● 北潟ホテル
【はじめに】
私の名前は小野まさお、妻は理香。 年齢の方は40代の半ば過ぎ・・・
職業は専門分野こそ異なるものの、お互い、公務員であることは共通しています。
季節は、三月の終わり・・・
根雪におさえられていた土の下からふきのとうが芽を吹き、外の世界が生気に満ち溢れてくると、
私も何やら、浮き浮きした気分になってきます。
ちょうど、一年ほど前・・ 今までよりも更に強い刺激を求めて、妻を、男が待ち受けている所へ一人で送り出し、
その夜、胸が押し潰されるほどの妻への愛おしさ、まんじりともできない寝苦しさを味わいましたが、
その時の興奮が忘れられず、今回 再び、妻を他人に差し出すことにしました。
有り様を言えば、今回は私が計画した訳ではなくて、男から誘われるままに、妻を送り出すような羽目になったのです。
このようなことを続けていると、偶発的要因によって、成行きに任せせざるを得ないようなことも起きてきます。
私がこの文章を書き始めたのは、ちょうど、妻へのメールがあってしばらく経った頃・・・
お相手は、この前、抱かれたばかりの男性。 その男性と、“最高のセックス”を愉しみたいと願う妻・・・
意中の男性と二人きりで過ごした一夜の様子を、妻との寝物語風にお話します。
第一章 【届いたメール】
私の場合は、妻が他の男に抱かれながら、夫の目を憚らず、
身悶えする姿を見てみたいという欲望が、ある一定の周期をもって訪れるのです。
つまり、私の願いが叶って、妻に対する愛おしさに胸がいっぱいになるような瞬間・・・
私にとって至福のひと時が過ぎ去ると、しばらくの間、妄想は影を潜めるのですが、
またそのうち、以前にも増した強い欲望が兆してくるのです。
こんなこと、表立って妻に尋ねてみたことはありませんし、妻の方から私に打ち明けてきたこともないのでよくわかりませんが、
この前、妻が言った言葉…… 「わたしだって、女だもん。 時にはそんな場面を思い浮かべることはあるわ 」
この言葉を額面通り受け取れば、一度、禁断の世界に足を踏み入れてしまったからだと思いますが、
妻も、私以外の男と再び・・・ 胸が震えるような体験をしてみたいと願うことがあるのでしょう。
こんなことを思っていると、妻が言った言葉が自然に思い浮かんできます。
「今後のことは、あなた次第よ 」
この言葉には、私に対する揺るぎない信頼と愛情・・・ そして、同じようなことを何度か経験したせいでしょうか、
私の許しさえあれば、他人に体を開くことを厭わないという積極性さえ込められているように思えます。
(多分、妻が、理性でもって努めてそのことから遠ざかろうとしても、
あの時の身が熔けるような甘美さが、体の奥深くに刻まれているにちがいない。
そして、再び身を焦がすような体験をしてみたいと密かに願っているのかもしれない・・・)
しかしながら、そんなことは、余り疑心暗鬼になって深く考え込まない方がいいのでしょう。
いくら夫婦と言っても、窺い知ることができない部分、互いに立ち入ることを控えるような部分があっても当然なのですから・・・
いつもと変わらぬ単調な日常生活・・・ ある日、夕食を終えてくつろいでいる私の傍に、湯あがり姿の妻がやってきて話しかけます。
「ねぇ、あなた・・ 朝岡さんに、わたしのメアド 教えたの? 」
「う、う・・・ん、 この前、訊かれてね。 別に、彼だったら構わないだろ? 」
「昨日、メールがあって・・・ 突然のことで、びっくりしたわ」
「それで・・ 何て、言ってきたんだ? 」
「一度、二人だけでゆっくりできる時間をもらえませんか? って・・・ 」
(この前、ジムで、『もし、小野さんさえよろしければ、もう一度、奥さまに逢わせていただけませんか?』
と、お願いされたのだが、早速、それを実行したのか?
私に妻のメアドを尋ねるってことは、携帯の番号を知らせていない証拠だ。
それに、自分の想いを相手に伝えるのは、携帯よりメールの方が好便なことも多い。
あれから大分日が経つので、あの時のお礼ではないと思うが、妻にもう一度、逢ってみたいのだろう・・・)
逢った後でどうするのか、その時は、余り深く考えずにメアドを教えただが、
改まって、妻からこんなことを聞かされると、話の続きを訊かずにはおれません。
「律儀な奴だからな。 おまえにメールしてもいいかどうか、前もって俺に断ってきたよ。
それで、メールの内容はそれだけ・・・? 」
「う〜ん? はじめの方は、わたしに変わりがないかって・・・
それから、できれば聞き届けてほしいという願い付きで、待ち合わせの時間と場所・・・
それに、『あなたによろしく』って、結んであったわ」
「あの時のお礼も、言ってきたのか? 」
「そんな訳ないでしょ? あなたも、誰かさんにメールするとしたら、そんなこと言う? 」
「そうだな。 それで、その待ち合わせの日と場所は? 」
「わたしの都合がいい日に、駅前の駐車場で逢いたいって・・・ 」
「それで、おまえは、どうするつもりなんだ? 」
「どうするって・・? やっぱり、行かなきゃ悪いと思うけど・・・ それを決めるのはあなたでしょ? 」
「それは、そうだけど、俺にとっても突然の話で・・・」
妻に送られてきた一通のメール・・・
『今後のことは、あなた次第よ』
