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農業の多面的機能の検証

図7-1-1 大惣川のマップと水質調査地点
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農業のもたらす国益として先ずあげられるのは、食料の安全補償である。にもかかわらず日本における食料の自給率が低い水準に留まっていることは、広く知られていることであるが、輸入食料品に対抗し、国内の農業を保護するため、農業の多面的機能が取り上げられ報道で時折耳にする。農業の多面的機能とは、@国土の保全、A水源の涵養、B自然環境の保全、良好な景観の形成、C文化の伝承、D保健休養、E地域社会の活性化、F食料安全保障である。私は、これらの機能のどれほどが現実のものであるのか、疑問をもつ。
多面的機能に反して、農業がもつ環境負荷には、@農薬・化学肥料の不適切使用、A用水路・排水路の分離、B地球温暖化ガスの排出、Cエネルギーの投入、D未分解有機質による汚染などがあげられる。
農業には、環境に対してプラスの面とマイナスの面が混在し、双方の研究報告が正確に伝わってこない。このような現状では、農業の明るい将来が中々見えてこない。農業の環境負荷を正しく評価し、多面的機能を高める努力が必要であると考える。
この章では、環境負荷のA用水・排水路の分離にともなう水田による水の浄化能力の低減について若干の検証を加えてみたい。
1.農業排水による琵琶湖の富栄養化
圃場整備により水田は大区画化し、農作業効率が増したのは間違いのない事実である。しかし、畑作物への転作を可能にするために水田を乾田化しようとした結果として、水田の浄化能力が低下し、栄養分の排出が増してしまったと考えられる。その最も大きな原因は、用水路と排水路の分離とそれにともなう水田と排水路の落差高である。
一般に知られている水田による栄養分の排出は代掻きによる濁水によるものである。私は、この研究を通して冬期の水田からの浸透水による栄養分の排出もまた大きな影響をもつと考えるに至っている。
私が、調査に選んだ排水路は近江八幡市の大惣(おおぞう)川である。@この一帯は圃場整備から25年程を経過し、圃場として安定してきているであろうこと。A集落の生活排水は隣接の水路に流れ、この排水路への流入がそれほど多くはないであろうこと。B圃場の区画が比較的単純(水路が全域でほぼ一直線)で流域を把握しやすいこと。C作付けがきちんとされていて休耕地がないこと。D近江八幡市環境課により月1度水質調査が行われており、過去のデータを参考にできること。これらが、調査の対象に大惣川を選んだ理由である。

写真A St.@の揚水施設
琵琶湖からの逆水である。 |

写真B St.Kから上流を望む
一直線の真四角な川 |

写真C St.Kから下流を望む
水門の先は琵琶湖 |
図7-1-2 大惣川の風景
大惣川は、圃場整備されてからは生活排水の流入の少ないほぼ完全な農業排水路となった。長さが3.8qで、流域面積1.3q2(ほぼ全域が水田)をもつ。川幅は表7-1-1で示す通りで、水深5p流速0.5q/h(秋から冬)から水深50p流速2q/h(春から夏)程度(St.GからH)のコンクリートで囲われた真四角な川である。また、標高差が小さくSt.@からKで2mあるかないかの程度である。St.@の上流は平坦で水の流れは弱く溜まっただけオーバーフローする。St.HからKまでは、ほとんど傾斜がなく流れも緩やかで琵琶湖の水位や風向きによっては逆流することもある。また、St.HからKの水位は琵琶湖の水位そのもので、春から夏には1mを越え、秋から冬は底を流れる程度になる。この様子は、図7-1-2に示した。
表7-1-1 大惣川の川幅
St.NO
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@
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A
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B
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C
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D
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E
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F
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G
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H
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I
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J
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K
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川幅
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1.5m
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2m
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3m
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5m
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図7-1-3 大惣川の断面概要図
揚水がある春から夏(4月中旬から9月上旬)には、7:00から19:00(6月中旬の中干しの時期などは、間引き運転あるいは短縮運転される)までポンプが稼動する。St.HからKには、時間と共に徐々に新しい水が混ざってゆく。2002/8/18の6:00から2時間おきに水温、電気伝導度、pHを測定した(図7-1-4)。7:00にポンプが稼動して、St.@からGまではほぼ一斉に揚水の性質に近づくが、St.Hから下流が一様な性質を示すまで5時間以上(12:00以降)かかることが分かる。St.Hから下流の滞留域では、上流域とは異なった水環境が存在している。
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図7-1-4 大惣川における水温・電気伝導度・pHの日変化(2002/8/18)
※揚水の稼働時間は、7:00〜19:00 気 温 :6:00=26.7℃、8:00=27.9℃、10:00=29.0℃、12:00=29.6℃(草津市琵琶湖博物館のデータ)
揚水の水温:8:00=28.7℃、10:00=28.6℃、12:00=30.6℃
揚水のEc:8:00=145、10:00=148、12:00=144
揚水のpH:8:00=7.9、10:00=7.9、12:00=8.2 |
図7-1-5は、底質土に含まれるPO43−とNO3−の量(乾燥土100g当たり)を調べたものである。St.AからGは常に水が流れていて泥の堆積も少ないが、St.@とSt.HからKでは流れが緩やかかあるいは流れない状態にあり泥の堆積量も多い。堆積した泥には栄養分が吸着され下流域ほどその量も増えている。

