● 加奈子と理香 (前 篇)


【 はじめに 】

私の名前は、小野まさお。 妻の名前は理香。

私より幾つか年下の妻は、ポッチャリ系なので齢相応より若く見られがちです。



私の性格はと言うと、別に不器用ではありませんが 口数も少なく控え目な方・・・ 

そして、妻の方はそんな私に心から尽くすタイプ ・・・


二人とも穏やかな性格なので、我を張り合ったり、相手を非難して喧嘩になったりするようなことは一切ありません。



周りの方の目にも“おしどり夫婦”に映るようですが、このように夫婦仲が丸く治まっているのも、

お互い相手を理解し、あれこれ気を回しながら向き合ってきたからかもしれません。



しかし、人の心の中はわからぬもの・・・ 

私が、妻のことを心より愛しているのに、彼女が他の男に抱かれることに異常な興味を覚える裏の一面を持っているなんて、

一体、誰が想像できるでしょうか。



決して二重人格ではありませんが、私はこのような願望を仮面で覆い隠しながら、

これまで素知らぬ顔で、周りの人々と関わってきたのです。



私ではない誰かに妻を愛してほしい・・・ そして、妻と他人との性の交わりを見てみたい・・・


すべてはこのような妄想から始まり、“パンドラの箱”を開けてしまってからは

現在に至るまで、十指を超える男性に妻を抱かせてきました。



このような常軌を逸した行為に夢中になった訳は、妻を他の男に抱いてもらい、

その行為によってのみ得られる甘苦しい興奮に酔いしれたかったからです。



そして一旦、魔性の快楽を味わってしまうとその時の興奮が忘れられず、次から次へと男を漁るようになりました。


今で思えば、妻が他の男と交わる姿を見て自分の心に生じる嫉妬や腹立たしさ、

不安や失望といった“寝取られ感”を味わいたかったのだと思います。



でも、これは多少ゆとりが出てきた今だからこそ、こんな風に自分を客観的に眺められるのであって、

その時点においては、それこそ無我夢中 ・・・ そんな自覚や冷静さはありませんでした。



しかし最近は、それらの感情すら薄らいできて ・・・ 艶めかしいはずの妻の交合を見ても、

左程のものには思えなくなってきました。



もちろん、経験からくる慣れや惰性も影響しているのでしょうが、

此処まで来ると、私の行いは最早 性癖とは言い難く、歪んだ性格や人格の問題なのかもしれません。














第一章【加奈子と理香】


いつもと変わらぬ朝食のひと時・・ テーブル上には、トーストが載っています。


今日は新聞の“広げ読み”は止め、私は食器を並べたり、冷蔵庫にある物を出したり・・・

そのうち、野菜サラダとベーコン入りのスクランブルエッグが運ばれてきます。



テーブルにおおよその料理が並び、ゆったりした気分で窓際に目をやると、

菜園のトマトがふらふら熟れて、軒を伝うゴーヤの葉っぱが庇まで伸びています。



「 朝から忙しい思いをさせて悪いですね。 こんなはずではなかったと思うでしょ? 」



「 あらっ、そんなこと、元より覚悟してますわ。

ただ、勝手がわからなくて …… 今朝は、簡単なものでごめんなさい 」



「 この後、僕は出かけちゃいますが、帰ってくるまでのんびりして下さっていいですから・・・ 」



「 そんな訳にもいかないでしょ? この後、お掃除に洗濯、それに買い物にも行かなけりゃ …… 」



「 家の中のことなら、構いませんよ。 二日間ぐらい放っておいたってどうってことありませんから 」



「 そんな風におっしゃるってことは、すべて、理香さん任せにしているんでしょ?

普段だったらそれでいいでしょうけど、昨日、今日は特別な日でしょ?

