本文へジャンプ             阿部泰隆学術賞授与

阿部泰隆学術賞授与者

阿部泰隆学術賞授与理由

 2015年10月16日

 

常岡孝好氏

 常岡孝好氏は、パブリック・コメント手続、行政立法・行政裁量の司法審査、裁量基準の法的性質、行政審判手続について、アメリカ法を中心とする比較法研究を背景に、立法論、解釈論の両面にわたって、詳細・着実かつ先駆的な業績を上げ、特にパブリック・コメントについては実際の立法につなげるとともに、適正考慮要求権、個別的考慮を受ける権利等の情報参加権を提唱した。国と地方公共団体の間の争いを巡る「法律上の争訟』概念についても鋭い分析を加えた。また、阿部泰隆『行政法解釈学I,Ⅱ』について、著者自身による考察をさらに掘り下げた広汎かつ緻密な分析を行い、その成果を更に発展させるとともに、行政法理論の一層の高度化、汎用性の拡大に多大な貢献をした。

以上の広範に及ぶ高度のレベルの研究業績は卓越したものであり、阿部泰隆学術賞の基準を満たすものである。

 

福井秀夫氏

 福井秀夫氏は、特に法と経済学を活用して、行政法のみならず、法学一般や法実務全般に関しても鋭い論陣を張ることによって、従来の思考様式の転換を求めてきた。定期借家権創設、短期賃貸借保護撤廃を初めとする競売法制改革、老朽化マンション対策、マンション標準管理規約改正、司法改革等においては、理論をリードするだけではなく、制度改正の中核となって、斬新な立法等を実現した。さらに、規制改革の中心的な理論家として、広く土地利用規制、医療、農業、教育、労働などに関する既得権尊重の法制度にメスを入れて、国家の本来の役割を適切に踏まえた制度改革を提言し、多くを実現してきた。

また、行政法の理論についても、これまでの行政法学とは全く異なる法と経済学、ミクロ経済学の観点からメスを入れている。行政事件訴訟法101項の自己の利益に関係ない違法の主張制限、同37条の4の差止め訴訟の提起時期、混合診療を禁じる行政措置の違法性、民事上の景観権の成立可能性、タクシー需給調整に係る行政処分の限界などについては、緻密で鋭い解釈論に基づく現実の法廷への意見書提出によって、新たな法解釈理論を判例法に結実させるという鮮やかな実践をも多数手掛けてきた。これらのすべてが学術論文として世に問われていることも快挙である。

阿部泰隆学術賞授与理由

 

 2016年12月

 

木佐茂男氏
 

木佐茂男氏は、主に、地方自治と司法の両面にわたり、現場からの生きた現状分析とそれを活かすための提言を行ってきた。それも、日本だけではなく、ドイツ、スイス、韓国、台湾の研究者、日独の裁判官との緊密な交流も含め、余人にはできない成果を生み出した。そして、それは地方自治の充実を求める者、良識ある司法を願う者へ多くの影響を与えた。

 著作は多数ある(http://iss.ndl.go.jp/から検索できる)が、地方自治については、『豊かさを生む地方自治』(1996年)がまさに「足で稼いで頭で考えた」栄光を放つ業績であった。その後、『国際比較の中の地方自治と法』(2015年)、『自治基本条例は活きているか:ニセコ町まちづくり基本条例の10年』(共編著、2012年)、『分権の光 集権の影』(共編著、2003年)、『地方分権の本流へ』(共編著、1999年)等をまとめた。筆者も参加させていただいた文部科学省の科学研究「地方自治法制のパラダイム転換」は木佐教授の下で3冊の専門書の刊行が期待されている。

 司法については、博士論文となった『人間の尊厳と司法権:西ドイツ司法改革に学ぶ』(日本評論社、1990年)が、「開かれた親切な裁判所と行動する裁判官」という特色を持つドイツと比較した日本の司法官僚制に鋭く切り込んでいる。これは台湾で読まれ、その司法改革に大きな影響を与えた。この書物を基に、日独の裁判官の姿勢を比較対照した記録映画「日独裁判官物語」の作成に関与して、司法の市民化への大きなうねりをつくった。

 さらに、司法への関心は、『テキストブック現代司法』(共著、2015年)、『自由のない日本の裁判官』(共編著、1998年)等の形でもまとめられている。

本年は『司法改革と行政裁判』(日本評論社)が刊行された。司法改革という制度改革よりも、それを担う人の改革こそが肝要であり、最高裁事務総局こそが問題の根源にあることが指摘されている。

