シャオの犬


 ある、日差しの強い日のことだった。

 太助が、久しぶりの休日でゆっくり眠っていると、階段を上がる音と共に、シャオが太助の部屋へ入ってきた。

「太助様…起きてください。太助様!」

 シャオが太助を起こすために、太助の体を揺らした。

「ふわ〜・・・・、え!…わ!!!」

 太助はびっくりした勢いでベッドから落ちた。

 起きて早々、シャオの顔を近くで見たため、太助の顔が真っ赤になっていた。

 太助は、しばらく気持ちを落ち着かせて、答えた。

「どうしたの? シャオ?」

「あの…ワンをかってもいいですか?」

「わん?…」

 シャオは、ぽー、とした顔で太助を見つめる。

 太助は、シャオに言ったことが理解できず、思い悩んだ顔でシャオの表情を伺った。

(わん?…買う…なんだろ? いち…?…)

「どこで買うの?」

「…ここですけど」

「え――!! ここで!!」

「…だめですか?」

(だめですか? って言われても…)

 太助には、シャオが言っている意味が理解できなかったため、どう答えていいかわからなかった。

 シャオも、必死に気持ちを伝えようとするが、理解されないために、困り果てていた。

「それ…何? …ワンって?」

「犬ですわ」

「犬? …あ!」

 太助は、やっとわかったという表情を浮かべた。

(犬のことか〜)

 やっとわかってくれたと思い、シャオはほっとした。

 太助は自分が「飼う」という字を「買う」と間違えていたのだ。

「飼うのね」

「飼いたいの…」

(なんか発音が違うような…)

「飼うだよ、シャオ」

「飼う?」

 太助は教えているはずが、ますますシャオの発音は悪くなっていた。

「と、とにかく…か、飼いたいのか…」

「飼いたいです」

 太助はあごに手を置き、飼うかどうかを悩んだ。

 シャオは、お願いのまなざしを太助に送っている。

(…飼うって言わなきゃいけないような気がしてきた)

「俺は、別にいいけど」

「本当ですか? ――嬉しいです」

 シャオは本当に嬉しそうな顔で笑った。

 太助もその顔を見て、とても嬉しくなった。

「それで、どこにいるの? ワンだっけ?」

「はい、元気にお庭で走り回ってますわ」

「庭?」

 太助は、窓から下を見下ろした。

「ああ、あれか」

「今は、フェイちゃんに見てもらってるんです」

「その犬…やっぱり、捨て犬?」

「はい。とても可愛そうにお腹を空かせていたので、可哀想になってしまって…」

「シャオって、やっぱり優しいね」

「え? そうですか」

 シャオは嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。

 太助は微笑み返すと、「庭に行こう」とシャオを誘った。

 シャオは「うん」と頷いた。



 シャオたちが庭に出てみると、フェイが困り果てた顔をしていた。フェイもシャオに急に押し付けられたため、困っていたのだ。

「ごめんね、フェイちゃん。預かってもらっちゃって」

「本当、大変だったよ」

 フェイは少し怒り気味だった。

 確かに無理やり押し付けられたら、誰だって怒るのは無理はない。

「たく、この犬ってばただでさえ狭い家なのに暴れるから」

「フェイ、狭いは余計だ!」

「だって本当のことでしょう」

 フェイが嫌味のような言い方で太助に言った。

 太助は何も言い返せなかった。その通りだからだ。

「そうだシャオ、ほかのみんなはどうした?」

「はい、皆さんお出かけしてます。キリュウさんはまだ寝てますけど…」

 シャオはそういうと、「ワン」に寄っていって、頭をなでた。

「ワン、ごめんね。勝手にいなくなっちゃって」

「ワンワン!!」

 その犬の毛が、太陽の光で鮮やかな茶色に光った。どうやらこの犬は柴犬のようだ。

「へ〜、柴犬か」

「太助様? …しばけん? それなんですか? この犬はワンですよ」

「犬の種類だよ。柴犬っていう犬の種類」

「そうなんですか」

「でも…なんでワンなの?」

「ワンって鳴くからですわ」

 シャオの一言で、回りは一瞬で静かになった。

(やっぱりか……でもどの犬もワンって鳴かないか?)

 でもこんなことを言ったら、シャオに嫌われると思い、太助はあえて言わなかった。

「単純でいい名前だね」

「はい。私も気に入ってるんです」

 太助とシャオが二人きりの世界を作っているときに、こっそりとフェイは家の中に逃げようとした。

「おい、フェイ! どこ行くんだ?」

「え? …え〜と、その…ちょっと来て、太助」

「なんだよ!!」

 太助はフェイに手を引っ張られて、庭の裏手に連れてこられた。

「どうしたんだよ、フェイ?」

「太助、せっかく二人きりにしてやろうと思ったのに」

「そんなこと言って、本当は犬の面倒を見たくないから言ってるんだろ」

「太助? ……あはは、そんなことないよ。私は太助のために…」

 図星ですと言わんばかりだった。

「たく、勝手に帰ってろよ。俺はシャオのところに戻るから」

「うん、太助とシャオのラブラブシーンを、上から眺めてるよ」

 フェイは微笑みながら答えた。

 その答え方は太助をかなり嫌な気持ちにさせた。

「じゃあな」

「頑張ってね」

(ムカッ!)