後で、私が恥ずかしい思いをしますから … 」




あちこちの木々の梢から、蝉の鳴き音が響きわたる盛夏・・・ 

今、私と南さんは互いの妻を交換して、いつもと違う相手と暮らしているのです。



もちろん、男たちが計画し、妻たちの了承を得て此処に至ったものですが、

それぞれの夏季休暇を合わせ、今、加奈さんは私の家に・・・ そして、理香は南さんの家に泊りこんでいるのです。



加奈さんにしてみれば、朝方、私を送り出し、そのまま私の家で時間を潰し、

夕食の支度をしながら私の帰りを待つ一日になります。



昨夜、加奈さんと、平湯温泉以来 二度目の関係をもった。


私に抱かれながら、悦びの声をあげる人妻・・・ 歓極まって私に縋りついてくる姿を目にすると、

「 このまましばらくは、同じ日が続いて欲しい 」とさえ 思ってしまいます。



もちろん、南さんの家に泊りこんでいる理香のことも気にはなりましたが、

今 少し、この時間が続くことを願って、余計なことは考えないようにしました。




ここで、どうしてこのような顛末になったのか、その経緯をお話しましょう。


平湯温泉で、南さん夫婦とスワッピングをしてから、加奈さんに対する私の想いが徐々に変わってきました。


あの時、別れ際に、理香と加奈さんが交わした言葉・・・



「 まぁ、お礼を言わなければならないのはこちらですわ。

どうやら、うちのも加奈子さんのことが忘れなれいようになったみたいですから・・・ 」



「 そうでしょうか? だったら、嬉しいですけど …… 」



二人のこの会話に私の想いが詰っているようなもので、どのような形になるかはわかりませんが、

そんなに遠くないうちに、再び 彼女と肌を合わせることになるんじゃないかという予感めいたものはありました。



決して、妻への愛情が揺らいだという訳じゃなく、この女性のことをもう少し深く知りたい ・・・


そして、できることならもう一度、この女性と褥を共にしたいという欲望が日増しに強くなってきたのです。



そんな時、いつもの店で・・・ 元より、話の弾みではありませんが、南さんの方から切り出されたのです。



「 どうですか、小野さん? これでイーブンな関係になれたことですし・・・

貴方さえよろしければ、しばらく交換してみませんか?


お互い、舅や子どもが家にいないし、やろうと思えば出来ないこともないでしょう? 」



「 前々から私も、チラッとそんなこと、思わないでもなかったのですが ・・・ 」



いつ頃か 定かではありませんが、ある時、南さんと同じ思いが脳裏を過ったことは確かです。


その時は、際限なくエスカレートしてしまいそうな妄想を振り払ったものですが、

その後もなお、欲望の火種は私の心底で燻り続けていたのです。



「 でも、女房たちの方が納得しますかね? 」



「 加奈子の方を心配しておられるんでしょ?  だいじょうぶですよ。

あの後、二 〜 三日、ぼ〜うとしていましたから。 きっと貴方のことを思い出していたんですよ 」



「 そうですか。 こんなこと、貴方風に言えば、あれこれ迷ったら上手くいきませんよね。

少々の不安はありますが、思い切ってやってみますか? 」


南さんの申し出に誘い込まれるように、私の口からはこんな返答が飛び出しました。



見慣れぬ家の台所に立つ妻のエプロン姿が頭を過った、あの時からずっと・・・

南さんと同じ想いが、淫靡な妄想を伴って私の心を支配し始めていたのです。



( 妻を南さんの元に送り出して、一週間ぐらい 一緒に生活させたら・・・

誰にはばかることなく、あの荒々しい勃起で妻を貫き、気が遠くなる程の悦びを彼女に与えてあげてほしい・・・


膨れあがった怒張の先から、火照った秘部の奥深く、欲情の精を奔走らせてほしい・・・ )



こんなことを思っていた最初のうちは、妻に覆いかぶさる男の顏はぼやけていたものですが、

次第に、脳裏に浮かぶその顔は 南さんでなければならないようになってきたのです。



さて、彼の誘いを即座に承諾した私ですが、改めて考えてみると、

流石に“スペシャルカード”を切ってしまうのは勇気が要ります。



( このまま、突き進んだらどこへ行き着くのか、先が見えないことは今も変わりがないが、

ますますエスカレートしていって、そのうち、妻の“我慢の糸”が切れてしまうのではないか ・・・ )