すべてを私に委ねてくれた妻の心中を察すると、私が主体的にそのことを決めなければいけません。
私は、じっと考え込み、頭を巡らします。
「やっぱり、行かなきゃ悪いでしょ?」という妻の言葉には、朝岡に寄せる想いの程が込められているように思える。
私の方は、仮に、妻が再び朝岡に抱かれることになっても・・・
そのこと自体は、私がそうなっても構わないと思っていることで、別に異論はない。
食事の後、朝岡は、妻をホテルに連れて行く。 もう、一度関係しているので、妻は当然のように従いていくだろう。
ホテルに行けば、 私が居ない部屋で、男女の関係をもつことはわかりきっている。
まさか、妻にしても、何も起こらないとは思っていないだろう。
私が返事を躊躇っているのは、その場に私がいないということだけなのだ。
(この次、妻が他の男と交わる時は、避妊具なしで・・ そして、愛おしい女が凌辱され、完全に他人のものにされた証・・
その秘口から、白い欲望の精が滴り落ちるところを見てみたい。)
あれほど願ってやまなかったことが、この運びでは叶えられそうもないことが、妻への返答を躊躇わせているのです。
「ねぇ、あなた、どうなの? 朝岡さんと二人だけで逢っても、いい・・? 」
「う… ん・・・ おまえさえよければ、別に・・・ 」
「でも、朝岡さんと二人きりになると・・・
何となく成行きで、最後まで行ってしまいそうな気もするけど、そうなっても、いいの? 」
こんな妻の言葉を聞くと、一応 私に確認をとってはいるものの、しっかり朝岡に抱かれる決心をしているように思える。
改めて念を押されると、また、迷いが生じてきて・・ 妻への返事を躊躇らってしまいます。
妻が私の目が届かない場所で男と二人っきりになるのは、そんな先の話ではないのだ… と思うと、
この前、妻を男が待ち構えている部屋へ送り出し、一人隣室で過ごした時の息苦しさを思い出します。
私が、「逢ってもいいけど、食事だけにしたら?」と言いさえすれば、賢い妻のことです。
お互いが楽しいひと時を過ごせるように気を配りながら、男女のことはやんわり扱って、何もしないで帰って来るでしょう。
でも、色々 思い悩んだ末に、私の口から出た言葉は、
「もう、ひょっとしたらひょっと・・って間柄でもないだろ? そうなっても構わないから、彼の言う通りにしていいよ 」
「ほんとに、そうなってもいいのね 」
妻が、心なし弾むような口調で確かめる。
これも成行きである。 私は思うように事が運ばなかったせいか、内心 忸怩たる思いがあるが、
ちょっぴり本音をつけ加えながら 妻にエールをおくる。
「しっかり、朝岡に可愛がってもらっておいで。 ほんとは、傍にいたいんだけど・・・ 」
「ごめんね。 “二人だけで・・”って、書いてあるの。 あなたも一緒に・・ なんて、言えないわ 」
第二章 【春木立の庭園】
メールが届いた日から、一週間後、朝岡との約束の日を迎えます。
午後4時頃になってから、妻がお出かけの準備をし始めました。
これから、密かに想いを寄せる男性に逢って・・・
そして、その先にそうなってほしい展開が待ち受けていることに胸が高まっているのか、
何だか、今日の妻は仕草が妙に艶を帯びて、色っぽく見えます。
いつもより濃い目の口紅も、予想していることが実際にあって欲しいと願う期待の表れなのかもしれません。
妻が、心を弾ませながらも、その胸の高まりを押さえて、努めて平静に振る舞っている姿を見ていると・・・
こちらも胸がどきどきしてきて、どうしても妻の顏にばかり目がいってしまいます。
「や〜ね…… そんなに、わたしの顏ばかり見て・・・ だいじょうぶよ、ちゃんと帰ってくるから・・ 」
微笑みながら私に語りかける顏が、心なしか浮きうきしているように見える。
「あぁ…… 家で待っているから、時間のことは気にしなくていいよ」
「どうする・・? 遅くなりそうだったら、電話しよっか? 」
「そんなことにまで、気を遣わなくていいよ。 せっかくだから、思い切り愉しんできなよ」
出かけていく妻の車のエンジン音までもが、いつもより低目に聞こえ、何だか私に対する妻の気遣いのように思えます。
夜10時になって、待ち合わせの時間から5時間が経っているが、まだ、妻は帰ってこない。
妻を見送って一人になると、心にぽっかりと穴が開いたような気分になって、無性に淋しくなってきます。
このような然るべき時間になると、朝岡と同じ時間を過ごしている妻の姿があれこれと思い浮かんできて・・
考えるのは妻のことばかり・・・ 何をしても気がそぞろになります。
『ちゃんと、帰ってくるわ。』、『遅くなりそうだったら電話しようか?』という妻の言葉から察すると、
自宅へ帰ってくることは間違いないだろうが、それが何時なのか?
何度も二階へ行って、窓から下を眺めてみるが、ガレージのシャッターが上がるような気配がない。
胸の焦燥を抑えるために、グラスを手にする回数が増えてくると、アルコールが効いてきて・・・
麻痺したような頭で物思いにふけっていると、酔いも手伝ってこれまでの狂おしい場面が蘇ってきます。
(あぁ…… 今頃は、朝岡と一緒に風呂へ入り、その肢体を惜しげなく晒しているのか?
白い乳房を男の胸に押し付けながら、その先を求めるように男の背中を抱きしめているのだろうか?