こうして、日本での改革が困難であることから、東アジアの改革推進に協力し、その圧力で日本を変えることに力点を置いている。その一端として、2005年に台湾の司法院(憲法裁判所・最高裁判所)から、スカリア判事についで、2人目の司法院国賓として招待されている。このような比較研究実践も前例に乏しいものである。

このような研究スタイルは文献中心の従来の研究者と全く異なるものであるし、多くの研究者には及ばない偉大な研究姿勢と成果に感嘆するものである。そして「三つ子の魂百まで」とぶれないこと、御用学者でないことも心から尊敬する次第である。

以上は、行政法学のパラダイム転換を進めた画期的な業績であり、阿部泰隆学術賞の基準を満たすものである。

 

中川丈久氏

行政法の理論的研究の主流を歩む中川丈久氏は、アメリカ法に精通しており、その思考を背景に、特に最近次から次に多数の論考を公にし、これまでの混迷した論争に快刀乱麻のごとく切り結び、きちんとした整理のもとに、これからの行政法学の理論的なあるべき方向を示している。行政法全般の理論の組み替えが期待される。

 研究キャリアの初期に、司法権についてはコアとフリンジという柔構造で捉えることを、また行政権については執政権と執行権を分離することを指摘するなど、権力分立の構造について先駆的な主張をした(「行政活動の憲法上の位置づけ」神戸法学年報14号、1998年、「行政事件訴訟法の改正――その前提となる公法学的営為」公法研究63号、2001年、「立法権・行政権・司法権の概念についての序論的考察」塩野宏先生古稀記念『行政法の発展と変革(上)』(有斐閣、2001年))。

また日米の行政手続・行政指導の共通性と異質性を体系的に示すことに成功した(『行政手続と行政指導』(有斐閣、2000年)、“Administrative Informality in Japan: Activities Outside Statutory Authorization, Administrative Law Review Vol.51 (2000))。さらに平成16年の行政訴訟事件訴訟法の改正作業に参加した成果として、アメリカ行政訴訟の全体像を示すとともに(ジュリスト1240~1243号、1248号、2003年)、現在の当事者訴訟の活性化につながる先駆的な研究も公表した(「行政訴訟としての『確認訴訟』の可能性」民商法雑誌130巻、2004年)。

近時においては消費者法における行政法の役割を強調し、行政法と民事法の融合的な制度設計の提案をしている(例えば「消費者被害の回復――行政法の役割」現代消費者法8号、2010年、「消費者」公法研究75号、2013年)。

 また、現在の行政法総論は、行政実体法の仕組みやその解釈運用を体系的に取り上げようとする構成になっていないとして批判して、新しい行政法総論への展望を示した(「行政実体法のしくみと訴訟方法」法教370号60頁、2011年)。また、抗告訴訟の諸類型は全て当事者訴訟に置き換え可能であるから、これらの訴訟は同質であることを指摘して(「行政訴訟の基本構造――抗告訴訟と当事者訴訟の同義性について――」民商法雑誌150巻1、2号、2014年)、訴訟類型の意義を低下させ、訴訟の窓口の混乱を減少させる理論を提示したうえで、学説史および最高裁判例の分析を行ってその理論を根拠付けている(「抗告訴訟と当事者訴訟の概念小史――学説史の素描――」行政法研究9号、2015年、「行政訴訟の諸類型と相互関係」『行政手続と行政救済(現代行政法講座2)』(日本評論社、2015年)。行政法総論、行政訴訟の再編成が期待される。

国家賠償と抗告訴訟の違法性が行政行為を対象とする場合同じである場合とそうでない場合があることを矛盾なく説明する方法として,そこで争われている不法行為が何かに着目することを提案し、この論争に大きな解決・着地点を示した(「国家賠償訴訟における違法性と過失について」法教385号、2012年)。

行政行為という概念に従来の学説では過大な意味を与えられているとして、無用な理論を削減し,国際的に受け入れ可能な行政行為概念とは何かを示した(「行政法の体系における行政行為・行政処分の位置づけ」『行政法学の未来に向けて』(有斐閣、2011年)

原告適格について、最高裁判例の分析を通じて、その延長線上にきわめて緩和的な原告適格論が展開可能であることを、理論的根拠をきちんと説明して提示している(「取消訴訟の原告適格について」法教379~381号、2012年)。

以上は、行政法学のパラダイム転換を進めた画期的な業績であり、阿部泰隆学術賞の基準を満たすものである



   

 

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