おぼろげな不安を感じますが、 私がどう足掻いても為す術がない所で、妻の体が、心が・・・ 

今まで以上に完全に他の男に所有されてほしいと願う麻薬性の疼きは、そんな不安をも押し流してしまいます。



( ひょっとして、妻との離婚にまで事を進めていって・・・

最後に、究極の被虐感を味わいたいと願う自分がいるのだろうか? )


こんなことを思うと、空恐ろしくなってきます。



「 小野さんも、先々こうなることは、ある程度 予想されていたんでしょう? 」



「 今になって思えば、こうなることがわかっていたから、貴方への返事を先延ばしにしていたのかもしれませんね。

これから先、どこに行き着くのか、ちょっぴり不安ですが ・・・ 」



「 そんなこと、余り深く考えない方がいいですよ。 お互い、したいことをしようって割り切らないと・・・


それで時期は、七月の終わりか、盆前あたりがいいと思うんですが・・・ どれくらいの日数にしますかね? 」



「 その前に、泊まり込むのが私たちなのか、家内たちの方なのか決めないと・・・ 」



「 そうですね。 理香さんと加奈子には休みを取ってもらうことにして・・・

私たちとなると、その間ずっと休みって訳にもいかないでしょ?」



「 私たちが泊り込むとなると、南さんとマイカー交換ですか? それに家に帰る時は帽子にグラスをして・・・ 」



「ははは、まぁ、それは家内たちにしたって同じでしょうけど、

勝手知れない家に居座ることになるんですから、どっちみち、色々と面倒なことが出てきますよね。


でも、女ってなるとそんな場合 何かと知恵が働いて、きっと、私たち程にはまごつかないと思いますが ・・・ 」



「 じゃ、今回も、女房たちに無理を聞いてもらうことにしますか? 」



「 そうさせてもらいましょう。 無理なことでも本人たちが満足さえすれば、そうではなくなってしまいますから 」



こんな南さんの言葉を聞いていると、妻が南さんに惹かれる理由がよくわかります。


もちろん、妻が人並み外れた肉茎の虜になっていることは疑いないでしょうが、

それ以外に、自分の夫にはない強引なところに惹かれるのでしょう。



妻に対する私の態度を主観的に言えば、個性やプライベートな部分を尊重するという手前味噌な理屈をつけて、

煩わしいこと、とりわけ 気力、体力を要することからは、さっと逃げてしまうようなところがある。



はっきり言えば、男としての猛々しさが欠落しているのでしょう。

煩わしいことや根を詰めることには及び腰になってしまうのです。



それに比べ、南さんには・・・ この前平湯温泉で加奈さんに対してとった態度からもわかるように、

少々、強引だが、グイグイ引っ張っていく意思の強さと積極性がある。


それでいて、ゆったりと構え、相手の想いを受け入れる鷹揚さも兼ね備えている。



( きっと妻にしても、自分の夫にはない、こんな押しの強さや懐の広さに惹かれるのかもしれない。


手っ取り早く言えば、グジグジ煮え切らぬ男とズバッと割り切れる男の違いだろう )



「それで、日数はどのくらいにしますか? 小野さんに任せますよ 」



大筋で合意さえすれば、後の細かいところはどうでもいいのでしょう。 南さんが私に振ってきました。



「 やっぱり、二 〜 三日ってところが限度じゃないですか?

一週間ともなれば、そのうち、お互いの嫌な面が顔を出してくるでしょうから・・ 」



「 私も、それくらいがちょうどいいんじゃないかと思っていました。

泊まり込むってなると、あれこれと日常のことも関わってきますからね 」



「 それじゃ、日数は二日ぐらい・・・ 週末の木、金あたりにしましょうか?

