 原田尚彦先生古希記念』(有斐閣、2004年8月)

 

「処分取消訴訟を審理する裁判所の審理を尽くす義務-手続上の理由による取消判決に対する上告、あわせて国家賠償の判断回避の違法性-」『法治国家の展開と現代的構成 高田敏先生古稀記念』(法律文化社、2007年)

  

      杉並区の住基ネット訴訟については、「区と都の間の訴訟(特に住基ネット訴訟)は法律上の争訟に当たらないか」自治研究82巻12号3~21頁、83巻1号3~24頁(2006年12月号~2007年1月号)「続・行政主体間の法的紛争は法律上の争訟にならないのか」自治研究83巻2号3~16頁、3号20~35頁(2006年12月号~2007年3月号)=兼子仁=阿部泰隆編著『自治体の出訴権と住基ネット訴訟(信山社、2009年)137~147頁。

これも最高裁第3小法廷で、法律上の争訟ではないとして門前払いになったものである(平成20年7月8日)が、藤田宙靖前判事「法律学と裁判実務」法学74巻5号119頁(2010年))は、調査官が大変な自信家の場合、強引に既存の引き出しを当てはめてしまって、とんでもない結論に到達してしまうこともありますがとして、宝塚パチンコ条例事件をあげているが、それなら、国の地方公共団体間、地方公共団体間の訴訟を法律上の争訟ではないとするのも、宝塚パチンコ条例事件判決に倣ったものであるから、杉並区住基ネット裁判において、この悪例を変更していただけたら良かったのにと思う。

このほか、私1人で書いたものではないもの、あるいは、別に係争中のため当面控えるものがある。刑事事件では、上告受理申立て理由書を緊急にしかし丁寧に書いたのに、門前払いになり、上告趣意書を提出している案件がある(サービサー法違反事件)。

ここでのサービサー法(債権管理回収業に関する特別措置法)違反事件は最高裁判所第三小法廷平成22()787号債権管理回収業に関する特別措置法違反平成24年2月6日判決(判時2145号143頁)において有罪とされたが、これは、被告人が3審制の保障を完全に奪われた事件であるので、大変不満である。詳しくは、阿部泰隆「行政訴訟における訴訟要件に関する発想の転換」判時2137号2-27頁(2012年)の末尾に記載した。

 

 

 

 『住民訴訟と議会と首長』(地域科学研究会)、白藤博行氏と共著

 住民訴訟で勝ち取った住民の権利を議会の議決で放棄することは無効であるとの主張をわかりやすく講演で述べる。
 平成23年9月16日大阪高裁判決も、この主張を認めた。

 行政法解釈学Ⅰ 実質的法治国家を創造する変革の法理論


2008年末、久方ぶりに、行政法の教科書を出版しました。

今度は「行政の法システム」ではなく、「行政法解釈学Ⅰ」です。

657頁にもなりました。

だいぶ前にできるはずが、大変でした。苦労に苦労を重ねて、やっと作りま した。

内容は、有斐閣のHPからコピーした下記をご覧ください。

「実質的法治国家を創造する変革の法理論」という副題が全てを語っている つもりです。

その続きのⅡも「変革」をテーマに、行政手続、行政訴訟、行政不服審査、国家賠償、損失補償を扱います。行政救済の実効性が基本です。

 http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641130449

 

 

行政法解釈学

行政法解釈学 1 - 実質的法治国家における法システムの解学

体系的な解釈論を重視したテキスト

阿部 泰隆 (中央大学教授)/著

   200812月発行
   A5判並製カバー付 674ページ
  定価 4,935円(本体 4,700円)
I

 

行政法の基本原理と法システムの理解を踏まえ,複雑な条文のもとにおける多様な事例が適法であるかどうかを判断すべく,体系的な解釈論を重視したテキスト(全2巻)。実務的な解釈論が求められる法科大学院での授業のほか,訴訟実務の利用にもたえうる。




