● 宵 待 妻


【はじめに】

私の名前は、小野まさお、妻の名は、理香・・・ 世間のどこにでもいそうなごく普通の夫婦です。


子ども達は親元を離れて都会暮らし・・・ 鄙びた田舎で、妻と二人だけの毎日がゆったりと流れていきます。



世の人と比べて私が変わっているのは、ただ、妻が他の男に抱かれることに異常な興味を覚えることだけ・・・



良人が見ている前で、他人と交わる不貞・・・ 

背徳の怯えに心を震わせながら、やがて、怒張しきったものが押し入ってくると、

甘い悦びが兆してきて喘ぎの声を洩らす妻・・・



このようなことを意識し始めたのは、もう三 〜 四年ほど前・・・ 


それまで妄想の中でしか思い描くことができなかった光景が、

実際に目の前で繰り広げられた時の衝撃と興奮は語りようがないほどで、

今なお、その時のことがしっかりと脳裏に焼き付いています。



でも、こんなこと、一度経験してしまうと段々とエスカレートしていって、それだけでは満足できないようになってきます。



(男の腰がひと際深く沈み込むと同時に、妻の膣奥深く放たれる他人の精液…… 

それが、妻の性器から零れ落ちるところを見てみたい……… )



こんなことを想像するなんて、性癖が昂じて理性が麻痺してしまっているとしか言い様がありませんが、

頭に蔓延る妄想を抑えることができず、ひたすら、欲望の実現に向かって突っ走ってしまう私・・・



序章を書いている現在は、頭の中で思い描いていることを実際に行った訳ではありませんが、

妻さえうんと言えば、遅くとも一ケ月以内に、そんな日を迎えるでしょう。






第一章 【季節の巡り】

はじめに、タイトルについて、少しばかりふれておきます。

この先、どのような展開が待ち受けているのか不透明で、お読みの方の目を汚すような内容になるかもわかりませんが、

表題を、それぞれの細章の見出しから一つとって「宵 待 妻」にしました。



そのようにした訳は、  

夕方に開花して、夜の間だけひっそりと咲き、翌朝には萎んでしまう今宵待草……


植物学的には「マツヨイグサ」と名づけられ、初夏から咲き始め、冬には枯れてしまう越年草らしいですが、

妻にとって一夜限りの秘め事が、陽を見ることがないその花の風情によく似ているように思えたからです。




季節は初夏・・・ 六月になると梅雨入りを控え、水田の苗が青々としてきて、

散歩がてらに辺りを眺めると、紫陽花が薄緑の小さな花をつけています。



すっきりした気分で、食卓で妻と向かい合って、二人でいただく朝食・・・ 

そんなに取り立てて話すつもりもありませんが、私にとって幸せなひと時です。



今朝のメニューは、大根おろしのシラスあえ、ヒラメの素焼き、それにアサリの味噌汁・・・



とりわけ、妻に感謝しなければならないのは、手作りの味噌と梅干し・・・


料理教室で習い覚えたのでしょうか。

毎年然るべき時期になると、妻は近所の主婦連中と連れ立って“自家製味噌”をつくってくれます。

梅干しの方は、遠方の友達から青梅を送ってもらい、漬け込みます。



このような手づくり味を堪能できるのも、妻のおかげなのですが、

人は余り幸せすぎると、些かな心尽くしの中に大きな幸せが宿っていることに気づかず、通り過ぎてしまうのでしょう。



しばらくそのことから遠ざかり、平凡で単調な毎日が続くと、何やらまた、変なことを想像してしまいます。



例えば、妻がクローゼットの奥に仕舞い込んだ探し物をしている時など・・・

膝這いの姿勢で、下段の奥隅にまで手を伸ばすと、お尻をこちらの方に向ける格好になります。


そんな姿を見ていると、ごく自然で何気ない動作なのに・・ 

何だか、枕元にある避妊具をとりに、後ろを向いたときの姿を想像してしまいます。



それに、朝の着替え・・・ 

別に、意図して見ている訳ではありませんが、出勤前に、片脚を伸ばしながらパンストを身につけている姿を目にすると、

交わりが終わった後、無言でそれを身に着けている妻の姿を思い起こします。



普段、見慣れているはずの妻の姿を見て、こんなことを想像してしまうなんてことは、

いつもの性癖が鎌首をもたげてきた証拠です。



(段々とその回数は減りつつあるが、そろそろ、心に伏せている想いを実行に移す頃合いになってきたのかも・・・)



しかし、私の胸に蔓延るこの想いは此処までくると、もう妄想や性癖といった類のものではなく、

体の奥深く巣食った“腫瘍”のようなものだろう。




目下、私が切に願ってやまないこと、それは、この次、妻が他の男性に抱かれる時は避妊具なしで・・・ 

愛おしい女が自ら体を開き、そして、完全に他人のものにされた証・・・ 


その秘口から、欲望の滴が垂れ落ちるところを見てみたい、ということなのです。



私とは比べようがないほどの他人のペニス…… それが、妻の性器と、何に隔てられることなく直に結ばれ、

互いが恍惚とした快楽に酔いしれながら果てる瞬間を見届けたい・・・



これまで馴染み慈しんできた妻の秘部に、何を宿しているか知れたものではない白濁液が注ぎ込まれ、

そして、それを、妻が悦びの極みの中で受け入れる。 

私にとって、これほど甘苦しく切ない瞬間はないのです。



一旦、このようなことを考え出すと、しばらくの間は、寝ても覚めてもそのことばかり頭に纏わりつき、

そのうち、胸が苦しくなってきます。



多分、この何かに憑りつかれたような呪縛感は、同じようなことを考えたことがある方にしか理解できないでしょう。


このような状態から逃れて、普段通りの生活に戻るには、一日も早く動き出すしかないのです。



(この前、妻の恥態を目の当たりにしたのは、昨年の・・・ 確か、金木犀の香りが漂う頃だった。 

あれから、早 一冬 過ぎたのか ) 



その後も、妻を他の男に抱いてもらいましたが、私はそのことを後で妻から聞いただけです。


妻こそ想いが叶って満足したでしょうが、実際にその場におれなかった私が、

無性に性の渇きを覚えるのも無理からぬことかもしれません。



こんなことを思っていると、自然と、これまでに妻から返ってきた言葉の端々が浮かんできます。



「でもね、何もつけない方が感じるのは本当だけど、わたしの心の中では最後の一線なの 」



妻が言う“最後の一線”とは、何を押し止め、何を守るための線引きなのか? 


此処に至るまで、すでに十指を超える他の男に抱かれてきたのだから、

彼女の意識の中には、もう、私に対して操を立てたり、背徳や罪業に慄いたりするような感情はないはずだ。



あくまでも、想像の域を超えないが、それら以外のことで妻が守り通したいものがあるとすれば・・・ 

それは、夫の存在を、自分の心の中で 他人と識別すること。


その手段として、自分と夫以外の男を隔てる薄膜をつけることが、

妻としての“一分”だと思っているのかもしれない。



遮られていた薄膜が無くなってしまえば、それまで築き上げてきた大切なものが失われてしまうように思えるのだろう。



それほどまでにして守り抜きたいもの・・・ “最後の一線”とは、私に捧げる妻の愛情なのだ・・・


こんな風に解釈すれば、妻に対する堪らない愛しさが湧いてきます。



なのに、私は何故・・・ 妻が他の男に抱かれ、射精を浴びる瞬間を見てみたいと思ってしまうのか?



自問の答えは、よくわかっています。


互いの性器を交合わせているうちに、やがて蕩けるような快感がやってくる。

すると、二人の体が熔け合って、甘く恍惚とした一体感が心を蝕んでいく・・・

そして、妻と男が精神的にひとつに結ばれる。



その時こそが私にとって、最も切ない胸が締め付けられるような瞬間なのであって、 

夫の存在を忘れきって、至福の悦びに浸る妻の姿を眺めながら、“幸せ”が壊れていく喜びを味わいたい。



突き詰めれば、このように妻の体だけでなく、心まで堕としてしまいたいと願うのは、

自分自身に、例えようがない程の苦痛を与えてほしいと願う被虐願望の顕れなのです。



頭の中ではこのように自分を客観できますが、かといって、この欲望に歯止めをかけることはできません。


思い悩んだ挙句も、一旦、心を決めたとなると、実行に向かってまっしぐらに突き進んでしまうタイプが私なのです。



話を先に進めますが、私のこの想いを実行に移すには、何をおいても先ず、妻にそのことを納得させなければなりません。


それから、いくつかの条件を折り合わせ、筋書きを整える手順になるでしょう。



最初に、妻と話し合って決めてあること・・・ 

ネットを使って、相手を選ばないこと、 一度に、複数の男性とはしないこと、これらのことは守らなければなりません。



このように決めた訳は・・・ 

実は、私たちがこのような道に踏み込んだ初めての体験は、ネットを手掛かりに辿りついたグループセックスでした。



その時分は、夫婦仲が倦怠期を迎えていた頃で、二人ともまだ味わったことがない刺激とスリルに魅入られて、

恐る恐る未知の世界に足を踏み入れた訳ですが、まだ慣れていない所為もあったのでしょう。

妻の立場からしてみると、どうやら散々な結果だったようです。



余り、詳しく語りたくありませんが、とにかく それ以来、ネットを利用して複数の男性と交わることは止めました。



次に考えられることは、秘密裏に行われる近場のパーティに参加すること。

若しくは、遠出して観光地や温泉宿など、旅先で出会った見ず知らずの男にそのことを持ちかけることです。



でも、これらの選択肢にも難があって・・・ 某所で行われるパーティといっても、何だか不気味で、

偶然、私や妻の知人と顔を合わせた時のことを思うと二の足を踏んでしまいますし、

温泉場で、行きずりの男性と・・と思っても、まさか、得体が知れない全く見ず知らずの男に、

避妊具なしでのセックスを許す訳にもいきません。



今、私が心底から望んでいること・・ それは、妻が頑なに拒んでいる避妊具なしでの交わりなのです。


この想いを、すべてのことに優先させたい・・・



こんな風に、錯綜する条件を整えてみると、どうしても旧知の男性に的を絞って、妻を抱いてもらうしか術がありません。



(しかし、これ以上、関係する男性の数を増やす訳にもいかない。 

そうなれば、やはり、南さんか朝岡に、妻のお相手をしてもらうのが自然な流れだろう。


妻にしても、この二人なら嫌とは言わないはずだ。

寝物語で二人の男の名前を挙げて・・・ 果たして、妻が、どちらの男性の名を口にするのか聞くのも悪くない。


一番厄介なのは、“最後の一線”を踏み越えることを、妻に納得させることかもしれない・・・ )











第二章 【妻 物 語】

心の中に燻り続ける邪な想いを我慢できなくなった私は、それから数日経ったある夜、

妻にそのことを切り出します。 



こうして、実行に向けての第一歩を踏み出してしまうと、

頭の中だけで思い描いていた絵空事がより現実味をおびてきて、妖しい胸の震えを覚えます。



「あれから、しばらく経つんだけど・・ また、俺の我儘を聞き入れてほしいんだ 」



このようなことを妻にもちかける私の態度も、何かしら説得調になっていることに、自分では気づきません。



「えぇ〜?… わたし、今、仕事がとても忙しいの。 すぐには無理よ。

でも、もう、そろそろ、そんなこと言われるんじゃないかって思ってた 」



「いつでもいいんだ。 ただ、前もって、おまえの許しを得ておこうと思って・・・ 

仕事が一区切りついた時でいいから、頼むよ 」



「わたし達の約束通りって、こと・・? 

仕様がないわ。 だって、『今後のことは、あなた次第よ』って、言っちゃったんだから・・・

でも、ちょっと、早すぎるんじゃない? 」



「そんなこと、ないだろ?? この前は、おまえ一人で愉しんできたからな 」



妻は、そんなに深く思い悩む様子もなく、意外にあっさりと私の申し出を受け入れてくれた。



こんな風に素直に受け入れたということは、『あなたが、無理言ったから・・・』なんて、

後で、言い訳や申し開きをするつもりもないのでしょう。



いとも簡単に私の願いが通ったことを思うと、何だか、気抜けしたような 淋しいような・・・ 

複雑な気分になってきます。



妻に対して、これまで色々な無理難題を持ちかけ、結果的にそのことを受け入れさせてきました。



夫の求めに対する妻の態度も、私以外の男に抱かれる前までは、頑なに首を横に振っていたものですが、

夫婦の一線を越えてよく似た体験を重ねているうちに、段々と、私の求めを拒むことも少なくなってきました。



(想像する限りだが、私との交わりでは味わえなかった官能の記憶が体の奥深くに刻み込まれ、

そのうち、他人に体を開く慄きが薄らいでいって、彼女の倫理観が歪んでしまったのかもしれない・・・)



「随分とすんなり、聞き入れてくれたところを見ると、

おまえもあの時、『今夜のこと、記念にとっておきます。』って、言ったほどだから、

時々は、そのことを思い出して体が疼くこともあるんだろ? 」



「あなたほどじゃないと思うけど、たまには…ね 」



「朝岡と、昼風呂に入って・・・ そそり立ったもので、突きあげられた時のことか?」



「どうして、そんなイヤらしい言い方するの? あなた、この頃、変よ。 

昔は、そんな言い方しなかったのに・・・ 何だか、変わったみたい 」



「お互い様だろ? こんなことを続けていると、変わってくるのは・・・

でも、これから先も俺達ずっと一緒なんだから、本音で答えてくれてもいいじゃないか? 」



「朝岡さんと一緒に、お風呂に入った時のこと…? 