元の生活に戻りたくなったら、週休日に家でゆっくりできますから・・・ 」



他人に聞かれたくない内緒事を話し合うとなれば、ボックス席の片隅で手短に話すしかありません。

この後、私と南さんは、詳しいことを打ち合わせました。



詳しいことというのは、周りの目を意識しなければならないことによる色々な制約のことです。



例えば、車の助手席に彼女を乗せて街中を走ることや二人連れ立っての買い物などはできるはずがありません。



偶然、顔見知りの方が訪ねてきた時でも、見知らぬ女性が応対に出たならば

そのうち、どこからか あらぬ噂が立ち昇ることは目に見えています。



周りの人に気づかれず、これまでと同じように体裁を保ちたいのなら、

これくらいのことに気をつけて当たり前でしょう。



私と南さんが確認したことは、おおよそ次のようなものでした。

○ 家への出入りの手前、使う車はそのままにする。 私たちの場合で言うと、理香の車を加奈さんが使用する。


○ 二人そろって外出は控える。 どうしても出かけなければいけない時は遠出にする。


○ 電話が鳴った時や来客の際は、居留守を使うことにする。


○ 家の中でのことについては特に決め事をせず、それぞれの家庭に任せる。



この他にも、新しいパートナーへの接し方について・・・

・バッグひとつだけ持って家に来ることにし、衣服や化粧品はそこにあるものを使う。


・夫婦のことは、相手の気持ちを尊重しながら、自分の妻同様に扱えばよい。



おおよそ、こんなことを確認し、その後 双方の妻たちを納得させた上で、その日を迎えました。










第二章【それぞれの心模様】

夫婦交換 ・・・ 男の側から見れば、自分の良き理解者であり、大切な存在である妻を他人手に委ね、

その体に、見慣れぬ“愛の烙印“を押してもらう行為 ・・・



妻が他人に所有された事実で得るものは、滾る欲情や嫉妬であったり、歪んだ劣情であったり、人様々でしょうが、

こんなことをすれば、相手に対する敬慕の念が消え、

これまでと同じ生活を続けていくことができなくなって当たり前です。



なのに、中には私のように、そんなことは百も承知で、

その不安に優る 歪な情愛を求めて、禁断の行為に走ってしまう男もいます。



行き着く先は限りなく不透明ですが、今の私の状態で言えば、

夫婦に破滅をもたらすかもしれないリスクですら、何とも妖しい喜びになってしまっているのです。



さて、此処では、そんな行為を自分の腑に落とした四人が、それぞれ自分以外の人のことをどう思っているのか、

私なりに想像してみたいと思います。



私たちの場合は二の次にして、最初に南さんは ・・・ 

奥さんの加奈さんに対してどのような思いを持っているのでしょうか?