いや、もう既に、待ち望んでいたことが始まっていて・・・
潤んだところに、欲しかったものを受け入れているのかもしれない。)
こんなことを想うと、すべての“束縛”から解放されて、女としての悦びに身を任せる妻の姿が思い浮かんできて・・
納得して送り出したはずなんだと自分に言い聞かせてみても、
自分一人だけ取り残されたような気がして、止めておけばよかったと後悔に似たような気持ちが湧いてきます。
悶々とした時間が過ぎて、夜の11時頃、シャッターが上がる音がした。
飛んで行って、すぐに妻を迎えたい衝動に駆られるが、わざと平静を装い、TVを見ているふりをする。
やがて、階段を上がって来る音がして、妻が部屋のドアを開ける。
「ただ今・・・ 帰ったわ 」
「おぉ、お帰り・・ 思ったより早かったじゃないか? もう、ちょっと遅くなると思っていたけど・・・ 」
顔を見てほっとした気持ちと、長い間待たされた腹立たしさ・・・
すぐにでも抱きしめたい気持ちですが、努めて平然と振る舞う私。
一時も早く、核心部分を尋ねたい気持ちは山々ですが、こんな時、最初にどんな言葉を投げかければいいのか困ってしまいます。
ほんのりと妻の顏が赤みをおびているところを見ると、お酒を飲んできたことは間違いありません。
「何だか、ご機嫌のようだけど・・ まさか、運転してきたんじゃないだろな? 」
「だいじょうぶよ。 お店から代行で来たから・・・ 」
「“お愉しみ”の後の酒の味は、いつにも増しておいしかっただろ? 」
「ワインをいただいたの。 少し、酔っぱらっちゃった・・・
ねえ、ねぇ、ちょっとすごいと思わない? ボルドーの年季ものよ 」
「朝岡の“年季もの”も、よかったんだろう? 」
「う……ん、 せっかちね ちょっと待って・・・ あのね、何もなかったの 」
途端に、張り詰めていた糸がぷっつり切れたような気分になって・・・ 同時に、妻に対する疑念が湧いてきます。
「待ち合わせた時間から6時間も経っているんだ。 その間、何もなかったってことはないだろ? 」
「だって、ここから待ち合わせの場所まで、往復2時間はかかるわ。 朝岡さんと一緒にいたのは4時間ぐらいよ 」
「そりゃ、それくらい離れた所でないと、他人目につくからな。 ・・で、どんなデートコースだったんだ? 」
「最初に、美術館に行ってから、養浩館の庭園を回ったの。
回廊から、ふくらみ始めた木の芽を見ていると、やっぱり来てよかったと思ったわ 」
「“歴史の庭”の散策か? それから・・ ?」
「それから、お食事をして、スナックに寄って来た・・ それだけよ 」
妻が、嘘が上手じゃないことは、私がよくわかっています。
時々、こちらがびっくりするような聡い目で本質を見抜くことがあるのですが、
そのような鋭い感覚の持ち主は、返って、自分の胸のうちを隠しておくことが下手なのかもしれません。
「朝岡に、一夜を共にしようって、言い寄られたんじゃなかったのか? 」
「言い寄られたのは本当だけど、最後まで求めてこなかったの・・・」
「じゃ、何のために、呼び出したんだ ? おまえも、あいつの胸の内を計りかねただろうに・・・ 」
「一言で言うと、わたしの気持ちを確かめたかったみたい・・・
“お泉水”を見ながら一休みしている時に、言われたわ。
『小野さんが了承されるかどうかわかりませんが、もし、ご主人のお許しを得られたら、
また、逢っていただけますか?』って・・・ 」
「まさか、他の観光客がいる前で、そんな話をしたんじゃないだろうな 」
「だいじょうぶよ。 あそこ、たたみ二畳ほどの狭い場所があるでしょ。 御台子って言うんだけど、そこで話したの 」
「そうか? それで、おまえも、自分の胸の内は伝えたんだろ? 」
「伝えたわ。 もし 朝岡さんがお望みなら、朝までずっと一緒にいてあげてもいいって・・・ 」
「そんな風に言われたら、男だったら誰でも、『じゃ、この後、一緒に・・・』って具合になるはずだけど、
ホテルへは行かなかったのか? 」
「朝岡さん、ぶきっちょなのかなぁ? ちょっと、固いの・・・
『いくら私でも、前もって、ご主人の許しを得てもいないのに、たった今 貴女の気持ちを聞いたからといって、
すぐにホテルへ行く訳にはいきません。』 ですって・・・
あなたに、気を遣ったみたい 」
「ふ〜ん、 なかなかの奴だな。 そこまで、気を遣うなんて・・・
それじゃ、本音を打ち明けたのに、そんな風にあしらわれたらがっかりしただろう? 」
「それは、やっぱりね…… だって、朝岡さんの顔がすぐ傍にあるんだもん。
一緒にいるうちに、この前のことが思い出されてきて・・・
『わたしのこと、本当はそれほどでもなかったのかな…?』って、思ったわ 」
「そんなこと、ないさ。 メールまで送ってくるほどだから・・・
今日のところは我慢して、楽しみを先に延ばしたんだ。
おまえも、その時のことを想うと胸がどきどきしてくるだろ? 」
「う…ん、 まぁね……」
「それで、もちろん、この次の約束はしたんだろ? 」
「したわ。 『三度目の出会いでのセックスが最高だから、その時はね』って・・・
それに、そのことをあなたにはっきり言って、許しを得てほしいとも言われたわ 」
「おまえもそんな言葉を聞いたら、朝岡の手を引いて、すぐさまホテルへ行きたい気分になっただろう? 」
「え〜ぇ? そんなことまでは言えないわ。 女心の微妙なところはそっとしておくものじゃない?」
「俺に、そんな言葉を聞かせておいて、“だんまり”はないだろう? 」
「う〜ん… 本当 言うとね…… 『この次逢った時、どんなことされちゃうのかしら?』
って、何だか胸がどきどきしてきたわ…… 」
(そうか、頭じゃなくて、おまえの体が熱くなるのはこの次か…… )
妻が言った言葉からその時のことを思い浮かべると、私の胸の中にちょっぴり嫉妬を含んだ大きな期待がふくらみます。
その後、妻は、ワインを飲みながら次回の約束を交わしたこと、スナックでデュエットを楽しんだことなどを語ってくれた。
それらのことはどうでもよかったが、終わりの方で妻が言った、
「朝岡さんて素敵な方よ。 色々、気を遣ってくれて・・・
夕方になって冷え込んで来たら、『寒くないか?』って、コートを肩にかけてくれたわ 」
「とってもさわやかな感じだし、話題やしぐさに嫌味がなくて、女性を大切にしている感じがするもの・・ 」
二つの言葉に、不快感を覚える。
妻が帰ってくるまで、胸苦しさを抑えるためにいつもより濃い目の水割りを飲んでいたが、
喉に引っかかる言葉を聞いた私は、更に二杯をあおって寝た。
第三章 【最後の一線】
この日から数日後、夕食を済ませた私はスポーツジムに出かけ、朝岡と話します。
「朝岡さん、この前は妻が色々お世話になりまして・・ でも、何だか がっかりして帰ってきたようですよ 」
「え〜っ、そうですか? コロコロ笑っていて、そんな風には見えなかったんですけど・・
ちょっと、悪いことをしたかな? 」
「それは、そうですよ。 秘かに期待しているんじゃないかって思わなかったんですか?