だって、実際にあったことでしょ? 正直言うと、たまに思い出すことはあるわ 」



「あの時、『今日は、だめっ!』って、答える気にはならなかったのか? 」



「そんなの無理よ。 だって、昨夜抱かれた男性と今日も一緒なんだなぁと思うと、すごく幸せな気分になってきて・・・

それに、『もう一度、抱かせていただけませんか?』って、あんな風に優しく言われると、

どんな女の人でも、そうなっても構わないと思ってしまうわ 」



「それじゃ、いよいよという時は、もう 堪らなかっただろう? 」



「う……ん、何だか、体がじ〜んとしてきちゃって、それが、行き場を失ってびくびくしてる感じかな?

頭がぼ〜ぅとなってきて、夢中で彼の背中を抱きしめていたわ 」



(そうか・・・ それほどまでに、よかったのか? 心を開いた男性と二人っきりで性戯に浸る悦び・・・ 

そうなっても構わないと私が了承したことだから、それを非難することはできないが、

胸がうち震えるような悦びは、夫が傍にいないからこそ感じられる邪淫の悦びなのだろう )



妻が、本来 夫に言い難いようなことを、気恥ずかしさを捨てて語ってくれると、夫婦の情が細やかに通ってきます。

そろそろ、本題をもち出してもいいのでしょう。



「それでさぁ、言いにくいんだけど・・・ 今度は、アレをつけずに“生”でしてくれないか? 」



「それは、だめっ! 前にも言ったでしょ? わたしにとって、“最後の一線”なんだって・・・ 」



「もう、ここまで来て元に戻れないことも、急にストップできないこともわかっているはずじゃなかったのか? 」



「確かに、あなたの願いどおり、これからもそのことを受け入れようって、心に決めたわ。

でも、それとこれとは別なの。 わたしにとっての“最後の一線”って意味、わかる? 」



「俺なりに、考えてはみたよ 」



「そ〜う? ・・で、答えはどうだったの? 」



「そんなこと話すと、ますます頼みづらくなるじゃないか? 

俺のこと、思っていてくれるんだなって、幸せに思ったよ 」



「そこまで考えてくれているのなら、わたしの言ってること、わかるでしょ? 」



「でも、ゴムなしでするの、今回が初めてって訳でもないだろ? 」



「あの時は別よ。 だって、あなたと雅彦さん、二人して強引だったもん。 

初子さんにまで無理言って・・・ わたしだけが避妊具つけてっていう訳にもいかなかったわ 」



「しかしな、俺の妄想は段々とエスカレートするばかりで・・・

おまえが、何もつけずに射精される姿が、頭から離れないんだ 」



「そんなこと言われても困るわ。

あなたは男の人だからわからないと思うけど、そんなことをしたら、赤ちゃんができちゃうのよ 」



「ちゃんと前もって予防するんだから、その心配はないだろう? 」



「わたしは、精神的なことを言ってるの。

あなた以外の人の精液がわたしの中に入るってことが、どんなことだかわかる? 」 



「わかっているつもりさ。 後から、それを責めたりしないから・・・」



「う〜ん、そんなこと、言ってほしいんじゃないの。 あなたのことだから、いろいろ気を遣って… 

どっちみち、お相手はわたしが抱かれてもいいと思えるような男性なんでしょう?


その男性とそんなことしたら、本気で好きになってしまうわ。

ひょっとして、ずっと一緒にいたいって思うかもしれない…… 」 




「そう思っても、仕方がないだろうな。 

そんな風におまえが、相手の男と身も心も一つになりたいと願う姿がたまらないんだから 」



「でもね、それって…… あなたにとって、わたしが限りなく遠い存在になるってことよ。

あなた、この前わたしに 『もしかして・・・?』って、離婚のこと尋ねてきたけど、

本当にそうなった時の覚悟はできているの? 」



「そうなってほしくないけど、こんなこと、おまえに持ちかけたのは俺だから、

そんな風になっても自業自得だって思ってるよ 」



「そ……う、 わたしのこと、それほど大切に思ってないのね。

わたしが出て行ったら後悔するくせに、そこまで考えているのなら、もう、これ以上言わない 」



最終的に、妻は、私の申し出を聞き入れてくれたが、今夜は、夫としての評価を下げてしまった。


妻がそれほどまでに、頑なに守り通したいもの・・・ 

それを、そうしてあげたい当の本人によって無残にも壊されたのだから、心に負った傷は深いものがあるだろう。


きっと、理不尽なことを強いる夫の姿に失望したと言うより、幻滅を覚えたに違いない。 



それに話は遡るが、妻が、配偶者が隠していた思わぬ性癖に出くわしたのは、結婚してかなり経ってからのことだ。


今はどう思っているのか知れないが、初めてその話を耳にした時は、

きっと、戸惑ったというより、情けなく思ったことだろう。


近い将来、大きな代償を支払うことになるかもしれない・・・



このように先のことを考えると、妻の“我慢の糸”が切れてしまうのでは・・?と不安になりますが、

心の奥底で次第に膨らむ欲望は、揉み消すことができない麻薬性の疼きを伴って、私を後押しします。




再び、夫婦の会話に戻りますが、人間誰しも、自分の主張したことを否定されて、

本来 望んでいない方向に引き摺られていくことを、不快に思わない人はいないでしょう。 

しばらく、夫婦間に重苦しい雰囲気が漂います。



(きっと妻にしても、私の場合と同様に、今回のことがわだかまりとなって胸奥深くしまい込まれ、

これからの私たちの夫婦生活に、影を落としていくのかもしれない )



そんなもやもやした想いを振り払うように、私は、妻を自分の布団に抱き寄せます。



「ごめんよ、無理なことを言って・・・ ちゃんと、“約束”は守るから。

それで、お相手のことなんだけど・・・」



「次は、当然、その話になると思ったわ。 さっき言ったように、どなたか、お目当ての人がいるんでしょ? 」



「おまえが、『もう一度、抱かれてもいい』って、思っている男性だよ。 

これ以上、危ない橋は渡りたくないからな 」



「はっきり、言って。 大体、想像はつくけど…… 」



「南さんか朝岡だったら、構わないだろ? 

お互い、また機会があったら逢いたいって、約束し合っているんじゃないのか? 」



「そんなこと、ない。 あなた、ずっと前にわたしが言った言葉覚えてる?

『ずるずるいきそうな自分が怖い』って・・・


南さんも朝岡さんも、わたしが憎からず想っている男性よ。

このまま関係を続ければ、わたしがどうなってしまうか、わかりそうなことでしょ? 

本当に、そうなってもいいのね 」



「あの二人だったら、長いつき合いをしてもいいと思ってるよ。 おまえにも異存はないだろ? 」



「“あの二人”って、まさか、二人一緒になんてこと、考えているんじゃないでしょね?」



「本当にそうなったら、困るのか? 」



「もし、そんなことになったら、もう、あなたにはついていけないわ 」



「だって、これまでも色々・・ どきどきするような場面、あっただろ? 」



「こんな言葉使って悪いんだけど・・・

好きな人とセックスしている姿を、もう一人の素敵な人に見られるなんて、想像するだけでも嫌よ 」



「俺だって、その素敵な男の一人なんだろ? 」



「えぇ〜っ、まさか、本気でそんなこと 考えているんじゃないよね。

あなたはわたしの夫だから我慢できるけど、好きな人に恥ずかしい姿を見せるのは一人で結構よ 」



当然、そうだろう。 話の成行きで水を向けてはみたが、傍で見ている男が夫だったらいざ知らず、

好きな男に愛されている生々しい姿を、もう一人の気を引かれる男性の目に晒すなんてことは耐え難いにちがいない。



「わかったよ。 それで、どっちにする? 」



私に寄り添いながら横寝になっている妻は、思い悩むように目を閉じた。



(夫から突きつけられた難問・・・ 

それを解くために、官能の履歴をひも解いて、艶めかしい記憶を反芻しているにちがいない )



しばらくして、妻から答が返ってきた。



「南さんが、いい……… 」



やっぱり、そうか? どっちみち、夫以外の男性に抱かれて、直に射精を受け入れざるを得ないとなれば、

人柄や気心だけでなく、相手から寄せられる想いの深さや体の馴染具合など、

すべてがフィットする男の方がいいに決まってる。



「また、朝岡との、“最高のセックス”を、願っているんじゃなかったのか? 」



「いろいろ思っているうちに、頭に思い浮かんできた顔が、南さんだったの。


こんなこと決めるのに、普通の女の人だったら余り思い悩まずに、すぐにその男性の顏が思い浮かんでくるものよね。 


こんなこと続けているうちに、何だか わたし、変わっちゃったみたい……  悩んじゃうわ 」



(自嘲気味に言っているが、そんなはずはない。 私に訊かれた瞬間、二人の顔が思い浮かんできたはずだ。 

そして、両方の男を天秤にかけていることに気づき、そんな自分に嫌気がさしてきたのだろう )



「そんなことないさ。 俺が願っている淫らな女になるってことは、

頭の中にある煩わしいものを、すべて捨て去らないとそうなれないだろ?


普段、おまえが仕事や家事をしっかりやってる証拠じゃないか? 

たまには、アバンチュールを楽しめよ。 」



「そんなに、持ち上げてもだめよ。 それほど感謝してくれてるんだったら、もっと心を込めて言わないと・・・

何だか、他人事みたいに聞こえるわ 」



元より、腑に落ちた訳ではないだろうが、最終的に、妻は私の申し出を受け入れてくれた。

妻の了承を得たとなると、後は、南さんにそのことをお願いするだけです。



(一度、彼と会って・・・ 別部屋をとるか、それとも朝まで三人一緒に過ごすか、話さなければならない )












第三章 【馴染みのスナック】

それから、数日たって、私と南さんは馴染みのスナックで落ち合います。

勝手な目論みですが、今日は南さんにそのことを了承してもらって、大まかな日取りを決めるつもりです。



お店の中は、平日だからなのでしょうか、カウンターに数人の客がいるだけで、ボックス席の方は閑散としています。

私と南さんは、その片隅に腰を下ろしました。



「こうして、南さんと一杯やるのも久しぶりですね。 

まぁ、仕事が忙しいってことは、それだけ幸せなことかもしれませんけど・・・ 」



「そうですね。 この前、ここでご一緒してから三ケ月ぶりですか。

こんな風に向かい合っていると、以前、貴方から相談を受けた時のことを思い出しますよ。

訊きにくいことなので敢えて尋ねなかったのですが、その後、いいお相手は見つかりましたか 」



(南さんにしても、妻が自分に想いを寄せていることは、それとなく気づいているだろうが、

あれから後にもう一人、妻の心の中に新たな男性が棲むようになったことを打ち明ける訳にはいかない。


ましてや、その後、その男性と二度までも関係をもったなんてことは、口が裂けたって言えない・・・ )



「なかなか、そんな匂いがする男性には、巡り合えなくて・・・ 」



「そうですか? そんなに長い間ご無沙汰ってことになると、貴方も辛いんじゃないですか?」



「それは、そうですが・・・ ところで、南さんこそ、どうでしたか? 

あの時 言っておられたサークルの集まり 」



「そんなこと、貴方に誘いかけたこともありましたね。 家内と一緒に参加して、愉しんできましたよ 」



「でも、そんなパーティって、求められると拒みづらいんでしょ? 奥さん、大丈夫でしたか?」



「いや、気に染まない男だったら、断ってもいいっていうのがルールですから・・・


それに、女性の場合、セックスにどれだけ積極的かってことが関係してくるみたいですから、

その気になればどこまでもいけますよ。


まぁ、個人差もありますし、相手の男性によって感じ方も違ってくるでしょうから、一概には言えませんけど・・・ 」 



「奥さん、積極的なタイプなんですか? 」



「貴方もご存知だと思いますが、こんなこと繰り返していると、後ろめたさと言うか、

罪の意識が薄らいでいって、私のことなど眼中にありませんでしたよ。 


きっと、お互いさまって割り切っているんじゃないですか? 

今度、小野さんに紹介しますから・・ そのうち、そんな日が訪れてもいいでしょ? 」



「嬉しいお誘いですけど、せっかくお会いしても、がっかりするだけでしょうから・・・ 」



「いやいや、所詮、男のものなんて似たり寄ったりで、こんなこと、一度始めちゃいますと関係なくなってきますよ。

妻の関心が、別の男に移っていくだけです 」



改めて、南さんからそう言われると、その道に関しては 私より長けた方の言うことですから、

説得力をもって響いてきます。



(そうか、「次第に、関心が他の男に移ってしまう 」という言葉には共感できる。

多分、現在の妻の状態も同じなのだろう。


それでも、妻が私の伴侶であって良かったと思うことがある。

“最後の一線”なんて、普通はそこまで考えない。 


このようなことを繰り返しているうちに慣れきってしまい、罪の意識が麻痺してしまって、

気を病むなんてことはこれっぽっちもなくなってしまうのが当たり前だ。


自分の心に縛りをかけてまで、私に尽くしてくれる妻のことがとても健気に思える )



そこまで私のことを思ってくれている妻に対して申し訳なく思いますが、

せっかく、ここまで時間をかけ、繋げてきた計画をご破算にする気にはなれません。



「実は、たってのお願いがあるのですが・・・」



「そろそろ、本題ですか? 貴方からのお願いとなると大体わかりますよ 」



「すっかり、お見通しって訳ですか? どうせ、二つに一つって、言いたいんでしょ?」



「ははは、よく、そんなことまで覚えておられますね。 

それで、私に奥さんを抱いて欲しいのか、奥さんのお相手を紹介してほしいのか、どっちですか? 」



「それで・・・ 最初に言われた方を、お願いできないかなと思って・・・ 」



でも、久しぶりにこんなお誘いを受けたとなると、何かいわく付きのことでもあるんでしょ?」



「こんなこと、貴方にしか頼めなくて・・・ 

手っ取り早く言うと、ゴムをつけずにお願いしたいんです 」



「私の方は願ってもないことですが、女性ってなるとそうもいかないことは貴方もおわかりでしょ?