南さんが“おしのび旅行”を私に持ちかけてきて、奥さんを私に差し出すようなことをしたのは、

自分だけが“蜜の味”を愉しんで、私に対して心苦しい気持ちがあったのは確かなように思えます。



元々、理香と深い関係になる前からも、こっそり私たち夫婦とよく似たことを愉しんでいたようですから、

彼もまた、私と同じような嗜好を持つ男であることは疑いありません。



きっと、私の場合のように、「 妻が、自分以外の男に体を開いていく様をとっくりと見てみたい 」


こんな思いがその行為の始まりだったのでしょう。



そして、妻の体を私に差し出した今となっては、

「 お互いの妻を交換して二 〜 三日 ・・・ 」 こんな突飛もないことを私に持ちかけるくらいですから、

少なくとも「 その後、どうなるのか楽しみだ 」ぐらいのことは思っているでしょう。



あくまで想像の域を超えませんが、仮に南さんがそんな思いをもっているとすれば、

彼にとって加奈さんはとても大切な存在であることになります。



連れ沿いのことをこよなく愛しく思えるからこそ、そこまで追い求めるのであって、

大事に思えば思う程、通常の感覚では為し得ない域にまで踏み込みたくなるものなのです。



南さんが私と同じように「 妻の心まで奪ってほしい 」と願っているとは思えませんが、

彼もまた、「 俺の女が、他人にあんな風にされて・・・ 」と、

妻が他人手に落ち、凌辱されていく姿を見ることによって、彼女への愛情が深まるタイプなのでしょう。




次に、加奈さんの、自分の夫(南さん)に対する思い ・・・

加奈さんの夫に対する思いは、平湯温泉での一夜から推測するしかないので余り深いところまではわかりません。



あの時・・・ 急に旅行の話を持ち出され、そして、夫の不倫相手も交え一緒に旅行する羽目になって・・・

おまけに当日、夫に約束破りの行為をされたのですから、彼女の拗ねてしまいたくなったあの時の気持ちはよくわかります。



多分、旅行の計画を持ち出された時からずっと、腑に落ちない思いがあったのでしょうが、

あの時の加奈さんは、恥態のすべてを夫に見られても構わないって思う程、開き直っていたように思えます。



自分の姿をあてつけがましく夫に見せつけ、少しぐらいは嫉妬心を燃やしてほしいと願っても当然でしょう。



ひょっとして、自分が極まっていく様を夫のみならず、その不倫相手の理香にも しっかり見てもらいたいと、

思っていたのかもしれません。



「 こんなことをOKするくらいだから、少しばかりは私にその気が・・・ 」と自分に贔屓目で推し量ってみても、

彼女が夜のことを期待して、私の所へやってきたとは思えません。

きっと、自分の思いより夫の望みを優先させたのでしょう。



( 夫に対する彼女の意識の底には、夫婦として日常生活を歩んできた重みや

これからも、自分の伴侶として生活を共にしていけそうな頼もしさがあるのだ。



とは言え、彼女が夫の我儘を聞き入れて私の元にやってきたというのは、自分もその行為を承知したのだ。



( 南さんになくて私にあるもの ・・・ 無理をして探せば、それは安心感だろう。


もし、彼女がこのホームスティの間に、何か私に求めているものがあるとするならば、

その期待に応えてあげるだけだ・・・)




三つ目に、加奈さんに対する私の気持ち・・・ これはもう、自分のことなので、よくわかります。



正直言って、南さんからそれとなく、『 奥さんを抱いてほしい 』という話を持ちかけられた当初は、

『 面倒くさいことになったら嫌だな 』と、余り、乗り気ではありませんでした。



( 南さんはどちらかと言えば押しが強いタイプだから、奥さんの方は多分、遠慮がちで慎ましやかな女性だろう。


新たな出会いともなれば、男の方から積極的に働きかけなければならないことが自然と多くなる。

いつもリードされている者が、そんな女性をリードする側に回る自信は、有るべくもない ・・・ )



初めのうちはこのように思っていたのですが、“おしのび旅行”で彼女を抱いてからは、

そんな想いが確実に変わってきました。



( この先、どのような展開が待ち受けているのかは知らないが、

例え、縺れた関係になろうとも、再びこの女性を抱いてみたい・・・ )


こんな想いが日増しに強くなってきたのです。



元々、セックスとは配偶者間のそれは言うに及ばず、道ならぬ不倫関係においてでさえ、

自分の意識を相手の身体の中に埋没させ、そのことによって相手の心を所有しようとする企てなのですから・・・


私が、忘我の一夜を忘れ得ず「 再び、この女性を抱いてみたい 」と思っても不思議ではありません。



でも、私の心の中には・・・ あの時、平湯温泉で、それほどでもない持ち物に接した加奈さんが

落胆をおぼえたのではないかという不安が付き纏っています。



あの時、「 そんなこと、ないですよ 」と、優しくそれを否定してくれはしましたが、

それが彼女の本心だとは思えません。



( 男性の人柄の中に、自分を大切にしてくれる ・・・

ちょっぴりでもいいから自分が幸せになれそうな匂いを感じたら、セックスの方はそれほどでなくてもいい。

女性は、こんな風に思ってくれるのでしょうか? )



