本文へジャンプ          阿部泰隆の経歴

参議院総務委員会口頭陳述

 

                    2017年5月30日 

      弁護士 神戸大学名誉教授 東京大学法学博士

 

1  本日は、参考人としてお呼び頂き、本当に感謝しています。

私は行政法研究者として半世紀以上、行政関連事件弁護士として12年、法治国家の実現を目指し、住民訴訟も、原告側で多数行っています。その成果は、『住民訴訟の理論と実践、改革の提案』(信山社、2015年)で公表しています。行政の違法を多数是正させました。

2  今回の法案は、権利放棄議決について文言上無制限に認められるようになっているため、地方公共団体の違法行為を是正し防止するために大きく寄与してきた住民訴訟を死に追いやるものです。改正法案ではなく、改悪どころか、死刑宣告法案です。その結果、地方公共団体では安心して違法行為がはびこります。法治国家の破壊行為、まさに「放置」国家です。そのようなことはこの憲法の下では許されるわけがありません。参考資料として最近の私見を配布させて頂きますので、ご覧下さい。

 3  認知症に陥った老人(被後見人)の財産を管理している成年後見人が、それを自分の口座に移したとしたら、横領罪ですね。後見人を監督する後見監督人が、それを問責して、責任を追及すべきところ、まあよろしいかと目をつぶった(あるいは、通帳を提出させるなどのまじめな監督をせずに、気がつかなかった)としましょう。これでは、後見監督人が後見人の共犯となって老人の財産をかすめ取ったことになります[1]

 まさかこれで良いという先生はおられませんね。

 4  都道府県知事、市町村長(これを以下、市長で代表させます)は住民に代わって、住民の財産を管理しています。いわば後見人のようなものです。議会は、執行機関を監督しています。いわば後見監督人のようなものです。

市長が、市有財産売却の際入札にすべきところ、随意契約で、しかも、著しく低額で売ったとしましょう。あるいは、土地を著しく高く買った、ゴミ焼却施設を、入札にすべきところ、随意契約で、しかも、著しく高く買ったとしましょう。これらは違法行為です。そして、市には差額分の損害が発生します。市長個人に注意義務違反があれば過失ありとして、市に対する賠償責任が生じます。不法行為です。つまり、市は市長個人に対して、賠償請求権という権利を取得します。市の代表者である市長は、この市の権利を管理しています。それは住民の財産ですから、誠実に管理しなければなりません(地方自治法138条の2)。それを放棄することは、この義務に違反します。

議会がこの権利を放棄するという議決をしたり、放棄するという条例を制定したら、後見監督人が後見人の監督を怠っているのと同じで、市長の背任罪の共犯になっているのです。

これは市長が議会の多数派の支持を受けている場合だけ可能です。少数与党だったり、市長を退任していると、議会は放棄議決をしてくれません。議会と市長が仲間のときだけ、市長を免責できるのです。

これはなぜ許されるのでしょうか?

5  地方自治法96条1項10号は、議会は権利放棄議決をすることができるとして、それを制限する文言を置いていません。最高裁平成24年4月20日判決が権利放棄議決に広い裁量を認めたのはこの条文だけに着目したものです。

しかし、法律の解釈は、断片的な文言ではなく、法律の全体の体系・構造から導かれるものです。裁判所が断片的な文言に着目するので、平成16年の行訴法改正の際に、9条(原告適格の根拠規定)に、「根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。」との文言が追加されたのですが、しかし、裁判官の誤った法解釈の方式は改まっていないのです。

財産管理権は長にあるのであって、議会は、長が誠実に管理しているかどうかを監視するのが任務です。そして、議会は、長と同じく、住民から信託を受けた財産を誠実に管理する責任があるのです。したがって、議会も長も、住民の財産を放棄する裁量権を有していません。