 

『やわらか頭の法戦略』(第一法規、2006年)

 はしがき
 これまで、『政策法学講座』の実践編として予告してきた書物ですが、このたび、この6月末にようやく、『やわらか頭の法戦略』として出版されました。内容は、自治実務セミナーに掲載したものが中心ですが、『政策法学講座』を受けて、実例を検討するものです。「ラブホテル撃退策」だけは法セミに昔掲載したものです。書名は、かつて日本評論社から『政策法務からの提言』として出版させていただいたものの副題を借りました。日本評論社の同意を得ています。

 目次に見るように身近な問題を料理していますので、政策法学の実践武器としてご活用いただければ幸いです。

はしがき

 一  本書は先に刊行した『政策法学講座』(第一法規、二〇〇三年)の実例編=姉妹編である。この二年間自治実務セミナーに連載した二〇件のうち、紙幅を考慮して選んだ一六件と、以前法セミに掲載したラブホテル条例を入れて、整理したものである。

 前著は、政策を法的なシステムに作り上げる際に考慮するべきことを順序よく述べたつもりである。本書は、具体的な事例を取り上げ、それを法システムに作り上げようとしたものである。

 二  その方法としては、まずは感性を養って、問題を適切に発見する。現行法の解釈理論を検討する。政策論として、費用対効果、実効性などを重視する。どのようにすれば合理的な法システムになるか、条例の場合には、現行法の隙間をどのようにすればくぐることができるか、等を考える。いずれも、具体例から、問題意識を持って、法的な解決策を工夫したものである。座礁鯨でも、放置自転車でも、地域振興券でも、屋外広告物でも、自販機でも、なんだか変だと、漠然と疑問を持っていたものが、なんでも「政策法学」の種になると気がついていただければ幸いである。他方、このような事情で、これは、体系的ではなく、配列にあまり理由はない。面白そうなところから、読んで頂ければ幸いである。

 三  こうして種々提案しているが、その後に立法的な解決がなされると、せっかくの提案もご用済みとなる。屋外広告物条例や景観条例についての提言の多くは、二〇〇四年に景観法が制定されて、屋外広告物法も改正されたので、もはや反故(ほご)である。医師法の業務独占の緩和もかなり進んできた。私見が実現したのは嬉しいが、〈立法者が三たび改正のことばを語れば万巻の法律書が反故と化する〉とするキルヒマン(ドイツの裁判官)の講演(一八四七年、『科学としての法律学の無価値性』、「Die Wertlosigkeit der Jurisprudenz als Wissenschaft」)を思い出し、半分寂しい気持ちでもある。

 しかし、本書は、新しい政策立法を作るための考え方を工夫したものなので、法制度や事実が多少変わっても、気にしないで、読んでほしい。大きな変更に気がつけば、コメントするが、基本的には発表時のものを維持している。

 四  理論は本書の中でご理解していただくとして、ここで、特にここで、阿部泰隆の「政策法学」の一面として、「儲かる、無駄を省ける」ことを強調したい。

 現場の市長は、街を歩き、住民の苦情を聞き、どれも、「大金がかかる」と、財政難の折、溜息をついているだろう。たとえば、

 放置自転車対策も、ハエを追うようなもので、成果が上がらず、大金がかかっている。屋外広告物対策も同様である。しかし、市長は街を歩くとき、「お、これは金になる」と発想を変えるべきだ。阿部説では、放置自転車を車輪止めして、全部捕まえ、一、〇〇〇円か二、〇〇〇円の過料を取れば、放置自転車対策も黒字になる。屋外広告物も、違反者から過料を取るので、せめて行政経費は回収できるようになる。

