本文へジャンプ          阿部泰隆の小説・市長「破産]

はんわしの「評論家気取り」
はんわしの「評論家気取り」

201398日日曜日

    http://hanwashi.blogspot.jp/2013/09/blog-post_8.html を転載させて頂く。

【読感】市長「破産」 住民訴訟の実態を小説で学ぶ

たまたま数日前ですが、三重県内の某市役所が元市長(すでに政界を引退している)を訴えていた民事裁判で、元市長が地裁から1億7785万円の支払いを命じる判決を受けたというニュースが伝えられていました。

  元市長が、市から訴えられる。

  その発端となったのは、この元市長が現役時代、市の施設建設のために購入した土地が著しく高額であり、そのように適正価格をはるかに上回る代金を市費で支払ったのは違法な支出であって市に損害を与えたので、市長が個人的に弁済すべきだという、いわゆる「住民訴訟」を起こされ、6年前に元市長の敗訴が確定していたためです。

  住民訴訟とは地方自治法に規定された特殊な形態の訴訟のこと(地方自治法242条の2)です。

  首長(都道府県知事、市町村長)や職員が、職務に関して違法な行為を行った場合、住民が、地方自治体に代わって首長に対し、違法な行為の差し止めや損害賠償の請求などができる訴訟であり、有名なのは業界で「四号請求」と呼ばれる、首長などの違法な支出に対して住民が損害賠償を請求できる住民訴訟です。

 

  全国に2000ほどある地方自治体の中には、法的に正当性が説明できない ~地方自治法や地方財政法、民法などの法令に違反している可能性が高い~ 財政支出(予算執行)が首長のトップダウンで強引に実行されたり、秘密裏に実行されたりすることも少なくなく、住民訴訟を起こされる事例も多数にのぼります。

  そのような住民訴訟の実態を「小説」も交えてわかりやすく説明したのが本書

 市長「破産」 吾妻大龍著 信山社新書 です。

 この本、非常に面白いので、地方公務員(特に行政職)の方にぜひ読んでいただきたいと強くお勧めします。

 

 吾妻氏によれば、「首長は、きわめてリスクの高い職業」です。

  年俸はせいぜい2500万円くらいなのに、仮に住民訴訟で敗訴して「億」の付く責任を負わされたら、普通なら個人で支払うことなどできません。首長本人は自己破産、遺族は限定承認か相続放棄するしかありません。(実際、某政令指定都市の元市長は住民訴訟で敗訴して26億円の支払い判決を受け、遺族は相続を限定承認せざるを得ませんでした。)

  このような住民訴訟が提起されるのは、首長は自分(たち)の常識が裁判所でも通用すると信じ込み、法的なリスクをあらかじめ検討しない例が少なくないからです。

 

  現実には、自治体が財政支出をするためには、その財源となる予算が必要で、予算の決定には議会の議決が必要です。また、事前に出納局の検査や、事後には監査委員による監査が行われており、いわば二重三重のチェックがかかっているはずです。しかしそれでも、市が外郭団体(財団法人)に対して、出向している市職員の人件費を補助金として交付していたなどの違法支出で、住民訴訟に敗訴する例は枚挙に暇がありません。

 

  これに対処するためには、支出が手続きを適正に踏んでいるかだけでなく、支出の目的や内容も法的に問題がないものか、チェックを十分に行う自治体法務の強化が必要だと吾妻氏は説きます。

  つまり、自治体職員自身による法解釈能力やリーガルマインドの向上、ある政策課題について法的な課題やリスクは何かを正しく把握し、法的な解決方法を導ける政策法務能力の涵養が重要なのです。もちろん、出納局や監査委員などが首長の顔色を伺うのではなく、毅然として本来の職務を執行することも求められます。

  

  ただ、わしのような地方自治体の職員から見ると、なかなか難しい問題も残っています。

  まず、地方自治法の住民訴訟の規定では、訴えられる(被告になる)のは首長だけでなく、支出を担当した一般職員も含まれています。個人の不正行為はともかく、上司からの命令に従って執行したものまで職員個人の責任を問われるのは酷に過ぎないかとは、率直に思います。自分で進んで就任し、権力を握っている首長とは、立場も権限もまったく違うのです。

 

  自治体の法務能力の強化についても、専門の法律職の採用や養成、職員の法務資格の取得奨励、政策法務の研修などはまったく不十分です。

  吾妻氏がこの本の中に生々しく書いていますが、現実には法学部出身者が多数職員に採用されているにもかかわらず、日常の業務の局面では、自治体は国(省庁)に予算や権限を握られているため、いかに国の法令解釈に通じているか(国と同じ考え方ができるか、過去の行政実例をたくさん知っているか)にもっぱらエネルギーが割かれてしまい、自治体独自の解釈や、まして国の解釈に疑問を唱えるごとき解釈をすることなど考えも及ばないし、その知識もありません。

  三重県でも最近やっと弁護士有資格者を職員採用しましたが、有期雇用であり、何年後かにはいなくなってしまう不安定な身分です。

 

  以前このブログで「スーパー公務員」ブームの危うさを書きましたが、本当に能力の高い地方公務員を養成する近道は、「失敗を恐れない」だの現場重視だのといった精神論や、政治家や省庁へのロビイングのススメではなく、政策法務の能力を高めることだと思います。 





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