総務省はこれに同意するはずです。総務省は違うと言われますか。

6 このように、権利放棄を議会の裁量とした最高裁平成24年4月20日判決は、法解釈の基本を誤った、信じられない、誤った判決なのです。

この事件では、私が原告を代理して最高裁に答弁書を提出しましたが、判決では一切触れられず、反論もありません。これは両当事者の主張を踏まえて判断するという裁判制度の基本に反するものです。

そうすると、この判決を前提にする理由はないのです。不合理な判例を修正するのが立法府の責務です。

7  しかも、今回の法案では、過失の場合、責任の限度額を設定しますので、市長がわずかな過失で重い債務を負うことはありません。保険でほぼカバーできるでしょう。したがって、権利放棄議決は必要ありません。

8  その上、権利放棄について、地方制度調査会が係争中は禁止する答申を出しており、総務省の原案も同様でした。

しかし、なぜか内閣法制局で、いつでも放棄できることになっただけではなく、故意、重過失の場合でも放棄できることになってしまいました。

市長が故意に公金を使い込んでも、議会が仲間なら権利放棄して免責にできる条文です。そんな法制度は何処にもありません。

住民なら無資力などでなければ債務は免除されません(地方自治法施行令171条の7)。カネミ油症の被害者が仮執行で取った金銭の返還義務は免除されましたが、一般的な議会の議決ではなく、特別法が必要なのです(カネミ油症事件関係仮払金返還債権の免除についての特例に関する法律、平成19年法律第81号)。いかにも不均衡です。

9  これに対しては、その権利放棄が無効だとして住民訴訟をすれば良いという反論があるでしょう。

しかし、住民側はもともとの公金支出を違法過失ありとして裁判で勝っても、もう一度権利放棄議決無効の裁判をやらないと勝てません。そして、この法案では、放棄の基準が何も書いていないので、裁判所はまたまた法体系全体を見ず、この文言だけを見て、権利放棄は原則自由だと判断するおそれがあります。これでは住民が裁判で勝つのには大変な苦労をします。

まさに、桃栗3年柿8年住民訴訟10年です。これでは、いくら正義のためとはいえ、疲れて辞めます。私は住民訴訟を新規には受任しないこととしました。

10  衆議院総務委員会(5月18日)における民進党井坂信彦議員の質問に対する高市総務大臣の答弁とそれへの反論を申し上げます。

   議会の議決による権利放棄議決については免責条例との均衡を踏まえて適切な判断がなされる、軽過失責任制限制度を考慮要素として、本制度と放棄議決の均衡を踏まえた判断がなされる。

 どのような場合に放棄を禁止・許容するべきかについて要件を法律で明確に規定することは極めて困難である。

しかし、では、どんな例外があるのか。大臣からきちんとした答弁をしてほしいものです。例外が思いつかなければ、全面禁止です。違法行為から生じた賠償請求権を放棄すべき例外は思いつかないので、全面禁止にすべきです。例外があるなら、それを明文化すべきです。あれこれありそうだとしても、原則は自由ではないので、「正当な理由のない限り」「やむを得ない場合でない限り」といった規定を置くのが立法の常道です。それについても、争いは起きますが、要件を定めないよりは遙かにましです。

② 議会による権利放棄はこれまでも認められていた。

しかし、それは地方自治法の構造に反するもので、総務省の見解ではなかったはずで、これまでの権利放棄議決判例が誤っていたのです。

  地方公共団体の財産の管理処分権を一律に制限することは地方分権の考え方にそぐわない、

これは吃驚。今の地方自治法は地方公共団体の財務について一律に規定しており(地方自治法208条以下)、債務の免除も無資力などでなければ認めていません(地方自治法施行令171条の17)。地方公共団体の自主的判断など尊重されていません。

   総務省は適切な助言を行う、

総務省がどんな助言をするのか、それが守ってもらえるのか、皆目不明ですから、白紙委任です。こんな発想はそれこそ、地方分権に逆行します。法律でルールを明確にすれば一挙解決です。