その辺りのことは、ちゃんと道筋つけられたのですか?」



「私が平気でこんなことを考えていると思われるのも無理はありませんが、妻と話し合って、お互い納得済みです 」



「そうですか。 でも、そこまで漕ぎつけるには、色々とご苦労されたでしょ?」



「どうも、彼女にとって、どうしても譲れないものがあったようで・・・

“最後の一線”なんて言ってましたが、それを翻意させてしまったんですから、私も罪が深いですよね 」



「それはそうですよ。 何てたって、他人の精液を直に受け入れるんですから・・・

貴方のことを思えば思うほど、罪悪感に苛まれますよ。 


一つ、お聞きしたいのですが、相手が私だってこと、奥さんはご存知なのですか?」



「多分、貴方だったら間違いはないと思って・・・ 順序が逆なのかも知れませんが、言い含めてはあります 」



「そんな風に、私の名前が枕元を飛び交ったとなると、その時の奥さんの反応が気になりますね。


あなた達、ご夫婦のことに口出しするつもりはないのですが、

小野さんの方から一方的に、私の名前を出されたんじゃないですか?」



私には、こんなことを尋ねてくる南さんの気持ちがよくわかります。


仮に、私が南さんと同じような立場だったとして、ある女性と一夜を過ごすことをその夫から懇願されたとすると、

その女性のお相手をするのはやぶさかではありませんが、

当の本人が、どのような経緯でそのことを納得し、そして、どれくらい関心をもっているのか、

平たく言えば、どれくらい乗り気なのかは、やっぱり気になります。



「いや、無理を言ったと思っていますが・・・ そのことを妻に納得させた後で、貴方の名前を言わせたのです。



「そうですか。 言わせたんですか? 最後の一線なんて言葉、如何にも理香さんらしいですね。


でも、小野さん、どう思われます? 仮にですよ、私がこっそり理香さんに声をかけたとして・・・ 

奥さん、貴方に内緒で私に抱かれると思いますか?」



「私に黙ってですか? 妻のことですからそれはないと思ってますが・・・」



「いやぁ、これは私の当てずっぽうですが、何となく女の弱みを感じますよ。

余り、奥さんに気を回し過ぎたり、買い被ったりすると、返って気の毒ですよ 」



(そうか、以前、妻を南さんの待っている部屋へ一人で送り出したが、その時 そんな匂いを感じたのかもしれない。


私への手前、露骨に妻を誘い出すことは控えているが、声をかければ落ちそうな手応えを感じているのだろう )



「ところで、ホテルの部屋のことどうします? 

別部屋をとりましょうか? それとも、三人一緒に・・ってことにしますか? 」



「そんな厚かましいこと、私の口から言えませんよ。 あなたが決めることじゃないですか? 」



「それはそうですけど、貴方の方が色々と・・・ この道には詳しいでしょうから 」



「一部屋ってなると、朝までずっと三人一緒に過ごすことになる訳ですから、

小野さんが、それを我慢できるかどうかでしょうね 」



「もちろん、そうなった時の覚悟はできています。 南さんのお望みのようにしていただいて結構です 」



「お望みのようにですか? じゃ、好き勝手なこと 言わせてもらいますが、

貴方の目の前で、奥さんを何回抱かせていただいても構わないってことですね 」



「私も、断られても仕方がないようなことを、貴方にお願いしているのですから、

その辺りのことは、心得ているつもりです。 

そうしていただいても、一向に構いません。」



「そこまでお考えなら、別部屋を予約しないでおきましょうか。 

それから、こんなプライベートなこと、貴方に尋ねるべきじゃないこともわかっているのですが、

理香さん、アレ、口にするの、できるようになりましたか? 」



「いや、まだです。 多分、何か心理的なものが影響しているのだと思いますが、

そんなこと、改まって話すこともできなくて・・・ 」



「そうですか。 でも、大事なことですから、貴方の方から切り出して二人で話し合われた方がいいですよ。



南さんのみならず、誰が考えてもそう思うでしょう。

別に、セックスに対して否定的な訳でもないし、普通の夫婦では考えられないようなことまで経験しているのに、

男のものを口にすることだけができないなんて・・・



しかし、セックス時の感じ方や愛の表し方は人様々、生来のものですから、

カウンセリングを受けたり、心療科へ行ったりすればすぐに解決できるというほど単純なものでもなさそうです。



あくまで、推測の域を出ませんが、妻が口淫や精飲ができない原因として、

幼少時に出くわした思わぬ体験、自分が育った家庭のこと、

それに、思春期に交際したであろう男によって植えつけられた男性不信など・・・


あるいは、考えたくはありませんが、過去の性体験がトラウマになって影響している可能性だってありそうです。



しかし、こんな要因は、自分に都合よく、私が勝手に邪推しているだけで、

ひょっとして、私が妻に隠し通している密かな被虐願望と同じように妻の方も、

理不尽なことを強いる夫への不審や不満が、口淫の拒絶という形になって表れているのかもしれません。



色々な思いが頭を過りますが、この間、私と南さんの会話は途切れています。

きっと二人とも、ここまで話し合ったことを自分の腑に落とすための時間が必要なのでしょう。



こうして、粗方、準備が整ったとなると、後は一週間後にその日を迎えるだけで、

早くも、その時のことが私の頭にチラつき始めます。



(南さんと出会ってから、かれこれ三年目か? 

そして、妻との関係も三度目ともなると、お互いの想いもまた格別のものがあるだろう。


初めて、南さんに妻のお相手をしてもらった時、ブリーフから露わになった並外れのペニス・・・ 

その先が、臍に届かんばかりに反り返っていた場面を思い出す。


あの狂おしいものの先から、白い飛沫が妻の膣奥深く放たれるのももうすぐだ・・・ )











第四章 【宵 待 妻】

南さんとの打ち合わせが終わってから一週間が過ぎ、私にとって念願の日が訪れます。 


今日は土曜日。 朝起きて外を見やると、あいにくの雨模様・・・ しとしと、細かい雨が降っています。



先日来、全国各地で大雨注意報が出ていたので仕方ありませんが、部屋の中にいても肌寒いほどです。


うっとうしい鈍色の空に、じと〜っとした湿っぽさ・・・ 

何だか、心の中で引き摺っている私の後ろめたい気持ちにぴったりのような気がします。



窓を開け、新聞を広げていると、台所から匂ってくる焼き魚とネギの香り・・・

相も変らぬ朝食前のひとコマですが、トントンという包丁の音にしみじみとしたものを感じます。



( 二 〜 三日前に食べた魚もおいしかったが、今日の朝食はシメサバの炙りか、 ハマチ焼きか?

いつもながら食べ物は、どこで誰と食べるよりも、やっぱり、妻がつくってくれた手料理に限る・・・ )



でも、心なしか、台所から聞こえてくる包丁の音が、普段より小気味よく感じられるのは気のせいでしょうか?



まさか、うきうきルンルンではないと思いますが、私が思っているのと同じように妻にしても、

今夜のことが、ふっと脳裏をかすめているに違いありません。



しかし、面と向かって、そのことは口にしない方がいいのでしょう。

今夜のことは、もう十分に、お互いが合点しているはずなのですから・・・




待ち合わせの場所は、私たちの住んでいる所から車で一時間ばかり離れた街の住宅街。


ここにあるレストランで夕食を済ませてから、その後車をちょっと走らせて、ホテルへ向かうことになっています。



南さんを待っている間、色々、妻が私に話しかけてきますが、心の中には重たいものがあって、

口からは生返事しか出てきません。


ホテルの部屋に入ったら、今、私の隣にいる妻の傍には南さんがいることになるのだと思うと、

自然と、黙りこみたくなってしまうのです。



恐らく、妻にしても、気になることがいっぱいあると思いますが、

あれこれ 無理して私に話しかけてくるところを見ていると、私より数段、人間ができているとしか思えません。




妻との時間を持て余しているうちに、

「 やあ、お待たせ 」・・・ ようやく、南さんがにっこり笑いながらやってきました。



パールライラックのシャツに、バイオレット色のジャケットをひっかけています。 

妻好みの色をさらっと着こなしているところを見ると、密かに期するところがあるのでしょう。



「 お久しぶりです。 お元気そうで・・・ 」



私たちの向かいの席に着いた南さんが、妻に声をかけてきました。



「 こんばんは… 」



南さんの顏を見ないまま、妻が、遠慮がちに小さな会釈をおくる。


かって、体を重ねたことがある相手と久しぶりに再会できる喜び・・・

妻の心がときめいていることは間違いないでしょうが、

これまでの疎遠が故に、最初にどんなことを話そうか迷っている風に見えます。


きっと何か、あの時の二人に戻れるきっかけになるような言葉を探しているのでしょう。



「 久しぶりですね。 こうやって、三人で話すのも…… 」



「 そうですね。 南さんも、お忙しいんでしょ? 」



「 貧乏 暇なしですからね。 たまには、あなたのような綺麗な女性の顏も見たくなりますよ 」



「 まっ、もっときれいな方が周りにいっぱいいらっしゃるんでしょう?

でも、そんな言葉聞くの、何年ぶりかしら? 」



「 何年ぶりってことは、ないでしょ?  時々、聞いてるんでしょう? 」



「 うふっ、 勝手に、そんなこと想像するのっておもしろいでしょ? しばらく、楽しめますものね 」



どきっとするようなことを言われて、顏に動揺の色が走るかと思ったら、さらっと受け流す妻・・・


そのような受け答えができるということは、一度ならず関係を結んだ相手なればこその安堵があるのでしょう。



「 この前お会いしたのは、確か・・・ 梅の花が咲いている頃でしたから、あれからほぼ一年半ぶりですか? 

長い間お会いしていないと、何だか体つきまで変わってきたような気がしますが・・・ 」



「 そう思われても仕方ありませんわ。 いつまでも若くはないんですから… 」



「 でも、色っぽさだけは変わっていませんよ 」



「 相変わらず優しいんですね。 まだ、そんな風に見てくださるなんて……

南さんも、その後いろいろ おありだったんでしょう? 」



逢瀬も三度目ともなれば、次第に会話が滑らかになっていきます。

互いの気心が通い合っているのを確かめ終えた二人の会話が、しっとりしたものに変わっていきました。



「 ご主人からお聞きしていると思いますが、今夜は三人一緒ってことで、だいじょうぶですか? 」



「 さあ〜 どんな風になるか知れませんが、心に決めています。 すべて、南さんにお任せしようって・・・ 」



「 そんなこと、おっしゃってはだめでしょう。 ご主人の前で・・・ 」



「 ですけど、この前、念を押されましたの。 お部屋に入ったら、南さんがわたしのご主人なんだって・・・

きっと、後悔なんてしていないと思いますわ 」



南さんの前だからでしょうか、何だか、遣う言葉の口調まで改まったように思え、

耳に入ってくる言葉が、白々しく聞こえます。



二人の話を聞いていても、私が口を挟んだり、相槌を打ったりするような隙間がなくて、

何だか、傍らに“ほってけぼり”にされている気分です。



この場のように、心の中に負い目とときめき…… それぞれ、異なる心持ちの男女が顔をそろえると、

これから始まることに、胸をときめかせている者どうしの会話が幅を利かせても仕方がないのでしょう。



それに、私の方が取り違いしているのかもしれないが、南さんが言った「だいじょうぶですか?」という言葉は、

多分、私のことが気がかりじゃないかと尋ねているのだと思う。



でも、今夜、枕を並べることになる男の口から出た言葉ともなれば、

妻が、その労わりの言葉が自分の方に向いていると思っても不思議ではありません。



妻に対するそんな僻みが、言葉になって表れるのでしょうか、

食事中 妻が私に相槌を求めてきても、ついつい、見捨てたような… 妻を困らせるような返事しかできません。



そうこうしているうちに、気まずい感じの食事が終わって、私たちはホテルに到着します。


宿帳には南さん夫婦の名前を書き、続柄は関係ないが、車二台でやって来たので、

もし、何か言われた時は、私は妻の兄ということにしてある。



南さんが、ホテルのフロントで、チェックインの手続きをしている間、

やっと、妻と二人だけになれる時間が訪れます。



( 妻と二人っきりになれる時間…… そんな貴重な時間は、この先あるはずもない・・・・


妻と話すことに制約があるという意味では今もそうかもしれないが、

私たちに与えられた部屋に足を一歩踏み入れた時から、夫という私の肩書は、完全に消え失せてしまうのだ )



