カレハオチテ
−滅びの章−
大切な一部を切り離したために、やがて自ら滅びの途へと足を踏み出す。 季節外れの枯れ葉一枚、大地に抱かれ全てを知った。 嗚呼、ここに居場所はなかった――――― 愚かしき木々に炎の制裁を・・・。 全て燃やせ・・・・・。あのやわらかな光を手に入れるために・・。 「・・・・・」 ハオは珍しく部屋をぐるぐると歩き回りながら何事かを深く考え込んでいた。 決断力があり、頭の回転がはやい彼なので、そんな姿を見る事は50年に1回あるかないかだ。 「ラキスト、どっちがいいと思う?」 ハオは歩きながら突然ラキストにそう尋ねた。 「何の事ですか?」 主が何についてそんなに考えているのか皆目見当もつかないラキストはそう問い返した。 「麻倉の奴らを、僕がシャーマンキングになった後に滅ぼすかその前に滅ぼすか・・・。どっちがいいだろう?」 ラキストはなるほど、と ハオが珍しく考え込んでいる事に納得した。 葉は今やハオの側にいる。 麻倉を滅ぼそうと放っておこうと、どちらもあまりに小っちゃすぎるのだ。 それはまるでゾウリムシのように。 それでもまだ肉眼でギリギリ捕らえられるだけ、インフルエンザウイルスのような人類よりは目障りかもしれない。 「私はどちらでもいいと思いますが・・・」 返答に困りながらラキストは言った。 「葉様はどうおっしゃられていらっしゃるのですか?」 ハオの動きが急に止まった。そして深いため息がひとつ。 「そう・・・それだよラキスト。僕は葉に話すべきかどうかについても悩んでいるんだ。」 そしてまた部屋をぐるぐると回り始める。 「もう関係がないこととは言え、葉様の元家族なのですからやはりお話しすべきなのではありませんか?」 また急にハオの動きが止まった。 「・・・・・やっぱり、そう思うよね」 ハオはどこか辛そうにそう呟くと、足早にラキストの前を通りぬけ、その部屋を後にした。 真実は思うものほど美しいものではない。 醜いものはすべて消してあげるから・・・・。 美しいものを見せてあげるよ。 さあ・・・・・ 「葉、入っていい?」 コンコンと軽くノックしながらハオは言った。 中からの応答を待ったがそれは無い。 「入るよ?」 「中には誰もおらんぞ」 5cmほど開けたドアをパタンと閉め、ハオは振り向いた。 随分と気配を消すのがうまくなったものだと感心するしかない。 ハオの視線の先では葉が笑って立っていた。 「葉、どこ行ってたんだい?」 「ちょっとそこまでカラス狩り」 ほれ、と葉は証拠品をひらひらと振った。 「こんな紙切れじゃ煮ても焼いても食べられないね」 ハオは微笑んでそれらの紙切れを葉から受け取り、一瞬にして灰にした。 「おいで。葉に話したいことがあるんだ」 そう言ってハオが葉の手を取るよりも早く言葉が返ってきた。 「知ってるぞ・・・。麻倉を滅ぼすかどうかだろ?」 葉は少し辛そうにそう言って笑った。 ハオの目が驚きに見開かれる。 「葉?・・・・・まさか・・」 「そのまさかだ。この前の試合の時に気付いたんだが、オイラ何やら心が読めるようになってんだな」 うぇっへっへ、と葉は頭を掻きながら軽く笑う。 葉の笑顔は妙に心が痛む。 ハオはゆっくりと葉に手を回し抱きしめた。 「ハオ?」 「・・・・なら、僕が聞きたいこと分かるよね?」 ハオは葉の耳元でそうゆっくり囁いた。 葉が頷いたのが分かった。 「葉はどうしたい?」 葉の手がゆっくりとハオの背に回された。 「オイラは、あいつらに利用されただけだったんだな・・・って思ったんよ」 大体、突発的に自殺したくなるなんてオイラらしくなかったもんな、と葉はハオの腕の中でうんうんと頷く。 人間の感情は変わりやすい。 麻倉はそこを狙ったのだ。 いっこうにハオを倒す気配を見せない葉を生かしておいても価値はないと思ったのか、麻倉は葉を殺すか、葉を使ってハオを殺すかと検討していた。 葉の巫力はハオの足元にも及ばない。答えは容易に前者となった。 精神を操作し、強制的に鬱に落としいれる。 そうすれば葉は勝手に死ぬというわけだ。 しかし麻倉の思うとおりに事は運ばず、葉は一命をとりとめてハオの元にかえり、ハオがシャーマンキングになるという事はより確実なものとなった。 麻倉にとって最悪の事態となったのだ。 「あんな奴ら、最初から家族なんかじゃなかったんよ」 でも、ほんの数日前まで家族だと思っていた。 ちゃんと一個人として見られていると思っていた。 ところが実際はハオを倒すための生き人形だった。 「・・・・どうしたらいいのか分からん」 「葉の好きにすればいい。よく考えて・・・葉の心は何て言ってる?」 葉は目を閉じ、小さく深呼吸した。 どうしたら一番いいのかなんて、本当に分からない。 でもきっと・・・・・ 「葉・・・・」 「そんな怖い顔して、どうしたんだ?」 かつての仲間は葉の笑顔に少しひるんだ。 ハオのものとよく似たそれに。 「お前、本気か?」 思わずため息が出る。 何も知らないのはもしかしたら幸せなのかもしれないと思えた。 「どけよ。