  監査委員の意見を聴取する。

しかし、監査委員が不適切な意見を述べても責任を負わないから、監査基準は訓示規定止まりです。不適切な意見を述べた監査委員の責任追及制度を置かなければ一貫しません。

   地方公共団体の自主的判断を尊重する。

しかし、権利放棄議決は、市長と多数派議会は仲間の場合に行われるもので、本当の自主的判断ではありません。

市長側は違法行為をしても、議会の多数を味方につけている限り安心です。住民側はどうせ権利放棄されると思うと、住民訴訟を提起する意欲が減退します。自治体では違法行為のオンパレードになります。

11 そこで、権利放棄議決は原則禁止すべきです。

違法行為から生じた債権の放棄は全て禁止すべきです。軽過失の場合は、すでに責任軽減措置が講じられているから、権利放棄の対象外とすべきです。故意又は重過失のある場合は、なおさら権利放棄できないとすべきです。

与党は、衆議院では修正案に応じませんでしたが、要件を明確にして、争いをなくそうという修正になぜ反対でしょうか。

12 許される場合としては、例えば、第三セクターの破綻の際に、銀行団と協調して債権を放棄します。自治体だけ放棄しないわけにはいかないので、議会の同意により放棄することを認めるべきです。これは違法行為から発生した権利の放棄ではありません。民進党修正案にいう「やむを得ない場合」はこういう場合です。

13  それから、市長は、責任が重いから必要な施策も出来ないなどと言いますが、それは法令コンプライアンスをしっかりやれば良いのです。素人判断でやってはいけません。問題がありそうなら部下にしっかり検討させ、さらに外部の有力な法学者や弁護士にきちんとした意見書を出して貰えば、安心です。これまで責任を問われたのは、素人考え又は独断専行事案ばかりです。市長といえども、法律と司法の下にあり、自分は専門家ではないのだと考えれば、法令コンプライアンスが不可欠なのです。この前河村たけし名古屋市長サイドから、名古屋城木造建築案の補正予算を専決して良いかという質問があり、意見書を提出しました[2]。責任が生じない手立てを講じたのです。市長はその通りにしました。こうすれば良いのです。

法令コンプライアンスをやっても、故意又は重過失を犯した場合、救済すべき理由はありません。

14 さらに、それでも、必要な施策については、予め議会に、この施策で法的責任が生じた場合にはその責任を免除するという議決を得て、実現することです。そうすれば、安心です。議会も、違法行為が行われる前に、一緒に判断するので、責任を果たしたことになります。

15 長の違法行為から生じた第三者に対する不当利得返還請求権についても、原則として放棄禁止とすべきです。

16 以上、権利放棄議決については、民進党の修正案に与党の先生もご賛同くださいますよう、お願いします。

 

修正条文 阿部案

第一案 法案242条の2第10項、「普通地方公共団体の長は、普通地方公共団体の財産その他の権利を善良な管理者の注意義務をもって管理しなければならない。

 二  普通地方公共団体の議会は、第96条1項10号の規定にもかかわらず、都道府県知事、市町村長の違法行為から発生した普通地方公共団体の損害賠償請求権を放棄する議決をすることはできない。

 三  普通地方公共団体の議会は、長が行おうとする行為について、正当な理由があるときは、仮に将来違法とされても法的責任を免除する旨の決議を総議員の4分の3以上の多数により行うことができる。

 

第二案 どうしても無理なら、総務省の当初案に戻すべきである。これは日弁連案も同じである。



[1]  なお、未成年後見人による未成年被後見人の保険金横領に付き家事審判官による未成年後見人の後見監督が国家賠償法1条1項に基づき違法とされた例がある。宮崎地判平成26年10月15日判時2247号92頁。横田光平「判例評釈」自治研究93巻3号135頁。

[2]  阿部「補正予算が繰り返し継続審議のままの場合の市長の専決処分」自治実務セミナー近刊。





フッターイメージ