「 もうすぐ、部屋に入るんだけど、心の準備はできてんの? 」



「 う…ん、あなたの方こそ、だいじょうぶ? だって、今夜、三人一緒よ 」



「 その場になってみないとわからないけど、我慢するさ 」



「 そ…う? わたしは、多分…… そうなっても、我慢できないと思う。

きっと、あなたにつらい思いをさせるわ 」



「 そんなこと、気にしなくていいよ。 体が感じるまま、素直になれば・・・ 」



「 ほんとに、どうなっちゃうか 自信がないの…… それでもいい? 」



「 いいさ。 それが、俺の願いなんだから・・・ 」



「 でも、約束 …… ちゃんと守ってね 」



「 おまえの方こそな・・  今夜は、南さんが旦那なんだってこと、忘れるなよ 」



「 そんな風に思えるかなぁ。 だって、これまで、いい人は一人だけだったもん 」



「 俺のことは忘れて、再婚したんだって思えよ 」



「 うん、そうする。 でも、そんな言葉 聞くと、何だか胸がどきどきしてきたわ 」



実際に、妻が再婚するようなことにでもなったとしたら・・・

心にぽっかり穴が開いたような状態になることはわかりきっているのに、そんな言葉を妻に投げかける私・・・


そして、私のことを愛おしく思いながらも、

私との夫婦生活では味わえない、別次元の悦びに身を任せようと心を定めた妻・・・



私たちの会話はほんの片言でしたが、これから後に妻との間で交わされた会話に比べれば、

とても満たされたものでした。



間もなく、チェックインを終えた南さんが戻ってきて、私たちはラウンジからエレベーターに向かいます。

南さんの手が妻の腰に回り、優しくエスコートする。


狭い空間で三人一緒に佇んでいる間も、交わす言葉なんてあろうはずがなく、

妻は南さんの方に寄り添いがちです。



部屋に向かう間も、南さんから少し距離を置いて後ろに続く妻の姿が、お似合いの夫婦のように見えてしまう。



南さんがドア口にキーカードを差し込むと、小さく灯る緑色のランプ……


それが、二度と後戻りできない世界へ足を踏み入れることへの警報のように思え、

急に、胸の動悸が激しくなってきます。



浴室とクローゼットを横目に、ツインルームに入る。 

室内を眺め渡すと、ベッドだけがトリプルユースになっている。


数十センチの微妙な距離で隔てられた、ダブルベッドとソファベッド・・・

ソファベッドの方は、二台のダブルベッドの足元に据えられ、それよりも九十度、向きを変えてあります。



( この大きい方のベッドが、妻が男の全てを受け入れるところ…  

あぁ…… ここで、その白い脚を開くんだ…… )



その傍の小さなベッドで、妻の恥態をひっそり眺めることを思うと、隣のベッドのかけ布団のしわまでが

艶めかしく見えてきます。



あれこれ思いながらも、南さんの傍にちょこんと座っている妻の姿を見ていると、

また別の一コマが思い浮かんできます。



あの時、相手の男は南さんではなかったが、男がシャワーを浴びている間、妻と二人きりになれた。

私は、敢えて私から遠ざかろうとする妻のことがとても愛しく思え、思わず抱きすくめようとしたものだ。



「 だめっ、お願い、あなたらしくして…… 」



( その時、返ってきた言葉を今も忘れない・・・ 今夜は、その時以上にその思いは強いはずだ。 


これから朝までは南さんと妻が夫婦なのであって、私は、夫という立場を捨てた、ただの傍観者なのだ。


これから朝まで、三人一緒に過ごすことになるが、

今となっては、それぞれの想いが叶えられればそれでいい・・・ )



こんなことを思いながら、その後しばらく、部屋の中でくつろいでいましたが、

どうも、二人とも私に遠慮しているのか、事に及ぶタイミングを掴みづらいように見えます。



ここはしばらく私が消えた方がいいのでしょう。 先にお風呂を使わせてもらうことにしました。



バスタブに身を沈めながら、一人、物思いに耽る。


( とうとう、くるところまで来てしまった。 

これから先、どんな展開が待ち構えているのか知れないが、先程聞いた妻の言葉から察するに、

私の願い通りに・・・ いや、自分の想い通りに、妻が振る舞ってくれることは間違いなさそうだ。


問題なのは、妻の恥態を見た時の私の心構えなのだ。


きっと、息づまるような胸苦しさ、狂おしいほどの嫉妬、その他に、失望や孤独感など・・・

ありとあらゆる感情が止めどなく溢れてくると思うが、後悔だけはしたくない。


『・・・我慢するさ 』と妻に公言したのだから、自分の心に蓋をして、その通りにしよう・・・ )




瞑想の時間が過ぎて部屋に戻ってみると、早くも半裸の肢体を南さんに預けている妻の姿が目に入ってきました。



ベッドの端に腰掛けながら、お互いが引かれ合うように唇を合わせ、貪るような口づけを交わしています。


傍目から見ても、南さんの思いの丈が伝わってくるのか、妻の体から力が抜け落ちていくのがわかります。



( もう随分と前のことになるが、二ケ月の海外出張を終えて帰ってきたあの時と同じだ。

しばらく会えなかった淋しさを癒し、相手の存在を確かめるには、じっと深く抱き合うことに優るものはない。


あんな風に舌を絡み合わせ、うっとりと目を閉じていると、肌から伝わってくる温もりが心地よくて、

『離したくない…… 』 きっと、そう思っているのだろう )



そのうち、自分が気づかないままに、南さんの背中に手を回していく妻……

ほどなく受け入れてしまう膨らみを下腹に感じながら、今夜はこの男性の妻なんだと、

自分に言い聞かせているにちがいない。



南さんにしても、温かい柔肌を抱きしめながら、久しぶりに味わう女体の感触を確かめているのでしょう。



( きっと、とろけるような感覚が体中に伝わっていって、甘い痺れが全身を覆っていることだろう。


こんな二人に言葉はいらない。 

そして、これはまだ、私の描いた脚本のプロローグに過ぎないんだ・・・ )



お互いの存在を確かめ合うように抱き合っている二人の姿を見ていると、胸が締めつけられるような圧迫感を覚え、

巡らす想いも千々に乱れがちですが、念願がもうすぐ叶う胸の高まりは止まず、

私は、魅入られたように二人の姿を眺めていました。












第五章 【夜に咲く花】

甘い口づけを交わしていた二人の体が解れ、離れ際に、南さんが妻にささやきかけます。



「 そろそろ始めましょうか… 」


「 だって、お風呂に入ってからじゃないと…… 」


「 いいじゃないですか? 後で、ゆっくり入れますから・・・ 」



南さんのこんな妖しい言葉を聞くと、胸が震えてきます。

かけ布団をベッドから摺り下ろした南さんが、「 さぁ、こっちへ… 」と妻に声をかけます。



その声に促され、ブラウスとスカートを脱ぎ終えた妻が、私のことなどそ知らぬ風で、

南さんが待ち受けているベッドへ歩んでいく。



南さんの隣に身を横たえると、白いキャミソールの中で、女体の徴を示す胸とお尻のふくらみが際立って見えます。



( あれほど願ってやまなかったことが、今から始まるのだ……

時を経ずして妻は、その下に包み隠したものを露わにして、男の愛撫に身を委ねるのだ…… )



やがて、南さんの手が、夫にしかできないような自然体で肩ひもを外し、その手が下の方に伸びていく……

すると、妻が、もどかしそうにキャミを下ろし、脚を抜きあげていきます。



そのうち、お腹を這っていた南さんの手が、ショーツを掻い潜ってさらにその下に滑り込んでいく。



「あっ、 あぁ…っ 」



薄布で覆われた谷間のことはよくわかりませんが、恐らく、潤んだところをなぞられたのでしょう。


その声とともに、妻の首がガクンと後ろに仰け反って、

早くもこんな前戯の段階から感じてしまうことに慄くように、短い叫びをあげました。



しかし、見ていると、自分でも気づかないうちに妻の手が、それを拒むというよりその続きを求めるように

南さんのそれに重なっていきます。



追っつけ、妻のショーツが足首から抜け落ちると、ふっくらした陰丘が露わになっていきますが、

こんな風に、普段は見ることができない女の徴がベールを剥がされるのを見ていると、

それが、いつもは慎ましやかに隠されているものだけに、妻のものと言えども煽情をそそられてしまいます。



秘芯に顔を沈めている南さんの愛撫に腰をくねくね動かしながら、内腿の筋をピーンと張らせる妻……


早くもその目にしわが寄ってきて…… 

こんな妻の姿を見れば、更なる愛撫を待ち望んでいることが一目でわかります。



やがて、南さんの指先が、秘芯の合わせ目にのぞくパールピンクのつぼみをまさぐっていく……



「 あぁっ…… だめぇ〜っ! 」



最も敏感な部分から、急激に湧き立つ快感を抑えきれなくなった妻が、小さな悲鳴をあげた。



「 理香さんも、やっぱり、ここが…… 一番、感じるんですか? 」



「 ああぁ… そんな風にすると… ねっ、そっとさわって 」



「 もっと前から、弄って欲しかったんじゃないですか? 」



「 うぅ〜ん? わかんない…… 」



「 でも・・・ 腰がこんなに動いていますよ 」



「 そんなこと、言わないで…  あっ、あぁぁ……っ! 」



妻は、程なく貫きを受ける男の目に恥部を晒す淫らさに恍惚となっていて、

後ろの方で、しゃがみ込んでいる私の方など見向きもしません。



私にしても、波打つ白い下腹に続くふくよかな稜線をのぞくなんてことは、ここしばらくなかったことです。



( ゾクゾクするような怖気混じりの快感に身を委ねているうちに、

それが、まだ何もされていないところにまで伝わっていって、膣奥に、

じわ〜っとした熱いものを感じているのだろう )



「 何だか、この前より、更に感度がよくなったようですね 」



「 そんなことない…… 南さんのせいよ。 あぁ… そんな…… 」 



「 “南さん”じゃないでしょ? 今夜は、“あなた”って呼んでほしいな 」



誰に憚ることもない正銘の夫が、興奮しきっている妻の淫裂をゆっくり押し広げ、その窪みに舌を這わせていく・・・



妻の切ない喘ぎが甲高い叫びに変わったのは、南さんの舌先が股間の上の方に移った時でした。



「 ん〜うぅっ… あぁ…… だめっ、あっ、あぁぁ……! 」



こんな風にされると、女体のツボを抉られるような甘い痺れが下半身いっぱいに広がっていくのか、

妻の口から、快感が急激に昂じてくる時の叫びがあがり、身体を浮き上がらせようとします。 



( 女性の陰核の快感が、異様に強いことはわかっている。

そこを舌先で愛撫されると、もう抗おうとする意思はすべて掻き消えて、

男に支配されるまま、ただひたすら絶頂に向かって昇りつめていきたいと願ってしまうのだろう )



狂おしげに股間をよじっている妻の姿を見ていると・・・

『 こんなこと続ければ、妻の関心が別の男に移っていくだけですよ 』


南さんが言った言葉が、ずっしりと私の胸に圧しかかってきます。




そのうち、ひとしきり妻の股間に唇を這わせていた南さんが、体を起き上がらせ、妻に囁きかけますが、

流石に、そのことを心得ていて、フェラを要求しません。



「 理香さんも、そろそろ欲しいんでしょ? 

ご主人の前で気が引けるでしょうが、私のものも馴染むようにしていただけませんか? 」



「 うぅ〜ん、もう、こんなになってるのに…… これ以上、大きくなるとこわいわ… 」



「 男は、みんな・・・ 好きな女性の手で弄ってもらうのが嬉しいんですよ 」



「 そ…う?  ちょっと、待ってね… 」



いそいそと、南さんの下半身の方へ体を寄せていく妻……

その裸身が、適当に足を開いた南さんの股間に入ると、妻の姿勢が私から見て後ろ向きになります。



ひざまずき、前屈みになっていく後ろ姿を見ていると、お尻の谷間に色づく縦長の経線が目に入ってきます。



長い間待ち望んでいたことがもうすぐ我が身に施され、先程をはるかに凌ぐ悦びを期待しているのか……

そのぷっくりした切れ込みが息づいて、嬉々としているように見えてしまう。



男の印を手にした妻が、緩やかな上下の動きをフレナムに加え始めました。 

まるで、これから自分の中に押し入ってくるものを愛おしむように……



愛しい男に言われたことともなると、夢中になってしまうのか、

後ろにいる私のことなど、全く思いの中に入っていないようです。



もし何か、妻が思い浮かべるものがあるとすれば、それは・・・ 

今、手にしているものを我が身に迎え入れ、体をくねらせている自分の姿だけなのでしょう。



丸めた手指を動かす度に、茎と一線を画すグランスの彫が深くなっていく。

次第に硬さを増す肉茎と、妖しい艶を帯び、赤黒く張り詰めていく亀頭……



(あぁ…… もうすぐ、あれが理香の中に……… )



次第に猛々しくなっていく他人の勃起が私の目の先で誇示されると、

流石に胸が押し潰されそうな気持ちになってきます。



やがて、南さんが膝を折り曲げ、股間を目いっぱいに開きながら、下腹部を陰所に近づけていく。


自分の方へ覆いかぶさってくる南さんを下から見上げる妻の視線も、心もち潤んでいる。



「 挿れますよ。  いいですか? 」



「 いいゎ…… 」  



理香が、ぽっつりとつぶやいた。


二人の恥態を眺めている私の位置は、ベッドのやや斜め後ろ・・・ 


この位置からでは、南さんが上体を起こしている限り、逞しい上半身だけが際立って殆んど何も見えません。



それでも、南さんが妻の腰脇に手をついて上体を前に傾けていくと、

股間の隙間から、膨れあがった睾丸とそこに根を張る陰茎、それに女陰の一部が見えてきます。



南さんが、片手で肉茎の角度を整えながら、大きく張り詰めた亀頭をゆっくりと秘口に宛がっていく……


すると、妻もその緩慢な動きに応え、膣口で感じるものを迎え入れようと僅かに腰を浮かせる……



傍で佇む私に、「 しっかり、手を握っていて…… 」と囁いたのは、かなり以前のことだ。 

潤んだような眼差しで、私の許しを求めてきた姿も今は無い。



( 愛しい男に抱かれ、ましてや、夫がそのことを望んでいるとなると、すべての恥じらいが消えてしまって、

夫への背徳を自責する気持ちなんて、これっぽっちも残っていないのだろう )