“女心”を読みとるのは苦手ですか? 」
「そんな訳じゃ、ないんですけど・・・ 本音を言いますと、『逢っていただけませんか?』って誘って、
そのままホテルへ直行ってのは、余りにも自分が卑しいように思えて・・・
素敵な女性と何もしないでずっとこのまま過ごしてみようって、いいカッコしたかったのが本音かもしれません 」
「それに、私に対する遠慮もあったのでしょう?
でも、“愉しみ”は、先に延ばしておく方がいいのかもしれませんね。
私の方は、別に拒む理由もないですから、この次逢った時は思いっきり妻を悦ばせてやってください 」
「小野さんから、そんな風にはっきり言われると、何だか“後ろめたさ”が消えてすっきりしました。
その日になってみないとどうなるかはわかりませんが、二度もがっかりさせたくありませんから、
私なりに奥様を愛させていただくつもりです 」
この時から、数日経ってから朝岡との“約束の日”を迎えますが、
私はと言えば、余り早くからその時のことばかり想うと、神経をすり減らしてしまうことはわかりきっているので、
しばらくの間は、努めてその想いから遠ざかるようにしていました。
でも、“約束の日”が迫ってくると、何だかそわそわしてきて・・
思うのはそのことばかりです。
二人だけの部屋で、妻が、これまでに私から与えられたものとは比べ物にならないほどの悦びに悶えるのももうすぐだ・・・
程なくその時が訪れて・・・ 火照った秘芯に、熱く滾ったものを導き入れてほしいと願う妻・・・
こんな場面を思い描くと、興奮してきて・・・ その息詰まるような胸苦しさに耐えられず、
早くその日が訪れてほしいと思ってしまいます。
この胸の昂ぶりは、何だか、遠足や修学旅行を前に、期待に胸を弾ませている子どもの気持ちとちょっぴり似ているように思えますが、
後ろめたさとそれを待つ時間の苦しさという意味では違っているようです。
悶々とした想いを、時が粛々と解決してくれます。
しばらく、靄々とした想いを引き摺っていましたが、ようやく、妻が“最高のセックス”をする日が明日に迫ってきました。
私はその夜、妻と臥所を共にしましたが、交わることは控えようと心に決めていました。
明日の夜・・ ベッドの上で、憔悴しきるほどに感じてしまうはずの妻のことを思えば、
今夜は、寄り添うだけにしようと思ったのです。
(明日の夜・・・ 男に体を委ねて、否が応でも体から噴きあがる悦びに疲労困憊するのは目に見えている。
思う存分、性の悦びに浸るためには、今夜は余計なことはしない方がいいだろう。
その代わり、 帰ってきたら・・・)
私たちは枕を並べながら、“夫婦の会話”に移ります。
「いよいよ、明日に迫ってきたな。 ど〜う、初夜を迎えるような心境か? 」
「う……ん、 何だか胸がどきどきしていて・・・ 眠れそうにないわ。 あなたも一緒でしょ? 」
「夫婦だからな・・・ それで、今夜は我慢した方がいいだろう。
明日、帰ってきたら、うんと可愛がってあげるから・・ 」
「でもね、あなたがいない所で男の人と“二人っきり”になるの、まだ二度目でしょ?
思いがけないことが起きたら・・ って思うと、ちょっと怖いわ 」
こんな妻の言葉から心中を察すると、何だか、その“思いがけないこと”まで望んでいるように思えます。
彼女は、私と結婚して以来、ずっと貞淑な妻であり、この上ない人生の伴侶であり続けた。
それを、ある時、私が種を蒔いて、このような世界に引きずり込んでしまったのだ。
確かに、妻の体の中に、潜在的な“淫らさ”が棲んでいたのかもしれないが、
今夜は明日のことを思い描きながら、想像以上のことまで経験してみたいと密かに願っているのかもしれない。
「この前、スポーツジムで… あいつと話したよ 」
「えっ、どんな話? ねっ、どんなこと、話したの……? 」
「この前のデートの時、何も求めなかったのは、そのままずっとおまえと一緒に過ごしたかったんだそうだ。
それに、明日のことだけど・・・
あいつ、『どんな風になるかわからないが、思いっきり、おまえを愛する』って、言ってたよ 」
「・・・・・ 」
「“ずっと、二人で過ごしたい”って想いは、俺たち、夫婦の感情に近いものだろ?