硝酸イオン(NO3−)
乾燥土100g当たりの含有量 |

硝酸イオン(NO3−)
乾燥土100g当たりの含有量 |
図7-1-5 大惣川の底質分析
大惣川ではたまたま標高差が小さく、下流域で若干の浄化機能をもつ結果となった。河口では大量の土砂が堆積し、重機で取り除く作業が行われているが、どちらかと言えば厄介物扱いされている。農業排水の琵琶湖に対する環境負荷が過小評価され、あまり広く知らされていないからであろう。
圃場整備における排水路は、簡単に言うと「深く」「真っ直ぐ」に施工し、早く安全に水が流れ落ちるように設計される(表7-1-2)。近年、農業における環境問題が語られるようになり、農村生態系の保全を目的とした水路の設計基準が新しく模索されている。その内容はこれまでのものと相矛盾するものであり、技術の面と経費の面で課題が多い。2001年に土地改良法が改正され、土地改良事業の施行に当たっての基本原則に「環境との調和への配慮」が新たに位置づけられた(第1条)。「配慮」という緩やかな表現でどこまで改善されるかは疑問があるが、これからの技術の改良によって、法政面でも更に改善されることを期待している。
水利機能を重視した水路
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生態系保全機能を重視した水路
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○限られた断面で多量の水を通水する
○なるべく屈曲や深浅を少なくし安全に通水できるようにする
○水路敷地としての潰れ地を最小限にする
○建設後の水草刈りなどの維持管理を容易簡便にする
○工事費をなるべく安くする
○排水路は地下水位低下を考えなるべく深くする |
●護岸・護床は土・石積みや多孔質の材料とする
●水路の直線化を避ける
●途中に屈曲したり水深や水路幅の異なる部分を設ける
●魚などの遡上を妨げる段差の大きい落差工は避ける
●田面と排水路の落差はなるべく小さくする |
表7-1-2 水路設計の2つの考え方
2.水田土壌による浄化能力
水田における代掻き水が農業の悪玉の代名詞のように言われる。図7-2-1は大惣川の上流から下流まで(図7-1-1大惣川マップを参照)のpHと電気伝導度を調べたもので、稲作の各時期における特徴的なものを示している。上流におけるpHは琵琶湖での値とおおむね一致すると思われる。下流に流れるしたがってpHは下がる傾向を示しており、どの時期でも同じ傾向を示している。電気伝導度は、用水が有るのか無いのかで大きく異なる。用水が有る場合、用水が水田からの排水をかなり薄めているので、用水とほぼ同じ値150μs/p弱を示す。用水が無い場合、水田からの排水の性質をより良く表し250μs/pから300μs/pほどの大きな値を示す。下流域では、どちらの場合でも大きな変化は無く常に200μs/p前後の値である。これは、7−1でも示したように、下流域では流れが緩やかで、水が時間をかけてゆっくり混ざり合うことによるが、底質の泥が栄養分を吸着している可能性が十分ある。
図7-2-1Aは代掻き水が最も多く落水される時期のもの、図7-2-1Bはほとんどの水田で田植えが終り落水はそれ程多くない時期のものである。化学肥料の溶出にどれ程の時間がかかるのかは確認していないが、代掻き水の表面排水による栄養分の流出は一般に言われているほどは多くないのではないかと、私は考えている。図7-2-1Cは中干しの時期、図7-2-1Fはほとんどの水田で収穫を終えた時期で、それぞれ用水の無いときのものである。表面排水による栄養分の流出より、地下浸透による流出の方がより大きいのではないか、と考える。