やおら、南さんがギュンと反り返った強張りを突き出していくと・・・

理香が、小さくひとつ、切ない音色の喘ぎを洩らした……



「やっ、 あぁっ…… う… くぅぅ…… 」



声にならないような喘ぎを聞けば、強張りがゆっくりと膣口を押し開き、

奥深いところにまで達したことは 容易に想像できます。



(この、入ってくる瞬間・・ もどかしさを覚えていたところに、やっと待ち焦がれていたものが届いた感じ・・・

それこそが、妻が待ち望んでいた瞬間なのかもしれない )



「 あぁ… 動かないで、そのままじっとしててっ… 」



私の目には、南さんの背中にしがみつこうとする妻の手が、泣きたいほどの幸せを訴えているように映ります。



そのように繋がったままでじっと動きを止めているのは、これから始まる交わりで、

我を忘れてしまうのが嫌なのでしょう。



相愛の男性と体を一つにする歓び…… じんわり伝わってくる肌の温もり……

陶酔の時が、つかの間であってほしくないと願っても当然です。



「 理香さん、もうちょっとだけ、つながりを深くしましょう。 じっと、そのままでいてくださいね 」



南さんが、妻の体の奥深いところまで、じわじわ茎の先を滑らせていく。


苦しいほどの大きさのそれも、幾多の悦びを知った妻の性器は徐々に受け入れてしまう。



「 はぁ……ん 入ってくる〜ぅ… おっ、おっきい…… んくっ、あぁぁ…… 」



胎内に収めきってしまった肉茎に圧倒的な量感を感じるのか、妻が、苦痛混じりの喘ぎを漏らしました。



「 だいじょうぶですよ。 もう、ほとんど入りましたから・・・ 」



「 はあぁ…… はっ、はぁ〜…… 」



一つに結ばれた相手を確かめるように、体を起き上がらせ、両手を伸ばして南さんの肩を抱きしめる理香……


口を半開きにしながら、熱い喘ぎを繰り返しています。



しかし、程なく、大きく広げられた両脚の中心に向かって南さんの抽送が始まると、

しばらくの間はその動きに耐えることができますが、

そのうち、肉茎の絶妙な抉りに官能を掻き立てられると、首を左右に振りながら喘ぎ始めます。



「 ぅう〜ん…… あぁ…ぁ、 南さん、いぃ……… 」



南さんの体の陰に隠れて、私が眺めている位置から二人の交わりの接点を見るのは不可能ですが、

妻が、極端に両脚を開かれた姿勢を気にも留めず、抽送の動きに合わせるようにしているのを見れば、

肉茎を少しでも深く受け入れようとしていることがわかります。



そのうち、体の奥深いところから蕩けるような快感が湧いてくるのか、腰がひとりでによがりはじめていく……



こんな妻の姿を眺めていると、自然と私も、じ〜っと息を潜めていることが多くなってきて、

時々、大きく息を吸い込みます。



「 ああ…っ、 だ、だめぇ…… 体がおかしくなっちゃう…… 」



( 女体の深奥はよくわからないが、あんな風に腰をくねらせてしまうのは、

今味わっている快感が凄すぎて、さらなる高みへ昇るのが怖いのだろうか?


それとも、今のそれよりもう少しだけ・・・ 

より、甘美な快感が駆けあがってくるのを待っているのだろうか? )



イギリスの思想家、サティシュ・クマールの言葉に因れば、

「 もっと心地よく…… もっと満足したい…… 」という人間の利便性追求には限りがなく、

その欲望の起こりは、すべてエゴにあるらしい。



セックスにおいても、まったく同じように思える。


想像する限りですが、自分の意志では抗い難い快感が膣内に広がると、

一度、堰を切った快楽のうねりはもう止められず、

腰を合わせる度に、とろけるような心地よさが全身を覆っていく……


するとまた、より強い刺激への渇望のエゴが湧いてくるのでしょう。



こんな風に、男の刺突に喘いでいる妻の姿を目にしていると、

これまでだったら、狂おしいばかりの嫉妬、胸が押し潰されるような圧迫感を覚えたものですが、


今夜は、南さんが、“夫”であることを、何度も自分に言い聞かせている所為でしょうか、


思っていたよりもすんなりと、妻の恥態を受け入れることができます。











第六章 【白い痕跡】

初めに、お許しをいただきたいのですが、前章から此処に至るまで中途のことは割愛して・・・

と言うのは、妻が、私とは全てが異なる他人から施された射精……



長い間、持ち望んでいたことが現実になり、

私の目の前でなされた最終行為は、強烈過ぎるインパクトをもって私の心に焼きつきました。



確か、途中、体位を変えたぐらいのことは覚えていますが、傍で見ていた私が興奮し過ぎたせいなのでしょうが、

そこに至るまでのことをはっきりと覚えていないのです。



それに、私がこの件を書いているのは、その日から二週間ばかり経ってからです。

めくるめく興奮も日が経てば冷めてきて、その時の場面も色あせてきます。



とにかく、これまでよく似たことを経験してきて、

その都度、妻が異なる音色を奏でてくれることも嬉しかったのですが、

愛する妻の秘口から零れ堕ちる他人の精液を目にした時の興奮は、これまでの比ではありませんでした。




その後の部屋の中の場面を辿っていきますが、此処に至るまで、当事者たちと傍観者との会話は全くなく、

私は、蚊帳の外から見守るばかりです。



セックスとは、本来、心を許し合う男女が体を一つにして情けを交わすものですから、

第三者がこうなってしまうのもやむを得ないのでしょう。



このような状態になることは、予め、自分でも予想できたことで、恨みがましいことを言うつもりはありませんが、

それでも一抹の淋しいものがあります。



( 淫らな女になりきってほしいと妻に言いきったのだから、未練がましいことを言えた筋合いじゃないが、

せめて、形ばかりの言葉でいいから、戸籍上の夫に声をかけてほしい・・・ )



そう願いながらも、男に身を委ね、ただ、ひたすら耐えるしかない受け身の性のことを思えば、

そんなところにまで思いが及ばなくても当然かもしれないと思い直します。



( 昔、ふと立ち寄った辻角の本屋で立ち読みしたことがある。

その本の内容通りだとすれば、女性がセックス時に感じる幸せは、結ばれている相手からのみ感じるもので、

本能的に、他者による支配や所有は拒絶したくなるらしい。


そう考えれば、妻が悦びの最中に、私のことなど思い出すはずがないのだ )




性交という生殖行為の最後に行きつくところ・・・

それは、必然的に、結ばれている男の精を受け入れること。



ぴったりと体を重ね、男の貫きに身をまかせながら、頂に昇りつめていこうとする妻・・・


正常位なので腰を打ち付ける音こそ聞こえませんが、鈍い白色灯の下で、切ない喘ぎだけが聞こえてきます。



「 はっ、あぁ……んっ、すっごく… いぃ……っ… 」



「 そんな風に言ってくれると嬉しいですね。 でも、もっとよくしてほしいんでしょ? 」



「 んくうぅ…… そう、してぇ〜 」 



大きく開かれた妻の股間に動きを刻む南さんの肉茎が激しさを加え、その刺突の回数を増やしていくと、

交わりも佳境に入ってきます。



「 あぁぁ…… やっ、こんなの、いやぁ……! 」



今、感じているものよりも更なる高みへ辿りつきたいと、ぬめった襞で男のものを絞め上げていくと、

極めつけの…… 予想を超える快感が生まれるのでしょう。


口から出てくる言葉とは裏腹に、理香が、オルガスムスへ昇りつめていく。



「 小野さん、そんな所におられないで、こちらへ来られたらどうですか? 遠慮されずに・・・ 」



私を労わる優しい声が、南さんから届いた。



私が近くに来るのを待っていた南さんが、枕を妻の背中に押しあてる。

そして、折れ曲がったひざの間に肘を立てると、そのまま、体を前につんのめらせていく……



こんな格好になると、結ばれている男女の性器が丸見えになります。

十分な溜めをつくり、斜め下に向かって打ち込まれる剛茎・・・



「 ああぁ……っ、 ちょ、ちょっと待って……っ、 そんな風にされたら…… 」



南さんが、妻の言葉などお構いなしに、律動の合間に大きく抉るような抽送を繰り返していくと、

否が応にも官能が増していく。



急激に高まる快感をこらえきれなくなった妻は顏を左右に振っていますが、南さんの動きから察すると、

そのまま絶頂を迎えることはまだ許されないようです。



南さんが、さらに力強く男根を突き込んでいく。

すると、妻が、もはや耐えきれないとばかりに「 だめっ! 」と叫び、南さんにしがみつく。



際限なく沸き立つ甘美な快感……  宙に浮いた両脚が揺れている。



「 理香さん、ここに来て心変わりはないでしょうが、一応、念のために・・・ 

本当にいいんですね? このまま中に出しても・・・ 」



「 あぁ…ぁ いいの…  出してっ、そのまま、出してぇ……! 」



「 どの辺りか、ちゃんと言ってくれなくちゃ・・・ 」



「 奥の、奥の方の感じるところでぇ……  ぁあぁぁ…… そこ… 」



「 理香さん、ご主人が傍にいるのに、そんなに感じてしまっていいんですか? 」



「 あぁ……っ、 あなた、わたし、もうだめ… いっちゃう、イッちゃう─ぅっ! 」



妻は、すぐ傍にいる私のことなどお構いなしに、淫らな言葉を口にした。

それほど、上せあがっているのだ。



それに、“あなた”とは、いつも聞き慣れた言葉だけに、私のことを指しているのだと思いたいが、

深く折り曲げられた体を男に預けて、喜悦を届けてくれる男の貫きを余すところなく受け入れている姿を見ていると、

そうではないように思えます。



体の奥にズンとこたえる貫きが、ゾクゾクした怖気混じりの快感を運んでくると、夢中でシーツを掴んでしまう。



こんな風に、頭も体も快感一色に塗りつぶされると、このまま絶頂が続くこと以外、

何も考えられなくなってしまうのでしょう。



「 あぁ…ぁ〜 ください…… お願い、もう出してぇ…… 」



快楽と哀願が入り混じった 切羽づまった声…… 

私の耳には、その声が絶頂を嚥下しているように聞こえます。



( あぁ… そんなに感じてしまって…… 恋火を燃やす男から受ける貫きは、それほど極まりないものなのか… )



よくよく、自制しているつもりなのに、妻のこんな言葉を聞くと恨めしくなってきます。



そのうち、妻の上体が ピクっ、ピクっと震えだし、まるで酸欠状態に陥ったかのように、

唇がわなわなと震えてくる。



私が、今まで妻に与えることの出来なかった愉悦…… 妻は今、自分を貫いている男からそれを感じているのだ。



この甘苦しい至福のひと時が続くためなら、私は今、どんな大きな代償をも惜しまないでしょう。



「 ああぁ…っ もう、だめぇ……! お願い、早く出して〜ぇ…… 」



妻が、射精を求める言葉を叫んだ。

きっと妻にも、南さんが全精力を込めてスラストしていることから、程なく射精の瞬間を迎えることがわかるのでしょう。



その言葉を聞いた南さんが、妻の名前を呼びながら、怒張したものをひとしきり激しく熔濘の中に打ち込んでいく…



( もうすぐだ…  寸時の後に、私のものとは全くかけ離れたDNAをもつ精液が、妻の膣奥深く放たれるのだ。


そして、それを妻は……  悦びの極みの中で、受け入れてしまうのだ… )



「 あぁ〜… もう、我慢できない… 」



「 ああ……ぁっ…… きて、きてっ… いっぱい出してぇ……! 」



南さんが、妻の下半身を押し潰すように、ぐうっと、ひと際深く腰を入れた。


気が遠くなるほどの快感で、数度に及ぶ絶頂を余儀なくされた女陰が、ほぼ、すべてを収めきり、

受精モードに入っていく。



「 あぁ… ぁっ…… あぁぁ…… 」



その刹那、妻が歓喜とも困惑ともつかない窮境の声をあげた。


のど奥から洩れるその声が、強張りが最奥まで届いたのを伝える声なのか、

あるいは、数限りなく擦り上げられた膣奥にどっと熱いものがあふれ出るのを感じた声なのか、

男の私にはわからない。



初めて、近くで目にする他人の射精…… 

艶めかしいフレームに収まったものが、じっと動きを止める。

ビクっ、ビクっ…… 陰茎の裏が特有の収縮を繰り返すと、海綿体を伝う管が時に太くなる。



( 私が求めてやまなかったものが、 あぁ… ここから理香の膣内に……



放心のひと時……  頭の芯が痺れるような真空の時間…… 



「 さぁ、小野さん、これが見たかったんでしょ? ゆっくりと抜きますから・・・ 」



( はっ、はぁ…… もうすぐこの後に、私が待ち望んでいた光景が…… )