あいつ、それほどおまえのこと、思っているんだ。 体だけじゃなくて、心まで欲しいって… 」
「そ……う、 そんなこと、言ったの・・・
それで、あなた・・ 明日のことだけど、ずっとそのままホテルにいて、帰らなくてもいいの? 」
「まぁ、そうするのが自然だと思うけど、それはおまえが決めることだな。
普段、『悦びを求める女になりきってほしい』と言ってる俺が、そんなことまで指図する訳にはいかないからな 」
しばらく会話が途切れて、妻はじっと考え込んでいる。 私には、妻の返答がどのようなものであるかよくわかる。
このようなことを始めて、もう、ここまで来てしまったのだ。
私がこの忌まわしい性癖に終止符を打たない限り、いや、例え、それが鎮まったとしても、
二度と後戻りができないことも互いによくわかっている。
そして、妻は求めているのだ。 私との長年の夫婦生活で満ち足りなかったものを・・・
そして、まだ味わったことがないものを・・・
「あなた、ごめんね。 もしかして、そうなるかもしれないけど・・ 朝帰りになってもいい? 」
「ああ、いいさ。 “朝帰り”どころか、もっとゆっくりして、明日の夕方でもいいさ 」
このような言葉が、すらすらと口から出てくる自分に驚いてしまいます。
本当は、一刻でも早く、我が家に帰ってきてほしいはずなのに・・
終日、ただひたすら悶々と・・・ 妻の帰宅を待つ苦しさに耐えられそうもないこともわかっているのに・・・
このような“見栄っ張り”は、妻への愛おしさと執着心・・・ 深く考えれば、妻に対する所有意識の結晶なのでしょう。
妻が私の願いに応えてくれて、求めている姿になればなるほど・・ 嫉妬の“燃えカス”が心の底に溜まって・・
それが妻への“わだかまり”となって胸奥深くしまい込まれます。
すると、その想いが・・ 真の想いとは全くかけ離れた、裏腹の言動となって表れるのです。
妻は、私の分身なのであって・・・ こんな風に、最愛の妻を虐げることに喜びを覚える私は、
自分自身をとことん甚振ってほしいと願う被虐願望の持ち主なのです。
「本当に、そうなってもいいの? これまで、一度もなかったことよ 」
「ああ、 構わないさ。それから、さっき、“思いがけないこと”って言ったけど、
もし、朝岡が、ゴムなしでのセックスを求めてきたらどうする? 」
「えぇっ、そんなことまで 考えてるの? 」
「おまえにも、その時の心積もりってものが必要じゃないのか?
ちょっと言い難いけど、正直に言うよ。 今度、おまえが抱かれる時は生で交わってほしいとずっと思っていたんだ。
もし、おまえさえよければ、何もつけないでしても構わないよ 」
「急にどうしたの? 確かに、何もつけない方が感じるのは本当だけど、わたしの心の中では最後の一線なの 」
「“最後の一線”って、俺に義理立てするつもりなら、そんなことは考えなくていいよ。
俺が願っている姿になるには、朝岡のことを俺以上の存在に思うことが大事だろ?
心まで満たされる悦びを得るには、“邪魔者”と“余計な物”はない方がいいんじゃないか? 」
「そんなことして、あなた・・ それで、何が得られるの? 」
「元々は、おまえのもっと生々しい姿を見てみたいという欲望から始まっているんだけど・・
今回は一緒におれないから、おまえが生“で射精される姿を思い描きながら、極めつけの興奮を味わうよ 」
「まぁ…… 随分と自分勝手なのね・・・ それで、あなた、そんなことしたわたしを、これからもずっと愛し続けられるの? 」
「多分・・ 前にも増して、おまえのことが愛おしくなると思う。
それに、おまえだって、たまには熱いものを直に受け止めたいと思うこともあるんだろ? 」
「そんな風に、勝手に決めつけないで! わたしにだって、言い分はあるの・・・
そんなことしたら箍が外れて、二人ともだめになってしまうわ。 はっきり、言うけど、それだけはダメっ! 」
「そうか・・ でも、朝岡は、そのことを受け入れてくれるかな? 」
「優しい男性よ。 そんなことを私に強いるような男性かどうかは、あなたが知っているでしょ? 」
これまで、私はその想いを心に封印していたが、今夜始めて妻に打ち明けた。
全ての煩いや束縛から解放されて、思いっきり女の悦びに浸る妻・・
今夜、言葉でこそ、そのことを拒絶したものの、心の奥底はもっと時間をかけて細やかに語り合ってみないとわかりません。
今回は、妻の言い分を受け入れて、いつの日か、「いいわ。 あなたが見ている前でなら・・」というように事をつなげていくつもりです。
第四章 【北潟ホテル】
妻と朝岡との再度の出逢いは四月・・・
全国各地で桜が咲きほころんでいるものの、まだ花冷えがする頃です。
その夜、私が寝苦しいひと時を過ごしたのは、この前と同じ・・・
然るべき時間になって、長い間連れ添ってきた伴侶が肢体の全てを晒け出し、男の愛撫に身を委ねているのだと思うと、
胸が重苦しくなってきます。
この前、南さんに抱かれた時・・・
あの時は、妻が私の傍から離れるといっても隣室だったので、そんなに私から遠ざかったような気はしなかったが、
今回のように、自宅から遠く離れたところで・・・ そして、何をしているのかさえわからないような状況下では、
焦燥と共に言いようのない不安がつのってきます。
(まさか、朝岡がついているのだから、そんなことはないだろうと思うが・・・
朝もやの公園で、女性の変死体が発見された、なんて事態だけは願い下げだ・・・)
悶々とした夜が過ぎ去り、朝、起きて、一人で食べる朝食の味気無さ・・・
昨夜の疲れを引き摺っているせいか、すべてが物憂くなってきて・・ 何の気力も湧いてきません。
妻が帰って来たのは翌日の夕方・・・
昨日、朝岡と約束した待ち合わせの場所へ、うきうきと出かけて行った時とほぼ同じ時刻です。
ガラッと、玄関戸を開ける音がした。
私は、気を病んでいたのを悟られないように、新聞を開きながら平静を装います。
妻は、そんな私の心持ちなど、とっくに見透かしているのでしょう、いつもと変わらぬ様子で帰宅を告げます。
「ただ今・・ 随分と遅くなって、ごめんなさい・・・ 」
