若狭33観音霊場

十七番 神通寺





第十七番札所 龍雲山 神通寺 じんつうじ 2008/3/12
所在地 福井県小浜市遠敷56‐2
電話 0770‐56‐1142
宗派 曹洞宗
ご本尊 千手観世音菩薩、如意輪観世音菩薩
御詠歌 参るより 心の鬼が消えはてて 仏の姿 なるぞ嬉しき
国道27号線「めのう会館」前バス停を

多田岳の麓側、小川に沿って入る。

周りには住宅と畑が広がる。
若狭観音霊場十七番・神通寺
小川が合流するあたりに、

石の鳥居ともとれる山門がある。

脇に、神通寺の表示看板がある。
川向の山の斜面に沿ってお墓が広がる。

参道の登り坂は石垣に続き

さらに石段へと続く。
石段上に大きな山門がある

左脇には閻魔堂がある。
正面はきれいに配置された石と

植え込みの庭があり、

その奥が本堂になる。
3月の、

まだ冷たい空気の中、

温かく梅の香が漂っていた。
山門をくぐれば、

すぐ右手に鐘楼と、

観音堂がある。
観音堂には、前立ちの千手観音像菩薩像と

33観音像、28武将像が祀られている。

その奥のお厨子の中に

秘仏の十一面千手観音菩薩像は安置されている。

毎月18日がお参りの日になっている。

前立ちさまも造像されてから三百年を経ている。







本堂中央には釈迦如来像が祀られている。

その裏の祭壇には弘法大師像が祀られている。


さらに本堂の奥に進めば、如意輪堂がある。

半跏思惟の如意輪観音様が祀られている。

その右に聖観世音菩薩、左に白衣観世音菩薩の像が祀られている。


如意輪堂の外庭には池があり、1mもある大きな鯉がたくさん泳いでいる。

その壁面には不動明王が祀られている。






和銅6年(713)行基菩薩が若狭一之宮(若狭彦神社・若狭姫神社)に詣で開山した。

この地は霊妙自在ということで神通寺となった。

当初の宗旨は華厳・法相に始まる。

平安時代の始め、弘法大師諸国巡錫のとき真言宗となった。

応安年中(1368)兵乱により諸堂を焼失し衰微した。

応永22年(1394)領主内藤下総守が中興開基し、諸堂を復興した。

その時、大円宋智大和尚を招き開山した。

他にも二度の改宗があり、合計六度の改宗を経て現在の曹洞宗となった。





観音堂には紙本墨書大般若経六〇〇巻が収められている。

維新時、神仏分離の処置として、若狭一の宮の神宝の管理をここに委ねた。

平安時代の始め、弘法大師諸国巡錫のとき八日間で写したとされる。

幅約25cm長さ約1mの掛け軸のように巻かれたものだそうである。

14〜6人ほどで写経されたもので、筆法や紙質から平安初期のものとされる。

丁寧なご案内のほか、いろいろとご説明を受けた。

お話に付いて行くだけで、写真を撮ることも忘れてしまっていた。

こちらが理解できないので、さぞやもどかしかったのではと思う。

蓮とよもぎのお茶を頂き、世間話を交え親しく長時間お話いただき、ありがとうございました。







門前に屋根を組み、

何かが浮かんでいるのが見えた。

訳が分からないまま近づいて見ると

神輿や山車の様にも見えた。

よく見ればどうやら欅の大木の切り株のようである。

かなり奇麗に磨かれてある。

どのように使われるのかが楽しみである。










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