若狭33観音霊場

三十番 馬居寺





第三十番札所 本光山 馬居寺 まごじ 2008−03
所在地 福井県高浜町馬居寺3‐1
電話  0770‐72‐1264
宗派  真言宗
ご本尊  馬頭観世音菩薩(重文)
御詠歌  君が馬 居りし昔の名をとめて 御法の声も勇むこの寺
若狭観音霊場三十番・馬居寺 27号線「馬居寺」の大きな看板に従い、

小浜線の踏切を渡る。

田園と僅かな集落を抜け、

林道の狭い谷あいに馬居寺はある。
駐車場の大きな擁壁 が気になるが、

自然石を積み上げた石段は苔むし、

ふんだんに古色を醸し出している。

春夏秋冬,四季を通し、

その美しさを想像するだけでも楽しみである。
わび、さびの世界は解らなくとも、

一服の絵になる山門の姿である。

奥正面には、

本堂に続く庫裏が見える。
山門を潜れば、

足もとに扇を広げた「扇石」がある。

ちょうど扇を広げたかたちで、

瓦でうまく末広がりがあらわされている。

この上を通れば縁起の良いことがあるという。
庭は心字池があり、

美しく手入れが行われている。

木と石、苔と水がうまく配列された、

心落ち着く方丈庭園である。

6月になれば銀杯草が咲き誇る。
滴り落ちる水は、

高浜城主が茶の湯に所望したとされる

岩清水である
庭を抜け、山道を少し登ると、

神仏習合時代のあとか、

熊野神社の奥にひっそりと建つ観音堂がある。

木立に包まれた静けさの中、

今もなお山鳥の声に包まれている。
観音堂脇の山肌には、

百数十体にも及ぶ石仏群がある。

鎌倉時代からあるというこれらは、

白石城の戦によるものか、

ここに祀られ、静かに眠っている。

現地で葬られた武将のものであろう。
観音堂裏には立派な収蔵庫の設備がある。

馬頭観音菩薩はここで、

静かに衆生救済を行われている。

24年目の午年に3日間、

その間の12年目の1日だけ開帳される。







馬頭観音像は国の重要文化財に指定される前は、白く砥粉が塗られた上に彩色され、

笑いがこみ上げるようなお姿であった。

古い写真では右肩からバックリと割れが入り、無残であった。

昭和55年(1980)国宝修理場で調査、修理のため色を剥がしたところ見事な像が現れ、

重要文化財の指定となった。

3面8臂の憤怒相に、頭上に馬頭を頂き、口を開き牙を見せ眉を吊り上げ、

目を見開き右ひざを立てたお姿である。

平安末期の作と評価されている。







現在、国の重要文化財になっている馬頭観音像は6体ある。

福井・馬居寺・木造馬頭観音坐像

福井・中山寺・木造馬頭観音坐像(本堂安置)

石川・豊財院・木造馬頭観音立像(般若堂安置)

京都・浄瑠璃寺・木造馬頭観音立像

高知・竹林寺・木造馬頭観音立像

福岡・観世音寺・木造馬頭観音立像

福井県内にある2体のうちの1体がここの馬頭観音像である。

近所には、西国の松尾寺と天徳寺にある。






創建はパンフレットによれば、聖徳太子の開基(1,400年前)とされている。

推古天皇のころ、聖徳太子が秦河勝を従え、甲斐の黒駒にまたがり諸国遍歴の際、

和田の浜で休憩中に愛馬が見えなくなった。

南の山の上からいななきが聞こえ、光明が輝いたのでそこを霊地として塔堂を建立され、

馬頭観音菩薩像を刻み安置された。

または、後世、天平13年(741)泰澄大師がきて馬頭観音像を彫刻し、安置したともされる。







裏の位牌堂には二体の弁天座像がある。

左には琵琶を抱えた、妙音弁財天座像である。

鎌倉時代の作で、芸事、福徳に御利益があるとされ、町の文化財である。

右には、平安時代の作とされる、宇賀弁財天座像がある。

弁天様の頭上に老人の頭部(宇賀神)があり、鳥居形に白蛇が巻くというお姿である。

宇賀神はふくよかなお顔で、みいさん(蛇)から福徳財宝を授けていただける御利益があるとされている。







馬居寺を馬居寺(うまい字)と呼んで、お習字のくどくも有りとしている。







≪≪前頁   霊場一覧   次頁≫≫



HOME