妻と目を合わせた瞬間、私は感じた。
(明らかに、いつもとは違う。 どことなく、昨日 家を出た時の理香ではないような・・・ )
顔が心持ち上気していて、満足そうな表情に見える。
私の目を直視しない。 その瞳の中に憂いはないが、陰りが漂う。
さり気なく振る舞いながらも、意識的にそれらを悟られないようにしている。
無理もないだろう。 私の許しを得たことは言え、再度の出逢いでこの前の分も合わせて愉しんできたのだから・・・
「お風呂がわいているから・・・ ゆっくり入ってきなよ 」
胸に溢れる思いを押し殺しながら、妻に声をかけます。
「何だか、家に着いたら何だかホッとしたわ。 せっかくだから、先に入らせてもらうね 」
しばらくすると、カーテンドアを開ける音がして、さっぱりした様子の妻が私のところにやってきた。
「・・・で、どうだった? 」
「う……ん? その話、夜になってからじゃだめ? 今から夕食の準備をしたいんだけど・・・
長い間待たせたお詫びに、とびっきりおいしいの、つくってあげるね 」
“とびっきり” ……? そんな言葉を聞くと、どうやらセックスの方も格別の味だったようです。
「まだ、そんな時間じゃないだろ? 夕食は後でもいいから、まぁ座れよ 」
「ちょっと待って、 色々ありすぎて…… 」
妻が、台所へ行って冷蔵庫からビールを取り出し、グラスに注ぎながら、一つを私に手渡してくれる。
そして、自分のグラスに目を落している。
「約束だろ? ちゃんと話せよ。 どこに泊まったんだ? 」
「北潟湖の近くのホテルよ・・ 」
「随分と遠出したんだな。 菖蒲が咲くのは、まだまだ先だろうが・・・ 終日そこで、デートを楽しんでいたのか? 」
「そうよ。 ねっ、知ってる? サイクリングパークにある“おもしろ自転車”・・・
あれに乗りながら、ハミングロードを周ったの。 楽しかったわ 」
そんなことは、どうでもいい・・・
私の問いかけをはぐらかしながら、話題を違う方向にもっていこうとする理香・・・
「いくら、おもしろくても、昼までずっと乗っている訳にもいかないだろ。 それから、どうしたんだ? 」
「それから、水辺でカヌー遊びをしたわ。 朝岡さん、オールを扱うの、すごく上手なの・・ 」
「おまえも最近は、オールを扱うの、上手になってきたからな。
それで、何回、したんだ? 」
「そんな下品な言葉、使わないで。 自分で想像してみたら・・・? 」
「普通に考えると、3回ってとこかな? 」
「大体、そんなところよ 」
「それで、避妊のことだけど・・ おまえの願いは聞き入れてもらえたのか? 」
「初めに『避妊のこと、どうします?』って、訊かれたわ 」
「当然だろうな。それで、どうしたんだ? 」
「あなたが言ったようにはしなかったわ。 でも、『最高のセックスを愉しみましょう?』って言われた時、思ったの。
そこまで言ってくださるんだから、あなたが願っている通り・・・
余計なものをつけない方が、もっと悦び合えるんじゃないかって・・・」
「それで、結果的に、ゴムなしだったのか? 」
「う〜ん、初めはそのまま・・ そして、終わりの方で着けてもらったの 」
「そうか。 そうやって、“生”の方が具合いいってことを確かめたんだな 」
「どうして、そんなことまで言わなきゃいけないの? あなたも一度、女の体になってみるとわかるわ 」
こんな風に言われると行き場のない鬱憤がつのってきて、目の前にある両手を引き寄せます。
「ん… も〜ぅ…… 今はいや。 そんな気になれないの。
夜になるまで待って。 ここまで待っててくれたんだから、今さら、どうってことないでしょ? 」
思わず、夕食の準備に取り掛かかろうとするエプロン姿を、押し倒したい衝動に駆られますが、
『思いっきり、愉しんできなよ。』と妻に言った手前、その言葉に従わなければなりません。
第五章 【最高のセックス】
同じ布団の中に入っても、先程の気まずさの所為でしょうか、お互いがそれを意識し合って何となくぎこちないものがあります。
でも、互いに肌を寄せ合い、言葉を交わしているうちに、二人の距離感が徐々に縮まってくるのも事実です。
「それで、“最高のセックス”は愉しめたのか? 」
「あなたには悪いんだけど、すっごく感じちゃった…… 朝岡さんが言った通りだったわ 」
その言葉を聞くと、朝岡と二人っきりで愛欲に耽る妻の淫らな姿が思い浮かんできて、
下半身にたまらない疼きが走ります。
(この体を惜しげもなく男に与え、両脚を広げたのか。
『この次逢った時、どんなことされちゃうのかしら?』なんて言っていたが、自己催眠にかかったようなもので、
既に、待ち合わせの場所に出かけるときから感じているのだ。
いざ、その時になったら、男に言われるままに何でもしただろう。
ひょっとして、潤んだ秘部を両手で広げ、待ち遠しかったものをおねだりするくらいのことはやったのかもしれない……
そして、最後は、恍惚の表情で射精を受け入れたにちがいない。)
そうなっても構わないと自分が納得したこととはわかっているが、その証拠を確かめたくて、手が妻の秘部へいってしまう。
そして、淫裂を押し開く。
「そんなにここが、気持ちよかったのか? 感じすぎてしまうほど・・・ 」
委細構わず、指腹が妻の花心へ滑り込むと、一瞬、妻が「あ……っ」という小さな声を洩らす。
愛液で濡れていることを割り引いても、いつもと違う媚肉の感触・・・ ぬる〜っと中指が滑るような濡れ具合・・・
学生時代に初めて経験した、あの時の指ざわりと同じだ。
その頃、私には同棲中の彼女がいて、浮気を確かめるために秘芯に指を挿れた時の感触・・・
(あ…ぁ…… 間違いなく、男の抽送を数限りなく受け入れた体の味だ。)
そうなると、次に確かめたいのは、妻が言った通り、避妊具をつけてのセックスだったかどうか・・・
きっと、その場に自分がおれなかったことも関係しているのでしょう。
私の方から、『生のまま結ばれるのが自然だろ?』と妻に勧めておきながら、
柔肌を抱きしめていると、その痕跡を確かめたくなってきます。
自分では、最後はゴムつきで・・・と言っているものの、それが事実だったのかどうか・・?