 太助はフェイの言葉に怒りを感じながら、ぽけーっとしているシャオの元へ向かった。

 シャオは突然二人がいなくなったからびっくりしていたのだ。

「どうしたんですか?」

「別に…なんでもないよ」

「そうですか…」

 太助とシャオの間に重苦しい雰囲気が漂いはじめる。

 太助は次に何を話すかを考えていた。

 久しぶりに二人きりなので、何かを話さなければならないと思い、彼は焦ったのだ。

 そんなことを考えている太助を、シャオはじーっと眺めている。

 かなり重苦しい。

「なあ、シャオ。散歩しないか?」

「散歩ですか?」

「うん、犬の散歩。確か物置にリードと首輪があったような…」

「えーと、確かこの辺に…あった! リードと首輪だ」

 そのリードと首輪を見て、太助は過去のことを思い出し、微笑んだ。



 昔、そう、太助が5歳のときだった。

 確か名前は…アレックス。

 太助はアレックスと言う犬を飼っていて、とても楽しかったという思い出だ。

 一緒に走ったり、遊んだり…そんな思い出だった。

 結局アレックスは死んでしまったけど、そのときの思い出は、太助の胸の中に刻み込まれている。

 幼いときの太助がよみがえってくる。そう、今のシャオと同じで、動物に好意を抱く自分が…

 そんなことを考えながら、嬉しそうに笑った。



「太助様? どうされたんですか? なんか嬉しそう…」

「ふふふ、いやなんでもない」

 今日の太助は本当に嬉しそうだった。

 それを見ているシャオも嬉しそうだった。

「これをね、つけるんだ」

 太助はワンに首輪をつけようとした。

「だめです、太助様!!」

 その一言で太助は、びっくりした表情でシャオを見た。

「どうしたの?」

「太助様、犬は奴隷じゃありませんよ」

「ど、奴隷? 違うよ。これは犬が逃げないためにつけるんだ」

「ですが…」

 シャオは本当に心配そうだった。犬が痛がると思ったのだ。

「な、シャオ。これをつけても犬は痛くないし、大丈夫だって」

「そ、そうですか?」

「じゃ、つけるよ」

 太助は首輪を開き、犬にはめ込んだ。

 シャオはその行為に、思わず目をつぶってしまった。

「ほら、大丈夫」

「あ、よかった〜」

 シャオはほっとした表情だった。

 そんなシャオを見て、改めて優しい子だと、太助は感じた。

 人や動物の気持ちをわかってやれる、本当に優しい心。それは、太助のシャオへの好意を、ますます強くしたのであった。



「シャオ、行こうか」

「はい…」

 二人は近くの公園に向かって歩いた。

 穏やかな風が吹いて、とても気持ちがよかった。

「あれ? シャオと七梨じゃん。どうしたのその犬?」

「や、山野辺…」

 翔子がやってきてシャオたちに声をかけてきた。

 太助はこの犬の事情や、飼うことにしたことを説明した。

「へー、そうなんだ…あれだろ七梨、新婚さん気分?」

「そ、そんなことねぇよ!」

「その顔は図星のようだね…」

 翔子はニヤニヤしながら太助の顔色を伺った。

 太助は翔子の言葉にそれ以上言い返せなかった。完全に図星だからだ。

 そのとき、突風が吹き、シャオにもらった太助の髪留めが、空高く舞い上がってしまった。

「そんな、太助様の髪留めが…」

「大丈夫だって、すぐ落ち…やばい、落ちた先は川だ!」

「私が取って…」

「待て、シャオ! もう間に合わない」

「でも、太助様!」

「ワン!!」

 シャオが行こうとした瞬間に、ワンが全力疾走でリボンに向かい、川に入る直前に先回りして、リボンを口でキャッチした。

 本当に、一瞬の出来事だった。

「ワン〜ありがとう」

 シャオはワンを強く抱きしめた。

「七梨、よかったな」

「リボンが落ちなかったことか?」

「たく、お前は鈍いな。シャオが悲しまなかったことだよ」

「…そうだな」

 シャオが満面の笑顔で喜んだ。

 それはどんなことより嬉しいことだと、太助は感じたのだった。

(おわり)



あとがき

 月天を書いたのは2度目なので自信はありません。

 もっと自分の小説を高める必要があると、この作品を書いていて思いました。

 今の私が書く精一杯だと思いますが、よろしくお願いします。

 一応完結にしましたが、ご希望があればまた続きを書きたいと思います。

 感想、批判、どしどし受け付けます。思ったことならどんどん書いてもらって結構です。

 最後に、この小説を読んでくれた人たちに、心から感謝します。

 ありがとう                    

By 赤丸ジュン



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