とにかく、人妻を抱いたからといって、到底、夫の南さんほどには彼女を愛せないことはわかりきっているのですから、

あまり舞い上がらず、二日間を適度に過ごすのが私にはお似合いでしょう。 




最後に、南さんに対する理香の気持ち・・・

私の許しを得てというより、私に勧められて・・・ これまでに妻は、都合四回、南さんと関係をもった。


そして、彼との情交において・・・ 私の願い通り、“悦びを求める女”になりきってくれた。



今回の夫婦交換のことについても、私から持ちかけられた話をすんなりと受け入れた程ですから、

彼に強く惹かれていることは疑いありません。



しかし、「 南さんの家で、二日間共に過ごす・・・ 」

夫婦にとってずっしりと重いはずの破戒の企てをこれ程すんなり了承されると、

新しく始まる彼との日常において彼女が何を期待しているのか、その胸の内を探ってみたくなります。



学生時代のことだが、当時私には二つ年下の彼女がいた。

その後、私は就職し、彼女はそのまま学生生活を続けていたが、ある時、心変わりした彼女から告白されたことがある。


「 あなたのことは好きだけど、 『 すべて、あなたにつくしたい 』って、百パーセント、そんな気持ちになれないの 」



後になって、彼女に新しい彼氏ができたことを知りましたが、その時思い知ったことがあります。



( 男女関係において、ある女性が、同時に二人の男性を好きになること ・・・これは有りえる。

しかし、一方の男性に寄せる想いの程が強くなればなるほど、もう片方の男性に寄せるそれは弱くなっていくのだ。


つまり、それぞれの男に対する思いの丈は反比例していくのであって、

その女が二人の男性に対して、両方ともに“首ったけ”になるなんてことは有り得ないのだ )



私自身も加奈さんのことを意識し始めてから、自分の心に幾分の変化が兆し始めたので、

この辺りのことは確かなように思えます。



従って、理香にしても私への愛情が薄らいだ訳ではないだろうが、

思いの丈が南さんの方へ伸びていった分だけ、私への思いの丈は短くなっているのだ ・・・



妻は暮らしの知恵があり、編み物や縫い物など手先が器用ですし、

その他にも料理・人形づくりといった得意分野があります。



しかし、手先の器用さとは裏腹に、顏の表情を隠したり、一度、口から出た言葉を取り繕ったりすることは、

余り器用な方ではありません。



南さんとのことに関しても、彼に対する想いが強くなればなるほど、そして自分に正直であればあるほど、

「 二股かけて 」とか、「 天秤で計って 」なんて、器用な真似はできない女なのです。



好きな男と一緒に暮らせる幸せが、 無理をしてつくった幸せなのか、

それとも、今後もずっと続いてほしいと願う程の幸せなのか、

きっと、彼女自身が今回の同棲で確かめてくることでしょう。



そして、私にしても ・・・ 多分、妻が帰って来た時、今までとは違った妻の姿を見ることになるだろうが、

その時、それくらいは仕方がないとさらっと許せる程度のものなのか?

あるいは、心穏やかでなく、嫌悪を覚える類のものなのか?

はたまた、その変容ぶりが好ましいように 思えてくるのか?


すべては、妻を出迎えたその時に、自分で実感することでしょう。





















第三章 【ホームスティの二日目】

今日は金曜日・・・ 加奈さんにとって二日目の滞在になる。

午後からは、二人 一緒に過ごすようにしてある。


午後一時過ぎに帰宅して、ガレージの中を見ると理香の車がある。 加奈さんが家にいることは間違いない。



「 ただ今。 どこかへ気晴らしにでも出かけているんじゃないかと思っていましたが・・・ 」



「 そんな …… 勝手に家を空けるなんてできませんわ。

小野さんも、わたしに時間を合わせて …… 慣れないことするの大変でしょ?

お昼はどうされたんですか? 」



「 悪いけど、済ませてきました。 ここへ直行の方がよかったかな? 」



「 もし、遠慮されているんでしたら 嫌ですよ。 “冷やし中華”だったら、できますけど … 」



「 お昼は、冷やし中華だったんですか? 