オイラの目的はお前らじゃない」 葉の鋭い視線が、彼らの後ろにある家に向けられる。 「僕が相手をしといてやるよ。だから葉は早く行っておいで」 今まで傍観していたハオが言った。 「おお、じゃあ頼んだ」 「いってらっしゃい」 「待て、葉!」 葉は彼らの横を通りすぎ、軽々と家の塀を飛び越えた。 その後をすかさず蓮は追おうとした。 しかしその行く手を炎が遮る。 「邪魔すんなよ。葉は色々と忙しいんだ」 「それはこっちのセリフだ。葉がこんな事望むわけねえんだよ!」 「葉のためだと、そう言いたいのかい?」 ハオは嘲笑をうかべた。 彼らが黙った事を思えば、そういう事なのだろう。 「葉のことを本当に思っているなら、葉を止めたりはしない。葉は自分の意思でやつらの前に立つことを決めたんだから・・・」 「裏切ったか、葉」 3mほどの間をおいて立っている葉の耳に、かつての祖父の声が届いた。 「裏切った?」 葉は笑わずにはいられなかった。 「それはお前らの方だ。やったらやり返される・・・。だから今オイラはここにいる」 『葉殿・・・今こそ無念をはらす時でござる』 阿弥陀丸の姿が葉の隣に現れる。 葉の手にはフツノミタマが握られている。 ハオを倒すために握らされた赤い剣。 「良かった・・・・」 O.S.と同時に、4人の巫力はかき消された。 「もうこの剣は、ハオの血で濡れる事はないんだな」 「良かったわね」 倒れた4人の向こうで、アンナが無表情で立っていた。 「これであんたは呪縛から解き放たれたんだもの」 そしてあたしの夢からも逃げられるんだものね、とアンナは1080を取り出した。 「あたしが最後のしめよ。麻倉を滅ぼしにきたんでしょ?」 「・・・・アンナは麻倉じゃないだろ」 葉はO.S.を解いた。 「それとも、死にたいんか?」 葉の冷たい視線がアンナに向けられた。 昔の温かい視線は、ハオ組の者にしか向けなくなっていた。 葉の大切な仲間は、今はハオ組なのだと思い知らされる。 「そうね・・・。そうかもしれないわ。あたしは知らず知らずのうちに、あんたを苦しめる麻倉に加担してたんだもの。あんたの手で殺されるなら、むしろ本望よ」 本当は黙って見送ってやればいいのだ。 だけどそれは心が認めようとしない。 葉をハオに渡したくないのだ。 「・・・・・もう押しつけられるのはごめんだ。だから、お前らの願いは叶えてやらん」 葉はアンナに背を向けて走った。 アンナの気持ちも、蓮の気持ちも、ホロホロの気持ちも・・・・全部分かっている。 どこにもやり場のない気持ちを、どこかに思いっきりぶつけてすっきりしたいのだ。 葉も同じ理由で麻倉を滅ぼそうと思ったのだから。 アンナが鬼に乗って追いかけてくるのが分かった。 葉は追いつかれるよりも早く外へ出た。 「ハオ、終わったぞ」 葉の視界の端でよろよろと立ちあがる蓮の姿が映った。 ハオはにっこりと微笑み、スピリット・オブ・ファイアから飛び降りた。 「じゃあ帰ろうか。疲れただろう?」 「ああ。ちょっとだけだけどな」 「しつこいのが多いよね。マリオンがいなくて良かったよ」 「はは。そうだな・・・・」 まだ一歩も歩き出さないうちに、葉の目は右に、ハオの目は左に向けられた。 「まだやる気なんだ?」 ハオは呆れたように呟いた。 「葉は行かせん」 「逃げるつもり?」 蓮とアンナがほぼ同時に言った。 葉は大きなため息をもらした。 「オイラの目的はお前らじゃないって言ったろ?」 春雨の刃が鈍く光った。 「命は大事にしろよな」 たったの一振り。 それでその場は簡単にけりがついた。 光の線が一筋走ったと思った次の瞬間には、葉とハオ以外に立っている者はいなくなった。 「ご苦労さま」 「帰るぞ・・・」 「いいのかい?」 「何が?」 ハオはぐるりと周りを見回し、そして葉を見て言った。 「殺さなくてもいいのかい?多分これからもずっとこいつらはお前を追いつづけるよ?諦めが悪そうだしね」 しばらく沈黙の時が流れた。 「・・・・・・・いい」 「そう?」 ハオはそれ以上何も言わなかった。 どうでもいい事だし、彼らがどう足掻こうと葉はハオの元から離れる事はないという自信があった。 同じ時間を過ごした元仲間を捨てられない優しい葉に、愛おしさを覚えた。 「さあ、ラキストがおいしいご飯を作って待ってるよ。早く帰ろうか」 「本当か?そいつは嬉しいな」 赤く染まり始めた空。それよりも赤い精霊に乗った二人はその向こうへと消えた。 その後、ハオは1000年の努力が実り、G.S.を手に入れた。 ハオに与するシャーマンを除き、地球上の全てのホモ−サピエンスは滅んだ。 森や林や草原は原始に戻り、空も海も真の青を得た。 蓮やアンナは最後までハオに反対し、葉と決着をつけようとしていたのだが、どういうわけか滅ぼされる事はなかった。 恐らく葉がそう仕向けたのだろう。 彼らは生きている間、ずっと葉を探し続けた。 しかし二人の気配は完全に地球と同化し、見つける事はできなかった。 カレハオチタ 永遠ナル大地ノ 永遠ナル原始ノ森ノ為ニ・・・・・ |
終