妻の脚を広げて、経線の“合わせ目”を拡げてみるが、潤み溢れている以外には何の徴もない。
流石に、それ以上のことをするのは、妻を信用していないようで躊躇われます。
堪らず、妻の上に押し被さり、秘口に勃起の先を宛がいますが、
当然のことながら、他の男から荒々しい貫きを受ける時ほどの胸の震えは覚えないのでしょう、
妻は、目を閉じてじっと私のものを受け入れるだけです。
ずるんと亀頭が熱いぬめりの中に取り込まれ、数度 抽送を行うが、何となくいつもと違うように思える・・・
(濡れ易い妻ではあることはわかっているが、一体感が乏しくて滑りすぎる・・・“ひだ”の絶妙さを感じない。
巨根による数限りない抽送を受けた体の味だ。それも、そんなに前じゃない。
男に抱かせるために妻を送り出したことはわかってはいるが、昨日と言わず、今日もとなると・・・)
「正直に言えよ! 午前中か昼過ぎか、今日も抱かれただろう? 」
「あ……ぁ、あなた、思いっきりしてぇ… 」
「ちゃんと、訊いていることに答えろよ 」
「ごめんなさい。 わたし、朝岡さんに… いっぱい、気持ちよくしてもらったの……」
「それは、今日になってからの話だな! 」
「あぁ…っ、そうよ…… あなた、ねぇ、もう ちょっと…… 」
妻から「もうちょっと…」と言われた私の甲斐性無さは、自分でよくわかっていますが、
お互い、何でも隠し事をしないという約束の下、このようなことを行っているのですから、
それをないがしろにする訳にはいきません。
それに、臥所に入るまで、長時間待たされた腹立たしさも残っています。
「ダメだっ、そのことをはっきりさせるまで、ちょっと一休みだ。 最後は、どこで、愉しんだんだ? 」
「カヌー遊びをしてから、お風呂に行ったの。 あの街、日帰り客の旅館があるでしょ?
お部屋をとって、そこで食事をしてから、一緒にお風呂に入ったの 」
「そこで、昼になってからも、愉しんだんだな 」
「お風呂に入っている時、『最後に、もう一回、抱かせていただけませんか?』って、言われたの 」
「それで、何て答えたんだ? 」
「『主人の元へ帰るまでは、好きにしていただいて構いません。』って、言ったわ 」
「よくもそんな言葉が、すらすら、口から出てきたもんだな! 」
「だって、背中を流してあげているうちに、彼のものが大きくなっていくのがわかるの。
わたしが『うん…』てさえ言えばって思うと、急に欲しくなってきて…… 」
そんな話を妻から打ち明けられると猛烈な嫉妬が湧いてきて、上半身に身につけているものを剥ぎとり、
続きを求めているはずの濡れ口へ、再び挿入します。
「許してあげるから、すべて話せよ。 昼過ぎだけでなく、朝方も抱かれたんだろ? 」
「う……ん、どうして、そんなことまでわかるの? わたしの体・・・? 」
「俺だって、誰か好きな女性と一緒に過ごしたら、そうするからな。
そうか、朝方と昼過ぎ・・・ 今日になってから、二度も抱かれたのか? 」
「だって、『思いっきり、愉しんでこい』って、言ったのは、あなたよ。
なのに、わたしを見ると妬けてくるのね。
だったら、ねぇ…… みんな忘れられそうなくらい、愛して…… 」
「体をがっしり抑えられて、こんな風に突き上げられたのか? 」
「ああ…… あぁ…っ、 そっ、そうよ…… そんな感じ…… 」
「まだ、“最高のセックス”の味を訊いてなかったな。 昨日と今日、どっちがよかったんだ……? 」
「あぁ…… それは、やっぱり…… 昨日の夜よ」
「何が、そんなによかったんだ? 」
「うぅ〜ん、あぁ…… 始める前からずっと優しいの。
長い間焦らされて、もうそれだけでうっとりとなって、夢のような気分だったわ…… 」
「どうやら、二日間、体の芯まで舞い上がってしまったようだな。
さぁ、目を閉じて、朝岡の顔を思い浮かべながら、俺を朝岡だと思って……
その時と同じ言葉を言うんだ 」
こうなったら、悠長なリズムで、悦びが兆してくるのを待ってなんかおられません。
私は、妻がどのような反応を見せるか表情を見ながら、あらん限りの力を振り絞って抽送を行っていきます。
「あっ、 あぁあっ…… そっ、そう、 もっと、もっとよ、 ああっ…… 」
「朝岡に対して、『もっとよ… 』なんて、言うはずないだろう?