でも、悪いなあ。 せっかく来ていただいたのに、これじゃ、家政婦してもらっているようで ・・・

朝からずっと、勝手わからない家で大変だったでしょう?」



「 そうね。でも、これまで自分の家にいると気づかないことがいっぱいありましたわ 」



「 へぇ〜 どんなこと? 」



「 一度、こんな広い家に住みたいって、ずっと思っていたの。

家の中 見させてもらいましたけど、間取りが広い割には色々工夫されているなって思いましたわ。


台所もきちんと整理されていて、使いたいものがどこにあるのか、初めての私でもすぐにわかりましたもの 」



「 田舎の家って、広いだけが取り柄ですからね。 でも、効率は悪いですよ。

冷暖房にしたって夏はいいですけど、冬は寒いから・・・ 」



「 それに、お庭の菜園 …… ブルーベリーやハーブなど、スーパーにないものがいっぱい植えてあって、

流石、お料理上手な人は違うなぁって感心しましたわ 」



「 いやぁ、 苗床や木棚を作る仕事がこっちに回ってきますからね。

トマトにしても、なかなか褒めるのも大変ですよ。 出来が悪くても、そんなこと言えませんからね 」



加奈さんとこんな話を交わしていると、何だか心が和んできます。


理香が、あっちの家でどんな風に過ごしているかはわからないが、きっと、よく似た話をしていることでしょう。



( 一つ屋根の下で、いつものパートナーと相も変らぬ暮らしをしていると気づかないが、

生活を共にする相手が変わるだけで、新たな生活の中でちょっとした発見や驚きが生まれ、

相手への労わりや気遣いまでもが新鮮で弾んだものになってくる。


今の私は妻に対して、小面倒なことが億劫になってきて、ついつい細かな気遣いを怠っている。


気疲れすることをしたくないと思うと、自然と怠けや緩みが生まれ、それが倦怠を醸し出しているのだ・・・ )



「 さて、これからどうします? お昼寝なんてどうですか? 」



「 いいですね。 そうしたいけど、昼間から小野さんの前で横になるなんて ……

後でそんなことが主人にばれたら、困ってしまいますわ 」



「 それじゃ、ちょっとだけ外出ってのはどうですか?

車を少し走らせるだけで、涼しい場所があるんです 」



「 わざわざ、出かけるのも面倒だし …… せっかくですけど、今日はここでのんびりさせてもらいますわ 」



この後、二時間ちょっと・・・ 加奈さんは雑誌に目を通したり、携帯を弄ったり、

気ままに時間を過ごした。



私との会話で話題にあがったのは、ツイッターやネットショッピング、それに旅行の話など ・・・



そのうち、雑誌に目を通していた加奈さんが、「 ねっ、長崎に行ったことあります? 」とか、

「 グラバー園が良かったわ 」とか、話しかけてきますが、


流石に、「 じゃ、今度、二人でそこに行ってみましょうか? 」と誘いかけることはできません。



コーヒーを飲みながらあれこれ話していると、いい時間になる。



「 これから、夕食の支度でしょ? 何か手伝えそうなことありますか? 」



「 普段、そんなことされてないんでしょ? 

主人によく言われますの。 『 台所に、二人も立つもんじゃないって・・・ 』 

任せてくださった方が楽ですわ。


ところで、夕食、何がいいですか? そんなに自慢できる料理がたくさんある方じゃないですけど …… 」



「 簡単なところで、カレーにしませんか? これでも、じゃがいもや人参の皮くらいだったら剥けますから 」



「 まぁ、優しいんですね。 だいじょうぶかなって心配しているんでしょ? 」



「 はい、その通りです 」とは言えません。 

パートナーが変われば、相手の好みはもちろん、ライフスタイルや物の価値観まで変わってきます。

自分とのギャップを気取られないように、妻との日常以上に気を遣わなければならないことは当然です。


もしかして今回の体験は、最近 物憂くなっている妻への気遣いを取り戻す またと無いきっかけになるのかも知れません。



( 妻とのことはさておき、どうやら、加奈さんの目にはわたしのこんな気遣いが“優しさ”に映るのだろう。

もし、加奈さんが「 私と一緒にのんびりしたい・・ 」そう思っているなら、

彼女が望むようにしてあげよう ・・・ )



