シネマ日記(☆ひとつ10点、★は20点)
2003.1.25
夜を賭けて
製作年:2002
上映時間: 133分
製作国: 日本、韓国
監督: 金守珍
プロデューサー: 郭充良
原作: 梁石日
脚本: 丸山昇一
撮影: チェ・ジョンウ
音楽: 朴保


 
出演: 山本太郎
    ユー・ヒョンギョン
    山田純大
    樹木希林
    李麗仙
    清川虹子
    六平直政
    大久保鷹
    不破万作
    山村美智
    申相祐
    油井昌由樹
    唐十郎
    奥田瑛二
    風吹ジュン

 
この映画に登場する朝鮮人はみなとてもうるさい。大声でわめく、酒を飲む、喧嘩する。まるで漫画。
 確かにわたしの知っている朝鮮人は声が大きい人が多い。あんまり上品でもない。でもバイタリティだけは溢れている。映画を見て笑ってしまったね。
 でも朝鮮人がみんなこんなにやかましいと思われては困る。もちろん、物静かな人もいる。当たり前のことだけれど、一人一人の個性は民族や性別の枠でくくることはできない。


 いかにも賢そうな学生が、「共和国へ帰って、金日成主席のために力を尽くす」と言う場面には息を飲んでしまった。共和国が地上の楽園だと嬉しそうに話し合う人々。タイムマシンがあったら、あの時代に行って、「決して帰国船には乗るな」と教えてやりたい。けれど、当時、そのように思えたのも無理はない。それほど日本での生活は苦しかったし、差別に満ち満ちていたのだから。彼らを共和国へ追いやったのは日本人だ。
 在日のパワーに圧倒される快作!
 1958年、大阪砲兵工廠跡で屑鉄の掘り起こし(盗掘)をして稼いだ、在日朝鮮人達のバイタリティ溢れる生活を描く。
 
 状況劇場出身の金守珍が監督したせいなのか、芝居が大げさで、とても映画を見ているとは思えないクササ。前半、この大げさな演出に食傷気味になるのだが、後半は一転して地味に押さえられ、前半では単にやかましいだけと思われたような喧嘩のシーンが、迫力ある場面になって、見ごたえ充分。
 山本太郎の文句なしの熱演・好演とあいまって、爽快感と少々の感傷と大いなる感慨を後に残す、小気味よい作品だ。

 1958年、大阪城公園に残る砲兵工廠跡には、未回収の機械や砲弾などの鉄くずがたくさん埋まっていた。ここには、アジア一の軍需工場「大阪砲兵工廠」が建っていたのだ。1945年8月14日、敗戦の前日に空襲を受けて壊滅したこの工場は、戦後も長らく放置されていた。工場跡を戦跡として残すようにという市民運動を無視して、1981年に本館が取り壊されたが、現在でも建物の一部が残っている。
 この、終戦前日の空襲という、アメリカ軍にとっては無意味な空襲によって、隣接する国鉄京橋駅も被弾し、多くの民が死傷した。この戦災被害者の遺族たちが、「礎」という追悼文集を編んでいる。

 開巻の空襲の場面を見ながらそういった文字に書かれた歴史を思い出し、傷痍軍人のパフォーマンス場面には、わたしが子どもの頃に目で見た歴史を思い出し、朝鮮人部落のバラック場面には、「もはや戦後ではない」(『国民生活白書』1956年版)といわれた時代を過ぎてさえまだ、戦後の焼け跡のままのような集落に慨嘆する。
 わたしにとって、戦後の記憶とは、実際に目で見、耳で聞き、匂いを嗅いだ世界と、親から聞いた話と、書物から得た知識とが渾然一体となっている。
 戦後とはどのような時代だったのか。どのような生活史があったのか、その実感と史書との隔たりを感じると同時に、もはや、実体験だけがすべてではなく、後から意味づけされた歴史が、個人的記憶と不可分となって、「戦後史」をつきつけてくる。

 このような映画を見ると、ものごとを多角的に見る/知ることの大切さを感じる。このような戦後史があったことを、今や多くの日本人は知らない。焦土の中で苦労したのは朝鮮人だけじゃない。貧乏だったのは朝鮮人だけじゃない。けれど、彼らの貧困と被差別体験は、並大抵ではなかった。どれだけ日本人にえげつない差別をされたか、語ろうとすると絶句してしまって言葉を失う老人をわたしは知っている。「若い日本人に言ってもしょうがない」と黙り込む老人を知っている。

 この映画には、日本人が朝鮮人を露骨に差別する場面は出てこない。言葉で朝鮮人を愚弄する場面は、少なくとも出てこない。警官が山本太郎演じる金義夫をリンチする場面はあるが、それは金が朝鮮人ゆえに殴られているのか、貧乏人だからなのか、はっきりとわかるようには描かれていない。だが、その常軌を逸した警官の暴力が、朝鮮人全体に向けられていることは観客にはすぐに想像がつく。

 だから、朝鮮人がどれほど日本人を憎んでいたかはよくわかる。たった一人だけ、日本人の良識のすべてを体現するかのような人物(奥田瑛二演じる刑事)がわざとらしく登場するのだが、この人物がクライマックスで呟く一言には、思わず涙がこぼれそうになった。とってつけたような人物配置なのだが、やはりこの刑事は映画の中で未来に希望を残す救いになっている。

 鉄くずの盗掘は命懸けだ。警官に追われるし、不発弾だってたくさん埋まっているはずだ。けれど、犠牲者を出しても朝鮮人たちは掘り続ける。明日を夢見て。ここよりましな場所へ、今より楽な暮らしへと夢見て。考えてみれば、今日より明日は豊かな生活が待っているだろうという単純な夢を見ることができた幸せな時代だったのかもしれない。

 ラストの、警官隊による朝鮮人集落襲撃の場面を見て、またもや1952年に起こった多奈川事件(大阪府)を思い出していた。密造酒を作っていた朝鮮人集落を警官隊が急襲、逮捕者27名が出た事件だ。生きるためには法律を破ってでも密造酒を造り、鉄くずを盗掘せずにはいられなかった朝鮮人たちを、日本の警察は情け容赦なく弾圧した。

 ただし、この場面は最大のクライマックスであるにもかかわらず、緊迫感がさして感じられず、スペクタクルの演出としては難ありだ。

 この映画に描かれた朝鮮人は、ただ単に差別され、抑圧されていただけではない。警察の裏をかき、逮捕されても殴られても不屈の根性(なんか懐かしい単語)でしぶとく生きのびる。最後の金義夫のセリフ、いやあ、よかったね。(★★★★)


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