 わが町の海岸に鯨が座礁したら、救出するのは大変だ、ノウハウもないし、国から費用が出るのかと、災難のように嘆息するのではなく、「自然からの贈り物だ」として、鯨が息絶えたときに無主物先占して、ひげから歯まで、何でも売ったらどうだろう。もちろん、売れる鯨かどうかは、鯨が座礁しそうなときに大至急市場調査をするのが先決だ。そうでなければ、座礁鯨対策は国の事務だとして、かかわりを拒否したらどうか。

 地域振興券と称して、六五歳以上で市民税非課税世帯に金銭を支給する政策が導入されたことがある(一九九九年)。地元で金を使うようにばらまけば、地域が振興されるというが、費用対効果の観点で意味のない政策だと批判されていた。それどころか、市民税非課税世帯に該当するかどうかは秘密であるため(地方公務員法三四条)、民生部が本人の同意を得て入手していたので、老人は問い合わせを受けて、同意したのに貰えないとか、うっかり返事をしなかったら貰えないということが起きた。阿部説では、こんな手間暇をかけることがなくなる。

 税金の徴収策も工夫している。法定外税を導入するよりも、今の税金を一〇〇%取るように努力すれば、財政難の克服もかなり楽になる。

 無駄な出費を節約する方法もたくさん書いている。

 違法行為をなくすことは、われわれの生活の基盤として不可欠である。公益通報制度、法令コンプライアンスが肝要である。対行政暴力対策は緊要であり、しっかりした組織内ルールを作るべきである。

 ほかにもアイデアは種々あるが、すべて本書をご覧ください。

 五  こうした阿部の提案には種々の意見がある。

 極端だ、現実の政治過程では実現が困難だ、等の反論がある。しかし、検討をする前からダメだと決めかかるとか着地点を決めるのではなく、あるべき姿を先にきちんと描いて、その上で、その実現の戦略を考え、現実と妥協すれば、よりよいものができるであろう。そして、このような過程をたどれば、誰がどこでどのように歪めたかがわかるので、立法過程の透明化に資する。また、阿部の提案は、今のやり方を覆そうというのだから、すぐ実現するはずもないが、多少長い目で見れば結構実現している。読者は短期的な解決策を期待しているかもしれないが、こうした抜本的な提案ができるようになれば、より短期的な解決策を練ることはもちろんできるはずである。

 阿部は、最近、政策法学に傾斜しているとして、いかにも解釈法学から離れていると誤解する向きがある。しかし、政策法学は、解釈法学プラス政策であるから、解釈法学に力を入れなければ、目的を達成することはできないのである。一部自治体では、政策を重視するばかりに、解釈学を軽視する傾向にあるが、それでは砂上楼閣を築くだけである。本書でも、法解釈の工夫をし、その限界を考えながら、その隙間を縫って、政策を立案しようとしていることが理解できるはずである。

 これと逆に、既存の行政過程論を発展させれば、阿部の政策法学をも含みうるという意見もある。行政過程論と称されるものの内容が明確ではないが、結局はいわゆる行政の行為形式論(行政行為、行政指導、契約等)や行政上の一般的制度を中心とする制度の説明と解釈論であって、行政行為の効力に重点が置かれ、阿部流の行政手法という機能に着目した分析、法制度の実効性といった法社会学的分析もほとんどなく、その結果、政策的な思考は希薄であるから、私見とは異質であると思う。

 条文の読み方しか訓練を受けていない法律家が「政策」を論ずるのは不遜であるとの批判もある。確かに、まともに政策を論ずるのであれば、小生の能力を遙かに超える。しかし、単なる条文の読み方だけではなく、法制度の実効性とか、費用対効果の視点を持つだけで、後は解釈学の素養を活用すれば、それなりの立法論ができるし、それは「政策」を本職とする専門家の射程には入っていないということを本書では実証したいのである。

 六  また、最近は、政策法学、政策法務関係の書物も増えている。しかし、その内容は、これまでの法解釈学や法制執務をアレンジした程度のものが多い。それなら、わざわざ政策法務と称しなくても、これまでのものを学べばよいのである。筆者自身も、解釈法学、訴訟法学については別に書物を著している。筆者の政策法学は、不十分ではあるが、これまでのものにさらにもう一歩「政策」と「法」を日本の現場で結びつけようと工夫しているものである。