図7-2-1A 代掻き・田植えの最中
(2002/4/30用水有り)
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図7-2-1B 田植え終了後
(2001/5/6用水有り)
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図7-2-1C 中干し期
(2002/6/10用水無し)
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図7-2-1D 中干し期
(2001/6/16用水有り)
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図7-2-1E 用水最終期
(2002/9/3用水有り)
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図7-2-1F 収穫最終期
(2001/9/23用水無し)
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図7-2-2は、pHと電気伝導度の関係を表したものである。上流はSt.A〜Gを、下流はSt.H〜Kを表し、それぞれ月毎に測定値を平均してある。4月から8月まで用水が大量に流れる時期には、用水つまり琵琶湖の水のpHの変化をほぼ反映している(図7-2-3)。用水の電気伝導度は、150μs/p弱でほぼ一定している。排水は用水でかなり薄まるので濃度測定だけでは汚濁の程度を捕らえにくい。
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図7-2-2 排水のpHと電気伝導度(左:2001年度、右:2002年度)
上流はSt.A〜Gの測定の平均値を、下流はSt.H〜Kの測定の平均値を表す。 |
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図7-2-3 用水のpHと電気伝導度(左:2001年度、右:2002年度)
琵琶湖の水質をほぼそのまま反映していると思われる。 |
近江八幡市環境課では、琵琶湖に流出する河川の水質調査を月毎に調査を継続している。大惣川St.Hでの調査データを6年間分提供していただき、特にリンと窒素について考察してみた(図7-2-4)。大量の用水で薄まっているので、濃度測定だけでは実際を把握しづらい。St.GからHにおけるおおよその流量を推定してみた。
4月下旬〜9月初旬 川幅3m、水深40p、流速1.5q/hより 1800d/h
その他の時期 川幅3m、水深5p、流速0.5q/hより 75d/h
4月と6月の中干期 ポンプの稼働時間から1800d/hの1/3と推定すると 600d/h
9月 ポンプの稼働時間から1800d/hの1/6と推定すると 300d/h
図7-2-4に、この流量を元に推定されるリンと窒素の絶対量をグラフに表した。年間の総量は、リンが500s窒素が5600sとなる。St.Hより上流の水田面積はおよそ0.9q2であるから、10a当たりに換算するとリン0.6s/10a窒素6.2s/10aとなる。4月下旬から9月初旬までの流量の合計は、およそ510万dであり、この用水中には琵琶湖由来のリン・窒素が含まれている。琵琶湖のリン濃度を0.01mg/L、窒素濃度を0.3mg/Lとすると、用水中のリン50s、窒素1500sは琵琶湖由来のものとなる。差し引き水田からの流出量は、リン450s、窒素4100sであり、水田10a当たりに換算するとリン0.5s/10a、窒素4.6s/10aとなる。
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図7-2-4 大惣川St.Hにおけるリン・窒素の排出
近江八幡市環境課から提供されたデータをもとに1996年から2001年の6年間の平均を算出 |
水稲栽培における施肥基準の概ねは、リン7s/10a窒素10s/10a程度である。4月末から5月初旬にかけての代掻き・田植えでその半量(元肥)を、7月には半量を出穂をひかえ2〜3度に分けて(穂肥)施肥される。5月と7月に排出量が増えるのはそのためであるが、表面排水の比較的多い4月と6月に、排出量がそれ程多くないのは意外に思える。繰り返しになるが、排水路の落差高による水田からの浸透水や暗渠排水による栄養分の流出と、水田土壌による浄化機能とを対比し、水田における栄養分の収支として捕らえる研究が必要である。