不承ながらも、私の申し出を受け入れてくれた妻に対して、今の私ができることと言えば、

胸が張り裂けそうなほどの想いで、他人が果てた残痕を見つめることしかないのです。



息を殺し、その秘口から吐精の滴りが尾を引くことを予想しながら、結合部をじっと見入る。



筋を際立たせた強張りが、そろそろと引き抜かれていく……

次第に茎の全長が露わになってきて、最後に大きく張り詰めた亀頭が現れた。



媚肉の合わせ目が、広がっているのがはっきり見て取れる。

その間にできた小さな穿ちを食い入るように眺めていたが、暫くは何の兆しもない。



やがて、南さんに促されて妻が背中を起こすと、下向き加減の秘口から、丸みを帯びた滴りが垂れ落ちてきた。



小さく穿たれた秘孔から、一筋、緩やかな尾を引きながら垂れ落ちる他人の精液…… 

これまで幾夜も睦み合い、愛着のほど計り知れないものが、完膚なきまでに壊された証だ。



私の興奮は頂点に達しています。 

胸が切り裂かれるような現実を目の当たりにして、本音を言えば、もっと真近に行って

妻の秘所を大きく広げてみたいほどです。



しかし、そんなことはいくら夫婦と言っても憚り多く、できることではありません。



南さんにしても、そんなことをして妻にそっぽを向かれ、想われ人の特権をふいにするのは、

ご免こうむりたいに決まっています。



そのうち、南さんが妻の耳元でそっとささやいた。



「 さぁ、理香さん、ご主人が待ち望んでいたものですよ。 貴女も見てあげなくちゃ・・・ 」



南さんに促された妻が、荒い息を次ぎながら、視線の先を自分の股間に向けますが・・・

その目は虚ろで、そんなこと、どうでもいいように思っている風に見えます。


まるで、自分の体液の一部が流れ出ただけと言わんばかりに・・・



私にとっては、胸を掻き毟られるほどに狂おしい痕跡ですが、妻にとっては自分を慈しんでくれた印なのです。



我が身に随喜をもたらしてくれた愛しい男の体液を、妻が自分のものと思っても不思議ではないのでしょう。



今、この時ばかりは、互いの思いが大きく乖離していることは間違いなさそうです。



( ああ…… これが、私の待ち望んでいたことだったのだ…… 


妻に、気が遠くなるほどの悦びをもたらした他人の精液… それを、おまえは恍惚の悦びの中で受け入れたのか?



私のものとは似ても似つかぬ体液が、一旦、おまえの体の中に沁み込んだとなると、

最早、私と他人を識別するものは、何もない…… )



妻が随分と遠くへ行ってしまったような気がして心が痛みますが、この感情の中には

決して後悔の気持ちは含まれてはいません。



私は、垂れ落ちた白い跡形を見つめながら、

妻と他人の間で行われた、金輪際、消すことが出来ない事実を噛みしめていました。




しばらくは、息が詰まるほどの極度の興奮に見舞われましたが、崩悦の訪れは意外に早く、

歓びは徐々に遠ざかっていきます。



その刹那、胸が押し潰されるほどの興奮を覚えたものが、あれほど、狂おしい思いを込めて見届けたものが・・・ 

今は単なる残渣にしか思えない。


決して、想いが叶った満足感や本懐を遂げた成就感なんてものはありません。



今 私の心に溢れるものは、これまで大切に温めてきたものを失ってしまったという喪失感、

そして、妻にポツンと見捨てられたような疎外感、

それでいて、妻に対する溢れんばかりの愛しさなのです。



頭の中で、このようなことを思っている間も、心地よい脱力感に身を委ね、

退廃的な妖しさを漂わせている妻の姿が目に入ってきます。



俗に、「去る者は、日々に疎し」と言われますが、今この時、二人の傍に呆けたようにしゃがみ込んでいる私は、

間違いなく妻から遠ざけられ、そして、疎まれているように思えます。 



今風の言葉で言えば、妻にとって今の私は“ウザい”存在なのだ。




欣幸のひと時が過ぎ去り、部屋の中に静寂が訪れますが、

二人は猶も、火照った体を癒し合うように抱き合っています。



微かな言葉を交わしながらの抱擁には、悦びを共有した者だけがもつ気やすさがあふれていますが、

私は、そんな二人の姿を見ても、何だか、燃え尽きてしまったような感じで、全く嫉妬を覚えません。



とりわけ、南さんに対しては、寛大な気持ちになれます。 極端に言えば、感謝の気持ちすら覚えてしまうのです。



( この前、私が、南さんに言った言葉……


「 あなただったら、『どうぞ、お好きなように・・』って言っても構わないような気がしてきますから不思議ですね 」


こんな思いの延長線上に、今の思いがあるのかもしれない )











第七章 【ほろ苦い酒】

「 理香さん、そんな風にしていると、体が冷えますよ。 一緒に、お風呂に入りましょう 」



歓喜の後に気怠さが訪れてくるのは、男女とも同じなのでしょう。 

二人が連れだって、バスルームに消えていきます。



私はすることもなく、しばらく一人でぼんやりしていましたが、

そのうち、再び三人の顏が揃うと、部屋の中に重苦しい雰囲気が充満します。



南さんとは、お互いがそう思っているように気楽に話せそうなのですが、いざ、妻に対してとなると・・・

遠慮、気遣い、わだかまり等 何だか躊躇われるものがあって…… 気軽に話しかけられないのです。



こうして、一つの部屋に男女三人が籠りっきりになると、都合が悪いことが少なからずあるように思えます。



一つは、温泉場だったら室内がゆったりとしていて、そんなこともないのでしょうが、

狭いホテルの小部屋では、この息づまるような空間から逃げ出したいと思っても、

適当なスペースがないということです。 



それから、もう一つ、三人一緒ってのもどうも・・・ 何をするにしても、具合が悪い。



この部屋の中にはもう一人、妻が思いを寄せる男性がいるのですから、

妻の心中を思うと、今しがた 目にしたことをあからさまに尋ねる訳にもいきません。



いつもだったら、「 想いが叶って、本望だろ? 」と、皮肉交じりの言葉を投げかけたいところですが、

南さんの前で旦那風を吹かして、妻を揶揄することは躊躇われます。



気拙さを振り払うために、冷蔵庫からビールを取り出して、テーブルを囲みます。


時たま、降ってくる南さんの問いかけにも、うつむき加減で答える妻……

南さんの傍らに寄り添ったまま、私と目が合うことを避けるかのように、視線の先をあらぬ方に向けています。



風呂上りで幾分上気したうなじまで、どことなく、いつもと違って見える。



私と言葉を交わそうとしない妻の胸中を察するに・・・ 

私が思っているのと同じように、私に話しかけたいことがあってもためらいがちに遠慮しているのだろうか?



それとも、まだ夜は長いのだ。 

この後も抱かれるに決まっている男性と二人きりになれる時を心待ちにしているのだろうか?



前者の方であってほしいと願いますが、その心の中までは読めません。



部屋の中で、時折、ぽつり、ぽつりと、思い出したような会話が行き交いますが、

それが交わされるのは南さんと妻の間だけで、たまらなくなった私は、二人の話に割って入ります。



「 どうですか? もう少し、飲みましょうか? 」



「 いえ、これ以上飲んで、酔った勢いでというのは、奥さんはもちろん、貴方も望んでおられないでしょう? 」



すぐさま、南さんから明確な返事が返ってきた。 

如何にも、回りくどいことを好まない南さんらしい歯切れの良さだ。



( 確かにその通りだ。 しかし、この重苦しい雰囲気がずっとこのまま続くことには耐えられそうもない。


やっぱり、ここは、私の方から何か切り出して・・・

私の求めに応えてくれた妻に対して、例え、二言、三言でも、労わりの声をかけなければ・・・ )



「 理香、だいじょうぶ? 体の方…… 」



「 う〜ん、何とか、もどったみたい…… 」



「 かなり、乱れていたようだけど、あまり無理をするなよ。 次があるんだから…… 」



「 ・・・・ 」



「 どうした? 急に黙りこくって・・・ 気持ち良すぎて、舌が回らなくなったか? 」 



「 そんなこと訊かなくても、ちゃんと見てたんでしょ? 」



「 見てるだけじゃわからないこともあるからな。 

はっきり、言ったらどうだ? “純生”がよかったって・・・ 」



「 そんなこと、聞きたいの? 南さんの前で…… 」



「 南さんだって、おまえの本音を聞きたいと思ってるさ 」



「 私のことでしたら、別に構いませんよ 」



「 じゃ、言ってあげる。 何だか、中の方が温かくなってきて、とっても気持ちよかったわ…… 」



「 ひょっとして、ピル飲んでなくても中に出してもらいたいって思ったほどじゃないのか? 」



「 そうよ。 この前言ったこと、もう、どうでもいいように思えてきたから……

あなたもよかったんでしょう? 思いが叶って…… 」



「 あぁ、存分に愉しんだよ。 今までにないおまえの姿を見させてもらったから 」



「 まあ、まぁ、その辺りにして・・・ 

こうして、三人そろって、以前と同じ時を迎えられたんですから、そのことに乾杯しましょうか? 」



妻との会話が長続きしないのを見かねた南さんが、取りなしてくれます。 



重苦しい雰囲気を振り払おうと、無理して妻に声をかけてみたが、取って付けたような上辺だけの優しさが、

妻の心に響く訳がない。



これは私の横恋慕なのであって、妻にとって今夜の私は、無視されても仕方がない赤の他人なのだ。



しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえてルームサービスの軽食が届きますが、

口にする果物の甘みが足らないような気がします。



「 先ほどは、どうも・・・ いい思いをさせていただきました。 

こんなこと、貴方に言うまでもありませんが、奥さんが素敵な女性だってことが改めてわかりましたよ 」



「 そのお礼は、妻に対して言った方がいいでしょう。 随分と、貴方のことが気に入っているようですから 」



「 でも、貴方だからこそ、恥ずかしさを捨てても構わないって思ったんじゃないですか? 」



「 そうですかねぇ? ご本人に聞いてみないと・・・ 」



「 理香さん、ご主人に言ってあげたらどうですか? やっぱり、あなたの方がいいって・・? 」



「 二人して、私を困らせたいのね。 そんな意地悪言って……  

でも、今夜はわたし、ずっと南さんと一緒よ…… 」



こんな妻の言葉を聞いていると、この後、確実に待っている二度目の交わりのことが頭に思い浮かんできて、

不安こそありませんが、胸が塞がれたような重苦しさを覚えます。



どうも、こうして三人一緒にいても・・・

何だか、余り親しくない知人の家に止む無く泊ったような感じで、居心地が良かろうはずがない。



( 二人にとって、私の前では話しづらいこともあるだろうし、私にしても、二人が仲睦まじくしている姿を

これ以上見たくない。


ここは、アルコールの力を借りて、頭を麻痺させてしまうに限る )



「 南さん、妻が思っているように、今夜は私、あなた方にとって他人ですので、好きなようにさせていただけませんか? 

ちょっと、下へ行って飲んできたいのですが・・・ 」



「 そうですか? そんな気持ちになるのも当然でしょうから、無理に引き留め
はしませんが・・・

何時頃 戻ってこられます? キーをお渡しておきますから 」



「 多分、十一時過ぎになるかな? そんなに、深酒するつもりはありませんから・・・ 」



二人が私の存在を気にせず、心ゆくまで過ごせるように、私は妻への未練を断ち切りながら部屋を出た。




ホテルの二階にあるバーに行って、一人でカウンターに座る。

「 何に、なさいます? 」・・・ 声をかけてきたママの言葉が耳に優しく響きますが、

胸に渦巻く狂おしい想いを静めるには至りません。



冷酒のグラスをじっと見つめていると、先程まで部屋の中で繰り広げられていた淫らな光景が

断片的に思い浮かんできます。



私が読んだ“物の本”には、「男の欲望は、一体化と所有を最終目標とする」と書かれていた。



その通りだとすれば、男のセックスは、女の体に所有者としての刻印を刻むことになる。

そして、この論理を対極の性に当てはめれば、女性のセックスは所有されることに悦びを覚えなければならない。



しかし、都合の悪いことにそれは複雑極まりなく、このまま死んでもいいと思うほどの快感から、

二度と思い出したくない嫌悪まで、限りなく深い感受性の広がりをもっている
らしい。



いずれにせよ女性は、結ばれている男と一つになって、うっとりとなっている時に所有される幸せを感じるらしく、

その思いの深さは、相手によって大きく左右されるようだ。



余り、喜ぶべきことではないが、妻の性感はとりわけ感度がいいのだろうか?

所有したいし、されてみたい・・・ それほど、南さんとは体の相性がぴったりなのだ。



それから、一つ、妻にわかってほしいことがある。 


交わりの最中は当然ながら、交わりが終わった後も、私が妻に声をかけないのは、

もし、そんなことをすれば、妻の方が困ってしまうだろうと思うからだ。



確かに、二人が互いの距離を縮めてしまって、そこに私が割って入る隙間がないのも事実だが、

それ以上に、妻のことが愛おしく思えるから、優しい言葉をかけられないのだ。



しかしながら、私のこの思いは、一方通行の片思いのようなもので、どんなに妻のことを思っても・・・

本人が舞い上がってしまっているのだから、私の沈黙が、愛しさに起因していることなんてわかろうはずがない。



歓びの風に吹き流されている間は、想いの矢印が、生活の匂いがする男の方へ向くなんてことは有り得ないのだ。



「 一人で飲むのが、お好きですか? 」



「 えぇ… 急に、飲みたくなっちゃって・・・ 」



「 でも、その割には、余りお酒がすすんでいないように見えますが・・・ 」



カウンターの片隅で、ひっそり、グラスを傾けている私をママが気遣ってくれますが、

気もそぞろに、思いは二人が籠る愛の部屋へ翔けていく・・・



相棒もおらず、一人で飲む酒のほろ苦さ・・・ あれこれ、物思いに耽っていると時間がたつのが思いのほか早い。



そろそろ切り上げ時だが、私が部屋を出てから一時間半は経っている。


私は、明日になればまた、これまで通りの夫婦に戻れるが、南さんにすれば一夜限りの契りなのだ。



彼に、そのことをお願いした際、



「 何回でも、奥さんを抱かせていただいてよろしいのですね 」



と念を押されたことを覚えているが、二度目の交わりが始まっていても別に不思議ではない。 


明日の朝まで、妻は、一体 何回抱かれるのだろう?