 各地の自治体では、政策法学研修を取り入れているが、単に関心のある職員を対象に一泊二日、せいぜい二泊三日くらいで片づけようとしているのが普通である。これは応用法学であるから、それでは臭いを嗅ぐだけである。それもそれなりに意味があるが、本格的にはさらにじっくり勉強することが肝要である。自治体でも長期研修を行うこと、公共政策・総合政策大学院等で勉学するのもいいことである。

 もっとも、反対に、わが県・市の職員は優秀であるから、政策法学など学ぶ必要はないと思っているトップも少なくないと思われるが、筆者が管見して、本書で指摘したところでも、HPでパブリックコメントに付された政策条例案などには不備が少なくないと思う。

 筆者もこれらの仕事のお手伝いをしたいと思っている。

 七  本書が、合理的な政策形成に何らかの寄与をすることがあれば、誠に幸甚である。

 校正、索引については、第一法規の木村文男さん、神戸大学大学院の今田浩君、三好規正君にお世話になった。記して謝意を表する。

                         二〇〇四年初秋

                    神戸大学大学院法律学研究科

                    阿部泰隆  

目次

第一章  「座礁した鯨の救出は『発見』した町の責任?ー通達行政の弊をなくせ

第二章  「個人情報を保護しつつ、費用をかけない法施策ー地域振興券を例として」

第三章  「市税滞納者の氏名公表条例の作り方」

第四章  「屋外広告物条例の強化のしかた」

第五章  「屋外広告物法の改正」

第六章  「宝塚市パチンコ店条例門前払い最高裁判決を受けた条例の作り方」

第七章  「放置自転車対策は現場留置が決め手だ」 

第八章  「ペット霊園条例の作り方」      

第九章  「鷹巣町高齢者安心条例に見る高齢者の安心」

第一〇章 「産業廃棄物税は設計次第」

第一一章 「公益通報者保護法(内部告発者保護制度)のしくみと対応方法」

第一二章 「自治体・官庁・企業版法令コンプライアンス制度」 

第一三章 「たばこ、酒の自販機を条例で規制すべきだ」  

第一四章 「風営法パチンコ出店妨害事件の解決策」   

第一五章 「ラブホテル撃退法」

第一六章 「教育をめぐる規制緩和の法律問題」  

第一七章 「救急救命士法と医師法の調和点ー医師法に殺されてはたまらないー」

一  政策法学参考阿部文献 

 阿部泰隆著(本書では、これらの阿部著は出典、出版年を省略する)。

 『国家補償法』(有斐閣、一九八八年)(品切れ)

 『国土開発と環境保全』(日本評論社、一九八九年)(品切れ)

 『行政法の解釈』(信山社、一九九〇年)(品切れ)

 『政策法務からの提言』(日本評論社、一九九三年)(品切れ)

 『大震災の法と政策』(日本評論社、一九九五年)(品切れ)

 『政策法学の基本指針』(弘文堂、一九九六年)

 『〈論争・提案〉情報公開』(日本評論社、一九九七年)(本書中では『情報公開』とする)

 『行政の法システム上・下(新版)』(補遺)(有斐閣、一九九八年)

 『行政の法システム入門』(放送大学教育振興会、一九九八年)

 『政策法学と自治条例』(信山社、一九九九年)(品切れ)

 『定期借家のかしこい貸し方・借り方』(信山社、二〇〇〇年)

 『こんな法律はいらない』(東洋経済新報社、二〇〇〇年)

 『政策法学講座』(第一法規、二〇〇三年)