「 それじゃ、全部横取りしてしまうのは悪いから、カレーの付け合わせの方、任せてもらえますか? 」



「 じゃ、お願いしようかしら? 一体、何が出てくるのか楽しみですわ 」



「 内緒、内緒・・・ でも、冷蔵庫にない物を買ってこなくちゃ・・・ 」



「 言ってくだされば、買ってきますから 」



「 慣れない車で、大丈夫ですか? 」



「 ずっと家の中にこもりきりでしたから、ドライブってわけじゃないけど、

ついでに、この辺りの景色も楽しんでこようかな? 」



「 じゃ、缶詰フルーツとブロッコリーを買ってきてもらえますか? 

出かける時は、帽子とグラスを忘れずにね 」




加奈さんが買い物から戻ってくると、台所でトントンと野菜を刻む音が聞こえ、

加奈さんの隣で私も立ち回る・・・



台所に湯気がこもって、そのうちカレーが出来上がる。

私が作った副食は、フルーツヨーグルト、それにハムエッグ、茹で卵、ブロッコリーの添い合わせだ。



「 これが南さんちのカレー味ですか? 」



「 これくらいのところが手いっぱいですわ。 理香さん、お料理が上手だから恥ずかしいわ 」



「そんなことないですよ。 このカレー、いつもより甘くておいしいです。

さっき、擂っていたリンゴを入れたんでしょ? 」



「 カレーに入れるものって、人それぞれ好みがありますから。 

小野さんは、いつも何を入れてらっしゃるんですか? 」



「 疲れ気味の時は、ニンニクを少々 ・・・ 今日は、そんな訳にもいきませんけどね 」



「 まぁ …… 」



こうして、加奈さんと満ち足りた時間を過ごしていると、あっちの家のことも気になってきます。


あれこれ、妻の姿が思い浮かんでくると、加奈さんの問いかけに頷くことが多くなってきて、

都合よく相手に迎合してしまう私・・・

でも、これが私の性分なのだ。



( きっと向こうの家では、南さんが、『 いつも通り、好き勝手にさせていただきますから 』って、

前もって理香に断っているに違いない。


そして、理香の方も『 その方がいいわ。 こっちも変に意識しなくて済むから …… 』

なんて答えていることだろう )



この後、夕食の後片付けが終わり、テレビをつけながら、それを見るともなく、しばし語り合う。


話にあがったのは、互いの趣味や週休日の過ごし方、それに、それぞれが結婚にまで至った馴れ初めや経緯など ・・・



この時ばかりは、互いに興味津々の面持ちで相手の話に聞き入っていましたが、

一番 関心がある話が終わってしまうと、そのうち、話題箱のツールの数も減ってきて話すことが限られてきます。



二人の会話に切れ間が出てくると、余り、しつこく付きまとうのも気がひけるようで、

次のステップに移りたくなってきます。



多分、加奈さんだって心の内では、「 そろそろかな? 」と、次のことが気になり出している頃かもしれません。



「 ちょっと早いけど、お風呂でもわかしましょうか? 」



「 こんな時間からですか? まだまだ、時間がありますけど 」



「 ゆったりと長湯ってのもいいじゃないですか? よろしかったら、一緒に入りませんか? 」



「 えっ! そんなことできませんわ。 無理言わないでください! 

他のことは何でもしますから …… 」



( 男の身勝手さで言えば、こんなこと余り堅苦しく考えず、銭湯に出かけるくらいに思えばいいと思うのだが、

いくら、覚悟してやって来たとは言え、勝手知れない他人の家で

夫とは違う男性に肢体の隅々まで晒すことに戸惑いがあるのだろう。


でも、彼女がそう願っているのなら、そうしてあげよう )