先程から随分と・・・ これだけ気を揉んでしまうと、多分、明日の朝目覚めても、

以前、隣室のドアから現れた妻の顏を見た時のような胸の震えは感じないだろう。



( 自分で決めたことだから、仕方がない。 さぁ、部屋に帰って・・・

しばらく寝苦しいひと時を過ごすとするか。


今の二人がどんな風になっているのか知らないが、二度目の行為が行われている覚悟だけはしておかなければならない )



私は足取りも重く、元妻がいる部屋へ向かいました。




ルームナンバー309…… 部屋の番号を確かめる。 この部屋が今の二人の閨室なのだ・・・

ベージュ色のドアが閉ざされて、来訪者の侵入を固く拒んでいるように見える。


部屋の前で足を止め、一呼吸 整えてからカードを差し込む。



そっと履物を置き、絨毯が敷かれた床を足音が立たないようにして、ドア口のスペースを進んでいく



室内灯の照度が落としてある。 

最初に、私の耳に入って来たのは、低く、尾を引くように洩れる甘美な喘ぎ……

部屋の中が、香水と体臭が混じりあったような甘い香りで満ちている。



ベッドが見えるところまで近づいていって眼をやると、妻がベッドに顔を伏せており、腰だけがあがっている。


そのお尻を、南さんが手元へ引き寄せています。



ほんのりした灯りの下で、腰骨をがっしりと掴まれ、ゆらゆら揺れる白い肢体……



こんな光景を目にすると、前もって予想していたこととは言え、五感のいくつかを一度に襲ってきた衝撃は例えようもなく、

私は、固唾を飲んで見守るばかりです。



淫らな艶を帯びた肉茎が、やや下向き加減の角度をとって、双丘の谷間に抜き差しされていく…



こんな南さんの姿を見ていると、二度目の交わりを私の帰りに合わせたのでは・・?と思ってしまいます。



私の帰りに気づいた妻の視線がチラリと私の方へ向けられましたが、無言のうちに顏が背けられ、

すぐさま、その顔が髪の間に隠されていきました。



( こんな場面は、妻にとっても、初めてのはずだ。 

突然、侵入者が枕元に立ち、恥態のすべてがその目に晒されたのだから、

少しくらい狼狽えてくれてもよさそうなものだが・・・・ )



「 戻られましたか? 悪いんですけど、好きなようにさせていただいています 」



私の帰りに気づいた南さんから声が届くが、返す言葉もない。 



( 今夜は、お情けで“他人妻”の傍に居させてもらうのだ。

何を言われても、この先どんなことが起ころうとも、文句は言えない )









第八章 【妻の所有権】

南さんが、妻のお尻を股間の方に引き寄せながら、ゆったりしたリズムでピストンを行っていく。



妻は、腰に添えられた手が為すがまま、南さんに下半身を預けきっていますが、

その表情が、何とも言えないほど気持ちよさそうに見えます。



私は、酔いが回ってきたせいもあって、隣のベッドに体を投げ出したい気分ですが、そんな横着なこともできません。

ベッドから少し離れた所にしゃがみ込みながら、二人の姿を見守るばかりです。



「 いいんですよ、理香さん、そのままで…… ご主人が帰って来られたようですけど、気にしなくても・・・ 」



「 はっ、はぁ…ぁ…  また、イっちゃいそう…… 」



愛しい男に言われるままに官能に身を預けていると、うっとりしてきて、ますます感じてしまうのでしょう。


元々、ずっと遡って、抱かれたい男の名を口にした時から、罪の意識や抵抗感なんてあろうはずもないが、

今夜に限っては、すべての行為を受け入れてしまう。



「 あぁ〜ぁん、 あぁ……ぁ  いぃ……っ 」



体の奥底から湧きあがってくる快感を堪えきれずに、苦し紛れに洩らす喘ぎの声……



そのうち、しなっていた腰が崩れて、下半身がベッドに沈みそうになりますが、

南さんの両手がそれを許しません。



こんな風に、恍惚の表情で愉悦に浸っている妻の顏を見ていると、私も堪えられなくなってきて、

行き場のない嫉妬と興奮が、そうさせるのでしょう。 

手先が、自然に自分の股間の方に行ってしまいます。



そして、南さんのものが女陰に分け入っていく様に、手指の動きを合わせながら、同じリズムで慰め始めます。



( 妻が、私のこの姿を見たら、どのように思うだろうか?

夫を、そうせざるを得ない状態に追いやってしまったのは自分なのだと罪の意識をもつとは考えにくい。


今は、官能の虜になっていて、私のことなど眼中にないだろうが、きっとそのうち、

失望と蔑みの一瞥を送ってくることだろう。


でも、例え、そうなったとしても構わない。 

妻が、自慰に耽る夫の姿を目にして、さらに妖しく心を震わせてくれるなら・・・ )



南さんが、緩やかな律動を送りながら妻に話しかける。



「 理香さん、今 どんなこと、思っているんですか? 」



「 気持ちよすぎて、あぁ…… 何も考えられないの 」



「 どんな風にいいのか、教えてくれなくちゃ・・・ 」



「 体の芯が痺れてきて… もう、どんなことでもしてあげたくなるの

ん…… あぁ… いぃわ…… すっごく いぃ……… 」



「 どんなことでもしてくれるって本当ですか? どこかで部屋を借りれば、いつでもできますよ 」



「 いつでもなんて…… それは、だめぇ…… 」



「 それじゃ、これから時々逢ってくれますか? 」



「 そんなこと、できっこない… 

もう、しゃべらないで……  このまま、ずっとこうしていたいの 」



今はもう、他人に恥態を晒す羞恥、人倫を踏み外した行為への慄き、すべての煩いから解放されて、

官能の赴くままに悦びを表す妻……


否応なく湧いてくる甘美な快感が、妻の顔を淫らに染めていく・・・



南さんは、妻とのこんな会話を愉しむように、後ろからゆっくりとピストンをしていましたが、

すでに何回かの絶頂を迎えた妻が、より刺激的なセックスを求めているのを感じたのでしょうか、

やがて、緩やかな抽送の合間に荒々しい刺突を加えていきました。



「 あぁ…っ、 わたし、もう、だめ…ぇ  おかしくなっちゃう…… 」



時おり抉るように深く肉茎を突き込むと、膣奥が熱を帯びて締まってくるのがわかるのか、

その蠢きに逆らうように、さらに勢いよく突き立てていく。



「 いっ、いやぁぁぁ…… あぁっ… んんぁぁっ……! 」



情けない話ですが、私はこれまでの妻との営みから、数回浅く突いた後に深く抉るように押し込むリズムが、

妻が一番感じるものだと思っていました。



しかし、今夜の妻の様子から、性感が極まった女には連続して突き立てる荒々しい刺突が、

また別の感覚をもたらすことを思い知らされました。



そうこう思っている間にも、南さんが放つ手荒な抽送は止まりません。


体の芯を太い杭に貫かれるような圧迫感を覚えるのでしょうか、妻の眉根のしわが次第に険しくなってきます。



でも、半開きになった口元を見ていると、顏の表情とは裏腹に、熱く熔けた媚濘は男の貫きに否応なくうねり、

存分に快感を貪っているように見えます。



( あぁ… そんな風にされると、おまえの体の奥からは熱いものがとめどなく溢れ出てくるだろうに………


おまえの体に火をつけ、淫らな女に変えてしまったのはここにいる私なのだ。

おまえが、すべてを忘れ、火照った体を悦びの坩堝に蕩かしたいと願っても是非もない・・・ )



「 んん〜っ、あっあぁ…… もう、だめぇっ、 こんなの、続けられたら〜っ! 」



「 また、イッちゃうんですか? これから、もっとヨクなると思いますが・・・ 

でも、こっちも、理香さんのが気持ちよすぎて…… 」



( こんなに妻が感じてしまうということは、私がこの部屋に入ってくる前にも、別の体位で交わっていたに違いない。

そうだとすると、南さんもそろそろ限界だろう )



妻自身も願っていることなので、「蹂躙」という言葉は相応しくありませんが、

手ひどい刺突を悦びに変えてしまう妻の姿を目にしていると、私のものも滾ってきて・・・

これ以上は無理だというほどに擦りあげてしまいます。



「 いいっ、いっ…… んぁっ、だめぇっ… また、いっちゃうぅ……!」



南さんも、官能でとろけた媚肉の味わいに性感が急激に上昇していくのか、

欲情を漲らせた男根を突き込む速度を増していく。



その迫力に、かけがえのないものが壊されていくような気がして、息をするのが辛くなってくる・・・



「 小野さん、もうすぐですから、貴方もいっしょに・・・ 」



半端なものを淫している友人に目を向けた南さんが、声をかけてきた。



今まで、長時間の刺突に耐え続けてきた女体も、限界だったのでしょう。

更に、十数回の刺突の後・・・

始末に負えない快感が押し寄せた叫びがあがった。



「あぁぁ……っ ひっ、ひ……ィっ! 」



妻の口から、極みに辿りついた刹那の悲鳴があがると同時に、南さんの両手が妻のお尻を引き寄せ、

自分の股間にぴったり密着させます。



南さんのお尻が固く引き締まり、窄まっていく・・

そして、じっと動きを止め、僅かに引き抜いた後にさらに押し込む。

妻の膣内で、熱いものを噴走らせているのを想像するに充分です。



茎が見えないほどぴっちり嵌め込まれて、私ではない男によって為される射精……


奥深いところが見えないだけに一層なまめかしさがつのり、男の肉茎を受け入れる時以上に、

胸が締めつけられる思いがします。



私の目の前で、埋もれていた怒張が、“ひだ”を押し分けながらそろそろと抜き出されていく・・・


口を覗かせた、小さな秘孔……



途方もない悦びを撒き散らしていたものが抜き去られていくと、妻の体がぐったりとベッドに沈んでいきます。



「はぁ、はっ、はぁぁ…… 」 男が放った精液を、柔らかな膣奥に留めながら余韻に浸る妻……



( あぁ…… おまえは、その名残りをいつまでもそこに留めておきたいと願っているのか?


そのままの姿勢でおれば、私のものとは全てが異なる体液が、

おまえの体に溶け込んでしまうことがわかるだろうに…… )



もう、妻が叫んだ卑猥な言葉を取り立てて、云々する気はありません。

思いを寄せる男と一つに結ばれ、夫の“手染め”とは別色に染め上げられる悦びは、格別のものなのだ。



貫きを受けた痕跡が顕わなのに、その徴が隠蔽された数秒・・・

それは、放たれたものを受け取った妻の悦びと同じくらい、私にとっても、

体の芯が沸騰するかと思われるような数秒でした。



( さぁ、今度は俺の・・・ そこに馴染きった男の射精を受けとってくれ・・ )



私は、傍まで行って、限界に達した肉茎を思いきり引き絞り、想いの精を妻の背中に走らせました。




そのうち、妻の荒かった息が治まり、安息の吐息が漏れてきます。


ベッドに突っ伏しているその姿を見ていると、

何だか、残り火を始末してくれるものを欲しがっているように見えてしまいます。




空白の時間が過ぎ去り、理香がバスルームに向かう。


先程とは違って、一人で浴室に入っていく妻の姿を見ていると、

心を整理する時間を与えてあげようとする南さんの配慮を感じます。



しばらくすると、まだ私が一度も目にしたことがないインナーを身に着けた妻が浴室から戻ってきて、

湯上りの髪を整えます。



そして、すっかり寝支度を整え終えると、南さんが待っているベッドに体をすべらせていく。



前夫であることを自分に言い聞かせている私にとっては、とてもつらい瞬間です。



南さんが待ち受けているところに体を寄せていく妻の仕草が、急ごしらえの夫婦ではなくて、

堂に入っているように見えてしまう。



「 小野さん、そんなソファベッドは止めて、こちらのベッドを使われたらどうですか?

