本文へジャンプ          阿部泰隆の経歴

1・2類一般用医薬品ネット販売禁止違憲訴訟、逆転勝訴

1 一般用医薬品のネット販売(を含む郵便等販売)は従来認められてきたが、平成2126日に薬事法施行規則(厚生労働省令)は「郵便等販売」の制度を創設して、一部例外(離島、継続使用者への販売)を除いて第一類・第二類医薬品の販売を全面的に禁止した(施行は同61日)。そこで、ケンコーコム(株)(東京都港区)と()ウェルネット(神奈川県横浜市)が医薬品の郵便等販売をすることができる地位の確認(いわゆる公法上の当事者訴訟)などを求めて、関葉子弁護士と私が代理して、平成21525日国を被告に行政訴訟を提起したが、東京地裁(岩井裁判長)は平成22330日(判時2096号9頁)原告の請求を棄却した。店舗販売の方がネット販売よりも優れていると、根拠もなく断定し、副作用の例もないのに副作用が心配だからと、ネット販売は禁止だというのである。驚くべきことである。これでは街を歩くのも飛行機に乗るのも子どもを作るのも皆リスクがあるから禁止すべきか。憲法の立法事実論以前である。この裁判官たちは、司法試験ではいったいどんな答案を書いたのだろう。普通に言えば合格するはずがない。おそらくは司法試験では大秀才であったが、裁判所という組織の中で正義感が鈍磨したのであろう。

2 高裁では、ネット販売を禁止するだけの立法事実があるかどうか、それでも禁止することが憲法上許されるかに焦点を合わせて審理された(弁護士玄君先ほかが加わる)。

東京高裁平成24年426日判決(三輪和雄裁判長)はこの一審判決を取り消し、原告を逆転勝訴させた。ただし、理由の中心は委任立法論、省令には薬事法の授権がないという点であって、ネット販売禁止が営業の自由を侵害して違憲になるかという違憲論争は中心ではない。審理の中心になかった論点で決められたのである。

薬事法は、店舗販売業者が行う第一類・第二類医薬品の郵便等販売を一律に禁止することまで厚生労働省令に委任しているものではないから、郵便等販売を規制した規制を定めた部分は、法律の委任によらないで国民の権利を制限する省令の規定であるとしたものである。特に薬事法36条の6は「必要な情報を提供」することについて厚労省令に委任しているのであり、これがネット販売禁止・対面販売禁止を定めるものとは読めないというものである。この論点は弁護団でも私が一人強く主張したものであり、役だって良かったと思っている。これについては、「違憲審査・法解釈における立法者意思の探求方法」『加藤一郎先生追悼論文集』(有斐閣、2011年)69~94頁に書いた。

3 厚労省は、対面販売の原則、ネット販売禁止を薬事法に正面から規定すれば、果たして対面で薬剤師、登録販売員がきちんと説明するのか、薬を買う人だけではなく、後で使う人にも説明するのか、ネットで買ったら説明は不十分で、副作用が頻発するのかが争点になり、国会どころか、政府の法案審査をする内閣法制局も通らないので、国会では曖昧なままにし、内閣法制局さえ関与しない省令で権利義務を左右する規定をおいて、法律の授権がある、国会でも議論されたと称するのである。国会の民主的な立法過程、法律による行政を無視する、立法権簒奪である。地裁は、いくら言っても、これに騙されたか、行政を負かせる元気がなかったのか、屁理屈を書いたのである。

4 高裁は、結審から判決言渡しまで1年も経っているから(勝たせるならすぐ書けるはず)、原告を勝たせる気がないのかと心配していたが、勝訴させていただいて、本当にほっとした。

高裁は、原告の違憲論の主張は理解したようである。それなら、本来の違憲論争ではなく、省令への委任がないという論点を取り上げたのはなぜか。おそらくは裁判所は正面から違憲と判断する勇気がなく、落としどころを探っていたのであろう。

しかし、この判決はネット販売禁止の違憲論をやっていないわけではない。

 1,2類の一般用医薬品のネット販売を副作用もないのに禁止するのは違憲との論点については、正面からは判断していないが、「本件規制に係る規定は、これによって憲法22条1項において保障されている営業の自由に係る事業者の権利を制限するものであることからすると、その委任規定においては、明確性が求められると同時に、委任規定の立法過程において、その制限される権利について合憲性の推定が働くような資料に基づく議論がされているべきである」と述べている。      

そこで、ネット販売禁止を導入しようとすれば、薬事法自体を改正しなければならない。そこでは、ネット販売には、副作用があり、それを禁止するほどの必要があることを資料に基づいて立証しなければならない。ネット販売の副作用は厚労省の調査では出てこないのであるから、法改正も容易ではないだろう。

 5 ネット販売の規制をどうするかは、行政刷新会議などで議論されているが、議論する前提(薬事法の授権)がなくなった。とにかく、この判決が確定すれば、ネット販売は全面的に自由になる。次の薬事法改正までは、省令で、「情報提供の方法」を定めるだけであり、それもネットに限定せずにすべての販売方法に共通のルールを定めるべきである。国は、この裁判でも、「食間」に飲むとの説明を、ネットでは、「食事中」に飲むと誤解する人がいるから、薬局で「食後2時間」と教わらなければならないと主張していたが、薬局でそんな説明をしていてはくどいだけだろうが、そんな説明を聞いたこともない。それこそ情報提供の方法としてきちんと書面で書くように定めるべきである。私はそれなら、薬の外箱の説明において「食間」という語の代わりに、「食後2時間」とすれば薬局で説明がなくても徹底すると主張していた。

役人は私には理解できない屁理屈を考え出す天才であるが、なぜこんな主張をするのか。私が裁判官であれば、屁理屈を言う方はまともな理屈がないのだと、敗訴させるのに、行政訴訟では、裁判所は屁理屈に時々騙されるし、騙されなくても、行政側を不利に扱わないので、行政としては屁理屈を言って損することはないらしいのである。

ついでに、薬害被害者の団体は、薬害を起こしてはならないとネット販売に反対しているが、薬害は、ネット販売では起きておらず、厚労省の薬の製造承認の段階のミスで起きたものであるし、せいぜいは処方箋薬、薬局販売のもので起きているのである。なぜこんなに問題のすり替えをするのか。これは誰でもわかることかと思ったら、この判決を報道したテレビでわざわざ薬害被害者団体に発言させていたので、テレビの担当者もわかっていないと思い、ここに附言する。

国が、これに対して上告すれば、原告はさらに当面販売できないこととなり、いたずらに権利を侵害されるので、上告すべきではないが、仮に上告するとすれば、原告の権利を違法かつ故意過失で侵害していることは明らかであるので、国家賠償請求も当然に成り立つ。本来は省令が制定された3年前から賠償請求権がある。

なお、原告2社も良くめげずに頑張ったものと思う。とにかく長いものに巻かれろという国では、大部分の業者は降りてしまうのだから。しかし、この裁判の結果、他の業者がネット販売を開始して、フリーライダーの利益だけ取る。行政訴訟勝訴報奨金の制度(私だけが提唱)がほしいものだ。



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