それは、俺に対して言ってるんだな。 その次に、何て叫んだんだ! 」
「ああ〜っ、もう、わかんない。 そんなこと、覚えていないもん… あぁ… …… 」
「そうか、そんなに気持ちよかったのか? 俺も、もうすぐだから、最後に言った言葉ぐらい覚えているだろ? 」
急速に襲ってくる射精感を堪えながら、妻の体に激しい刺突を送る。
「きて、きてっ、朝岡さん、そこに出してぇ……! 」
私以外の男の顏を思い浮かべながら、射精を求める妻・・・
私にとっては、妻の心を完全に奪われた屈辱の証だ。
それは、妻が私からの束縛を離れ、悦びを求める女になりきった究極の瞬間の再現でした。
私は、何刻か前に朝岡にも見せたであろう妻の嬌態を見ながら、最奥まで貫いて、思いっきり欲望の精を放った。
第六章 【魔性の歓び】
後始末を終えた妻が、私の胸に甘えるように顔を押しつけてきて、そっと呟いた。
「ごめんなさい。 ひどい言葉言って・・・ 」
「そんなこと気にしなくていいさ。 俺自身が、そうなることを願っていたんだから・・・ 」
「そ〜う ? みんな言っちゃったから、もう嫌になったんじゃないかって思った・・・ 」
「初めのうちは、結構、口が重かったけどな。 これで、気が楽になっただろう? 」
「そんな風に見える? こんなこと、いつまで続くのかなぁって思うと、そんな気になれないわ 」
「“すべて、“俺次第”って言ったこと、後悔しているのか? 」
「う〜ん、そうじゃないけど、 もう、元にはもどれないことが淋しいだけ・・・ 」
こんな言葉を聞くと、妻に対するたまらない愛おしさがこみ上げてきます。
この言葉には・・ できるなら、こんなことを始める以前の自分に戻りたいという回帰願望が込められているのです。
なのに、その哀しさを甚振るように無理難題をふっかける私・・・
私が、妻と他人が結ばれることを願うのは、自分自身を奈落の底へ落とすことに喜びを覚えるからなのですが、
妻も、薄々は、気づいているでしょう。 夫の心の中に、このような被虐願望が潜んでいることに・・・
私の心の中では、そのうち、これらの想いが、妻に対する“慈しみ”に変わっていくのですが・・・
(今夜は、私も、醜態を曝してしまった。
妻は、これから先もずっと、こんな私を愛し続けてくれるだろうか?)
とにかく、今夜は・・・ 私が妻を、根掘り葉掘りしつこく訊いた所為なのでしょうが、
彼女がその最中に男の名前を呼ぶなんてことは、全く予想していませんでした。
これまで、いつも控えめで、生々しいこともオブラートで包んで恥ずかし気に話していたのに・・・
身も心も、すっかりあの男の虜になったのかもしれない。 今夜の妻は、別人だった。
話は今後のことになりますが、この先、私たちが破局を迎える可能性だって十分にあるのです。
今の時点で、確かなことは・・
互いに、相手を「悲しい時も、苦しい時も理解してくれる身近な存在」として認め合っていること。
妻が、「悦びを求める女」になりきる代わりに、私が妻をそれまで以上に愛するという“約束”が存在すること。
そして、二人とも、納得、合意の上で、このような行為を行っているという事実です。
これらのことが、二人の絆となって、互いを繋ぎとめてくれているのだと思いますが、
同時に、これらのことを脅かす不安要素もたくさんあります
例えば、朝岡のみならず南さんも関係しているのですが、妻が、そのことが終わった後にいつも言う言葉・・・
「あなた、 わたし、ずるずるいきそうな自分が怖いわ…… 」
この言葉のように、世間には、夫や恋人以外の男性と一度肉体的関係を持ってしまったが最後、
その後止めどなく男を求める女性もいるようです。
いくら、知的職業に就いているとは言え、妻だけが例外と言うのは虫が良すぎるでしょう。
“最後の一線”なんて言っているところを見ると、今のところはまだ自制しているようですが、
そのうち、すべての恥じらいが失せてしまって・・ 声をかけられれば、すぐに体を開く女に変わらないとも言い切れないのです。
いつの日か、口を使って男性器を愛撫することや精を飲んだりすることも、抵抗なくできるようになるのかもしれません。
それに、こんなこと、一夜限りの火遊びにしておけば左程問題がないのでしょうが、
複数回にわたって妻のお相手をしてもらった男性が、三人に及んだことも不安要素です。
(これらの男は、私たちの住んでいる所から、車で一時間ほどしか離れていない。
そのうち、どこからか噂の煙が立ち昇って、身の破滅を招くかもしれない。)
最後にもう一つ、このようなことを続けていると、最初、恐々 手を出していたことが普通のことのように思えてきて・・
とてつもなく過激に思えていたことが、何でもないことのように思えてきます。
この先、このような麻薬性の感覚が作用して・・・
更なる刺激を求め、危険な匂いがすることにまで手を出すようになるのかもしれません。
このように、離婚や別居など、破局を迎えたらどうしようという不安に脅かさせますが、
それでも・・ 私とは全てが異なる他人が、妻と結ばれる様を目にする興奮は抑えが利きません。
否応なくこみ上げてくる悦びに身悶えする妻の姿を見ながら、体だけでなく心も他人と結ばれて欲しいと願うなんて、
まさに狂想としか言いようがありませんが・・・
最近は妻も、こんな私の心持ちを少なからず理解してくれるようになってきました。
とどのつまり、こんな感覚は、夫婦の一線を踏み越えてしまった者だけが味わえる特殊な情愛なのであって、
世間一般の方には理解できないだろうと思います。
終わりになりますが、妻を他人に抱いてもらうようになってから、そろそろ三〜四年になります。
最近は、精力の衰えの所為でしょうが、段々とこのようなことを計画するのも億劫になってきました。
しかし、私にとっては、妻が他の男に抱かれ、悦びに喘ぐ姿を見ることが精力維持の秘訣だと思っていますので、
もう、しばらく、この“愉しみ”を続けようと思っています。
―完―