図7-2-5 土壌中の粗孔隙
みのる産業株式会社HPより |
圃場整備により水田と排水路との水位に1m程の落差ができた。水田を乾田化するためであるが、そのことによって水田の栄養分が地下浸透によって排水路へと流出する。よって、表面排水、暗渠排水、地下浸透が合わさったものが排水路に流出することになる。表面排水が行われるのは、代掻き・田植えの時期、中干しの時期、突発的な大雨の時に限定される。暗渠排水は、収穫の時期から乾田化のために行われる。地下浸透は圃場整備以前の水田には無かったもので、農家が意図しなくても避けられず漏れ出てしまうものである。
理想的な水田土壌では、土が団粒化し水分や栄養分を保持し、団粒の間隙を水が通り通水性が向上する。保水性と通水性という一見相矛盾する性質を併せ持つ。農業が近代化され、農薬や化学肥料に依存し、また過度の耕起と代掻きによって、土壌構造が悪化し保水性と通水性が劣化している。水田の地力が低下していると言われるのはこのためである。こういった水田では、肥料の成分が流出しやすくなお肥料を増やさなければならなくなる悪循環に陥ってしまう。
不耕起稲作は、近代的な稲作とは相反するため批判されることが多い。その批判の主な内容は、@「耕起しないため土壌の有機質が減少する。」A「肥料を地表にしか散布できないので流出しやすい。」の2点である。私は、こう反論したい。不耕起水田では耕起をしないために、長年にわたる稲の根の腐食質が蓄積する。また、その根が腐食した後にできる孔隙が増え、地表から肥料の成分や酸素を地下に運ぶ。耕起しない間に充実した団粒構造は、これらの栄養分を保持することになる(図7-2-5)。
このことを確かめるため水田の土壌分析を行った。減水深の大きい水田と小さい水田、不耕起水田(不耕起稲作を3年間継続した圃場)と一般水田(不耕起水田と隣接した圃場)の4つの組み合わせで調査をした。どちらも元々はあまり良い圃場とは言えないものである。採土の位置は、通水の条件を揃えるため圃場中央の排水路側壁から5mとした。
図7-2-6は、4圃場それぞれの深さ50pまでの土の水分と有機質の量を調べたものである。105℃で強制乾燥しその減量を水分、更に550℃での強熱減量を有機質量(結合水を含む)とした。水分量・有機質量共に乾燥重量を基にした質量比である。
水分量の調査結果より 不耕起水田の両結果を比べると、その傾向がよく似ている。どの深さでも20%から30%の間のほぼ同程度の値を示している。それぞれ一般水田での結果が不耕起稲作を行う以前の姿であったと考えると、減水深の大きな圃場では保水性を向上させ、減水深の小さな圃場では通水性を向上させたと思われる。
有機質量の調査結果より 一般に言われるほど減少していない。むしろ一般水田より増えている部位もある。
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図7-2-6 不耕起水田と一般水田における水分と有機質の比較
減水大とは透水が多く、水持が悪いと言われる水田である。
減水小とは透水が少なく、水はけが悪いといわれる水田である。
ここでは、土壌条件を揃えるために、隣接した不耕起水田と一般水田とを比較した。
不耕起水田は、不耕起稲作を3年間実施した水田である。 |
採土したのは収穫を終えた2002/9/23で、土壌改良剤などを散布される前に、稲の収穫後の残留栄養分を調べた(図7-2-7)。PO4>3−、NO3−共に水溶性であり、保水性の良否によって残留の多少が決まる。
PO43−の調査結果より 減水深の小さい圃場では違いが見られない。元々通水性が悪く、還元条件でリンは水溶性を示し下降により下層に移動しやすくなる。そのため、5p程の浅い部位に残留が多い。減水深の大きい圃場では、保水性の良い不耕起水田に多くの残留を確認できる。元々通水性が良いので浅い部位で残留が少ないが、不耕起水田の10pから20pに多くの残留を確認できる。
NO3−の調査結果より アンモニア態窒素は土壌に吸着されるが、酸化され硝酸態窒素となると下降し下層に移動する。下層で還元条件に変わると窒素ガスとなり空中に放出される。不耕起水田と一般水田でその傾向に大きな違いは無いが、不耕起水田のほぼ全層で若干残留の多さを確認できる。保水性の改善によるものと考える。
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図7-2-7 水田土壌中の残留栄養分
採土日:2002/9/23水稲収穫後
採土場所:圃場中央排水路側壁から5mの位置 |
私の実験水田で不耕起稲作を行ってまだ3年を経過したばかりである。さらに継続することによって、通水性・保水性の改善がどう進行するのかは不明な点が多い。岡山農業試験場の報告よれば、不耕起稲作を20年以上継続した水田において一般水田を上回る収穫を得ていると言う。通水性を保ちながら保水性を改善させることによって、肥料による栄養分の地下浸透による流出をかなり防げるはずである。さらに肥料の節約と健全な稲の生育を得ることができる。
農業の環境負荷が語られる場合、水田の化学性と物理性のみが問題にされる。私がもう一つ問題にしたいのは、生物性である。有機肥料をさして生物性というのではなく、生物体そのものである。収穫を終えた水田を掘ってみると大量の生き物を見ることができる。肉眼で見られる物では、ドジョウ・タニシ・ザリガニなどがいる。収穫後の不耕起水田を5m四方深さ5p掘ったところ、ドジョウは掘っている間にどんどん潜ってしまうので実数をつかめないが、約400匹を捕獲できた。10a当たりに換算すると16000匹となる。ドジョウ1匹が5gとすると、80sの重量となる。これは、リン1.9s窒素2.2sに相当する。不耕起水田には冬期にも昆虫類・微生物・植物体などの有機質を含んでおり、かなりの栄養分をもっている。この栄養分は空気中の窒素や他から飛来した物など水田の外からもたらされる物も多くある。栄養分の循環を生物体により積極的に行う研究は、今まさに必要であると考える。