私たちは、ここで一緒に寝ますから・・・ 」



「 こんなところで意地を張ってもつまらないから、そうさせてもらいますか 」



私が隣のベッドに身を横たえると、三人が二つのベッドに分かれて足を伸ばすことになりますが、

妻を真ん中に「川」の字にしてくれたのは南さんの優しさなのです。



おそろいの枕を並べている二人の姿を見ていると、流石に三度目はなさそうに思えますが、

手を伸ばせばすぐ届く距離に愛しい女性がいるのに、手を伸ばせない・・・



私に背を向けて南さんと抱き合っている妻の寝姿を見ていると、胸が押し潰されそうなほどの苦しさを覚えます。



これは、その場を迎えた者だけにしかわからない苦しさで、

お酒が入っているものの、とても“白川夜船”なんて気にはなれません。



有り余るほどの思いが胸に溢れ、語りかけたいことも山ほどあるのに、それを表すことができないのです。



こんなに仲睦まじい二人を隣にすると、別に聞き耳を立てている訳ではありませんが、

二人が交わす小声の会話が妙に耳につき、

何だか、自分の心を鍛えるための修行を積まされているような気さえしてきます。



時折、南さんの手が妻のお尻の方に回ってくるのも気になります。

そして、それ以上に、妻の手がそれをそっと抑えているのはもっと気になります。



私の僻みのせいなのでしょうが、その手の重なりが、南さんの手の動きを止めるためのものではなくて、

火照ったところを手当てしてもらうお礼のように見えてしまう。



こんな経験は初めてで、流石に寝つけません。


交わりはつかの間ですが、一夜ずっと抱きしめて・・となると、妻の所有意識がはたらき、

何だか既得権を奪われたようで、交わりの最中を凌駕した 焼け付くような嫉妬を覚えます。



きっと、夫婦関係と言うのは、ある程度の独占欲があってこそ成り立つ関係なのでしょう。



( こんな二人の間に割って入って、言葉を投げかける勇気なんてとても無い。

朝までまんじりと、時が過ぎるのを待つだけだ )



胸の動悸をゆっくりした呼吸で抑え、苦しさに耐える私を他所に、隣では小声での夫婦の会話が始まります。



「 隣にいるご主人に、話したいこともあるんでしょ? 」



「 あっても、今は 嫌っ…… 」 



「 どうですか? 理香さんさえよければこれから隣へ行って、ご主人を慰めてあげても構いませんよ 」



「 そんなこと、言わないで。 ねっ、このままじっと…… 朝まで抱いていて… 」



「 そう、していてあげますけど、どうせ、朝になったら離れていくんでしょ?

さっきも言ったように、また逢ってもらえますか? 」



「 だって、隣にいる人の前で、うん なんて言えないわ。 南さんも、奥様が待ってるんでしょ? 」



枕を並べてこんな話をしている二人の姿を見ていると、その話に割り込んで、


「 腕枕をしてもらえよ。 そうすると、ぐっすり眠れるんだろ? 」


と、一言、言ってみたい衝動に駆られますが、喉元まで出てきた言葉をぐっと飲み込みます。



それからもしばらく小声の会話が続き、胸が掻きむしられるような想いに苛まれましたが、

慣れない部屋での寝泊まりの上、夕方からの気疲れが拍車をかけたのか、私は瞼が重くなり、

そのうち、睡魔に引きずり込まれるようにうとうととなっていきました。










第九章 【小さな喘ぎ】

朝方になって、別に、表通りがうるさくなってきた訳ではありませんが、どことなく妙な気配を感じます。



隣のベッドで、何やら、もそもそ動き出したような・・・ 時計の針を見ると、まだ朝の六時ちょっと前です。



眠ったふりをしている耳に、小声が聞こえてきます。



「 そのままにしておきますか、それとも、起こしましょうか? 」



「 困るわ。 そんなこと、訊かれても・・・ 」



薄目を開けて見ていると、妻が、隣のベッドで南さんに抱きすくめられながら、こちらの方を振り返っています。



「 困るわ 」というその言葉遣いから察するに、再び抱かれることには戸惑いはなさそうですが、

私に悟られないままに、事を済まそうかどうか迷っているように思えます。



( じっとこのまま、狸根入りを装うか? でも、それでは・・?  

南さんは、誠意をもって妻を愛してくれた。 そして、妻も私の期待に応えてくれた。


このまま寝たふりなんて、やってできないことはなかろうが、そんなことをすれば後で自分が後悔するだけだ ) 



私は、布団を押し払って起き上がり、二人に声をかけます。



「 お早いですね。 あっ、別に気にしなくていいですよ。 そのまま、続けていただいて・・・ 」



「 やっと、お目覚めですか?  でも、そんな風に言われるとつらいなあ。 

奥さんの気持ちも、私以上だと思いますが・・・ 」



「 そんなこと 気にせず、なさってください。 せめてものお礼ですから・・・ 」



「 ですが、日付けが変わったんですよ。 “一夜だけ”っていう約束だったと思いますが・・・ 」



「 ですけど、“何回でも”っていうのも約束だったでしょ? 理香、別に構わないだろ? 」



「 いいわ。 好きなようにしていただいて…… 」



この後、妻は南さんと三回目の関係をもった。 もう、目を釘付けにして見入るような気は起こらない。


しばらくすれば、妻が自分のところへ戻ってくるという安心感がそうさせるのか、

ゆったりとした気持ちで眺めることができます。



昨夜と違っていたのは、妻が、「 わたしの言うことも聞いてね 」と南さんに頼んで、

交わりを側臥位にしてもらったこと、それに、ゴムつきのセックスを求めたことだけだ。



隣のベッドで、南さんが妻の後ろに腰を持っていく・・・ こんな姿勢になると、妻の背後の動きが全くわかりません。



( もしかして、私が寝入っている間にも、二人だけが知っている何かがあったのでは・・・? )



一瞬、何の根拠もない猜疑が頭を過りますが、その疑心を打ち消すように、私も横寝になって妻と向き合います。



これで、南さんの抽送の様子はわからなくても、それを受け入れる妻の表情の全てを眺めることができます。



横寝の姿勢で、互いに顏を合わせ、じっと見つめ合う。 

幾分、距離が離れているものの、たまに行う私たちのセックスの時と同じだ。



悦びを届けてくれる相手が変わっても、程度の差こそあれ、妻のセックス時の表情に変わりはありません。



南さんの抽送が始まると顏の表情がうっとりとなってきて、速さが加わってくると多少その顔が歪んできますが、

今朝は声には出さず、じっとこらえています。



南さんから送られてくる腰の動きに応えているのは疑うべくもないのですが、

胸元で小さく手を合わせ、両膝は固く閉じられたままです。




でも、そのうち感じてきて、乱れてしまいそうな妻…… 

悦びが高まってくると、目元を歪ませながら懸命にこらえています。



「 あぁ…… ぁん、ぁん、ぁん …… 」



こんな風に、喘ぎを押し殺している妻の表情を見ていると、可愛さ、健気さ、たまらない愛おしさが湧いてきて、

思わず、胸元で微かに震えている両手を握ってあげたくなりますが、

そんなことをすれば、返って妻の心を乱すだけです。



南さんのスラストを受けているうちに、甘美なものが否応なく湧き立ってくると、

縋りつくような目で私を見つめる妻……



しかし、切なげに送られてくるその眼差しは、私に許しを乞うたり、私を責めたりするものではなくて、

ありのままの自分の姿を、しっかり見届けてほしいと願う妻の思いの表れであることがよくわかります。 



久しぶりに、温かい眼差しを送ってくれた・・・ 


夫の顔が至近距離にあり、じっと見つめられているのだから、あからさまに喘ぐこともできない。


しかし、体の方は素直で、徐々に昂ぶっていく……



すぐ傍に私さえいなかったら、体をよじって悦びの深さを表したいところでしょうが、

今の妻にできることと言えば、体が感じるままを、私の目を見つめることによって訴えることだけなのです。



じっと堪えているうちに、悦びがもうどうにもならないところまできているのでしょうが、

眉根を寄せながら、それを押し隠す妻……



( 我慢なんかしなくていいんだ。 もっと乱れてもいいのに・・・ )



こんな時、じっと耐えるしかないジェンダーを思うと、あまりに可哀そうで、切なくなってきます。



「 ぁぁ…… あっ…! 」



しかし、時おり、急激に襲ってくる快感を扱いかねて、苦し紛れに洩らすよがりの声……



その中に、予想を超えた快感が押し寄せたサプライズがこもっている。




そのうち、交わりもフィニッシュを迎えます。


やっぱり、モーニングセックスは、昨夜のそれと比べるともう一つだったのでしょう。

私とじっと顔を突き合わせていたせいかもしれませんが、妻が昨夜以上に乱れることはありませんでした。



朝方の交わりで、私が驚いたこと・・・

それは、妻が南さんに、避妊具つきのセックスを求めたことです。



私からしてみれば、昨夜・・・ あれほど頑なまでに拒んでいた“最後の一線”の堰を切って、

修復不能のところまで行ってしまったのですから、今さらゴムを付けなくてもいいように思えます。



しかし、前もって、自戒の一線を崩しても「 その日だけ・・・ 」と、固く心に決めていたのでしょう。




その後、私たちは下へ行って、バイキングの朝食をとりました。


三人が、それぞれ気ままな席を選んでテーブルにつきましたが、妻が選んだ席は

昨夕、レストランで待ち合わせした時と同じ・・・ 私の隣です。



朝食の合間に、私が南さんに話しかけます。



「 うちのやつ、どこで習い覚えたのか知らないんですが、自家製味噌を作ってるんですよ 」



「 へぇ〜 そうですか? 料理がお上手なのは知っていましたが、そこまで豆々しいんですか? 」



「 どう、理香? こんな味気ない味噌汁じゃなくて、もっとおいしいアサリの味噌汁、

南さんに、つくってあげたいと思うだろ? 」



「 そうね・・ どうします? ほんとにそんな日がやってきたら・・・ 」



「 どうしますかって・・・ 

本当にそんなことにでもなったら、今よりもっとお腹が出てきて、毎日遅刻しそうですよ 」



「おい、おい、南さんの奥さんを追い出してしまうのか? 

それじゃ、その間だけ、俺がお相手させてもらうことにするか 」



こんないい加減な会話が交わされていましたが、それもしばらくの間だけで、

三人そろって無理していることは明らかです。



その後は、そんなに会話が弾むはずがなく、時おり 思い出したような片言の会話が交わされるだけでした。



途中、妻がご飯のお代りを勧めてくれますが、尋ねる順序は南さんが先です。

こんな妻の姿を見ていると、心のスイッチを切り替えて私との生活モードに入ったことがわかります。



帰り際、男二人になった時、南さんがそっと私に言った。



「 昨夜からずっと・・・ つらかったでしょ? 」



「 自分で蒔いた種ですから・・・ おかげ様で、これまでにない経験をさせてもらいました 」



「 でも、これくらいがちょうどいいんじゃないですか? こんなこと、頻繁に行ったら長続きしませんよ 」 



「長続き・・」という言葉が、南さんと私の間柄を指しているのか、妻との関係を指しているのかわかりませんが、

お腹がいっぱいになり、ゆったりとした気分になると、彼の言っていることが正しいように思えます。



「 妻の方は、とても悦んでいたと思いますが・・・ おっしゃる通りかもしれませんね 」



「 あの後、奥さんから・・・ 『 昨夜と違ってごめんなさい 』と言われた時、そう思ったのです。


また、その気になったら声をかけてください。 何より、貴方との仲を壊したくありませんから・・・ 」



「 私の方こそ・・・ また、これに懲りずによろしくお願いします 」



「 それから、前々から貴方に誘いかけていることですが、心が決まりましたらいつでもご連絡ください。

何なら、先程の言葉通りにしていただいても構いませんよ 」



「 いや、決して、奥様のことが気に入らないという訳じゃないのですが・・・

また、そのことについては、いつものところでお話しましょう 」



この言葉を最後に、私たちは別れた。






【終わりに】

狭い小部屋で、三人一緒に過ごした半日・・・ それは、私の喜怒哀楽が激しく揺れ動いたひと時でした。



いろんな感情が湧いたり消えたりしましたが、

それらの想いの中で私の心を大きく占めていたものを一つ挙げるとすれば、やっぱり嫉妬だったように思えます。



いくら自分の心を整え、わきまえたたつもりでいても、その場に臨めば、想像以上の狂おしいものが湧いてくるのです。



そして、それは、所有意識や信頼感など、相手への想いが強ければ強いほど抑えが利かなくなってきます。



妻との日々の生活では、どちらがリードしているのかわかりませんが、間違いなく歩調を合わせられるのですが、

今回のような道ならぬ男女のことになると、自分の感情だけが先走りや空回りをして、

合わせることができない想いのズレに苦しめられました。



このように、嫉妬というのは、それを覚える当の本人ですら御し難いのですから、

傍目にみっともなく映っても仕方がないのでしょう。



ただ、私たちはこれからも夫婦関係を続けたいと思っているので、お互いに許し合うことにしています。



妻の場合は、交わりが終わった直後に全ての咎が帳消しにされ、許してもらえるのですが、

私の場合は、無償で許してもらえる訳がなく、妻の自己犠牲に報いる代償を天秤の反対側に乗せなければなりません。



この後、気遣い、労わり、献身など、あらん限りの努力を傾けた後に、恩赦が待っています。



でも、これは私の愚痴なのであって、これまで私に求められるまま他人に体を開いた妻の心中を思えば、

それくらいのことは、為して当然なのでしょう。



このようなことを続けながら、それでいて変わらぬ夫婦愛を保っていきたいのなら、

「 自分のことを分かってほしい 」ではなく、「 相手のことを分かってあげよう 」と、

自分の方から歩み寄ることが大切なのですから・・・




終わりに、どなたの作品か知りませんが、ネットで見つけた、私のお気に入りの詩をご紹介します。



愛…… それは、時に美しく、時に人を狂わせる。

君と過ごした、幾つもの夜。

瞼を閉じれば、色褪せない思い出が、今も鮮明に蘇る。

然し、あの頃の君は、もう此処には居ない。

あるのは、君が残してくれた、温もりと、香りだけだ。

She Is My Wife ……

愛、夢、希望

君と過ごした日々を、俺は、決して忘れはしない。



いつの日か、私にもこんな日が訪れて・・・ She Is … が、She Was … に、変わってしまいそうな気がする。



―完―