 初出一覧    

1 「座礁した鯨の救出・処理で町に負担をかけるなー通達行政の弊をなくせ」

     自治実務セミナー41巻4号4-10頁、計7頁。

2 「地域振興券、臨時福祉特別給付金支給要件抽出における税務情報利用の可否」

     自治実務セミナー41巻5号4-8頁。計5頁。

3 「市税滞納者の氏名を公表する条例はどのように構築すべきか」

     自治実務セミナー41巻6号4-10頁。計7頁。

7 「屋外広告物条例の強化」

     自治実務セミナー41巻10号4ー11頁、計8頁。     

  「景観法の制定、屋外広告物法の改正」

     自治実務セミナー43巻5号4-9頁、計6頁。

16 「宝塚市パチンコ店条例門前払い最高裁判決を受けて、市はどうすべきか

     自治実務セミナー42巻10号4-11頁、計8頁。

17 「放置自転車対策あれこれ」

     自治実務セミナー42巻12号4-9頁、計6頁。

18 「ペット霊園条例」

     自治実務セミナー43巻2号

  「鷹巣町高齢者安心条例」

     自治実務セミナー41巻12号4-11頁。計8頁。

11 「産業廃棄物税の法制度設計」

      自治実務セミナー42巻2号4-11頁、計8頁。

12  「自治体・官庁・企業版法令コンプライアンス制度」

     自治実務セミナー42巻3号4-12頁。計9頁。  

19 公益通報者保護法(内部告発者保護制度)にどう対応すべきか

     自治実務セミナー43巻4号4-11頁。

 「たばこ、酒の自販機を規制できないか」

     自治実務セミナー41巻11号4頁ー11頁、計8頁。

4 「風営法パチンコ出店妨害事件の解決策」

     自治実務セミナー41巻7号4-11頁、計8頁

「ラブホテル撃退策」

     法セミ1990年10月号68~72頁、計5頁

「教育をめぐる規制緩和の法律問題」

     自治実務セミナー43巻9号4-12頁

   「救急救命士法と医師法の調和点ー医師法に殺されてはたまらないー」

     自治実務セミナー41巻8号4-10頁。計7頁。

 先に自治実務セミナーに掲載したもののうち、本書には掲載しなかったのは下記のものである。

「景観条例の強化」自治実務セミナー41巻9号4-10頁、計7頁。

「決定型住民投票法案の検討」自治実務セミナー42巻6号4-9頁。

「国立公園の過剰利用対策ーネット入札の提唱」自治実務セミナー42巻8号4-9頁。

「邪魔な横断歩道橋を廃止せよ」自治実務セミナー42巻1号4-9頁、計6頁。

「兵庫県産業廃棄物等の不適正処理の防止に関する条例案の検討とパブリック・コメントのありかた」自治実務セミナー42巻4号4ー13頁。




目次

第一章 「座礁した鯨の救出は『発見』した町の責任?ー通達行政の弊をなくせ

第二章 「個人情報を保護しつつ、費用をかけない法施策ー地域振興券を例として」

第三章 「市税滞納者の氏名公表条例の作り方」 

第四章 「屋外広告物条例の強化のしかた」

第五章  「屋外広告物法の改正」    

第六章 「宝塚市パチンコ店条例門前払い最高裁判決を受けた条例の作り方」

第七章 「放置自転車対策は現場留置が決め手だ」 

第八章 「ペット霊園条例の作り方」            

第九章 「鷹巣町高齢者安心条例に見る高齢者の安心」

第一〇章 「産業廃棄物税は設計次第」       

第一一章 「公益通報者保護法(内部告発者保護制度)のしくみと対応方法」

第一二章 「自治体・官庁・企業版法令コンプライアンス制度」 

第一三章 「たばこ、酒の自販機を条例で規制すべきだ」    

第一四章 「風営法パチンコ出店妨害事件の解決策」     

第一五章 「ラブホテル撃退法」               

第一六章 「教育をめぐる規制緩和の法律問題」 

 

   

『環境法 第4版』(有斐閣、2011年)(共編)


  



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